札幌地方裁判所 昭和54年(ワ)5045号 判決 1980年7月24日
原告
徳織米子
ほか三名
被告
新潟運輸建設株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは各自原告徳織米子に対し金三〇五万四一六六円及び内金二八五万四一六六円に対する昭和五四年八月一〇日から、内金二〇万円に対する本判決確定の日の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは各自、原告澤尻雅子、同岩本恭子、同土田容子に対しそれぞれ二八四万一九〇三円及び内金二六四万一九〇三円に対する昭和五四年八月一〇日から内金二〇万円に対する本判決確定の日の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを五分しその三を原告らのその余を被告らの各負担とする。
五 この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告ら
1 被告らは各自原告徳織米子に対し金七四五万五九九九円及び内金六六八万九三三三円に対する昭和五四年八月一〇日から内金七六万六六六六円に対する本判決確定の日の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは各自原告澤尻雅子、同岩本恭子同土田容子に対し、それぞれ金四九七万〇六六六円及び内金四四五万九五五五円に対する昭和五四年八月一〇日から内金五一万一一一一円に対する本判決確定の日の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 被告ら
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
訴外亡徳織猛夫(以下亡猛夫という)は、次の交通事故(以下、本件事故という)により死亡した。
(一) 日時 昭和五四年二月一五日午後二時一五分ころ
(二) 場所 札幌市豊平区東月寒一八九番地先路上(国道三六号線、以下本件道路という)
(三) 加害車 普通乗用自動車(札五六な一七三三号)
右運転者 被告梅津正春(以下被告梅津という)
(四) 被害者 亡猛夫
(五) 態様 (1) 被告梅津は、加害車を運転中本件道路上をバツクしたため折から同所横断歩道を横断中の亡猛夫に同車後部を激突させて同人を転倒させた。
(2) 亡猛夫は、右事故により頭部外傷性くも膜下出血、外傷性横隔膜ヘルニア及び外傷性食道下部損傷による大量出血により出血性シヨツク状態に陥つたため約二万CCの輸血をしたが、全身衰弱著しく右大量輸血による血清肝炎、呼吸不全及び腎不全により昭和五四年五月一日死亡した。
2 責任原因
(一) 被告梅津
被告は、加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものである。
(二) 被告新潟運輸建設株式会社(以下被告会社という)
本件事故は、被告会社の被用者である被告梅津が被告会社の事業を執務中発生したものなので、被告会社は、加害車を自己のため運行の用に供していた者に該る。
よつて被告らは、自動車損害賠償法三条の規定に基づき本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 亡猛夫の逸失利益 四六九万円
(1) 亡猛夫は、本件事故当時満七一歳であり、同人の就労可能年数は五年が妥当である。亡猛夫は本件事故に遭わなければ右稼働期間中年収二一四万七六〇〇円(昭和五二年「賃金センサス」の平均給与額)を下らない収入をあげたものと評価することができ、この間の同人の生活費は右金額の五割を超えないから、これを右金員から差し引き、ホフマン方式により中間利息を控除して同人の得べかりし利益の本件事故当時の現価を算定すると四六九万円となる。
(2) 仮りに右が認められないとしても、亡猛夫は本件事故当時厚生年金を年額三二万四〇〇〇円及び日本電信電話公社共済組合年金を年額二五三万〇二〇〇円(昭和五五年三月六日改定により年額二七〇万八四〇〇円)の合計二八五万四二〇〇円(右改定後は合計三〇三万二四〇〇円)の受給を受けていた。
しかるに亡猛夫の死亡により遺族は右の半額一四二万七一〇〇円(前記改定後は一五一万六二〇〇円)の支給しか受けられなくなつた。
よつて亡猛夫の死亡による年金受給逸失額は四九九万四八一七円となる。
