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札幌地方裁判所 昭和57年(ワ)226号 判決 1984年5月24日

第一事件原告(第三事件反訴被告)

K

第一事件原告(第三事件反訴被告)

北澤義光

第一事件原告(第四事件反訴被告)

M

第二事件原告

川田照光

以上四名訴訟代理人

横路民雄

村岡啓一

第一、第二事件被告(第三、第四事件反訴原告)

株式会社東海貿易

右代表者

桝田貢

第一、第二事件被告

桝田貢

第一事件被告

堤野紳次

以上三名訴訟代理人

野切賢一

斉藤陽子

主文

一  第一事件被告株式会社東海貿易及び同堤野紳次は、各自、同事件原告北澤義光に対し、金六〇万円及びこれに対する昭和五六年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第二事件被告株式会社東海貿易及び同桝田貢は、各自同事件原告川田照光に対し、金一六〇〇万円及びこれに対する昭和五七年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  第一事件原告K及び同Mの各請求、同事件原告北澤義光の被告桝田貢に対する請求並びに第三及び第四事件反訴原告の各反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一ないし第四事件を通じ、第一事件原告(第三事件反訴被告)北澤義光と第一事件被告(第三事件反訴原告)株式会社東海貿易及び第一事件被告桝田貢、同堤野紳次との間においては、右第一事件原告ら及び第二事件原告に生じた総費用の二〇分の一を右第一事件被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、第二事件原告川田照光と同事件被告株式会社東海貿易及び同桝田貢との間においては、右第一事件原告ら及び第二事件原告に生じた総費用の二〇分の一二を右第二事件被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、第一事件原告(第三事件反訴被告)K及び第一事件原告(第四事件反訴被告)Mと第一事件被告(第三、第四事件反訴原告)株式会社東海貿易及び第一事件被告桝田貢、同堤野紳次との間においては、各自の負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

Ⅰ  第一事件

一請求原因1及び2の事実<編注・被告らの地位及び金地金の取引契約の締結>は当事者間に争いがない。

二そこで右当事者間に争いがない本件各委託契約の内容をなしている貴金属延べ勘定取引の実態について考察するに、<証拠>によれば、貴金属延べ勘定取引とは、被告会社が委託者からの純金、プラチナなどの地金の売買の注文を日本国際金取引協会の市場に取り次ぎ、将来の一定の時期における貴金属地金及びその対価を授受する取引であり、取引が成立した場合の貴金属の受渡しは各勘定月の末日とされているが、その間の相場の変動により、期限内に自由に反対売買をすることができること、急に代金が必要になつた場合には、被告会社から立替払いを受けることができること及び取引予約金(取引総代金の二〇パーセント以内とされる。)として預託された金額がその日の相場の変動により値洗いした時点でその額の二分の一以上になつた場合、追加予約金としてその差額を預託しなければならないことなどを内容としていること並びに右追加予約金の制度は勘定日が到来した段階で委託者の思惑がはずれて相場の変動による差益が委託者に入らなくなつた場合に委託者が決済を拒絶することにより被告会社が被るかもしれない損害を補填するためのものであることが認められる。また、<証拠>によれば、被告会社が社内で作成している予約者元帳の形式は、「建落の状況」及び「損益の精算状況」とに大別され、前者は、「名柄」「売」「買」「売買差金」「手数料」「差引損益」「合計」の各項目に区分され、取引の記載方法として、各勘定月における売りと買いを対応させて並列的に記載し、これによる売買代金の差額を売買差金としてマイナスのときは損金、プラスのときは益金として「売買差金」欄に記載し、次に、買いの各取引から手数料を算出してその合計金額を売買差金に加算し、又は差引き、この金額を「差引損益」の欄に計上することになつていること、後者は、「年月日」「項目」「現金」「有価証券」「合計残高」「評価」の欄に各区分され、「項目」欄には「予約者現金」「帳尻金振替」「追加予約金」などの記載をし、「現金」及び「有価証券」は「入金」と「出金」に分けて記載すること、そして前記差引損益が益金の場合、その金額を「帳尻金振替」として「現金」の「入金」欄へ、損金の場合は、同じく「現金」の「出金」欄へ記載するようになつていることが認められ、被告会社の社内においては当然に反対売買と差金決済を予定した事務の取扱いがなされていることが窺える。右のとおりであつて、この認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、貴金属延べ勘定取引は、勘定月において現物の受渡しと代金の決済が予定されているものであるとはいえ、期限前の反対売買は自由で、反対売買をすることにより売買代金を差金により決済することが可能であり、しかも委託者は立替金制度により欲すれば差益を直ちに授受できる取引であるということができる。

ところで、商品取引所法第二条第四項によれば、同法にいう「先物取引」とは、「売買の当事者が商品取引所が定める基準及び方法に従い、将来の一定の時期において当該売買の目的物となつている商品及びその対価を現に授受するように制約される取引であつて、現に当該商品の転売又は買戻をしたときは差金の授受によつて決済ができるもの」をいうのであるが、貴金属延べ勘定取引の実態が右に示したとおりのものであるとするならば、市場の違いを一応度外視すれば貴金属延べ勘定取引は右同条の「先物取引」に類似するものであつて、先物取引性を有するものと認めるのが相当である。

三原告は、右貴金属延べ勘定取引が公序良俗に反する旨主張するので検討する。日本国際金取引協会(以下「協会」という。)が私設の金地金市場であること、右市場には何らの法規制や監督官庁もなく、また、加入会員との取引紛議につき自主的に紛争を解決するための公的救済機関がないことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

1  被告会社が特別会員となつている協会は、昭和五一年五月に設立され、金取引を行なう会社で構成された団体であり、設立当初の会員数は二四、五社であつた。協会の会員が実際に金取引を行なう市場は、日本国際金市場株式会社に設けられ(以下「本件市場」という。)、協会の会員のみが右市場において金取引をなしうるものとされていた。

