大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和52年(行ウ)20号 1981年2月19日

原告

三瓶一正

右訴訟代理人弁護士

横路民雄

村岡啓一

被告

北海道営林局(変更前は札幌営林局)長秋山智英

右訴訟代理人弁護士

福井富男

角田由紀子

右指定代理人

梅津和宏

(ほか一三名)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対してなした昭和五一年四月二七日付懲戒免職処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (原告の地位)

原告は札幌営林局所轄振内営林署事業課振内製品事業所に勤務する農林技官である。

2  (本件懲戒処分の存在)

被告は、昭和五一年四月二七日付で、原告に対し、別紙一の処分理由書記載の理由により、国家公務員法(以下「国公法」という。)第八二条各号に基づき原告を懲戒免職にする旨の処分(以下「本件懲戒処分」という。)に付する旨発令し、右処分説明書は翌二八日原告に交付された。

3  (本件懲戒処分の取消事由)

ところで、本件懲戒処分は以下にみるように国公法第七四条第一項に違反する違法な処分であり取消されるべきものである。

(一) (処分事由の不存在)

原告は、被告が前記処分説明書で主張するような態様の暴力行為をなしておらず、右処分理由書記載の事実は被告の一方的評価に基づく創作であり、本件懲戒処分の前提となる事実は存在しない。

(二) (手続的瑕疵)

国公法第八二条各号はいずれもその性質を異にするから、一個の非違行為が右各号に該当する場合には、右行為のどの部分がいかなる理由で右各号のいずれに該当するかを特定して明示すべきところ、前記処分説明書では右特定がなされておらず、処分手続の適正を定めた国公法第八九条第一項、第七四条第一項に違反する。

(三) (懲戒権の濫用)

本件懲戒処分の前提とされる宮城光仁庶務課長及び金沢弘事業課長に対する原告の言動が仮に暴行と評価されるとしても、右は振動障害の症状を訴え出た振内営林署事業課振内製品事業所所属の常用作業員五名に対し、説得名下にチェーンソー使用を強要することを阻止し、右作業員らの生命・健康を守るためにやむをえずなした防衛行為であるから、結果的には過剰防衛に該当するとしても、目的の正当性及び行為の相当性からみて、懲戒免職に相当するとは到底いえず、被告の懲戒権の行使は濫用である。

(四) (不当労働行為)

(1) 原告は、昭和三三年五月一日、全林野労働組合(以下「全林野」と略称する。)に加入し、昭和四二年九月から同四六年八月まで全林野振内分会執行委員、書記次長、書記長を歴任し、同年八月から翌四七年七月まで全林野札幌地方本部(以下「札幌地本」と略す。)の執行委員及び青年婦人部長を務め、昭和五一年四月二七日の本件懲戒処分当時は札幌地本南ブロック執行委員(組織教宣担当)及び振内分会執行委員の地位にあり、白ろう病(振動障害)の絶滅活動を行なう振内分会の交渉委員として指導的役割を果たしていた。

(2) 本件懲戒処分は、右のように活発な活動家である原告を排除し、右振内分会を弱体化させ、白ろう病に対する全林野の組合活動を封殺する目的でなされたものであり、不当労働行為に該当する。

4  (審査請求の存在)

原告は、右処分を不服として、昭和五一年五月二四日、人事院に対して審査請求をなしたが、人事院は右審査請求の日から三カ月を経過するも未だに裁決を下さない。

よって、原告は被告に対し本件懲戒処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1・同2はいずれも認める。ただし、札幌営林局は昭和五四年一月一日付で北海道営林局に変更された。

2  同3は冒頭の主張、(一)、(二)、(三)の各主張はいずれも争う。同(四)は(1)のうち、原告の全林野加入日時、振内分会執行委員への就任日時、原告主張の期間内に原告が右分会書記次長に就任したこと、本件懲戒処分当時札幌地本南部ブロック執行委員(組織教宣担当)であったことはいずれも不知。その余は認める。同(四)の(2)の主張は争う。

3  同4は認める。

三  被告の主張

1  本件処分に至る経緯について

(一) 昭和五一年二月九日、振内営林署所属常用作業員金野実が作業中、左環指の異常を訴え出たため、右営林署は同日同人に右営林署管理医湯浅寛の診断を受けさせたところ、「レイノー症候の疑があり、専門医の診断を要する」旨の診断結果が出されたため、さらに翌二月一〇日、苫小牧市の王子総合病院で診断させたところ、「左環指外傷性腱鞘炎」との結果が出た。