(算式) 一五一六二〇〇(減額分)×〇・五(生活費控除五割)×六・五八八六(ホフマン係数平均余命八年)=四九九四八一七
(二) 亡猛夫の慰謝料 八七万八〇〇〇円
亡猛夫は、本件事故日の昭和五四年二月一五日から同年五月一日死亡に至るまで七六日間死に至る苦痛を感じていたものであり、右を慰謝するとすれば金八七万八〇〇〇円が相当である。
(三) 原告らの慰謝料
亡猛夫は、日本電信電話公社を定年退職(退職時苫小牧電報電話局局長)した後、ドイツ語及び数学の研修、音楽鑑賞等に趣味を持ち、昭和五三年六月に三人娘を皆嫁がせ終り、これから老夫婦二人悠悠自適の生活を送ろうとしていたところ突然本件事故により、命を奪われ、しかも本件事故については、同人には全く過失はないものであり、原告ら遺族の気持ちは察するにあまりある。これを慰謝するとすれば、原告徳織米子(亡猛夫の妻)は四五〇万円、その余の原告ら(亡猛夫の子)は各自三〇〇万円が相当である。
(四) 葬儀費用 一〇〇万円
亡猛夫は、前記のとおり苫小牧電報電話局局長を勤めた者であり、その社会的地位に照して、その葬儀には金一一九万四五〇〇円を要したが、うち金一〇〇万円。
(五) 弁護士費用 二三〇万円
原告らは本件損害賠償請求事件を原告ら代理人に委任し、事件着手金として既に金三〇万円を支払い、且つ報酬として金二〇〇万円の支払を約した。
(六) 相続
原告徳織米子は亡猛夫の妻、その余の原告らは亡猛夫の子であるから、亡猛夫の前記(一)、(二)の損害賠償請求権を法定相続分に従つて相続した。
(七) 結論
原告らはその法定相続分の割合に従がい前記(四)、(五)の費用を負担した。よつて原告ら各自の損害は次のとおりとなる。
原告徳織米子 七四五万五九九九円(内弁護士費用分七六万六六六六円)
その余の原告ら 各四九七万〇六六六円(内弁護士費用分五一万一一一一円)
4 よつて被告ら各自に対し、原告徳織米子に対し、七四五万五九九九円及びうち弁護士費用を除いた六六八万九三三三円に対する本訴状送達の翌日以降である昭和五四年八月一〇日から、うち弁護士費用七六万六六六六円に対する本判決確定日の翌日以降各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、その余の原告ら各自に対し、四九七万〇六六六円及びうち弁護士費用を除いた四四五万九五五五円に対する右昭和五四年八月一〇日から、うち弁護士費用五一万一一一一円に対する本判決確定の翌日以降各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1について
(一)ないし(四)及び(五)の(1)は認める。
(五)の(2)については頭部外傷性くも膜下出血が本件事故によるものであることは認めるが、その余の傷病と本件事故との因果関係及び死亡と本件事故との因果関係はいずれも否認する。亡猛夫の死因は持病の胃潰瘍の悪化によるものである。
2 同2について
認める。
3 同3について
(一)の(1)は否認する。同(2)は亡猛夫の遺族が遺族年金として金一四二万七一〇〇円(昭和五五年三月六日改定後一五一万六二〇〇円)の支給を受けることは認めその余は不知。逸失利益があるとの主張は争う。亡猛夫の得べかりし年収は二八五万四二〇〇円であり生活費を五割控除した金員が逸失利益となるところ前記のとおり遺族は年収の半額を受給しているのであるから逸失利益は零である。
(二)ないし(四)は否認する。なお慰謝料は八〇〇万円、葬儀費は五〇万円が相当であり、後記のとおり右のうち三割相当分が被告らの負担とするのが相当である。
(五)は訴訟委任の事実は認めその余は不知。
(六)は不知。
三 坑弁及び被告らの主張
1 抗弁(弁済)
被告らは原告らに対し昭和五四年二月二〇日見舞金名目で五万円、同年五月二日香典名目で三万円を支払つた。
2 被告らの主張(亡猛夫の死亡との因果関係)
(一) 本件事故は加害車を後退させた時に発生したもので極めて遅い速度で接触し亡猛夫が転倒し、頭部打撲、くも膜下出血、腰部打撲を受けたもので全治までに三週間を要する程度のものであつた。
(二) 亡猛夫の直接死因は呼吸不全、急性腎不全であるがその原因は血清肝炎であり、血清肝炎の原因は下部食道及び胃潰瘍による大量出血、出血性シヨツクである。
