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札幌地方裁判所 昭和63年(ヨ)116号 決定 1988年4月04日

債権者 辻初代

<ほか一名>

右両名代理人弁護士 高橋剛

同 房川樹芳

債務者 株式会社 北海タイムス社

右代表者代表取締役 塩口喜乙

右代理人弁護士 林裕司

主文

一  債権者らが債務者に対し、別紙配達先目録記載の配達先につき、新聞販売取引契約上の地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者らに対し、昭和六三年四月五日以降本案判決確定に至るまで、債務者が発行する「北海タイムス」の朝刊七二五部、朝刊地方版二一部及び夕刊七二五部を、それぞれ各発行ごとに供給せよ。

三  債務者は、債権者らに対し、別紙配達先目録記載の配達先からの新聞購読料の集金を債務者自ら行い、もしくは他の新聞販売店にこれを行わせ、又は、右配達先に対して債権者らの集金に応じないよう働きかけ、その他債権者らによる右配達先からの新聞購読料の集金業務を妨害する行為をしてはならない。

四  債権者らのその余の申請を却下する。

五  申請費用は債務者の負担とする。

理由

一  当事者の申立て及び主張の要旨

債権者らは、

「1 債権者らは、債務者に対し、別紙業務地域目録記載の地域を業務地域とする新聞販売店の地位にあることを仮に定める。

2 債務者は、債権者らに対し、債権者らの債務者に対する新聞販売店の地位確認請求事件の判決確定に至るまで、債務者が発行する朝刊一四八七部、夕刊一三七三部を、それぞれ各発行ごとに支給せよ。

3 債務者は、別紙業務地域目録記載の地域内の新聞購読者から購読料を集金してはならず、また、債権者らが購読料を集金することに対して妨害となるような一切の行為をしてはならない。」

との裁判を求める旨申し立て、その理由として、要旨次のとおり主張した。

1  債務者は、「北海タイムス」の名称の日刊新聞紙の発行等を業とする新聞社である。

申請外辻英雄(以下「英雄」という。)は、昭和三〇年一〇月一日、債務者との間で、債務者発行にかかる新聞につき、別紙業務地域目録記載の地域を含む札幌市中央区内の相当地域を対象とする新聞販売取引契約(以下「本件契約」という。)を締結し、以来、「札幌中央販売所」の名称で、右区域内の購読者に対する債務者発行にかかる新聞の戸別配達、購読料の集金等の業務を専属的に行ってきた。

2  英雄は、昭和六二年五月一三日、新聞配達中に交通事故に遭って脳挫傷の傷害を負い、現在もなお入院加療中である。

3  債権者辻初代(以下「債権者初代」という。)は、英雄の妻であり、英雄とともに三〇年以上の長期間にわたり新聞販売業務に従事してきたものである。また、債権者辻英樹(以下「債権者英樹」という。)は、英雄の長男であり、昭和五〇年ころから、英雄の新聞販売業務に専業として従事してきたものである。

債権者らは、英雄が前記負傷によって新聞販売業務に従事することができなくなって以来、本件契約の条項に従って、英雄の右業務を継承し、これを支障なく遂行してきた。これに対して債務者においても、英雄の前記負傷後も、従前どおり債権者らに対して新聞を供給し、新聞原価の請求、受領を継続するかたわら、配達員を派遣するなど債権者らの業務遂行を支援するなどし、もって債権者らによる新聞販売業務の継承を承認したものである。

4  債権者らが債務者から供給を受けて販売していた新聞の部数は、昭和六三年一月三一日の時点において、朝刊一四八七部、夕刊一三七三部である。

5  ところが、債務者は、英雄に対し、昭和六三年一月三一日付書面により、債権者英樹による英雄の新聞販売業務の継承を承認することができないので、本件契約を解除する旨の通知をし、同年二月二日の朝刊から債権者らに対する新聞の供給を停止し、債務者自ら債権者らの業務地域において新聞配達業務を行うに至った。

6  しかしながら、債務者は、前記3のとおり債権者らによる英雄の業務の継承を承認してきたものであるし、仮にそうでないとしても、新聞販売取引契約が継続的な取引であり、新聞販売店の立場を保護すべき見地から、新聞販売業務の継承の承認を拒否するについては、販売店の側に重大な背信的行為が認められるなど正当の理由の存することが必要であると解すべきところ、本件においては、そのような正当の理由は存しないから、債務者において債権者らによる前記継承を承認しないことは許されない。また、本件契約に定められている解除原因に該当する事実は存しないから、債務者による本件契約の解除もその効力を有しない。

