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札幌地方裁判所 昭和62年(ワ)845号 判決 1990年10月19日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

原告は、被告に対し、不法行為(詐欺行為)による損害賠償請求権、あるいは、原告と被告との間の商品先物取引委託契約の詐欺による取消し又は公序良俗違反による契約の無効を理由とする不当利得返還請求権に基づき、七八〇万円及びこれに対する昭和六二年四月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求めた。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  被告は、商品先物取引の受託業務等を目的とした株式会社である。

2  原告は、被告との間に、別表第1記載のとおり昭和六一年四月七日から同年九月一八日までの間、ニューヨーク・コーヒー・砂糖・ココア取引所におけるコーヒーの商品先物取引委託契約を締結し、その差引損益残高勘定は、別表第2のとおりである(その取引が原告の意思に基づくものであったか否かは後記のとおり争いがある。)。

3  原告は、被告に対し、昭和六一年四月九日、取引委託保証金三〇〇万円を交付し、更に、同月一七日追加取引委託保証金四八〇万円を交付した(乙三、原告は右金額の合計七八〇万円を被告の損害賠償債務ないし不当利得返還債務と主張する。)。

4  原告は、被告に対し、昭和六二年八月二六日本件口頭弁論期日に陳述した準備書面において本件契約を被告の詐欺による契約であることを理由に取消しの意思表示をした。

二  争点

1  被告の違法行為(詐欺行為)の有無

原告は、そもそも被告は顧客から委託保証金名下に金員を騙取することを目的とした会社であり、次のとおり本件契約の締結自体被告の違法行為(詐欺行為)を構成するし、また、契約締結の際、被告の社員に詐欺行為があったと主張した。

ア 被告は、原告との間において本件契約を締結したが、右契約に基づいて、実際市場での売買を行っておらず、被告の取引はいわゆる呑み取引であった。

イ 被告は、本件契約において原告の買玉に対しては被告の売玉、原告の売玉に対して被告の買玉の取引を行うといういわゆる向かい玉を行っていた。これは本件契約の受託者として原告の利益を図らなければならない地位に違反する違法行為である。

ウ 被告は、原告の承諾なく無断に市場での売買を行い、当初は原告から追加委託保証金を出させるために益金を計上し、最終的には損金を出させ、結局原告から交付を受けた保証金の返還を作為的に免れた。

エ 原告は、被告に対し、昭和六一年四月一三日及び同年六月中旬に、保証金の返還あるいは本件契約の仕切りを要求した。この時点で仕切っていると原告には利益が出たが、被告は原告の要求に一切応じないばかりか、保証金の返還を約束するなどして原告を欺もうし、取引を継続させ、結局本件取引において原告に損金を出させ、保証金の返還を不能にさせた。

オ 本件契約締結の際、被告の社員は商品取引は必ず儲かると原告に説明し、保証金を失う危険性はもちろんのこと、相場取引の危険性につき一切開示しなかった。

2  公序良俗違反による本件契約の無効

原告は、前記1の事情の下に締結された本件契約は、公序良俗に反し無効であると主張した。

3  原告の追認

被告は、被告の行為が詐欺行為に当たり、あるいは本件契約が公序良俗に反しても、原告は、昭和六一年四月二六日以降右各事実を知りながら原告の自由な意思で被告との取引を継続したことにより、同日以前の行為を追認したものであると主張した。

4  和解の成立

被告は、原告と被告との間において、昭和六一年九月三〇日、被告の原告に対する帳尻不足金八万七三一八円の請求債権を放棄することで、本取引に関する債権債務はないことにする和解が成立したと主張した。

第三  争点に対する判断

一  被告は、顧客から委託保証金名下に金員を騙取することを目的とした会社であったか

1  <書証番号略>(アメリカン・コープ株式会社の第一回債権者集会における破産管財人の報告書)によれば、日本アイビー株式会社の渋谷支店の営業を引き継ぐ形で設立されたアメリカン・コープ株式会社につき日本アイビー株式会社の首謀者らにおいて刑事責任の追及を回避するための顧客に対する和解金の支払を目的として設立されたものであり、その営業活動は全体として詐欺行為に該当すると評価されてもやむを得ないものであること、被告も同様に日本アイビー株式会社の北海道方面の営業を引き継ぐ形で設立されたことの各記載があることが認められる。

