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札幌地方裁判所 昭和56年(ヨ)598号 決定 1982年3月01日

債権者 渡辺淑子

債務者 サンドビック・ジャパン株式会社

主文

本件仮処分申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、金一六万〇四八二円及び昭和五六年七月以降毎月二五日限り金一六万〇四八二円を仮に支払え。

3  申請費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  (当事者)

(一) 債務者

(1) 債務者の親会社は、スエーデン・サンドビケン市にあるサンドビツク・エービーで、同社は超硬工具の分野では世界随一といわれているメーカーであり、全世界に一〇〇余の子会社を擁する多国籍企業である。サンドビツクグループの一九八〇年度の業績は、売上高が対前年比二三パーセント増の四〇七三億円、経常利益三七三億円である。

(2) 債務者は、前記サンドビツク・エービーが一〇〇パーセント出資して昭和五一年一〇月四日設立した子会社(日本法人)である。資本金一七億一〇〇〇万円の株式会社で、超硬工具・超硬耐摩耗部品の輸出入・購入・加工・製造・販売等を業務内容としている。

(3) 債務者は、昭和四九年に設立された日本サンドビツク製造株式会社と、昭和五三年に債務者の一事業部門であつたコンベア事業部が独立した、日本サンドビツク・コンベア・システム株式会社とともに「サンドビツク・フアミリア」を形成している。一九八〇年現在、「サンドビツク・フアミリア」の従業員は四九〇名であり、売上高は年間一五〇億円となつている。一九七〇年代に売上高を六倍、従業員を二倍以上に増加している急成長会社である。

(4) 債務者の組織は、営業部門として金属製品事業本部(旧称コロマント事業部・工具部ともいう。この部の任務は超硬工具の販売である。)、鋼材事業部(鋼管、ジルコニユム合金等の販売)、製品事業部(鋸類等の販売)の三つがあり、他に経理・人事・総務等を所掌する財務部がある。

債務者は神戸に本社をおき、五六年五月末日に札幌営業所が廃止されるまで全国一〇か所に営業所を配置していた。

(二) 債権者

債権者は、昭和五〇年四月に債務者の札幌営業所の従業員として雇用された労働者である。当時札幌営業所が鋼材事業部と工具部によつて維持されていたところから、所属は、財務部のうち総務部である。しかし、昭和五二年に鋼材部が横浜にひきあげてからは、札幌営業所は工具部だけの維持する営業所となつたので、本来ならば工具部の業務部に移籍するべき業務内容となつている。債権者は、債務者の札幌営業所にその労務を提供し、毎月二五日限り、基本給一四万円、住宅手当一万五五〇〇円、社会保険手当四九八二円、合計一か月あたり金一六万〇四八二円の賃金の支払いをうけていた。

2  (解雇)

債務者は、昭和五六年四月一三日、債権者に対し、同年五月末日をもつて債権者を解雇する旨の意思表示をした。理由は、札幌営業所閉鎖による会社組織の変更及び業務運営の合理化によるとされている。なお、サンドビツク・フアミリア三八号は、札幌地区の指定代理店による営業活動が充分で札幌営業所の利用効率が激減していたこと、閉鎖によりサンドビツク製品のセールスになんらの影響もなく、年間四〇〇万にのぼる維持費を節約できると、営業所閉鎖の理由を説明している。

3  (解雇の無効―解雇権の濫用)

(一) 本件解雇は、債権者の側に責に帰すべき事由はなにもない、全く一方的な会社都合解雇であるところ、札幌営業所閉鎖に合理的理由がなく、会社の経営上も解雇をしなければならない必要性が全くなく、さらに札幌営業所の閉鎖を前提にしても解雇は避けえた場合であるから、本件解雇は解雇権の濫用により無効である。

(二) 解雇の必要性なし

(1) 本件解雇は、債権者に存する事由によつて行われたものではなく、債務者の経営上の必要性に基づくもの、すなわち、札幌営業所を閉鎖し、駐在員を一名おくという経営組織の一部変更により債権者が剰員とされたものであり、講学上のいわゆる「整理解雇」に該当する。

(2) 札幌営業所閉鎖に合理性があり、かつ、右が債務者の企業運営方針の策定・実施として自由におこないうるものだとしても、だからといつて、債務者が右決定の実施にともない札幌営業所の従業員を自由に解雇しうることを意味するものではない。けだし、整理解雇は、一旦労働者が労働契約によつて取得した地位を労働者の責に帰すべからざる理由によつて一方的に失わせるものであつて、その結果は賃金のみによつて生存を維持している労働者の生活を根底から破壊しさるものだからである。したがつて、使用者が整理解雇をするにあたつては、まず、当該解雇を行わなければ企業の維持存続が危殆に頻する程度にさしせまつた必要性が要求されるのである(長崎地裁大村支部昭和五〇年一二月二四日判決、判例時報八一三号九一八頁)。

(3) ところで、債務者の親会社たるサンドビツク・エービーは、世界的な特殊鋼超硬工具のメーカーで、とくに超硬工具の分野ではコーテングチツプの開発に先きがけ、その高品質さは高く評価され、その事業収益も順調に推移している。

(4) 債務者は、右のサンドビツク・エービーの子会社群の中でも最も成長の速い会社で、ことに、この三年間の業績はめざましく、売上げは九〇パーセント増加したという。一九八〇年の売上げは、一一四億三八〇七万七〇〇〇円、経営利益は四億五六〇九万七〇〇〇円もの優良企業である。

