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札幌地方裁判所 昭和55年(行ウ)3号 判決 1981年10月22日

原告

石黒豊

右訴訟代理人

村部芳太郎

斎藤正道

被告

北海道公安委員会

右代表者委員長

秋山康之進

右指定代理人

辻井治

外六名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告が被告から許可を受けて散弾銃一丁及びライフル銃二丁を所持していたこと(請求原因1項)、被告が昭和五五年四月九日原告に対し本件違反が法一一条一項一号に該当するとして本件取消処分をなし、さらに同月一二日本件仮領置処分をなしたこと(請求原因2項)は、いずれも当事者間に争いがない。

二そして、本件違反の事実、すなわち、原告が法定の除外事由がないのに昭和五二年四月ころの午後二時ころ札幌市豊平区北野二四五番地所在の武藤義則方八畳間居室において刃渡約16.2センチメートルの本件銃剣を所持していたという事実の存在については、日時の点を除いて当事者間に争いがなく、右違反の日時については、原告は、昭和五二年四月ころの午後二時ころではなくその一年前の昭和五一年四月ころである旨主張し、<証拠>中には右主張に沿う部分が存するのであるが、<証拠>によれば、原告及び原告から本件銃剣を譲り受けた三本菅善道は捜査段階でいずれも本件違反の日時は昭和五二年四月ころであつた旨述べているほか、とくに<証拠>によれば、右三本菅は原告から本件銃剣を譲り受けた数日後に札幌市内の馬具店に右銃剣のための皮ケースの製作を依頼していると認められるところ、<証拠>によれば、三本菅から右の依頼を受けた石川製作所は昭和五二年五月一六日に右の依頼に係ると思われる皮ケースをその注文者に引渡していることが認められるので、結局本件違反の日時は昭和五二年の四月ころの午後二時ころと認定すべく、前記<証拠>部分は採用できない。

三ところで、法一一条一項は都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という。)は銃砲又は刀剣類の所持の許可を受けた者につき同項一号ないし三号に該当する事由がある場合にはその許可を取り消すことができる旨規定して、許可を取り消すか否かを公安委員会の裁量に委ねている。

思うに、銃砲や刀剣類は、産業、レジャー、スポーツ等社会生活上その意義を否定できないものであり、中にはこれを欠くことができない場合も存するのであるが、反面、人を容易に殺傷しうる機能を有するきわめて危険なものであつて、不適当な者がこれを所持する場合には国民の生命、身体あるいは財産が侵害され公共の安全が害されるに至るおそれがあるから、銃砲等による危害の発生を未然に防止するためには、右のような銃砲等の有する機能と被侵害利益の重大さに鑑み、許可を得て適法に銃砲等を所持する者についてもその人格態度に危害惹起に至る抽象的な危険性が認められる場合にはその許可を取り消しうるものとしなければならない(なお、法五条一項六号は「他人の生命若しくは財産又は公共の安全を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者」を所持許可の欠格者とし、法一一条一項二号はこれを取消処分の対象者ともしているのであるが、右にいう「おそれ」とは以上のとおり抽象的な危険性をいうものと解すべきである。)。そして、右の危険性の認定判断は、法一一条一項各号該当事由の具体的内容及び当該人に関する諸般の事情を総合勘案して行なう優れて予測的で、かつ専門的性質をも有する判断であり、実際に取消権を発動すべきか否かの判断は、右の点のほか、当該人の銃砲等の利用目的や社会の銃砲等に対する法規制及び取締りの要請の動向や程度などの事情もあわせて斟酌して行なう政策的判断の一面をも有するものである。そこで、法は、これらの事情を考慮して、右の判断を、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防その他公共の安全と秩序の維持をその責務とする(警察法二条一項参照)警察行政の一端を担う公安委員会の裁量に委ねて、その権限と責任のもとに銃砲等の所持に関する危害の予防という法の目的(法一条参照)が適切に達成されることを期したものであると解される。

