札幌地方裁判所室蘭支部 昭和36年(ワ)190号 判決 1964年4月08日
原告 吉村義雄 外六八名
被告 日本国有鉄道
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
原告らは、
一、被告は原告らに対し、それぞれ別紙目録中「減額合計」欄記載の各金員及びこれらに対する昭和三六年四月九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに第一項につき仮執行の宣言を求め、
被告は主文第一、二項同旨の判決を求めた。
第二、当事者双方の主張
一、原告らの請求原因
(一) 被告は、日本国有鉄道法に基いて鉄道事業を営む公共企業体であり、原告らは、いずれも被告の職員として雇傭され、札幌鉄道管理局室蘭駅において、別紙目録中「職名」欄記載の職務に従事し、毎月同目録中「基準内賃金総額」欄記載の賃金を得ていたものである。
(二) 1 被告は、その職員に対し、毎月八日にその月の賃金総額の四割を、毎月二三日にその残金をそれぞれ支払うことになつている。
2 原告らは、昭和三六年二月一日から同月末日まで、所定の休日を除きそれぞれその労務の提供をなしたところ、被告はこれを受領した。
3 しかるに被告は、原告らが、それぞれ同年二月一日から同月九日までの間、別紙賃金カット内訳表記載の時間就労しなかつたと称して
(イ) 同年三月二三日に、原告らに支払うべき三月分の賃金中から、別紙目録中「差引額」欄記載の金額及び「不支給の夜勤手当」欄記載の金額を
(ロ) 同年四月八日に、原告志村弘外四一名に支払うべき同人らの同年一月一日付の定期昇給による増額賃金中から、右目録中「一月期昇給者差引減額」欄記載の金額をいずれも差引いた上残額を原告らに支払つた。
(三) 被告の行つた右賃金カットはいずれも理由がないので、原告らはそれぞれ被告に対し、別紙目録中「減額合計」欄記載の金員及びこれに対する右金員の支払期日中最もおそい同年四月八日の翌日である同月九日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、被告の答弁
原告ら主張の請求原因中(一)の事実及び(二)の1、3の事実は認める、(二)の2の事実は否認する。
三、被告の主張
被告が原告らに対し、その主張のように賃金の一部を支払わなかつたのは、以下述べるように原告らの不就労部分に対応するものである。
(一) 本件賃金カットに至る背景
被告管下の札幌鉄道管理局(以下「札鉄」と略称する。)は、室欄棧橋の補助汽船業務において年々多額の赤字が累積し、将来における業績の向上も望みえず、このまま推移することは到底許され難い実情にあり、しかも右業務が国鉄本来の業務に属しないということもあつて、その具体的改善方法として、これを民間に委託することを決定し、昭和三五年一〇月七日その計画内容を原告らの所属する国鉄労働組合(以下「国労」と略称する。)札幌地方本部(以下「地本」と略称する。)に説明するとともに、その実施期日を昭和三六年一月(後に同年二月一日と決定。)とすること及び右計画実施に伴う職員の配置転換等については協議のうえ処理すべきことを通告した。
この問題に関し、札鉄と地本の間において繰り返し団体交渉が行われたが、そもそも右業務の民間委託それ自体は国鉄の管理運営に属する事項であつて、法令上団体交渉の対象外にあるから、地本としてはその業務委託の実施に伴う職員の労働条件の変更のみを協議すべきであるにもかかわらず、ただ民間業務委託実施そのものの中止方を要求するのみで具体的問題の協議に入らないまま実施予定日が切迫した。
この間、地本においては、組織的に民間業務委託反対闘争を進め、同年一月末には、地本室蘭支部または室蘭駅分会を中心とし、同年二月一日以降当分の間室蘭棧橋の業務及び室蘭駅の石炭船積業務を完全に阻止する闘争態勢を強化すべき旨を指令するに至つた。
右闘争の中核となる原告らの属する室蘭駅分会重機班においては、同年一月一二日頃から昼食時及び夕食時の休憩時間中地本役員等を中心として闘争態勢を準備し、その闘争指導を受け、右闘争において同年二月一日以降原告ら重機班員のとるべき具体的行動を周知徹底せしめられていた。
(二) 同年二月一日以降同月九日までの間における原告らの行動