(二) そこで、振内営林署は、同二月一八日、右金野を除くチェーンソー使用者八名全員に対し自覚症状調査を行ない、右調査の結果特殊健康診断を要すると判定された三浦孝男、三浦由夫、大久保美之原、小池嘉男に前記金野実を加えた五名を同月二四日、札幌営林局管理医岡田晃に診断させたところ、金野実、大久保美之原、小池嘉男については経過観察、三浦孝男については整形外科的精密検査、三浦由夫については整形外科的精密検査及び経過観察を必要とするもののいずれも特記すべき異常は認められないとの診断内容であった。

(三) 振内営林署は、二月二七日前記五名の受診者に診断結果を伝達し、チェーンソーを使用しながら経過をみればよいからチェーンソー作業に従事するように指示したところ、同人らは診断の詳細な内容が分からなければチェーンソーは持てない旨回答したため、同日午前一一時頃、宮城庶務課長及び安加賀厚生係長が作業現場の第三休憩幕舎名で各人の診断内容を説明するとともに今後のチェーンソー作業についての意向を質したが、小池嘉男は「皮膚温・脈拍等細かく調査したものを教えてほしい」と述べたものの特に使用を拒むまではせず、他の四名はチェーンソー使用を納得した。

(四) また、振内分会の右同日の振内営林署との窓口折衝において、二月二四日の健康診断結果の説明を求めたため、右営林署は、医師の前記(二)の診断結果を説明し、従来どおり作業を進める旨述べる一方、分会からチェーンソー使用を強制するなとの申入れに対しても同営林署は強制にわたることはしない旨回答していた。

(五) ところで、翌二月二八日に、前記五名の常用作業員がいずれもチェーンソー作業を拒否する旨表明したため、チェーンソー使用継続を説得するため、三月一日午前一一時すぎ頃から作業現場である第三休憩幕舎内で宮城庶務課長及び金沢事業課長が右作業員五名に翻意の理由を質すとともに、当事者間で話し合いをする場がもたれた。

(六) 同日午前一一時五五分頃、原告が右幕舎内に入ってきたため、宮城庶務課長が「関係者だけで話をしているのだから遠慮してもらいたい」と再三原告の退席を求めたところ、原告は「なにこの野郎」と怒鳴り、スパイク長靴を履いたままの左足で宮城庶務課長の右胸上部を蹴り上げたため、事業所主任さらには金沢事業課長がこれを制止しようとしたところ、近くにあったデレッキで金沢事業課長に対し殴りかかろうとし、事業所主任・三浦孝男らにより一旦取抑えられたが、金沢事業課長が「暴力を振うとは何だ」と原告を咎めたことから、周囲の制止をふりきって金沢事業課長の右脇腹をスパイク長靴を履いたままの左足で蹴り、前記宮城庶務課長に対しても近くの棚の上にあった副木でその右腕上部を殴打した。さらに、話し合いを断念して帰署しようとした金沢事業課長に対し、原告は、十能を左手に持ったうえで、その右側頭部を殴打し、原告の履きかけの右足長靴を投げ捨てたうえ、事業課長の背後から腰部を足で蹴りつけなおも殴りかかろうとしていた。

(七) 帰署後、平取町立国保病院で診断を受けたところ、金沢事業課長は保安帽を着用していたため異常は認められないものの、宮城庶務課長については右第二、第三肋不全骨折、向後約三週間の安静療養を要するとされ、翌三月二日から同月一二日まで入院した後、同月一七日まで通院した。

(八) 原告の以上の行為につき、被告は、同年四月二七日付で本件懲戒処分をなしたものである。

2  手続的瑕疵の主張について

本件懲戒処分の対象となった原告の行為(以下「本件非違行為」という。)は、別紙一の処分説明書記載の理由のとおり管理者に対する勤務時間中の暴力行為であり、勤務時間中の行為であるから、国公法第九六条第一項、第九八条第一項、第一〇一条に各違反し、同法第八二条第一号、第二号に該当し、管理者に対する暴力行為であるから国公法第九九条に違反し、同法第八二条第一号、第三号に該当し、一個の非違行為が国公法第八二条の各号の要件を同時に充足するから、根拠法令として国公法第八二条各号と記載するのは必要にして十分な方法であり、具体的事実の摘示についても前記処分説明書の理由記載で何ら欠けることはなく原告の手続的瑕疵の主張は理由がない。

