札幌地方裁判所 昭和58年(ワ)5056号 判決 1985年9月09日
原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 梅原成昭
被告 北海道
右代表者知事 横路孝弘
右訴訟代理人弁護士 齋藤祐三
右指定代理人 青木稔
<ほか三名>
被告 赤平市
右代表者市長 佐々木肇
右訴訟代理人弁護士 山根喬
右指定代理人 長岡泰市郎
<ほか二名>
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
〔請求の趣旨〕
一 被告らは、原告に対し、各自、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年六月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 仮執行の宣言
〔請求の趣旨に対する被告北海道の答弁〕
一 原告の被告北海道に対する請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
三 担保を条件とする仮執行免脱の宣言
〔請求の趣旨に対する被告赤平市の答弁〕
一 原告の被告赤平市に対する請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
〔請求原因〕
一 本件事故の発生
訴外甲野一郎(以下「一郎」という。)は、昭和五八年六月二六日、友人乙山春夫を普通乗用自動車に同乗させて赤平市字茂尻の国道三八号線を赤平市方面に向かって走行中、はみ出し禁止区間で右側車線内にはみ出して前車の追越しをしたため、札幌方面赤歌警察署のパトカーに発見され、その追跡を受けて逃走し、国道三八号線から分岐している同市字赤平五二二番地先の道路(以下「本件道路」という。)を走行するうち、空知川に自車もろとも転落し、午後一〇時一九分ころに溺死した。
二 被告北海道の責任原因
1 本件道路は、前記のとおり国道三八号線から分岐し、総延長距離四六〇・五メートルの白のペイントによる中央線が引かれたアスファルト舗装の行き止まりの直線道路であるが、それに続く非舗装部分があり、その先端は下方へ高低差約一一メートルの崖になっており、その下を空知川が流れている。
2 被告北海道の機関である北海道公安委員会は、本件道路の先端がとぎれて崖になっているのであるから、国道三八号線から本件道路に入る分岐点に、道路の先端が崖であり、通行止めになっていることを示す標識を設置し、かつ、本件道路の先端にも通行止めの標識を設置して、車両の運転者に危険を察知させるような道路における危険を防止する措置をとる義務がある。それなのに、北海道公安委員会は、このような危険防止の措置を全くとっていないばかりか、かえって、本件道路の先端部分の手前二八・五メートルの場所に毎時三〇キロメートルの速度制限を解除することを示す標識を設置し、車両の運転者をして、この標識の設置場所から前方へは毎時三〇キロメートルの速度制限が終わり、毎時六〇キロメートルの速度で走行できるとの錯覚を与えるような危険極まりない不適切な標識を設置している。
3 被告北海道は、適切な標識を設置せず、かえって不適切な標識を設置した点において本件道路の設置管理に瑕疵があったものであり、国家賠償法二条一項により本件事故によって生じた後記の損害を賠償する責任がある。
三 被告赤平市の責任原因
1 本件道路は、被告赤平市の管理する市道であるが、その先端がとぎれて崖になっているのであるから、被告赤平市は、車両が漫然と進行して崖下に転落することのないよう本件道路の先端部分に防護柵を設置して、道路における危険を防止する措置をとる義務がある。それなのに、被告赤平市は、この危険防止の措置をとらなかったのであるから、本件道路の設置管理に瑕疵があったものであり、国家賠償法二条一項により本件事故によって生じた後記の損害を賠償する責任がある。
2 仮に防護柵を設置すべき場所が河川用地であり、被告赤平市がこれを法的に管理していないとしても、本件道路の前記のような状況からみて、被告赤平市としては、なおそこに防護柵を設置するなど危険防止のために適切な措置をとるべき責任がある。特に、被告赤平市は、以前にもそこに丸太で造った防護柵を設置したことがあり、この場所を事実上管理していたのであるから、同所についての管理責任を免れない。また、被告赤平市は、道路法一七条二項の趣旨からも右の措置をとるべき責任があったものと解される。
四 因果関係の存在
本件事故は、本件道路の設置管理の瑕疵により生じたものであることは明らかである。特に、本件事故発生後に本件道路の先端部分に「通行止」、「危険」、「止まれ」の各標識及び防護柵が設置されたが、仮に本件事故発生前にもこのような危険防止の措置がとられていたならば、一郎は、自車のライトを遠目にして走行していたので、毎時約一二〇キロメートルの速度であったとしても、約二七〇メートルから二八〇メートル手前の地点で進路前方にこれらの標識及び防護柵があることを確認し、直ちに制動措置を講じて約一七〇メートルから一八〇メートルを走行して自車を停止させ、本件事故の発生を未然に回避することができたのである。
五 損害
1 一郎の損害
(一) 逸失利益 二五三五万六七〇八円
一郎は、事故当時満二一歳の男子であり、その就労可能年数は四六年間であるから、当時の職であった鉄筋工としての平均月収一七万九五七五円を基礎として、右の期間を通じて控除すべき生活費を五割とし、中間利息の控除につき新ホフマン係数を用い、その間の逸失利益の現価額を算定すると、次のとおり二五三五万六七〇八円になる。