しかるところ、(ア)本件事故が発生したのは昭和五四年二月一五日であり、亡猛夫の出血が始まつたのは翌日たる同月一六日からでありこのように事故と潰瘍発生、出血があまりにも時間的に接近していること、(イ)本件の潰瘍はストレス潰瘍であるところ、強い精神的ストレスがかかつた場合には翌日からでも潰瘍が発生する。しかし、その翌日から潰瘍を生じさせるものであればそれは相当激しいストレスでなければならないところ亡猛夫は、本件事故に遭う最近まで脊椎カリエスで長期間入院治療を経験しており、本件事故による傷害も前記のとおり全治三週間とされた比較的軽度なものであること、(ウ)亡猛夫は五年前突然脊椎カリエスに罹り以来長期間入院し、その治療の為、亡猛夫が当時勤めていた会社を自然退職せざるを得なかつたのみならず、退院後も足が不自由となり労働はもちろん外出も自由に出来なくなつた事情がありこの精神的ストレスにより同人は本件事故以前に潰瘍に罹つていたと推測することができること等からすると亡猛夫は以前から潰瘍を煩つており本件事故を契機として右潰瘍が悪化し出血したものといえる。
(三) このように亡猛夫の死亡原因は本件事故と殆んど無関係であるが、本件事故が出血を誘発したことは否定できないから亡猛夫の死亡に対する因果関係は被告らが三割亡猛夫が七割とするのが相当である。
四 抗弁及び被告らの主張に対する認否反論
抗弁事実は認めるが、亡猛夫の死亡に対する因果関係が亡猛夫が七割で被告らが三割であるとの主張は争う。亡猛夫の外傷性食道下部損傷及び胃潰瘍による大量出血は本件事故により生じたことは明らかである。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因1のうち(一)ないし(四)及び(五)の(1)の事実は当事者間に争いがない。
右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第一号証の一・二、乙第三ないし第六号証、乙第七号証の一・二、乙第八号証、証人長谷川恒彦、同須田義雄の各証言及び弁論の全趣旨によると以下の事実を認めることができる。即ち、
亡猛夫は昭和五四年二月一五日午後二時一五分ころ後進してきた加害車に衝突され路上に転倒し、頭部、腰部を打撲した。亡猛夫は救急車により幌東病院に運ばれ同病院に入院したが、初診時には意識不正(朦朧(もうろう))の状態で強い頭痛と嘔吐がみられ、頭部打撲、くも膜下出血、腰部打撲で全治三週間と診断された。その後亡猛夫は嘔吐を繰返し、翌一六日ころには嘔吐物に血液が混じるようになり順次吐血量も増加し、幌東病院では、胃上部食道にかけての潰瘍性出血と診断し同年三月一日亡猛夫を札幌中央病院に移送した。
札幌中央病院に転医後も亡猛夫の吐血は続いたので同病院で検査の結果食道下部からの出血が認められ、出血性シヨツク状態にあつたので、同月五日担当の長谷川恒彦医師らにより食道下部及び胃噴門部を切除し食道と胃の吻合手術を行つた。術後の亡猛夫の経過は順調の様を呈していたが同年四月二五日黄疽が強くなり大量輸血による血清肝炎を併発し全身状態が悪化し同年五月一日呼吸不全、急性腎不全により死亡した。以上の事実を認めることができこれを左右するに足りる証拠はない。
そして右の事実に甲第一号証の一、乙第四、第五号証、証人長谷川恒彦の証言によると右の大量出血の原因は食道下部から胃噴門部にかけての潰瘍(以下単に胃潰瘍という)によるものであることが認められる。なお原告らは亡猛夫の大量出血の原因は外傷による食道下部損傷である旨主張し、原告本人澤尻雅子、同徳織米子はいずれも、後日調べたところ亡猛夫が事故当時着用していた衣服の背部(食道の後方)に穴があいていた旨供述するが、前記のとおり亡猛夫は事故直後頭部、腰部打撲の診断を受けているにすぎないことに照すと前記供述は直ちには措信し難く、他に食道下部付近を強く打撲したと認めるに足りる証拠はなく、また証人長谷川恒彦の証言によれば外傷それ自体により胃潰瘍を生ずることは通常は考えられないと認められるので本件事故による外傷それ自体により前記亡猛夫の胃潰瘍が生じたものとは認め難い。