そして法が取消処分を公安委員会の裁量に委ねた右のような趣旨に鑑みると、裁判所は、法一一条一項一号該当事由の存否の認定のごときは別論として、その存在を前提とする公安委員会の取消処分の裁量判断については、それが重要な情状事実の誤認に基づくとか、明らかに不平等な恣意的処分である等の事情から、社会通念に照らして著しく妥当を欠くことが明らかな場合に限つて裁量権の範囲の逸脱又は濫用があつたものとしてこれを違法であるとすることができると解すべきものである。

四そこで以下、被告の主張する裁量判断の前提事実及び原告が裁量権の範囲の逸脱又は濫用の根拠として主張する事実について検討を加え、叙上の立場から本件取消処分の適否につき判断する。

1  本件違反の情状

(一)  前記の当事者間に争いのない事実及び認定事実(一、二項)に<証拠>を総合すると、本件違反の態様及び本件取消処分に至る経緯は以下のとおりであると認められる。

(1) 原告は、一五歳当時の昭和三五年四月ころ千歳市内で錆付いたまま放置されていた本件銃剣を発見、拾得し、錆を落して道具箱に仕舞いこんでおいたが、昭和五〇年ないし五一年ころからこれを熊猟などに携帯し、狩猟ナイフとして使用するようになつた。

(2) 原告と同じく北海道猟友会札幌支部の会員であつた三本菅善道は、原告が本件銃剣を所持していることを知り、これを自己のライフル銃に着装して使用すべく、同じく右会員であつた武藤義則を介して原告に本件銃剣の譲渡方を申し入れ、原告は、これに応じて昭和五二年四月ころの午後二時ころ右武藤方において右三本菅に対し、本件銃剣を代金四〇〇〇円程で売り渡した。

(3) しかし、右譲渡後二年数か月を経て、三本菅の本件銃剣の不法所持は警察の知れるところとなり、原告も昭和五五年二月に札幌方面西警察署の警察官に本件違反で検挙された。

(4) 被告は、所轄警察署長の上申を受けて昭和五五年四月九日、法一二条に基づき原告に対する銃砲所持許可取消処分のための聴聞を実施した。原告は、その席上、持参したカタログを公安委員に示して、本件銃剣と酷似した狩猟ナイフが市販されており、これについては法による所持許可は不要であるところから本件銃剣についても所持許可は不要であると信じていたものである旨弁明したが、被告は、同日、原告に対する本件取消処分を行つた(原告から本件銃剣を譲り受けた三本菅についても、別件火薬類取締法違反の件とあわせて同日聴聞が行われ、銃砲所持許可の取消処分がなされている。)。なお、本件違反についての刑事事件は、不起訴処分(起訴猶予)となつた。

(二)  ところで原告は、狩猟目的で使用する場合には本件銃剣の所持許可は不要であると信じていたものであり、本件違反についての違法性の認識は全く存しなかつた旨、また、このような誤解は原告の所属していた北海道猟友会札幌支部の会員の間に広範に存していたものである旨主張して、本件違反の情状がきわめて軽微なものであると論じているので、この点につき判断する。