7  債権者らは、新聞販売店地位確認の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、新聞販売業務による収益が債権者らの唯一の生活の糧であり、債務者による新聞供給停止の状態が継続されるならば、債権者らの生計維持に著しい支障をきたすうえ、新聞販売店としての信用も失墜し、今後の業務の継続は不可能となるおそれが大きい。よって、本案判決確定をまっていては債権者らに回復困難な損害が生じることは明らかである。

これに対して債務者は、

「債権者らの申請をいずれも却下する。」との裁判を求め、申請の理由に対する答弁及び反論として、要旨次のとおり述べた。

1  申請の理由1、2、4及び5項の各事実は認め、その余は否認ないし争う。

2  債務者は、英雄に対し、昭和六三年一月三一日付書面により、本件契約を解除する旨の通知をした。

3  右2の通知は、本件契約の条項に基づき、債権者らが英雄の新聞販売業務を継承することを承認しない旨を通知したものである。すなわち、本件契約の第一二条によれば、英雄が死亡し、又は英雄において業務の執行ができなくなった場合は、英雄の相続人又はその推挙する者がその業務を継承するが、右継承については債務者の承認を要することとされているところ、英雄の負傷後配達業務に大きな混乱をきたしたことやそのころにおける債権者らの新聞販売業務に対する消極的な姿勢、英雄が担当していた業務地域が債務者の経営上占める地位の重要性その他諸般の事情を考慮した結果、債務者において、債権者らには英雄の業務を継承して新聞販売店の業務を遂行していくだけの能力、適格がないものと判断したため、右業務の継承を承認しないこととして、その旨通知したものである。なお、仮に右不承認につき正当の理由を要すると解したとしても、本件の場合右の要件を備えているものというべきである。

よって、本件契約は当然に終了したものである。

4  また、前記2の通知は、英雄ないし債権者らに対し本件契約を解除する旨の意思表示をしたものである。すなわち、英雄ないし債権者らについては、本件契約の第一三条に定める解除原因のうち、債務者の営業方針に協力しないこと、業務怠慢に流れるか、もしくは債務者の利益を阻害する行為があったこと、債務者の名誉を毀損し、もしくは販売業務上購読者から著しく非難を受ける行為があったこと、同第九条所定の配達順路帳等の作成、提示義務を履行せず同条に違反したことの各事由に該当するため、これらを原因として債務者において解除権を行使したものである。

よって、仮に本件契約が当然に終了していないとしても、右解除により本件契約は終了したこととなる。

二  当裁判所の判断

(被保全権利について)

1  申請の理由1、2、4及び5項の各事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、債務者が昭和六三年一月三一日付書面により英雄に対してした本件契約を解除する旨の通知の効力について検討する。

(一) 疎明資料によれば、本件契約の第一二条には、「乙(英雄)が死亡又は他の事故によって業務の執行が出来なくなった場合は、乙の相続人又はその推挙する者が之を継承する。但し甲(債務者)の承認を要する。」と定められていることが、手続の全趣旨によれば、前記負傷によって英雄は右条項所定の業務の執行ができなくなった場合に該当することがそれぞれ一応認められるところ、債務者は、右通知について主位的に、債権者らによる英雄の新聞販売業務の継承につき債務者において右条項所定の承認をしない旨通知したものであると主張する。

そこで、右主張の当否につき検討するに、右条項によれば、英雄が事故等によって新聞販売業務を遂行することができなくなったものと判断された場合には、債務者の承認があれば、英雄の法定相続人又は英雄が推挙する者において英雄の本件契約上の地位を承継することができるものと解され、また、債務者の右承認は明示のものであると黙示のものであるとを問わないものと解するのが相当というべきところ(手続の全趣旨によれば、債務者による業務継承の承認に際しては継承者と債務者との間で改めて販売店契約書が取り交わされる慣行のあることが窺われるけれども、右は契約関係が承継されたことを明らかにするために行われるもので、債務者の承認が右契約書によってのみされることを意味するものではないと解される。)、疎明資料及び手続の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 債権者初代は英雄の妻であって、約三〇年間にわたって英雄の新聞販売業務を手伝ってきたものであり、また、債権者英樹は英雄の長男であって、昭和五〇年ころから、英雄の新聞販売店において新聞配達、集金等の業務に従事してきたものである。