3  懲戒権の濫用の主張について

公務員の懲戒処分については国公法上、公正であるべきこと(第七四条第一項)、平等取扱いの原則(第二七条)、不利益取扱いの禁止(第九八条第三項)以外に具体的定めはなく、懲戒権者が懲戒事由に該当すると認められる行為の原因・動機・性質・態様・結果・影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有し、懲戒権の行使が濫用であるためには、処分が全く事実上の根拠に基づかないか社会観念上著しく妥当を欠く場合であることを要する。

ところで、本件非違行為は、原告の上司である宮城庶務課長ら二名がチェーンソー使用について作業員に説得中、これを妨害しようとして右現場に入り、宮城庶務課長の退去要求に反撥して、上司、同僚らの制止にもかかわらず、十能等の器具を用いて再三にわたり暴力を振い、右庶務課長に対しては入院を要する全治一七日間の傷害を与えたもので、庶務課長がチェーンソーの使用を業務命令により強制しようとしたものではなく、何ら実力行使の必要性も緊急性もなかったのであるから、その態様において粗暴悪質で、公務員の勤務関係秩序に重大な影響を与えており、別表二にみる原告の懲戒処分歴をも勘案するとき、原告に公務員としての身分を保有させることは公務員全体に対する信用を傷つけ職場秩序の維持を不可能にするおそれがあるから、被告のなした免職を内容とする本件懲戒処分は正当な裁量権の行使で、濫用はない。

4  不当労働行為の主張について

使用者の処分が不当労働行為に該当するためには、少なくとも処分の対象となる行為が労働組合の正当な行為であることを要する(労働組合法第七条第一号参照)が、右正当性の判断にあたっては、行為者の主観的意図のみならず、行為の手段態様をも含めて判断すべきところ、本件非違行為が右にいう正当な行為に該当しないことは明らかであるうえ、原告の右主張には、不当労働行為該当を根拠づける具体的事実の主張がなく主張自体失当である。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  本件懲戒処分に至る背景事情について

本件懲戒処分の背景には、振内営林署当局による同署所属の常用作業員小池嘉男、金野実、大久保美之原、三浦孝男、三浦由夫(いずれも振動障害の症状を訴えている者、以下「振動障害の訴え者」という。)に対するチェーンソーの使用強制の事実が横たわっており、その具体的経緯は次のとおりである。

(一) 振内営林署は、昭和四四年以降、夏造林事業冬生産事業型の事業形態を採っているが、同署所属の生産事業従事者(伐木造材手)の日給制作業員は一六名で、内二名は私病のため療養休暇中であり、残り一四名中九名が振動障害の症状を訴えていた。

(二) 全林野振内分会は、昭和五一年二月一三日、振内営林署当局に対し、右九名の振動障害訴え者全員の健康診断を北海道大学においてなすよう要求したが、振内営林署当局は<1>医師にみせるか否かは署当局が判断する。<2>管理医が必要と認めれば定期健康診断の形で第二次健康診断を行う。<3>第二次健康診断は、札幌営林局の管轄であるからどの病院で実施するかは札幌営林局の判断による旨回答していた。

(三) 昭和五一年二月九日、振内営林署当局は自らの判断で作業員金野実を平取町国民健康保険振内診療所において、翌二月一〇日には、苫小牧王子病院において診察させた結果、精密検査が必要である旨の診断結果を得た。次いで、同年二月一八日、振動障害訴え者残り八名について振内営林署厚生係長が安全点検の形で症状の事情聴取を行なったのち、作業員三浦孝男、三浦由夫、大久保美之原、小池嘉男の四名を署当局の判断で同診療所湯浅寛医師に診察させたところ、前同様、全員精密検査を必要とする旨の診断結果が出た。

(四) 昭和五一年二月二四日、右五名の振動障害訴え者は、札幌営林局会議室において金沢大学医学部教授兼札幌医科大学非常勤講師である岡田晃医師により第二次健康診断を受けたところ、同医師の診断結果は、全員に対し、「特記すべき異常は認めないが注意深く経過を観察する必要がある。」(うち三浦孝男、三浦由夫の二名については、これに加えて整形外科的精密検査を必要とする。)という趣旨のものであり、訴え者らには岡田医師自ら、チェーンソーから離れた方が良い旨指示していた。