2  <書証番号略>(被告に昭和六一年五月から同年一二月まで勤め、営業部次長の地位にあった証人小金山正平の別事件における証言調書)によれば、小金山は、被告が日本アイビー株式会社の債務を一億円余り引き継いで設立された会社であること、被告が顧客から集めてくる委託保証金は一箇月平均五、六〇〇〇万円で、被告が受領する手数料は右保証金の一割である五、六〇〇万円であり、一方、被告の経費は一箇月二三〇〇万円前後であるから、被告は、顧客から受けた保証金を会社の経費の支出のために使用し、商品取引において顧客に損をさせ委託保証金を返還しないという前提で経営が成り立っていた会社であることを証言する。

3  しかし、<書証番号略>の各記載にはその根拠となる資料が明らかにされておらず、破産管財人の意見にわたる部分も含まれていること、また、アメリカン・コープ株式会社において破産管財人の報告のとおりであったとしても、日本アイビー株式会社の営業を引き継ぐ形で設立されたということをもって、被告もアメリカン・コープ株式会社と同様であると直ちにいうことはできない。

被告と日本アイビー株式会社との関係についての小金山の証言は、警察の取調べの過程において警察にいた個人的な知合から聞いた情報を根拠にしているものであり、その証言の信ぴょう性には問題なしとしない。また、被告の手数料収入に関する証言も、被告が一箇月に顧客から預かる委託保証金の額を基準にした証言であり、手数料取得の原因となる取引回数については考慮に入れていない点、<書証番号略>(被告代表者の別件事件における本人調書)によれば、被告代表者は被告の手数料収入に関し一箇月二〇〇〇万ないし三〇〇〇万円である旨の小金山と異なる証言をしている点などからして、小金山の右証言も直ちに採用し難い。

他に、被告が顧客から委託保証金名下に金員を騙取することを目的として設立された会社であることを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件全証拠によるもいまだ被告が顧客から委託保証金名下に金員を騙取することを目的として設立された会社であることを認めることはできないといわなければならない。

二  呑み取引

1  <書証番号略>によれば、証人小金山正平は、別件事件において次のとおり証言していることが認められる。

ア 被告は、顧客から委託を受けた先物取引について、電話で紀栄貿易株式会社(以下「紀栄」という。)に注文を依頼していた。紀栄が、右取引をどこに注文していたか、実際にニューヨーク市場に注文を出していたかは知らない。

イ 被告は紀栄との間において一枚の取引につき二、三〇〇〇円の仲介手数料を支払う約束をして、一箇月に定額二〇万円位を支払っていた。被告と紀栄との間に、そのほかの金銭のやり取りはなく、委託保証金を紀栄に預けていたこともない。

ウ 香港及びカナダのゴールドストック・コモディティ社並びにレフコ・フューチャー社については、被告が発行していたパンフレットで承知していたが、被告が顧客から委託された商品取引について右会社に注文している事実はなかったし、右会社との間に郵便やファックスでのやり取りをしているのを見たことがない。

エ 被告は、顧客から委託を受けた先物取引について海外の取引所における決済をしたのではなく、紀栄の提供する値段表での決済を行っていたと思っている。

2  しかし、<書証番号略>によれば、被告代表者は別件事件において次のとおりの供述をしていることが認められる。

ア 被告が顧客から委託を受けた先物取引については、まず、ファックスで香港のゴールドストック・コモディティ社へ注文を依頼する。そうすると、同社は、カナダのゴールドストック・コモディティ社、レフコ・フューチャー社を経由して、ニューヨークのコーヒー・砂糖・ココア取引所の正会員であるレフコ・インコーポレーションへ注文を依頼し、同社によってニューヨークの取引所において注文が実行される。

イ 被告は、顧客から注文を受け売玉と買玉が同数にならなかった場合、被告がその差額分の向かい玉を行い、売玉、買玉を同数にして注文を依頼していたので、ゴールドストック・コモディティ社に対し、証拠金を交付する必要がなかったし、また、同社からは証拠金設置保証信用状をもらっており、一定の金額に達するまでは証拠金を交付しなくてもよいことになっていた。

また、<書証番号略>(被告の取締役をしていた証人三田の別件事件における証言調書)によれば、三田は、前記アのとおり被告代表者と同様の証言をするほか、次のとおり証言したことが認められる。

