札幌地方裁判所 昭和63年(行ク)2号 決定 1988年7月22日
債権者
三浦幸雄
右訴訟代理人弁護士
山﨑博
同
浅水正
同
原敦子
債務者
中浜元三郎
右訴訟代理人弁護士
佐藤文彦
同
佐藤義雄
同
伊東秀子
第三債務者
登別市
右代表者市長
中浜元三郎
主文
本件仮差押申請を却下する。
理由
一本件仮差押申請の趣旨及び理由は別紙債権仮差押申請書写記載のとおりであり、要するに、債権者は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく損害賠償の請求を本案とし、当該請求権を被保全権利として本件債権仮差押を求めているものである。
二ところで、地方自治法二四二条の二の定める住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止するため、地方自治の本旨に基づく住民参加の一環として、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する機能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであって、執行機関又は職員の右財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に、住民が自らの手により違法の防止又は是正をはかることができる点に、制度本来の意義がある。すなわち、住民の有する右訴権は、地方公共団体の構成員である住民全体の利益を保障するために法律によって特別に認められた参政権の一種であり、その訴訟の原告は、自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためにではなく、専ら原告を含む住民全体の利益のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するものであるということができる。住民訴訟の判決の効力が当事者のみにとどまらず全住民に及ぶと解されるのも、このためである。もっとも、損害補填に関する住民訴訟は、地方公共団体の有する損害賠償請求権を住民が代位行使する形式によるものと定められているが、この場合でも、実質的にみれば、権利の帰属主体たる地方公共団体と同じ立場においてではなく、住民としての固有の立場において、財務会計上の違法な行為又は怠る事実に係る職員等に対し損害の補填を要求することが訴訟の中心的目的となっているのであり、この目的を実現するための手段として、訴訟技術的配慮から代位請求の形式によることとしたものであると解される。この点において、右訴訟は民法四二三条に基づく訴訟等とは異質のものであるといわなければならない(最高裁昭和五一年(行ツ)第一二〇号同五三年三月三〇日第一小法廷判決・民集三二巻二号四八五ページ参照)。
そうしてみると、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく損害賠償等の請求権の保全については、その性質上、個人の金銭債権又は金銭に換えることができる請求権を保全するために設けられた民事訴訟法の仮差押の例によることは相当でないし、また、仮差押を認めた明文規定はない(かえって、地方自治法二四二条の二第一項一号所定の訴訟は、実質上同項の他の各号の請求に対する保全訴訟たる性格を有するものと解されるから、右訴訟以外に民事訴訟法上の保全処分を認めることは法の趣旨に合致しない。)。
したがって、普通地方公共団体の住民は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく損害賠償の請求権を被保全権利として、債権仮差押を求めることはできないものと解すべきである。
三よって、本件仮差押申請は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官畑瀬信行 裁判官小林正明 裁判官大野正男)
別紙申請の趣旨
一、債権者が第三債務者に代位して、第三債務者が債務者に対して有する別紙請求債権目録記載の債権の執行を保全するため、右債権額に満つるまで、債務者の第三債務者に対する別紙仮差押債権目録記載の債権は、これを仮に差押さえる。
二、第三債務者は、債務者に対し、差押にかかる債務を支払ってはならない。
との裁判をもとめる。
申請の理由
第一 被保全権利
一、債権者は、普通地方公共団体である登別市の住民であり、債務者は昭和五四年以来同市の市長の職にあるものである。
二、債務者は、昭和五七年四月以降同六二年三月までの間、同市職員のうち、管理職、病欠者を除く係長職、一般職職員(以下「対象職員」という。)に対し、以下のとおり条例に基づかずに金銭を支給した。
1、本来、普通地方公共団体の職員の給与は、法律又は条例の定めるところにより支給されねばならないものであって、条例に基づかない職員への金銭の支給は地方公務員法二五条一項、地方自治法二〇四条の二に違反し、違法なものである。
2、債務者は、同市市長として、同市条例に何らの根拠がないにもかかわらず、対象職員に対し、次の金員を支給した。
(一) 昭和五七年度
合計 金 九、〇二八、〇〇〇円
(二) 同 五八年度
合計 金一四、〇三四、〇〇〇円
(三) 同 五九年度
合計 金一二、一〇五、〇〇〇円
(四) 同 六〇年度
合計 金一六、三二五、〇〇〇円
(五) 同 六一年度
合計 金一五、〇〇〇、〇〇〇円
総合計 金六六、四九二、〇〇〇円
3、同市職員の給与に関する条例四条四項本文によれば、「五八歳未満の職員が現に受けている号俸を受けるに至った時から一二月(五六歳以上五八歳未満の年齢の職員にあっては一八月)を下らない期間を良好な成績で勤務したときは一号俸上位の号俸に昇給させることができる」旨規定されている。
