大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和60年(ワ)1450号 判決 1987年8月27日

原告 島田顕吉

右訴訟代理人弁護士 伊東秀子

同 古川景一

被告 毛塚運輸株式会社

右代表者代表取締役 毛塚博夫

右訴訟代理人弁護士 渡辺英一

主文

一  被告は原告に対し金一七四一万八八〇七円及びこれに対する昭和五九年八月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、二六三五万二二六六円とこれに対する昭和五九年八月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  当事者

(一) 被告は、港湾運送、道路運送等の事業を営む株式会社である。

(二) 株式会社新井商運(以下「新井商運」という。)は、運送業は営むものであり、昭和五九年八月二三日当時、被告から鋼材運搬業務を請負っていた。当時、原告は、四六才の男子で新井商運において、大型トレーラーの運転手として勤務していた。

2  事故の発生

被告は、昭和五九年八月二三日午前一一時三〇分ころ、帯鉄で別紙図面のとおり五本を一束として束ねたH型鋼材(以下「鋼材」という。)を被告有明営業所から新井商運の大型トレーラーで搬送させるため、同営業所鋼材置場において、鋼材をトレーラーに積載する作業を行い、同作業指揮者として被告作業員門田勝成(以下「門田」という。)、クレーン車運転手として髙久廣(以下「髙久」という。)、玉掛作業員として嘉納永豊(以下「嘉納」という。)らを従事させた。

原告は、髙久の運転する移動式クレーンのワイヤーロープで玉掛されて巻き上げられた二束ないし三束の鋼材をトレーラーの荷台上に積載するにあたって、同荷台上で、鋼材の積載位置を決め、巻き下げ中の鋼材に手をそえて積載位置を調整する作業に従事していた際に別紙図面表示のとおり鋼材の束の上部にできたすき間に左拇指を挟まれ、左拇指切断の傷害を受けた。

3  被告の責任

(一) 債務不履行責任

(1) 被告従業員門田は、本件積載作業全体について指揮命令をしていたものであり、原告は本件積載作業全体の中の一部について職務分掌としてトレーラー荷台上でクレーンのワイヤーロープで吊り上げられた鋼材の積載位置を調整する作業に従事していたものであるから、被告との間で指揮命令ないし使用従属の関係にあった。

したがって、被告は、原告に対し、労働契約上の信義則に基づき、原告の生命身体について安全保護義務を負っていたものということができる。

(2) 右安全保護義務の具体的内容は、以下のとおりである。

(イ) 本件積載作業は、移動式トラックのクレーンのワイヤーロープで玉掛された一〇ないし一五本もの鋼材の巻き下げ作業であるから、これが接地し始めてから完全に置場に置かれるまでの間に鋼材と置場の間に挟まれたり、鋼材の間に挟まれたり、あるいは荷崩れが起きてこれの下敷になったりする高度の危険性があるから、これらの危険による危害を防止するため、被告及び被告の履行補助者である門田、髙久、嘉納には少なくとも次の作業手順で巻き下げ作業が行われるようにしなければならない義務がある。

(a) 置場まで吊り荷を移動させた後、巻き下げの合図をし、手の届く高さで一旦停止の合図をして、これを停止させる。

(b) 吊り荷を置場の中心へ誘導し、振れをとめてから、吊り荷の向きが所定の方向を向くように吊り荷を回転させる。これは、可能な限り手鈎によって行うこととし、直接手を触れて行うことは、他に方法がないときに限り行う。

(c) 作業に従事する者全員が安全な位置にあること、特に、吊り荷の回転運動を防止するため手鈎を使用している者もしくはやむをえず手を添えている者がいるときは、これらの者の身体が安全な位置にあり接地の時点で挟まれる危険のないことを確認した上で、巻き下げの合図をする。

(d) 吊り荷に直接作業者が手を添えている場合は、その者に危害が及ぶことのないように緩慢な速度で降下させる。

(e) 吊り荷が置場に接した瞬間に一旦停止の合図をし、重心が置場の中心にあるかを確認し、不具合がないことを確かめる。

(f) 巻き下げの合図をしてワイヤーロープをゆるめる。

(ロ) 更に、被告及び右門田は、右作業手順について関係従業員を教育し、これが遵守されていないときはその徹底をはかり事故の発生を未然に防止する義務がある。

(3) 被告、門田、髙久及び嘉納には、以下のとおり注意義務違反の過失がある。

(イ) 鋼材をトレーラーに積み込む作業において、一段目の一回目の積み込み作業の際には、その位置ぎめが問題となるので、気を使うことになり、二段目以上の積み込みは足場が不安定になる等してやはり気を使うことになるが、これらの作業に比較して、一段目の二回目の積み込み作業は一回目に積んた鋼材の一五センチメートル横に積み込むだけであるので、一番気を使わなくてすむことになる。