そこで本件事故と右胃潰瘍による大量出血との関連性についてみるに、証人長谷川恒彦の証言によれば交通事故に遭遇し負傷して入院する等の精神的ストレスが加わつた場合には事故の翌日から潰瘍が生じることがあり、とくに胃噴門部あたりには潰瘍が生じ易いことがうかがわれ、証人須田義雄の証言、原告徳織米子本人尋問の結果によると胃潰瘍の自然増悪の過程で突如として本件のごとき大量出血をみることはなく、それまでに多少とも出血(吐血)の前駆症状が認められるのが一般であること、本件事故前において亡猛夫は家庭生活において胃の異常を訴えたことはなく、過去において胃潰瘍の病歴のないことが認められることからすると本件事故によつて右胃潰瘍が発生した可能性を全て否定することはできないが、証人富永儀和の証言及び原告澤尻雅子本人尋問の結果によると亡猛夫の担当医であつた長谷川恒彦医師は自賠責保険金請求の為の診断書は本件事故と亡猛夫の死亡との明確な因果関係が不明であるとの理由でその発行に応じなかつたことが認められ、証人長谷川恒彦も「本件事故前から潰瘍が生じていたと考えることも否定することはできない」旨証言していることに鑑みると前記亡猛夫の胃潰瘍が本件事故によつて生じたものと断定することはできない。しかしながら亡猛夫が本件事故以前に胃潰瘍に罹患していたとしても、前記のとおり右胃潰瘍が自然増悪し本件の大量出血をきたしたものとは認め難いこと及び乙第五号証、証人長谷川恒彦の証言によれば亡猛夫は本件事故に遭遇したこと、本件事故による傷害の為激しい嘔吐をくり返したこと等本件事故による精神的ストレスが加わり、胃潰瘍を急激に増悪させ、大量出血の原因となつたと推認することができる。
そうして、前記のとおりの大量出血以後の経過に照すと亡猛夫の死亡は、胃潰瘍が本件事故前から存在していたか否かに拘らず、本件事故と相当因果関係があるということができる。
二 請求原因2は当事者間に争いがなく、亡猛夫が本件事故により負傷し死亡したことは前一のとおりであり、原告澤尻雅子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると請求原因3の(六)の事実を認めることができる。
そこで以下、原告らの損害につき検討する。
1 亡猛夫の逸失利益
原告澤尻雅子、同徳織米子の各本人尋問の結果によると、亡猛夫は本件事故により死亡した当時七一歳であつたこと、同人は五八歳ころまで日本電信電話公社(以下電々公社という)に勤務し退職したのち北日本通信に嘱託として勤務したが昭和四九年ころカリエスに罹患し、長期入院し右会社も退職せざるを得なかつたこと、右退職後は右カリエスの後遺症の為右股関節が不自由となり、また昭和五三年六月には末娘も嫁いだことから本件事故当時は電々公社の共済組合からの年金収入により夫婦二人で自適の生活を送つていたことが認められ反証はない。
右認定の亡猛夫の死亡時年齢、健康状態によると同人に労働能力喪失による逸失利益を肯認することは困難であるから、請求原因3(一)の(1)の逸失利益の主張は理由がない。
そこで同3の(一)の(2)の年金受給権喪失による逸失利益の主張についてみるに、原告らの主張する電々公社共済組合年金は公共企業体職員等共済組合法の退職年金であると解されるところ、右退職年金は恩給法の普通恩給あるいは地方公務員等共済組合法の退職年金と同様当該職員及びその退職又は死亡当時直接扶養する者のその後における国民の生活水準・物価その他の事情からみて適当な生活を維持するに必要な収入を与えることを目的とするもので生活保障のみならず損失補償の性格を有するものと解され、また厚生年金保険法の通算老齢年金(原告らのいう厚生年金)においても損失補償的性格がないとはいえないから、右各年金受給権者が他人の不法行為により死亡したときは将来得べかりし年金を逸失利益として不法行為者に対し賠償請求し得ると解される。
そうして、いずれも成立に争いのない甲第四ないし第六号証原告徳織米子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると昭和五四年六月当時亡猛夫に支給されるべき通算老齢年金は年額三二万四〇〇〇円、退職年金は亡猛夫の死亡当時年額二五三万〇二〇〇円であり昭和五五年三月六日以降は年額二七〇万八四〇〇円に改定されたことを認めることができ、亡猛夫の平均余命は原告ら主張の八年を下ることのないことは当裁判所に顕著な事実であるから、生活費を五割控除し(生活費として収入の五割を控除することは当事者間に争いがないし、前認定の亡猛夫の生活実態からしても本件のごとき年金収入の場合も最少限の生活維持費として収入の五割を控除し得ると解する)中間利息控除につきライプニツツ方式(係数六・四六三二)により亡猛夫の得べかりし年金の死亡当時の現価を算出(但し、昭和五四年五月当時の通算老齢年金の金額は立証がないので算入しない)すると原告ら主張の金員を越えることは明らかであるから亡猛夫の年金収入喪失による逸失利益は原告ら主張の限度で四九九万四八一七円と認める。