1 地本は、同年二月一日未明闘争本部を重機運転掛詰所前に設置するとともに、同詰所及び棧橋本屋内に役員を派遣し、とくに重機運転掛詰所はこれを組合で管理する旨を宣言し、地本所属組合員及び支援団体員からなるピケ隊員約三〇名乃至一八〇名を棧橋本屋の内外に、約二一〇名乃至五五〇名を重機運転掛詰所の内外に、それぞれ配置して指揮し、その後同月九日に至るまでの間、これらのピケ隊員は棧橋本屋の内外、棧橋五号岩壁に接岸中の第八鉄栄丸の前面、重機運転掛詰所の内外、ローダー、トランスポーター、カーダンパー、ベルトコンベアー等各種の石炭荷役関係機械の周囲等に配置された。
右の闘争に際して原告らは、組合の指示に従い、争議行為の一環として、非番の際には、ピケ隊に加わつて業務の運営を阻止し(重機班員は、棧橋その他の職場のピケに参加し、棧橋所属班員らが重機その他の職場のピケに参加した。)、出番の際には、組合の闘争戦術に従い、一応毎朝八時二〇分に平常どおり重機運転掛詰所階上の講習室に参集して助役の点呼を受けた後、所定の各職場に向うが、いずれもかねて仕組まれたとおり非番者らからなるピケ隊員によつて阻止されたとしていたずらに詰所に戻つてしまう始末であつた。
しかして右のようにして詰所に戻つた原告らに対し、監督者たる担当助役が指示を与えて
(イ) 同月一日午前九時二〇分から午後一時一七分まで控室で待機させ
(ロ) 同月二日午後四時頃、出番者に対し、鉄道公安職員のピケ突破に即応して就労すべく行動を命じ
(ハ) 同月一日乃至九日までの間一部の者を保安業務に従事させ
たことはあるが、その明細は別紙賃金カット内訳表記載のとおりであつて、右(イ)乃至(ハ)を除いては、他に詰所に戻つた原告らが就労をなした事実はない。
2 原告らは、右の争議行為に際しては、「重機班員は平常どおり勤務させる。ただし機械に就くことをピケによつて阻止する。」との同年一月二七日の闘争委員会の決定に従つて行動したものであつて、就労をなし得なかつたのは一にかかつてピケの妨害によるものであるというが、右の委員会の決定自体は、闘争による当局側の処分及び賃金カットをおそれる組合下部からの批判を押さえ、当局側の責任追及を免れるための戦術として国労において案出され実行されていたいわゆる「ジェスチア」戦術に属するものである。
すなわち、当時国労は、一方において、指令第三号により部内ピケ三〇〇名の動員を含む強力な闘争態勢を指示し、また指令第四号により組合員に対し、「(一)二月一日以降当分の間、室蘭棧橋業務を完全に阻止すること、(二)二月一日以降当分の間、石炭船積業務を完全に阻止すること等」を基本的闘争方針として指示しておきながら、他方においては、さきに掲げた「重機は平常どおり勤務させる。但し機械に就くことはピケによつて阻止する。」との具体的戦術指導をなし、これを実効あらしめるために相応する大量のピケを動員したのであるから、右の指令と具体的戦術指導を対比させて合理的に解するならば、前記の重機は平常どおり勤務させる云々ということは、外観上は労務不提供、不出勤の体裁をとらずに出勤の形をとりながら、その実質上は労務不提供の効果をあげよというに等しいものと考えられるからである。
3 ところで原告らは、いずれも国労の組合員であるから、出番者たると非番者たるとを問わず石炭船積業務阻止なる国労の基本的指令の拘束を受け、これを了承支持して行動せざるを得ないのであり、また前記のように現にそれに即して行動したものであるから、争議中におけるその一連の行為を総括的に把握評価すれば出番の者といえども、外観的に一応通常の出務形態をとつたにすぎずして、その実質においてはピケ隊員と意を通じて正常業務に就こうとしなかつたのであり、結局被告に対し債務の本旨にかなつた労務を提供する意思を有していなかつたものである。
このことは、さきに掲げた具体的闘争戦術が決定されるに至るまでの経過、その後の闘争期間中、重機職場の管理が実質上国労の支配下にあり、九日間にわたつて被告の正常な業務の運営ができず、しかも原告らに対する監督者の点呼の際に同人が就労すべきことを繰り返し指示したにかかわらず、原告らは所属組合に対して就労妨害行為の不当なることを抗議し、あるいはこれに抵抗するような態度や行動に出たことがなく、期間を経過するにつれて機械への往復もピケ隊に呼応するにすぎない態度を露骨にあらわし、点呼を受けて詰所内にあるかぎりその責任の追及または賃金カットを受けることはないとの組合幹部の説明に追従して漫然と闘争期間を経過し、就労を可能にするための公安職員等によるピケ排除についても何ら積極的協力を示さなかつたのみならず、かえつて非番の際には、組合から日当の支給を受けてその指示のもとにピケに参加していたような事情、更にその後本件賃金カットが行なわれた際にも、原告らに対して、組合活動の遂行なることを前提とする国労犠牲者救済規則に基く補償がなされたことからみて明らかなところである。
