札幌地方裁判所 昭和54年(ワ)5052号 判決 1981年5月19日
原告
笹森英樹
被告
井川恵博
主文
一 被告は原告に対し、金一九〇五万八三六三円及び内金一七五五万八三六三円に対する昭和五二年九月一〇日から、内金一五〇万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、
1 被告は原告に対し、金四三三八万二一四二円及びこれに対する昭和五二年九月一〇日からその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求め、その請求の原因として、
1 原告は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)によつて傷害を負つた。
(一) 日時 昭和五二年九月九日午前一時五〇分頃
(二) 場所 札幌市豊平区豊平三条一〇丁目交差点
(三) 加害車両 被告運転にかかる普通乗用自動車(札五五ろ三七三二)
(四) 被害車両 原告運転にかかる普通乗用自動車(札五五い三六四五)
(五) 態様 原告はタクシー運転手として薄野から美園方面へ走行し、本件事故現場交差点で赤信号のため停止中のところ、後方から約八〇キロメートルの速度で暴走してきた加害車両が全くブレーキをかけずに追突した。
(六) 結果 原告は本件事故によつて頸部捻挫、全身筋硬直、腰背部捻挫、自律神経系失調、左膝部打撲の傷害を負い、宮の森脳神経外科病院、札幌市立病院、北大病院整形外科、同病院脳神経外科等医師に言われるまま転医したが、病状は好転せず、後遺障害等級表六級相当の後遺症が残存する。
2(一) 被告は加害車両を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(自賠法)第三条の規定に基づき、原告が本件事故によつて被つた損害を賠償すべき義務を負う。
(二) 被告は、酒酔い、信号無視、前方不注意、スピード違反(法定速度五〇キロメートルのところ、八〇キロメートルで走行)、一時停止義務違反、ハンドル・ブレーキ操作不適当の各過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法第七〇九条の規定によつて、原告が本件事故によつて被つた損害を賠償すべき義務を負う。
なお、被告は加害車両の追突時の速度は毎時六〇キロメートルであつたと主張するに至つたが、これは被告が一且その過失を全面的に認めた後の主張であるから、これは自白の撤回に該当するので原告は右自白の撤回には異議がある。
3 原告が本件事故によつて被つた損害は以下の通りである。
(一) 治療費・薬代 一万八四三五円
(二) 通院タクシー代 一四二〇円
(三) 眼鏡代 三万八五五〇円
(四) 休業損害 四六一万三九六五円
原告はタクシー運転手として千歳交通株式会社に勤務していたが、昭和五二年九月九日から同年一〇月五日までの期間及び同年一〇月六日から昭和五四年五月三一日までの一日当りの平均収入はそれぞれ六六八四円及び七三五二・四円であるので、右各期間の休業損害を計算すると、前者(二七日間)について一八万〇四六八円、後者(六〇三日間)について四四三万三四九七円、合計四六一万三九六五円となる。
(五) 逸失利益 三二一一万〇六二〇円
原告は本件事故後、通院のため就労することができず、また日常生活すら困難な身体状態であるので復職は到底無理と判断して昭和五四年五月三一日、千歳交通を退職した。原告の後遺症は自賠法施行令別表後遺障害等級表の六級四号に該当し、その労働能力の六七パーセントを喪失した。原告は六七歳まで更に二六年間稼働可能であるところ、この期間の逸失利益は年収二九二万六一〇〇円に〇・六七及び一六・三七八九(二六年に対応する新ホフマン係数)を乗じて三二一一万〇六二〇円である。
(六) 慰藉料 合計七〇三万五〇〇〇円
原告の傷害及び後遺症に対する慰藉料としては、それぞれ一〇三万五〇〇〇円及び六〇〇万円が相当である。
(七) 弁護士費用 三九四万三八三一円
(八) 填補分 四三四万九六七九円
原告は自賠責保険より四三四万九六七九円を受領した。なお被告の主張3(二)は認める。
4 よつて、原告は被告に対し、未払損害金合計四三三八万二一四二円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五二年九月一〇日からその支払の済むまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
