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札幌地方裁判所 昭和55年(ワ)5052号 判決 1981年7月17日

原告

稲津定俊

被告

札幌西濃運輸株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して原告に対し、金一一八万四〇二二円及び内金一〇八万四〇二二円に対する昭和五三年七月二四日からその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、

1  被告らは原告に対し、各自四〇九万二一九五円及び内金三六九万二一九五円に対する昭和五三年七月二四日からその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに第1項につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

1  原告は左記の交通事故(以下「本件事故」という。)によつて傷害を負つた。

(一)  発生日時 昭和五三年七月二四日午前八時二〇分頃

(二)  発生場所 札幌市白石区本通一五丁目南二先路上

(三)  加害車両 被告柴田博利運転にかかる普通貨物自動車(札一一い九二三四)

(四)  被害車 原告

(五)  事故態様 原告が普通乗用自動車を運転して江別方面から札幌方面へ進行中、右(二)の交差点において信号に従つて一時停止中、後方から走行して来た加害車両がその前方不注視により原告車に追突した。

2  原告は本件事故によつて頸椎捻挫の傷害を負い、左記の通り通院して以後療養に努めたが快癒せず、後遺障害等級一二級に相当する後遺症が残存する。

(一)  出辺病院 昭和五三年七月二四日から同年八月三日まで

(二)  中村脳神経外科病院 同年八月四日

(三)  市立札幌病院 同月三〇日及び三一日

3(一)  被告札幌西濃運輸株式会社(以下「被告会社」という。)は加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していたから、自働車損害賠償保障法(自賠法)第三条により、原告に対する損害賠償義務を負う。

(二)  被告柴田は、前方注視義務及び徐行義務を怠つた過失によつて本件事故を起こしたのであるから、民法第七〇九条によつて原告に対する損害賠償義務を負う。

4  原告が本件事故によつて被つた損害は次の通りである。

(一)  治療費 一一万一一八一円

田辺病院分(五万七六二〇円)、中村脳神経外科病院分(八三三七円)及び市立札幌病院分(三万一一七一円)の合計金額である。

(二)  通院交通費 二万円

タクシー往復代一回二〇〇〇円として一〇回分

(三)  休業損害 一一万七〇〇〇円

昭和五三年七月二四日から同年八月三一日までの三九日間につき、一日三〇〇〇円の割合で計算した。

(四)  逸失利益 一四六万六四〇四円

原告の後遺症は一二級に相当するから労働能力の一四パーセントを喪失し、右症状は五年間継続するとみるべきである。

収入月額を二〇万円として五年間に対応する新ホフマン係数四・三六四三を用いて計算すると右後遺症による原告の逸失利益は一四六万六四〇四円となる。

(五)  慰藉料 二〇〇万円

本件事故は原告が税理士試験場の下見に行く途中での出来事であつたため、原告は通院期間中の精神的苦痛と共に、将来自己が税理士又は会計士たらんとする唯一の希望を絶たれて甚たしい苦悩を味わつた。これに対する慰藉料としては二〇〇万円が相当である。

(六)  弁護士費用 四〇万円

被告らは任意の支払に応じないので、原告は本件訴訟の提起・追行を原告代理人らに委任した。

(七)  控除 八万八七九一円

原告は被告らから治療費として右金額の支払を受けたので、これを損害額から控除する。

5  よつて原告は被告らに対し、未払損害金合計四〇九万二一九五円及び弁護士費用を除いた内金三六九万二一九五円に対する本件事故の日である昭和五三年七月二四日からその支払の済むまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、立証として、甲第一号証及び同第二号証、同第三号証の一・二、同第四号証ないし同第六号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用した。

被告訴訟代理人は、

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求め、請求の原因に対する認否として、

1  第1項は認める。

2  第2項中、原告が頸椎捻挫の傷害を負つたことは認めるが、通院状況は不知、後遺症の存在は争う。

3  第3項は認める。

4(一)  第4項(三)は争う。原告は受験準備のため無職であつた。

(二)  同(四)も争う。後遺症の存在が明らかでない。

(三)  同(五)も争う。慰藉料については通院に伴う損害のみであり、一三万円が相当である。

(四)  同(六)のうち、弁護士委任の事実は認めるが、金額の相当性は争う。

5  第5項は争う。

と述べ、「甲号各証の成立(同第二号証、同第三号証の二、同第六号証については原本の存在とも)は全部認める。」と付陳した。

理由

一  本件事故の存在、態様、原告の傷害(頸椎捻挫)及び被告らの責任原因については当事者間に争いがない。

成立にいずれも争いのない甲第一号証、同第三号証の二、同第四号証及び同第五号証、原本の存在及び成立とも争いのない同第二号証並びに原告本人尋問の結果を総合すると、以下の通りの事実が認められる。