(5) 札幌営業所の売上推移は、一九七九年の売上げが一億一一〇九万円(目標額八、〇〇〇万円に対し達成率一三九パーセント。全社一)、一九八〇年は一億三七三五万円(目標一億四、〇〇〇万円)である。一九七九年以前は五〇〇〇万円程度であつたから、この二年間で飛躍的な伸びを示している。札幌営業所はこの二年間、本社より与えられた年次売上目標を完遂しているのであり、その業務遂行上、責められるべき点は何もない。

(6) 債務者は、一九八一年四月、一〇名の新卒社員を採用している。そのうち九名は超硬工具の販売部門に配置されている。さらに、広島営業所が業績の伸張にともない人員の増加を要求しているとのことなので、全社的にみて決して剰員ではないのである。

(三) 札幌営業所廃止の必要性なし

(1) 本件解雇は、札幌営業所の廃止にともない、債権者が剰員とされ解雇されたのであるから、札幌営業所が廃止されなければ解雇は生じなかつたわけである。

(2) 札幌営業所の廃止理由については、昭和五六年三月二七日の債務者と組合との団交の席で、次の理由があげられている。

<1> 事務量が少ない。

<2> 内勤者の仕事は留守番電話とフアクシミリ、大宮営業所からの補佐で代行しうる。

<3> 限られた社員数の有効利用。

<4> 事務所経費四〇〇万円の有効利用。

(3) 札幌営業所の実態は、内勤者である債権者と一週間ほとんど外勤をしているセールスエンジニアの二名構成なのであるから、営業拠点をいずれにせよ北海道に構えるのであれば、現在の体制が最低限のものであると思われる。債務者の選択した「駐在員」の形態が、会社業務の円滑な遂行に多大のマイナスをきたすであろうことは明らかである。事務所経費の四〇〇万円についても、債務者の選択した方法では年八九万円の節約にしかならない。むしろ業務処理上のめくら経費が増大するおそれが十分にある。経費の節減を考えるのなら、債権者の提案による債権者の自宅の無償使用を考えるべきであつたろう。

(四) 余剰労働力の吸収努力について

(1) もし札幌営業所廃止が必然で、札幌に剰員が生ずるとしても、それは配置転換によつて吸収可能であつた。

(2) 札幌営業所のもう一人の従業員であるセールスエンジニアは、独身の男性で借家住い、両親もおらず、客観的にはどこにでも転勤が可能である。

(3) 債権者は、入社以来、会社から要請をうけたわけでは全くないが、独力でコロマントの商品知識の取得に努力を重ねている。昭和五四年四月、代理店むけの初級講習会に「自社社員ということではなくして」受講、五四年一〇月の中級講習会に会社に無許可で参加し(女子に中級は必要でないとの理由で許可してくれなかつた。)て、商品知識を吸収している。

(4) 五四年七月から一〇月までの四か月間、営業マンが大宮営業所に長期出張となつたが、債権者一人で札幌営業所を守り、その売上げを維持、増大させ、客からの苦情も全く出ないですんだことが示すように、債権者は札幌営業所を支えるに足る力をそなえている。

(5) 昭和五五年夏には教育部の主任講師に「今後一~二年の教育訓練で講師になれる可能性がある。」と横浜での勉強を勧められたこともあり、必要な教育さえ受けさせてくれるならば、営業マンとして十分にやつていける力量を債権者は備えている。

(6) 以上の次第であるから、もし札幌営業所廃止により剰員が生じたとしても、セールスエンジニアを他に配転することにより、その吸収は十分可能なのである。したがつて、その努力を全く行わずして債権者を解雇したことは解雇権の濫用で無効といわなければならない。

(五) 解雇の必要性について納得させる努力の欠如

(1) 債権者の解雇問題に関する債権者債務者間の接渉は、次のとおりである。

<1> 二月九日  人事部長より転勤・退職に関する提起あり

<2> 二月二三日 転勤・退職に応じられない旨の返事と組合に委任した旨の通告

<3> 二月二三日 組合と会社の話合い

<4> 三月二日、四日、九日 組合と会社の話合い(内容不明)

<5> 四月二日  組合への委任解除

<6> 四月三日  人事部長より電話

<7> 四月一四日 四月一三日付解雇通知

<8> 五月一一日 人事部長との話合い

<9> 五月一二日 五月一日付社内報に札幌営業所閉鎖と出る

<10> 五月三一日 解雇

(2) 二月九日の人事部長の話は、「今日の状況から会社は社員を増やすのがむずかしいので、現社員の有効利用をしたい。広島に転勤してほしいが、不能であれば三月三一日付で退職してほしい。このような景気であれば本件は出てこないが将来の見通しが悪い上に、会社では極力非営業社員を減らす方針である」という内容であつた。札幌営業所はそのまま存続するとのことでもあつた。代表取締役オーケ・フリベリーやサンドビツク・エービーの日本担当副社長ヒーシングの社内報における発言とは全く異なる内容である。債権者をして納得させうる内容ではなかつた。

なお債権者はこの話合いの席で、経費節減のために札幌営業所を廃止するというのなら、債権者の自宅を無償で事務所として提供したいと提案し、さらに、札幌営業所を現状維持(二人体制)するためには、どのくらいの売上げが必要なのかと質問した。この質問には最後まで答が与えられなかつた。