嘉納は、クレーン車運転手髙久に対し、クレーンの運転について合図を行っていたが、一段目の二回目の積載作業であった本件事故発生時に、原告の動静に十分な注意を払うこともなく、また、原告に声を掛けることもなく慢然と巻き下げの合図をした。

(ロ) クレーンを運転していた髙久は、ワイヤーロープで吊り上げられた鋼材の巻き下げのためエンジン・ブレーキのレバーを入れた後、アクセルを踏み込まなければ、エンジン回転数が毎分六〇〇回転であり、降下速度が緩慢であるにもかかわらず、あえてアクセルを踏み込んでエンジンの回転数を毎分一〇〇〇回転まで上げて、早い速度で鋼材の巻き下げを行った。

原告は、トレーラー上で鋼材の束の両端を両手を広げて掴み、鋼材の位置を調整するため、この鋼材に向かって右方向に回転させようと力を入れていた。そのため、原告は、前につんのめるように姿勢を崩し、左拇指が鋼材の束の鋼材と鋼材の隙間に入ってしまった。

(ハ) 髙久は、鋼材が接地する瞬間に一旦停止をしないまま鋼材の巻き下げをしたため、鋼材の自重で隙間がなくなり、原告はこれに左拇指を挟まれて左拇指切断の傷害を受けるに至った。

(ニ) 被告は、嘉納が声を掛け合わずに慢然と巻き下げの合図をするなど日常の安全教育や指導が不徹底である。

被告は、被告従業員が巻き下げ作業の際、接地の瞬間に一旦停止して安全確認を行わないことが慣行となっていたものであり、この点においても、日常の安全教育や指導が不十分であった。

(二) 不法行為者責任

被告は、前記注意義務を負っていたが、前記のとおり右義務を怠った過失により本件事故を発生させたものであるから、不法行為者としてこれにより原告の被った損害を賠償する責任がある。

(三) 使用者責任

門田は、本件作業全体の責任者として前記注意義務を、髙久はクレーン運転手として前記注意義務を、嘉納は本件作業にあたりクレーン運転手に合図を行っていた者として前記のとおり注意義務をそれぞれ負っていたにもかかわらず、前記のとおり右義務に違反した過失により本件事故を発生させたものである。

被告は、右門田、髙久、嘉納の使用者として、同人らが被告の業務の執行中、右過失により本件事故を発生させたものであるから、これにより原告の被った損害を賠償する責任がある。

(四) 運行供用者責任

被告は、本件クレーン車を所有もしくはリースして、本件積載作業のために使用し、運行を支配していたものであるから、本件クレーン車の運行供用者である。

本件事故は、操縦者においてクレーン車の固有の装置であるクレーンをその目的に従って操作したことにより発生したものであるから、自動車の運行によって発生したものである。

したがって、被告は、本件事故により被った原告の損害を賠償する責任がある。

4  原告の損害

(一) 受傷の部位・程度

原告は、本件事故により左拇指切断の傷害を受け、昭和五九年八月二三日に東京慈恵会医科大学附属病院において左拇指断端形成手術を行い、その後、同年一一月二四日まで本島病院において通院加療を受けたが現在、後遺障害等級九級の後遺障害を残している。

(二) 損害額

(1) 休業損害 三一万四八九六円

原告は、本件受傷により、昭和五九年八月二三日から同年一〇月二〇日まで休業を余儀なくされたが、右期間における労災保険給付は基礎日額が一万三〇九八円であるから、これを基準に算出すると、右期間における原告の得べかりし賃金は七七万二七八二円(13,098×59=772,782)となる。

原告は、労災保険の休業補償として四二万四三八六円の支給を受けたので、前記受べかりし賃金からこれを控除すると、少くとも三一万四八九六円(計算上は三四万八三九六円)の得べかりし利益を失い、同額の損害を被った。

