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札幌地方裁判所 昭和60年(ヨ)58号 1985年7月19日

債権者

吉井正

右代理人弁護士

佐藤義雄

債務者

ホクシン交通株式会社

右代表者代表取締役

村橋定男

右代理人弁護士

山根喬

伊藤隆道

主文

1  債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有することを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、金九一万七五六八円及び昭和六〇年七月以降一二月まで毎月二六日限り金一五万二九二八円を仮に支払え。

3  債権者のその余の申請を却下する。

4  申請費用は債務者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有することを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、昭和六〇年一月より本案判決確定に至るまで毎月二六日に金一五万二九二八円を仮に支払え。

3  申請費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件申請をいずれも却下する。

2  申請費用は債権者の負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  債権者は、昭和四九年一〇月、ハイヤー会社である債務者の運転手として雇用された。

2  債務者は、昭和五九年一二月二九日付で債権者を解雇したとして、債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有することを争っている。

3  債権者は、債務者から、月額平均金一五万二九二八円の賃金の支払を毎月二六日に受けていた。

4  債権者は、債務者からの賃金を唯一の収入として生活を営んでいる。

よって、債権者は、本案判決の確定をまっていたのでは著しい損害を被ることになるので、債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有することを仮に定めるとともに、債務者に対し、昭和六〇年一月から本案判決確定まで、賃金として毎月二六日限り金一五万二九二八円の金員を仮に支払うことを求める。

二  申請の理由に対する認否

申請の理由4は争い、その余の事実はいずれも認める。

三  債務者の主張

1  債務者は、昭和五九年一二月二九日、債権者に対し解雇の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

2  本件解雇の理由は次のとおりである。

(一) 債務者は、就業規則第二六条第八号で次のとおり定めている。

第二六条(解雇) 会社は、従業員が次の各号の一に該当するときは解雇する。

8. 勤務成績が低劣又は低営収若しくは非能率で従業員として不適当と認めたとき

(二) 債権者は営業収入が低く従業員中最低であり、昭和五九年三月以来再三に亘って債務者から注意、指導を受けながら何ら改善されることがなかった。そこで債務者は、債権者を従業員として不適当と認め、前記就業規則の条項に従って本件解雇に及んだものである。

(三) その経緯は次のとおりである。

(1) 債務者は、労使代表で構成している会社再建企業合理化専門委員会の協議決定を得たうえで、昭和五八年一二月一六日、低営業収入者に対する指導方針を社告として発表した。その内容は、「会社再建・経営の安定と従業員の生活を守るため売上高の増収策を強力に推進する。そのため当分の間、乗務員の最低責任稼働額を一勤務当り三万二〇〇〇円、月間稼働額四〇万円以上を基準として全員が達成するよう労使双方で指導を徹底する。未達成の低営者に対しては三か月の業務指導のうえ、上達見込のない者については会社は就業規則に基づいて厳正な措置をとる事とする。」というものであり、これを乗務員室に一か月掲示して従業員に周知せしめた。

債務者が右社告で、乗務員の最低責任運収額を一勤務(一六時間)当り金三万二〇〇〇円としたのは、タクシー会社の経営において乗務員の人件費、燃料費、車両修理費、同維持費、同消却費、事務所の維持費、無線の維持費、社会保険や事故に備えての保険の諸費用を賄うためには、一勤務当り最低でも金三万七三〇〇円程度の運賃収入を必要とするからである。

(2) しかるに、債権者の運賃収入額は、昭和五九年三月度一勤務当り金三万〇七八五円、五月度金三万〇五七二円といずれも最低責任運収額を割り、その都度債務者から注意、指導を受けた。また、同年六月度には一勤務当り金二万八五一二円と最低責任運収額を大幅に割ったので債務者から下車勤務を命ぜられ、改善と指導の注意を受けた。同年九月度には一勤務当り金二万九三六八円と依然として改善されず再び指導、注意を受け、同年一二月度には年末の繁忙期であるにもかかわらず一勤務当り金三万一七六八円と責任運収額を割り、従業員中最低であった。

(3) また、債権者は、昭和五九年度一年間の月平均運収額をみても、従業員中最低であった。

(4) 更に債権者は、一勤務当り所定労働時間である一六時間を走行する一四名を抽出してその運収額を調査した中でも最低であった。

(5) 債権者は、一日八時間以上勤務しない日勤勤務の女性乗務員中最低の者よりも更に平均金三〇〇〇円以上低かった。

四  債務者の主張に対する認否

1  債務者の主張1は認める。

2  同2の(二)及び(三)はいずれも争う。

乗務員の一勤務当りの所定労働時間は午前八時から翌日の午前二時まで(昼食時及び夕食時に各一時間の休憩)と定められているところ、大多数の乗務員が自己の賃金をふやそうとして労働基準法に定める深夜、時間外割増賃金の支給も受けぬまま恣意的時間外乗務をしているタクシー業界の実情下では、所定時間を守って走行する債権者の運収額とこれを超えて走行する他の乗務員の運収額とを単純に比較することはできず、運収額のみによって乗務員の優劣を判断することは結局所定労働時間をこえて労働することを労働者に強制する結果となるから、運収額のみを理由に解雇することは違法である。債務者は、所定労働時間を走行する一四名の者あるいは一日八時間勤務の女性乗務員との運収額の比較をあげるけれども、乗務員一四七名中わずか一四名の者と比較しても債権者が全乗務員中最低であるとは到底言うことができず、また、女性乗務員は一日八時間以上走行している者が多いうえ一日金三六〇〇円平均の送迎料金が固定収入としてあることに照らせば女性乗務員との単純な比較もできない。

