大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和52年(行ウ)23号 判決 1984年3月16日

原告 四倉スエ外七名

被告 滝川労働基準監督署長

訴訟代理人 片桐春一 角田幸雄 外三名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告四倉スエ

(一) 被告が原告四倉スエに対して昭和四八年七月二二日付をもつてなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  原告工藤はる

(一) 被告が原告工藤はるに対して昭和五〇年九月五日付をもつてなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

3  原告茂野マツ

(一) 被告が原告茂野マツに対して昭和四九年一二月九日付をもつてなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

4  原告高橋アキエ

(一) 被告が原告高橋アキエに対して昭和四五年四月九日付をもつてなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

5  原告西沢くり

(一) 被告が原告西沢くりに対して昭和四八年三月一日付をもつてなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

6  吉田つるよ

(一) 被告が原告吉田つるよに対して昭和四八年三月六日付をもつてなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

7  原告野村初枝

(一) 被告が原告野村初枝に対して昭和四六年七月三一日付をもつてなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

8  原告林テル

(一) 被告が原告林テルに対して昭和五一年三月二九日付をもつてなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、次のとおり昭和三五年法律第二九号による改正前の労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)の打切補償を受けた者の遺族である。

(一) 原告四倉スエ

(1) 原告四倉スエの亡夫訴外四倉春治は、北海道芦別市上芦別所在の三菱鉱業株式会社芦別鉱業所に就労していたが、昭和二九年八月三〇日けい肺症と診断され、同日以降加療療養を行つた。

一方同訴外人に対しては、昭和二九年八月三〇日付けで労働基準法(昭和二二年法律第四九号)及び労災保険法による補償がなされていたが、その後満三年を経過するも治ゆしないため昭和三二年八月三一日付けで打切補償の支給決定がなされ、被告は、同訴外人に昭和三二年九月六日付けで平均賃金の一二〇〇日分相当額の一時金を支給した。

(2) 同訴外人は、その後、引き続きけい肺及び外傷性せき髄障害に関する特別保護法(昭和三〇年法律第九一号。以下「特別保護法」という。)、けい肺及び外傷性せき髄障害の療養に関する臨時措置法(昭和三三年法律第一四三号。以下「臨時措置法」という。)の適用を受けていたが、昭和三五年の労災保険法の改正(昭和三五年法律第二九号。以下昭和三五年の改正労災保険法を「昭和三五年改正法」という。)により、同改正法附則五条一項に基づき長期傷病者補償を受け、さらに昭和四〇年改正の労働者災害補償保険法(昭和四〇年法律第一三〇号。以下「昭和四〇年改正法」という。)附則一五条一項により長期傷病者補償給付の支給を受けていたものであるが、昭和四八年三月二八日じん肺症のため死亡した。

(二) 原告工藤はる

(1) 原告工藤はるの亡夫訴外工藤熊次は、北海道歌志内市東光所在の北海道炭礦汽船株式会社空知鉱業所に就労していたが、昭和二八年一〇月二一日けい肺兼肺結核症と診断され、同日以降加療療養を行つた。

一方同訴外人に対しては、昭和二八年一〇月二一日付けで労働基準法及び労災保険法による補償がなされていたが、その後満三年を経過するも治ゆしないため昭和三一年一〇月三一日付けで打切補償費の支給決定がなされ、被告は、同訴外人に昭和三一年一一月一六日付けで平均賃金の一二〇〇日分相当額の一時金を支給した。

(2) 同訴外人は、その後、引き続き特別措置法、臨時措置法の適用を受けていたが、昭和三五年改正法の改正により、同法附則五条一項に基づき長期傷病者補償を受け、さらに、昭和四〇年改正法附則一五条一項により長期傷病補償給付の支給を受けていたものであるが、昭和五〇年六月一五日じん肺結核症のため死亡した。

(三) 原告茂野マツ

(1) 原告茂野マツの亡夫訴外茂野清は、北海道空知郡上砂川町所在の三井石炭鉱業株式会社砂川鉱業所に就労していたが、昭和二九年八月二八日けい肺結核症と診断され、同年九月七日以降加療療養を行つた。

一方同訴外人に対しては、昭和二九年九月七日付けで労働基準法及び労災保険法による補償がなされていたが、その後満三年を経過するも治ゆしないため昭和三二年九月六日付けで打切補償費の支給決定がなされ、被告は、同訴外人に昭和三二年九月二一日付けで平均賃金の一二〇〇日分相当額の一時金を支給した。

(2) 同訴外人は、その後、引き続き特別措置法、臨時措置法の適用を受けていたが、昭和三五年改正法の改正により、同法附則五条一項に基づき長期傷病者補償を受け、さらに、昭和四〇年改正法附則一五条一項により長期傷病補償給付の支給を受けていたものであるが、昭和四九年九月二七日けい肺結核症のため死亡した。