ア 被告が、コーヒーの商品取引の委託業務を始めてからほぼ二、三週間はその業務に慣れないため紀栄を経由してゴールドストック・コモディティ社に注文を出していた。

イ 被告からゴールドストック・コモディティ社に直接注文を出すようになってからも、発注後キャンセルがあったり、注文内容を変更するなどの緊急の場合には紀栄を通じて電話でゴールドストック・コモディティ社へ連絡してもらうことがあった。

ウ ゴールドストック・コモディティ社に対し注文を依頼する場合の手数料は、一枚の取引につき約五〇〇〇円であり、被告はこれを東京銀行神戸支店に開設されていた同社の非居住者口座に振り込んで支払っていた。

エ 紀栄は、商品取引に関する情報を提供する会社であり、被告は同社との間に資料及び情報を提供してもらう契約を締結し、その費用として月額二〇万円を同社に支払っていた。

3ア  以上のとおり、被告が呑み取引を行っていたか否かの点については、これを肯定する証人小金山の証言とこれを否定する証人三田の証言及び被告代表者の供述が対立している。

イ <書証番号略>によれば、三田及び被告代表者のいずれにおいても、被告が顧客から委託を受け、ゴールドストック・コモディティ社に注文を出した先物取引について実際ニューヨークの市場で取引されているかを確認したことはないこと、被告が顧客に対し交付した売付・買付報告書及び計算書には、ニューヨーク市場において取引が打ち切られた商品につき、取引が行われたかのように取引価額が記入されている部分があること、被告はゴールドストック・コモディティ社とは直接一度も交渉を持ったことがないこと、被告は海外先物取引の委託業務を業として行っているのに被告の社員の中には外国語の知識あるものが一人もいなかったことが認められるのであり、これらの事情からすると、証人三田の証言及び被告代表者の供述の信用性には疑問なしとしない。

ウ しかしながら、証人小金山の証言も客観的な資料によって裏付けられたものではないし、<書証番号略>によれば、小金山は被告が顧客から委託を受けた先物取引につき海外の仲介業者に依頼を行う業務には関与していなかったこと、被告と紀栄がどのような契約を締結しているかをも知らないこと、被告の紀栄に対する手数料の支払に関する証言は警察の取調べの過程において警察にいた個人的な知合いから聞いた情報を根拠にしているものであることが認められる。

更に、<書証番号略>によれば、被告において呑み取引が行われていたとの容疑で昭和六一年一二月に警察の捜査が行われ、取引関係の書類が押収されるとともに、関係者の取り調べが行われたが、平成元年九月一一日に至っても、被告及び関係者に対し何らの刑事処分がなされていないことが認められる。

このような事情からすると、証人小金山の証言を客観的に裏付ける資料の提出がない以上、証人小金山の前記証言だけから、被告が呑み取引を行っていたと認定することは、いまだできないといわなければならず、他にこれを認めるに足りる証拠も存在しない。

三  向かい玉

1  <書証番号略>によれば、被告は、昭和六一年三月及び四月ころには顧客から委託を受けた先物取引に対しすべて被告が反対の注文を出し(向かい玉)、顧客から委託を受けた先物取引を仕切る時点においても被告の向かい玉を同時に仕切っていたこと、昭和六一年五月以降には売買付け足しという方法で顧客から注文を受けた売玉と買玉が同数にならなかった場合に被告がその差額分の向かい玉を行い、売玉、買玉を同数にして注文を依頼していたこと、被告が自己玉を行っていたのは全体の取引数の二割程度であったことが認められる。

2  原告が被告に委託した取引のうち、昭和六一年五月以降の分については、被告がこれに向かい玉の取引を行っていたという証拠はない。

昭和六一年四月分の取引については、1のとおり被告がすべて向かい玉の取引を行っていたのであるが、前記一のとおり被告が顧客から委託保証金名下に金員を騙取することを目的に設立された会社であることを認めることはできない以上、被告が原告の委託した商品取引に向かい玉の取引を行ったということをもって、これが直ちに被告の違法行為になるということはできない。

四  無断売買

1  <書証番号略>及び原告の供述によれば、被告は原告に対し、原告の商品について売付け及び買付けを行ったときは、その翌日ないし三日後に発行した売付・買付報告書及び計算書によりその結果を通知していたこと、右書面には不審の点については書面到着後二営業日以内に被告に連絡するようにとの注意書きが付記されていたことが認められ、そして、本件全証拠によるも原告が右書面の送付を受けて、その後被告が行った取引に異議を述べたという事実は認められない。