(3) 二月二三日に行われた債務者と組合との話合いでも、債務者は「札幌営業所は閉鎖でなく縮少」と説明していた。

(4) 三月二八日に債権者が組合の書記長から伝達された内容は、次のとおりである。

<1> 札幌営業所は閉鎖。営業マンの自宅活動とする。

<2> 閉鎖理由は、

(イ) 代理店販売で事務量が少ない

(ロ) 内勤者の仕事は留守番電話とフアクシミリ、大宮営業所からの補佐でやつていける

(ハ) 札幌営業所は一部門のみの利用しかない

(ニ) 限られた社員数の有効利用

(ホ) 事務所経費四〇〇万円の有効利用

(5) しかし、右のいずれの理由も、労働者に対して死にも等しい解雇を正当ならしめる理由とはいえないばかりでなく、札幌営業所の廃止によつてむしろ会社業務にマイナスの影響のでることは、明らかである。債務者は、昭和五六年、五〇〇〇万円もの費用をかけてサンドビツクの日本開設二〇周年を祝うというのだが、その費用の半分で札幌営業所の経費六年分に相当することを考えるべきである。

(6) 五月一一日人事部長との話合いの内容は、「会社は条件として会社都合解雇の退職金に夏期ボーナス分を慰労金として上乗せする。」ということである。債権者は「六月以降も働きたい、なぜなら事務所閉鎖の理由が納得いかないから。」と答えたのである。なお、この際総務課長は、債権者を札幌で営業マンとして使用することに関し、「財務事業部長(スウエーデン人)はあなたを営業として使う考えはない。」と述べるのみであつた。

(7) 右の話合いの期間中、債務者は、一方的に事務所の賃貸借契約を解約したり、代理店やユーザーに札幌営業所閉鎖を通知したり、マンシヨンを借りたり等の既成事実を積み重ねていつた。

(8) 以上のような話合いの経過なのであるから、債務者は、自己の方針を一方的に押しつけるのに急で、債権者からの重要な提案を検討もせず、重要な質問には答えず、札幌での債権者の職種変更についても考えていないのである。本件解雇に至つた手続は、整理解雇に必要な、労働者の納得を得るための努力を尽したものとはいえず、したがつて、解雇権の濫用となる。

4  (保全の必要性)

(一) 債権者は、その賃金を唯一の生活の糧とする労働者である。

(一) 債権者は、昭和五五年九月に結婚し、公務員の夫がいるが、夫の父は六八才で無職、夫の母が糖尿病で通院加療しながら働いている。債権者の母は、一〇年ほど前から過労による高血圧、気管支拡張症、過敏性大腸症候群などで、入院、退院、復職、再入院をくりかえして昭和五二年に退職。現在も療養中である。債権者が債務者によつて解雇されることにより、債権者と債権者の夫の賃金によつて生活を支えていた債権者夫婦、債権者の母の生活は崩壊に頻し、回復しがたい損害をこうむるおそれがある。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1項について

(一) 同項(一)の(1)ないし(4)の事実はおおむね認める。

但し、債務者の資本金は一八億六三〇〇万円であり、また、人事部は財務部とは独立している。

(二) 同項(二)については、「本来ならば工具部の業務部に移籍するべき」及び「社会保険手当四九八二円」とある部分は否認するが、その余の事実は認める。

2  同2項の事実は認める。

3  同3項について

(一) 同項(一)の事実は否認する。

(二) 同項(二)については、(1)は「本件解雇は、債権者に存する事由によつて行われたものではなく」とある部分は否認するがその余の事実は認め、(2)の事実は否認し、(3)の事実は認め、(4)は売上げについては認めるがその余の事実は否認し、(5)の事実は認め、(6)は新卒社員の配置が決定されている点は否認するがその余の事実は認める。

(三) 同項(三)については、(1)の事実は認め、(2)は団交の日付(昭和五六年三月三一日である。)及び<4>の事務所経費四〇〇万円の数字を挙示した点は否認するがその余の事実は認め、(3)は債務者の札幌営業所が内勤者である債権者と一週間ほとんど外勤をしているセールスエンジニアの二名構成であることは認めるがその余の事実は否認する。

(四) 同項(四)については、(1)の事実は認め、(2)はもう一人の従業員であるセールスエンジニアが客観的にはどこにでも転勤が可能であることは否認するがその余の事実は認め、(3)の事実は不知、(4)は営業マンが昭和五四年七月一五日から同年一〇月一五日まで三か月間大宮営業所に出張したことは認めるがその余の事実は否認し、(5)及び(6)の事実はいずれも否認する。

(五) 同項(五)については、(1)の事実は認め、(2)は二月九日の話合いの中で債権者がその主張の提案及び質問をしたことは認めるがその余の事実は否認し、(3)の事実は否認し、(4)の事実は不知、(5)は債務者が昭和五六年にサンドビツクの日本開設二〇周年を祝うことは認めるがその余の事実は否認し、(6)は前段の事実は認めるが後段の事実は否認し、(7)は債務者が事務所の賃貸借契約を解約したこと及び代理店やユーザーに札幌営業所閉鎖を通知したことは認めるがその余の事実は否認し、(8)の事実は否認する。

4  同4項について

(一) 同項(一)については、「唯一の生活の糧」とある部分は否認するが、その余の事実は認める。

(二) 同項(二)については、債権者が結婚して公務員の夫がいることは認めるが、債権者の母の状態は不知、その余の事実は否認する。

三  債務者の主張

1  (解雇権濫用の不存在)