2  協会の会員は、正会員、特別会員及び賛助会員で構成されていた。正会員は金の現物取引のみを、特別会員は右現物取引のほか延べ勘定取引をそれぞれ行なうことができ、また、賛助会員は右現物取引のほか特別会員を通じて延べ勘定取引をすることができるものとされていた。

3  協会に入会しようとする会社がある場合の入会審査は、当該会社の沿革、役員構成、代表取締役の経歴、金取引を行なうに足りる信用の有無などの事項に及び、このほかに純資産額が金三〇〇〇万円以上であることが要求されていた。ただ、協会の理事の推挙がある場合には、右入会審査は必ずしも厳格になされていたわけではなく、協会設立当初は商品取引業界においてとかく問題のある会社も協会員となつていたのが実情である。

4  本件市場における延べ勘定取引の実際をみると、顧客が特別会員に売りもしくは買いの注文をし、右注文を受けた各特別会員は、その市場における代表者(場立ちの者)を通じて本件市場に注文を提示し、日本国際金市場株式会社の従業員である立しよう人及び立しよう補佐人ら合計三名がその日の売買形態並びに金価格の推移を見て当日の金価格を決定し、右決定された金価格で売買を希望する特別会員間において売買契約が成立する。そして売買契約が成立したときは、本件市場は売買成立の確認書を特別会員に送付していたが、本件市場ないし協会としては、特別会員と顧客との間の委託取引について関与するわけではなく、特別会員と顧客との間の委託取引の実態も把握していなかつた。

5  他方、被告会社は、昭和五二年一一月二一日設立され(この事実は当事者間に争いがない。)、資本金は五〇〇万円の株式会社であつて従業員数は最も多かつた時期で約六〇人であつた。秋田、沖縄及び北海道(札幌)に支店があり、北海道支店の従業員数は一〇ないし一五人、同支店における預金額は最高額で金一〇〇〇万円程度であり、同支店では一〇〇〇万円を超える現金収入は東京の本社に送金していた。ところが、昭和五五年ころから、被告会社は業績が悪化し同年中には被告会社の実体は北海道支店のみとなつてしまつた。同支店においては、支店長あるいは営業課長が営業社員に対する指導を担当し、営業社員が勧誘に際して説明する事項やセールスの方法について指導していた。

ところで、本件各委託契約締結当時金地金は商品取引所法第二条第二項の「商品」ではなく、従つて金地金の先物取引を行なう公認の取引所は存在しておらず、本件市場は前示のとおり私設のものであつたが、右認定の事実を総合すると、本件市場における金価格は、本件市場における当日の売買形態及び金価格の推移を見ながら、立しよう人らが複数関与して決定されていたものであるから、その価格形成過程は一応の合理性が認められ、本件市場が私設のものであり、法規制が及ばず監督官庁がなく、また加入会員と顧客との取引紛議につき自主的に紛争を解決する公的救済機関がないことなど前記当事者間に争いのない事実を考慮しても金相場が自由かつ公正に形成される保障が全くないとまではいえない。また、協会への入会資格や被告会社の実態に照らすと、当初から被告会社の財産的基礎が脆弱で取引から生ずる責任を全うする保障がなかつたとまでは断定し難い。そして被告会社の営業が事実上北海道支店だけになつた昭和五五年以降については、その資産状態が極度に悪化していたものと推認するに難くないが、そのことのみをもつて、被告会社が取引を行なうこと自体が公序良俗違反になる程度の不法性を帯びるものとも解し難いところである。更に、被告会社の人的構成についても、北海道支店営業社員が顧客を勧誘する際に説明する事項や勧誘方法については、一応支店長ないし営業課長の指導がなされていたのであるから、個々の営業社員の勧誘方法が違法であつて、公序良俗に違反するような場合は格別、被告会社の人的構成そのものが先物取引に伴う思惑的かつ大規模な投機を防止しうる機能を備えておらず、被告会社が取引をすること自体が公序良俗に反すると速断することもできない。

以上検討したところによれば、結局、本件貴金属延べ勘定取引は公序良俗に違反するものと認めるに足りないといわざるを得ず、他に本件全証拠を検討しても原告らが主張するような公序良俗違反を窺わしめる事由は存しない。

四次に本件貴金属延べ勘定取引が商品取引所法第八条に違反するかどうかについて検討する。右取引が先物取引性を有することは前示のとおりであるところ、同法第八条は、同法第二条第二項所定の「商品」(以下「指定商品」という。)の先物取引をする施設を商品取引所法によらないで開設することを禁止するだけではなく、指定商品以外の商品(以下「非指定商品」という。)の先物取引をする施設を開設し、組識的継続的に差金決済をすることをも禁止したものと解すべきである。けだし、同条の立法趣旨は、取引秩序の維持ということにあり、先物取引は差金決済による売買関係からの離脱が可能なことから過当な投機や不健全な取引に至る危険性が大きいことに鑑み、厳重な法規制のある取引所においてのみこれを許し、このような監督の及ばない先物取引については、具体的に過当な投機や不健全な取引に至る危険性があるかどうかを問わず一般的にこれを禁止することにより、過当な投機や不健全な取引に至る危険を防止することを企図しているものと解されるからであつて、このような立法趣旨を前提にする限り、非指定商品の先物取引についても過当な投機や不健全な取引の生ずる一般的危険は否定し難いから、同条の適用がなされるのは当然というべきである。同条第一項が証券取引法第二条第一二項に規定する有価証券市場を除外していることも右立法趣旨によれば容易に理解しうるところである。そうすると本件市場は同法第八条第一項に違反し、右市場における金の取引は同条第二項に違反するものといわざるを得ない。