(1) 成立に争いのない甲第七号証の一ないし七は、一三七名の者(原告本人尋問の結果によれば、その殆どが前記猟友会札幌支部に所属する者である。)が署名した札幌地方裁判所宛の「陳情書」と題する書面であるが、その冒頭には「私共はこれまで刀以外であれば狩猟用で携帯する限り刃渡り一五センチメートル以上でも許可を要しないものであると信じて疑いませんでした。そして許可を要する刀というのはいわゆる日本刀及びこれに類するものと思つておりました。従つて石黒君の所持していた米軍用ナイフが刀に含まれないことは明らかですから、これを携帯するにつき許可を要するということは毛頭考えつかなかつたのです。」と記載されており、原告本人の供述中及び証人武藤の証言中にもそれぞれ右と同趣旨を述べている部分がある。そして、右のような認識を有するに至つた理由として原告が挙げているものに市販刃物と本件銃剣との類似性(本項1(一)(4)参照)があるが、なるほど、成立に争いのない甲第八号証の一、二(雑誌「狩猟界」)及び第九号証の一、二(雑誌「月刊シューティングライフ」)によれば、狩猟用のナイフとして刃渡一五センチメートル以上の刃物が市販されており、中には「サバイバル」なるナイフのように左右均整の両刃の刃物で本件銃剣と外形上類似しているものがある事実が認められる。これらの狩猟用のナイフは法二条二項にいう「刀剣類」には該当しない刃物であつて、法四条による所持の許可は不要であるのに対し、成立に争いのない乙第一〇号証によれば、本件銃剣はその形態・実質からして法二条二項にいう「刃渡一五センチメートル以上の剣」に該当し、したがつて、これを狩猟目的で所持しようとする場合には法四条一項六号によりその旨の許可を必要とするものであることが認められるが、刃渡の長さの点は別として(原告に本件銃剣の刃渡が一五センチメートル以上であることの認識があつたことは当事者間に争いがない。)、いかなるものが所持につき許可を必要とするところの「刀剣類」にあたるかという判断は、その形状だけからみれば、確かに容易とはいえない。

(2) しかし、他方、成立に争いのない乙第三号証の記載及び証人中田克道の証言中には、北海道猟友会札幌支部の支部長である右中田は、同支部会員の間において本件銃剣のようなものも狩猟目的で所持する場合には許可を要しない旨の認識が一般化していたという事実はない旨明言している部分があり、現に、<証拠>によれば、右中田及び右狩猟友会札幌支部の会員三名が本件銃剣を見て所持につき許可を要するものであると判断している事実が認められる。そして、右の者のうち中田外一名は、許可を要すると判断した根拠として本件銃剣が一般に市販されているものではないという点を挙げているのであるが、思うに、健全な社会常識を有するものであれば、一般に市販されていない刃渡一五センチメートル以上の物件については、それが「刀」にあたるか「剣」にあたるかなどということまでは分らないにしても、それを所持するためには然るべき許可を必要とするのではないかという疑問は当然持ちうるはずであり、それと類似した形状の刃物が市販されているからといつて、ただちにそれを所持するにつき許可を必要としないと信じるというのは、不自然として措信しえない「なお、前掲(1)の証拠、とくに証人武藤が、日本刀あるいはこれに類するもの以外は狩猟用に使用する限りたとえ銃剣であつても所持の許可が必要ないと信じていた旨述べている部分は、その合理的な根拠も見い出し難く、到底採用しえない。)。

(3) これを原告についてみると、原告は、本件銃剣を熊猟に携帯して行くようになつた段階ではこれが一般に市販されていない物件であることは十分承知していたものと考えられるのみならず、<証拠>によれば、原告は、遅くとも昭和五一年ころには本件銃剣が本来人を殺傷する目的で作られた米軍用の銃剣であることの認識をも有するに至つていたと認められる。これらの点に加えて、原告は、銃砲の所持許可を受けて以来、狩猟者講習を三回、有害鳥獣駆除研修会を昭和五二年二月一九日に開催されたものを含めて五回受講しており、<証拠>によれば、とくに右の昭和五二年二月一九日に開催された研修会においては、許可を要しない市販の狩猟用ナイフと許可を要する狩猟用の刀剣類との違いについて質疑応答が行なわれている事実が認められるのであるから、これに出席した原告としては、少くとも所持許可の問題につき改めて注意を喚起させられたものと考えられるのである。以上の諸点に鑑みると、原告は、遅くとも本件違反の時点においては、本件銃剣が要許可物件であることの少くとも未必的な認識を有していたものと優に推認されるのであり、原告がその主張の根拠として付加供述する点、すなわち、本件銃剣と同じものを他にも何人かが所持していたということ、また、武藤及び三本菅が本件銃剣につき許可は必要ない旨述べていたということ等は、いずれも右の推認を覆すに足りない(なお、原告自身も、本件違反の時点で本件銃剣につき許可を必要とするのではないかという疑問を有していたことは、これを自認する供述をしているところである。)

