札幌地方裁判所 昭和51年(ワ)956号 判決 1978年1月27日
原告 福田昭市 外一名
被告 広島町
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告福田昭市に対し金二〇〇万円、原告福田陸奥子に対し金一五〇万円および夫々右各金員に対する昭和五一年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を各支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告ら夫婦の長女訴外亡福田幸子(当九才八月、以下、訴外亡幸子という)は、精神薄弱児施設である訴外社会福祉法人富ケ岡学園(以下、単に訴外学園という)に入所していたものであるが、昭和五〇年一〇月一八日歩行訓練のため訴外学園の職員らに引率されて、被告の設置、管理にかかる札幌郡広島町字共栄所在、広島工業団地公園(以下、本件公園という)に赴き同公園内で遊戯中、同日の午前中本件公園内に存し、被告の設置、管理にかかる公園施設たる修景池(以下、本件修景池という)に転落、溺死した。
2 本件修景池周辺は、子供たちが遊んだりすることが十分予測され、その場合には幼児等が誤つて池に転落したりして死亡事故が発生するような危険も存在したから、被告としては、この危険を防止するため柵等の設備を設けるべきであつた。しかし、本件修景池には、これら設備が設けられておらず、したがつて、本件修景池は公の営造物としてそなえるべき安全性を欠いていたものであり、被告がこれをそのまま存置していたことは、その設置、管理に瑕疵があつたものというべく、被告は本件事故により蒙つた後記原告らの損害を賠償する責に任ずべきものである。
3 原告らは、本件事故により長女訴外亡幸子を突然に失い、これにより財産的及び精神的損害として、原告昭市においては総額金四五〇万円、原告陸奥子においては総額金四〇〇万円を下らない損害を受けたものである。
4 ところで、訴外学園は、昭和五一年一月一〇日、原告らに対し右損害賠償として金五〇〇万円を支払うことで原告らと和解し、右同日訴外東京海上火災保険株式会社がその弁済をしたから原告らの右損害は右限度で填補された。
5 よつて、原告らは、右賠償によつて填補されなかつた残額を請求するものとして、原告福田昭市において慰藉料金二〇〇万円、原告福田陸奥子において同金一五〇万円、及び夫々各金員に対する本件事故発生後である昭和五一年七月二五日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2の事実のうち、修景池の周囲に柵が設けられていなかつたことは認めるが、その余は否認する。
被告の本件修景池の設置、管理につき瑕疵は存しなかつたものである。即ち、本件修景池は、本件公園の修景施設として設置管理されていたものであり、その目的からして柵を設ける筋合のものではなく、如何なる修景池といえども柵等を施している例はない。
訴外亡幸子は、当日訴外学園の職員六名に連れられ、他の在所児童二九名とともに歩行訓練のため本件公園に訪れたものであり、右児童の訓練中は、訴外学園の職員らがその行動を監視し危険の防止をはかつていたものであるところ、その職員らが右監視を怠つた過失により本件事故が発生するに至つたものであり、したがつて、本件事故の発生は本件公園の設置、管理に瑕疵があつたか否かとは無関係なことがらである。
3 請求原因3の事実のうち、訴外亡幸子が、原告らの長女であつたことは認めるが、その余は争う。
4 請求原因4の事実のうち、本件事故につき、原告らと訴外学園との間に和解が成立し、原告らが金五〇〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余は争う。
第三証拠<省略>
理由
一 (本件事故の発生)