しかるに、債務者は、同市市長として、右規定に基づかずに、対象職員に対し、昭和五七年度から同六一年度まで、その職員らが現に受けている号俸を受くるに至ったときから九月の経過をもって一律に一号俸上位の号俸に昇給させ、その昇給に基づき、それぞれ前記二項2記載の金員を支給した。
右一律に昇給を短縮したことは違法行為であり、その違法行為によって二項2記載の違法な公金の支出がなされたのであり、右支出行為により同市は右支出額と同額の損害を被った。
三、1、債権者は、昭和六二年一月二三日付書面(本件公金支出のうち昭和五七年度ないし同六〇年度について)及び同年六月一一日付書面(本件公金支出のうち昭和六一年度について)をもって、右違法な公金の支出について地方自治法二四二条一項に基づく監査請求をした。
2、ところで、登別市監査委員は昭和六二年三月一七日付書面及び同年七月二四日付書面をもって、債権者に対し、右各監査請求は要旨「その運用には疑問があるものの、債権者の請求には理由がない」旨それぞれ通知した。
3、しかしながら、債権者は右各監査結果に不服がある。
4、なお、債権者が、昭和五七年度から同五九年度分の公金支出に関して、当該行為のあった日又は終わった日から一年以内に監査請求をすることができなかったことに地方自治法二四二条二項但書の正当理由がある。
(一) 債務者は、登別市市長として前記二項記載の昇給の短縮を秘密裡に行い、債権者は昇給短縮の事実を知りえなかった。
(二) 債権者は、昭和六一年一二月に新聞紙上において前記二項記載の昇給短縮の事実を知った。二項記載の昇給短縮はきわめて秘密裡に行われ、一年も経過した後に初めて明るみに出た。
5、また、本件に関する本案訴訟(札幌地方裁判所昭和六二年(行ウ)第二号損害賠償請求事件)は、昭和六二年四月一五日提起されたが、本件公金支出のうち右訴訟提起時においては昭和六一年度分につき監査請求を経ていなかったところ、前記のとおり同年六月一一日付書面をもって監査請求をしたので、その瑕疵は治癒された。
四、債権者は、登別市に代位して債務者に対し、右損害金六六、四九二、〇〇〇円の支払いをもとめて、昭和六二年四月一五日に訴訟を提起し、御庁昭和六二年(行ウ)第二号損害賠償請求事件として継続中であることは前述のとおりである。
ところで、債務者は、右本案訴訟において地方自治法二四二条の二第一項四号所定の「当該職員」として被告適格を有し、したがって本件仮差押申請事件においても債務者としての適格を有することは、次の理由から明らかである。
1、普通地方公共団体の予算の執行権はその長に専属し(地方自治法一四九条二号)、その支出は長の支出命令に基づいて出納長又は収入役がこれを行うものである(同法二三二条の四)。
2、債務者は、登別市の市長として法令上本来的に給与の支給につき支出命令の権限を有し(最判昭和六二年四月一〇日、札幌高裁昭和六三年二月一八日)、前記二項のとおり給与の支給をしたものである。
3、登別市事務専決規程四条、別表第2によると、人件費(賃金を含む)の支出命令は財政課長が専決することができる旨規定されているが、登別市事務専決規程による専決とは、市長がその責任においてその権限に属する事務処理にかんする意思決定権を補助機関たる助役、部長、課長等にゆだねるにとどまるものであり、権限自体を委譲するものではないので、債務者が法令上給与の支給につき権限を有することに変わりはない。
4、また、登別市事務専決規程四条、別表第2においても、人件費(賃金を含む)の「支出負担行為」は補助機関たる助役等にゆだねられておらず、その決裁権は債務者の権限としており、債務者は本件給与の支給につき権限を有する。
五、以上、登別市は、債務者に対し、右六六、四九二、〇〇〇円の損害賠償請求権を有しているところ、債権者は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、登別市の債務者に対する前記損害賠償請求権を代位行使するものである。
第二 保全の必要性
債務者は、登別市に対して、前述のように損害賠償義務を負うものであるが、その額は六六〇〇万円余と非常に多額であるうえ、債務者の個人資産としては若干の不動産こそあるが、右損害賠償義務を補填するものとしては全く不十分である。
そして、債務者は、登別市市長という職務上、少なくとも四年に一度は選挙を経なければならないことに加え、登別市市民の住民運動の盛り上がりもあり、何時その職を退職ないし失職するかわからない状態であるが、そうなっては債権者が本案訴訟において勝訴判決を受けても損害を回復することは不可能になってしまう。
そこで、本申請に及んだ次第である。
別紙請求債権目録
一、金 六、五〇〇、〇〇〇円也
但し、第三債務者登別市の債務者に対する左記損害賠償債権六六、四九二、〇〇〇円の内金
記
債権者が第三債務者登別市市長として、同市条例に基づかず職員に対し、違法に次の金員を支給したことによって第三債務者登別市が被った損害賠償請求債権
(一) 昭和五七年度
合計 金 九、〇二八、〇〇〇円
(二) 昭和五八年度
合計 金一四、〇三四、〇〇〇円
(三) 昭和五九年度
合計 金一二、一〇五、〇〇〇円
(四) 昭和五九年度
合計 金一六、三二五、〇〇〇円
(五) 昭和六一年度
合計 金一五、〇〇〇、〇〇〇円
総合計 金六六、四九二、〇〇〇円
別紙仮差押債権目録
金 六、五〇〇、〇〇〇円也
債務者が第三債務者から支給される
(一) 給料のうち、給与所得税・住民税・社会保険料を控除した残額の四分の一
(ただし、右残額が月額二八万円を超えるときは、その残額から二一万円を控除した金額)
(二) 期末手当、寒冷地手当のうち(一)と同じ税金等を控除した残額の四分の一
(ただし、右残額が二八万円を超えるときは、その残額から二一万円を控除した金額)
宛、頭書の金額にみつるまで。
なお、(一)、(二)により弁済しないうちに退職したときは、
(三) 退職金から所得税、住民税を控除した残額の四分の一につき頭書金額にみつるまで。