大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和56年(ワ)5030号 判決 1983年2月08日

原告

柿内実雄

ほか一名

被告

千歳交通株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告柿内実雄に対して金五八八万二四五八円及び内金五三八万二四五八円に対する昭和五五年九月一六日からその支払の済むまで年五分の割合による金員並びに原告柿内アヤ子に対して金五四八万二四五八円及び内金四九八万二四五八円に対する昭和五五年九月一六日からその支払の済むまで年五分の割合による各金員の支払をせよ。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を被告らの、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、

1  被告らは各自、原告ら各自に対し、連帯して八〇〇万円及び内金六八〇万円に対する昭和五五年九月一六日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

1  訴外柿内晃治は次の交通事故(以下「本件事故」という。)によつて死亡した。

(一)  日時 昭和五五年九月一六日午後九時一三分頃

(二)  場所 千歳市北信濃八六七番地国道三六号線上

(三)  加害車 A訴外森田友幸運転の普通乗用自動車(加害車A)

B氏名不詳者(本件事故後逃走)運転の普通乗用自動車(加害車B)

C被告四月朔日運転の普通乗用自動車(加害車C)

(四)  被害車 晃治運転の自動二輪車

(五)  態様 晃治が被害車を運転して前記路上を恵庭方面から千歳方面に向けて進行していたところ、対向して来た加害車Aが急に右折して被害車の進路前方に出たため、晃治はこれを避け切れず、これに衝突して路上に転倒したが、被害車の後方から同一方向に進行して来た加害車B及びCに次々と轢過された。

2  被告千歳交通株式会社(以下「被告会社」という。)及び同四月朔日はそれぞれ加害車A及びCを保有し、これを自己のため運行の用に供していたから、いずれも本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

3  本件事故による原告ら(晃治の両親)の損害は次の通りである。

(一)  葬祭費 一〇〇万円

(二)  慰藉料 各五〇〇万円

(三)  逸失利益相続分 各一九六七万九四二八円

(四)  損害既填補分 各一〇八一万一九九〇円

(五)  弁護士費用 各一二〇万円

4  よつて原告らは被告らそれぞれに対し、右損害金の内金各八〇〇万円及び弁護士費用を控除した残金各六八〇万円に対する本件事故発生の日である昭和五五年九月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べた。

被告会社訴訟代理人は、

1  原告らの被告会社に対する請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求め、請求の原因に対する認否及び抗弁として、

1  第1項(一)ないし(四)は認めるが、(五)及び晃治の死亡との因果関係は争う。

2(一)  第2項の事実は認める。

(二)  本件事故は晃治の自動二輪車のスピード違反と著しい前方不注視によつて発生したもので、加害車Aを運転していた森田友幸に過失はない。また晃治の死因は脳挫傷であるが、これは加害車B又はCの衝突によつて発生した可能性がある。

3  第3項中(四)は認め、その余は争う。

4  第4項は争う。

と述べた。

被告四月朔日訴訟代理人は、

1  原告らの被告四月朔日に対する請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求め、請求の原因に対する認否及び抗弁として、

1  第1項は認める。

2(一)  第2項の事実は認める。

(二)  本件事故は、晃治が自動二輪車を運転して法定速度を大幅に越える速度で走行し、折から右折中の加害車Aの後部に激突して発生したものであるが、被告四月朔日としては、加害車Bに追走していたところ、同車の車台下から突然倒れている晃治の身体が現われてこれを轢過したという回避不可能な事故で、同被告に過失はない。また当時加害車Cに構造上何らの瑕疵はなかつた。

なお晃治は、同被告の加害車Cによる第三の事故以前に既に死亡していた蓋然性が強い。

3  第3項(四)は認め、その余は不知。

4  第4項は争う。

と述べた。

証拠関係〔略〕

理由

一  本件で提出されている文書書証はすべて成立に争いがないので、以下においては個々に成立を認定することはしない。

二  本件事故の存在、関与当事者の関係、結果については当事者間に争いがない。

ここで甲第一号証、同第二号証、証人森田友幸の証言及び被告四月朔日本人尋問の結果を総合すれば、本件事故の態様は、晃治が自動二輪車を運転して事故現場となつた道路を恵庭方面から千歳方面に向けて進行中、対向して来た森田友幸運転の加害車Aがその前で右折したためにその後部に衝突し、転倒したところを被害車の後方から進行して来た氏名不詳者運転の加害車B及び被告四月朔日運転の加害車Cに次々と衝突ないし轢過されたというものであることが認められる。

三1  被告会社及び被告四月朔日がそれぞれ加害車A及びCの運行供用者であることは当事者間に争いがないので、被告らはいずれも本件事故によつて晃治及び原告らが被つた損害を賠償する義務を負う。

