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札幌地方裁判所 昭和55年(ワ)200号 1981年8月21日

原告

平山進

ほか二名

被告

大五タクシー(株)

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、

1  被告は、原告平山進及び同金谷保雄に対し各金二九万円、同蝦名保に対し金一七万円並びにこれらに対する昭和五五年二月二〇日からその支払を済むまで年五分の割合による金員の各支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

1  被告はタクシー事業を行なっている会社であり、原告らはいずれも昭和五三年一一月以前から被告の従業員(タクシー運転手)であったものであるが、昭和五四年五月から同年一〇月までの稼働売上は、原告平山が三〇七万円余、同蝦名が二六〇万円余、同金谷が三〇〇万円余であった。

2  被告においては、賞与は従業員の一定期間の売上によって査定され、決定されるところ、昭和五四年度冬(年末)の賞与は被告と同社労働組合との間で、同年五月から同年一〇月までの期間の売上額を基準として次の通りとする旨の労働協約が成立した。

(一)  稼働売上三〇〇万円以上

二七万円

同二七〇万円以上

二四万三〇〇〇円

同二六〇万円以上

一五万円以上

(二)  昭和五三年一一月末日現在の在籍者に評価額二万円追加

右基準によれば、原告平山又び同金谷の賞与は各二九万円、同蝦名は一七万円となる。

3  賞与は賃金の一部であり、労働基準法上の賃金に該当することは明らかである。

原告らはいずれも本件賞与の支給日前である同年一一月末日以前に退職し、支給日には在籍していなかったが、支給日現在の在籍者に賞与を支給するとした労働協定、労使間協定の存在は否認する。しかし仮にこれらが存在していたとしても、原告らは年末賞与支給対象期間の全部を就労したのであるから、当然その期の賞与に対する請求権を有しており、この限度で労働法上の労働者たる地位を有していたものである。従って原告らにはこの限度で就業規則、労働協約の適用又は準用がなされていた。被告、又は原告らがもはや所属していない被告の労働組合が後日、一方的にその権利を剥奪することはできないし、またこのような協定は原告らに対する拘束力を有しない。

4  但し賞与の支給率については、従前からの慣例上、原告らは被告と同社労働組合との団体交渉の結果に基づく労働協約にこれを委ね、原告らはこの限度で組合に黙示の委任をしていた。

右協約は、被告の全運転手の賞与額の基準とされたところ、その効力は労働組合法第一七条の一般的拘束力の規定によって原告らにも適用又は準用されるものである。

5  よって原告らは被告に対し、前記各賞与金及びこれに対する履行期の後であることの明らかな本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年二月二〇日からその支払の済むまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、立証として甲第一号証の一ないし三を提出し、「乙第一号証の成立は知らない。同第二号証の成立は認める。」と付陳した。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因に対する認否として、

1  請求の原因第1項及び同第2項中の協約内容は認める。

2  同第3項は争う。

被告の賞与は、賃金又は賃金の一部ではなく、被告が従業員に対して支払う恩恵的な給付であるから、労使間の協定がその給付の根拠であるが、被告とその労働組合は昭和五四年一二月一八日、同月二二日の支給日に在籍する者に前記賞与を支給すると協定したのであるから、この支給日以前に退職していた原告らに請求権はない。原告らの本訴における請求金額は右協定を基準に算定しているのであるが、右協定中支給率についてその拘束力を肯定し、受給資格について拘束力を否定することは著しく信義に反する。

また北海道のハイタク業界では、賞与の受給権者は支給日現在の在籍者に限られるという労使間の慣習が存在する。

3  同第4項前段は否認し、後段は争う。

4  同第5項も争う。

と述べ、立証として乙第一号証及び同第二号証を提出し、「甲号各証の成立は認める。」と付陳した。

理由

一  請求の原因第1項の事実及び第2項中の労働協約(以下「本件協定」という。)の内容については当事者間に争いがない。弁論の全趣旨によれば、被告が原告らに対する賞与の支払を拒む所以のものは要するに原告らが支給日以前に退職したことにあると解されるから、原告らは退職前は本件協定の適用を受けるべき組合の組合員であったこと及び右退職によって組合員の資格を失ったことを推認することができる。従ってこれによって計算すると原告らの賞与額はそれぞれその主張通りとなるが、弁論の全趣旨によって成立を認めるべき乙第一号証によれば、本件協定は被告会社の労使間において原告ら退職の後である昭和五四年一二月一八日に成立したものであること、原告の主張する条項以外に