(2) 逸失利益 一七七五万八一二四円

(イ) 原告は、本件事故当時、四六歳の男子であり、トラック運転手として稼働し、前記のとおり一日当りの賃金を一万三〇九八円とみることができるものであるから、少なくとも六〇歳になるまで一日当り右賃金を得たことが確実である。

原告は、本件事故により、左拇指切断の後遺障害(障害等級九級)を残し、右後遺障害により労働能力の三五パーセントを喪失した。

そこで、右期間の逸失利益から中間利息を控除して、事故当時の現在価を算出すると、一七四一万七七三一円(13,098×365×0.35×10.4094=17,417,731)となる。

(ロ) 昭和六〇年度賃金サンセス第一表「年令階級別きまって支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額」によれば、企業規模計、産業計、学歴計の男子労働者の場合、「きまって支給する現金給与額」は月額二七万四〇〇〇円であり、「年間賞与その他特別給与額」は九四万〇一〇〇円であるから、その年間給与総額は四二二万八一〇〇円(274,000×12+940,100=4,228,100)となる。そして、原告は、六〇歳から六七歳まで、少なくとも右四二二万八一〇〇円の賃金を得たことが確実である。

ところが、原告は、前記のとおり本件後遺障害により三五パーセントを喪失した。

そこで、右期間の逸失利益から中間利息を控除して、事故当時の現在価を求めると五四六万七一〇二円{4,228,100×0.35×(14.1038-10.4094)=5,467,102}となる。

(ハ) 原告は、本件受傷により労災保険の障害補償一時金として五一二万六七〇九円の支給を受けたので、前記合計額からこれを控除すると、一七七五万八一二四円(17,417,731+5,467,102-5,126,709=17,758,124)の得べかりし利益を失い、同額の損害を受けた。

(3) 慰藉料 六二〇万円

原告は本件事故により、左拇指切断の傷害を受け、前記のとおり通院し、後遺障害を残している。

原告は、本件受傷後、職場に復帰したが、左手の握力低下により積荷作業をすることができなくなったため、受傷前に従事していた運転業務に就くことが不可能となり、同年一一月二〇日に退職し、その後も就職できない状態にある。

本件事故は、立場の互換性のない労働災害によるものであり、又、被告の重大な義務違反によるものである。

したがって原告の慰藉料としては、六二〇万円が相当である。

(4) 弁護士費用 二二〇万円

原告は、原告代理人に本件訴訟の追行を委任し、費用等の支払いを約しているものであるところ、原告の支払う弁護士費用のうち二二〇万円は本件事故と相当因果関係ある損害として、被告において負担すべきものである。

(5) 合計 二六四七万三〇二〇円

5  結論

原告は、被告に対し、損害賠償請求権に基づき二六四七万三〇二〇円のうち二六三五万二二六六円とこれに対する昭和五九年八月二三日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の答弁並びに主張

1  第1項の事実は認める。

第2項の事実は認める。

第3項(一)、(二)の事実は否認する。(三)のうち、被告が門田、髙久、嘉納の使用者であることは認め、その余の事実は否認する。(四)のうち、被告が、本件クレーン車の運行供用者であることは認め、その余の事実は否認する。

第4項(一)、(二)の事実は知らない。

2  被告の責任について

(一) 債務不履行責任について

(1) 原告と被告との間には、実質的に雇用契約の当事者として同視しうる関係にはない。

すなわち、原告がトレーラー運転業務に従事し、鋼材の搬送業務に従事していたのは、新井商運と原告との間の雇用契約にもとづく原告の労務であった。

移動式クレーンによる積載作業中、原告がトレーラー荷台に乗っていたのは、被告作業員からの指示によるものではない。積載作業は、被告の玉掛け作業員のみによって完成できることである。原告は、被告積荷のほかに、運送予定の貨物の有無、あるいは運転手の運行の便宜からトレーラーへの積載位置指示のため、荷台に乗り、鋼材に手を添えながらその指示をなしていたものである。したがって、原告が、被告鋼材積載作業全体の中の一部の職務分掌としてなしていたものではない。

本件積載作業は、鋼材の置場から、クレーンによって鋼材を巻き上げ、これをトレーラーの荷台に巻き上げするということであるが、置場の巻き上げ巻き下げについても、被告従業員である玉掛け作業員をして従事させており、原告の労務は、積載した鋼材を所定の場所までトレーラーで搬送するということである。