一七九、五七五円×一二×〇・五×二三・五三四=二五、三五六、七〇八円
(二) 慰謝料 一三〇〇万円
(三) 相続
原告は、一郎の父であるが、同人の母は既に昭和五八年三月二八日に死亡しているため、同人の本件損害賠償債権をすべて原告が相続した。
2 原告の損害
(一) 葬儀費用 七〇万円
(二) 弁護士費用 一〇〇万円
六 よって、原告は、被告らに対し、各自、損害賠償金合計四〇〇五万六七〇八円のうち一〇〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五八年六月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
〔請求原因に対する被告北海道の認否及び反論〕
一 請求原因に対する認否
請求原因第一項の事実は認める。
請求原因第二項1の事実は認める。同項2のうち、被告北海道の機関である北海道公安委員会が本件道路の先端部分の手前二八・五メートルの場所に毎時三〇キロメートルの速度制限を解除することを示す標識を設置したことは認める。同項2及び3の主張は争う。
請求原因第四項のうち、本件事故発生後に本件道路の終点から約二・五メートル先の河川用地内に原告主張の各標識及び防護柵が設置されたこと(ただし、その設置者は被告赤平市である。)、自動車のライトを遠目にした場合、約二七〇メートルから二八〇メートル手前の地点でこれらの標識及び防護柵の存在を確認することが可能であることは認めるが、その余の事実及び主張は争う。
請求原因第五項のうち、一郎が事故当時満二一歳の男子であること、原告が一郎の父であることは認めるが、その余の事実は知らない。
二 本件事故発生の経緯
1 道路交通法違反の現認及び追跡の開始
札幌方面赤歌警察署所属の警察官二名は、昭和五八年六月二六日、赤平市字平岸四番地国道三八号線沿いの取付道路にパトカーを駐車して交通違反自動車の監視中、午後一〇時一五分ころ、芦別市方向から滝川市方向に走行してくる普通乗用自動車(日産スカイライン、以下「一郎車」という。)が前車二台を毎時約七〇キロメートルから八〇キロメートルの速度で追い越しながら右側車線内にはみ出したのを現認した。警察官らは、同所が北海道公安委員会において道路標識により最高速度を毎時五〇キロメートルと指定し、かつ、道路標識及び道路標示によって「追越しのための右側部分はみ出し通行禁止」と指定した場所であったので、一郎車が速度違反及び通行区分違反を犯していることを認め、パトカーの赤色回転燈を点燈して一郎車の追跡を開始した。
2 追跡の状況
パトカーは、国道三八号線に出て、毎時約七〇キロメートルから八〇キロメートルの速度で進行し、追跡開始地点から約一・五キロメートル先の赤平市字茂尻七五番地茂尻交差点で一郎車に追いつき、同車の登録番号(札五五ゆ七二二〇)を確認し、同車を停止させて職務質問をするため、その後方約三〇メートルに接近して、マイクで「七二二〇の車止まりなさい。」と指示したが、同車はこれに従わないで進行したので、再三にわたりマイクで停止を指示しながら約四〇〇メートル進行したところ、一郎車は、同市字茂尻九五番地大穣寺前付近道路に差しかかり、速度を毎時約二〇キロメートルに減速して道路の左側に寄った。
そこで、パトカーは、一郎車が停止するものと思い、その後方約一〇メートルに接近して停止しようとしたところ、一郎車は突如急加速して滝川市方向に逃走し始めたので、直ちに同車を追尾し、速度を測定するために約三〇〇メートル追跡した。しかし、一郎車は、なおも加速して毎時約八〇キロメートル以上の速度で逃走を続け、赤平市字茂尻四二番地赤平商事出光スタンド前付近道路では、対向車があるのに、その間をぬって前車二台を追い越すなど交通事故を発生させる危険な状況で暴走した。パトカーは、対向車が走行しているために前車を追い越せない状況であったので、このまま追跡を継続すれば第三者を巻き込んだ交通事故を発生させる危険性が高いものと判断し、この地点で一郎車の追跡を中止した。
3 追跡中止後の状況
パトカーは、一旦帰署して一郎車の使用者を確認するため、赤歌署方面に向かって毎時約五〇キロメートルの速度で進行していたところ、午後一〇時二〇分ころ、赤平市字赤平五七三番地日本商事赤平店前交差点(以下「住友交差点」という。)において、停止しているハイヤーの運転手から、「今、速い車が赤信号を無視して空知川の方へ行った。」と教えられたので、一郎車の逃走方向を知り、住友交差点から空知川方面に至る本件道路を毎時約二〇キロメートルの速度で進行して行った。
4 本件事故の認知
パトカーが本件道路を約三〇〇メートル進行したとき、進路前方の歩道上に佇立している女性がいたので、暴走車(一郎車)の進行方向を聞いたところ、同女は、「少し前に車が川に落ちた。」と申し立てた。パトカーは、空知川まで接近して付近を見ると、空知川の中央付近の水中に自動車のライトの明りらしい光が見えたので、一郎車が空知川に転落したものと判断し、直ちに交通事故の発生を無線で赤歌署に報告した。