本件において債務者が債権者を解雇した理由は、後記のとおり、明確な業務上の必要に基づくものであり、解雇に至る経過を見ても、債務者は意向打診、説得に約三年もの期間をかけ、かつ、他営業所への配転、再就職の斡旋の申出等、使用者として考えられる最大限度の誠意ある態度をとつており、本件の解雇は、解雇権の濫用にあたらず、有効である。

なお、本件の解雇がいわゆる整理解雇に該当するとしても、債権者の主張するような「解雇を行わなければ企業の維持存続が危殆に頻する」程度の必要性をその有効要件とすべきではない。ちなみに、最近の整理解雇の重要判例である東洋酸素事件(東京高等裁判所昭和五四年一〇月二九日労民集三〇巻五号一〇〇二頁)においても「企業の経営が全体として破綻しひいては企業の存在が不可能になることが明らかな場合でなければ従業員を解雇し得ないものとする考え方には同調することが出来ない」旨判示し、最高裁昭和五五年四月三日判決もこれを支持している。

2  (本件解雇の業務上の必要性)

札幌営業所は、昭和四六年一二月ころ最大規模の四名の人員が存在したが、昭和四七年一月の製品事業部の撤退、昭和五二年三月の鋼材事業部の撤退により、昭和五二年四月以降、金属加工製品事業部所属セールスエンジニア松井政二と総務兼営業補助事務をする債権者の二名となつた。そこで、債権者の担当していた職務を分析すると、(一)客先からの在庫照会に対する応答、(二)受注の伝達、(三)松井政二に対する顧客からのメツセージの伝達、(四)入金の際売掛金との照合及び送金手続、(五)賃貸料、光熱費等の請求書の転送、(六)小口現金出納である。このうち(一)(二)(三)については、製品事業部と鋼材事業部の撤退後金属加工製品事業部のみとなり、しかもこの部門の顧客先が僅か四社のみの現状では業務量が極少であることは明白である。しかも松井政二は、この四社の顧客先には毎日連絡を取るか訪問しており、顧客先から札幌営業所に連絡を取る必要性が少いことは当然であり、昭和五六年六月以降松井政二宅での転送電話で顧客との業務連絡を取つているが、一日数本の電話がある程度で顧客からの苦情も全く無いことから見ても、債権者を常駐させる札幌営業所設置の理由が無いことは明白である。なお、昭和五六年五月、道内における最大の顧客である神原商事株式会社と大宮営業所とのフアクシミリ営業業務体制を完備したので、その意味でも債権者を置く必要性が無くなつた。(四)については、請求書は本社経理部のコンピユーター処理による発送がなされており、松井政二が右四社から受領した支払手形を本社に郵送する仕事にしかすぎない。(五)については、賃貸人株式会社三信からの請求書を本社に送る仕事にしかすぎない。(六)については、従来の札幌営業所のような規模で日常必要とする小口現金の管理など、仕事量として取り上げるにも値しないものであることは自明の理である。

3  (債務者、債権者間の札幌営業所閉鎖及びそれに伴う配転についての話合いについて)

(一) 札幌営業所において、昭和四七年一月製品事業部、昭和五二年三月鋼材事業部と業務上のやむをえない理由により相次いで撤退することにより、札幌営業所の営業部門は金属加工製品事業部のみとなり、業務量の減少及びそれに伴う無駄な経費の削減の理由により札幌営業所を閉鎖し金属加工製品事業部のセールスエンジニア一名の駐在事務所とする機構改革は、債務者にとつて必至の懸案事項となるに至つた。

(二) 昭和五二年一二月一二日債務者本社会議室において、債務者関係首脳部の間で、札幌営業所を出来るだけ早く閉鎖して事務合理化を図り、債権者を他に転勤させるよう決議された。

(三) そこで、右議決に従い昭和五三年前半に債権者の直属課長である河田課長をして転勤の意向打診をしたところ、債権者は消極的意向を示したので、債務者も債権者の意向を尊重して当面事態の推移をみることになつた。それから一年を経た昭和五四年二月ころ、河田課長は再度上司の指示を受け債権者に転勤の意向打診をしたところ、昭和五四年四月債権者は口頭では条件付ながら意向打診を受け容れる意思表示をしながら、文書による条件提示をすることを拒み、昭和五四年一一月に至つて、正当の理由無く転勤することを拒否するに至つた。この時も債務者は対処に苦慮しつつも事態の推移をみることにした。

(四) 昭和五五年二月大宮営業所業務課員内山小次郎が自己都合により退社したので、金属加工製品事業部業務担当部長代理塩田明が、近い将来営業所が閉鎖になるので債権者の立場も考慮して大宮営業所に転勤してはどうかと意向打診したところ、債権者は依然硬直的な態度を固持して右塩田明の好意ある勧めを断つた。

(五) 一方、広島営業所の業務量の急激な増大(顧客先五〇社)により、同営業所において従来業務課員沖元早苗一名であつたのをさらに一名増員する必要性が生ずるに至つた。そこで、債務者としては三年来の懸案事項でありながら、債権者の硬直的態度により一向に解決しない札幌営業所閉鎖問題と広島営業所の業務課員の増員問題を解決する切実かつ明確な業務上の必要性が生ずるに至つた。

(六) 昭和五六年二月九日田口人事部長と河田総務課長は東京営業所会議室において債権者と会い、広島営業所への転勤の意向打診をなし、併せて、札幌営業所問題はいつまでも未解決のままに放置しておくことが出来ないので、広島営業所へ転勤出来ない場合には昭和五六年三月三一日をもつて退職してもらう外ない旨話をした。田口部長は、その際、退職して他に職場を得るのに時間が必要な場合相当な期間退職の時間的猶予を与えること等、何らかの条件面の提示があれば十分検討する旨言明した。これに対して債権者は、結局田口部長の説得にも誠意ある回答をせず、依然として硬直的態度を取り続け田口部長の申し出に応じなかつた。