(三)  以上によれば、原告は本件銃剣を狩猟用にのみ使用していたこと、また、本件銃剣自体の有する危険性は市販の狩猟用のナイフのそれと大差ないものであること等の事情から、本件違反の情状はとくに悪質であるとはいえないものの、その法定刑及び前記の具体的違反態様に照らして決して軽微であるとはいい難い。

2  原告の経歴、前科関係等

(一)  <証拠>によれば、原告は、昭和三五年に空知郡内の中学校を卒業し、以後十数年間自動車の整備、販売関係の仕事に就いていたが、昭和五二年三月ころ兄弟で設立したサンケミカル株式会社の取締役工事部長となり、土木工具等の販売を担当してきたこと、また、原告は、昭和四三年一一月ころ初めて散弾銃の所持の許可を取得し、じ来本件取消処分により銃砲の所持許可を取り消されるまで、狩猟、有害鳥獣駆除等に携つてきたが、この間、ヒグマ駆除事業の推進のために活躍して駆除の成果をあげたとして札幌市長から感謝状を、北海道猟友会札幌支部長から表彰状を授与されたことがあり、また、射撃大会で準優勝した経験もあることが認められる。

(二)  原告が(1)昭和四〇年に本法違反により、(2)同年業務上過失傷害罪により、(3)昭和五〇年及び(4)昭和五二年の本件違反の直前にいずれも道路交通法違反(いずれも酒気帯び運転)の罪により、それぞれ罰金に処せられたことのある事実は、当事者間に争いがない。

(三)  以上によれば、原告は一応真面目な社会人であるというに妨げなく、また、有能なハンターで、有害鳥獣の駆除に貢献した実績もこれを評価しうるところであるが、他方、原告の前科関係をみると、その数自体も決して少ないとはいえないものであるうえ、とくに、原告が業務上過失傷害の前科を有しているのにかかわらず、昭和五〇年及び五二年に道路交通法違反(いずれも酒気帯び運転)の罪を犯して罰金に処せられたことは、右の酒気帯び運転が交通事故に結びつきやすい危険な犯罪としてその悪質性が周知のものであるだけに、原告の遵法意識と人命尊重の精神に問題の存することを推測せしめる余地がないわけではない。

3  平等原則違反の主張について

(一)  全国における所持許可取消処分の実態は、以下のとおりである。

(1) <証拠>によれば、北海道を除く全国四六都府県の取消処分の実態は次のとおりであることが認められる。すなわち、公安委員会規定により法一一条一項一号に該当する事由があつた場合の銃砲刀剣類所持許可の取消処分の基準を定めているのは、石川、富山及び広島の三県で、いずれも法三条一項に違反する不法所持事犯は取消処分の対象となる旨規定しているが、石川県及び広島県では「動機、情状など」あるいは「違反者の犯意の態様、過去の経歴、違反行為が社会におよぼす影響その他違反の情状」を考慮して処分の減軽ができる旨も定めている(なお、広島県の場合は本法違反については上申基準を規定するのみであり処分の量定基準は定められていない。また、石川県及び広島県における減軽措置は、停止処分を定めていない法一一条一項の場合にはどのように適用されるのか明らかではない。)。取消処分の基準を定めていない限り四三都府県における取扱いは、本法違反についてはすべて取消処分をしているというもの一七府県、形式犯などの軽微な違反については前科前歴等を考慮して取消処分の対象から除き悪質な違反についてのみ取消処分をしているというもの二二県、個々の事犯に応じて取消処分をするか否かを判断するというもの四都県となつている。もつとも本法違反についてはすべて取消処分をしているという右一七府県の取扱いも、形式犯などの軽微な違反については前科前歴を考慮して取消処分を保留するとしているところが大多数で、これをも含めて取消処分をするとしているのは栃木県くらいにすぎない(なお山梨県の取扱いもこれに準ずるもののようである。)ので、実際には、悪質な違反についてのみ取消処分をしているという前記二二県の取扱いと大差がないと考えられる。

