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札幌地方裁判所 昭和54年(ワ)1565号 判決 1982年4月13日

原告

山藤印刷株式会社

右代表者

山藤邦男

原告

白石製本株式会社

右代表者

白石又十郎

原告

加藤製本所こと

加藤淳

右三名訴訟代理人

渡辺敏郎

渡辺裕哉

被告

五十嵐広三

右訴訟代理人

菅沼文雄

川村武雄

江本秀春

横路民雄

村岡啓一

上田文雄

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一原告ら主張請求原因第一及び第二項(一)ないし(三)の事実<編注・本件各仮処分の申請>は、当事者間に争いがない。

二原告らは、本件各仮処分の申請はいずれも理由がないにもかかわらず、なされた違法なものであるとの主張をするのでこの点につき判断する。

1  被告が、本件各仮処分の申請にあたり、その理由として、被告は昭和五四年二月の時点で同年四月施行の北海道知事選挙に立候補を予定していた者であるところ、訴外会社発行予定の四月号には、被告に関する虚偽の事実を列挙し、被告に非難中傷を加えて被告の名誉を著しく傷つける「ああ権力主義者の誘惑」と題する記事が掲載される予定であり、四月号が発行され、右記事が公になることにより被告の名誉が侵害されるため、これを防止する必要があると主張したことは当事者間に争いがない。

2  <証拠>によれば、右争いのないところのほか、被告は、七二号仮処分事件において、訴外会社は四月号を昭和五四年二月一八日ころ、北海道一円の書籍販売店などを通じて約五〇〇部くらい販売する予定であること、原告山藤印刷は四月号を印刷、製本中であることなどの主張をしたうえ、被告は訴外会社および原告山藤印刷に対し名誉権にもとづき被告の名誉が侵害されることに対し、妨害予防請求権、妨害排除請求権を有するとの法的見解を示し、七九号仮処分事件において、原告白石製本は山藤印刷の下請として「北方ジャーナル」の製本をしていること、被告が七二号仮処分決定を得たこと、原告白石製本は、四月号掲載予定の「ある権力主義者の誘惑」と題する二四ページから五一ページまでの記事(以下「本件記事」という。)を掲載した印刷物(以下「本件印刷物」という。)を占有していること、訴外会社は原告白石製本に対し本件印刷物の引渡を迫つており、現実に訴外会社は、七二号仮処分決定の執行に際し、営業妨害を理由に警察官の出動を求めるなどの挙に出ており、本件印刷物が第三者の手によつて実力移動されないとも限らないこと、雑誌としての体裁を整えなくても本件印刷物か流布されることになれば、七二号仮処分決定の実効性は無に帰することなどを主張したうえ、被告の有する名誉侵害に基づく妨害予防請求権は物権的効力を持つものであるから、被告は原告白石製本に対しても妨害予防、排除請求権を有しているとの法的見解を示し、八五号仮処分事件において、原告加藤は原告白石製本の下請として「北方ジャーナル」の祈りを行つていること、被告は七二号仮処分決定及び七九号仮処分決定を得たこと、原告加藤は本件印刷物を占有していること、訴外会社が原告加藤に対し本件印刷物の引渡を迫つていること、本件印刷物が雑誌としての体裁を整えなくてもビラ、パンフレット等として広く流布されることが充分に予想され、そうなれば右二つの仮処分の実効性は全く無に帰することになること、などを主張したうえ、前同様の法的見解を示したことが認められ、右認定に反する証拠は提出されていない。

3  本項の1において述べた当事者間に争いのない事実、及び2において認定した事実からすると、被告が本件各仮処分事件において被保全権利として主張した権利は、名誉権に基づく物権的請求的な妨害予防請求権であると解すべきであるが、なお前掲証拠によると、七二号仮処分事件にあつては、訴外会社か債務者となつているためもあつてか、本件記事が一見して被告の名誉を傷つけるものと判明する旨を主張し、これをもとに請負業者として印刷、製本をする者であれば本件記事の内容を知りうるからこれを知らずに印刷等したことは過失であるとの事実をもあわせて主張しているものと解しうる余地もないわけではなく、その余の事件はその申請の理由で右七二号事件の申請理由の概要を示すので、これらを総合すると、本件各仮処分においても不法行為に基づく差止請求を被保全権利として一応考慮の対象とする場合が生じる可能性はあるけれども、しかし、まず、当然の順序ともいうべき名誉権に基づく物権的請求権的な妨害予防請求権についての考察を行なうことにする。