(四) 原告高橋アキエ

(1) 原告高橋アキエの亡夫訴外高橋吉四郎は、北海道芦別市上芦別所在の三菱鉱業株式会社芦別鉱業所に就労していたが、昭和三一年八月二九日けい肺症と診断され、同日以降加療療養を行つた。

一方同訴外人に対しては、昭和三一年八月二九日付けで労働基準法及び労災保険法による補償がなされていたが、その後満三年を経過するも治ゆしないため昭和三五年二月四日付けで打切補償費の支給決定がなされ、被告は、同訴外人に昭和三五年二月一八日付けで平均賃金の一二〇〇日分相当額の一時金を支給した。

(2) 同訴外人は、その後、引き続き特別措置法の適用を受けていたが、昭和三五年改正法の改正により、同法附則五条一項に基づき長期傷病者補償を受け、さらに、昭和四〇年改正法附則一五条一項により長期傷病補償給付の支給を受けていたものであるが、昭和四四年一二月二三日けい肺症のため死亡した。

(五) 原告西沢くり

(1) 原告西沢くりの亡夫訴外西沢幸蔵は、北海道芦別市西芦別所在の三井鉱山株式会社芦別鉱業所に就労していたが、昭和三〇年七月二三日けい肺兼肺結核症と診断され、同日以降加療療養を行つた。

一方同訴外人に対しては、昭和三〇年七月二三日付けで労働基準法及び労災保険法による補償がなされていたが、その後満三年を経過するも治ゆしないため昭和三三年八月二三日付けで打切補償費の支給決定がなされ、被告は、同訴外人に昭和三三年八月二三日付けで平均賃金の一二〇〇日分相当額の一時金を支給した。

(2) 同訴外人は、その後、引き続き特別措置法の適用を受けていたが、昭和三五年改正法の改正により、同法附則五条一項に基づき長期傷病者補償を受け、さらに、昭和四〇年改正法附則一五条一項により長期傷病補償給付の支給を受けていたものであるが、昭和四四年四月一〇日けい肺症のため死亡した。

(六) 原告吉田つるよ

(1) 原告吉田つるよの亡夫訴外吉田吉五郎は、北海道歌志内市神威所在の北海道炭礦汽船株式会社神威礦に就労していたが、昭和三〇年二月一五日けい肺症と診断され、同日以降加療療養を行つた。

一方同訴外人に対しては、昭和三〇年二月一五日付けで労働基準法及び労災保険法による補償がなされていたが、その後満三年を経過するも治ゆしないため昭和三三年三月一八日付けで打切補償費の支給決定がなされ、被告は、同訴外人に昭和三三年三月二〇日付けで平均賃金の一二〇〇日分相当額の一時金を支給した。

(2) 同訴外人は、その後、引き続き特別措置法、臨時措置法の適用を受けていたが、昭和三五年改正法の改正により、同法附則五条一項に基づき長期傷病者補償を受け、さらに、昭和四〇年改正法附則一五条一項により長期傷病補償給付の支給を受けていたものであるが、昭和四八年一月四日けい肺結核症のため死亡した。

(七) 原告野村初枝

(1) 原告野村初枝の亡夫訴外黒川仁太郎は、北海道赤平市茂尻所在の雄別炭礦株式会社茂尻鉱業所に就労していたが、昭和二七年一〇月一五日けい肺症と診断され、同日以降加療療養を行つた。

一方同訴外人に対しては、昭和二七年一〇月一五日付けで労働基準法及び労災保険法による補償がなされていたが、その後満三年を経過するも治ゆしないため昭和三〇年一〇月一四日付けで打切補償費の支給決定がなされ、被告は、同訴外人に昭和三〇年一〇月一四日付けで平均賃金の一二〇〇日分相当額の一時金を支給した。

(2) 同訴外人は、その後、引き続き特別措置法、臨時措置法の適用を受けていたが、昭和三五年改正法の改正により、同法附則五条一項に基づき長期傷病者補償を受け、さらに、昭和四〇年改正法附則一五条一項により長期傷病補償給付の支給を受けていたものであるが、昭和四六年六月三〇日じん肺結核症のため死亡した。

(八) 原告林テル

(1) 原告林テルの亡夫訴外林三郎は、北海道空知郡上砂川町所在の三井石炭鉱業株式会社砂川鉱業所に就労していたが、昭和三一年一二月一五日じん肺結核症と診断され、同日以降加療療養を行つた。

一方同訴外人に対しては、昭和三二年一月一〇日付けで労働基準法及び労災保険法による補償がなされていたが、その後満三年を経過するも治ゆしないため昭和三五年三月二一日付けで打切補償費の支給決定がなされ、被告は、同訴外人に昭和三五年三月二五日付けで平均賃金の一二〇〇日分相当額の一時金を支給した。

