札幌地方裁判所 昭和57年(ワ)2898号 1984年12月17日
当事者
別紙当事者目録のとおり
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
〔請求の趣旨〕
一 被告は、次の金員をそれぞれ支払え。
1 別紙請求債権目録の番号1ないし48の原告ら各自に対し、同目録の請求債権欄記載の金員のうち各原告に対応する期末手当欄記載の金員及びこれらに対する昭和五六年四月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員
2 別紙請求債権目録の番号1ないし7、9、10、12ないし14、16ないし26、29ないし31、33ないし37、40ないし45の原告ら各自に対し、同目録の請求債権欄記載の金員のうち各原告に対応する定着奨励金欄記載の金員の三分の二に相当する金員(別紙定着奨励金内訳表の2/3相当額欄記載の金額)及びうち二分の一相当額(同表の2/3相当額欄記載の金額の二分の一の金額)に対する昭和五八年四月一日から、うち二分の一相当額(右に同じ)に対する昭和五九年四月一日から、各支払ずみまで年六分の割合による金員
3 2掲記の原告ら各自に対し、昭和六〇年四月一日以降、別紙請求債権目録の請求債権欄記載の金員のうち各原告に対応する定着奨励金欄記載の金員の三分の一に相当する金員(別紙定着奨励金内訳表の1/3相当額欄記載の金額)及びこれらに対する同日から支払ずみまで年六分の割合による金員
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行の宣言
〔請求の趣旨に対する答弁〕
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
〔請求原因〕
一 当事者
1 被告は、鉱業及び鉱物の売買、運送業並びにこれらに関する委託業務等を目的とする資本金七〇億二二〇七万円の株式会社である。
2 原告らは、被告会社に雇用されていた労働者で、その在職期間中夕張炭鉱労働組合に加入していたが、別紙請求債権目録の番号30の原告を除くその余の原告らは昭和五二年の九月又は一〇月(ただし、同目録の番号36の原告は同年七月三一日、同じく番号34の原告は同年一一月一日)に夕張新第二炭鉱を最後に、番号30の原告は昭和五三年二月二二日に化成工業所を最後に被告会社をそれぞれ退職した。
3 夕張炭鉱労働組合は、日本炭鉱労働組合(以下「炭労」という。)の構成員であるとともに、被告会社関連組合とともに北海道炭礦汽船株式会社労働組合連合会(以下「北炭労連」という。)を構成している。
二 期末手当
1 被告は、昭和五一年一〇月一九日、炭労及び北炭労連との間で、昭和五一年度上期及び下期の各期末手当を大手四社妥結額と同額とし、そのうち五五パーセント相当額を年内に支払い、残額を昭和五四年度及び昭和五五年度に支払う旨の協定を締結した。
2 被告は、昭和五二年七月二六日、炭労及び北炭労連との間で、昭和五二年度上期の期末手当を大手四社妥結額と同額とし、そのうち六〇パーセント相当額を盆前に支払い、残額を昭和五五年度に支払う旨の協定を締結した。
3 被告は、昭和五二年一一月二五日、炭労及び北炭労連との間で、昭和五二年度下期の期末手当を大手四社妥結額と同額とし、そのうち六〇パーセント相当額を年内に支払い、残額を昭和五五年度に支払う旨の協定を締結した。
4 被告は、昭和五一年度及び昭和五二年度の上期及び下期の各期末手当を当該年度に支払うべき金員しか支払っていない。したがって、原告ら各自は、被告に対し、なお別紙請求債権目録の請求債権欄記載の金員のうち各原告に対応する期末手当欄記載のとおり期末手当債権を有する。
5 よって、原告ら各自は、被告に対し、別紙請求債権目録の請求債権欄記載の金員のうち各原告に対応する期末手当欄記載の期末手当及びこれらに対する最終弁済期の翌日である昭和五六年四月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
三 定着奨励金
1 被告は、昭和四五年九月二九日、北炭労連との間で、定着奨励金について次のとおりの協定を締結した。
被告は、昭和四五年一〇月一日在籍者で、同日から三年間勤続し、各年の実出稼率又は三年間の通算出稼率が、坑内員については八二パーセント、坑外員については九五パーセントに達した者に対し、同日現在の年齢区分により定着奨励金を支払う。
(一) 第一回分は、昭和四八年九月三〇日に受給資格を取得した者に対し、左記の年齢区分により支払う。
記
坑内員
満一八歳以上満三一歳未満の者 二五万円
満三一歳以上満四一歳未満の者 二〇万円
満四一歳以上満四六歳未満の者 一五万円
満四六歳以上満五〇歳未満の者 一〇万円
満五〇歳以上満五二歳未満の者 五万円
坑外員
満一八歳以上満五〇歳未満の者 二万円
満五〇歳以上満五二歳未満の者 二万円
(二) 第二回分は、第一回分の受給者で、昭和四八年一〇月一日から引き続き昭和五一年九月三〇日までの三年間に、なお前記の出稼率を満たした者に対し、左記の年齢区分により支払う。