まず、名誉権のよつて生じる淵源とこれより演繹される名誉権の法的性質を検討してみる。憲法はすべての国民を個人として尊重し、国民の幸福追求の権利に対し、公共の福祉に反しないかぎり最大の尊重を与えることとしている。そして人は、他人とかかわりあいつつ生活していかねばならぬところから必然的に生じる他の者からうけるその人に対する評価が、故なくおとしめられることになつては、その者としては人と人とのかかわりである社会生活をおくるについて、経済面をはじめとする諸活動面で重大な支障をうけることになり、精神的にも個人としての尊厳を傷つけられ、社会生活上一個の人間としてその能力を発揮することも十分にできず、幸福を追求することも望めないことになる。人は人として社会生活上公共の福祉に反しないかぎり自由にその能力を発揮できるよう保護されるべきであり、これが十分にみたされていない状態に至つた場合、その状況を排除することが当然はかられなければならず、さらに十分にみたされない状況にいたる危険があるときは、そもそも名誉が一たん侵された場合、これを完全に侵害される以前の状況に復させることは、真の意味においては不可能であることに思いを至せば、右の危険が明白であることがとうてい否定しえない域に達しているときはこれを予め防ぐことも許されて然るべきである。現行法は刑法において名誉毀損罪などにより、民法においては七〇九条そして七二三条により名誉を回復する措置を講ずることを認めて、名誉権の保護をはかつているのであるが、前記のとおり、名誉権が侵されたときは、これを排除し、侵害の危険に対しては侵害を予防する請求権も私法上生じることになるのである。

ところで他人の社会的評価を低下させる行為が出版等によつて行われるときは、憲法の保障する表現の自由と名誉権とが衝突することになるのであるが、憲法によつて保障される権利といえどもいつ、いかなるときにも無制約に行使することが許されるのではなく、憲法その他の法によつて保障されている他の者の権利をみだりに侵すことになるときは表現の自由といえども法の保障のそとにおかれるのであり、権利は他の諸権利と調和した形で保護をうけるのであつて、常に公共の福祉によつて調整されなければならないのである。そこで表現の自由と名誉権の各保護を公共の福祉の理念のもと調整しなくてはならないか、表現の自由がより強く保護されるべき場合として、その表現することがらが真実で、かつ、そのようなことがらを公にすることが公共のためになると考えられるような場合がまず考えられる。さらに、出版等を事前に差し止める事態が往往にして生じることになる妨害予防請求権について考えてみると、これを認めることは、たとえ、それが一方の当事者からの申請があつてはじめてある特定の表現物について司法機関が判断を下し、それを発行することを予め差し止めうるかどうかをきめるのであつて検閲そのものには該らないものであるにせよ、これを誤つて安易に認容することになれば、憲法の検閲禁止の趣旨を無にすることになるのであるから、右のような事前の差止が許されるのは、明白に名誉毀損行為が行われようとしており、かつ、その名誉毀損行為が行なわれると被害者のうける損失が極めて大きいうえ、その回復を事後にはかるのは不能ないし著しく困難になると認められるときに限られるものと解すべきである。

そして、名誉権にもとづく妨害予防請求権が、右のような要件を備えていて容認されるべきものとされたときは、人がその能力を自由に発揮できない状況におかれたとき、そのような状況を解消できるよう法の保護を与えるべきであることを骨子とするその権利性付与の根拠からして、その権利侵害の危険の存する限り、この危険の存在する状態を対世的に排除しうべき法律効果を与えられることになるのであり、従つて、法秩序体系よりしてその存在の許されない名誉を低下させる行為を招来する危険な状態がつくりだされているときは、その排除を、現にその危険を組成させている者に対し、直ちに求めうることになるのである。