(2) 同訴外人は、その後、引き続き特別措置法の適用を受けていたが、昭和三五年改正法の改正により、同法附則五条一項に基づき長期傷病者補償を受け、さらに、昭和四〇年改正法附則一五条一項により長期傷病補償給付の支給を受けていたものであるが、昭和五〇年一二月一〇日じん肺結核症のため死亡した。

2  原告らは、被告に対し、昭和四〇年改正法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告は、原告各自に対して、別紙処分一覧表(一)記載の各日時に、これを支給しない旨の各処分(以下「本件各処分」という。)をした。

原告らは、これを不服として、北海道労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、同審査官は、同表(二)記載の各日時に、これらを棄却する各決定をしたので、原告らは、労働保険審査会に対し再審査請求をしたところ、同審査会は、これらを同表(三)記載各日時付けで棄却し、右各裁決は同表(四)記載の各日時に原告らに送達された。

3  しかしながら、本件各処分は違法であるので、原告らはその取消を求める。

二  被告の請求原因に対する認否及び主張

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1項の事実は認める。

2 同2項の事実中、原告らに対する再審査請求の棄却裁決の送達日時は不知。その余は認める。

3 同3項は争う。

(主張)

1 けい肺等による長期療養者に係わる労働者災害補償保険法関係の改正経過について

(一) 昭和三〇年七月二九日、特別保護法が制定公布され、同法は同年九月一日をもつて施行されたが、同法の施行までは、けい肺等の難治療患者についても、労働基準法あるいは労災保険法が適用され、労働基準法は療養開始後三年を経過しても疾病がなおらない場合には、使用者は平均賃金の一二〇〇日分の打切補償を行い、その後は補償を行わなくともよいとされ(同法八一条)、政府が保険者となつている労災保険法においても同様打切補償の制度が取り入れられていた(同法一二条)。

(二) しかし特別保護法は、労働基準法又は労災保険法の規定による打切補償の支給をうけたけい肺患者に対し、政府はその後二年間療養の給付又は必要な療養の費用の支給を行い、この間療養のため労働することができないために賃金を受けない場合には休業給付を行うこととした(同法一一条、一二条)。

なお、同法は前述のとおり昭和三〇年九月一日から施行されたのではあるが、同法の公布日である同年七月二九日以後の打切補償受給者についても適用された(同法附則一、二項)。

(三) その後の昭和三三年五月七日、臨時措置法が制定公布され、同法は同年六月一日から施行されたが、同法は、政府は特別保護法の規定により療養の給付を受け又は必要な療養の費用の支給を受けるもののうち、二年の期間が経過してもなお療養を必要とすると都道府県労働基準局長が認定した者に対しては、当分の間療養の給付として、必要な療養の支給又は療養の費用の支給を行うこととした(同法一条)。

なお、臨時措置法は、その施行が特別保護法施行後二年以上経過していたため、臨時措置法の施行前にすでに特別保護法の二年の期間が経過してしまつた者が生じたが、そのような者についても臨時措置法を適用することとされた(同法附則二項)。

(四) 臨時措置法は、特別保護法の二年の期間をただ当分の間延長したにすぎないものであり、時限立法として、昭和三五年三月三一日限りその効力を失うこととされていたため昭和三五年三月三一日労災保険法の改正が行われたが(昭和三五年改正法)、同法による長期療養者に対する給付は従来と面目を一新し、打切補償の制度は廃止され、必要の存する限り期間を限定することなく療養を継続することのできる体制として長期傷病者補償が創設され、また従来特別保護法の行つてきた特別措置がその対象をけい肺と外傷性せき髄障害の罹患者に限つていたのを、潜水病、放射線障害、頭部外傷等療養開始後三年を経過してもなおらないすべての傷病に拡げられた(同法一二条の三)。

そして、その給付事由は労災保険から療養補償費又は療養の給付を受ける労働者が療養開始後三年を経過してもその傷病がなおらない場合であつて、長期傷病者補償の種類は(1)傷病給付、(2)障害給付、(3)遺族給付、(4)葬祭給付となつており、従来の打切補償費が、その給付を行うことによつて事後一切の補償すなわち、療養、休業、障害、遺族の各補償費及び葬祭料の支給義務を免れさせるものであつたのにほぼ対応する給付が設けられた。

なお、給付の内容についていえば、傷病給付は、非入院者については第一種傷病給付として平均賃金二四〇日分の年金が、入院療養者については第二種傷病給付として入院による療養又は入院による療養の費用並びに平均賃金二〇〇日分の年金がそれぞれ給付されるという内容で、障害給付は、傷病給付を受ける労働者のその傷病がなおつた場合において、身体に障害の存するときは、障害補償費と同じ内容の障害給付(第一級ないし第一四級に分かれている。)が支給されるという内容で、遺族給付は長期傷病者補償給付を受ける労働者が当該傷病により死亡した場合には、一年以内の場合に平均賃金の一〇〇〇日分とし、以下一年ごとに逓滅し、六年を経過した後に死亡した場合で平均賃金の一四〇日分が支給されるという内容で、葬祭給付は、当該傷病により死亡した場合に、平均賃金六〇日分が支給されるという内容である(同法一二条の四、五)。