2  更に、原告の供述によれば、商品の取引を行う際には被告の社員から予め相場の動きを知らせ、売りの取引にするか買いの取引にするかを打診する電話があり、これに対し原告は専門家である被告の社員に任せるという対応をしていたこと、原告の商品について被告が勝手に取引を行い、通知だけがその後一方的に原告に送付されてきたことはないことが認められる。

3  以上の事実によれば、被告が原告の承諾なく無断に市場での取引を行っていたという事実も認められない。

五  原告の仕切り要求に応じなかったか

1  原告の供述によれば、原告は昭和六一年四月一一日に被告の社員から原告の商品を仕切ったら、三、四〇万円の利益が出たとの連絡を受けて、被告に対し右金員の払戻しを要求したこと、同年五月一日にも妻が入院していたため、利益が上がっていたならば金をもらいたいという気持で被告の事務所を訪ねたことが認められる。

2  しかし、<書証番号略>及び原告の供述によれば、四月一一日の要求については被告の社員から買増しをした方が利口であると言われ、結局納得をしてそれを承諾したことが認められるし、五月一日に被告を訪ねた際には結局被告に対し取引を今後も継続するという念書を差し入れて帰ってきたことが認められる。

原告は、<書証番号略>の念書に関し、原告が昭和六一年四月二六日北海道警察本部生活経済課に本件取引に関して相談に行った結果、被告の社員である鷹松が警察から呼び出され事情を聴取されたことについて、鷹松から因縁を付けられ、脅かされて書いたものであると供述するが、原告の供述によれば、原告は本件取引に関して警察に相談に行ったのに、その後鷹松から脅かされたことについては何ら警察に報告をしていないこと、前記四のとおり昭和六一年五月一日以降の取引について被告が原告の承諾を受けずに勝手に行ったという事実はないことなどの事情を考えると、原告の前記供述は採用できず、<書証番号略>は原告の真意に基づいて作成されたものと認められる。

3  以上によれば、被告が原告の仕切要求に応じなかったという事実も認められない。

六  被告の社員が相場取引の危険性を一切開示しなかった点

1  原告の供述によれば、商品取引の勧誘に来た被告の社員は原告に対し、コーヒーは天候不順で品薄になっており、コーヒーの商品取引は絶対儲かるということを強調してかなり執拗な勧誘を行ったこと、取引途中においては売玉と買玉を建てると損はしないことを強調して取引を継続させたことが認められる。

2  一方、原告の供述によれば、原告が被告の社員から商品取引の勧誘を受けた際、農業を営んでいたときに生産した小豆を相場を検討しながら市場に出した経験から、商品取引は利益が上がることもあるし、損をすることもあることは十分認識しており、被告の社員の説明を信用したわけではなく、少しでももうけがでればよいという気持ちで本件取引を始めたことが認められ、<書証番号略>によれば、被告の社員は原告に対し本件取引を始めるに当たり海外商品取引市場における先物取引の手引を交付していることが認められる。

更に、前記五のとおり、原告は取引途中において本件取引に関し北海道警察本部に相談に行き、その後も取引を異議なく継続している。

3  以上によれば、被告の社員の勧誘方法については、原告に本件契約の締結を承諾させるに急なあまり、商品取引における利益の部分だけを強調したり、執拗な勧誘を行ったことにおいて行き過ぎの点があったことは否定し得ないが、しかし、前記2に認定した原告は商品取引において損が生じることを十分認識していたこと、取引中途において警察に相談したのちにおいても取引を継続している事情からすると、被告の社員の勧誘方法が原告の自由な判断に基づく意思決定に不当に干渉するものであるとか、取引通念上許容される範囲を超えた違法な商品先物取引の勧誘に当たり、不法行為を構成するとまでいまだいうことはできない。

七  公序良俗違反による本件契約の無効について

以上によれば、被告において本件契約の締結に際し、違法行為(詐欺行為)があったとは認められないし、前記一ないし六に認定した事情からすると、本件契約が公序良俗に反し、無効であるとも認めることはできない。

そうすると、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告に対する本訴請求は理由がない。

(裁判官 前田順司)

別表<省略>

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