記
坑内員
満一八歳以上満三一歳未満の者 二五万円
満三一歳以上満四一歳未満の者 二〇万円
満四一歳以上満四六歳未満の者 一五万円
満四六歳以上満五〇歳未満の者 一〇万円
坑外員
満一八歳以上満五〇歳未満の者 二万円
2 被告は、1の定着奨励金を第一回分の金員しか支払っていない。したがって、別紙請求債権目録の番号1ないし7、9、10、12ないし14、16ないし26、29ないし31、33ないし37、40ないし45の原告ら各自は、被告に対し、なお同目録の請求債権欄記載の金員のうち各原告に対応する定着奨励金欄記載のとおり定着奨励金債権を有する。
3 被告は、昭和五三年五月二六日、北炭労連との間で、定着奨励金について昭和五七年度から三か年間の均等払とする旨の協定を締結した。そのため、2掲記の原告らも、夕張新第二炭鉱の閉山によって被告会社を退職した際(ただし、別紙請求債権目録の番号30の原告は化成工業所の閉鎖によって被告会社を退職した際)に定着奨励金の支払時期の決定に関する権限を夕張新炭鉱労働組合ないし北炭労連に委任しており、この弁済期の変更についての拘束を受けるので、定着奨励金については、その三分の一に相当する金員が弁済期未到来ということになる。しかし、被告は、本訴で定着奨励金の支払債務を否認しており、相当額の債務超過の状態にあって、それを解消する目処がつかないのであるから、弁済期未到来の金員について将来の給付判決を求める必要性がある。
4 よって、2掲記の原告ら各自は、被告に対し、別紙請求債権目録の請求債権欄記載の金員のうち各原告に対応する定着奨励金欄記載の定着奨励金の三分の二に相当する金員(別紙定着奨励金内訳表の2/3相当額欄記載の金額)及びうち二分の一相当額(同表の2/3相当額欄記載の金額の二分の一の金額)に対する弁済期の翌日である昭和五八年四月一日から、うち二分の一相当額(右に同じ)に対する弁済期の翌日である昭和五九年四月一日から、各支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うこと、並びに、昭和六〇年四月一日以降、同目録の請求債権欄記載の金員のうち各原告に対応する定着奨励金欄記載の定着奨励金の三分の一に相当する金員(同表の1/3相当額欄記載の金額)及びこれらに対する弁済期の翌日である同日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
〔請求原因に対する認否及び被告の反論〕
一 請求原因に対する認否
1 請求原因第一項1の事実を認める。同項2のうち原告らが被告会社を退職した時期を除くその余の事実を認める。原告らが退職した日は、別紙請求債権目録の番号30の原告が昭和五三年二月二二日、同じく番号36の原告が昭和五二年七月三一日(いずれも原告ら主張のとおり)であるほか、いずれも昭和五二年九月一五日である。同項3の事実を認める。
2 請求原因第二項1のうち、被告が昭和五一年一〇月一九日に炭労及び北炭労連との間で昭和五一年度上期及び下期の各期末手当を大手四社妥結額の五五パーセント相当額とする旨の協定を締結したことは認めるが、その余の事実は否認する。同項2のうち、被告が昭和五二年七月二六日に炭労との間で昭和五二年度上期の期末手当を大手四社妥結額の六〇パーセント相当額とする旨の協定を締結したことは認めるが、その余の事実は否認する。同項3のうち、被告が昭和五二年一一月二五日に炭労との間で昭和五二年度下期の期末手当を大手四社妥結額の六〇パーセント相当額とする旨の協定を締結したことは認めるが、その余の事実は否認する。なお、被告は、各協定に基づき、昭和五一年度及び昭和五二年度の上期及び下期の各期末手当を既に支払っている。同項4の事実を否認する。ただし、原告らは、本訴で期末手当について大手四社妥結額と被告の期末手当額との較差額の支払を求めているのであるが、その較差額は、別紙請求債権目録の番号27の原告の昭和五二年度上期の期末手当の較差額が計算上一一万二一七三円になるほか、いずれも計算上原告ら主張の金額になることは認める。
3 請求原因第三項1及び2の事実を認める。同項3のうち、被告が昭和五三年五月二六日に北炭労連との間で定着奨励金について昭和五七年度から三か年間の均等払とする旨の協定を締結したことを認める。
二 被告の経営危機と再建計画の推移
1 被告は、昭和三〇年代後半からのエネルギー革命による石炭産業の斜陽化のため、その財務体質が徐々に弱まり、昭和四二年に石炭鉱業再建整備臨時措置法に基づく再建整備計画の認定を受け、同年及び昭和四四年の二回にわたり、総額約一九七億円に上る債務について国の元利補給金の交付(債務の肩代わり)を受け、再建整備を進めるという状況にあった。
他方、被告の既存の炭鉱五山(夕張一鉱、夕張二鉱、平和、清水沢、真谷地)は、いずれも深部化あるいは骨格構造の複雑化により経済的可採炭量が枯渇化して出炭不振に陥るようになった。
そこで、被告は、これらの経営上の悪条件を打開するため、政府の許可を受けて、昭和四五年一〇月、高品位の石炭を埋蔵する夕張新炭鉱の開発に着手し、会社の経営改善に乗り出すことになった。