この法律改正は、臨時措置法の失効する日の翌日である昭和三五年四月一日から施行され、同時に特別保護法は廃止された。

また、特別保護法又は臨時措置法の規定による療養給付を受けるべきであつた者であつて、都道府県労働基準局長が四月一日以降引き続き療養を必要とすると認定したものは、同日において長期傷病者補償の決定があつたものとみなされ、同補償が行われることとされた(同法附則五条一項)が、これらの者については、昭和三五年改正法の遺族給付及び葬祭給付は行わないこととし、また、長期傷病者補償の給付金の年額から平均賃金の四〇日分を減額することとされた(同法附則五条二項)。

(五) その後、昭和四〇年に再び労災保険法の改正が行われたが(昭和四〇年改正法)、長期傷病者に対する補償については、それまでの複雑な体系を改め、(1)通院・入院の区別を廃止して一率に療養の給付を行うとともに(同法一八条)、(2)療養中の生活保持のためには、給付基礎年額の六〇パーセント(概ね平均賃金の二一九日分)の年金を支給することとし(同法一八条)、(3)長期傷病補償給付を受けていた者が、治ゆ後なお身体に後遺障害が残存する場合は障害補償給付を、死亡した場合には、遺族補償給付及び葬祭料をそれぞれ支給することとされ(同法一五条、一六条)、この昭和四〇年改正法は昭和四一年二月一日から施行された。

もつとも、この法改正の際に改正前の労災保険法の規定による傷病給付を受ける者には長期傷病補償給付を行うこととされたのであるが、前述のように昭和三五年改正法によつて長期傷病者補償が新設された際すでに打切補償を受けていたもので、長期傷病者補償の給付の決定があつたものとみなされたものについては、従前の例により遺族補償給付及び葬祭料は支給せずまた障害補償年金及び長期傷病補償給付たる年金の額は、法別表第一に規定する額から給付基礎日額の四〇日分(障害等級第四級から第七級までに該当する障害がある者に対して支給する障害年金については二〇日分)を減じた額とされた(同法附則一五条二項、昭和四一年一月三一日労働省令第二号附則五項、以下同省令を「昭和四一年改正省令」という。)。

2 本件各処分の適法理由

請求原因1項に記載のとおり、原告らの亡夫ら又は亡父は、昭和三五年改正法附則五条の適用を受けたものであり、したがつて、昭和四〇年改正法附則一五条二項及び昭和四一年改正省令附則五項の適用を受けることになるから遺族補償給付及び葬祭料の受給資格はなく、被告のなした本件各処分は適法である。

三  原告らの被告の主張に対する認否及び主張

(認否)

1 被告の主張1項の事実(労災保険法関係の改正経過)は認める。

2 被告の主張2項は争う。

(主張)

本件各処分が昭和三五年改正法附則五条、昭和四〇年改正法附則一五条二項及び昭和四一年改正省令附則五項によつたとしても、右各条項は以下に主張するとおり憲法一四条、二五条一、二項、二七条二項に違反し無効であるから、これに基づいてなされた本件各処分は違法であつて取消されるべきである。

1 憲法二五条一、二項、二七条二項違反

(一) 労災保険給付は勤労者の健康で文化的な生活を維持するため、欠かすことのできないものであり、国民が労働の権利と義務を有する以上その労働の場において自らの責任によつてでなく傷病に遭遇した場合にはその補償がなさるべきは当然であり、国は憲法二五条一、二項、二七条二項の精神に従つた労災保険立法をなすべきは当然である。

(二) ところが、昭和三五年改正法並びに昭和四〇年改正法及び昭和四一年改正省令においては、長期傷病者補償として遺族補償給付、葬祭料が支給されることになつたにもかかわらず、昭和三五年改正法附則五条、昭和四〇年改正法附則一五条二項及び昭和四一年改正省令附則五項は、労働基準法又は労災保険法の規定による打切補償を受けた者で特別保護法、臨時措置法の適用を受けていた者(以下「旧受給者」という。)には右給付は支給されず、かつ長期傷病者補償給付金の年額から平均賃金の四〇日分が減額されることになつた。その立法理由は、これらの者はすでに従来の労働基準法又は労災保険法による打切補償を受給し、その上に特別保護措置として、特別保護法又は臨時措置法による療養給付及び休業給付を受けてきたものであり、これを新たにけい肺等の疾病にかかり、打切補償にかえて、長期傷病者補償を受けることとなる者と比較すれば少なくとも打切補償分だけ余分の給付を受けることになるというのであつた。