4  そこで、右のような立場から本件において名誉権にもとづく妨害予防請求権が認められるに至るほどの事由が存したといえるかについて考えてみる。

(一)  <証拠>に弁論の全趣旨をあわせると、四月号掲載予定の本件記事は次に示すような構成で、被告が北海道知事たるにふさわしいか否かを論じ、結論としてこれを否定しようとしたものであること、すなわち、本件記事は、まず、北海道知事とならんとする者は、聡明で責任感が強く、人格が清潔で円満でなければならないと立言したうえ、被告は右適格要件をそなえていない、との論旨を展開せんとするものであるが、これを、被告は、「嘘とハッタリとカンニングが巧みな」少年であつたとか、「五十嵐(中略)のようなゴキブリ共」「言葉の魔術師であり、インチキ製品を叩き売つている(政治的な)大道ヤシ」「天性の嘘つき」「美しい仮面にひそむ醜悪な性格」「己れの利益、己れの出世のためなら、手段を選ばないオポチュニスト」「メス犬の尻のような市長」「広三の素顔は、昼は人をたぶらかす詐欺師、夜は闇に乗ずる兇賤で、言うなればマムシの道三」といつた表現を用いて被告の人物評をし、その私生活面については、「クラブ(中略)のホステスをしていた新らしい女を得るために罪もない妻を卑劣な手段を用いて離別し、自殺せしめた」とか「老父と若き母の寵愛をいいことに異母兄たちを追い払」つたことがある旨を記すことにし、その行動様式は「常に保身を考え、選挙を意識し、極端な人気とり政策を無計画に進め、市民に奉仕することより自己宣伝に力を強め、利権漁りが巧みで特定の業者とゆ着して私腹を肥やし、汚職を漫延せしめ」「巧みに法網をくぐり逮捕をまぬかれ」ており、知事選立候補は「知事になり権勢をほしいままにするのが目的である。」と述べ、被告は「北海道にとつて真に無用有害な人物であり社会党が本当に革新の旗を振るなら、速やかに知事候補を変えるべきであろう。」と主張することによつて行なわんとするものとなっており、また標題にそえ、本文に先立つて「いま北海道の大地に広三という名の妖怪が蠢めいている

昼は蝶に、夜は毛蟲に変身して赤レンガに棲みたいと啼く その毒気は人々を惑乱させる。今こそこの化物の正体を……。」との文章を記すことになつているものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

他方、<証拠>に弁論の全趣旨をあわせると、被告は昭和三八年五月から昭和四九年九月まで旭川市長の地位にあり、そのあと昭和五〇年四月の北海道知事選挙に立候補し、さらに昭和五四年四月に施行されることになつていた右知事選挙にも同年二月の時点で立候補する予定であつた(右のうち、被告が、元旭川市長で、昭和五四年四月に施行されることになつていた北海道知事選挙に、同年二月の時点で立候補する予定であつたことは、当事者間に争いない。)ことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の各事実によつて考えると、被告は、かなり長期といえる期間地方公共団体の長の地位にあり、被告に対し社会一般の与える評価は相当に高いものと考えられるのであつて、被告が前認定の政治経歴をもつことに鑑みると、いわゆる反対勢力から批判・攻撃をうけることは政治家として当然ありうることではあるものの、多数の旭川市民の支持をうけ、数次にわたり、市長の地位にあつたことからみても、少なくとも相当の範囲で、被告は、旭川市という地方公共団体の長としてふさわしい人物で、知性をもち、紳士的な言動をとるのを常態とし、地域住民の幸福のためつとめるところがある、と評価されてきていると解されるところ、これに対し、本件記事は、被告の北海道知事としての適格性を論ずるのに、その私生活面については、ただ自己の利益を追求し周囲の者を犠牲にしてきているとの攻撃を加え、その述べるとおりとすれば被告は人倫の道をはずれた犯罪者的人物であるとみるほかないことになる内容を与えるものというべく、また被告の政治姿勢についても、人気とり政策を旨とし、利権漁りをするなど政治家としての最低限度のモラルにさえ背く行動をとるとの印象を与えるものとなつているのであるから、かような内容の本件記事が不特定または多数の人の目にふれるような事態となれば、被告に対する社会的評価を大幅に低下させることにはたらくものとなるのは明らかといわなければならないし、とくに、本件記事の表現形式は前示のとおり、きわめて品のない用語を用いて論述しており、本件記事は、被告が北海道知事として適格か否かの人物論を展開しているもので人となりやその業績を評価していかなくてはならぬ論稿であるとはいえ、なぜ全編にわたり、右のような品のない表現で論をすすめなくてはならないのか納得できず、結局四月号記事は北海道知事という地位に就くべき者の適格を論ずるにしては、その表現形式だけをとりあげてみても、不必要に下品な表現をとつて被告の名誉をことさらに著しく傷つけるはたらきをするものというほかなく、そうすると、本件記事は、原告らにおいて、本訴で、あえてそれまで争うものではないと解される、本件記事が被告の社会的評価を低下させるはたらきをもつことになるところをこえ、さらに、その内容、そしてとくに表現形式をもつてすれば、これが被告の名誉を、ことさらその必要もない野卑な表現方法をあえてとつて、明らかに、著るしく傷つけるまでに至つているとみるほかないものとなつていることが結論づけられてくるのである。