1  原告(当時二三歳)は本件事故直後から医療法人財団田辺病院で治療を受け、同年八月三日までの間に七回通院して薬物療法、理学療法による治療を続け、また同年八月四日には中村脳神経外科病院に、同月三〇日及び三一日には市立札幌病院にそれぞれ通院して治療を受けたところ、同月三一日には右札幌病院において、他覚的所見は認められないとして治癒の診断を受けた。

2  原告は昭和五二年三月に大学を卒業して以来、税理士を目指して勉強中であり、本件事故はその翌日に予定されていた税理士試験の試験場(北海学園大学)を下見に行く途中に発生したものである。

3  原告は本件事故の翌日及び翌々日、一応右試験場に臨んだが、本件事故による症状のために頭がのぼせ、また気分が悪くなるなどして到底まともに受験できる状態ではなかつた。

4  原告はその後、物ごとに集中したり、冷静に思考したりすることができなくなつたとして結局税理士になることを断念し、家業(花木栽培)を手伝いながら、のぼせ、首痛、肩こり、頭痛等の症状の鎖静化を待つたが、原告の認識としては格別好転したという事情はない。

5  原告は昭和五四年七月頃に自衛隊に入り、糧食班員として勤務したが、本州転勤の可能性を嫌つて昭和五五年八月頃に退職し、その後はまた家業を手伝つている。

二  そこで前項で認定した事実に基づいて、原告が本件事故によつて被つた損害を検討する。

1  治療費 二万二三九〇円

原告が治療費として合計一一万一一八一円を要したことは弁論の全趣旨によれば被告らにおいて明らかに争わないと認められるので、これを自白したものとみなす。但し被告らからそのうち八万八七九一円の支払のあつたことは原告の自陳するところであるので、右金額は当然前記合計金額から控除すべきものである。

2  通院交通費 二万円

右1と同様の判断である。

3  休業損害 なし

前項2及び3で述べた通り、原告は当時税理士試験の準備中で無職であつたから、昭和五三年八月末日までは本件事故がなかつたとしても、職に就いて稼働できる状況でなかつた筈であるから、この期間における原告の休業損害はこれを認めることはできない。

4  逸失利益 四万一六三二円

昭和五三年九月一日以降は、時期的にも、また原告の症状からみてもその税理士試験受験が現実性を失つたものとして、その後遺症による労働能力の一部喪失、即ち、これによる逸失利益の発生を観念することができる。前述の通り、原告は昭和五三年八月末日に医師から、他覚的所見がないから治癒したと診断された後も、のぼせ・頸部痛・頭痛等の症状が残り、家業を手伝いながらその鎮静化を待つ他はなかつたこと、しかしながら本件事故から約一年後である昭和五四年七月末頃から自衛隊に入隊し、糧食班員としてまず通常通り勤務できたものであり、従つてこの期間においてはその収入が本件事故の後遺症を理由として他の隊員より劣つたとは考えられず、ひいてもはや労働能力の一部喪失によつて損害が生じるという事態は脱していたとみるべきこと等の事情を総合すると、原告は本件事故による後遺障害のために昭和五三年九月一日から半年間に限つてその労働能力の五パーセントを喪失していたものと考えるのが相当である。

而して昭和五三年度賃金センサスによれば、二四歳の大卒男子の年平均賃金(企業規模計・産業計)は一六六万五三〇〇円であるから、その半年について五パーセントを計算すると四万一六三二円(円未満切捨)となる。

5  慰藉料 一〇〇万円

本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては、前述した通り、通院及び後遺障害の一時期存在という事実の他に、本件の場合には、大学卒業以後だけでも少なくとも一年数箇月にわたつて税理士になることを目標としてその準備に励んで来た原告が、試験前日に起きた本件事故によつてそれまでの努力が忽ち水泡に帰しただけでなく、思考力の低下等によつて税理士を目指すことも遂に断念することを余儀なくされたという原告の苦衷を十分考慮しなければならない(原告が現実に右試験を受けて合格できたかどうかは問題であろうが、これは本来主観的なものである原告の精神的損害を計る上では一応別とすることができる。)のであつて、これらの事情、特にその後者を勘案すると原告に対する慰藉料としては合計一〇〇万円が相当であろう。

6  弁護士費用 一〇万円

原告が本件訴訟の提起・追行を弁護士斉藤忠雄及び同武田誠章に委任したことは本件記録によつて明らかであるところ、本件に現われた一切の事情を考慮して一〇万円をもつて本件事故と相当因果関係を有する原告の損害と認める。

三  以上の事実及び判断によれば、原告の本訴請求は、被告らに対して、未払損害金合計一一八万四〇二二円及び弁護士費用を除いた内金一〇八万四〇二二円について本件事故の日である昭和五三年七月二四日からその支払の済むまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを正当として認容し、その余は理由がないのでこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言については同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文の通り判決した次第である。

(裁判官 西野喜一)

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