しかし、右説明は打切補償相当額を年賦控除することを合理化するとしても遺族補償給付・葬祭料を支給しないことを合理化することにはならないことは誰の目にも明らかである。

右立法理由からすれば、当然毎年の控除額の累計が打切補償額に達すればその以後は控除をやめるべきこととなるし、それ以後に旧受給者が死亡した場合には遺族に対し遺族補償給付、葬祭料給付をなすべきで、また旧受給者が控除途中で死亡した場合には、遺族補償給付等から未控除分相当額を控除すればよいことになるはずである。

にも拘らず前記の如き立法をなしたのは立法の目的と結果に齟齬を来たしたものであり、国民に不当な不利益を課すもので、労災保険立法に当つて裁量が認められるにしても、前記の如き旧受給者に遺族給付、葬祭料を給付しない立法は、その裁量の限界を超えており、前記の各附則は憲法二五条一、二項、二七条二項に違反し無効と言うべきである。

2 憲法一四条違反

昭和三五年改正法附則第五条並びに昭和四〇年改正法附則一五条二項及び昭和四一年改正省令附則一五条二項においては、前記のとおり、旧受給者には遺族補償給付、葬祭料が支給されず、長期傷病者補償金の年額から平均賃金の四〇日分が減額されることになつたが、右立法は旧受給者とあらたにけい肺等の疾病にかかり長期傷病者給付を受ける者(以下「新受給者」という。)との間に平等原則の許容する限界を超えた不合理な差別をもたらすものであり、憲法一四条に違反する。

なお、昭和三五年改正法による遺族給付は、長期傷病者給付開始の時から死亡に至るまでの年数が長くなるほど給付日額を減ずる逓減制を採用していた。昭和三五年改正法の旧受給者に対する四〇日分の減額措置は、この逓減制が理由の一つとされていた。すなわち、新受給者が遺族給付を受ける場合には年数が経て死亡すると遺族給付の受給額が次第に減つていくのだから、毎年四〇日分の減額控除が行なわれる旧受給者との均衡が保たれるのだという考え方があつたのである。

ところが、昭和四〇年改正法は遺族給付に関する昭和三五年改正法の逓減方式を改め、年金方式を採用した。旧受給者に対する四〇日分の減額措置の理由とされていた一つは消滅した。

四  原告らの主張に対する被告の反論

昭和四〇年改正法附則一五条及び昭和四一年改正省令附則五項並びに昭和三五年改正法附則五条二項はいずれも憲法に違反しない。

(一)  昭和三五年改正法附則五条二項の合理的根拠

(1) 昭和三五年改正と経過措置

労災保険法の昭和三五年改正の骨子の一つが補償制度の改革であつた。すなわち従来の打切補償制度を廃止し、必要の存する限り期間を限定することなく療養を継続することができる体制として長期傷病者補償を創設した。

しかも、従来、打切補償を受け、その後特別保護法または臨時措置法により療養の給付等を受けていた者については、本来すでに労災保険給付は完了している者であるから再び労災保険給付の対象とする必要はないのであるが、依然として保護を要する状態であることに鑑み政策的配慮から、特別に改正法の適用を受けることとされた。すなわちこれらの者で、都道府県労働基準局長が昭和三五年四月一日以降引き続き療養を必要とすると認定したものを長期傷病者補償の給付決定があつた者「旧受給者」とみなし、長期傷病者補償の対象として特別の保護を加えることとした。

(2) ところが旧受給者への給付については次のような理由から何らかの調整措置が必要とされた。

(ア) 旧受給者は、すでに平均賃金の一二〇〇日分の打切補償を受けており、新受給者と、同金額を支給することにすれば、少なくとも打切補償分だけ多く支給を受けることになること。

(イ) 打切補償のなかには昭和三五年改正法によつて創設された遺族給付、葬祭給付が含まれているとみなされていたこと。

(ウ) けい肺およびじん肺せき損以外の重篤な傷病者で打切補償を受けた者は、けい肺患者のような経過措置が構じられず長期傷病者補償の受給者にはいつさいなり得なかつたこと。

(3) したがつて、旧受給者に対する給付額は、こうした事情を考慮して、新受給者とは別個の観点から定めるべきものであつた。

そこで、旧受給者については、遺族給付、葬祭料を給付せず、傷病給付の給付額を減額することで実質的公平を図ることとしたが、立法作業の過程では減額幅を合理的かつ適正に算出する根拠としてすでに給付ずみの一二〇〇日分の打切補償費が用いられた。しかし、これはあくまで均衡を図るための算定根拠であり、すでに受けた打切補償を年賦償還させるものではなかつた。