(2) 本件事故は、以下の理由によりもっぱら原告の過失により発生したものであり、被告、被告従業員門田、髙久、嘉納には原告主張の過失はない。

すなわち、本件鋼材の形状は、別紙図面のとおり、H型鋼材をI状に横に五本束ねたものである。束ね方は、帯鉄を前後二か所を留めてある。

移動式クレーンを鋼材置場に移転し、トレーラーはバックをして、同クレーンに接近し停止する。

被告作業員が右五本の束を二束ないし三束にして、これにクレーンのワイヤーロープをかけ、同作業が終れば、クレーン運転手に手で吊り上げの合図をする。

運転手は、右合図に従って吊り上げ、トレーラー荷台上部まで移動する。トレーラー荷台には被告作業員が荷台後部に位置し、鋼材が荷台と平行になるように鋼材に手をそえながら調整し、手で降下の合図(手の平を下に向けた状態で、腕を上下させる方法)をする。

同合図に従って、クレーン運転手が動力にエンジンブレーキをかけた状態でゆっくり荷台に降下させる。

移動式クレーンがワイヤーロープで鋼材を吊り上げている状態では、鋼材の自重により、束ねている五本のH型鋼の間にすき間が出来るが、このすき間は、鋼材を荷台に接着してクレーンの揚力が不要となった時点で、今度は鋼材の自重により閉じる。原告は本件鋼材の降下途中で漫然と親指を鋼材の束の上部のすき間に入れていたため、鋼材が荷台に接着した際、指をはさまれ、指先の端をつぶされたものである。

原告は、鋼材運搬の業務に従事していたのであるから、鋼材吊り下げの状態でできるすき間は接着時に閉じることになり、鋼材に手をかけて作業をするに際しては、吊り下げ状態でできるすき間に指を入れては危険であることを十分認識できていたはずである。

(二) 不法行為者責任、使用者責任について

被告及び被告従業員には、本件事故の発生について過失のないことは前記主張のとおりである。

三  被告の抗弁

1  運行供用者責任について

仮に、本件事故が本件クレーン車の運行によって発生したとしても、被告のクレーン運転手に、前記のとおりクレーン操作上の過失はない。又、被告は、本件クレーン車の運行に関し注意を怠った点はなく、本件クレーン車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかったから、免責される。

2  過失相殺

本件事故の発生について、原告には前記過失が存するのであるから、少くとも三割の過失相殺が相当である。

四  抗弁に対する原告の認否並びに主張

1  否認する。

2  原告には、本件事故の発生について過失はない。

被告は、原告が鋼材降下の途中で慢然と拇指を鋼材の隙間に入れた過失により、鋼材が荷台に接着した際に本件事故が発生したというものである。

しかし、動作の合理性を考えるに、胸の高さにある鋼材の水平方向の隙間に、爪が上方向か横方向になるようにして拇指を敢えて挿入した場合、鋼材が降下するにつれて、拇指関節は外転をさせられる。拇指の外転可能範囲は、橈側に〇~六〇度、掌側に〇~九〇度であるから、その状態のままで鋼材が降下をつづければ、鋼材が腰の位置まできた時点で、拇指は外側にねじまげられ、その上さらにそのまま鋼材が降下をつづければ、鋼材が接地して指先がつぶれる前に、拇指関節部分で骨折が生じてしまうのである。このような外側にねじまげる力が加われば、骨折に至る前すなわち鋼材が腰の位置より低くなる前に反射的に指を引き抜くのが当然である。このような骨折に至る事態を回避し、かつ、拇指を水平方向の隙間に挿入し、着地するまでこの状態を維持しようとするなら、拇指の爪が下を向くような状態で拇指を挿入しなければならない。これでは、鋼材を掴むのに、小指が上で拇指が下になるようにしなければならず、このような不自然な掴み方をする可能性はない。

したがって、被告の主張は、人間の拇指の可動範囲を無視した机上の空論であることが明白である。

第三当事者の提出した証拠《省略》

理由

一  当事者

以下の事実は、当事者間に争いがない。

1  被告は、港湾運送、道路運送等の事業を営む株式会社である。

2  新井商運は、運送業を営むものであり、昭和五九年八月二三日当時、被告から鋼材運搬業務を請負っていた。当時原告は、四六才の男子で、新井商運において、大型トレーラーの運転手として勤務していた。

