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札幌地方裁判所室蘭支部 平成22年(ワ)230号 判決 2010年11月30日

主文

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地及び建物につき、札幌法務局室蘭支局平成14年1月29日受付第955号による根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は、原告が、アイク株式会社(合併後の被告)に対して設定した根抵当権につき、被担保債権について完済したとして、その根抵当権の抹消登記手続を請求する事案である。

2  請求原因

(1)  被告は、平成15年1月6日、株式会社ユニマットライフ及びアイク株式会社を吸収合併し、ディックファイナンス株式会社からCFJ株式会社へと商号変更した後、平成20年11月28日付で株式会社から合同会社に組織変更した。被告は、貸金業の規制等に関する法律(現貸金業法)3条所定の登録を受けて貸金業を営む貸金業者である。

(2)  第1取引

ア 原告は、被告との間で、平成7年4月17日から平成8年10月29日まで継続的に金銭消費貸借取引を行い、別紙計算書1の取引日欄、借入額欄及び返済額欄記載のとおり、繰り返し金銭の借入と弁済を行った(以下、この取引全体を「第1取引」という。)。

イ 第1取引について、利息制限法に基づき計算し、制限超過部分を元本に充当すると、別紙計算書1の残元金欄記載のとおり、平成8年10月29日時点で18万0953円の過払いとなっており、被告は、法律上の原因なくこれを利得している。

ウ 被告は、原告から上記弁済を受ける際、過払いであることについて認識していたから、悪意の受益者(民法704条)として、その受けた利益に民法所定の年5分の利息を付して返還する義務がある。

エ したがって、同過払金について、別紙計算書1の「過払金の利息」欄記載のとおり、最終取引日(平成8年10月29日)から消滅時効期間である10年を経過した平成18年10月29日時点までに利息9万0468円が発生している。

(3)  第2取引

ア 原告は、被告との間で、平成13年8月6日から平成13年11月11日まで継続的に金銭消費貸借取引を行い、別紙計算書2の取引日欄、借入額欄及び返済額欄記載のとおり、繰り返し金銭の借入と弁済を行った(以下、この取引全体を「第2取引」という。)。

イ 第2取引について、利息制限法に基づき計算し、制限超過部分を元本に充当すると、別紙計算書2の残元金欄記載のとおり、平成13年11月11日時点で7224円の過払いとなっており、被告は、法律上の原因なくこれを利得している。

ウ 被告は、原告から上記弁済を受ける際、過払いであることについて認識していたから、悪意の受益者(民法704条)として、その受けた利益に民法所定の年5分の利息を付して返還する義務がある。

エ したがって、同過払金について、別紙計算書2の「過払金の利息」欄記載のとおり、最終取引後である平成22年6月2日時点までに利息3095円が発生している。

(4)  第3取引

ア 原告は、平成14年1月31日、アイク株式会社(上記合併後は被告であり、以下「被告」という。)から、利率年12.6%、遅延損害金29.2%の約定で、457万円を借り受けた。

イ その後、原告は、平成22年6月2日まで、別紙計算書3記載のとおり弁済をなし、同時点での残債務は188万8111円にとどまる(以下、この取引全体を「第3取引」という。)。

(5)  抵当権設定登記

ア 平成14年1月23日、原告は、被告に対し負担する金銭消費貸借取引等による債務を担保するため、別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)に、極度額700万円の確定期日を定めない根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定し、札幌法務局室蘭支局平成14年1月29日受付第955号による根抵当権設定登記(以下「本件根抵当権設定登記」という。)をなした。

イ その後、本件根抵当権設定登記について、札幌法務局室蘭支局平成21年11月6日受付第11873号による根抵当権移転登記(以下「本件根抵当権移転登記」という。)がなされた。

(6)  相殺

原告は、平成22年8月17日付書面にて、下記のとおり、相殺の意思表示をした(以下、下記のアからエの相殺の意思表示をまとめて「本件相殺意思表示」という。)。

ア まず、原告は、上記(2)エ記載の利息債権を自働債権とし、上記(4)イ記載の残債務を受働債権として、対当額にて相殺する旨の意思表示をする。

イ 次に、原告は、上記(2)イ記載の過払金元金を自働債権とし、上記(6)ア記載の相殺後の残債務を受働債権として、対当額にて相殺する旨の意思表示をする。

ウ 次に、原告は、上記(3)エ記載の利息債権を自働債権とし、上記(6)イ記載の相殺後の残債務を受働債権として、対当額にて相殺する旨の意思表示をする。

エ 次に、原告は、上記(3)イ記載の過払金元金を自働債権とし、上記(6)ウ記載の相殺後の残債務を受働債権として、対当額にて相殺する旨の意思表示をする。

(7)  上記相殺の結果、平成22年6月2日時点における第3取引の残債務は、元金160万6371円にとどまる。

(8)  原告は、被告に対し、平成22年8月18日、166万8711円を弁済した。

(9)  原告は、被告に対し、平成22年11月15日、4円を弁済した。

(10)  よって、原告は、被告に対し、本件不動産につき、平成22年11月15日債務弁済を原因とする本件根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。