と述べ、立証として、甲第一号証ないし同第一三号証、同第一四号証の一ないし四、同第一五号証ないし同第一八号証を提出し、鑑定の結果及び原告本人尋問の結果を採用し、「乙号各証の成立は全部認める。」と付陳した。
被告訴訟代理人は、
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求め、請求の原因に対する認否として、
1 第1項中、(一)ないし(四)は認めるが、(五)及び(六)は争う。但し追突事故であることは認める。
2 第2項中、(一)は認めるが、(二)は争う。但し被告に過失があることは認める。なお被告車両の速度約六〇キロメートルであつた。
3(一) 第3項(一)ないし(七)は争う。原告の腰部骨異常は自動車運転を長年継続したことによる経時的退行病変によるものであつて、本件事故とは因果関係がない。原告の後遺症状は査定上は一二級一二号である。
(二) 原告はこれまでに自賠責傷害保険金一〇〇万円、同後遺症保険金一五七万円、損害賠償金四七六万二二六七円(治療費一〇二万三〇六五円を含む)を受領している。
4 第4項は争う。
と述べ、立証として乙第一号証の一ないし八を提出し、「甲第三号証ないし同第六号証、同第八号証ないし一二号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める。」と付陳した。
理由
一 昭和五二年九月九日、午前一時五〇分頃、札幌市豊平区豊平三条一〇丁目交差点において、原告運転の被害車両に被告保有・運転にかかる加害車両が追突して本件事故が発生し、これによつて、原告が傷害を負つたこと及び右事故は被告の過失によつて発生したものであることについては当事者間に争いがない。
右事実によれば、被告は自賠法第三条及び民法第七〇九条により、原告が本件事故によつて被つた損害を賠償すべき義務を負うことは明白である。加害車両が被害車両に追突した際の前者の速度は必ずしも明らかではないが(被告はその過失自体は認めながらも、原告の主張1(五)、2(二)は「争う。」と述べているのであるから、原告の主張する毎時八〇キロメートルの速度について自白が成立している訳ではない。また「毎時八〇キロメートル」が所謂主要事実かどうかも疑わしい。従つて被告が過失のあつたことは争わないとすることが加害車両の当時の速度についても原告の主張について拘束力が生じるとするのは相当でない。)、原告本人尋問の結果及びこれによつて成立を認めるべき甲第一二号証によれば、加害車両の追突によつて原告の身体が運転席のシートが後部に倒れる程の衝撃でこれに叩きつけられたことが認められるから、加害車両の速度が相当なものであつたことは推認することができよう。なおこれに原告本人尋問の結果を勘案すれば、本件事故は、被告の加害車両が酒酔い・無燈火のまま時速六〇キロメートル以上の速度で暴走し、信号に従つて停止中の被害車両の後部に激突したものであることが認められる。
二 成立にいずれも争いのない甲第二号証、乙第一号証の一ないし八、鑑定の結果及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は本件事故によつて頸部捻挫、腰背部捻挫、左膝部打撲、全身筋硬直、自律神経系失調の傷害を負い、昭和五二年九月九日の高須整形外科病院を初めとして、勤医協札幌病院、宮の森脳神経外科病院(四五回)、北大病院整形外科、中村脳神経外科病院、国立札幌病院(二回)、市立札幌病院、北大病院脳神経外科(二三回)へそれぞれ通院して治療を受けたが必ずしも軽快せず、最後に昭和五四年五月二四日、北大病院脳神経外科において、症状固定の診断を受けたこと、現在は前後屈ができないなど脊椎に相当の運動障害(特に頸部)があること、胸椎及び腰椎部には棘突起による圧痛があつて軽度の運動障害をもたらしていること、筋硬直の症状は多少軽快気味ながら、上肢は重い物を支えることができないという状態であること、自律神経失調に由来する上下肢の膨張、色調の変化を来たしていること、これらの症状のうち、腰部の椎間板変性の点は今後更に進行することが予想され、今後従前のタクシー運転手の職に戻ることは不可能であるだけでなく、長時間の座臥を要する仕事や筋肉労働に就くことも不可能であることの事実が認められる。