(三) 原告らが債務の本旨に従つてその労務を提供しなかつたことについて。
1 労働契約の当事者たる被傭者は契約によつて定められた労務の内容を使用者の指図に従つて誠実に給付すべき義務を負うことはいうまでもない。
ところで本件において、重機運転掛である原告らは各担当重機の部署において、機械を運転することをその主たる職務内容とし、また重機検修掛である原告らは各担当重機について点検その他必要な検修措置を講ずることを主たる職務内容とするものであるが、原告らの勤務態様、担当機械の割当等は勤務予定表によつて一月分ずつを各前月末までに公示し、公知させていたのであつて、同年二月一日から同月九日までの間に原告らが被告に給付すべき労務の内容についても、通例どおり一月末日までに作成された勤務予定表によつて具体化されていたものであるから、原告らが被告に対し債務の本旨に従つて労務を給付したといい得るがためには、原告ら各自が右の予定表に則り担当する機械において、所定の勤務時間中、その運転または検修の業務に従事することが必要とされるものであるところ、先に述べたように原告らは、前記期間中、本件棧橋闘争につきその中核として参加し、非番と出番の場合とで、交互にその態様は異なるとはいえ、いずれも労働契約本来の趣旨に即した労務を提供せず、組合の闘争行為に参加することによつて棧橋業務の民間委託計画の実現を実力をもつて阻止せんとしたもので、出番の者は、その賃金の喪失または争議行為参加による処分を免れるために一応通常の出務形態をとつたにすぎず、実質的には非番者らのピケ隊員と通じて債務の本旨にかなつた労務を提供する意思を有せずして現に勤務予定表の指示する職務に従事しなかつたのであるから、特に被告において積極的に就労せしめた場合等を除き、原告らは自己らの責に帰すべき事由によつて債務を履行しなかつた部分についてまでその賃金請求権を取得するいわれはないものというべきである。
2 もつとも一般的、抽象的にいえば、労働者が労働契約に基き使用者の支配管理下に入ることをもつて労働の提供といい得るであろうが、その労務の内容が特段の事情によつて特定されている以上、その具体化された労務を使用者の指揮監督のもとに履行しない限り、たとえ労働者が使用者の支配圏内に存在したとしても債務不履行の責を負うことは避けられない。
右の理を本件にあてはめてみるに、原告らの通例の勤務状態のもとにおいては、出勤点呼を受けることは、担当機械における主たる作業に就くまでの附随的労務として、本来の債務の履行の一環を構成し、またこれによつてその日の勤務時間中使用者の指揮監督のもとに労務を提供したとの推定を受けるにたる事情となろう。しかしながら、先に述べたような事情の存する本件の場合においては、原告らは組合の指示に従い、本来の労務を提供する見込乃至意思を有し得ない状態のもとに出勤点呼に臨んだにすぎず、また現にその後の正常な業務も行われていないのであるから、点呼を受けたことに通常の場合における右の推定乃至効果を認めることはできない。
また、闘争期間中、毎朝機械から戻つた原告らは、ピケ隊によつて詰所内に軟禁されたかのような観を呈し、自由に機械に赴くことなど思いもよらず、屋外の闘争本部は事実上詰所内に引き移り、現場の責任者である助役の周辺はたえず監視されて駅当局との連絡も思うにまかせず、また原告らに対し監督的立場にある者さえも直接原告らに指示を与えることすら組合幹部の申入によつて制約されていたような実情にあつたから、このような事情のもとにおいては、助役が原告らに対し、「待機」またはこれに類するような発言をなしたとしても、それはいずれも担当機械における本来の労務が事実上履行され得ないことが判明した結果、当面の措置を応答したものにすぎないのであるから、これによつて原告らが本来的な労務を履行する責を免れ、詰所内にあることによつて債務の本旨に従つた労務を履行しているとみなされ得ることになつたものと解することはできない。