パトカー乗務の警察官二名は、一郎車が転落した場所付近の川岸を捜索したところ、崖をよじ登りながら助けを求めている二〇歳ぐらいの男性(訴外乙山春夫)を発見して同人を救助し、無線で救急車の出動を要請するとともに、同人から事情を聞いたところ、同人は、「友達の一郎が運転していた車はパトカーを振り切ったが、川に落ちた。」と申し立てた。警察官らは、その後も一郎の捜索に当たったが、夜間のために同人を発見することができず、翌朝、一郎の捜索を再開した結果、川幅約八〇メートルの空知川のほぼ中央付近で一郎車を発見し、一郎の遺体を収容した。
5 本件事故発生前の一郎車の走行状況
本件事故発生後の捜査の結果によれば、一郎車は、国道三八号線を滝川市方向に走行して住友交差点に差しかかった際、赤信号であったにもかかわらず、毎時一一〇キロメートル以上の高速度で同交差点に進入したこと、そのために住友交差点で車体が大きくバウンドし、路上に火花を散らしたが、一郎車は、そのまま空知川方向に走行して空知川のほぼ中央付近に飛び込んだことがわかった。
三 本件道路及びその周辺の状況
1 本件道路は、国道三八号線と赤平市市道が交差する五差路交差点(住友交差点)を起点とする市道二〇線で、空知川に通ずるアスファルト舗装が切れる部分を終点とする総延長距離四六〇・五メートルの見通しの良い直線道路であり、アパート、住宅等が道路の両側に散在していて、そこに出入りする人が主に通行する生活道路であり、専ら車両が通過するために利用されている道路ではない。住友交差点から空知川方面に向かって約三六一メートルの間は、道路の左右に幅員約一・四メートルの歩道がそれぞれ設けられ、車道の幅員は約八・六メートルであり、歩道の末端からアスファルト舗装が切れる部分までの約九九・五メートルの間は、歩車道の区分のない幅員約六メートルの道路である。
なお、本件道路の終点から空知川方向にかけては河川用地であり、道路の終点から約五・五メートルの間は草地で、本件事故発生当時、高さ約一〇センチメートルから二〇センチメートルの雑草が密生し、その先端は下方へ斜度約四〇度、高低差約一一メートルの崖になっており、空知川に続いているが、本件事故発生当時、防護柵等の設備はなかった。
2 本件道路は、住友交差点から空知川方面に向かって四三二メートルの間、北海道公安委員会が道路標識によって最高速度を毎時三〇キロメートルと指定した場所であり、住友交差点から空知川方面に向かって四三二メートルの地点における左側の路端に、最高速度を毎時三〇キロメートルと指定することを示す本標識とともに、毎時三〇キロメートルの速度制限を解除することを示す補助標識が附置されている。
四 本件事故発生の原因(因果関係の不存在)
本件事故は、一郎の一方的かつ重大な過失によって発生したものであり、同人の常軌を逸した暴走による自招事故であるから、原告が主張するような各標識及び防護柵の存否と本件事故との間には何らの因果関係も存しない。
1 一郎車は、本件事故現場の手前約二キロメートルの地点でパトカーが追跡を中止したにもかかわらず、その後も暴走状態を継続し、住友交差点に差しかかった際にも、一時停止、徐行を全く怠り、しかも赤信号を無視して毎時一一〇キロメートル以上の高速度で同交差点を通過し、そのままの速度で本件道路を驀進したため、その先端部分から空知川に連なる河川用地を走破して、川幅約八〇メートルの空知川のほぼ中央付近にダイビング状態で飛び込んだことが明らかである。したがって、仮に住友交差点に原告主張の標識が存在したとしても、毎時一一〇キロメートル以上の高速度で走行している一郎がこれを認識することは不可能であり、本件道路の先端部分に原告主張の各標識及び防護柵が存在したとしても同様であって、本件解除標識についても、一郎がこれを認識し得るような走行状況ではなかった。
2 仮に本件解除標識の設置場所よりも更に手前の住友交差点方面寄りに毎時三〇キロメートルの速度制限を解除することを示す補助標識を設置するとすれば、原告主張の毎時六〇キロメートルの速度で走行できるとの錯覚をもつ距離を更に延長することになるだけであり、生活道路として歩行者等の安全の確保を主眼とする毎時三〇キロメートルの速度制限は無意味になる。また、仮に本件道路の先端部分にこれを設置し、又はこれを全く設置しないとすると、既に速度制限を無視して毎時一一〇キロメートル以上の高速度で暴走している一郎車には何らの効果もないことになり、いずれの方法をとっても本件事故の発生を防止する方策とはなり得ない。
毎時三〇キロメートルの速度制限の解除後は毎時六〇キロメートルの速度で走行できるとの錯覚をもつ運転車がいるとすれば、それは、道路交通法の各規定の遵守を怠った極めて危険な運転態度であると言わなければならない。すなわち、道路交通法は、「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。」との安全運転の義務規定(七〇条)を設けており、運転者は、道路の広狭、路面の良否、特に舗装の有無、傾斜の有無、見通しの可否、その他交差点、踏切、曲がり角の存在、道路面の凍結などにより滑りやすい状態、積雪の状況、交通量の繁簡、交通機関の種類の多寡、交通施設の可否、当該車両の種類、大きさ、機能の良否、乗客、積載物の多寡・軽重方法、その外天候、時刻、障害物の有無、運転者の運転技術の巧拙等を考慮して、必要によって法定速度以下の速度(いわゆる安全速度)に調整して走行すべきことを義務付けられている。