2 ところが、被告が会社の再建を図る柱とした夕張新炭鉱の開発は、深部という厳しい自然条件に阻まれて計画どおり進展せず、そのために出炭開始の遅延を来したのみならず、ナイルショックによる物価の急騰の影響もあって、その開発費用が当初の予想額約一六〇億円をはるかに越える約三〇六億円になり、被告の財務内容は、ますます悪化する結果になった。
夕張新炭鉱は、昭和五〇年六月、ようやく営業出炭を開始したが、同鉱と並んで被告の主力炭鉱である幌内炭鉱において、同年一一月、大規模のガス爆発に続いて坑内火災事故が発生し、やむを得ず鎮火のために全山を水没させたので、長期にわたって出炭が不能になり、被告は、未曽有の経営危機に直面することになった。
すなわち、被告の昭和四六年度から昭和四九年度までの各年度の総出炭量は三五〇万トン前後で推移していたが、昭和五〇年度は一挙に約二八二万トン、昭和五一年度は約二三一万トンに急落し、これに伴い、累積損失も、昭和四九年度末は約三四四億円であったものが、昭和五〇年度末は約四六八億円、昭和五一年度末は約六二七億円に急増し(昭和五一年九月末段階の累積損失は約五三六億円、借入金残高は約九四五億円であった。)、倒産直前の状態に陥ったのである。
3 被告は、昭和五一年一〇月一九日、幌内炭鉱の復旧及び夕張新炭鉱の日産五〇〇〇トン体制の早期確立を二本柱とする再建計画案を作成し、組合の同意を得て政府に提出し、石炭鉱業審議会の審議を経て計画案に若干の修正を加えたうえ、昭和五二年九月、石炭鉱業再建整備臨時措置法に基づく再建整備計画の変更の認定を受けた。その結果、被告は、政府から幌内炭鉱復旧費として八二億円、金融機関から再建資金として一二六億円の各融資を受け、また、従来の債務(元本二七八億円、利息二三六億円)について昭和五六年度まで弁済の猶予を得て危機を逃れた。
この再建計画は、幌内炭鉱の復旧及び夕張新炭鉱の日産五〇〇〇トン体制の早期確立のほか、他の既存の炭鉱の出炭体制の整備、附帯事業部門の合理化を基本としつつ、設備投資計画、人員計画及び財務計画を全面的に再編し、政府、金融機関及びユーザーの支援(融資及び弁済の猶予)を得ようとするものである。
再建計画が右のようなものである以上、専ら外部に依存するのみでなく、被告自らの再建への自己努力が求められることは当然であり、被告は、会社の再建について炭労及び北炭労連と折衝を重ね、その同意を得て、役員及び管理職社員の給与カットを継続する一方、組合に対しては、昭和五一年度の期末手当について大手四社との較差支給を要請するとともに、昭和五二年度は、その時点で賃金及び期末手当の較差支給について協議する旨を再建計画の中に盛り込むことになった。
三 期末手当較差額の権利性について
1 昭和五一年度上期の期末手当については、炭労及び北炭労連から昭和五一年七月一六日付けで鉱員平均四〇万円の要求書の提出があり、翌一七日から被告との交渉が持たれたけれども、折しも被告が前記の再建計画の策定作業中であったことから、これをめぐる労使の協議と平行して交渉が進められた。その結果、組合側も被告の窮境と賃金の抑制を含む自己努力の必要を理解し、同年一〇月一九日、労使が一致協力して被告の再建計画の完遂を期することを目的とする協定(以下、これを「基本協定」という。)を締結した。
2 基本協定では、昭和五二年度の鉱員の賃上額を大手四社妥結額の七〇パーセント相当額とするとともに、昭和五一年度上期及び下期の各期末手当は、「大手4社妥結額の55%とする。但し、較差分については、経営状況が好転した場合に考慮する。」旨合意され、この趣旨が前記のとおり再建計画にも盛り込まれることになったのである。
これは、被告が未曽有の経営危機に直面して大手四社並みの支払能力を欠いていたばかりでなく、政府、金融機関及びユーザーの支援を得て会社の再建を果たすためには、労使一体の再建への自己努力の方法として期末手当額を大幅に抑制しなければならず、他社並みの期末手当を支払うことが許される情勢になかったことを労使共通の認識とし、ここに期末手当の支給について大手四社と較差を設けることもやむを得ないとの基本的合意に達したものである。
基本協定に「但し、較差分については、経営状況が好転した場合に考慮する。」というのは、組合員の労働意欲や会社の将来に対する期待を維持高揚させるための方策として、将来被告の経営が好転した場合に較差額を支払うことを「努力目標」とし、労使が会社の再建に努力する決意を表明した趣旨である。
3 昭和五二年度上期及び下期の各期末手当についても、被告及び炭労は、昭和五二年七月二六日及び同年一一月二五日、基本協定における合意の趣旨に準拠して、大手四社妥結額の六〇パーセント相当額とする旨の各協定を締結した。
なお、昭和五二年度は既に再建計画が実施に移された年であるが、幌内炭鉱の操業の再開が昭和五二年一〇月になったうえ、夕張新炭鉱の出炭が計画量に達せず、再建計画の遂行それ自体が極めて困難な状況になり、昭和五三年七月、再建計画を更に修正せざるを得ない事態になった。したがって、昭和五二年度上期及び下期の各期末手当に関する協定は、被告にとって一層困難な状況が進行していく過程でのものであり、組合側が被告の経営状況に対して十分な理解を示したものなのである。