また通常の場合に、天候等の都合で機械に就かない場合があるけれども、それは屋外における機械の繰作という仕事の性質上勤務の内容に必然的、予測的に随伴する本来的な態様であり、場合によつては、使用者が勤務内容の変更を明示または黙示に承諾したものと解し得るのであるが、本件において、原告らが勤務時間中詰所内にとどまつていた状態は、その具体的労務の内容に本来的に随伴する性質のものでないことはもとより、被告が通例の作業の過程においてその自由な意思に基いて待機を命じまたは待機を認めることともその性質を異にするのであつて、右の状態を目して債務の本旨に従つた労務の履行ということはできない。
(四) 危険負担について。
かりに、原告らがその出番の日に正常の労務に就かなかつたことが、原告らの責に帰し得ない事由によつてその債務を履行することができなかつたものであるとしても、右の不履行につき債権者である被告の責に帰すべき事由も存しないから、結局原告らの債務不履行は当事者双方の責に帰すべからざる事由によるものというべく、原告らは被告から反対給付としての賃金を受ける権利を有しない。
すなわち、原告らがその出番の日に担当機械に就労できなかつた原因は、各機械周辺及び重機掛詰所周辺を取り囲んでいた被告とは全く関係のない国労指揮下のピケ隊員により阻止されたからであり、しかもこれを被告において容易に排除できなかつたことは、同年二月二日における鉄道公安職員の排除行動が効を奏しなかつたことによつても明らかである。従つてこのようなピケによつて原告らが就労できなかつたとしても、それに基く不履行の責任は被告に存しない。
しこうして、この理は同年二月一日から同月九日に至る期間を通じて妥当するのであつて、同月三日以降組合側の申入に基き、団体交渉の進展をはかるため、ピケ排除のための実力行使その他刺激的行為をさけることとなつた後の状態についても同様である。
けだし、被告において原告らの就労を不要とする何らの事情もなかつたことは勿論、国労においては同月三日以降もピケを配置し、就労を阻止する態勢を維持して就労を妨害し、到底就労の実現を期待できる状況にはなかつたからである。
また本件闘争は室蘭棧橋業務民間委託計画に反対して行われたものであるが、右計画は本来国鉄の管理運営に属する事項として団体交渉の対象外にあつたにかかわらず、国労は、これに反対して実力闘争を行い、しかも公労法上争議行為を禁止されているにかかわらず、正当性の限界をこえてピケ行為を敢行し、原告らの就労を妨害したものであつて、原告らの不就労について使用者である被告に責任を負わすべき余地は生じないのである。
四、被告の主張に対する原告らの主張
(一) 被告主張の三の(一)の事実中、札鉄が室蘭棧橋の補助汽船業務を民間に委託することを決定し、被告主張の日時に地本にその旨通告したこと、これに対し、地本が反対闘争を進め、被告主張の日時に被告主張の指令を発したこと、原告らが当時室蘭駅分会重機班に属していたことは認めるがその余の点は争う。
被告主張の三の(二)の事実中、地本が被告主張のようにピケ隊を配置したこと、原告らが非番の日に組合の指示に従い重機以外の場所のピケに参加したこと、原告らが出番の日には毎朝八時二〇分に重機運転掛詰所階上の講習室に参集して助役の点呼を受けた後所定の各職場に向つたが、ピケ隊に阻止されたとして詰所に戻つたこと、助役が被告主張のように原告らを控室で待機させたほか、被告主張のような業務に原告らを従事させたことは認めるが、組合が右詰所を組合で管理する旨宣言したこと、及び原告らの出勤日における行動が勤務を仮装するものであつたとの点は否認する。
(二) 原告らが勤務時間内の闘争に参加していなかつたことについて。
被告の室蘭棧橋業務の民間委託に関する闘争について国労・地本は、その具体的戦術を検討した結果、重機の組合員に対し勤務時間内の闘争に参加するよう指令するならば、組合脱退、組織の分裂をまねく危険が極めて大きいと判断し、「棧橋職員は直接自分たちのことであるから闘争に参加して就労しないよう努力する。重機関係職員については闘争には勤務時間中は参加させないで、外部のピケによりその就労を阻止する。そのため室蘭地区を中心として国鉄内外から大量の動員をする。そして棧橋、重機の業務を阻止した上で団体交渉を行い解決をはかる。」との闘争方針をたてた。