他方被告は、原告の腰部骨異常は自動車運転を長年継続したことによる経時的退行病変によるものであると主張するが、原告が本件事故以前にこのような症状を呈していたことをうかがわせるに足りる証拠はなく、原告の現在の症状と本件事故との相当因果関係を否定すべくもない以上、停止中の被害車両に酒酔いの上暴走・激突して本件事故を発生させた被告は、不法行為者として本件事故によつて原告に生じた損害の全額を賠償しなければならない。
三 進んで原告が本件事故によつて被つた損害について判断する。
1 治療費・薬代 一万八四三五円
原告本人尋問の結果及びこれによつていずれも成立の認められる甲第三号証、同第四号証、同第七号証、同第九号証ないし同第一一号証によれば、原告は治療費及び薬代として合計一万八四三五円を支払つたことが認められる。
2 通院交通費 一四二〇円
原告本人尋問の結果によつていずれも成立の認められる甲第五号証及び同第六号証によれば、原告は通院のためのタクシー代として一四二〇円を支払つたことが認められる。
3 休業損害 四一六万四一三二円
成立に争いのない甲第一三号証によれば、原告は本件事故当時、一日当り六六八四円の収入を得ていたことが認められ、また原告の症状からみて原告は昭和五四年五月二四日の症状固定時まで(六二三日間)稼働できない状態であつたと考えられるので、この間の休業損害を計算すると四一六万四一三二円となる。
4 逸失利益 一五九八万三五七八円
前記甲第二号証によれば、原告は昭和一三年一二月一一日生れであることが認められるから、症状固定時の昭和五四年五月二四日には満四〇歳であつて、就労可能年数としては六七歳までに二七年を余すことになる。ところで原告の労働能力喪失の割合としては、前述した原告の後遺障害の内容及び程度、殊に長期間の座臥を要する仕事や筋肉労働に就くことは不可能と診断されていることに注目すれば、これを四割とするのが相当であろう。しかしながら原告は本件事故によつても入院を要する程の事態には至らなかつたのであり、また現在日常生活に特に支障を来たしている状態であるとも考えられないので、これ以上の喪失割合を想定することは相当でない。而して原告の当時の年収は二四三万九六六〇円(前記六六八四円に三六五を乗じたもの)であつたと考えるべきものであるから、これに前記〇・四及び二七年に対応する新ホフマン文数一六・三七八九をそれぞれ乗じると一五九八万三五七八円となる。
5 通院慰藉料 七〇万円
前記の原告の通院状況及び期間に照らすと、これに対する慰藉料としては七〇万円が相当である。
6 後遺症慰藉料 三〇〇万円
前記の原告の後遺症に対する慰藉料としては三〇〇万円が相当であろう。
7 填補分控除後の残額 一七五五万八三六三円
前記1ないし6の合計額は二三八六万七五六五円であるが、原告が既に被告から原告が本訴で請求していない治療費を除いて合計六三〇万九二〇二円(総額七三三万二二六七円から治療費一〇二万三〇六五円を控除したもの)の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、この部分を控除すると未払の残額は一七五五万八三六三円である。
8 弁護士費用 一五〇万円
原告が本件訴訟の提起・追行を弁護士山崎俊彦に委任したことは本件記録に徴して明らかであるが、弁護士費用としては、前記未払損害金及びその他本件訴訟に現われた諸要素を考慮して、一五〇万円を被告に負担させるのが相当であると解する。
9 なお原告はこの他に眼鏡代三万八五五〇円をも本訴で請求しているが、原告本人尋問の結果によれば、これは従前の眼鏡が合わなくなつたから買え替えたというのであり、新しい眼鏡を必要とするに至つた事情が本件事故に起因するものかどうか疑わしく、これを認めるに足りる証拠はないので、原告の右請求は失当である。
四 以上の事実及び判断によれば、原告の本訴請求は、前記未払損害金合計一九〇五万八三六三円及び弁護士費用を除いた内金一七五五万八三六三円について本件事故の翌日である昭和五二年九月一〇日から、弁護士費用一五〇万円について本判決確定の日の翌日からそれぞれその支払の済むまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は理由がないのでこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用して主文の通り判決した次第である。
(裁判官 西野喜一)