仮に一郎が遵法意識に富む運転者であったとすれば、本件道路が生活道路として毎時三〇キロメートルという低速度に制限された道路であることを認識し、毎時三〇キロメートルの速度制限を解除することを示す補助標識が附置されている点にまで思慮をめぐらし、前方注視義務を怠らないで運転していたはずであるから、右の補助標識が附置されている地点で、わずか二八・五メートル前方で道路がとぎれて行き止まりになっていることを容易に確認することができ、あえて毎時六〇キロメートルに加速できるとの錯覚をもつことはあり得ないことであり、本件道路の先端部分に至るまでの間に減速して安全に停止し、本件事故の発生をたやすく回避し得たはずである。
3 自動車のライトを遠目にした場合、約二七〇メートルから二八〇メートル手前の地点で原告主張の各標識及び防護柵があることを確認することが可能であることは、原告主張のとおりである。
しかし、これは、赤歌署のパトカーを毎時約三〇キロメートルの速度で走行させて得た実験の結果であって、一郎車のように毎時一一〇キロメートル以上の高速度ではない上、実験車のライトを遠目にした場合には、二八三メートル手前の地点で防護柵の存在を確認することはできるが、標識の存在を確認することはできないこと、二七四メートル手前の地点で標識の輪郭を確認することはできるが、それがどのような種類の標識であるかという内容までは確認することができないこと、一三五メートル手前の地点に接近して標識の内容を確認することができること、また、実験車のライトを近目にした場合には、一一二メートル手前の地点で防護柵、八九メートル手前の地点で標識の輪郭、三五メートル手前の地点で標識の内容をそれぞれ確認できることが明らかにされているにすぎない。
一郎車がライトを遠目にして走行していたことについては、これを肯認することは困難であり、かえって、同車はライトを近目にして走行していたことが推認される(道路交通法五二条二項参照)けれども、その点はしばらくおき、同車がライトを遠目にした場合における照明到達距離も不明であり、仮に一郎車が市道二〇線に入ってからライトを遠目にして走行し、原告が主張するように一郎が約二七〇メートルから二八〇メートル手前の地点で進路前方に標識や防護柵があることを確認できたとすれば、本件事故現場は、舗装道路のとぎれた終点から約五・五メートルの間が草地であり、本件事故発生当時、高さ約一〇センチメートルから二〇センチメートルの雑草が密生していたのであるから、本件道路の最高速度指定のとおり毎時三〇キロメートルの速度で走行している限り、たとえ標識や防護柵がなくても道路が行き止まりになっていることを容易に確認することができ、適切な制動措置を講じて自車を停止させることにより本件事故の発生を未然に回避することができたのである。
原告は、本件事故発生前に本件道路の先端部分に「通行止」、「危険」、「止まれ」の各標識及び防護柵が設置されていたならば、一郎が約二七〇メートルから二八〇メートル手前の地点で進路前方にこれらの標識及び防護柵があることを確認し、直ちに制動措置を講じて約一七〇メートルから一八〇メートルを走行して自車を停止させることができたと主張している。
しかし、仮に一郎車のライトが遠目であったとしても、前記の実験の結果によれば、約二七〇メートルから二八〇メートル手前の地点からは標識の輪郭だけで、それがどのような種類の標識であるかという内容までは確認できないし、一三五メートル手前の地点に接近して標識の内容を確認できるにすぎない。したがって、毎時一一〇キロメートル以上の高速度で走行していた一郎車が約二七〇メートルから二八〇メートル手前の地点で直ちに制動措置を講ずることができたとは到底考えられず、仮に標識の内容を確認し得る一三五メートル手前の地点で制動措置を講じたとしても、本件事故の発生を回避し得なかったことは明らかである。
更に、標識及び防護柵の視認状況に関する赤歌署の実験の結果は、同署のパトカーを毎時約三〇キロメートルの速度で走行させながら、実験者の注意力を働かせて得たものであるから、これが直ちに一郎車の場合にも当てはまるものではない。すなわち、一般の車両には、道路運送車両の保安基準(昭和二六年七月二八日運輸省令第六七号)三二条二項二号及び三号によって、遠目で夜間前方一〇〇メートル、近目で夜間前方四〇メートルの各距離にある交通上の障害物を確認できる性能を有するライト(前照灯)を備えつけることが義務付けられているので、一郎車においても、特段の事情がない限り、これと同程度の性能を有するライトを備えつけていたことが推認され、同車のライトの性能は、実験に使用したパトカーのそれよりも劣っていたと考えざるを得ない。のみならず、運転者の視力に関しても、個人差はあるけれども、静止している物を見る場合の視力に対して、動いている物を見たり、自分が動いている状態での視力(動体視力)が低下することは経験則上明らかであって、速さを増すと、一般に静止時と比べて一〇パーセントから二〇パーセント、極端な場合には三〇パーセントも視力が低下するとされており、更に視野狭さくも増大する。したがって、高速度で走行していた一郎車が仮にライトを遠目にしていたとしても、毎時約三〇キロメートルの速度で走行したパトカーによる実験の結果をそのまま一郎車の場合に適用させることはできず、同車が原告主張の地点で標識等を発見して制動措置を講ずることは不可能である。
五 被告北海道の責任原因に関する原告の主張に対する反論