2  被告会社の過失相殺の抗弁について、弁論の全趣旨によれば、原告らはこれを争つていることが明らかである(被告らのその余の抗弁についても同じ)から、その当否を検討するに、同被告は晃治の自動二輪車が法定速度を超過していたと主張するが、これを認めるに足りる程の証拠はない。即ち甲第一号証及び同第二号証の記載中、加害車Aの行動に関する部分は同車を運転していた森田友幸の供述以上に出るものではなく、客観性に乏しい。却つて証人森田友幸の証言によれば、同人は加害車Aを運転して国道三六号線から右方丁字路へ右折するに当り、対向して来る晃治の自動二輪車の存在を認めながら、右折中に十分これに注意せず、直進車の動静に殆ど注目していなかつたことが認められるから、寧ろこの点において森田の相当の過失が明白である。また同じく証人森田友幸の証言によれば、同人はこの右折の際に中央線付近で時速約一〇キロメートル程度であつたものが、この段階で晃治の自動二輪車が近接していることに漸く気付き、その直進車に先立つて右折しようとした(従つてここで当然加速したであろう。)ことが認められる。これを晃治側から見れば、自車の前方を低速で右折しようとしていた車両が突然加速して自車の直前に出て来たことになる筈であつて、森田の過失はこの点においても明らかであると言わなければならない。

被告四月朔日の供述と同視すべき乙第一号証には、加害車Cが本件事故現場手前の交差点において、発進しようとしていた際、晃治のものと思われるオートバイが「相当のスピード」で通過して行つた旨の記載があるが、当時四月朔日の加害車Cはまだ停止していたのであるから、法定速度(時速五〇キロメートル。甲第一号証因みに時速五〇キロメートルとは秒速にして約一四メートルである。)の自動二輪車でも「相当のスピード」であるように見えた筈で、被害車の速度は不明という他はなく、他に被害車の当時の速度を証明し得る程の客観的な資料は全くない。

被告会社はまた晃治には著しい前方不注視があつたとも主張するが、これを認めるに足りる証拠もない。四輪車の場合と異なり、「著しい前方不注視」の状態で自動二輪車を運転できるかどうかも疑問に思われる。

もつとも晃治の被害車が右折中の加害車Aの後部に現に衝突したところからすれば、晃治に全く過失がなかつたとすることはできない。晃治が自車の前方を右折しようとしている加害車Aを注視し、その動きに対応して減速、避譲等の措置を取つていれば、これによつても本件事故は避けられたと考えられるからである。

而してその過失の割合については、当裁判所は、晃治の自動二輪車が優先車たる直進車であり、かつその進行路が幹線道路たる国道三六号線であること、他方右折車たる加害車Aを運転していた森田友幸の前記の二重の過失が断然大きいものであるとせざるを得ないことから、交通整理の行なわれていない交差点におけるこの種の事故の通例通り、晃治につき二割、森田につき八割と判断する。

3  前述した通り、晃治は加害車AないしCによる三重の打撃を受け、本件事故によつて死亡したのであるが、晃治の死因たる脳挫傷(甲第八号証)をもたらしたのが加害車のうちいずれであるのかということは、本件全証拠によつても明らかでない。証人松浦忍、同森田友幸及び被告四月朔日本人は晃治の状況や轢過部位についてそれぞれ供述するところがあるが、いずれも晃治の死亡に至るまでの事実認定の資料として用いられる程のものではなく、甲第八号証の記載と共に、要するに結局のところは不明であると言う他はないものである。

証人森田友幸は、同人の運転していた加害車Aが晃治の自動二輪車が衝突して同人を転倒させた後、晃治が道路に手をついて起き上がろうとしているのを見た旨供述するが、これが事実であるとしても右の第一の衝突が晃治の死因に至らなかつたと断ずることはできないし、他方第一の衝突は単に晃治を転倒させただけであつたとしても、本件事故の現場となつた幹線道路(国道三六号線)においては、自車が自動二輪車に衝突してその運転手を路上に転倒させた場合、後続車ないし対向車がこれに衝突して同人を死に至らせることがあり得ることはた易く予見し得るところであるから、晃治の死は森田が惹起した第一の衝突と十分に相当因果関係を有し、即ち加害車Aの運行によつて生じたものであるというのに何の妨げもないのであつて、いずれにせよ被告会社は晃治の死という結果に対する責任を免れない。

また被告四月朔日の加害車Cが路上の晃治を轢過したことは前述の通りであるが、この時に晃治が既に死亡していたのかどうか、本件全証拠によつても明らかでない。後述する通り加害車A及びCについては民法第七一九条にいう共同不法行為が成立すると考えられるから、本件は共同不法行為者中誰が損害を加えたかを知ることができない場合に該当し、従つて被告四月朔日もまた晃治の死という結果に対する賠償義務を否定できないのである。よつて同被告主張の免責の抗弁は採用しない。