(4) 旧受給者への給付額の算出根拠

(ア) 旧受給者が受給した打切補償費(平均賃金の一二〇〇日分)は、その後の賃金水準の上昇率(約一二五パーセント)を勘案して算定した場合、昭和三五年四月現在の平均賃金水準で九六〇日分に相当する。

1200÷1.25=960

(イ) 前記のとおり、打切補償のなかには遺族給付、葬祭給付が含まれているとみなされていたので、旧受給者にはこれらの給付をしない。右遺族給付、葬祭給付の一人当たりの平均額は、平均賃金の九九日分と算定することができる。

右遺族給付、葬祭料の一人当りの平均額は、昭和三五年改正法において遺族給付の支給を受けられるものは、長期傷病者補償が始まつてから六年以内に死亡したものに限られるから、旧受給者中打切補償受給後六年以内に死亡するであろう者について、遺族給付及び葬祭給付を支給したとして、その支給額を算出したうえ、これを昭和三五年改正法の施行直前の旧受給者総数で除すると、算出することができる。

右のような考え方に基づく具体的算出方法は次のとおりである。

(a) 旧受給者は昭和三〇年七月末から同三四年度末までに打切補償を受給しているので、これを平均して昭和三二年一一月末に打切補償を受給しているものとみなし算出する。

(b) 右昭和三二年一一月末日から六年間の推計死亡労働者をじん肺およびせき損について年度毎に算出すると昭和三五年度ないし昭和三八年度中の推計死亡者(失権者)数は別表(一)記載のとおりとなる。

(c) 各年度毎に、遺族給付及び葬祭給付の所定給付日数(別表(二))に基づき、昭和三五年四月以降昭和三八年一一月末日(昭和三二年一一月末日に打切補償を受給しているとみなされるのであるから、それから六年が経過した日)までにこれら旧受給者に支給されるものと仮定した遺族給付及び葬祭給付の額は、別表(三)記載のとおり延約二五万七〇〇〇日分となる。

(d) これを昭和三四年度末の旧受給者数二五九九人で除して九九日(端数切捨)を算出したものである。

(ウ) 旧受給者が控除を受けるべき傷病給付の年間の日数は、昭和三五年改正法の適用された後の給付金の平均受給年数が一〇・九年であつたのでこれで受給ずみの傷病給付相当分を除すと七九日が算出される。

(960-99)÷10.9=79

(5) したがつて、旧受給者については遺族給付、葬祭料を給付せず、かつ傷病給付から平均賃金の七九日分の減額をするのが妥当であつたのであるが、国会審議の過程で旧受給者のうちにはすでに打切補償を費消したものもあり、療養生活の継続に困難を生ずる等の事情を考慮して平均賃金の四〇日分の減額をすることになつた。

(6) 以上のとおりであつて、旧受給者に対して遺族給付及び葬祭給付を支給せず、また長期傷病者補償の給付金年額から平均賃金の四〇日分を減額することにした昭和三五年改正法附則五条一項は合理的な根拠がある立法であり、憲法に違反しない。

(二)  昭和四〇年改正法附則一五条二項及び昭和四一年改正省令附則五項の合理的根拠

昭和四〇年法改正及び昭和四一年省令改正においても、旧受給者については従前の例(昭和三五年改正法)と同じ扱いにした。これは、昭和三五年改正法の改正の時の方針と同様、旧受給者がすでに受給した打切補償の中に遺族補償給付、葬祭料が含まれていたとみなされていたことと、昭和三五年改正法の際考慮された一〇・九年の、給付金の平均受給年数を経過していなかつたことから、旧受給者に支給された打切補償は未だ完済されていないとの考え方があつたからである。

したがつて、昭和四〇年改正法附則一五条二項、昭和四一年改正省令附則五項は正当な根拠を持つた妥当なものであり、憲法に違反しない。

(三)  保険経済的背景

労災保険及びその他の社会保険の給付内容は、常に社会経済の発展と密接に関連し、遂次その改正が図られて来ていることはまぎれもない事実であるが、一般的に社会保険による給付を行う場合、給付に要する源資をどこに、どれだけ求められるかという点の検討が必要不可欠であり、給付の水準も、そのときどきの経済条件の制約の下で決定されるという側面を有していることは否定できないところである。

昭和三五年の改正当時においては、中小零細企業を含む個別使用者の負担能力には限度があり、したがつて災害補償責任の水準を改めることは困難であつたが、産業全体即ち、労災保険財政の見地からみれば長期傷病者及び重度の障害者に対し長期給付を行う程度の経済基盤は整つていたといえる状況であつた。

しかしながら、昭和三五年の給付改正は労災保険に限定的ではあるが初めて年金を導入するという画期的なものであつたので保険計算上、短期方式をとるか、長期方式をとるか議論のあつたところであるが、仮りに長期給付等について支払備金を留保するとすれば保険経済の基盤は十分に確立されているとは言えないので必要最小限度の年金化に留められたのである。