(2) 英雄の負傷以前においては配達業務等販売店の運営は実際上英雄自身が切り盛りしていたため、英雄が昭和六二年五月一三日交通事故で負傷して業務を遂行することができなくなって以来販売業務に少なからぬ混乱をきたしたが、債務者が直ちに配達要員を派遣するなど支援態勢を整え、また債権者らの親族等による協力もあって、債務者が昭和六三年二月二日以降債権者らに対する新聞の供給を停止するに至るまでの間、英雄の販売業務は債権者らによって維持、継続されてきた。

(3) 債務者は、債権者らに対し、英雄が負傷した昭和六二年五月一三日以降も、翌六三年二月二日に供給を停止するまでの間、それ以前に英雄に対して供給していたときと変りなく新聞を供給してきていたほか、新聞原価の請求及び受領を継続して行っていた。

以上の事実によれば、英雄が販売業務を遂行することができなくなった以後も半年以上の期間にわたり、債務者と債権者らとは事実上の契約当事者として新聞販売取引を継続してきたことが認められるのであって、そうである以上、右取引継続が、債務者において債権者らが販売業務を継承して遂行していくだけの能力、適格を備えているかどうかを見極めるためのいわば試験的なものとしてされたにすぎず、かつそのことを債権者らも十分に認識し納得していたなどの特段の事情がない限り、債務者は債権者らによる販売業務の継承を少なくとも黙示的に承認したものとみるのが相当と考えられるところ、右のような特段の事情が存したことを認めるに足りる疎明はない。そうすると、債務者は債権者らに対して本件契約の第一二条所定の業務継承の承認をしたものと一応認められる。そして、いったん右承認をした以上、その後これを覆して不承認の通知をすることは許されないというべきであるから、債務者の前記主張は失当である。

(二) 次に、債務者は、前記解除通知につき本件契約の条項に基づく契約解除を主張するので、解除原因の存否を検討する。

疎明資料によれば、本件契約の第九条により英雄ないし債権者らには購読者名簿、配達順路帳等業務に必要な書類を作成、常備し、債務者から求められたときはこれらを提示すべき義務が存すること、英雄ないし債権者らは右義務を懈怠したこと、右は第一三条所定の解除原因に当たることがそれぞれ一応認められる。しかし、本件契約のような新聞販売店契約は、当事者間の信頼関係を基礎として成立し、その性質上当然に相当期間継続して取引の行われることが予定されているものであって、殊に販売店の立場を保護すべき必要上、形式的に解除原因に当たる事実が存する場合であっても背信的行為と認めるに足りない特段の事情がある場合においては解除権は発生しないものと解するのが相当であるところ、疎明資料及び手続の全趣旨によれば、英雄が配達業務に従事していた間は配達順路帳等がなくても格別業務に支障をきたすことがなかったこと、債務者においても、英雄が負傷する以前はこれら帳簿類を備えているか否かについて特段の関心を示しておらず、その作成、備置きをとくに指導したこともないことが窺われ、これらの事情に照らすと、前記義務懈怠のみをもってしては、いまだ債務者に対する背信的行為と認めるには足りないというべきである。

債務者の主張するその他の解除原因については、いずれもその存在を認めるに足りるだけの疎明がない(英雄の負傷によって販売業務に少なからぬ混乱をきたしたこと、債権者ら自身も相当の動揺をきたしたことがあったことは疎明資料等により一応認められるけれども、英雄の事故が極めて突発的なものであったことなどの事情を考えると、それもある程度やむを得ないことというべきであり、債務者の主張するような解除原因に当たるとみることは相当でない。)。

よって、債務者の右主張もまた失当である。

3  以上によれば、債権者らと債務者との間において本件契約関係が存続しているものと一応認めることができるから、被保全権利の存在が疎明されたものといえる。

(保全の必要性について)

疎明資料によれば、申請の理由7項の事実が一応認められる。しかし、他方、疎明資料及び手続の全趣旨によれば、債権者らは現在従業員を雇用しておらず、したがって従業員に対する給与等の支払の必要がないこと、債権者ら自身の生活を維持するには別紙配達先目録記載の配達先が確保されることで足りることが一応認められるうえ、かえって、昭和六三年一月三一日の時点における業務地域、配達部数に対応するためには、従業員の雇入れ等業務体制の整備が必要と考えられるところ、早急に右整備が実現されるかどうかは疑わしいことにもかんがみると、同目録記載の配達先に限って本件仮処分を認めるのが相当である。

(結語)

よって、本件仮処分申請は主文一ないし三項の限度で理由があるから、事案に照らして保証を立てさせないでこれを認容することとし、その余は失当として却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 石井寛明)

<以下省略>

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