所定労働時間を走行する乗務員と比較するならば、債権者の稼働額は最低とはいえず、本件解雇には合理性がない。

五  債権者の反論

1  解雇権の濫用

債権者は、昭和四九年一〇月以来、本件解雇の通告を受けるまで一〇年以上も無遅刻、無欠勤の勤務を続け、タクシー乗務員として所定労働時間を守って稼働して来た。債務者は稼働額のみに目を向けて、その増大を乗務員に奨励する結果、法的根拠を欠く時間外労働を乗務員に強制しているのであり、本件解雇は債権者が時間外労働をしないことに対するみせしめとして行ったものであって、解雇権の濫用である。

2  不当労働行為

本件解雇は、次のとおりもっぱら債権者の組合活動を嫌悪してなされたものであり、不当労働行為に該当する違法なものであって、無効である。

(一) 債権者は、昭和五七年三月から債務者の運転手の中の一五名で活動しているホクシン交通労働組合の書記長をしている。

(二) 債務者は、昭和五九年一一月中旬ころから債権者の所属するホクシン交通労働組合に対し従業員の待遇改訂案を提示していたが、同組合はこれに強く反対した。

(三) 債権者も同組合の書記長としてこれに反対する言動をとっていた。

(四) 同組合は同年一二月二八日、債務者に対し、正式に債務者の提示した従業員待遇改訂案を拒否する旨の通告をした。

(五) その翌日の一二月二九日午前七時四五分ころ、債権者が勤務のため出社すると債務者の配車主任から「担当車がないから待機するように。」と言われ、その後午前九時三〇分ころ突然営業部長から解雇通告書を渡された。

(六) また、債権者は、健康を維持できる労働時間を確保することを重要な目的とする労働組合の書記長として、収入拡大の為時間外労働を奨励する債務者に同調せず、厳格に所定労働時間を守って勤務していたため、債務者にとっては邪魔な存在でしかなく、日頃から何か口実を作って解雇したいと狙っていたものである。

六  債権者の反論に対する認否

1  債権者の反論1は争う。

2  同2の(一)、(二)、(四)及び(五)のうち、一二月二九日待機を命じたのち解雇通告をしたことは認め、その余は争う。

理由

(被保全権利について)

一  申請の理由1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二  債務者の主張1の事実は当事者間に争いがなく、同2の(一)の事実は(証拠略)により一応これを認めることができる。

三  そこで、本件解雇の合理性につき検討する。

1  (証拠略)によれば債務者の主張(三)(1)の事実が一応認められ(但し、<証拠略>によれば、債務者の経営維持に必要な乗務員一乗務当りの運収額は三万七六〇四円とされている。)、これをくつがえすに足りる資料はない。

2  そして、(証拠略)によれば、債権者の昭和五九年度各月の一乗務当りの平均運収額は、債務者の主張(三)(2)のとおり、三月、五月、六月、九月、一〇月、一二月と度々責任運収額とされた一乗務当り金三万二〇〇〇円を下回ったこと、債権者の昭和五九年度における一乗務当りの運収額の年間平均も一乗務当り金三万一六三七円ないし三万一六四七円程度であって、右責任運収額を下回っているのみならず、債務者の会社全体の平均値一乗務当り金三万七一五一円をかなり下回るものであって、債務者の主張(三)(3)でいうようにこれが全従業員中最低であるとまでの疎明はないものの、かなり低いものであったことが一応認められる。そして、(証拠略)によれば、右のような低営収につき、債権者は債務者から、債務者の主張(三)(2)記載のとおり、昭和五九年三月二八日、五月三一日、六月二〇日、八月二八日、九月一二日、一一月一五日と逐次指導注意を受けたことが一応認められ、これをゆるがす資料はない。

3  そこで右低営収を理由とする本件解雇の合理性について考えるに、もとよりタクシー事業も利潤の追求を目的とする私企業であるから、勤務成績が低劣な労働者の雇用を継続する義務が債務者に存すると解することはできず、その意味において、低営収の労働者を企業から排除することを目的とした前記就業規則の規定は一応合理性があるものということができる。しかしながら、その際、いかなる基準で低営収と判定するか、低営収者と判定されたもののうち誰を解雇するかについては、債務者において合理的な裁量の範囲を超えるものであってはならないのは、いうまでもないところである。