(四)  他の社会保険の給付内容との比較

以上のように、改正法は、当時の社会、経済情勢の下においてじん肺患者に対して可能な限りの最大限の給付の規定を盛り込んだものであり、原告らのような主張は、従前の経緯を全く無視し、二〇数年後の今日の社会、経済情勢を前提とする議論で到底容認することのできないものである。このことは、労災保険給付と他の社会保険給付もしくは社会保障における支給額とを対比すれば明らかである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1項の事実、同2項の事実(原告らに対する再審査請求の棄却裁決の送達日時を除く)及び被告の主張1項の各事実すなわち、本件各処分の根拠法令である昭和三五年改正法附則五条、昭和四〇年改正法附則一五条二項及び昭和四一年改正省令附則五項(以下、これらの各条項を合わせて「本件規定」という。)の改正経過等については当事者間に争いがない。

二  そこで、先ず、本件各処分の根拠法令である昭和三五年改正法附則五条、昭和四〇年改正法附則一五条二項及び昭和四一年改正省令附則五項が憲法二五条一、二項、二七条二項に違反するか否かについて検討する。

三  憲法二五条の規定は、一項において福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すること、したがつてこの権利が実現されるよう国権を運営すべき責務が国にあることを宣言し、さらに二項において右の理念に基づいて国が社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを宣言したものであり、憲法二七条二項は右二五条を勤労者に対し保障するものである。しかし、国がこの趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を構ずるかの選択決定は、国の財政事情に対する配慮及び高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするため、立法府の広い裁量にゆだねられていて、この裁量が著しく合理性を欠き明らかに裁量権の逸脱、濫用と見ざるを得ないような場合を除いては、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であると解される。

四  ところで、労災保険法は、基本的には労働基準法により義務づけられた使用者の労災補償義務の責任保険としての機能を果すものであるが、昭和三五年、昭和四一年の改正を経て、給付対象が労働基準法上の災害補償の範囲を超え飛躍的に拡大された結果、労災保険上の給付の一部は憲法二五条の規定の趣旨を実現する目的をもつて設定される社会保障法上の制度の性格を持つに至つたものであつて、本件規定に関しても憲法二五条、二七条二項違反の問題を生ずるものである。

五  そこで、本件規定の立法経過につき検討する。

成立に争いのない甲第六号証、第八号証、乙第一号証、証人岸良明及び同佐々木正男の証言並びに弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第二号証を総合すれば次の事実が認められ、これをくつがえすに足りる証拠はない。

1  昭和三五年、労災保険法の改正により、従来の打切補償の制度が廃止され、長期療養を要する業務上の傷病者には期間を限定することなく必要の存する限り補償を行う長期傷病者補償が創設された。

ところが、従来、労災保険法による打切補償を一旦受けた者の中には、その後特別保護法や臨時措置法により療養費用の支給を継続的に受けていた者があつたので、これらの者の取扱について昭和三五年改正法附則五条が設けられた。

2  右規定を設ける理由として国会の審議の過程で政府委員からなされた説明は次の如きものであった。

すなわち、これらの者は特別保護法や臨時措置法という特別の立法により療養のための補償を継続して受給してきているが、労災保険法上の補償は打切補償を受けることによりすでに終了しているものである。しかし昭和三五年改正法施行後においても療養のための補償がなお必要であることには変わりがないので、補償を続ける方が妥当である。そこで、これらの者についても改正法を適用することにし、これらの者の中で都道府県労働基準局長が昭和三五年四月一日以降引き続き療養を要すると認定した者(旧受給者)を長期傷病者補償の給付決定があつた者とみなして長期傷病者補償の対象とする。ところが、旧受給者は、すでに労働基準法又は労災保険法により打切補償を受給していたのだから新たにけい肺等の疾病にかかり長期傷病者補償を受けることになる者(新受給者)と同額の長期傷病者補償をすれば、新受給者と比較した場合、結果的にはすでに給付を受けている打切補償分だけ多くの給付を受けることになる。そこで、旧受給者と新受給者の実質的な公平を図るために、旧受給者に対する給付額を減額することとする。具体的には、旧受給者に対しては遺族給付及び葬祭給付は支給せず、かつ長期傷病者補償の給付金の年額から平均賃金の四〇日分を減額する。旧受給者に対して遺族給付及び葬祭給付を支給しない根拠は、すでに支給した打切補償の中に遺族補償及び葬祭料が含まれていると考えられるからであり、また給付金年額から平均賃金の四〇日分を減額することにしたのは事実摘示欄四原告の主張に対する被告の反論(一)(4)のとおりの考慮に基づく。すなわち、すでに支給されていた打切補償は平均賃金の一二〇〇日分であつたので賃金水準の上昇率を勘案して右支給額の昭和三五年四月現在の平均賃金相当日数九六〇日を算出し、この相当日数から遺族給付及び葬祭給付の一人当たり平均支給額の賃金相当日数九九日を控除し、さらに右算出された日数を長期傷病者補償の給付金の平均受給年数で除して、旧受給者から一年当たり減額すべき金額の平均賃金相当日数七九日を算出する。