(五) 昭和五一年二月二七日、振内営林署当局は、事業所主任を通じて右振動障害訴え者五名に対して、健康診断の結果全員異状はないからチェーンソー作業に従事するよう指示したが、振動障害の不安に脅かされている右訴え者らは右指示に不満の意を表明し、診断内容が明らかにされるまでチェーンソー作業には従事できない旨告げた。その結果、右同日、現場における混乱を収拾するため署当局の庶務課長及び厚生係長が上山し、右訴え者らに診断内容を告知したうえ「異状はないのでチェーンソーに従事してもらう」旨を業務命令として命じた。そのため右訴え者らも業務命令であれば止むを得ないということで、翌日からチェーンソー作業に従事することを約した。

(六) 一方、全林野振内分会と振内営林署当局の間においては、右同日早朝の窓口交渉の場で、「岡田医師の要経過観察の所見もあるのでチェーンソーを使用させるべきではない。」という分会の申入れに対し、振内営林署当局は「札幌営林局が異状なしと判断したので、その旨訴え者らに説明はするが署当局としてはチェーンソー使用を強制はしない。」と答え、その旨の合意が成立していた。

(七) 昭和五一年二月二八日、振内分会は、署当局に対し、二七日の現地における庶務課長及び厚生係長の指示が「チェーンソー使用を強制しない」旨の右合意に反し、事実上強制されていることを指摘したが、署当局は右合意を反古にし、チェーンソー使用は最終的には業務命令である旨述べて、両者の交渉は決裂した。

(八) 右経過をふまえて、昭和五一年三月一日、宮城光仁庶務課長及び金沢弘事業課長が作業現場を訪れ、前記五名の振動障害訴え者をチェーンソー作業に従事させるべく、訴え者五名を振内事業区一九林班製品事業地第三休憩幕舎内に集めたうえ各人にチェーンソー使用拒否の理由を問い直すとともに、「説得」の名の下、チェーンソー使用を強要したが、訴え者らの納得を得られないでいた。

右のような状況下に、原告が臨席したものである。

2  原告の行為とその正当性について

(行為の端緒)

昭和五一年三月一日午前一一時五五分ころ、原告は昼食のため振内事業区一九林班製品事業地第三休憩幕舎にもどったところ前記宮城光仁庶務課長及び金沢弘事業課長が、三浦靖則事業所主任の他、振動障害の症状を署当局に訴え出て自らの意思でチェーンソー操作から離脱していた常用作業員小池嘉男ら五名を集め、「説得」の名の下同人らに対し、チェーンソーの使用を強要している場面に遭遇したため右訴え者の一人三浦孝男に話し合いの経過を尋ねたところ、直ちに右庶務課長から「勤務時間中だ、何しにきた、出て出け。」との高圧的な命令を受けた。そこで、原告が、右命令に対し、「昼だから昼食をとる。二七日には全員に話をしていたのに今日は私がいたらまずい話か。そのような態度だから白ろう問題は解決できないのだ。」と返答し、庶務課長らの非を指摘して同課長の隣に着席したところ、これに激昂した庶務課長において、原告に対し、挑みかかってきたものである。

(目的の正当性)

原告が、右庶務課長の命令にかかわらず同席したのは右作業員らの状況及び庶務課長らの狼狽ぶりから署当局のチェーンソー使用強制の事実を察知し、これを自ら監視し断念させる目的に出たものであり、その後の一連の行動も現実に行なわれていた右作業員らに対する署当局の不当なチェーンソー使用強制から右作業員らの生命、身体及び健康を守るためとった行動であるから、その目的において正当である。

(挑発行為)

庶務課長は現場の勤務時間が、業務の関係上、若干早くなったり遅くなったりするのが常態であることを知悉しながら、臨席されては不都合な原告を排除するため、殊更に勤務時間を楯に原告の退去を求めるなど挑発したうえ、更に、原告のチェーンソー使用強制を阻止しようとする態度に激昂して自ら原告に挑みかかる等の行為をしたものであるから、本件の発端は庶務課長の挑発行為にある。

(行為態様と結果の不均衡)