4 ところが、各期末手当に関する協定を締結するに際し、被告と炭労及び北炭労連との間には、各議事確認(甲第三号証の二、第四号証の二)が取り交わされ、前記の各協定と明らかに矛盾する大手四社妥結額と同額の期末手当を支払う旨の記載がされている。
しかし、労使間における合意の基礎となるのは、あくまでも基本協定(乙第三号証)であり、その趣旨を受けて合意された各協定書(乙第四号証、第五号証)であって、これらの協定書と矛盾する内容の各議事確認が基本協定等を覆すものではあり得ず、各議事確認の趣旨は、基本協定等の趣旨に照らして、これらと統一的に理解されなければならない。
そうすると、当時の被告の経営環境を知る者にとっては、各議事確認は、あくまで基本協定のただし書と同様の趣旨による労使双方の努力目標を謳ったものにほかならず、そこに記載されている較差額の支払期限も一つの努力目標であり、このように解して初めて基本協定にいう「経営状況が好転した場合に考慮する。」という趣旨と各議事確認とを統一的に理解し得るのである。昭和五二年度下期の期末手当に関する昭和五二年一一月二五日付け議事確認(乙第六号証)に較差額の支払について「努力する。」との表現が用いられていることは、正にこの証左である。
5 ただ、被告は、昭和五三年五月一〇日、炭労及び北炭労連との間で、前記の較差額を昭和五七年度から五か年で支払い、かつ、「銀行1年定期預金利子」を付する旨の議事確認(甲第六号証)を取り交わしている。
しかし、この議事確認は、再建計画の見直しを余儀なくされた時期に合意されたものであり、被告が昭和五七年度から較差額を確実に支払える見込みはどこにもなく、既に較差額の支払期限を明記した前記の各議事確認が存在する関係で、努力目標の時期を形式的に延長しているにすぎない。銀行利子といっても、利率や単利・複利の別が定められていない異例なものであることも、右の合意が努力目標であったことを示している。
6 以上のとおり、各議事確認は、被告が期末手当について大手四社妥結額と被告の期末手当額との較差額の支払債務を承認する確定的な意思を表示したものではなく、原告らは、そもそも期末手当較差額の支払を請求する権利を有しない。
〔抗弁〕
一 期末手当の請求に対する抗弁
1 心裡留保
仮に期末手当について較差額の支払が確定的な債務であるとしても、被告は、各議事確認を作成した当時、再建計画の第一歩を踏み出したばかりの段階であり、昭和五二年度は早くも再建計画自体の修正を迫られつつある時期であったから、期末手当について各議事確認に定められた昭和五四年度及び昭和五五年度に較差額を支払うことは全く不可能であって、被告には、これを支払う意思がなかった。
他方、各議事確認の相手側である炭労及び北炭労連においても、被告の経営内容を熟知しており、労使一体となって会社の再建による雇用確保を企図していたもので、期末手当について較差額の支払を請求する意思はなく、組合員の労働意欲の喪失防止等を配慮して議事確認の形式で各協定を締結したのであって、被告に較差額を支払う意思がないことを知っていたから、各議事確認による意思表示は心裡留保により無効である。
2 自然債務
仮にそうでないとしても、1の各協定は、被告の経営危機という支払の目処がつかない特殊の状況の下で締結されたものであるから、被告の経営状況が好転した場合には、その支払能力に応じて任意に期末手当の較差額を支払うというものであって、原告らが訴訟によってその支払を請求することのできない債務である。
3 停止条件
1の各協定は、再建計画に基づいて被告の経営状況が好転(被告の収益力が回復して黒字基調が定着することであり、少なくとも単年度の経常損益が相償う状況になることを指す。)し、被告が経理上無理なく期末手当の較差額を支払える能力を回復することを前提条件としたものである。
二 定着奨励金の請求に対する抗弁
定着奨励金は、被告と北炭労連との間のその後における折衝の結果、その性質が変化し、被告の業績が向上して経営状況が好転した場合に支払えば足りるものになった。
1 被告は、昭和五三年五月二六日、北炭労連との間で、定着奨励金について再建期間の終了した後の昭和五七年度から三か年間の均等払とする旨の協定を締結した。
被告は、当時、昭和五一年に策定した再建計画の見直しを迫られる窮境にあり、昭和五三年一月一八日には、修正再建計画を策定する前提として組合側の理解と協力を得るため、炭労及び北炭労連と「再建計画見直しに関する基本協定」を締結し、更に同年五月一〇日、この協定を踏まえて、昭和五六年度末までの労働条件に関し、労使一体の自己努力をするため、昭和五三年度のべースアップを行わないこととし、同年度から昭和五六年度までの期末手当をいずれも大手四社妥結額の五〇パーセント相当額とする旨の協定を締結した。