(七) そこで、債務者は、やむ無く昭和五六年四月三日に文書による最後の勧告をしたのち、昭和五六年四月一三日、札幌営業所閉鎖による会社組織の変更及び業務の合理化を理由として、昭和五六年五月末日をもつて債権者を解雇する旨通知した。そして、債務者は、札幌営業所事務室賃貸人との賃貸借契約を昭和五六年六月三〇日をもつて解約し、申請外松井政二の駐在事務所体制とした。このような駐在事務所体制は債務者においては水戸市、金沢市、長崎市、沼津市において存在している。

4  (本件の札幌営業所閉鎖についての債務者、労働組合間の交渉)

(一) 昭和五六年二月二三日第一回交渉

最初に、労働組合側からは、債権者から委任を受けたので債権者の問題はすべて組合との交渉の上決定するよう申入れがあつた。これに対して債務者側は、三年余に亘る札幌営業所閉鎖問題についての経過と理由を詳しく述べ、退職条件等についても誠意をもつて協議に応ずる旨意思表明をした。

(二) 昭和五六年三月四日債務者と労働組合とは第二回目の交渉をした。この席上債務者は、第一回交渉と同じく労働組合の質疑に答えて、札幌営業所を閉鎖する理由と債権者の従前からの硬直的かつ利己的な態度について説明をした。

(三) 昭和五六年三月三〇日債務者と労働組合とは第三回目の交渉をした。この席上で労働組合側から、札幌営業所の閉鎖には反対しないが、一定期間の生活の補償又は社員の身分を認めるよう条件面の提示があつた。

(四) このような債務者と労働組合との交渉ののち、労働組合は、組合の顧問弁護士とも相談のうえ、債務者の説明する札幌営業所閉鎖理由は全く適正妥当で納得出来るので、退職条件についての条件交渉に入る旨債権者に告げたところ、四月二日債権者は労働組合に対する委任を解除するに至つた。以上のとおり、債務者は、債権者及び債権者の委任した労働組合と誠意ある交渉を経ており、その結果労働組合も札幌営業所閉鎖理由を納得しており、納得していないのは利己的かつ頑迷な債権者のみである。

5  (共働き労働者と配転について)

(一) 扶養家族のある労働者の場合、その家庭事情によつては転勤により夫婦親子が一時別居生活を余儀なくされたり、また、共働きの夫婦の場合には夫婦のどちらか一方が従来の職場を変えたりする必要が生じ、そのために精神的、経済的あるいは生活上何らかの不利益を蒙ることも有りうることである。しかし、だからといつてこのような事態を余儀なくさせる転勤命令がすべて権利濫用としてその効力を否定されるものではない。一般的に言えば、転勤命令の必要性とそれによつて労働者が蒙る不利益との比較衡量により、前者の必要性がそれ程大きくないのに後者の不利益が通常予測されないような著しい不利益であると認められるような特別の事情がある場合には、その転勤命令は権利濫用として無効とされることが有りうるのである。

(二) 転勤によつて夫婦別居しなくてはならないという事情は、共働き夫婦の一方の転勤に伴つて通常生ずる事態であつて、何ら異常なものではなく、このような不利益は労働者が労働契約上受忍しなければならない範囲のものである。そして、労働者の家庭生活の保持だけを過度に重視すると、全国的規模において支店、営業所などを有して営業活動を行う企業の人事交流は停滞を免れない。また、扶養家族を有する者とそうでない者との間に不当な差別をもたらす結果をも生じて妥当ではない。したがつて、特別の事情とは、労働者の主観的事情や社会生活上通常生ずる事情であつてはならないのである。現今の社会生活上、転勤による夫婦別居の事態は決して異常とは言えないのは一般の経験則上明らかである。とくに本件のように、債務者に強度の明確な業務上の必要性が存し、また、転勤の最初の意向打診から三年余の期間をかけているにもかかわらず、頑迷に転勤を拒否し続ける債権者に通常予測されない著しい不利益の特別の事情があると認定出来ないのは明白であろう。

(三) とくに、昭和五六年二月九日に田口人事部長と河田総務課長が債権者と話し合つた際、債権者は当初夫は申告により八王子に転勤出来るかも知れないと述べるので、田口人事部長がその場で再度確認したところ、言を左右にして否定する等不誠実極まりない態度を取り続けたのである。

四  債務者の主張に対する債権者の反論

債務者の本件解雇が有効との主張は争う。

なお、債務者は、債権者との配転交渉の経過や「共働き労働者と配転について」との主張をしているが、右は、配転拒否を理由とする解雇ではない本件においては、いずれも争点に関係のない主張である。付言するに、債権者は札幌営業所の従業員として債務者に雇用されたのであつて、債務者に配転権限があるかどうか疑問である。

第三当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によつて一応認められる事実は、以下のとおりである。

1  (債務者)