庶務課長は、診断書によると、三週間の安静療養を要する右第二、三肋不全骨折(ヒビ入)ということであるが、右結果は坐っている原告に対し、立上って挑みかかろうとする庶務課長の攻撃から、原告が自らの生命、身体を防禦するために坐った状態で左足をあげて応戦したことの結果であるから、防禦の手段としては相当であり、ただ、原告が当時はいていた靴が山林労働者特有の重長靴であったという偶発的事情のために不均衡な結果を生じたものであるから、右結果の重大性を理由に行為の不当性を帰結することは許されない。

(行為の一連性)

原告の事業課長に対する「暴行」は、庶務課長の挑発行為に端を発した一連の行為の一齣であり、署当局の、殊に右両課長の振動障害に対する無理解及び不誠実な態度に立腹したことの結果であるから、防衛の程度を超えた点はともかく、主観的にも客観的にも防衛行為として評価しうるものである。

3  本件懲戒処分の不当性について

(一) 被告が振内営林署の受診者らに対するチェーンソー使用の強制という背景事実を一切無視し、原告の行為を「粗暴悪質」な行為としてのみ評価し、本件懲戒処分をしたことは片手落ちとの非難を免れず、片面的かつ恣意的な処分であるから懲戒権の濫用であることは明らかである。

(二) また、刑事処分か罰金刑の場合に、懲戒免職になった事例はこれまで一件もなく、本件懲戒処分が初めであり、管理職に対する傷害事件ということ及び刑事処分が罰金一〇万円であったことにおいて本件事案と内容的に同一とみられる「高鍋事件」において、懲戒処分が停職三か月にとどまっていること等からすれば、本件懲戒処分が他の同様事件と比較して著しく重く処分の公平を欠くものである。

(三) 以上のように、本件懲戒処分は片面的かつ恣意的な処分であり、他の事例に比し著しく重く処分の公平を欠くものであるから、この点からしても社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用した場合に該当するというべきである。

4  原告の処分歴と本件懲戒処分の相当性判断について

(一) 被告において既に懲戒権を発動している原告の過去のストライキに対する処分歴を重ねて本件処分の量刑事情とすることは、実質的には一つの事案について重ねて処分を原告に加えるものであって、二重処罰禁止の法理から許されないと言うべきである。

(二) そもそも被告が問題としている過去の処分は、いずれも原告が労働基本権の行使としてストライキに参加、又は指導したことに対するものであって、憲法第二八条からして違憲無効な処分であるうえ、右停職処分の三件についてはいずれも人事院に対して処分の無効性を争って提訴し未だ結論がなされていないのであるから、過去の処分の相当性を当然の前提として本件懲戒処分の相当性につきこれを勘案することは、一層許されないと言うべきである。

(三) また、原告の過去の処分及び本件懲戒処分のいずれもが労働組合活動の一環として行なわれたものであっても、その内容には質的な相違が認められるのであるから、過去の処分歴を本件懲戒処分に当って勘案すべきではない。

第三証拠(略)

理由

一  争いのない事実

請求原因1(原告の地位)、同2(本件懲戒処分の存在)、同4(審査請求の存在)及び同3の(四)の(1)のうち原告の全林野加入日時、振内分会執行委員への就任日時、原告主張の期間内に振内分会書記次長に就任したこと、本件懲戒処分当時札幌地本南部ブロック執行委員(組織教宣担当)であったことを除く原告の組合活動歴についてはいずれも当事者間に争いがない。

二  前提事実関係

(証拠略)を総合すれば以下の事実が認められる。

1  昭和五一年二月九日、振内営林署所属常用作業員金野実が作業中左環指の異常を訴え、管理医湯浅寛の診断は「レイノー症候の疑があり、専門医の診断を要する」とのことであったため、翌二月一〇日苫小牧市内の王子総合病院で診断させたところ、病名の確定には精密検査を要するが、左環指外傷性腱鞘炎であろうとの診断であった。

2  振内営林署は、同二月一八日、前記金野実を除くチェーンソーを使用する常用作業員八名全員に対して、衛生管理者安加賀厚生係長により自覚症状調査を行ない、右調査結果により、湯浅管理医が、三浦孝男、三浦由夫、大久保美之原、小池嘉男の四名について臨時特殊健康診断を必要とする旨判定したため、同月二四日、金野実と右四名は、札幌営林局において振動障害の診断経験を有する右営林局管理医岡田晃の臨時特殊健康診断を受診したところ、翌二五日出された診断結果は、いずれの受診者についても特記すべき異常はないが、金野実については、「さらに二・三カ月後に健康診断をすることを含み注意深く観察する必要がある」、大久保美之原については、「経過をさらに注意深く観察する必要がある」、小池嘉男については、「経過観察に該当するものと考えられる」、三浦孝男については、「右肘部の変形が観察され、さらに整形外科的精密検査が必要と考えられる」、三浦由夫に対しては、「整形外科的検診を必要とし経過観察が必要と考えられる」との内容であり、右診断における経過観察については国有林野事業で実施されている時間制限下でチェーンソーを使用しつつ経過をみるとのことであった。