(2) そこで北海道についてみると、<証拠>によれば、北海道についても、規定化された取消処分の基準はないが、法一一条一項一号に該当する事由があつた場合の取扱いは全国の大多数のそれと同様であり、実質犯については原則として取消処分を行なうものとし、許可証記載事項の変更を届け出なかつた場合(法七条二項違反)、許可証又は登録証の不携帯(法二四条一項違反)等の形式犯については、前科前歴、暴力団関係等を考慮したうえで取消処分の対象から除いている(ただし、実質犯についても、例えば許可の更新を失念して短期間銃砲等を不法所持したなど悪質な違反といえないような場合には、取消処分を行なわないこともありうる)ことが認められる。

(3) 次に、<証拠>により、刀剣類の不法所持並びに法二二条に規定する刃物及び法二二条の四に規定する模造刀剣類(以下、あわせて「刃物等」という。)の不法携帯による銃砲所持許可の取消事例をみるに、まず、刀剣類の不法所持による取消事例は、昭和四四年四月一日から昭和五五年五月三一日までの間、北海道において四件(本件取消処分の例を除く。)、北海道以外においては一九件であり、同じ期間中における刃物等の不法携帯による取消事例は、北海道においては該当例がなく、北海道以外においては八件であるが、これを所持、携帯の対象となつた刀剣類あるいは刃物等の種類別にみてみると、前記二三件の不法所持の対象は、日本刀五件、短刀四件、脇差し三件、飛出しナイフ二件、あいくち二件、狩猟刀(許可を受けたものを切断改造した刃渡一六センチメートルのもの)一件、日本刀及びあいくち一件、刀剣、やり穂先及びあいくち一件、他に単に刀、刀剣あるいは刀剣類とされているものが四件であり、また、前記八件の不法携帯の対象は、包丁四件、登山ナイフ(刃体の長さ一二センチメートル及び同13.3センチメートル)二件、果物ナイフ一件(ただし、この例では同時に短刀一本の不法所持が問題になつている。)、模造日本刀一件となつていることが認められる。

(二)  加島銃砲店店主加島幸雄が銃剣を不法に所持していた件で昭和五一年一〇月に検挙され、残弾の不法所持等の罪とあわせて罰金四万円に処せられたが、銃砲所持許可の取消処分は受けなかつたこと、右加島に右銃剣を譲り渡した北海道ライフル協会理事長加藤稔も銃砲所持許可の取消処分を受けなかつたこと(原告の主張3(二))は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右の銃剣は本件銃剣と同じ米軍用銃剣であつたことが認められる。そして、<証拠>によれば、右両名の銃剣不法所持の事実は別件の銃砲不法所持事犯についての捜索差押の際に発覚したものであるが、右の別件自体が現場の警察官の不適切な行政指導に端を発していたものであつたため、所轄警察署長はその強制捜査の際発覚した右の銃剣の不法所持についても被告に対する取消処分の上申を差し控えたものであり、被告はそもそも右両名につき法一一条一項該当事由の存在を了知していなかつたことが認められる。

(三)  以上の事実によれば、本件取消処分は、ひとまず違反後の期間の経過という点を別にすると、全国及び北海道の取消処分の基準あるいは取扱いの線に沿うものであり、また、実際の刀剣類の不法所持及び刃物等の不法携帯(なお、不法携帯は不法所持より法定刑も軽く、一般的には情状もより軽微な犯罪である。)による銃砲所持許可の取消事例と比較しても著しく均衡を失するものではない。そして、加島及び加藤に対して取消処分がなされなかつたという点については、この場合そもそも所轄警察署長からの取消処分の上申がなく、被告は右両名につき法一一条一項該当事由の存在を了知していなかつたものであるから、この取扱いの適否を問題にする余地が存するのは格別、これとの比較で原告に対する本件取消処分の是非を論ずるのは相当でない。