1 道路交通法(以下「法」という。)は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、及び道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的とし(一条)、この目的を達成するため、公安委員会に交通の規制をするための権限を付与している(四条一項)。すなわち、公安委員会は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、又は交通公害その他の道路の交通に起因する障害を防止するため必要があると認めるときは……道路標識等を設置し……歩行者又は車両等の通行の禁止その他の道路における交通の規制をすることができる。
公安委員会が法四条一項に基づいて行う交通の規制は、専ら警察目的を達成するため、道路利用者に対して作為又は不作為を命ずる警察下命に当たり、公安委員会が行う行政処分であるから、法令の根拠を必要とし、かつ、法令の目的の範囲内で必要最小限度に行使しなければならない。したがって、公安委員会が行う交通規制権の行使は、前記の法四条一項の目的の範囲に限定されるところ、ここでいう「道路における危険」を防止するとは、あくまでも道路交通という観点からみた危険を防止することであって、道路における交通秩序の障害を予防し、これを鎮圧することによって交通の安全と円滑を図るものであり、道路交通に直接関係のない道路構造上の危険(道路法四六条等)を防止することではない。
2 公安委員会は、交通規制権の行使として政令で定めるところにより道路標識等を設置することができるが、道路標識等の種類、様式、設置場所その他道路標識等について必要な事項は総理府令・建設省令で定められ(法四条五項)、これを受けて、道路標識、区画線及び道路標示に関する命令(昭和三五年一二月一七日号外、総理府令・建設省令第三号、以下「標識令」という。)が定められている。
標識令によれば、本標識は、案内標識、警戒標識、規制標識及び指示標識の四種類とされ(一条二項、別表第一)、案内標識、警戒標識のすべては道路法による道路管理者が設置するものとされていて(四条一項)、公安委員会にはその設置権限がないから、北海道公安委員会が案内標識の設置義務を怠った旨の原告の主張は誤りである。
3 原告は、北海道公安委員会が本件道路の先端に通行止めの標識を設置して、車両の運転者に危険を察知させるよう道路における危険を防止する措置をとる義務があると主張する。
ところで、規制標識、指示標識のうち公安委員会のみが設置するものについては標識令四条二項に定められており、公安委員会のみが設置権限を有するもの以外の規制標識、指示標識については道路管理者又は公安委員会が設置するものとする(同条三項)と定められているが、標識令別表第一によれば、「通行止め」の標識の表示する意味については、「道路法四六条一項(道路管理者は、道路の破損、欠壊その他の事由により交通が危険であると認められる場合、道路に関する工事のためやむを得ないと認められる場合には、道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため、区間を定めて、道路の通行を禁止し、又は制限することができる。)の規定に基づき、又は道路交通法八条一項(歩行者又は車両等は、道路標識等によりその通行を禁止されている道路又はその部分を通行してはならない。)の道路標識により、歩行者、車両及び路面電車の通行を禁止すること。」と定められ、また、「車両通行止め」の標識の表示する意味については、「道路法四六条一項の規定に基づき、又は道路交通法八条一項の道路標識により、車両の通行を禁止すること。」と定められている。
以上のとおり、「通行止め」、「車両通行止め」の各標識による交通の規制は、公安委員会及び道路管理者ともに行うことができるけれども、公安委員会が行う交通の規制は、前述したとおり法四条一項の目的の範囲に限定されており、道路における交通秩序の障害の予防、鎮圧によって交通の安全と円滑を図る場合にのみ許容されるものである。のみならず、法四条一項の「通行の禁止」とは、一定の道路において歩行者又は車両等を全く通行させないことであって、いずれも交通の規制の対象となる道路(法二条一項に規定する道路)の存在を前提としており、当該道路に対してのみ交通の規制をすることになる。しかも、法八条一項は、「道路標識等によりその通行を禁止されている道路又はその部分を通行してはならない。」と定め、同条二項において、警察署長が許可をしたときは、「道路標識等によりその通行を禁止されている道路又はその部分を通行することができる。」と定め、交通の規制の対象を専ら道路又は道路の一部分に限定しており、道路としての外観、効用を有しない非道路部分までも交通の規制の対象とすることはできない。
本件道路及びその周辺の状況は、第三項1及び2のとおりであり、住友交差点から空知川方面に向かってアスファルト舗装が切れる部分までの四六〇・五メートルの間は、アパート、住宅等が道路の両側に散在していて、そこに出入りする人が主に通行する生活道路であるから、本件道路について「通行止め」、「車両通行止め」の各標識による交通の規制をすることはできない。また、本件道路の終点(アスファルト舗装が切れる部分)から空知川に至るまでの間は、雑草の密生した河川用地になっていて、道路としての外観、効用を全く有しておらず、交通の用に供することが不可能な状態であるから、この河川用地も法二条一項にいう「道路」に当たらず、交通の規制の対象とすることはできない。本件道路のように道路がとぎれて行き止まりになっている構造の場合には、仮に行き止まりの状態が危険であるとすれば、その危険は道路法に定める道路構造上の危険であり、公安委員会による交通の規制の対象となる危険ではない。