そこで検討すると、(証拠略)によれば、債務者会社における乗務員の就業時間は原則として午前八時から翌日午前二時まで(昼食時及び夕食時各一時間の休憩)とされているが、多くの乗務員は事実上右の所定労働時間を超えて勤務し、増収をはかっていることが一応認められる。かかる実情の下において、一乗務当りの運収額の比較のみによって乗務員の勤務成績の優劣を判定するならば、時間外労働に服さない労働者の運収額が相対的に低く評価されることは必然であり、そうすると当該労働者が時間外労働をしないという事実をもって不利に斟酌する結果となり、そのことがひいては当該労働者の解雇に結びつけて評価されるとするならば、当該労働者に時間外労働を事実上強制する結果を招くものといわざるを得ない。してみると、かかる運収額のみによる比較は労働基準法の精神を損い、合理的な比較方法とはいえないとする債権者の反論は十分首肯しうるところである。

4  そこで、その基礎労働時間を同一条件とするため、一ハンドル時間あたりに運収額を換算のうえ比較すると、次のとおりである。

(証拠略)によれば、債権者の抽出した八名の乗務員につき昭和五九年二月から一一月の各一ハンドル時間当たりの平均運収額を調べたところ、八名中五名の者が債権者より低かったことが一応認められる。また、(証拠略)によっても、右八名のうち一名(進藤修)はやはり一ハンドル時間当たりの平均運収額が債権者より低いのであって、同人については債務者において昭和五九年中に数次にわたり注意指導していたことが窺えるものの、同人の昭和五九年二月から一二月に至るまでの一乗務平均あるいは一ハンドル時間平均の運収額がいずれも次第に安定し向上しているとは認められず、してみると運収額を所定労働時間に換算して比較した場合には低運収者中債権者が最低とはいえないことになる。

債務者は、その主張2(三)(4)のとおり主張するが、その裏づけとして提出されている(証拠略)を検討しても、債務者の抽出する者らが債権者と同様所定時間外の労働をしていないのか、仮にそうであるとしても債権者と「ほぼ同一労働時間を勤務した者」はこれらの者にとどまるのか等の点についての疎明が十分でなく、債権者が最低であったとはいまだ認めるに足りない。また、債務者の主張2(三)(5)についても、(証拠略)にとりあげられている女性乗務員の勤務時間について、(証拠略)と対比すると疑問があり、債権者との適正な比較がなされているとはいまだ認め難い。

してみると、運収額を一時間当たりの金額に換算した場合には、債権者は必ずしも最低とはいえず、低運収者中、何故債権者のみを解雇したのかについての合理的理由の疎明が不十分と言わざるをえない。

5  一方、債権者の反論2の不当労働行為の主張につき検討すると、同2の事実中(一)、(二)、(四)及び(五)のうち、債権者が昭和五九年一二月二九日待機を命じられたのち解雇通告を受けた事実は当事者間に争いがなく、同(三)及び(五)のその余の事実及び(六)のうち債権者が労働組合の書記長として厳格に所定労働時間を守って勤務していた事実はいずれも(証拠略)により一応認められる。そして更に、(証拠略)によれば、

(一) 本件解雇の二日前である昭和五九年一二月二七日、債務者会社の営業部長から債権者の自宅に電話があり、同月二九日午後に開催される予定の第二回労使協議会への債権者の出席要請があったこと

(二) 同月二八日午後四時ころ、債権者ほか二名が会社の提案している副社員制度の導入を内容とする待遇改訂案については、ホクシン交通労働組合としては拒否する旨の回答を会社側に持参した際、会社側から「低営収者については断固処分する」旨の発言があったこと

(三) その翌日である二九日の午前九時三〇分ころ、突如本件解雇がなされたことがそれぞれ一応認められる。右の経過に照らせば、本件解雇は(一)の要請があった昭和五九年一二月二七日以降に突如決定されたものと推認され、その契機は組合の前記拒否通告にあると考えるのが相当であり、してみると、本件解雇は組合活動に対する圧力的意味をもってなされた疑いがある。

6  以上に認定したところによると、本件において特に債権者のみを解雇したことにつき合理性の疎明が十分でないことに加え、解雇当日までの経緯、解雇の時期及び態様をも考えあわせると、債権者の組合活動がなければかかる時期にかかる態様での解雇はなかったものと推認されるのであって、結局、本件解雇は不当労働行為意思に基づく要素が強いと認めざるをえず、無効である。

四  以上によれば、債権者は、昭和六〇年一月一日以降も債務者会社の従業員たる地位にあり、毎月二六日限り金一五万二九二八円の賃金債権を有していることが一応認められる。

(保全の必要性について)

申請の理由4の事実は(証拠略)により一応認められる。そして特段の反証もないから、現段階における地位保全及び賃金仮払の必要性は一応肯定できるが、将来の事情変更の可能性を考えると、本決定後六か月以後についてまで賃金の仮払をすべき保全の必要性については、これを肯定しうるだけの疎明がない。

よって、本件申請は、主文の範囲で保全の必要性が認められるからこれを認容し、それを超える範囲では保全の必要性につき疎明がなく、保証を立てさせて疎明にかえることも相当でないからこれを却下することとし、申請費用については民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 北澤晶)

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