債務者は、スエーデンのサンドビケン市に本社を有するサンドビツク株式会社が、同社及びその子会社の製品を日本市場に販売するため昭和五一年一〇月に設立した株式会社であり、その資本金は一八億六三〇〇万円、従業員は約三四〇名である。債務者は、各種特殊鋼及び鉄綱製品の輸出入、製造、加工及び販売その他をその目的としており、その取扱製品は、超硬工具、耐摩耗製品等の金属加工製品、鋼管、鋼線等の特殊鋼、そして鋸類、日曜大工道具等の完成品の三種に大別される。債務者の組織は、営業部門としては右の取扱製品グループ別に金属加工製品事業部(旧称コロマント事業部)、鋼材事業部及び製品事業部があり、管理部門としては業務管理事業部、人事部及び広告部がある。債務者は、神戸に本社を有し、後記のとおり昭和五六年五月三一日に札幌営業所が閉鎖された時点で、他に東京、横浜、名古屋、大宮、広島、長崎、岡山、北九州及び沼津の全国九か所に営業所を設けていた。

2  (債権者)

債権者は、昭和四三年三月に北海道立札幌北高等学校を、昭和四六年三月に津田スクール・オヴ・ビズネス(三年制)をそれぞれ卒業し、コーテイナ・アカデミー日本支社、北海道新聞社等を経て、昭和五〇年四月に債務者に雇用され、以来、札幌営業所の業務管理事業部総務課に所属して債務者に労務の提供を行つていた者である。

3  (本件解雇に至る経緯)

(一) 債務者の札幌営業所は、昭和四五年五月、債務者の前身外国法人サンドビツク・フアーイースト株式会社日本支社が開設したものであり、当時は、営業部門である金属加工製品事業部、鋼材事業部及び製品事業部と管理部門である業務管理事業部をもつて組織され、各部一名の合計四名の社員が勤務していた。

(二) しかしその後、製品事業部は昭和四七年一月に、鋼材事業部も昭和五二年三月に、それぞれ販売成績の不良から廃止となり、担当社員はいずれも横浜営業所に配置換えとなつた。その結果、札幌営業所には、昭和五二年四月以降、金属加工製品事業部に所属するセールスエンジニア松井政二と業務管理事業部に所属する債権者の二名のみが在籍することとなつた。

(三) そこで、債務者は、内勤者の事務量の減少に対処し業務運営の合理化をはかるため、近い将来適当な時期に札幌営業所を閉鎖し、債権者を他に転勤させて、札幌はセールスエンジニア一名の駐在事務所とすることを決定した。

(四) 債務者は、まず、昭和五三年一月ころ、債権者に転勤の意向を打診したが、債権者はこれに消極的な態度を示した。次いで、債務者は、昭和五四年春ころ、再び債権者に転勤の意向打診を行い、このときは具体的条件の交渉に入つたが、同年秋ころ、債権者は結局これを拒絶した。

(五) 債務者は、懸案の札幌営業所閉鎖問題と折からの広島営業所の増員問題を解決するため、昭和五六年二月九日、債権者に対し、可能ならば広島営業所に転勤してほしい、もしそれができなければ昭和五六年三月三一日をもつて退職してほしい旨を告げた。

(六) その後、おおむね申請の理由3項(五)及び債務者の主張4項に記載のとおり、債権者の転勤及び退職問題をめぐつて、債務者と債権者及び労働組合との交渉が行われたが、解決には至らず、結局、債務者は、昭和五六年四月一三日、札幌営業所閉鎖による会社組織の変更及び業務運営の合理化を理由として、同年五月末日をもつて債権者を解雇する旨の意思表示をなした。

(七) なお、債務者は、昭和五六年五月末日をもつて札幌営業所を閉鎖したが、閉鎖前の同営業所の取引相手は、代理店三社と直接販売する会社一社の合計四社のみであつた。債権者は、これら四社からの電話による在庫照会に対する応答、電話による受注の受付、セールスエンジニアの松井に対する伝言の伝達、支払手形の本社への郵送、及び営業所の管理事務が主たる事務内容であつたが、電話による在庫照会、電話による受注はもともと取引相手が四社と限定されていることに加え、前記松井が常時取引各社と電話で連絡をとりあつていることもあつて、その数は少なかつた。札幌営業所閉鎖後は、松井が駐在員となつて、これまで債権者が行つてきた業務も同人が行うようになつたが、電話による在庫照会、受注等は、松井不在時でも転送電話、留守番電話等の活用で現に業務に支障をきたすことなく、行われており、顧客からの苦情もこれまでのところない。

他方、債権者が転勤を勧められていた広島営業所においては、債権者と同様の立場にある者が、一人で約五〇社の代理店、直販先を相手に債権者と同様の業務を行つており、非常に多忙であつて一名の内勤者の増員が必要とされる状態であつた。

二  1 およそ解雇権の行使は、原則的には使用者の裁量に委ねられていると解される(民法六二七条一項参照)が、賃金をその生活の手段とする労働者は、解雇により生活が脅かされることになり、また、再就職しえたとしても、終身雇用を原則とする我が国においては労働条件において種々の不利益が生ずることも否定できないから、右の使用者による解雇権の行使も、解雇時に存在する事情に照らして客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になるものと解せられる。

2 本件解雇は、前記のとおり、債務者の札幌営業所閉鎖による会社組織の変更及び業務運営の合理化を理由としてなされたものであり、講学上のいわゆる整理解雇に属するものということができるが、他方、前記の本件解雇に至る経緯をみると、債務者は、本件解雇に先立ち、これを回避するために、債権者に対して広島営業所への転勤を勧告(これについては後記4の事情が存するが、本件において転勤命令が発せられたとまで認めるのは、いささか困難である。)しており、右の勧告が債務者の真意によりなされたことを疑うべき事情は存しないから、本件においては、債権者が右の勧告に応じていた場合には解雇という事態に至らなかつたことは明らかであり、債権者が結局解雇されることになつたのも右の勧告を拒絶したからにほかならないという事情が存する。そこで、本件解雇の効力を判断するうえにおいて右事情の存在をいかに評価するべきか、すなわち、右事情は整理解雇の有効要件のひとつとして通常挙げられている解雇回避努力の問題にすぎないのか否かを検討してみる必要がある。