以上のとおり、北海道公安委員会が本件道路及び非道路部分である河川用地に標識を設置して交通の規制を行うべき法令の根拠はないから、北海道公安委員会には、原告が主張するような通行止めの標識を設置しなければならない法律上の権限も義務も存在しない。
ちなみに、全国においても、本件道路のように道路が行き止まりになっている場所について、公安委員会が標識による交通の規制をしている例は皆無である。
4 原告は、北海道公安委員会が本件道路の先端部分の手前二八・五メートルの場所に毎時三〇キロメートルの速度制限を解除することを示す危険極まりない不適切な標識を設置していると主張する。
公安委員会が行う交通の規制は、道路の区間を定めて行うものであり(法四条二項)、速度制限に関しては、標識令別表第一の規制標識として「最高速度」、補助標識として「終り」(以下「解除標識」という。)が定められている。これらの標識の表示は、「最高速度」の場合には、法二二条の道路標識により車両及び路面電車の最高速度を指定することを意味し、「終り」の場合には、本標識が表示する交通の規制が行われている区間の終わりを示すことを意味し、終点標識(解除標識のこと)の設置に関しては、警察庁が全国的に統一を保つための基準として、「最高速度指定区間の始まりおよび終りの地点における左側の路端に始点標識および終点標識を設置するものとする。……なお、始点標識または終点標識の設置場所が交差点にかかるときは、交差点からおおむね5~30メートルの距離をおいて設置するものとする。」と定めている(「道路標識等の設置および管理に関する基準の改正について」昭和四七年五月二四日警察庁交通局長通達)。
ところで、本件道路の最高速度毎時三〇キロメートルの解除標識は、本件道路(総延長距離四六〇・五メートル)のアスファルト舗装が切れる先端部分から住友交差点方面に向かって二八・五メートルの地点の右側の路端に設置されているが、北海道公安委員会が本件解除標識を同所に設置したのは、本件道路の先端が空知川方面に向かって行き止まりになっているという道路の構造の影響により、住友交差点から行き止まり方向に行くに従って、自動車ばかりでなく、歩行者、自転車利用者等も極めて少なくなっていること、本件道路が行き止まりになっていることから、道路の両側に散在するアパート、住宅等に出入りする人が主に通行する生活道路であり、一般の道路のような通過交通がないことなどの本件道路における交通環境及び前記の警察庁の基準、並びに、通常の運転者が毎時三〇キロメートル以下の速度で自動車を運転して前方注視義務を尽せば、進路前方で道路がとぎれて行き止まりになっていることを容易に確認することができ、本件道路の先端部分に至るまでの間に減速して停止することが十分可能な地点であることなどの事情を総合的に考慮したものであり、本件解除標識の設置場所については何らの瑕疵も存しない。
ちなみに、通常の運転者であれば、本件解除標識の設置場所において、進路前方が行き止まりになっていることを容易に確認できるから、そこから突如として毎時六〇キロメートルに加速して走行できると錯覚するようなことは、あり得ないことであり、赤歌署においても、このような運転行為によって交通事故を発生させた例を認知していない。
〔請求原因に対する被告赤平市の認否及び反論〕
一 請求原因に対する認否
請求原因第一項の事実は認める。
請求原因第三項1のうち、本件道路が国道三八号線の住友交差点内にある起点から四四六・一五〇メートルの地点まで赤平市市道(市道二〇線)であり、この部分を被告赤平市が管理していること、本件道路の先端がとぎれて崖になっていることは認める。同項1及び2の主張は争う。
請求原因第四項のうち、本件事故発生後に本件道路の先端部分に原告主張の各標識及び防護柵が設置されたこと(ただし、その設置者は被告赤平市である。)は認めるが、その余の事実及び主張は争う。
請求原因第五項のうち、原告が一郎の父であり、同人の母が原告主張の日に死亡していることは認めるが、その余の事実は争う。
二 本件事故発生の原因(因果関係の不存在)
本件事故は、一郎車がパトカーの追跡を免れるために無謀にも毎時一〇〇キロメートル以上の高速度で暴走したことによって発生したものである。すなわち、一郎車は、制限速度をはるかに上回る猛スピードで暴走しており、住友交差点を通過する際には、一時停止、徐行を行わず、しかも赤信号を無視して疾走し、その後も市道二〇線に設置されている毎時三〇キロメートルの速度制限を示す四箇所の標識を全く無視して暴走状態を継続している。このように異常な無謀運転においては、道路標識等は何らの意味ももたないから、仮に本件道路の先端部分に原告主張の各標識及び防護柵が設置されていたとしても、本件事故の発生は免れ得なかったのであり、原告が主張するような各標識及び防護柵の存否と本件事故との間には何らの因果関係も存しない。
三 被告赤平市の責任原因に関する原告の主張に対する反論
市道二〇線は、国道三八号線の住友交差点内にある起点から四四六・一五〇メートル(国道の側端からの実延長距離は四三三・二八七メートル)の地点までであり、これに四八・五〇メートルの河川敷が続いて崖になっており、この河川敷は国有地であって、北海道開発局石狩川開発建設部が管理している。