ところで、原告徳織米子が亡猛夫の妻であり、同原告が厚生年金保険法及び公共企業体職員等共済組合法に定める遺族年金の受給権者であり現に同原告のみがその支給を受けていることは右各法律の規定及び原告徳織米子本人尋問の結果により明らかである。そして右各遺族年金は亡猛夫の死亡の為その収入によつて受けることのできた利益を喪失したことに対する損失補償及び生活保障を与えることを目的とし且つその機能を営むものであるから原告徳織米子にとつて本件遺族年金の給付によつて受ける利益は亡猛夫の得べかりし年金収入により受けることのできた利益と実質的に同一同質のものということができる。したがつて原告徳織米子に関しては得べかりし年金収入の喪失についての損害賠償債権を相続した限度において右遺族年金給付相当額を控除するのが相当であると解される。しかして原告徳織米子が受給している各遺族年金の合計額は亡猛夫の死亡当時から昭和五五年三月五日までが年額一四二万七一〇〇円であり、同年同月六日以降は年額一五一万六二〇〇円であることは当事者間に争いがなく、また同原告が亡猛夫より若年であることは弁論の全趣旨より明らかであるから前記控除の対象とすべき遺族年金の受給期間は八年とするのが相当である。よつて、中間利息控除につきライプニツツ方式により亡猛夫死亡当時の現価を求めるとこれが前記原告徳織米子が相続した亡猛夫の年金収入喪失による逸失利益額(一六六万四九三九円)を越えることは明らかである。なお、被告らは原告徳織米子以外の原告らからも右遺族年金受給相当額を控除すべきであると主張するもののごとくであるが右遺族年金の受給権者以外の者から右給付相当額を控除することはできない(最判五〇・一〇・二四民集二九・九・一三七九)。
2 亡猛夫の慰謝料
前一で認定した本件事故による亡猛夫の傷害の部位程度、入院期間、治療経緯等に亡猛夫の胃潰瘍については本件事故前から存していた可能性を否定し難いことその他の諸般の事情を考慮すると亡猛夫の受傷入院による慰謝料は六〇万円とするのが相当である。
3 原告らの慰謝料
亡猛夫の死亡時の年齢、原告らの身分関係原告徳織米子以外の原告は既に婚姻し亡猛夫とは別世帯を築いていたこと(原告澤尻雅子本人尋問の結果により認める)、亡猛夫の死を招いた胃潰瘍についてはそれが本件事故前に生じていた可能性を否定し難いことその他諸般の事情を考慮すると原告らに対する慰謝料は原告徳織米子が二五〇万円、その余の原告は各自一三〇万円とするのが相当である。
4 葬儀費用
原告澤尻雅子本人尋問の結果により成立を認める甲第二号証及び右本人尋問の結果によると原告らは亡猛夫の葬儀に関連して一一九万四五〇〇円の出捐をしたことが認められるが、右のうち五〇万円を本件事故と相当因果関係ある損害と認める。
5 損害の填補
抗弁1の事実は当事者間に争いがないが、昭和五四年五月二日被告らが原告らに交付した三万円は香典であることは被告らの主張自体から明らかであり、遺族に対する贈与とみるべきである。よつて原告らは各自一万二五〇〇円宛被告らから弁済を受けたものと認められる。
6 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は原告ら各自二〇万円とするのが相当でおると認められる。
7 よつて原告徳織米子の損害額の合計は三〇五万四一六六円(円未満切捨)、その余の原告らのそれは各自二八四万一九〇三円(円未満切捨)となる。
三 以上によると原告徳織米子の請求は金三〇五万四一六六円と、うち弁護士費用を除く金二八五万四一六六円に対する本訴状送達の翌日以降である昭和五四年八月一〇日から、うち弁護士費用二〇万円に対する本判決確定の日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、その余の原告らの請求は各自金二八四万一九〇三円と、うち弁護士費用を除いた金二六四万一九〇三円に対する昭和五四年八月一〇日から、うち弁護士費用に対する本判決確定の日の翌日から、各完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、いずれも理由があるから認容し、原告らのその余の請求は理由がなく失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宗宮英俊)