3  同年二月二七日、振内営林署は、事業所主任三浦靖則から前記健康診断受診者五名に対し診断結果を伝達するとともにチェーンソー作業に従事するよう指示したところ、詳しい診断内容が分からない以上チェーンソーを持つことはできない旨回答したため、宮城庶務課長及び安加賀厚生係長が作業現場である第三休憩幕舎内において、前記岡田管理医の判定意見書を提示したうえで、診断内容を説明し、今後のチェーンソー作業について各人の意向を質したところ、小池嘉男が「使わないとは言っていないが、皮膚温、脈拍等の調査したものを教えてほしい」と答えたものの、他の四名についてはチェーンソー使用に異議を述べずこれを了承した。右説明の際、チェーンソー使用が業務命令になるのか否かについては明確な営林署側の意見表明はなかった。

4  ところで、全林野振内分会は、チェーンソー使用による振動障害の防止活動の一環として、前記常用作業員八名の健康管理に強い関心を寄せ、前記金野実が異常を訴えた直後の二月一三日に振内営林署当局に対し、過去及び現在の振動機械使用者全員について北海道大学公衆衛生学教室において精密検査をなすよう要求し、さらに、札幌営林局における前記臨時特殊健康診断後の二月二七日にはその診断結果の説明を要求したため、右営林署は、岡田管理医の診断書・判定意見書を提示したうえ、異常はなく、経過観察を要するとの意見であるから現状どおり作業を進行する旨説明し、振内分会のチェーンソー使用を強制するなとの申入れに対しては強制にわたるようなことはしない旨回答し、さらに二月二八日の折衝の際には、前日の作業員との話し合いの結果チェーンソー作業を行なう旨確認ずみである旨回答していたところ、同日、前記五名の常用作業員は右作業を拒否する旨の意見を表明した。

5  三月一日振内営林署は作業員から翻意の事情を聞き、チェーンソーの使用説得を行なうため、金沢事業課長と宮城庶務課長を作業現場に派遣し、第三休憩幕舎内で午前一一時から右事情聴取が開始された。右事情聴取継続中の午前一一時五五分頃、原告が右第三休憩幕舎内に入ってきて、スパイク長靴をはいたまま宮城庶務課長の右隣りに腰をおろしたため、右庶務課長が、「午前一二時に五分前で昼休みには少し早いではないか」と言い、さらに「この席は関係者だけで話をしているので遠慮してもらいたい」旨要請したところ、前回の二月二七日の受診者に対する説明の際には原告の同席に反対しなかったと反論し、右庶務課長の再三の退席要求を拒否し、逆に「この野郎」と怒鳴り、左手拳でその顔面を突きあげ右庶務課長の右横から左足のスパイク長靴の靴底全面で同課長の右胸上部を蹴り上げたため、右庶務課長は左後方に倒れた。この際、三浦靖則事業所主任及び三浦孝男らが原告の背後から、一旦、これを取り抑えたが、原告は、宮城庶務課長の左横にいた金沢事業課長に対して付近にあったデレッキで殴りかかろうとし、前記事業所主任及び三浦孝男らがこれを制止した。これに対して金沢事業課長が「暴力を振うとは何だ」と原告をたしなめたところ、右事業課長の右脇腹をスパイク長靴を履いたままの左足で蹴り、さらに起きあがりかけた前記庶務課長に対し、近くの棚の上にあった副木を手に持ちその右腕上部を殴打した。ここに至り、事業課長及び庶務課長が作業員との話し合いの続行を断念し帰署しようとしたところ、原告は、十能を左手に持って、事業課長の右側頭部を保安帽の上から殴打し、第三休憩幕舎外に長靴を履いて出ようとする事業課長に対し、その右足の長靴を通路出入口の方に投げ捨てるとともに、右事業課長の背後からその腰部をスパイク長靴を履いた足で蹴りつけ、さらに幕舎外に逃れた事業課長に対し、道具類置場付近のさや付き腰鋸を手に持って威勢を示した。