ところで、被告赤平市は、道路法四六条一項一号に定められているように、道路の破損、欠壊その他の事由(例えば、路面の冠水、路面又は路肩の軟弱、沿道の斜面から土砂が崩落する恐れがある場合など)によって交通が危険であると認められる場合には、市道二〇線の道路管理者として交通の危険を防止するための措置をとる義務があるけれども、市道二〇線は右のような交通の危険な状態にはなかったし、本件事故現場は、北海道開発局石狩川開発建設部が管理する国有地であるから、被告赤平市の管理権限は及ばない。もっとも、被告赤平市は、本件事故発生後に本件道路の先端部分に原告主張の各標識及び防護柵を設置したけれども、これは、札幌方面赤歌警察署から、被告赤平市の管理権限が及ぶ市道二〇線の範囲外の土地ではあるが、行政サービスとしてこれらの標識及び防護柵を同所に設置してもらいたい旨の依頼を受けたので、これに応じたものであって、被告赤平市が道路管理者としての責任を自認したものではない。
なお、道路法一七条二項は、指定市以外の市の長が国道及び都道府県道の管理を行う場合の手続規定であるから、原告が主張するように被告赤平市の責任を肯定する根拠になるものではない。
第三証拠《省略》
理由
一 本件事故の発生
一郎が昭和五八年六月二六日に友人乙山春夫を普通乗用自動車に同乗させて赤平市字茂尻の国道三八号線を赤平市方面に向かって走行中、はみ出し禁止区間で右側車線内にはみ出して前車の追越しをしたため、札幌方面赤歌警察署のパトカーに発見され、その追跡を受けて逃走し、国道三八号線から分岐している同市字赤平五二二番地先の本件道路を走行するうち、空知川に自車もろとも転落し、午後一〇時一九分ころに溺死したことは当事者間に争いがない。
二 本件事故発生の経緯
《証拠省略》によれば、被告北海道が主張する本件事故発生の経緯1ないし5の事実を認めることができる。
三 本件道路及びその周辺の状況
請求原因第二項1の事実は原告と被告北海道との間に争いがなく、また、同第三項1のうち、本件道路が国道三八号線の住友交差点内にある起点から四四六・一五〇メートルの地点まで赤平市市道(市道二〇線)であり、この部分を被告赤平市が管理していること、本件道路の先端がとぎれて崖になっていることは被告赤平市の認めるところであり、これらの事実に、《証拠省略》によれば、被告北海道が主張する本件道路及びその周辺の状況1及び2の事実(ただし、市道二〇線は、本件道路のうち国道三八号線の住友交差点内にある起点から四四六・一五〇メートル〔国道の側端からの実延長距離は四三三・二八七メートル〕の地点までであり、その先端の道路部分は、被告赤平市が河川用地をアスファルトで舗装したものである。)を認めることができる。
四 被告北海道の責任原因について
1 原告は、被告北海道の機関である北海道公安委員会において、国道三八号線から本件道路に入る分岐点に、道路の先端が崖であり、通行止めになっていることを示す標識を設置する義務があるのに、これを設置しなかったと主張する。
ところで、原告が主張する「標識」とは、標識令に定める案内標識又は警戒標識のことを意味するものと思われるが、同令四条一項によれば、これらの標識については道路法による道路管理者が設置するものとされていて、公安委員会にはその設置権限がないから、原告の主張は、この点において既に失当であるばかりでなく、前項で認定したとおり、本件道路が総延長距離四六〇・五メートルの見通しの良い直線道路であり、アパート、住宅等が道路の両側に散在していて、そこに出入りする人が主に通行する生活道路であり、専ら車両が通過するために利用されている道路ではないこと、本件道路の終点(アスファルト舗装が切れる部分)から空知川に至るまでの約五・五メートルの間は、雑草の密生した河川用地になっていること、本件道路は、住友交差点から空知川方面に向かって四三二メートルの間、北海道公安委員会が道路標識によって最高速度を毎時三〇キロメートルと指定した場所であること、その他本件道路及びその周辺の状況からみて、原告主張の場所すなわち住友交差点に案内標識等の設置を欠くことが直ちに本件道路の通常有すべき安全性を欠く状態をもたらすものとまで認めることはできず、原告主張の標識の欠如が本件道路の設置管理の瑕疵に当たるものとは解されない。
2 次に、原告は、北海道公安委員会において、本件道路の先端に通行止めの標識を設置する義務があるのに、これを設置しなかったと主張する。
《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 被告赤平市は、本件事故発生後の昭和五八年六月二八日ころ、赤歌署の要請により、本件道路の終点(アスファルト舗装が切れる部分)から約二・五メートル先の河川用地内に、道路を遮断する形で、高さ約一・三メートルの棒杭四本を並べて立て、その間に、長さ約六・五メートル、幅約一〇センチメートルの板三枚を横に打ちつけて柵を設け、あわせて、その手前に「通行止」、「危険」、「止まれ」の各標識を立てかけた。
(二) 夜間におけるこれらの標識及び柵の視認状況について、赤歌署所属の警察官らが昭和五九年六月二五日午後一〇時二〇分ころにパトカーで国道三八号線から本件事故現場に向かって本件道路を毎時約三〇キロメートルの速度で進行し、その視認可能距離を測定したところ、パトカーのライトを遠目にした場合には、二八三メートル手前の地点で柵の存在を確認することはできるが、標識の存在を確認することはできないこと、二七四メートル手前の地点で標識の輪郭を確認することはできるが、それがどのような種類の標識であるかという内容までは確認することができないこと、一三五メートル手前の地点に接近して標識の内容を確認することができること、また、パトカーのライトを近目にした場合には、一一二メートル手前の地点で柵、八九メートル手前の地点で標識の輪郭、三五メートル手前の地点で標識の内容をそれぞれ確認できることの結果が得られた。