(二)  次に、<証拠>に弁論の全趣旨をあわせると、本件各仮処分の執行がなされたとき、本件記事は部数にして約二万五〇〇〇部相当がすでにその印刷を完了し、製本段階に至つていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、<証拠>と弁論の全趣旨によると、訴外会社はそのころ本件記事を四月号に掲載する計画をもつていたことが認められ、これらに、当事者間に争いのない原告主張請求の原因第一項(一)の右四月号の印刷・製本の請負契約関係を考えあわせると、右各仮処分の発令とその執行の段階で本件記事は、四月号に掲載されたかたちで、訴外会社の意向にもとづいて、近い時期に雑誌としてかなりの部数が発売・頒布されて、雑誌記事として世人の目にふれるようになるであろうことか、高度の蓋然性をもつて肯認できるのであり、また原告らが、前記請負契約関係などからして、それぞれ自らの意思で本件記事をひろく人々の目にふれさせるおそれはむしろないと判断できるけれども、原告はらは前同契約関係から、直接あるいは間接に、訴外会社に印刷・製本された四月号を渡すべき立場に立つており、そうすると、特段の措置のとられない限り、前判示のとおり被告の名誉を明らかに傷つけるところの本件記事が間もなく世人の目にふれるはこびとなつてしまうであろうことがこれまた明白に肯定できるのであり、そしてこの名誉毀損の明白なおそれは、訴外会社との間で前示のとおり直接間接の契約関係をもつ原告らの占有下に、本件記事を印刷した折りが現におかれていた(右は、当事者間に争いのない請求の原因1(一)および(二)ならびに4(二)の事実より推認できる。)ことによって生じてきている以上、このおそれの存する状態を、前記のとおりの名誉権の生じる淵源と、これより演繹される名誉権の法的性質よりして、対世的に排除しうべき法律効果を、さらに右名誉毀損による被告の被害が極めて大きく、回復の事後救済か不能ないし著るしく困難で、かつ、右名誉毀損行為が公共のためになされたものであつてしかもその内容が真実といえるまでに至らない、とされる場合には、被告は求めうることになり、これによつて被告は原告らに対し、本件記事印刷物を訴外会社の支配下に移す行為を行なわないよう請求することはできることになる。

なお、原告らにおいて本訴の請求原因2(一)において陳述し、被告においてもこれを争うものでない、訴外会社に対する七二号仮処分決定は、訴外会社をして、本件記事を世人の目にふれさせうる立場に法的にはないと仮に位置づけたものであるが、これによつて被告の原告らに対する妨害予防請求権の要件事実である、名誉毀損の明らかなおそれという事実自体が直ちに現実に消滅するものではないのであるから、訴外会社においてその行為にでる明らかなおそれがなくなつたとの事実が、右仮処分の存在にかぎらず、なんらかの事象で認定できるようになればともかく、そうでない限り、前示のとおり認定した侵害のおそれを、右の事態のみで否定し去ることはできないところ、<証拠>に弁論の全趣旨をあわせると、訴外会社の昭和五四年四月一日発行日付の北方ジャーナル臨時増刊号には不当であるにせよ裁判所の仮処分をうけた以上本件記事の全てを明らかにすることはできないので、その内容を簡単に示すと記述し本件記事の要約をしつつ、そのわずかな部分を引用するとしてほぼ雑誌三頁分程度にわたり、右臨時増刊号の約七頁を費し本件記事の一部を、その表現形式誤字を改めるなどした程度で実質上変えることなく掲載していることが認められるほか、同じく右証拠によると、同増刊号には、本件記事を、構想をあらたにし、題名を変え近々他の出版社より発売することになつている旨の予告ものせられていることも認められ、これら認定に反する証拠はなく、従つて、名誉毀損の明らかなおそれはむしろ消えることなく存していると判断せざるをえないのである。