本件貴金属延べ勘定取引は、右の取引を当然の前提とし、これを内容としているものであるから、次にその私法上の効力について考える。同条の立法趣旨が過当な投機ないし不健全な取引に至る危険を未然に防止することにあることは前示のとおりであるが、同条による禁止は、過当な投機ないし不健全な取引を招来する一般的、抽象的危険を考慮したものと解されるところ、先物取引はそのこと自体から必然的に過当な投機ないし不健全な取引を招来するものとまではいえず、その危険性の程度は具体的な場合における市場及びそこで行なわれる先物取引の実態いかんによつて強弱の差があることに鑑みるならば、同条は、これに違反する先物取引であるとの一事をもつて、その私法上の効力をも奪う趣旨であると解することはできない。そして本件市場の実態と右市場において被告会社が行なつていた取引については、前段で認定したところ以上に過当な投機ないし不健全な取引を招来する危険性が高く、違法性が強いことを認めるに足りる的確な証拠もない。

以上によれば、請求原因4(二)の主張は理由がないことに帰する。

よつて、本件各委託契約が無効であることを前提とする不当利得の主張(請求原因5)は、理由がない。

五そこで、進んで、被告らの不法行為責任の存否(請求原因6)について、原告K、同北澤及びMの順に判断する。

1  原告K関係

(一) 重要事項の説明義務違反について

原告Kが昭和五四年五月一〇日被告会社との間で本件委託契約を締結し、被告会社に対し、別表一(一)の交付年月日欄記載の各年月日に交付金額欄記載の各予約金を支払つたことは前記のとおり当事者間に争いがない。

前記のとおり本件委託契約締結当時においては、金地金の先物取引をする公認の取引は存在せず、一般人にとつて、金地金の価格に関する情報及び金地金の先物取引に関する知識も十分とはいえない状況にあつたものと考えられるから、被告らとしては、一般人を対象として本件のような委託契約締結の勧誘する場合は、貴金属延べ勘定取引が先物取引であり投機性を有すること、金価格形成の仕組み、追加保証金の制度等右取引の本質的事項について、十分納得のいく説明をし、また従業員をして説明させるよう指導、監督する義務があつたものというべきところ、<証拠>によれば、昭和五四年四月末ころ、被告会社から同原告方に金取引に関するパンフレット、取引の要領を説明した書面、貴金属延べ勘定取引受託業務約定書等の書類が送付されてきたこと、同原告は、当時、金に興味を持つていたので、右約定書に自ら署名し、これを被告会社に送付したところ、その後被告会社から同原告に対し、先物を買つたらどうかとの電話による勧誘があり、同原告は同年五月一一日北海道拓殖銀行札幌本店の被告会社の口座に合計金一六〇万円を振込み取引が開始された(別表二の(一)1、2及び(二)1記載の各取引がそれである。)こと、そしてその後に被告堤野及び被告会社従業員畠山光男が同原告方を訪れ、同原告に対し、これから金相場は非常に上る、被告会社が加盟している国際金取引市場は政府公認の金取引市場であり、本件貴金属延べ勘定取引は穀物相場と同じ先物取引であるなどと説明し、同原告は、右説明から本件貴金属延べ勘定取引が相場取引であり損をすることもあれば得をすることもある旨を認識しながら、その後も昭和五五年三月一三日まで取引を継続した(これが別表二の(二)2及び(三)ないし(九)記載の各取引であつて、以上の取引が同原告の承諾の下になされたことは当事者間に争いがない。)こと等の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、被告堤野及び被告会社従業員が同原告に対し本件委託契約の本質的事項を説明したのは、本件委託契約の締結後であつて、それ以前は、単にパンフレット類を送付した程度であつたことが明らかである。しかしながら、前示認定のとおり同原告は、最初に予約金の払込みをする前には目的物が先物である旨の説明を受けていたのみならず、その後訪れた被告堤野らから本件貴金属延べ勘定取引が相場取引であること等の説明を受け、右取引が必ずしも得だけするものではないことを自ら認識した後も先物取引を続けていたのであり、また同原告は送付されてきた前記約定書に自ら署名、捺印し、本件委託契約を締結するに至つたものであるから、前示のとおり、本件委託契約締結前にその説明があつたならば本件委託契約を締結しなかつたものとは認め難い。してみると被告堤野及び被告会社従業員の説明義務の履践が不完全であつたとしても、これと前示予約金交付との間には、説明義務を完全に履行していたら本件委託契約を締結し予約金を交付することはなかつたであろうとの関係を肯定し得ず、結局説明義務履行の不完全と損害発生との因果関係を肯定するに足りないというべきで、他に右因果関係を肯定するに足りる証拠はない。

(二) 積極的詐欺勧誘について

原告Kが本件委託契約を締結し、予約金を交付した当時の被告らの対応は前示のとおりであつて、これによれば、昭和五四年六月一八日第二回目に予約金を交付する前には、被告堤野及び被告会社従業員は、いま金を買えば非常に値上りする、被告会社の加盟している国際金取引市場は政府公認の金取引市場である旨の説明はしたものの、原告主張の如き必ず儲かるとか、絶対に損はしないとかの言葉を用いて勧誘したことを認定するに足りる証拠はなく、金価格を操作して相場心理をあおり、売り、買いの注文を無理に押し付けたような事情を認めるに足りる証拠もない。また第一回目の予約金交付時以前においては、電話により先物を買わないかという勧誘をした外には、金取引に関するパンフレット、取引の要領を説明した書面、貴金属延べ勘定取引受託業務約定書等の書類を同原告に送付したのみであり、他に原告主張のような積極的欺罔行為を認定するに足りる証拠はない。

よつて、原告Kについては、被告らに重要事項説明義務違反ないし積極的詐欺勧誘に基づく不法行為責任があるとの同原告の主張は理由がない。

2  原告北澤関係

(一)  被告会社の責任(重要事項の説明義務違反及び詐欺勧誘)について

(1)  原告北澤が昭和五四年一二月二二日被告会社との間で本件委託契約を締結し、被告会社に対し別表一(二)の交付年月日欄記載の年月日に交付金額欄記載の予約金を支払つたことは前記のとおり当事者間に争いがない。