原告ら夫婦の長女訴外亡幸子(当九才八月)が昭和五〇年一〇月一八日札幌郡広島町字共栄所在広島工業団地公園内の本件修景池に転落溺死したことは当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証、証人黒沼義彦、同安田勉の各証言、原告福田昭市本人尋問の結果によれば、訴外亡幸子は、生後六か月頃交通事故に遭つたことから精神能力の発達が停滞したため、北海道知事の措置により、昭和四八年一月八日、札幌郡広島町共栄二七六番地所在訴外社会福祉法人富ケ岡学園に入所し、以来訴外学園においてその保護、指導を受けていたものであること、訴外学園においては、収容されている児童の精神的開放等の効果をねらつて、園外指導を行なう必要があり、そのために、本件公園は距離的にも近く(本件公園は訴外学園から約一キロメートル離れていた)、同公園内には遊技に使用し得る多目的広場(東西約七五・四メートル、南北約四五メートルの略矩形の平但地)も設けられていたため、昭和四九年から本件事故に至るまでの間三〇ないし四〇回これを園外指導に利用していたこと、訴外学園の職員六名(責任者訴外黒沼義彦、その他保母五名)は、本件事故当日訴外亡幸子を含めて在所児童二九名を引率し、徒歩によつて午前九時一五分ころ本件公園に到着した後、前記多目的広場全体に児童を散開させたうえ、自由に寝転んだり走り廻らせたりさせたが、その間、要所、要所に職員を配置し、児童らの身辺の世話及び危険防止のための監督にあたつていたこと、具体的には多目的広場南西隅の地点に二名の保母を配置し、また、責任者である訴外黒沼がその稍南東方二ないし三米の地点付近に立ち、夫々右多目的広場全体を見渡して右児童らを監視していたこと、訴外黒沼らは午前一〇時ころ、訴外亡幸子に対し右多目的広場の南側付近において排泄指導をなしたうえ再び右多目的広場に戻したこと、訴外黒沼らは午前一〇時一五分ころ帰園すべく右児童らを集合させたところ、初めて訴外幸子が見当らなかつたので直ちに付近を捜したが、結局、同日午後〇時二〇分頃にいたり、右多目的広場から南方約三〇メートル離れた処に存する本件修景池の排水をしてみたところ、訴外幸子の溺死体を発見するにいたつたことが認められ、訴外亡幸子は同日午前一〇時から同一五分頃迄の間に、訴外黒沼ら訴外学園職員が他の児童らの行動に気をとられている隙に修景池北側部分から転落、溺死したことが推認できる。
二 (本件修景池の設置、管理およびその瑕疵の有無)
本件広島工業団地公園およびその内に存する公園施設たる本件修景池は夫々被告の設置、管理にかかるものであることは当事者間に争いがない。
前掲甲第一号証、乙第一号証、第二号証の一、二、証人安田勉の証言によれば、本件公園は、都市公園法に基づく都市公園として不特定多数の住民に自由に使用させるため、被告により昭和四八年頃設置開設されたものであること、そして、同公園は南北に細長い形をした広さ三・九ヘクタールのもので、その内の北側部分には、ボールゲームや遊戯に自由に使用できるよう芝を植生させたオープンスペースが前記多目的広場として設けられており、同広場の南端には東西方向に幅一・六メートルの遊歩道が設けられ、その遊歩道から更に南側にはゆるい傾斜をもつた芝生が植られていた幅約三〇メートルにわたる部分が存し、その南側でかつ同公園の中央から北側寄りの部分に当るところに、本件修景池が不整形で南北に長く、両端がふくれ、中程のくびれている略瓢箪形をなし、広さ一七五平方メートルの人造池として存していたこと、本件修景池は池杭打工法を以て作られており、池の造形に従つて多数の木杭を垂直に並べて打ちつけてその岸部分が形成されていて、その深さは、南側半分で〇・五メートル、北側半分で一メートルの水深になるように設計されており、本件事故当時、北側部分においては〇・九メートルの水深があり、なお、付近工業団地の不用水を利用しているため、その水は混濁し、水底は見透せない状態であつたこと、以上の事実を認めることができ、本件修景池の周囲に柵等が設置されていなかつたことは、当事者間に争いがないところである。
公園施設として公共の目的に供しているものについては安全上必要な構造を有するものとしなければならず、それが修景の目的の下に設置管理されている池と雖も同様であり、その利用に伴い危害を及ぼす虞があると認められるときは、これに柵その他危害を防止するために必要な施設を設けなければならないが、これらはその構造、用途、場所的環境および利用状況等諸般の事情を考慮して通常予想されうる危険の発生を防止するに足ると認められる程度のものであることを要し、かつこれを以て足るものというべきであり、一般的には少くとも保護者の監視を離れて独立して行動することが社会通念上肯認される程度の能力を具える幼児以上の者を対象として安全性を考慮すれば足り、他方右程度に至らないで常に保護者の監視の下においてのみ行動することを要すると考えられる乳幼児以下の者について、これがその保護者の監視を離れて行動する場合のことも予想して、その危険発生を防止しうる構造、設備を要するものとまで考えることは特段の事情のない限りその必要はないということができる。