3 ところで、企業が、その特定の営業所における業務量の減少等に対処して企業運営の合理化をはかるため、当該営業所を閉鎖することは、企業経営者の専権に属するところであると考えられるが、その方策として剰員となつた労働者を解雇する場合には、これに前記の解雇権の濫用の法理が適用されることとなる。そして、右のいわゆる整理解雇は、労働者の責に帰すべからざる事情によつて、継続的な雇用関係を期待する労働者を一方的に解雇するものであるから、これが正当として是認されるためには、相当強度のやむをえない経営上の必要性に基づくものであることが必要であり、このような必要性に基づくことなく、単に企業運営を合理化するためになされた解雇は、権利の濫用としてその効力を否定せざるをえないものである。しかしながら、企業運営の合理化を策定した企業において、剰員となる労働者の解雇を回避するため、この者を同一企業の他の営業所に転勤させる措置を講じ、右の転勤措置が相当であるのに正当な理由なくこれを拒絶した場合になされた解雇については、前記とは事情を異にするものと考えられる。すなわち、右の転勤措置自体の相当性については、これが解雇とは違つて雇用関係の存続を前提とするものであるから、前記の整理解雇の場合とは自ずから別異の要件の下に検討されるべきであるが、右の転勤措置が相当として是認されうるのに、これを正当な理由なく拒絶した労働者に対してなされた解雇については、1に述べた解雇の合理性を肯認するのが信義則に適うところであつて、もはや、整理解雇としての前記の経営上の必要性を要件とするものではないと解される。けだし、前者にあつては、労働者の責に帰すべからざる事情による解雇であるから強度の経営上の必要性を要するのに対し、後者にあつては、労働者に相当な転勤措置を講じ、それに従うかどうかの選択の機会を与えたうえでこれに応じない労働者を解雇するのであるから、一面において労働者の責に帰すべき事情による色彩をも含むものと考えられるからである。

4 なお、右にいう転勤措置としては、通常は転勤命令がこれにあたるのであるが、本件においては、前記のとおり、転勤の勧告がなされたにとどまるものである。しかしながら、先の事実関係から明らかなように、右は、勧告とはいえ転勤かさもなければ退職かの選択を要求するものであり、しかも、債権者が右のいずれをも拒絶した場合には解雇という事態に至ることはほぼ必至と考えられたのであるから、債権者にとつては転勤命令が発令された場合と同様の真摯な対応を迫られるわけであつて、先の解雇の効力を判断する関係においては転勤命令が発せられた場合と同一に論じてよいと考えられる。

三  そこで、本件において債務者から債権者に対してなされた広島営業所への転勤措置が相当として是認しうるか否かについて判断する。

1  まず、債務者に債権者に対して転勤を命じうる権利が存するか否かについて検討する。

一般に、使用者は労働者に対し、労働契約上勤務場所等を限定する明示もしくは黙示の合意がなされていない限り、労働契約に基づき、勤務場所等を具体的に決定して労務の提供を命じうる権限が存するものと解される。しかるところ、債権者は、この点について、債権者は札幌営業所の従業員として債務者に雇用されたものである旨主張し、その提出にかかる疎甲第五号証(債務者が債権者に対して非公式に採用の内定を通知した書面)中には、債権者を札幌営業所の従業員として採用する旨を記載した部分がある。しかしながら、使用者が労働者を雇用することを決定した場合、これに当面の勤務場所を通知するのは通常のことであつて、右の記載部分に、それ以上に、将来退職するまでの間債権者の勤務場所を札幌に限定する趣旨が包含されているとまで解することは、困難であるといわなければならない。かえつて、前記のとおり、債権者が雇用された昭和五〇年四月当時には同営業所に勤務する社員は債権者を含めても三名にすぎなかつたのであり、また、その三年ほど前には業務上の理由から製品事業部が廃止されていたという事情が存するのであるから、債権者が雇用された当時、債務者において将来いかなる業務上の必要が生じようとも右当時の体制を存続させ、債権者を札幌営業所から移動させないとの意思を有していたとは考えがたく、さらに、債権者が雇用されたのちの前記経緯をみても、債務者は、昭和五三年一月ころから債権者に対して重ねて転勤の意向打診を行つており、疎明資料上、債権者においても、転勤の可能性が存しないことを前提としてこれに対処していたものとは認めがたいのであつて、結局、債権者自身の期待はともかくとして、債権者と債務者間の労働契約上、債権者の勤務場所を札幌に限定する明示もしくは黙示の合意がなされていたと認めるべき疎明はない。