4  本件事故は、晃治の自動二輪車(被害車)と加害車Aがまず衝突し、続いて被害車の後方から進行して来た加害車Bが右衝突によつて路上に転倒していた晃治に衝突し、更に加害車Bと二〇ないし二五メートル(乙第一号証)の距離をおいてこれに追従して来た被告四月朔日の加害車Cが路上の晃治を轢過したという事案であつて、事実上殆ど同一の場所において、三台の車両がせいぜい数十秒を出ないと思われる短時間内に晃治に次々と被害を及ぼしたもので、その結果として晃治を死(という一個不可分の損害)に至らせたものであるから、右加害者間に主観的な共同関係は存在しないものの、客観的な状況からすれば森田及び被告四月朔日は民法第七一九条第一項後段にいう「共同行為者」に該当するものと考えられ、即ち同条にいう共同不法行為が成立する。

もつとも被告四月朔日が本件事故に対して無過失であれば格別であるが、同被告は本件事故現場に差しかかるまでの間、時速五〇ないし六〇キロメートル(乙第一号証。なお法定速度は前記の通り毎時五〇キロメートルである。)で先行する加害車Bに車間距離二〇ないし二五メートル(乙第一号証)で追従してきた(従つて加害車Cの速度も時速五〇ないし六〇キロメートルということになろう。)のであり、被告四月朔日には速度違反及び車間距離不保持の過失があるものとせざるを得ない。同被告本人は先行する加害者Cの下から突然人が出て来たのでブレーキをかけたものの止まることができず、已むを得ずこれをひいてしまつた旨供述するが、およそ自動車を運転する者は、先行する車の車台の下から人体が現われて来ることを予見する義務のないことは明らかであるものの、先行車にどのような状態が発生してもそれによる事故を避けられる状態で走行すべき義務があるというべきところ、被告四月朔日はこれを怠つていたと言わざるを得ない。同被告が法定速度を遵守し、かつ右の如き考慮から車両の停止距離に匹敵する十分な車間距離を取つていれば本件の場合に晃治を轢過せずに済んだであろうと思われるからである。

而して本件事故の発端となつた前記の第一の衝突につき、晃治に二割の過失が認められる以上、被告四月朔日に対する関係でも晃治及び原告らの損害額の算定についてはその二割を控除するのが相当である。なお本件事故全体に対する同被告の過失の割合についてはともかく、被害者の過失の割合を損害賠償額の算定に当つて斟酌し得るとした民法第七二二条第二項の文言及び被害者の保護を重視した自動車損害賠償保障法第三条の法意に照らし、被告四月朔日に対しても右以上の相殺率を想定することはしない。

四  進んで原告らの本件事故に起因する損害について判断する。

1  葬祭費 五〇万円

原告柿内実雄本人尋問の結果によれば、原告の父である同人は晃治の葬祭関係費用として約一七〇万円を支出したことが認められるが、ここでは晃治の死亡当時の年齢(一七歳。甲第七号証)その他の事情を考慮して、五〇万円をもつて本件事故と相当因果関係を有する原告実雄の損害と認める。

2  慰藉料 各五〇〇万円(合計一〇〇〇万円)

原告実雄本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば原告らは晃治の父母であることが認められるから、晃治の死亡に対する同人らの慰藉料としては各五〇〇万円(合計一〇〇〇万円)が相当である。

3  逸失利益相続分 各一四七四万三〇六〇円(合計二九四八万六一二〇円)

晃治は死亡当時一七歳(前述)であつたから、本件事故がなければ一八歳から六七歳まで稼働し得たものと考えることができる。本件事故の日から遅延損害金を付する都合上、本件事故のあつた昭和五五年度の賃金センサス(男子労働者産業計・企業規模計・年齢学歴計)を用い、生活費五〇パーセントを控除した上、前記年齢に対応するライプニツツ係数一七・三〇(本件のような場合には、当然ライプニツツ係数によるべきである。)を乗じて晃治の逸失利益を計算すると二九四八万六一二〇円が得られる。原告らは晃治の両親としてその二分の一、一四七四万三〇六〇円宛を相続したことになる。

4  相殺後の小計 合計一〇三六万四九一六円

右1ないし3を合計すると、原告実雄の損害額は二〇二四万三〇六〇円、同アヤ子の損害額は一九七四万三〇六〇円となるが、晃治にも本件事故について二割の過失があると見るべきこと前記の通りであるから、それぞれその二割を控除し、更に当事者間に争いのない填補額各一〇八一万一九九〇円を差し引くと、残額は原告実雄につき五三八万二四五八円、同アヤ子につき四九八万二四五八円である。

5  弁護士費用 各五〇万円(合計一〇〇万円)

原告らが本件訴訟の提起・追行を弁護士水原清之及び同田中燈一に委任したことは本件記録によつて明らかであるが、弁護士費用としては前記損害金残額等を考慮して原告一人当り五〇万円(合計一〇〇万円)をもつて本件事故と相当因果関係を有する原告らの損害と認める。

五  以上の事実及び判断によれば、原告らの本訴請求は結局主文第一項掲記の限度で理由があることに帰するからこれを正当として認容し、その余は理由がないのでこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言については同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文の通り判決した次第である。

(裁判官 西野喜一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例