本件についてみれば本件修景池の設置の目的、場所的環境および利用状況から通常予想される危険は、本件修景池の周辺からの転落であるから、その場合において傷害又は溺死の結果を防止するに足りる構造と防止設備を要するものであるが、本件修景池が前記の如く池杭打工法を以て築造されてはいたが、深さ〇・五メートルないし〇・九メートルに設置、管理されていたことから見れば、常に保護者の監視下においてのみ行動することを要すると考えられる乳幼児以下の者にとつては兎も角、保護者の監視を離れて独立して行動することが社会通念上肯認される程度の幼児にとつては仮令転落しても独力で充分に負傷又は溺死から逃れることができるものというべく、しからば未だ本件修景池の構造につきその設置、管理に瑕疵があるものということはできない。
前掲乙第三号証、証人黒沼義彦の証言及び原告福田昭市本人尋問の結果によれば、訴外亡幸子の本件事故当時の心身の状態は、走つたり、歩いたりする身体的能力自体については特段の支障は存在しなかつたものの、いわゆる重度の精神薄弱児にあたり、発語能力はなく、又危険を判断してこれを回避する能力も殆どなく、従つて、その行動については食事、排泄、衣服の着脱など日常的な身のまわりの処置などと共に常時全面的に右施設職員の介護を必要とする状態にあつたことを認めることができる。しからば、訴外亡幸子は常に保護者の保護監視の下においてのみ行動することを要するものであり、本件修景池に転落した場合において独力で逃れる能力を具える迄には至つていなかつたものということができ、そして訴外亡幸子は前記訴外黒沼ら訴外学園の職員らの監視が及ばなかつた隙に本件修景池に転落したが、たまたま右能力が未発達であつたため、独力で逃れることができず、遂に溺死するに至つたものということができる。してみると、本件事故が、本件修景池に訴外亡幸子が転落したことにより発生したものであることは否定できないところであるが、それだからといつて、本件修景池の周囲に転落防止のための柵の設置が当然に要求されるものと結論することはできない。本件において、幼児等がその保護、監督者なしに本件修景池付近に入り込むということが通常頻繁におこるものと予測されていたとの証拠はない。そして、証人黒沼義彦の証言によれば、訴外学園としても、本件公園に修景池が存在することによつて、本件公園を特に危険な場所と考えていたわけでもなく、むしろ、多目的広場が設置されていることから園外指導に適した場所と判断し、修景池が存在することによる危険も職員の充分な指導及び監督により防止できるものと考えていたものと認めることができるのである。そして、前記認定事実によれば、本件においては、修景池が異常な深さをもつているとかその岸辺が急傾斜をなし、その結果児童の転落しやすい状況にあるため、美観の向上という本来の目的を犠牲にしても柵を設置すべきであるというような特段の事情も認めることもできないところである。したがつて、これら事実関係に基づいて判断する限り、本件修景池に柵を設置すべきであつたとまで結論することはできず、この柵の設置のないことをもつて、公の営造物たる本件公園の設置、管理の瑕疵にあたるとすることは困難である。
なお、本件修景池の水は混濁し水底が見透せない状態であつたことは前示のとおりであり、そのため訴外亡幸子の溺死体を発見することが遅れたであろうことは窺えるが、このことは本件事故の発生と何ら因果関係はなく、又これを以て本件修景池の設置、管理に瑕疵ありということはできない。
三 結論
以上の次第で、被告の本件修景池の設置、管理につき瑕疵ありということをえない以上、原告らの請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないので棄却することとし、訴訟費用の点につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 磯部喬 畔柳正義 平澤雄二)