二  事故の発生

1  以下の事実は、当事者間に争いがない。

被告は、昭和五九年八月二三日午前一一時三〇分ころ、帯鉄で別紙図面のとおり五本を一束として束ねた鋼材を被告有明営業所から新井商運の大型トレーラーで搬送させるため、同営業所鋼材置場において、右鋼材をトレーラーに積載する作業を行い、同作業指揮者として被告従業員門田、クレーン車運転手として髙久、玉掛作業員として嘉納らを従事させた。

原告は、髙久の運転する移動式クレーンのワイヤーロープで玉掛されて巻き上げられた二束ないし三束の鋼材をトレーラーの荷台上に積載するにあたって、同荷台上で、鋼材の積載位置を決め、巻き下げ中の鋼材に手をそえて積載位置を調整する作業に従事していた際に別紙図面表示のとおり鋼材の束の上部にできた隙間に左拇指を挟まれ、左拇指切断の傷害を受けた。

2  ところで、本件積載作業の概要は、《証拠省略》を総合すると、以下のとおりであることを認めることができ、以下の認定に反する証拠はない。

(1)  この種の積載作業は、通常、四人又は五人一組で行われる。そして、本件積載作業は、前記のとおり作業指揮者として門田、クレーン運転手として髙久、玉掛作業員として嘉納のほか被告従業員二名が一組となって、事故当日の午前八時ころから開始した。

(2)  まず、髙久の運転する移動式クレーンを鋼材置場に移転して据えつけ、門田の指示に従って、トレーラーの後部をクレーンに接近して停止させる。

(3)  次で、被告作業員二名が五本を一束(約一トン余り)に束ねた鋼材(長さ九メートル、高さ二五〇ミリメートル)を二束ないし三束にして、これにクレーンのフック付ワイヤーロープ二本と両端アイワイヤーロープ二本をかけ、同作業が終ると、クレーン運転手髙久に手で吊り上げの合図をする。

髙久は、右合図に従って右鋼材を巻き上げ、トレーラー荷台上部まで移動する。

嘉納は、トレーラー荷台後部に位置し、胸の高さで、鋼材が荷台と平行になるように鋼材に手をそえながら調整し、手で降下の合図(手の平を下に向けた状態で、腕を上下させる方法)をする。

同合図に従って、髙久は、右鋼材を荷台に巻き下げる。

(4)  この間、原告は、トレーラーの荷台上で嘉納とともに前記のとおり巻き下げ中の鋼材の積載位置を調整する。

三  被告の責任

1  債務不履行責任

先に認定した事実によれば、本件積載作業は鋼材置場からクレーンによって鋼材を巻き上げ、これをトレーラーの荷台に巻き下げをするものであり、同作業指揮者として被告従業員門田、クレーン車運転手として同髙久、玉掛作業員として同嘉納、その他の作業員として二名が従事しており、原告としてはトレーラー運転手として荷台への積載位置を指示する必要から、荷台に乗り積載位置を調整する作業に従事していたことを認めることができる。したがって、原告は、本件積載作業全体の中の一部の職務分掌として被告従業員から指揮命令を受けて、右作業に従事したものとは認め難いというほかはない。

してみれば、原告と被告との間には雇傭契約と同視しうる法律関係はないので、このような法律関係の存在を前提とする安全保護義務についての債務不履行責任は認めることができない。

2  不法行為者責任又は使用者責任

(一)  まず、本件積載作業について、被告及び被告従業員らがいかなる注意義務を負っているかについて検討する。

(1) 《証拠省略》によれば、本件積載作業に従事する者は、少くとも以下の作業手順で鋼材の巻き下げ作業を行うようにしなければならないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(イ) 置場まで吊り荷を移動させた後、巻き下げの合図をし、手の届く高さで一旦停止の合図をして、これを停止させる。

(ロ) 吊り荷を置場の中心へ誘導し、振れをとめてから、吊り荷の向きが所定の方向へ向くように吊り荷を回転させる。これは、可能な限り手鈎によって行うこととし、直接手を触れて行うことは、他に方法がないときに限り行う。

(ハ) 作業に従業する者全員が安全な位置にある。特に、吊り荷の回転運動を防止するため手鈎を使用している者もしくはやむをえず手を添えている者がいるときは、これらの者の身体が安全な位置にあり接地の時点で挾まれる危険のないことを確認したうえで、巻き下げの合図をする。