そして<証拠>によれば、昭和五四年一二月ころ、原告北澤方に、遊休資産で金(現物)の保有を勧める被告会社の広告とアンケート用紙が投函されたこと、同原告はその当時、たまたま掛けていた生命保険が満期となり、保険金が入つたことから、右保険金で何か後になつても形が残るものを購入しようと思つていたので、右アンケートに応じたところ、同年一二月二二日ころ被告会社従業員吉田芳則が同原告方を訪れ、同原告に対し「貴金属延べ勘定取引受託業務約定書」の用紙を示し、この取引は、保証金を納めておけば何時でも金の現物を購入することができ、また何時でも解約できる契約であり、金の現物を直ぐに手に入れることができるものである旨の説明をし、更に金価格についても若干の説明をしたこと、同原告は右吉田の説明から金価格の形成過程については十分に理解することはできなかつたものの、右取引が金の現物取引であると信じ、右吉田に対し、六〇万円で購入できる重量の金を買う旨申し込み、右約定書に署名押印し、被告会社との間で本件委託契約を締結したこと及び同原告はそれまでに相場取引の経験はなく、右契約の内容をなす貴金属延べ勘定取引がいわゆる相場取引であると当初からわかつていれば本件委託契約を締結する考えはなかつたことが認められる。

(2)  ところで、被告らが一般大衆を対象にして本件委託契約の勧誘をする場合には、貴金属延べ勘定取引が先物取引であり投機性を有すること、金価格の形成過程及び追加予約金の制度等本件委託契約の本質的事項について十分納得のいく説明をし、また従業員をして右本質的事項を説明させるよう指導、監督する義務があることは前示のとおりであるところ、右吉田が同原告に説明した内容は右に認定した程度であつて、右認定の事実及び<証拠>によれば、右吉田は同原告に対し、本件委託契約が相場取引であつて投機性を有すること及び追加予約金の制度については全く説明をせず、また金価格形成過程についても十分納得のいく説明をしなかつたばかりか、保証金を納めておけば何時でも金の現物を購入することができ、直ぐにでも金の現物を入手できるとの説明をし、このため同原告は、本件委託契約を金の現物取引であると誤信して予約金六〇万円を被告会社に交付したものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。してみると右吉田の本件委託契約の勧誘方法は、前示重要事項の説明義務を怠り、かつ詐欺的言辞を弄したものであつて、違法というべきである。

(3)  被告会社は、その業務として本件貴金属延べ勘定取引を企画主宰し、吉田は被告会社の従業員として右取引を目的とする本件委託契約の勧誘をするに際し、同原告に対し、前示の違法な勧誘行為を行ない、予約金相当の損害を与えたものであるから、被告会社は同原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告桝田及び同堤野の責任について

(1) 被告桝田及び同堤野がそれぞれ被告会社代表取締役、北海道支店長の職にあつたものであることは当事者間に争いがないが、右に認定したとおり両被告は、同原告を直接勧誘したものではないし、後にⅢの二2において認定するその後の取引経緯を考慮に入れても、両被告が被告会社従業員に対し、本件委託契約の勧誘をする際に前示の本件委託契約の本質的事項について十分な説明をするように指導監督をすべき義務を怠り、または、詐欺的言辞を弄してまで、勧誘するよう指導していたとの事実を認めるに足りる的確な証拠もない。したがつて右両被告について直接、重要事項の説明義務違反ないし積極的詐欺勧誘による不法行為が成立するとの同原告の主張は理由がない。

(2)  次に民法第七一五条第二項の責任について考えるに、前示のとおり、被告堤野は被告会社北海道支店長として、営業担当の従業員が勧誘に際して説明する事項やセールスの方法について指導していたことが認められるところ、<証拠>によると、原告北澤の勧誘に当つた吉田芳則は右北海道支店所属の営業担当従業員であつたこと及び北海道支店の従業員数は一〇ないし一五人程度の小規模のものであつて、支店長である被告堤野が所属営業担当従業員を直接指導監督すべき立場にあつたことが認められ、この認定を左右する証拠はない。してみると被告堤野は民法第七一五条第二項所定の代理監督者として、右吉田の違法な勧誘行為に基づいて原告北澤が被つた損害を賠償する責任がある。

しかしながら、被告桝田については、単に会社の代表取締役というだけで民法第七一五条第二項の代理監督者の地位に立つものでないことはいうまでもないところ、後にⅢの二2で認定する同被告の原告北澤との取引への関与の事実を考慮に入れても、同被告が被告会社北海道支店の内部において営業担当従業員に対し具体的にどのような指揮監督を行ない、または行なうべきであつたのかが明らかでなく、この点を認めるに足りる的確な証拠も存在しない。したがつて同被告が民法第七一五条第二項所定の代理監督者であるとするには足りず、同被告がその責任を負うべきであるとの同原告の主張は理由がない。

3  原告M関係

(一) 重要事項の説明義務違反について

原告Mが昭和五五年一月一〇日被告会社との間で本件委託契約を締結し、被告会社に対し別表一(三)の交付年月日欄記載の年月日に交付金額欄記載の予約金を支払つたことは前記のとおり当事者間に争いがない。そして<証拠>によれば、昭和五五年一月初めころ、被告会社から同原告のもとへ金に投資することの有利さを説き、金取引に対する興味の有無などについてアンケートを求める趣旨の往復葉書が送付されたこと、当時同原告は、金取引に興味を持つていたので、右葉書の返信部分中の興味があると記載された箇所に印をつけてこれを被告会社に返送したところ、同年一月一〇日ころになつて被告会社従業員安西義光が同原告方を訪れ、同原告に対し「貴金属延べ勘定取引受託業務契約定書」と題する契約書用紙を示し、この取引は安全確実な利殖手段であり、取引の中身は株と同じものである、株価の変動を利用して株価が安いときに株を買い株価が上昇したときにこれを売つてその差益を取得するのと同様に、金価格の変動を利用して金の売買による差益を取得するものである、その差益の決済は一年後になるが、それ以前に現金が欲しければ被告会社が必要な金額だけ立替金制度があるなどと説明したこと、そこで右安西の説明を聞いた同原告は、金売買による差益で儲けようと考えて本件委託契約を締結し、前示予約金を交付したことが認められる。