4  違反後相当長時日を経て本件取消処分がなされていることについて

(一)  原告は、本件取消処分は本件違反後四年あるいは三年を経過してなされた、他に類例をみない異様な処分である旨主張するところ、本件取消処分が本件違反後約三年を経てなされたものであることはすでに認定したとおりであり、また、<証拠>によれば、前記の合計三一件の刀剣類の不法所持及び刃物等の不法携帯による取消事例においては、(最終の)所持あるいは携帯の時点から取消処分のなされた時点までの期間は、六か月以内二四件、六か月を超え一年以内三件、不明なもの四件であつて、違反後六か月を超えて処分がなされた例さえごく僅かであり、本件のように約三年を経て処分がなされた例は見あたらない。

(二)  しかしながら、違反後に公訴時効期間が経過したような場合であつても、行政処分は刑事処分とはその本質を異にするのであるから、銃砲所持許可の取消処分がなしえなくなるものではなく、違反後相当の長時日が経過した場合には、違反行為のもつ行為者の危険性の徴表的機能が弱まつているので、裁量判断にあたつては諸般の事情を検討のうえ慎重に右危険性を認定判断しなければならないことになるのであるが、右危険性の認定判断が可能な限り取消処分をなすに妨げないものである。

(三)  また、過去の取消処分の事例と比べて違反後長時日を経て処分がなされている点については、<証拠>によれば、右の取消事例の場合はいずれも違反後間もなく発覚検挙されているものであるのに対し、本件の場合はそもそも発覚自体が違反後二年一〇か月くらい経つてからなのであるから、このような相違のある両者を比較して原告に対する差別的取扱いの有無を論じることはできない(違反後二、三年後に発覚した場合についての取扱い事例と比較するなら意味があるのであるが、かかる取扱い事例についての証拠はない。)。

5  銃砲等に対する法規制及び取締りの動向

近時、我が国においても猟銃等による事件、事故の増加及び兇悪化の現象がみられ、数次にわたる本法の一部改正が行われて銃砲等に対する規制及び取締りが強化され、銃砲等の所持に関する危害の未然防止に向けて一層の努力と関心が払われている事実(抗弁2(一)(4))は当事者間に争いがない。

6  本件取消処分の適否

判旨以上に検討したところに基づき本件取消処分の適否を判断するに、本件違反の情状と原告の前科関係とを総合勘案すれば、原告の法規範に対するいささか安易な人格態度を看取しえないものではないので、本件違反後約三年を経過した本件取消処分の時点においてもなお原告には銃砲による危害惹起の少くとも抽象的な危険性が認められるとした被告の判断は、必ずしも不合理であるということはできない。もつとも、他の取消事例と同様に違反後数か月で取消処分がなされていれば、原告は近い時期に再び許可申請をなし、許可を受けることができる可能性が存したと考えられる(昭和五五年法律第五五号による改正前の法五条一項四号参照)ので、本件違反に対してかかる時点において取消処分を行うことは酷なきらいがないわけではないが、先の点に、原告の銃砲の利用目的や近時における銃砲等に対する法規制及び取締りの動向、さらには原告から本件銃剣を譲り受けた前記三本菅についても同様に取消処分がなされていることなどをあわせ考慮するならば、これをもつて、著しく妥当を欠く違法な処分であるとはいい難い。

さらに、本件取消処分が平等原則に反するものではないことはすでに説示したとおりであり、その他、本件全証拠によるも、本件取消処分を違法ならしめる事由のごときはこれを見い出すことができず、結局、本件取消処分につき裁量権の範囲の逸脱又は濫用をいう原告の主張は理由がないものといわざるをえない。

五本件取消処分は右のとおり適法な処分であるところ、これを前提としてなされた本件仮領置処分は、これについての独自の違法事由の主張立証もないから、また適法な処分というべきである。

六<省略>

(村重慶一 大橋弘 河邉義典)

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