そのうえで、前記のような昭和五三年五月二六日の協定に至ったもので、この協定は、被告が昭和五七年度から定着奨励金を支払うという期限を明らかにした趣旨ではなく、被告の再建期間が昭和五六年度までであったことから、再建期間が経過し、被告の経営状況が好転してから支払えばよいとの条件を付したものである。
2 ちなみに、被告は、夕張新炭鉱の出炭が計画量に達しなかったため、昭和五二年八月ころから再建計画を練り直す検討を始め、昭和五三年七月、夕張新炭鉱、幌内炭鉱及び真谷地炭鉱の石炭生産部門をそれぞれ独立の会社として被告から分離し、被告と生産各社がそれぞれの経理基盤を安定させて自立再建を図ることを内容とする修正再建計画を策定することになり、これによって、その資産及び債務の一部を生産各社に営業譲渡したのであるが、生産各社は、石炭生産部門の分離後である昭和五六年三月、修正再建計画が未達に終わったことから新再建計画を策定し、各組合の同意を得て、これを政府に提出している。しかし、定着奨励金については、その計画に全く掲げられておらず、各組合とも、定着奨励金の支払を得られないことはやむを得ないと考えている。
また、北炭夕張炭鉱株式会社(以下「更生会社」という。)は、昭和五六年一二月一五日に会社更生法による更生手続開始の申立てをし、札幌地方裁判所は、昭和五七年四月三〇日に更生手続開始の決定をしたが、更生会社に係る旧労務債について、被告、炭労、夕張新炭鉱労働組合及び北炭夕張炭鉱職員組合の間で、「旧労務債支払協定」が締結され、組合員の未払退職金、社内預金、賃金給料留保分、有給休暇買上分残高、合計八九億二一〇〇万円について、被告が社会的混乱を避けるためにその支払を約したけれども、昭和五一年度及び昭和五二年度の上期及び下期の各期末手当の較差額はもちろん、定着奨励金も除外されており、組合関係者も、現在の被告及び更生会社の現状ではこれを支払わないこともやむを得ないとする点で争いはなかった。
3 もっとも、昭和五三年五月二六日の協定は、原告ら(ここでは、本訴で定着奨励金の支払を求めている原告らのことをいう。以下同じ。)が被告会社を退職した後、被告と北炭労連との間で締結されたものであるが、この協定が原告らを拘束する根拠は、次のとおりである。
被告においては、遅くとも昭和二〇年代後半から、退職者の福利厚生の問題や、その後退職者に対する退職金の支払が被告の経営事情から遅滞した場合において、組合がこれらの問題を取り上げて労使交渉の対象とすることが慣習的に行われており、原告らも、定着奨励金について被告と組合との合意に基づいて行動している。また、かつて退職者から定着奨励金の支払について問合せがあった場合にも、被告は、組合との合意に準拠して処理する旨回答するのが常であり、これに対して退職者から異議を述べられたことはなかった。
したがって、原告らは、被告会社を退職した際、原告らの所属する山元の組合又は北炭労連に対し、定着奨励金に関する代理権を与えたものと解すべきである。仮にそうでないとしても、原告らは、昭和五三年五月二六日ころ、北炭労連が被告との間で締結した前記の協定を追認したものというべきである。
〔抗弁に対する認否〕
一 抗弁第一項1ないし3の事実を否認する。
二 抗弁第二項の冒頭部分の主張を争う。同項1のうち、被告が昭和五三年五月二六日に北炭労連との間で定着奨励金について昭和五七年度から三か年間の均等払とする旨の協定を締結したことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。同項2及び3の事実及び主張を争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおり
理由
一 当事者
請求原因第一項1の事実、同項2のうち原告らが被告会社を退職した時期を除くその余の事実及び同項3の事実は当事者間に争いがない。
二 期末手当の請求について
1 被告が昭和五一年一〇月一九日に炭労及び北炭労連との間で昭和五一年度上期及び下期の各期末手当を大手四社妥結額の五五パーセント相当額とする旨の協定を締結したことは被告の認めるところであり、同日付け各協定書(原本の存在とその成立に争いのない甲第三号証の一、成立に争いのない乙第三号証)が存在する。
また、被告が昭和五二年七月二六日に炭労との間で昭和五二年度上期の期末手当を大手四社妥結額の六〇パーセント相当額とする旨の協定を締結したこと及び被告が同年一一月二五日に炭労との間で同年度下期の期末手当を大手四社妥結額の六〇パーセント相当額とする旨の協定を締結したことも被告の認めるところであり、昭和五二年度上期の期末手当についてはその趣旨を記載した昭和五二年七月二六日付け協定書(成立に争いのない乙第四号証)、同年度下期の期末手当についてはその趣旨を記載した同年一一月二五日付け協定書(成立に争いのない乙第五号証)がそれぞれ存在する。