ところで被告らは、前示のとおり顧客に対し委託契約締結を勧誘する際には、委託契約の本質的事項を説明し、また従業員をして説明させるように指導監督すべき義務を有するものであるが、右認定事実によれば、右安西は、右委託契約は金価格の変動を利用して金価格が安いときに金を買い、金価格が上昇したときにこれを売つてその差益を取得する取引である旨を説明しており、右説明内容は、右委託契約が相場取引であり投機性を有することの説明であると解されるし、実際にも同原告はこの説明を聞いて金売買により差益で儲けようと思つて本件委託契約を締結したものであるから、金価格形成過程、追加予約金制度の説明をしたかどうかは必ずしも明らかではないものの、右説明内容及び同原告の理解の程度を考慮すると右委託契約の本質的事項を説明しなかつたと推認することはできず、他に本質的事項の説明をしなかつたことを認めるに足りる証拠はない。

(二) 積極的詐欺勧誘について

昭和五五年一月一〇日、前記安西が同原告方を訪れ、日本国際金取引協会作成のパンフレットを同原告に示した事実は当事者間に争いがなく、また右安西の同原告に対する勧誘内容は前示認定のとおりである。これによれば、右安西は、本件委託契約に基づく取引は株と同じで金価格の変動を利用して金売買による差益を取得する取引である旨説明をしており、同原告は、右説明を聞いて金の現物取引を考えたわけではなく、金売買による差益を取得しようと思い、本件委託契約を締結して本件予約金を交付したのであるから、右予約金交付が原告主張の如き積極的詐欺勧誘によるものであると認めるに足りず、他に積極的詐欺勧誘がなされたことを認定するに足りる証拠はない。

よつて、原告Mについては、被告らに重要事項説明義務違反ないし積極的詐欺勧誘に基づく不法行為責任があるとの同原告の主張は理由がない。

Ⅱ  第二事件

一請求原因1の事実及び同2のうち、原告川田が昭和五六年四月六日、被告桝田の勧誘により被告会社と本件委託契約を締結したことは当事者間に争いがない。

そこで右契約締結の事情及びその後の取引経緯について検討するに、原告川田が同年四月七日ころ被告会社に金八〇〇万円を送金し、被告会社がこれを受領したこと、被告会社が同原告に予約金預り証及び売買報告書を送付したこと、同原告が同年四月一四日にも被告会社の銀行口座に金八〇〇万円を送金したこと、被告会社が同原告の取引勘定に金一七四八万円の損金が生じたと主張し、超過額金一四八万円について債権仮差押手続をしたことは当事者間に争いがなく<証拠>によれば次の事実が認められる。

1  原告川田は、昭和五五年九月一三日息子を交通事故で亡くし、昭和五六年一月末ころ約一七〇〇万円程度の生命保険金を受け取つたことから、同原告は、右保険金で、死亡した子供の形見に金を購入しようと思い、同年三月初めころ帯広市内の貴金属店を訪ねたが金を手に入れることができなかつた。たまたま同月中旬ころ、被告会社から同原告方に、金取引についての広告とアンケートを内容とする往復葉書が送付されて来たため、同原告は右葉書の返信部分に金の現物が欲しい旨を記載して、これを被告会社に返送した。

2  その後同年三月二五日ころ、被告会社の従業員山崎某が同原告方を訪れ、被告会社の行なつている金取引の説明をしたが、同原告は右山崎に対し、金の現物が欲しい旨を申し述べた。

3  同年四月六日、被告桝田が右山崎を伴つて同原告方を訪れた。そして被告桝田は、金取引に関するパンフレット類、「現物条件付予約取引」と題し、その約款が印刷されている書類及び金の延べ板を同原告に示し、被告会社は日本国際金取引協会の市場である日本国際金市場から金の延べ板を買つている、日本国際金取引協会の会員になつていれば金の現物を欲しいときは世話をしてもらえるし、手元にある金はいつでも売却することができる、今持参している金の延べ板と同じものを二キログラム代金は金八〇〇万円で分けてあげよう、などと言つて同原告を勧誘したところ、同原告は、右説明を聞いて日本国際金取引協会の会員になれば金二キログラムを八〇〇万円で購入できるものと信じ、被告桝田の言われるがままに右約款の印刷されている契約書に署名して本件委託契約を締結したうえ、入会金として三〇〇〇円を支払い、翌日前示のとおり被告会社に金八〇〇万円を送金した。

4  ところが同原告が八〇〇万円を送金した数日後、被告会社から同原告宛に同年四月七日付の予約金預り証及び同年四月六日付の売買報告書が送付されて来たため、同原告が右二通の書類を点検したところ、売買代金として八〇〇万円を支払つたのに予約金と表示されていること及び金二キログラムを買つたはずなのに金二〇枚総約定金額八五三六万円と表示されていることに気がついた。そこで同原告は被告会社に電話で問い合わせたところ、電話に出た被告桝田は、はじめて同原告に対し、本件取引は相場による先物取引であつて、金の受渡しは昭和五七年の三月になる旨の説明をした。同原告は、これを聞いて自分の意図とは全く異なる取引であることがわかつたため、直ちに被告桝田に対し解約を申し入れたが、被告桝田はこれに応じなかつた。