1  受給資格者を支給日現在の在籍者に限る。

2  同年四月一日から同年九月末日までの期間に欠勤又は事故があった場合には一定金額を控除する。

3  昭和五三年一二月一日以降の中途採用者に対する扱いは別途とする。

との条項を有するものであることが認められる。

二  賞与というものの性格については、労働基準法第二四条第二項の規定の趣旨を勘案した上、本件の場合において、その支給の根拠が前記の通り労働協約たる本件協定であること、支給額が各労働者の稼働売上に基づいて決定されるものであることから判断すると、これは労働の対価である賃金の一種であると解すべきものである。従って労働者は、その金額及び支給時期が確定した場合にはその支払を権利として請求することができ、また強行法規たる労働基準法の適用を受けて、労働者の右権利を損うような慣習があるとしても、これを認めることはできない。被告は、北海道のハイタク業界では賞与の受給権者は支給日現在の在籍者に限られるとの慣習が存在すると主張するが、右の理由によって失当である。

三1  ところで原告らが本件において前記賞与の支払を請求するということは即ち本件協定の一部条項(計算基準)を援用するものであるから、右条項がその成立以前に退職した原告らにも効力を有するとする根拠が問われなければならないが、一般的には労働協約についてその成立時以前に退職して組合員の資格を失った労働者に対してもその効力が及ぶとする道理は存しないというべきであろう。原告らはその主張通り、年末賞与支給対象期間の全部を就労したものであるから、これに基づく賞与の請求権は発生したと考えられるが、これは未だ抽象的・潜在的なものにとどまり、具体的な支給率又は金額が定まらなければ、現実の請求権として確定したものとはいえないのである。本件協定は、被告の労働組合の構成員のうち、昭和五三年一一月三〇日以前の採用者であって昭和五四年度年末賞与支給日現在の在籍者に限って支給率を定めたものであるから、右の範疇に入らない原告らについてその効力が及ぶとすることは難しい。

2  原告らは右支給率について、「従前からの慣例上、被告と同社労働組合との団体交渉の結果に基づく労働協約にこれを委ね、この限度で組合に黙示の委任をしていた。」と主張するが、原告らがいずれかの時点において組合に黙示で右趣旨の委任の申込をなし、組合がこれを承諾したことを認めるに足りる証拠は存しないし、このような慣例があったことを認定するに足りる証拠もない。してみれば原告ら主張の如く原告らがもはや属していない被告の労働組合が原告らの権利を奪うことができない(原告らは賞与対象期間の全部を就労したことによって潜在的・抽象的な賞与の受給権を取得し、これは原告らについての支給率が例えば原被告の交渉によって決まれば、金額が定まって具体的な受給請求権に転化するのであるが、被告と原告らが所属していない被告の労働組合との労働協約等によって原告らのこのような権利を左右することはできない筈であるし、また本件協定がかかる趣旨を含むものと解されない。)のと同様、原告らの権利を確定することもできないと考えるのが一貫するであろう。

3  原告らがその請求の原因において昭和五三年一一月以前から被告の従業員であったと述べているのは、本件協定が前記(一1)の通り右日時以前の採用者を受給有資格者とし、これ以後の採用者の扱いを異にしていることを承けたものと解さざるを得ないが、そうであるならば本件協定がその適用対象から昭和五三年一二月以後の採用者を除外して、労働者に不利な条項を設けていることを原告らも承認していることになる。また原告らは、本件協定は被告の全運転手の賞与額の基準であるから、労働組合法第一七条の規定が適用されると主張するが、右条文は文言上明らかに現に使用されている労働者について労働協約の効力を規定したものであって、原告らの如く既に退職した者については抑もその適用の範囲外であると解される。

4  仮に本件協定の効力が原告らに及ぶとすると、一1で掲げた条項も当然原告らに適用されることになるとせざるを得ない。賞与の支給率のみ原告らに適用され、その余の条項は原告らに不利であるが故に適用されないというのは論理的一貫性を欠くように思われるのであって、採用の限りでない。

結局いずれにしても原告らの主張は失当であると解する他はないのである。

四  以上の事実及び判断によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がないことに帰するからこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文の通り判決した次第である。

(裁判官 西野喜一)

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