2 ところで、原告らは、昭和五一年度上期及び下期の各期末手当については大手四社妥結額の五五パーセント相当額、昭和五二年度上期及び下期の各期末手当については大手四社妥結額の六〇パーセント相当額の各支払を被告から受けたことを認めており(請求原因第二項1ないし4の主張事実参照)、本訴において、被告が炭労及び北炭労連との間で右の各期末手当を大手四社妥結額と同額とする旨の協定を締結した旨を主張して、期末手当について大手四社妥結額と被告から支払を受けた期末手当額との較差額の支払を求めているのであるが、その較差額が計算上原告ら主張の金額になることは、別紙請求債権目録の番号27の原告の昭和五二年度上期の期末手当の較差額について若干争いがあるけれども、その余の較差額については、いずれも被告の認めるところである。
3 昭和五一年度上期及び下期の各期末手当に関する原告らの主張に沿う書面として昭和五一年一〇月一九日付け議事確認(原本の存在とその成立に争いのない甲第三号証の二)が存在し、これには、「昭和51年度上期、同下期期末手当については、大手4社妥結額と同額とし、個人毎の配分をする。但し、内55%は、年内に支払い、残額については、昭和54年度及び昭和55年度に支払う。」と記載され、<秘>の判が押されている。
また、昭和五二年度上期の期末手当に関する原告らの主張に沿う書面として昭和五二年七月二六日付け議事確認(原本の存在とその成立に争いのない甲第四号証の二)が存在し、これには、「昭和52年度上期、期末手当については、大手4社妥結額と同額とし、個人毎の配分をする。但し、内60%は、盆前に支払い、残額については、昭和55年度中に支払う。」と記載され、<秘>の判が押されているほか、同日付け協定書(原本の存在とその成立に争いのない甲第四号証の一)が存在し、これは被告と炭労との間に取り交わされたものであるが、大手四社妥結額に近い金額である一人当たり平均三四万円を支払う旨の記載がされており、<秘>の判が押されている。同年度下期の期末手当に関する原告らの主張に沿う書面は同年一一月二五日付け議事確認(成立に争いのない乙第六号証)であり、これには、「昭和52年度下期期末手当については、大手4社妥結額と同額とし、個人毎の配分をする。但し、内60%は、年内に支払い、残額については、昭和55年度中に支払うよう努力する。」と記載され、<秘>の判が押されている。
4 被告は、3の各議事確認等による協定の趣旨を争い、更に、心裡留保、自然債務及び停止条件の抗弁を主張するので、まず、これらの協定が締結されるに至った前後の事実関係について検討する。
(一) (証拠略)によれば、被告の反論第二項(被告の経営危機と再建計画の推移)1ないし3の事実を認めることができる。
(二) (人証略)によれば、(1)昭和五一年度及び昭和五二年度の上期及び下期の各期末手当に関する被告と炭労及び北炭労連との労使交渉は、いずれも相当難航したけれども、数次にわたって交渉を重ねた結果、組合側も、未曽有の経営危機に直面している被告の経営状況の下では、被告に大手四社並みの期末手当を支払う能力がないことを十分に理解し、被告が支援を要請していた政府、金融機関及びユーザーに対する被告の経営姿勢の点からいっても、期末手当の支給について大手四社と較差を設けることもやむを得ないとの判断に達し、被告の資金繰りの問題についても十分に検討したうえ、期末手当を大手四社妥結額の五五パーセント相当額(昭和五一年度上期及び下期の分)及び六〇パーセント相当額(昭和五二年度上期及び下期の分)とする被告の各提案に同意し、1の各協定書による表協定が締結されたこと(なお、昭和五一年一〇月一九日付け各協定書には、昭和五一年度上期及び下期の各期末手当について、「大手4社妥結額の55%とする。但し、較差分については、経営状況が好転した場合に考慮する。具体的には別途協議する。」と記載されている。)、(2)更にその際、「働いている者に将来に対する一縷の望みを持たせるためにも、被告の経営状況が好転した場合には期末手当較差額の支払を考慮するぐらいの表現をしてもいいのではないか。」との組合側の強い要求に基づき、組合員の労働意欲や会社の将来に対する期待を維持させるためには、労使双方の努力によって被告の経営状況が好転した場合には、被告が期末手当について大手四社妥結額と被告の期末手当額との較差額を支払う旨を表明することが会社の再建を促進する方策であるとの考え方から、そのことも十分に話し合ったうえ、3の各議事確認等による裏協定が締結されたこと、(3)労使交渉の当事者達は、3の各議事確認等による裏協定に記載されている期末手当較差額の支払期限までに被告の経営状況が好転する見通しが立たず、かえって現状よりも悪くなるのではないかと心配していたけれども、心配ばかりしていて、働いている人に夢も希望もなくなってはいけないから、三、四年先には、あるいは石炭産業の状況が変わり、被告も現在の窮境から脱却できるかもしれないという期待を持ち、被告の経営状況が好転したならば、その支払能力に応じて較差額を支払うということで、右の支払期限を一つの努力目標として議事確認等に記載したものであること(なお、昭和五二年一一月二五日付け議事確認には、昭和五二年度下期の期末手当較差額について、前認定のとおり「昭和55年度中に支払うよう努力する。」と記載されている。)