5  同年四月一二、三日ころ、被告桝田が再び同原告方を訪れたので、同原告は、約束が違うことを理由に被告桝田を追及したところ、被告桝田は、現在金相場が非常に下がつており、五〇〇万円位の損になつている、このままでは解約しても損をするだけだ、今度は間違いなく上る、今度は絶対損をかけない、私も責任を感じているので絶対責任を持つて損だけは回避するので金をもう二〇キログラム買つてくれ、などと同原告を勧誘した。同原告は、五〇〇万円も損をしたとの話を聞き、なんとしても損害を回復したかつたので、被告桝田のいわれるままに、相場取引であることを知りつつ、金二〇キログラムの買いと予約金八〇〇万円の支払いを了承し、同年四月一四日前示のとおり、二度目の金八〇〇万円の送金をした。その後、被告会社は、同年四月一三日付の売買報告書により、右同日金二〇枚総約定金額八一六〇万円の買いの取引をした旨を報告して来たのであるが、原告と被告桝田との間で具体的にかかる取引をする旨の合意がなされていたわけではなかつた。

6  しかし不安になつた同原告は、同年五月初めころ、日本国際金取引協会に電話をかけ、被告会社が現実に前示四月六日付及び四月一三日の各金二〇枚の買いの取引をしているのかどうか確認を求めたところ、右協会はそのような買いが行なわれた事実がないと回答したため、同原告は直ちに被告桝田に電話をかけ、強く解約を通告した。

7  その後被告会社は、同年五月六日に右二口の買いの予約を解約したところ合計金一七四八万円の売買差損金が生じたとして、同原告が被告会社に交付した金一六〇〇万円を控除した金一四八万円の支払いを求める旨の通告をし、更にこれを被保全権利として前示のとおり同原告に対し債権仮差押手続をなすに至つた。

以上のとおり認められ、この認定に反する<証拠>は採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

二ところで<証拠>によれば、原告川田が調印した現物条件付予約取引の約款には、「現物取引であつて、現物の受渡しにつき将来の一定の期日を定め、受渡し期日には売方は現物を、買方は代金を授受して決済し、転売または買戻しによる差金決済は行なわない。」とされているものの、その取引実態は貴金属延べ勘定取引と何ら差異のないことが認められる。そうすると、貴金属延べ勘定取引が先物取引性を有することはⅠの二で説示したとおりであるから、これと取引実態において何らの差異がない現物条件付予約取引は、約款上の文言にもかかわらず先物取引性を有するものというべきである。しかるに右認定の事実によると、被告桝田はこれを秘し、同原告に対し、金の延べ板を示して日本国際金取引協会の会員になれば直ちに金の現物を購入することができると欺罔し、金の現物を欲していた同原告をしてその旨誤信させ、本件委託契約を締結させたうえ、金八〇〇万円を交付させ、更に右契約の内容をなす取引が先物取引であることに気付いた同原告から交付した金員の返還を求められるや、五〇〇万円の損が出たなどと申し向け、なんとしても損害を回復したいと必死の思いである同原告の窮状につけ込み、これから金相場は上るので今度は絶対に損はしない、私が責任を持つから金二〇枚を買つてくれなどと言葉たくみに申し向けて、同原告をして被告桝田が真実損害を回復してくれるものと誤信させて更に予約金八〇〇万円を交付させたものであつて、以上の被告桝田の行為を全体として観察するならば、本件委託契約及びこれに基づく予約金の交付は被告桝田の詐欺ないし違法な手段方法で他人の窮状につけ込んだ行為として、不法行為を構成するものというべきであり、同原告は右行為により予約金額合計金一六〇〇万円と同額の損害を被つたものというべきである。

よつて、被告桝田は民法第七〇九条により同原告に生じた右金額の損害を賠償する義務がある。また、被告会社は被告会社の企画・実施する本件取引の勧誘に際し被告桝田の行なつた右行為について民法第七一五条第一項により同原告に対し同じく損害を賠償する義務がある。

Ⅲ  第三及び第四事件

一反訴請求原因1の事実は、<証拠>により明らかであり、同2の事実(本件各委託契約締結及び予納金の交付)は当事者間に争いがなく、同3の事実は原告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

二そこで同4について、以下原告K、同北澤、同Mの順に判断する。

1  原告K関係

<証拠>によれば、被告会社は原告Kに関し別表二の(一)ないし(一〇)記載の各取引をしたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。そして右取引のうち、別表二の(一)ないし(九)記載の各取引については同原告が指示を与えたものであることは当事者間に争いがない。

そこで同表(一〇)1及び2記載の各取引について同原告が指示を与えたか否かを検討するに、被告堤野は同表(一〇)1記載の取引は被告桝田が昭和五五年四月二七日ころ同原告から金一七キログラムにつき単価五〇〇〇円程度の指値による買い注文をうけてなされたものであり、同原告は右取引後の同年五月三一日付内容証明郵便で右取引はしていないと文句を言つてきたが、被告桝田が同原告に電話をかけて、右取引は同原告が指値で注文をしたもので、同原告が勘違いをしているとの説明をしたところ、同原告も結局納得したものであり、同表(一〇)2記載の取引は、同表(一〇)1記載の取引について追加予約金を入れる事由が生じたので被告堤野が同原告にその旨連絡したが、追加予約金が支払われなかつたため被告会社の判断により売り仕切りとして取引したものである旨被告会社の主張に沿つた供述をしている。しかしながら、<証拠>によれば次の事実を認めることができる。