3  請求原因に対する認否

(1)  2(1)は認める。

(2)  2(2)アは認め、その余は否認する。

(3)  2(3)ア及びイのうち、第2取引が行われたこと、過払元金が7224円であることは認める。同ウは否認する。

(4)  2(4)は認める。

(5)  2(5)は認める。

(6)  2(6)のうち、原告の主張する相殺の意思表示があったことは認めるが、原告の主張する自働債権額、受働債権額については否認する。

(7)  2(7)は否認する。

(8)  2(8)は認める。

4  被告の主張

(1)  原告の被告に対する第1取引の過払金債権については、発生後10年以上が経過しているから、消滅時効を援用する。同債権は、被告の原告に対する第3取引の貸金債権と相殺適状となるよりも前に時効消滅しているから、この点に関する原告の相殺の意思表示は不適法である。

(2)  被告は、原告との取引当時、17条書面や18条書面を交付する態勢を整えており、みなし弁済の適用があるとの認識を有しており、かつ、そのような認識を有するに至ったとしてもやむを得ないといえる特段の事情が認められるから、被告は悪意の受益者ではない。

(3)  不当利得返還請求権は期限の定めのない債権であり、過払金の利息は訴状送達の日の翌日から発生すると解すべきである。

第3当裁判所の判断

1  被告が貸金業者であること、被告がアイク株式会社を平成15年1月6日に合併したこと、原被告間で第1取引、第2取引及び第3取引がなされたこと、原告が、平成14年1月23日、被告に対し負担する金銭消費貸借取引等による債務を担保するため本件不動産に本件根抵当権を設定し、その登記をなしたこと、本件根抵当権設定登記につき本件根抵当権移転登記がなされたこと、原告が、被告に対し、平成22年8月17日、本件相殺意思表示を行った上、翌18日に166万8711円を弁済したことについては、当事者間に争いがない。また、弁論の全趣旨によれば、第3取引の返済日が毎月1日であり、遅延損害金の約定利率が年29.2%(利息制限法の制限内で引き直すと年21.9%)であったことが認められ、さらに、甲第8号証によれば、原告が、被告に対し、平成22年11月15日、4円を弁済したことが認められる。

2  第1取引によって生じた過払金及び利息を自働債権として相殺することの可否について

被告は、第1取引で発生した過払金債権が、第3取引で生じた債権と相殺適状となる前に時効消滅したから、両者を相殺することはできないと主張する。しかし、第1取引の最終取引日は平成8年10月29日であること、第3取引の開始日が平成14年1月31日であること、平成15年1月6日に被告がアイク株式会社を合併していることからすると、第1取引の過払金債権の消滅時効期間が経過する前に第3取引の貸金債権と相殺適状に至っていたことは明らかである。よって、民法508条により両者を相殺することができる。

3  被告が悪意の受益者に該当すること等について

貸金業者が制限超過部分を利息の債務の弁済として受領したが、その受領につきみなし弁済の適用が認められない場合には、当該貸金業者は、みなし弁済の適用があるとの認識を有しており、かつ、そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り、法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した「悪意の受益者」であると推定されるものというべきである。

そこで、本件についてみると、被告は、17条書面及び18条書面を交付する態勢を整備していたとして悪意の受益者ではないと主張するものの、何らその立証をなさないから、被告において、みなし弁済の適用があるとの認識を有しており、かつ、そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があると認めることはできない。そうすると、被告は、制限超過部分の受領時に、法律上の原因がないことを知っていた、すなわち「悪意」であったと認められる。

そして、過払金相当額の不当利得返還請求権につき悪意の受益者が民法704条に基づき付すべき利息の利率は年5分と解するのが相当であり、その利息は、過払金発生時から発生すると解するのが相当である。

4  以上によれば、①計算書1記載のとおり、第1取引の過払金が18万0953円、同過払金に対する平成18年10月29日までの利息が9万0468円であったこと、②計算書2記載のとおり、第2取引の過払金が7224円、同過払金に対する平成22年6月2日時点の利息が3095円であったことがそれぞれ認められる。そして、本件相殺意思表示によって、平成22年6月2日時点における第3取引の貸金元金は160万6371円、利息は0円となり、この貸金元金とこれに対する同年7月1日までの年12.6%による利息及び同月2日から同年11月15日まで利息制限法の制限内である年21.9%による遅延損害金の合計額が、計算書3記載のとおり、上記1記載の平成22年8月17日及び同年11月15日の各弁済によって完済され、本件根抵当権の被担保債権が消滅したことが認められる。

第4結論

よって、原告の請求は理由があるから認容する。

(裁判官 坂口裕俊)

(別紙)物件目録<省略>

計算書<省略>

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