(ニ) 吊り荷が置場に接した瞬間に一旦停止の合図をし、重心が置場の中心にあるかを確認し、不具合がないことを確かめる。

(ホ) 巻き下げの合図をしてワイヤーロープをゆるめる。

(2) したがって、本件事故当日、本件積載作業に従事した被告従業員門田、髙久、嘉納らは、右注意義務を負っていたものということができ、更に、被告は、右作業手順について関係従業員を教育し、これが遵守されていないときはその徹底をはかり事故発生を未然に防止する義務を負っていたものということができる。

(二)  次に、被告及び被告従業員らの右注意義務違反の有無について判断する。

(1) 《証拠省略》を総合すると、以下の事実を認めることができ、以下の認定を覆すに足りる証拠はない。

(イ) 鋼材をトレーラーに積み込む作業において、一段目の一回目の積み込み作業の際は、その位置ぎめが問題となるので、気を使うことになり、二段目以上の積み込みは足場が不安定になる等してやはり気を使うことになるが、これらの作業に比較して、一段目の二回目の積み込み作業は、一回目に積んだ鋼材の一五センチメートル横に積み込むだけであるので、一番気を使わなくてすむことになる。このため、嘉納は、一段目の二回目の積載作業であった本件事故発生時に、胸の高さにあった鋼材を原告の動静に十分な注意を払うこともなく、また、原告に声を掛けることもなく巻き下げの合図をした。

(ロ) クレーンを運転していた髙久は、ワイヤーロープで吊り上げられた鋼材の巻き下げのためエンジンブレーキのレバーを入れた後、アクセルを踏み込まなければ、エンジン回転数が毎分六〇〇回転であり、降下速度を緩慢とすることができるが、アクセルを踏み込んで、エンジンの回転数を毎分一〇〇〇回転まで上げて、かなり早い速度で鋼材の巻き下げを行った。

原告は、トレーラー上で鋼材の束の両端を両手で広げて掴み、鋼材の位置を調整するため、この鋼材に向かって右方向に回転させようと力を入れていたこともあって、思わず左拇指を鋼材の束の鋼材と鋼材の隙間に差し込み、巻き下げ中の鋼材の力に引っぱられるような格好となった。

(ハ) 髙久は、鋼材が接地する瞬間に一旦停止をしないままに鋼材の巻き下げをしたため、鋼材の自重で隙間がなくなり、原告はこれに左拇指を挟まれて、左拇指の傷害を受けた。

(2) 右認定事実によれば、髙久はクレーン車運転手として、嘉納は玉掛作業員として、本件積載作業に従事するに際し、前記2(一)(1)記載の(ハ)(ニ)の注意義務に違反し、本件事故を発生させたものと認めることができる。

被告が本件積載作業の手順について関係従業員に対する教育の徹底をはかっていなかったことは、本件全証拠によるもこれを認めることができない。

(三)  被告が右髙久、嘉納の使用者であることは当事者間に争いがない。そして、同人らが被告の業務の執行中、前記過失により本件事故を発生させたものと認められることは前記認定のとおりであるから、被告は民法七一五条により本件事故により原告の被った損害を賠償する責任がある。

四  過失相殺

先に認定した事実によれば、原告は、鋼材運搬の業務に従事していたのであるから、鋼材吊り下げの状態でできる隙間は接着時に閉じることになり、鋼材に手をかけて作業をすることに際しては、吊り下げ状態でできる隙間に指を入れないようにすべき注意義務があるのに、これを怠り、前記認定の経過で鋼材の巻き下げの途中で左拇指を鋼材の束の上部の隙間に入れていたため、鋼材が荷台に接着した際左拇指をはさまれ、左拇指切断の傷害を受けたものであるから、本件事故の発生について原告にも二割の過失があるものと認めるのが相当である。

五  原告の損害

1  受傷の部位・程度

原告が本件事故により左拇指切断の傷害を受けたことは前記認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、原告は、右受傷により、昭和五九年八月二三日に東京慈恵会医科大学附属病院において左拇指断端形成手術を受け、その後、同年一一月二四日まで本島病院において通院加療をしたが現在、後遺障害等級九級の後遺障害を残していることを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  損害額

(一)  休業損害

《証拠省略》によれば、原告は、本件受傷により、昭和五九年八月二三日から同年一〇月二〇日まで休業を余儀なくされたこと、右期間における労災保険給付基礎日額は一万三〇九八円であることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。したがって、原告の休業損害をこれを基準に算出すると、右期間における原告の得べかりし賃金は七七万二七八二円(13,098×59=772,782)となるところ、原告の前記過失を斟酌すると、六一万八二二五円となる。