(一) 同原告は、前示のとおり別表二の(一)ないし(八)及び(九)1の取引をしてきたが、昭和五四年八月以降からは、被告会社から送付されてくる金相場情報とは別に自ら経済新聞をとつて右両者に掲載されている金相場を比較し、後者では国内金相場が二倍になつたりしているのに被告会社のそれは変動が少なくかなりくい違つているなど不審な点を発見したこと、昭和五五年になって、新聞紙上等において、金取引に関する悪徳商法の報道がなされ、加えて被告堤野が金相場についてあやしげな説明をしたりしたことから被告会社に不信感を持ち、被告会社との取引を打ち切ろうと考え、別表二の(九)2記載の取引を最後に同年五月の決済日に精算する旨を被告堤野に申し渡し、同被告はこれを了承した。この時点で同原告には金一四六万二〇〇〇円の利益が上つていた(予約金も含めると同原告が同被告に請求し得る額は金六六四万円となる。)。

(二) 昭和五五年四月一九日になつて被告桝田が同原告を訪れ、更に買いを建てないかと勧誘したが、同原告はこれを断つた。ところが同年五月二七日になつて被告桝田は同原告の勤務先に別表二の(一〇)1記載の取引をしたという内容の連絡をしてきた。

(三) そこで同原告は、同年五月三一日被告会社に対し、別表二の(九)2記載の取引を最後に精算する約束になつていた筈であり、同表の(一〇)1の取引を指示したことはないから、金六六四万円の支払いを求める旨の内容証明郵便を出し、更に同年六月二日、被告会社から送付されてきた別表二の(一〇)1記載の取引を報告した売買報告書を被告会社に返送した。

(四) その後被告桝田から何度も相場が下がり損金が出ているので追加保証金を納入するか損金を支払つて仕切るかして欲しいとの連絡があつたが、同原告はこれを無視していた。そうするうち、同年八月三〇日ころになつて被告桝田からまた同一内容の連絡があり、同原告がこれに応じなかつたところ、被告桝田は同原告に対し、明日仕切ると通告した。そして被告会社は別表二の(一〇)1の取引を同年九月一日に仕切つた(これが同表の(一〇)2記載の取引である。)。

以上認定の事実に照らすと、前示被告堤野の供述はにわかに措信し難く、そうすると別表二の(一〇)1の取引が同原告の指示に基づいてなされたものとは認められないのであつて、他にこれを認定するに足りる証拠はない。そして右のとおり同表(一〇)1記載の取引が同原告の指示に基づくことを肯定できない以上、同表(一〇)2記載の取引により生じた損金について同原告が責任を負ういわれはないものというべく、同表(九)2記載の取引までに同原告が金一四六万二〇〇〇円の差益を有していたことは前示のとおりであるから、被告会社の同原告に対する請求はその余の請求原因事実を判断するまでもなく理由がない。

2  原告北澤関係

<証拠>によれば、被告会社は原告北澤に関し別表三の(一)及び(二)記載の各取引をしたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。そして右取引のうち別表三の(一)1記載の取引については同原告が承諾を与えたものであることは当事者間に争いがない。

そこで同表(一)2及び(二)1、2記載の各取引に同原告が指示を与えたか否かを検討するに、被告堤野は、同表(一)2記載の取引は、同被告が同原告の売りの指示を受けたものであり、同表(二)1記載の取引は、被告桝田が同原告方に赴き、同原告から直接注文を受けたもの、同表(二)2記載の取引は、被告桝田から同原告に対し、追加予納金を支払うように催告したところ、同原告がこれを拒絶して手仕舞いするように同被告に申し入れたので同被告が右申し出どおり仕切つたものである旨被告会社の主張に沿う供述をしている。しかしながら、前示のとおり、同原告は、昭和五四年一二月二二日本件貴金属延べ勘定取引は金の現物取引であると誤信して六〇万円で買える重量の金を購入しようとして本件委託契約を締結し金六〇万円を被告会社に交付したものであるところ、<証拠>によれば更に次の事実が認められる。

(一) 同原告が右のとおり金六〇万円を被告会社に交付した後、被告会社から「予約金預り証」と題し、六〇万円を国際金市場における金地金の売買取引についての予約金として正にお預りいたしましたとの記載のある書面が送付され、更に金二キログラムを買つた旨の売買報告書(これが別表三(一)1記載の取引である。)が送付された。同原告は右各書面を見て意図していた現物取引とは異なる印象を持ち、また新聞紙上あるいはテレビ等で金取引に関する悪徳商法が報道されていることを知り、不安になつて、本件委託契約を解約して六〇万円を回収しようと決意した。

(二) そこで同原告は、昭和五五年一月被告会社従業員吉田芳則に対し、右解約及び金六〇万円の返還を申し出た。これに対し右吉田は、解約するには別表三(一)1記載の取引につき売りを建てなければならない旨及び六〇万円の返還については、被告会社は現在非常に忙しい時期であるし、ほかに解約する人も沢山いる、立替払いは実績による順番がある、同原告は取引回数も少なく実績がないので順番を待つてほしい旨の説明をしたので、同原告は、右取引をやむをえず承諾し、同表(一)2記載の取引がなされた。その後被告会社から同原告に宛てて昭和五五年一月二三日付で金七三万四〇〇〇円と益金が生じた旨の売買報告書が送付されてきた。

(三) その後しばらくたつた同年四月末ころ、被告桝田が同原告方を訪れ、同原告に対し、買い増しを勧め、今買えば儲かるしその方が得である旨話したが、同原告は前示のとおり解約精算の意向だつたので被告桝田の勧誘を拒否した。

(四) ところが、別表三(一)の取引の勘定月とされていた同年一一月二七日になつて被告会社から同原告に対し同年一一月二五日付の新規買いの売買報告書が送付されてきた(これが別表三(二)1記載の取引である。)。そこで同原告は、被告会社北海道支店に電話をかけ、支店長の被告堤野に対し、右売買報告書に記載されているような金を買つた覚えはないと抗議したところ、同被告は、被告桝田が同原告方を訪れ、同原告から買い注文を受けたので右取引をした。会社にミスはないと述べた。そこで同原告は、被告堤野に対し、被告桝田との面会を求めたところ、被告堤野は、桝田は行方不明であると答えた。