帰署後、平取町国保病院で医師の診断を受けたところ、事業課長には異常が認められなかったものの、庶務課長については「右第二、三肋不全骨折、向後約三週間の安静療養を要す」と診断され、右庶務課長は翌三月二日より同月一二日まで入院加療を継続し、その後同月一七日まで通院して完治した。

6  原告は、右5の本件非違行為のうち、宮城庶務課長に左手拳で顔面を突き上げ、長靴履の左足で胸部付近を足蹴りにするなどの暴行を加えて、安静加療約三週間を要する右第二、三肋不全骨折の傷害を負わせたこと及び金沢事業課長に対して腹部を足蹴りにしたうえ所携の十能で頭部を保安帽の上から殴打する暴行を加えたことにより、同年四月一五日、刑法第二〇四条及び同法第二〇八条の罪により札幌簡易裁判所に起訴され、同日略式命令により罰金一〇万円に処せられ、右刑は同年五月一日に確定した。

以上のとおり認められ、(人証略)のうち前記認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信しがたく、他に右認定を覆するに足る証拠はない。

三  本件懲戒処分の適法性の有無

1  本件非違行為の存否

前記二の認定事実によれば、原告が本件懲戒処分の対象となった本件非違行為をなしたものと認められ、本件非違行為を正当化する事由は全く見当らないから、本件非違行為をなしていないとする原告の主張は理由がない。

2  手続的瑕疵の有無

原告は、本件懲戒処分における処分説明書の事実及び法令が不特定であると主張するところ、国公法第八九条第一号により処分説明書の交付が要求されるのは、処分権者の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに処分理由を被処分者に知らせることによりその不服申立てに便宜を与えることにあるから、処分説明書に記載すべき理由も右趣旨に合致すべきものであれば足りるというべきであり、前記一、二の事実によれば、本件懲戒処分の処分説明書に記載された法令及び事実の摘示は右要求を充たすものと認められるから、原告のこの点についての主張は理由がない。

3  懲戒権濫用の有無

原告は本件懲戒処分が被告に付与された懲戒権の濫用と主張するのでこの点について判断する。

およそ公務員に対する懲戒処分は当該公務員の職務上の義務違反その他国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務するうえで公務員としてふさわしくない非行がある場合にその責任を確認し、公務員関係の秩序維持をはかるために科される制裁であり、右処分にあたっては懲戒権者は懲戒に該当する非違行為の原因、動機、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、処分歴、処分が他の公務員及び社会に与える影響等諸般の事情を考慮して懲戒処分をすべきかどうか、また懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定しうるというべきであり、裁判所が右処分の適否を判断するにあたっても懲戒の対象となる事実が認められる場合には懲戒権者と同一の立場から相当な処分を判断したうえで、その結果と懲戒処分の軽重を論ずべきではなく、懲戒権者の裁量権の行使が社会観念上著しく妥当を欠き裁量権を付与した目的を逸脱したものと認められる場合に限り裁量権の濫用があるというべきである。

これを本件についてみるに、前記二の認定事実によれば、本件非違行為は、原告主張のような管理者の先制攻撃がないにもかかわらず、再三の退去要請を発端として、原告が宮城庶務課長をスパイク長靴で蹴り、その後も周囲の制止をふりきって副木で右庶務課長を、十能で金沢事業課長をそれぞれ殴打する暴行を加え、宮城庶務課長に安静加療一七日を要する傷害を負わせたものであって、その性質、態様において常軌を逸した粗暴かつ悪質な非行であり、その結果もまた重大であり、情状酌量の余地がないのみならず、成立に争いのない(証拠略)によれば、原告は別表二記載の処分歴を有していたことが認められるのであるから、原告のなした本件非違行為の性質、態様、情状及び処分歴等の諸般の事情を勘案すれば、懲戒免職処分の選択に際しては特に慎重な配慮が要求されるとしても、本件懲戒処分における懲戒権の行使が社会観念上著しく妥当を欠くとは断じ難いところである。原告は本件懲戒処分は片面的かつ恣意的であるから裁量権の濫用に該当すると主張する。しかしながら、前記のようにチェーンソー使用の強制ということはないから片面的ということはできず、また、成立に争いのない(証拠略)を総合すれば、刑事処分か罰金刑の場合に懲戒免職処分になった事例は、本件以外に営林署職員に見当らず、高鍋営林署の作業員が管理者に対する暴言、暴行、傷害により罰金一〇万円に処せられ、停職三か月の懲戒処分を受けたことが認められるが、右事案と本件事案を同視することはできないのみならず、右事件が作業員に対するものであるのに対し、原告は農林技官であることをも考慮すれば、原告のこの点に関する主張も理由がない。また、原告は原告に対する処分歴を考慮すべきでないと主張するが、かりに原告の処分歴を考慮しないとしても、前記のように本件非違行為の性質、態様における粗暴、悪質な非行性、結果の重大性、情状酌量の余地のないこと等を考慮すれば、原告に対する本件懲戒処分が社会通念上著しく妥当を欠くとは断じ難いとする前記の結論を左右するものではないといわざるをえない。