(三)  そこで、さらに、前示の他の要件について検討してみる。本件記事が、前記したとおり、公選によつて選ばれる北海道知事たるふさわしい人物を北海道知事たるふさわしい人物を論じようとするものであることは容易に肯定できるところであるか、しかし本件全証拠によつても、その内容が真実であると認めるには足りない。なるほど乙第九号証の八などには、本件記事は真実である旨の記載はあるか、しかし、右記載は、結局ただ記事は真実である旨述べるだけでそう判断を下すに足るだけの根拠を提示することなく、そう推論させるよよすがさえうかがわせないというべきもので、ただこれだけをもつて本件記事を真実とみることはできず、そのほか本訴で提出された証拠のいずれによつても、これ以上の判断をくだすことはできない。次に、被告が、昭和五四年二月当時、同年四月施行の北海道知事選挙に立候補予定の元旭川市長であつたとの前示のとおり当事者間に争いのない事実と、本件記事は部数にして二万五〇〇〇部くらい印刷が完了する段階に至つていた前認定の事実をあわせると、このような地方雑誌としては少くない部数で本件記事が頒布され、有権者の目にふれることになれば、被告は、右知事選挙における候補者としての立場においてはもとより、その後も各方面の活動に際し多大の損失をうけることになり、しかもその損失の回復は、名誉毀損による損失の性質上からも、また選挙あるいは政治活動に関しての損失という性質上からも、これを数量的につかむことがむずかしく、真の意味の回復ははかり難く、回復は著るしく困難と判断できるのである。

5  そうすると、被告か本件各仮処分において被保全権利として主張したと認められる、名誉権にもつづく物権的請求権的な妨害予防請求権を本件では、本件記事を印刷した折りなど本件記事を雑誌記事とする予定の四月号を構成する予定となつているところのものを、四月号発売計画をもつている訴外会社に引き渡すべき契約関係を担つて占有し、被告の名誉を明らかに毀損するおそれを生成している原告らに対し、被告は権利者として主張し、右侵害のおそれを解消させるよう、原告らとの間で、頒布その他の途につながる訴外会社その他第三者への移転をとどめるよう適切な措置をとることを請求しうることになり、本件仮処分における被保全権利の存在は、被告の述べるとおり肯定することができ、また、前記したところ、とくに4(二)および(三)で述べたところからすると、本案訴訟の確定等をまつていては、結局訴外会社の意向によつて本件記事が世人の目にふれてしまうことを妨ぎ難く、原告らに対し、前示のとおり、原告らの訴外会社との間の法律関係からすでに明白に名誉侵害のおそれありといえるとして、その行使の認められる物権的請求権的な妨害予防請求権をもつて、本件記事の印刷された折りなどを、本件記事頒布等の意向をもつ訴外会社や第三者の支配下におかないよう措置しておかなくては、被告の名誉が侵害されるおそれが明白に存し、その故に、予防措置を求めうるとされていた被告の原告らに対するせつかくの法的立場が、原告らが訴外会社に直接間接法的に担つていた債務の履行をすることにより、原告らにおけるところの侵害のおそれの存在は消滅して、原告らに対する被告の法的立場は変動し、しかも、社会生活上被告の名誉が侵される現実化はより強くなるのに、おおむねその防止をはかることは、原告らに対するよりさらに困難となるか、現に侵害されてしまうことになり、侵害の結果招来の可能性が減少するようなことはまず考えられず、被告の有するとされた請求権は実効を期し難いことになるとみることができるので、本件における原告らに対する本件各仮処分をなしておく必要性は、名誉侵害の明白なおそれをも生じさせる要因の一つでもある訴外会社との原告らの法律関係、ならびに、訴外会社の七二号仮処分に対する前認定態度、その他前掲各事情から、肯認できるものといえることになる。

6  ところで、原告らは、被告は本件各仮処分申請にあたり、その申請を根拠づける疎明方法を違法な手段で入手し、利用しているので、右申請は法の許されざるところであると主張する。