2  次に、本件の転勤措置につき業務上の必要性が認められるか否かについて検討する。

転勤措置は、労働者の生活関係に少なからぬ影響を及ぼすものであるから、これが無制約に許されるべきものでないことはいうまでもなく、これが相当として是認されるためには、後記の人選の妥当性等とともに、業務上の必要性の存することが必要であると解されるが、他方、転勤措置は、使用者の労働契約に基づく労務指揮権の行使として行われるものであるので、これにつき使用者に相当大幅な裁量権が認められるものと考えられる。そして、転勤措置の前提をなす営業所の閉鎖等の諸方策自体は、前記のとおり、企業経営者の専権に属すべき事柄であつて、企業経営につき責任も的確な能力も有しない裁判所がその当否や是非を論ずるのは本来相当ではないことに鑑み、裁判所において、前記の業務上の必要性の存否という観点から右の営業所の閉鎖等の諸方策を吟味する場合においては、これにつき一応の合理性が認められ、また、解雇の口実を作りあげるため等の不当な目的の追求のためになされた等特段の事情が存する場合を除き、企業経営者の判断を尊重せざるをえないものと考えられる。

このような立場に立つて本件をみるに、前記のとおり、債務者は、札幌営業所において製品事業部及び鋼材事業部が相次いで廃止され、営業部門としては金属加工製品事業部のみが残つたため、内勤者に残された事務はフアクシミリ、転送電話等の利用により代行しうると判断のうえ、札幌営業所をセールスエンジニア一名の駐在員体制とし、余剰人員一名を折から増員の必要のあつた他の営業所に転勤させようとしたものであるところ、前記のとおり、現に、札幌営業所閉鎖前の同営業所における債権者の仕事は、同営業所の取引相手である四社からの電話による在庫照会、電話による受注、松井に対する伝言の取次等が主なものであつて、その電話等の数も少なく、反面、債権者が転勤を勧められていた広島営業所においては、債権者と同様の立場にある者が一人で五〇社を相手に同様の仕事をしていたのであり、このような事務量の極端な不均衡に照らせば、債務者が札幌営業所を閉鎖して、その剰員一名を広島営業所に移そうとすることの業務上の必要性については、優に一応の合理性を肯認することができるのであり、また、債権者に対する転勤措置が不当な目的の追求のためになされたものと認めるに足る疎明はない。債権者は、札幌営業所は営業成績も良好であつて、閉鎖の必要はなく、むしろ、債務者の選択した駐在員体制は会社業務の円滑な遂行に多大のマイナスをきたすものである旨主張しているが、以上の理由から採用できない。

3  続いて、本件の転勤措置につき人選の妥当性を検討する。

前記のとおり、債務者は、札幌営業所を閉鎖してこれをセールスエンジニア一名の駐在員体制とするべく、剰員一名を他の営業所に転勤させようとしたものであるところ、疎明資料によれば、右セールスエンジニアの職務の内容は、北海道各地の鉄工所等のユーザーを訪問して、その使用機械の切削条件の選定や技術指導サービスをなし、また、代理店及び販売店の商品知識の向上のトレーニングや同行訪問をするというものであり、営業所内で勤務している時間は僅かで、宿泊を要する出張も多い職務であることが一応認められる。右のようなセールスエンジニアの職務内容からすれば、債務者において、すでに訓練と経験をつんでおり、かつ、出張業務にもより適任と考えられる前記松井を駐在員として選択し、したがつて、債権者を転勤の対象として選択したことには、企業経営上の観点からは合理性を肯認しうること明らかである。

一方、債権者の側の事情をみてみるに、疎明資料によれば、債権者は、昭和五五年九月に小樽拘置所の刑務官と結婚して現在に至つていることが一応認められるので、債権者が広島営業所に転勤することとなつていれば、少くとも当分の間は夫との別居生活を余儀なくされることになり、また、これに伴い、支出の増加等の経済的な不利益が生ずることも予測されるところである。本件の転勤措置が債権者に及ぼすこのような不利益は、もとより転勤者の人選にあたつて十分に考慮されなければならない事柄であるが、しかし、右の共働き夫婦の別居という事態は、債権者が結婚し、かつ、債務者との労働契約関係を継続することを決めた段階において、当然に受けることが予測された不利益の範囲、程度を超えるものとまでは認めがたい。また、疎明資料によれば、債権者の母親は、現在、無職、独居の身で、高血圧、気管支拡張症、過敏性大腸症候群などの持病を有することが一応認められるが、他方、長年学校教員を勤めて年金等により自活の能力があり、また、右の持病も付添看護を要するほどの状態ではないことも一応認められるのであるから、債権者が母親を連れて転勤(疎明資料上、この点については、格別の障害があるとは認められない。)しない場合においても、母親との別居は、これをもつて特段の生活関係上の不利益とはなしがたく、この点は、債権者の夫が将来債権者の許に転勤した場合に予想された債権者の夫の両親の独居という事態も、疎明資料によれば、債権者の夫の両親には自活の能力があることが一応認められるのであるから、同様である。

以上の債権者に対する転勤措置の企業経営上の観点からの合理性と、一方、これにより債権者が蒙るであろう生活関係上の不利益の範囲、程度とを比較考量するならば、債権者の主張するように、前記松井が独身の身で転勤による生活関係上の影響は債権者の場合に比して少いであろうことを併せ考えたとしても、債務者のなした人選に人事権の濫用があるとは認めがたい。

四  以上のとおり、本件の転勤措置は、業務上の必要性と人選の妥当性の要件において欠けるところのない相当なものであつて、債権者の拒絶は正当な理由がなく、また、本件の転勤措置及び解雇に至る経緯は前記のとおりであつて、この点に労使間の信義則に違反した手続上の瑕疵があるとは認めがたいので、結局、本件解雇は、有効というべきである。

五  したがつて、本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がないことに帰し、事案の性質上、この点の疎明に代えて保証を立てさせるのも相当ではないから、その余の点につき判断するまでもなく理由がないのでこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 村重慶一 大橋弘 河邊義典)

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