そして、《証拠省略》によれば、原告は、労災保険の休業補償として四二万四三八六円の支給を受けたことが認められるので、前記受べかりし賃金からこれを控除すると、原告は一九万三八三九円の得べかりし利益を失い、同額の損害を被ったものということができる。

(二)  逸失利益

(1) 原告が本件事故当時、四六歳の男子であり、トラック運転手として稼働し、前記のとおり一日当りの賃金を一万三〇九八円とみることのできることは先に認定したとおりであるから、少なくとも六〇歳になるまで一日当り右賃金を得ることができたものと認めることが相当である。

原告が本件事故により、左拇指切断の後遺障害(障害等級九級)を残していることは先に認定したとおりであり、原告は右後遺障害により労働能力の三五パーセントを喪失したと認めるのが相当である。

そこで、右期間の逸失利益から中間利息を控除して、事故当時の現在価を算出すると、一七四一万七七三一円(13,098×365×0.35×10.4094=17,417,731)となる。

(2) 昭和六〇年度賃金センサス第一表「年令階級別きまって支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額」によれば、企業規模計、産業計、学歴計の六〇歳から六四歳までの男子労働者の場合、「きまって支給する現金給与額」は月額二二万四八〇〇円であり、「年間賞与その他特別給与額」は五九万三四〇〇円であるから、その年間給与総額は三二九万一〇〇〇円(224,800×12+593,400=3,291,000)となることが明らかである。そして、原告は、六〇歳から六四歳まで、少なくとも毎年右三二九万一〇〇〇円の賃金を得ることができたものと認めることができる。

ところが、原告は、前記のとおり本件後遺障害により三五パーセントの労働能力を喪失した。

そこで、右期間の逸失利益から中間利息を控除して、事故当時の現在価を求めると二五二万六九二八円{3,291,000×0.35×(12.6032-10.4094)=2,526,928}となる。

(3) 前記賃金センサスの六五歳以上の男子労働者の収入は二九五万〇一〇〇円(204,100×12+500,900=2,950,100)となることが明らかである。そして、原告は、六五歳から六七歳まで、少くとも右二九五万〇一〇〇円の賃金を得たものと認めることができる。

ところが、原告は前記のとおり本件後遺障害により三五パーセントの労働能力を喪失した。

そこで、右期間の逸失利益から中間利息を控除して事故当時の現在価を求めると一〇一万九九三八円{2,950,100×0.35×(14.1038-13.1160)=1,019,938}となる。

(4) 右事実によれば、原告は、本件事故により二〇九六万四八二七円(17,417,731+2,526,928+1,019,938=20,964,597)の損害を被ったものと認められるが、原告の前記過失を斟酌すると、一六七七万一六七七円となる。

そして、《証拠省略》によれば、原告は、本件受傷により労災保険の障害補償一時金として五一二万六七〇九円の支給を受けたことを認めることができるので、前記合計額からこれを控除すると、原告は一一六四万四九六八円(16,771,677-5,126,709=11,644,968)の得べかりし利益を失い、同額の損害を受けたものということができる。

(三)  慰藉料

原告が本件事故により、左拇指切断の傷害を受け、前記のとおり通院し、後遺障害を残していることは、前記認定のとおりである。

そして、《証拠省略》によれば、原告は、本件受傷後、職場に復帰したが、左手の握力低下により積荷作業をすることが困難となり、受傷前に従事していた運転業務に就くことも困難となったこともひとつの理由となって、同年一一月二〇日に同会社を退職したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

したがって、原告の慰藉料としては原告の前記過失を斟酌すると四〇〇万円が相当である。

(四)  合計

以上合計すると、原告の損害額は一五八三万八八〇七円となる。

(五)  弁護士費用

原告が、原告代理人に本件訴訟の追行を委任し、費用等の支払いを約していることは、《証拠省略》によりこれを認めることができるところ、本件事故と相当因果関係ある損害としては前記一五八三万八八〇七円のほぼ一割に当る一五八万円と認めるのが相当である。

六  結論

以上の理由により、原告は、被告に対し、損害賠償請求権に基づき一七四一万八八〇七円とこれに対する昭和五九年八月二三日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を有するものと認められる。

よって、原告の本訴請求は以上の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福永政彦)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例