しかし、原告らの主張を認めるに足りる証拠は、本訴において提出されていない。前掲乙第九号証の一一には、被告は他の者に命じて本件記事のゲラ刷りを盗ませた旨記されているところがあるか、右は憶測の域をでないものであつて、そのほか原告らの右主張を認めるに足りる証拠はないし、また保全処分における疎明方法の収集についてなんらかの違法のかどがあつたとき、その不法行為責任を追及することは当然としても、それをもつて直ちに保全処分の申請まで常に許されないこととなるわけではなく、疎明方法収集の違法性か、申請者の仮処分申請という行為につき債務者たる相手方との間の関係上信義則に反する結果となるような特段の事情のあるような際などに保全処分の申請は許されないことになつてくると解すべきであるところ、原告らは右事情を主張せず、疎明方法の収集が表現の自由を侵し検閲禁止の趣旨に反するものである旨主張するのであるが、すでに3ならびに4(一)(二)で述べたとおり本件記事のような、他人の名誉権を明白に侵害し、表現の自由の実質的枠をふみはずし権利を濫用する内容・形式の文書の頒布を、さらに前掲したとおり種々の要件の備わつているときにのみ、しかもその被害者からの申立をまつて、その要件が認められるとき、阻むことは、表現の自由を侵すものではなく、また、検閲禁止の趣旨にさえそむくものではなく、これをもつて、本件各仮処分申請が原告が被告との間で信義則に反することになるとの事情とすることはできないし、また、すでに示したとおり、松件仮処分申請を許さないものともなしえない。

7  さらに原告らは、仮に被告にその名誉を守るため、なんらかの保全処分を求めうる立場が認められるとしても、本件記事の印刷物の占有移転禁止を求めれば十分であつたとし、被告はこれをこえる申請に及んで原告らに多大の損失を違法に蒙らせた旨主張する。

しかし、もともと仮処分はその本案訴訟で請求すると考えられる権利内容を実現するのに支障のない事実上および法律上の状況を形成するのに必要な処分をとることができるものであつて、本案で請求する権利をこえた権利の実現を支障ないようはかるような処分は許されないけれども、本案請求権を支障なく実現させるに必要といえる以上は、たとえ、被保全権利の態様とは異なつた形であろうと、仮処分の方法として許され、被保全権利の一部実現という形での処分に限られることはないところ、すでに認定した、原告らと訴外会社の法律関係を、訴外会社の七二号仮処分に対する態度に照らしつつ考察すると、被告が、本件記事を公にされることによつてその名誉を侵害されるおそれがあるという現在の危険を除去するためには、原告らの、本件記事の印刷物など四月号を構成するものに対する占有を解いて、原告らから訴外会社に右印刷物が移されるようなことがおきないように処置しておくことが必要な処分といえるのである。

8  以上のとおりであつて、本件各仮処分の申請は、その被保全権利ならびに保全の必要性の各要件が偏つているものであり、これが存しないのに、故意または過失により、仮処分の申請に及んで原告らに損害を与えたとしその賠償を求める原告らの本訴請求は、その前提が認められず、その余の点について検討するまでもなく、理由ないものとなる。そのほか、被告が原告らに対し賠償責任を負わなくてはならぬような事由は見出し難く、原告らは、被告は本件各仮処分申請に当り、原告らか、被告の名誉を傷つけることを知りながら印刷・製本等の作業をし、印刷等が終われば原告らが随時販売するとの主張をした旨陳述するけれども、前掲<証拠>に弁論の全趣旨をあわせると、被告は右のような主張はしていないことまで認めうるところであるほか、すでに判示したところから明らかなとおり、右のような主張の有無にかかわりなく、本件各仮処分は結局許容されるところであり、また右主張をもつて、これだけで、あるいは、その余の本件各事実をあわせても、被告に原告らに対し賠償の責を負わせるに足る事由とはなし難いのであり、また、前述したところから、正当に行使しうる権利といえることになつた物権的請求的な妨害予防請求権の行使によつて生じた事態によつて、たとえ不利益をなんらかの意味で蒙つた者があつても、特段の事由のある右権利の行使のための必要的金銭負担についてなら、例外的に権利行使の負担を論議することはできる余地がないわけではないが、本訴におけるごとく、権利の行使によつて生じた事態から損失をうけるに至つたとする者は、正当な権利の行使に違法性を見出すことはできないはずであるから、権利の行使をはずれた違法な行為が存するようなときなどは別として、一般に権利行使者に賠償を請求することはできず、そして右のような違法な行為の介在は主張もされず、うかかうこともできず、なおこれを前示費用の負担と同一視し、その特段の負担を論議できるような事態もうかがわれないので、原告らが本訴において損失とするところを、いずれにせよ被告に対しては、被告か本件各仮処分に及んだ故であるとして、賠償を求めることはできないというべきである。

三そうするとなおその余の争点について検討するまでもなく、原告らの本訴請求はいずれも理由がないことになるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(谷川克 高山浩平 岡部喜代子)

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