4  不当労働行為該当の有無

原告は本件懲戒処分は、原告が全林野組合員としての活発な組合員活動を嫌悪してなされたもので不当労働行為に該当すると主張する。

ところで、前記一の争いのない事実によれば、本件懲戒処分は昭和五一年四月二七日付でなされて、翌四月二八日に処分説明書が原告に交付されていることが認められ、また、本訴提起が昭和五二年一一月二六日であることは記録上明らかであり、このような場合、本訴において不当労働行為該当の瑕疵を本件懲戒処分の取消事由として主張しうるか否かについては争いのあるところであるが、これを積極に解するとしても、前掲二の各証拠によれば、本件懲戒処分がなされた決定的な理由は、原告が本件非違行為をなしたことにあるものと認められ、原告主張の不当労働行為該当事実についてはこれを認めるに足りる証拠はない。なお原告提出の(証拠略)には、原告が全林野の執行委員であることを問題点の一つとしてとりあげているが、本件懲戒処分がなされた理由が前説示のとおり原告が本件非違行為をなしたことにあると認められるから、右(証拠略)の記載によっても本件懲戒処分が不当労働行為に該当するとはいえない。

四  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村重慶一 裁判官 西野喜一 裁判官 岡原剛)

別紙一

あなたは、昭和五一年三月一日、振内事業区一九林班製品事業地第三休憩幕舎内において、振内営林署庶務課長農林技官宮城光仁、同署事業課長農林技官金沢弘及び同署振内製品事業所主任農林技官三浦靖則が同事業所常用作業員小池嘉男ら五名と作業実行上の打合せをしていた席に、午前一一時五五分ころ勝手に加わったため、これに対し庶務課長が「どうしたのか、少し早いのではないか。この席は関係者だけで話をしているのだから遠慮してもらいたい。」旨要請したところ、立腹して午後〇時五分ころまでに次の行為を行った。

一 庶務課長に対して、「一五分や二〇分早くきたから、といってどうしたと言うのだ。」とか、「このバカ野郎。」などと暴言をはきながら、スパイク長靴をはいた左足で、すわっていた同課長の右胸をけって後方に倒した。この行為により同課長に対し、三週間の安静療養を要する右第二、三肋不全骨折の傷害をおわせた。

更に、事業所主任らが前記の行為を制止したにもかかわらず、起きあがった同課長の右上腕部を、骨折時に使用する副木で殴るなどした。

二 庶務課長をけり倒した際、事業課長が「暴力はやめろ。」と制止したところ、いきなりデレッキを持って事業課長に詰め寄ろうとし、更にこれを制止した事業所主任らを振切って、スパイク長靴をはいた左足で同課長の右脇腹をけとばすなどした。

そこで、同課長が「こんな状態では話は続けられない、帰ろう。」と言ったところ「お前らの態度はなんだ。」と叫び、十能で同課長の右頭部を保安帽の上から殴りつけ、「お前ら殺してやる。」などとわめきたてた。

ついで、同課長が幕舎外に逃れようと靴をはきかけたところ、同課長の片方の長靴を入口の方に投げ捨て、これを拾いにいこうとした同課長の腰を後からけりつけた。

三 幕舎外に出た庶務課長及び事業課長に対し、なおもさや付きの腰鋸を持って追いかけようとした。

以上の行為は、国家公務員としてはなはだ不都合な行為であるので、上記のとおり処分する。

別表二 原告の懲戒処分歴

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例