、(4)3の各議事確認等を<秘>の裏協定としたのは、被告が既に倒産直前の経営危機に陥っており、政府、金融機関及びユーザーの支援(融資及び弁済の猶予)を得て、石炭鉱業再建整備臨時措置法に基づく再建整備計画を達成しなければ当時の窮境から脱却できない状況にあったことに加え、政府(石炭鉱業審議会)から再三にわたって被告の依存的体質が鋭く指摘されていたうえ、労使双方にも厳しい再建への自己努力が求められていた折から、被告の経営状況が好転した場合との条件付とはいえ、もちろん書面上その記載がないし、「被告の経営状況が好転した場合に」などと考えること自体労使双方の事態の認識の甘さであり、それを追及されると、政府らの支援を得られなくなるおそれがあったからであること、(5)その後、被告は、昭和五三年五月一〇日、炭労及び北炭労連との間で、昭和五一年度及び昭和五二年度の上期及び下期の各期末手当較差額を昭和五七年度から五か年で支払い、かつ、「銀行1年定期預金利子」を付する旨の議事確認(原本の存在とその成立に争いのない甲第六号証)を取り交わしたが、この議事確認は、夕張新炭鉱の出炭が計画量に達しないことが要因になって再建計画の見直しを余儀なくされ、修正再建計画について組合側と協議している過程において、組合側の要求に基づいて話し合った結果、昭和五七年度から較差額を支払える見込みはなかったけれども、長期にわたる会社の再建計画を達成するための労使双方の取組意欲を考慮し、労使双方がそれぞれ被告の経営状況を好転させようという意欲を燃やすことが根本精神であるとの共通の認識の下で、あくまで被告の経営状況が好転することを前提としたうえ、被告が較差額を支払うときはこのように利子を付けようということで、3の各議事確認等に記載されている努力目標である支払期限を形式的に延長したものであること、(6)(証拠略)は、各個人ごとに期末手当較差額の具体的な金額を記入した被告作成の明細書であるが、この明細書は、昭和五六年五月か六月ころ、北炭労連から被告に対して、期末手当が大手四社妥結額の五五パーセント相当額又は六〇パーセント相当額と決められても、組合員にはその較差額が幾らであるかわからないので較差額を示してもらいたい旨の要請があり、被告は、労使間の努力目標である較差額を数字に表すとかえって混乱の元になるとして拒否したけれども、組合側から「将来払えるようになったら払うということなのだから、数字を入れて金額さえ見れば、もし被告の経営状況がよくなれば払うんだなと組合員が神棚にでも上げて楽しみにして働く、そのことまでも否定するのか。」といった趣旨の話もあって、単に較差額を示すだけの書面として原告らに交付されたものであること、(7)被告は、組合側が期末手当較差額について被告との合意と異なる不十分な説明を組合員にしていることを知り、組合幹部に対してもっと十分な説明を組合員にするよう要請していたこと、以上の事実を認めることができる。
5 4の(一)及び(二)に認定した事実によれば、被告は、昭和五一年当時、既に倒産直前の経営危機に陥っており、政府、金融機関及びユーザーの支援を得て再建計画を達成しなければ当時の窮境から脱却できない状況にあったことに加え、政府(石炭鉱業審議会)から被告の依存的体質が鋭く指摘されていたうえ、厳しい再建への自己努力を求められていたので、昭和五一年度及び昭和五二年度の上期及び下期の各期末手当を大手四社妥結額と同額とすることは、被告にとってはまず不可能なことであり、被告の経営状況が好転した場合に較差額を支払うなどと考えること自体、政府らから緊急事態に対する労使双方の認識の甘さを追及され、その支援を得られなくなるおそれがあり、そのために<秘>の裏協定を締結する必要があったのであるが、組合側の強い要求があって、被告としても、組合側の労働意欲や会社の将来に対する期待を維持させるためにも、厳しい労働条件の下で再建計画に協力する組合側の要求を受け入れようという気持になり、労使双方で十分に協議したうえ、昭和五一年度上期及び下期の各期末手当については大手四社妥結額の五五パーセント相当額を、昭和五二年度上期及び下期の各期末手当については大手四社妥結額の六〇パーセント相当額を、それぞれ当該年度に確実に支払い、大手四社妥結額と右の期末手当額との較差額については昭和五一年一〇月一九日付け各協定書にも「但し、較差分については、経営状況が好転した場合に考慮する。」と記載されているように、被告の経営状況が好転することを停止条件として、3の各議事確認等に定めた弁済期に支払うことを合意したもの(この停止条件が右の支払期限までに成就する可能性はほとんどなく、したがって、この条件に係る期末手当較差額請求権の権利性が極めて希薄であったことは否定できないけれども、当時の被告の経営状況、労使間の交渉の経緯等から考えると、このような趣旨で労使が期末手当較差額の支払について各協定を締結したことも、けだしやむを得なかったものとして首肯し得ないわけではない。)と認めるのが相当である(したがって、3の各議事確認等による協定が、被告主張のように、期末手当較差額の支払債務を承認する確定的な意思を表示したものではないとか、被告に較差額を支払う意思がなかったから心裡留保による意思表示であるとか、自然債務であると認めることはできない。)。