右に認定した事実に基づいて考えるに、標識及び柵の視認状況に関する赤歌署の実験の結果は、同署のパトカーを毎時約三〇キロメートルの速度で走行させながら、実験者の注意力を働かせて得たものであり、一般の車両に備えつけることを義務付けられているライト(前照灯)は、道路運送車両の保安基準(昭和二六年七月二八日運輸省令第六七号)三二条二項二号及び三号によって、遠目で夜間前方一〇〇メートル、近目で夜間前方四〇メートルの各距離にある交通上の障害物を確認できる性能を有するもので足りるので、一郎車においても、特段の事情がない限り、これと同程度の性能を有するライトを備えつけていたことが推認されるのに対し、実験に使用したパトカーは、これよりも著しく性能のいいライトを備えつけていることが明らかである。他方、第二項で認定した事実によれば、一郎車は、パトカーの追跡を免れるため、国道三八号線を滝川市方向に走行して住友交差点に差しかかった際、一時停止、徐行をしなかったばかりか、赤信号であったにもかかわらず、これを無視して毎時一一〇キロメートル以上の高速度で同交差点を通過し、そのままの速度で本件道路を驀進している。
これらの事実によれば、本件事故発生当時、仮に原告主張のとおり本件道路の先端部分に「通行止」、「危険」、「止まれ」の各標識が設置してあり、かつ、一郎が自車のライトを遠目にして走行していたとしても、一郎車の走行速度(時速一一〇キロメートルとすると秒速約三〇・五六メートル)及びライトの性能、逃走のみを念頭においた無謀な運転態度、並びに、一般に高速走行時には視力が低下することが認められていることなどの事情に照らして、一郎がこれらの標識を(二)で認定したパトカーのライトを遠目にした場合における各地点付近で認識し、直ちに制動措置を講ずることができたかについては極めて疑わしく、更に空走距離及び制動距離を考慮し(ちなみに、時速一一〇キロメートルの場合の空走距離を一秒分とすると約三〇・五六メートル、乾燥したアスファルト舗装道路の摩擦係数(f)を〇・五五として時速(V)一一〇キロメートルの場合の制動距離(S)を試算すると、約八四・九四メートル〔〕になる。)、かつ、高速走行時の急ブレーキの危険性をも考慮すると、原告主張の各標識だけが存在して柵がない状態で本件事故の発生を回避し得たものとは考えられないし、また、本件事故発生後におけるように前記のような柵とともに標識が設置してあったとしても、棒杭に板を渡した程度である柵では本件のような無謀な運転による衝撃に耐えられず、柵を損壊しての転落事故の発生を免れ得なかったものと考えざるを得ない。
そうすると、本件道路の先端に通行止めの標識を設置しなかったことが本件道路の設置管理の瑕疵に当たるか否かの争点を判断するまでもなく、その標識の欠如と本件事故との間に因果関係があることを認めることはできない。
3 更に、原告は、北海道公安委員会が本件道路の先端部分の手前二八・五メートルの場所に毎時三〇キロメートルの速度制限を解除することを示す標識(本件解除標識)を設置し、車両の運転者をして、この標識の設置場所から前方へは毎時三〇キロメートルの速度制限が終わり、毎時六〇キロメートルの速度で走行できるとの錯覚を与えるような危険極まりない不適切な標識を設置していると主張する。
しかし、第二項及び第三項で認定したとおり、本件道路は、住友交差点から空知川方面に向かって四三二メートルの間、北海道公安委員会が道路標識によって最高速度を毎時三〇キロメートルと指定した場所であること、それにもかかわらず、一郎車は、制限速度をはるかに上回る毎時一一〇キロメートル以上の速度で本件道路を暴走したもので、一郎が本件解除標識に従って自車の速度を上昇させたものでないことが明らかであり、また、本件解除標識の存在が実際に同人の運転方法に何らかの影響を与えたものとも考えられない。したがって、この標識の設置と本件事故との間にも因果関係があることを認めることはできない。
五 被告赤平市の責任原因について
原告は、被告赤平市において、本件道路の先端部分に防護柵を設置する義務があるのに、これを設置しなかったと主張する。
ところで、被告赤平市が本件道路の先端部分の土地について管理責任を有するか否かの点はともかくとし、また、仮に被告赤平市が本件事故発生前に本件道路の先端部分に防護柵を設置しておくべきであったとしても、本件道路が付近住民の生活道路としての役割を担う程度のものであって、一般の道路のような通過交通がないこと及びそこにおける車両の最高速度も、ほぼ全区間について毎時三〇キロメートルに制限されていることからみると、被告赤平市が設置すべき柵は、前項2の(一)のとおり本件事故発生後に設けられた程度の柵で足りるものと考えられる。そうすると、同項2において判断したのと同様、本件事故発生前の一郎車の走行状況からみて、この柵によって本件事故の発生を回避し得たものとは考えられないから、原告主張の防護柵の設置と本件事故との間に因果関係があることを認めることはできない。
六 結論
よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安達敬 裁判官 持本健司 舛谷保志)