3  現実の立法においては、以上のとおりの審議の結果をふまえ、旧受給者の保護を考慮して給付金年額から減額する日数を四〇日分にとどめて昭和三五年改正法附則五条二項が成立した。

4  昭和四〇年の労災保険法改正においても旧受給者の扱いは昭和三五年改正法の規定の例に従うこととされ(昭和四〇年改正法附則一五条二項)、昭和四一年改正省令附則五項において昭和三五年改正法附則五条二項と同様の規定が置かれた。

右の立法理由は昭和三五年改正法附則五条二項を立法した理由と同一であり、旧受給者と新受給者の間の実質的公平を図ることが目的であり、旧受給者に対し遺族補償給付及び葬祭料を支給しないことにしたのは支給済みの打切補償の中にこれらが含まれていると考えられたからであった。

六  ところで、本件規定は打切補償を一旦受給した者で引き続き療養を要すると認定された者(旧受給者)に対する長期傷病者補償の内容及び支給額を定めたものである。

このような場合、旧受給者に対する補償の内容及び支給額をいかに定めるかは、さきに説示したとおり、国の財政事情に対する配慮と、高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を要するもので、立法府の裁量の範囲に属すると解される。しかるところ、本件規定は、さきに認定したとおり、一旦打切補償を受けている旧受給者と、これから支給を受け始めることになる新受給者との間の補償額が公平になるようにするため、旧受給者の支給額を減縮したものであり、その減額の手段として旧受給者に対しては遺族補償、葬祭料の給付はしない旨定めたのはすでに支給した打切補償中に遺族補償及び葬祭料が含まれていると考えられたからであつて、国会における審議経過からみて、右立法には合理性に欠けるところはなく、明らかな裁量の逸脱、濫用は認められない。

本件規定が給付金の年額からの減縮額を画一的に定めかつ年金の受給年数にかかわらず遺族補償及び葬祭料を一切支給しない旨定めたため、個々の旧受給者への支給総額が同一条件下の新受給者への支給額とつねに一致するとは限らず旧受給者への支給総額が新受給者への支給総額より低額になる場合があることは否定できないが、先に述べたとおり、本件規定は、平均的には旧受給者に対して打切補償分だけ減額するよう定められた(現実の立法では旧受給者への減額はより少なくされていた)のであるから、右の事情があつたとしてもただちに合理性を欠き裁量を逸脱、濫用した立法であるとは言えない。

以上の次第であるから、本件規定が憲法二五条、二七条二項に違反するという原告の主張は採用できない。

七  次に本件規定が憲法一四条に違反するか否かにつき検討する。

憲法一四条一項は、すべて国民が法の下に平等で、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的、経済的、社会的に差別されないことを定めており、国の社会保障上の施策である労災保険法においても、受給者の範囲、支給金額に合理的な理由のない不当な差別的取扱をした場合には、当然に憲法一四条違反の問題を生ずるものである。

八  原告らは、本件規定が、旧受給者に対しては遺族補償及び葬祭料の給付をせずかつ給付金年額から平均賃金の四〇日分の減額を行なうことにして新受給者と異なる扱いをしていることは憲法一四条に反する立法である旨を主張する。

しかしながら、右の取扱は、さきに認定したとおり、旧受給者にはすでに打切補償が支給されており労災保険法上の補償は終了しているものの保護の必要からさらに長期傷病者補償を続けることにした結果、新受給者より多くの給付を受けることになるのでこれを調整するためなされたもので、かつ、遺族補償及び葬祭料を給付しないことにしたのはすでになされた打切補償の中にこれらの給付が含まれていると考えられたからである。したがつて、旧受給者に対して遺族補償及び葬祭料を給付しない旨定めた本件規定が合理的理由のない不当な取扱と言うことはできない。

本件規定が旧受給者の平均を想定して規定されたものであるから、年金の受給年数にかかわらず遺族補償及び葬祭料の給付をせず、かつ、給付金年額から一律控除する扱いにし、そのため個々の旧受給者への支給総額が新受給者への支給総額より低額になる場合がありうるが、この結果はやむを得ないものであり、合理的理由のない差別的扱いと解することはできない。

よつて、本件規定における旧受給者と新受給者の異なる扱いが憲法一四条に違反するとはただちに言えない。

九  以上の次第で、本件各処分の根拠法令(本件規定)は憲法一四条、二五条一、二項、二七条二項に違反しないから、本件各処分は取消されるべき理由がない。

よつて、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 木下重康 小野博道 中西茂)

別紙処分一覧表(一)~(四)、別表(一)~(三)<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例