(五) そうしているうちに更に同年一二月一七日付で別表三(二)2記載の取引をなした旨の売買報告書が被告会社から同原告に対し送付された。そこで同原告は、被告会社に対し、同年一二月二三日付内容証明郵便で、これまでの取引経過並びに別表三(二)1及び2記載の各取引は同原告に無断でなされたもので絶対に承服できない旨を通告し、右郵便はそのころ被告会社に到達した。

以上のとおり認められ、右認定事実に照らすと前示<証拠>はにわかに信用できない。そうすると、同原告が別表三(二)1及び2記載の各取引について指示を与えたことは認めるに足りないといわざるを得ず、他に同原告が右指示を与えたことを認めるに足りる証拠はないので、右の取引による損金を同原告の負担とすることはできず、また同原告には、同表(一)1及び2記載の取引により金七三万四〇〇〇円の益金が生じていることは前示のとおりであるから、被告会社の同原告に対する本件反訴請求はその余を判断するまでもなく理由がない。

3  原告M関係

<証拠>によれば、被告会社は原告Mに関し別表四の(一)及び(二)記載の取引をしたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。そして右取引のうち、別表四の(一)1及び2記載の各取引については同原告が承諾を与えたものであることは当事者間に争いがない。

そこで同表(二)1及び2記載の取引について同原告が指示を与えたか否かを検討するに、被告堤野は、同表(二)1記載の取引は被告桝田が同原告方を訪れて同原告に対して買いを勧め、その後右勧誘をうけて同原告が電話で注文した結果なされたものであり、同原告は右取引をした後二日位経つてから自分が買つた金の限月における価格がどうなつたかを被告会社に問い合わせており、その問い合わせは三、四回あつた、そして右取引の後一週間位経つて金価格が七、八〇〇円位下がつてから同原告は自分はそのような註文はしたことがないと被告会社に文句を言つてきた、更に日が経つにつれて同原告の損がかさんできたため被告会社は同原告に何度もどうするのか連絡をしたが同原告は都合が悪くなつてからは右取引は知らないの一点張りであつた、そこで被告会社の代理人は右取引を手仕舞いする旨同原告に通告し、同表(二)2記載の取引がなされた旨被告会社の主張に沿う供述をしている。しかしながら前示のとおり同原告は本件貴金属延べ勘定取引が相場取引であることを知つていたものであるところ、<証拠>によれば次の事実が認められる。

(一) 同原告は、昭和五五年一月一一日その指示により別表四(一)1記載の取引をした(この取引が同原告の意思に基づくものであることは当事者間に争いがない。)。しかしその直後、金取引に関する悪徳商法が新聞報道されたため、同原告は本件貴金属延べ勘定取引に疑問を持ち、通産省の消費者相談室や悪徳商法救済対策委員会に相談を持ちかけたところ、すぐ取引をやめるようにと助言されたため、同原告は同年一月二一日被告会社に対し売りの指示をし、同表(一)2記載の取引がなされた。同原告には、この二回の取引により金八二万八〇〇〇円の利益が生じた。

(二) 同原告は、以後被告会社とは取引をしないことを決め、被告会社に対し、同年一月二四日付内容証明郵便で精算を申し出、前記予約金六〇万円及び右二回の取引による益金の支払いを催告し、同年二月下旬被告会社北海道支店に赴いたが、その際、被告堤野は、同原告に対し、被告会社は現在非常に業務が混雑しているので四月にまた来てほしいと申し入れた。そこで同原告は、同年四月上旬再び被告会社北海道支店を訪れたが、被告堤野は、同原告に対し、立替金は取引回数、取引金額の多い方から支払つている、同原告については取引回数が少ないので精算は昭和五六年一月になると述べた。

(三) 昭和五五年八月下旬ないし九月上旬ころになつて被告桝田が同原告方を訪れ、新たに取引をしないかと持ちかけたが、同原告が被告会社のことは弁護士に任せてあると話をすると同被告はすぐ帰つていつた。同原告は、同年中に本件貴金属延べ勘定取引の精算を原告ら代理人に委任した。

(四) その後しばらく経つた昭和五六年一月下旬ないし二月上旬ころ、被告会社から同原告に宛てて、同年一月二六日付で別表四(二)1記載の取引をした旨の売買報告書が送付された。しかしながら同原告は、同年一月二六日に成田から出国し同年二月六日に帰国するまでロスアンゼルス、ニューヨーク及びカナダ方面に海外旅行に出かけ不在であつたことから、同原告の妻は、弁護士横路民雄に委任し、同弁護士を通じて被告会社に宛てて、右取引には同原告は関知していない旨を通告した。その後被告会社代理人から、同年九月四日到達の内容証明郵便で同原告に対し、被告会社としては別表四の(二)1記載の取引を決済しないで限月まで放置するわけにもいかないので同原告の返事の有無にかかわらず決済する旨の通知がなされ、同表(二)2記載の取引がなされた。

以上のとおり認められ、右認定事実に照らすと前記<証拠>は到底信用できない。そうすると、同原告が別表四の(二)1及び2記載の各取引について指示を与えた事実を認めることができず、他に同原告の右取引についての指示を認めるに足りる証拠はない。してみると別表四の(二)1及び2記載の取引による損金を同原告に負担させることはできず、また同表(一)1及び2記載の取引により金八二万八〇〇〇円の益金が生じていることは前示のとおりであるから、被告会社の同原告に対する本件反訴請求はその余を判断するまでもなく理由がない。

Ⅳ  結論

以上の次第で原告北澤の被告会社及び被告堤野に対する本訴請求、原告川田の被告会社及び被告桝田に対する本訴請求はいずれも理由があるから、これを認容することとするが、原告K及び同Mの各本訴請求、原告北澤の被告桝田に対する本訴請求並びに被告会社の原告K、同北澤及び同Mに対する各反訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(原健三郎 福島節男 下野恭裕)

別表一ないし四<省略>

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