6 そうすると、昭和五一年度及び昭和五二年度の上期及び下期の各期末手当について大手四社妥結額と被告から支払を受けた期末手当額との較差額の支払を求める原告らの請求は、その支払の合意に付された停止条件の成就について主張・立証がないので理由がない。
三 定着奨励金の請求について
1 請求原因第三項1及び2の事実は当事者間に争いがない。
2 被告が昭和五三年五月二六日に北炭労連との間で定着奨励金について昭和五七年度から三か年間の均等払とする旨の協定を締結したことは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、(1)被告は、当時、夕張新炭鉱の出炭が計画量に達しないことが要因になって再建計画の見直しを迫られる窮境にあり、昭和五三年一月一八日には、修正再建計画を策定する前提として炭労及び北炭労連と「再建計画見直しに関する基本協定」を締結し、更に同年五月一〇日、この協定を踏まえて、昭和五六年度末までの労働条件に関し、昭和五三年度のベースアップを行わないこととし、同年度から昭和五六年度までの期末手当をいずれも大手四社妥結額の五〇パーセント相当額(ただし、昭和五四年度から昭和五六年度までの期末手当については、支払能力に応じてその都度協議する。)とする旨の協定を締結したこと、(2)その後間もなく、前記のような昭和五三年五月二六日の協定が締結されたのであるが、この協定は、一応定着奨励金の弁済期を延期しているものの、組合側の理解と協力を得て、被告の再建期間が終了する昭和五六年度までに修正再建計画を達成し、それによって被告の業績が向上して被告が定着奨励金を支払えるようになることを前提として、再建期間が経過した昭和五七年度から三か年間の均等払で定着奨励金を支払えばよいとの趣旨で定められたものであること、(3)昭和五三年一〇月に被告から分離して独立した北炭夕張炭鉱株式会社、北炭幌内炭鉱株式会社及び北炭真谷地炭鉱株式会社が各組合の同意を得て昭和五六年三月に政府に提出した新再建計画には、定着奨励金の支払について記載されていないこと、(4)また、北炭夕張炭鉱株式会社は、昭和五六年一二月一五日に会社更生法による更生手続開始の申立てをして更生会社になったが、同社に係る旧労務債について、被告、炭労、夕張新炭鉱労働組合及び北炭夕張炭鉱職員組合の間で、「旧労務債支払協定」が締結され、組合員の社内預金、未払退職金、賃金など合計八九億二一〇〇万円を被告が支払うことを約したが、定着奨励金は右の金額から除外されたこと、以上の事実を認めることができる。
3 ところで、(証拠略)によれば、定着奨励金は、夕張新炭鉱の開発に着手するに当たって、特に若年層労働者を被告会社に定着させて社外流出を防止することを意図して、被告と北炭労連との間の協定によって設けられた奨励金であることが認められるが、2に認定した事実によれば、組合側は、被告の経営上の窮境に十分な理解と同情を示し、昭和五三年度のベースアップを行わず、期末手当についても同年度から昭和五六年度までいずれも大手四社妥結額の五〇パーセント相当額とする旨の極めて厳しい労働条件を定める昭和五三年五月一〇日の協定をやむを得ず締結させただけでなく、定着奨励金についても、同年五月二六日の協定によって一応その弁済期を延期したものの、それは被告が定着奨励金を支払えるようになる見込みの時期を定めたものであって、その弁済期の定めにもかかわらず、被告の再建期間が終了して修正再建計画が達成され、それによって被告の業績が向上して被告が定着奨励金を支払えるようになる時期まで弁済を猶予したものと認めることができる。
4 そうすると、定着奨励金の支払を求める別紙請求債権目録の番号1ないし7、9、10、12ないし14、16ないし26、29ないし31、33ないし37、40ないし45の原告ら(以下、ここでも単に「原告ら」という。)の請求は、北炭労連が被告に対して弁済を猶予している金員に係る請求であり、原告らが夕張新第二炭鉱の閉山によって被告会社を退職した際(ただし、別紙請求債権目録の番号30の原告は化成工業所の閉鎖によって被告会社を退職した際)に定着奨励金の支払時期の決定に関する権限を北炭労連に委任したことは原告らの認めるところであるから、原告らも、この弁済の猶予についての拘束を受け、本訴で定着奨励金の支払を求めることはできないといわざるを得ない。
四 結論
よって、原告らの期末手当及び定着奨励金の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安達敬 裁判官 中嶋秀二 裁判官 舛谷保志)
当事者目録
原告 高橋福親
(ほか四七名)
右原告ら訴訟代理人弁護士 三津橋彬
同 郷路征記
同 佐藤太勝
同 村松弘康
同 高﨑裕子
同 佐藤哲之
同 石田明義
同 高崎暢
同 細木昌子
被告 北海道炭礦汽船株式会社
右代表者代表取締役 粕谷直之
右訴訟代理人弁護士 西迪雄
同 井関浩
同 伊東孝
同 山本穫
同 藤田美津夫
請求債権目録(一部略)
<省略>
定着奨励金内訳表(一部略)
<省略>