そこで組合は右方針に従い、同年二月一日から同月九日までの闘争期間中、原告ら重機関係職員に対しては、勤務時間中に闘争に参加協力乃至は何らかの形で右闘争に関与せよという趣旨の指令指示を発しておらず、組合の闘争指令は勤務日における原告らに及ぶものでなかつたのであるし、それのみにとどまらず、かえつて室蘭駅分会長は、原告らに対し勤務時間中は被告の指示に従つて行動すべき旨の注意を繰り返し与えてさえいた。従つて原告らとしては勤務時間内に争議行為に参加する意思を有していなかつたし、被告の業務命令を拒否したり、これに従わなかつたりした事実は存しない。
(三) 原告らの就労行為とピケによる阻止
1 昭和三十六年二月一日から同月九日までの間、原告ら重機掛の職員は、出勤日の朝午前八時二〇分までに点呼を受けて担当機械に赴いたが、いずれも機械の手前でピケにより運転室への立入を阻止され、重機掛詰所に連れ戻された。助役は、詰所に連れ戻された原告ら職員に対し休憩室での待機を命じ、原告らは、助役の指示に従つて休憩室で作業衣のままいつでも作業に就ける態勢をととのえつつ待機し、その間臨時の点呼に対しても、保安業務に関しても、公安官出動の際におけるピケ突破に関しても助役の指示命令に従つて行動した。
このように被告は、原告の労務の提供を受領しつつも通常の事態とは異つた事情があるため、待機という方式でこれを利用したのである。
2 被告は、原告らが勤務時間中にも国労の闘争に参加していたものであり、ピケは偽装されていたものであると主張し、特に原告らの労務提供の意思の有無をとりあげ、原告らが勤務時間外の一部に棧橋詰所のピケに参加したことをもつて勤務時間中も闘争に参加し協力するつもりであつた旨強調している。
しかしながら、問題は原告らが被告の業務上の指示に対して原告らの責任とされる事由によつてこれに反する行動を現にしたか否かであり、被告の指示に対してどのように原告らが考え感じたかではない。かりに原告らの中に、闘争に好意をもち、被告の指示に対し反感を持つて批判的に考えた者があつたとしても、問題は重機の業務に就けず、待機していたことが原告らの責任といえるかどうかなのであるから、原告らが被告の指示に反したといえない以上、同人らの内面の意思を問題とする余地はない。
従つて、原告らがさきに記載したようにピケにより担当機械に就くことを阻止されて詰所に戻り、その後は助役の指示に従つて休憩室で待機し、助役の指示命令に従つた行動をとつている以上、原告らが被告の業務上の指示に反した行動をとつたということはできず、原告らの内面の意思をとりあげて論ずる必要はない。
また、本件の闘争において、原告らがとつた態度のように、勤務時間中は使用者の支配に服するが、時間外は使用者の方針に反対する行動をとることは近代的労働契約関係のもとでは少しも不可解なことではない。それにもかかわらず、原告らの時間外の行動を問題にして、同人らが組合と通謀して労務提供の意思がなかつたとするのは、一種の忠誠契約を基準として判断を加えるもので妥当ではない。
また、被告は地本役員の白畑政信及び中川秀夫の両名を本件闘争の計画、指導、実施に関して公共企業体等労働関係法第一八条により解雇したのであるが、その解雇に対する雇傭関係確認請求事件(東京地方裁判所昭和三六年(ワ)第五二二七号)においては、被告はピケ隊員が重機の勤務者を機械のところで「とり囲み」「手をとり背を押すなどして右部署から連れ戻し、全員を右詰所に収容した」と主張しているのであつて、被告はこれと全く逆のいわゆる慣れ合いの事実を右訴訟の後に提起された本訴において主張している。
この明白な矛盾を単なる表現の問題として看過することはできず、被告の本訴におけるいわゆる慣れ合いの主張は被告が本訴提起後はじめて考え出したもので、真実に反するものである。
(四) 原告らの賃金請求権について。
1 近代社会における労働契約の本質的特徴は、労働者が一定時間使用者の管理支配に服すること、すなわち従属労働たる点に求められる。そして労働契約は具体的な労働の売買ではなく、労働力の売買である。労働力の売買においては、労働力と賃金とが対価関係にたつのであり、労働力の職場編入、すなわち労働力の引渡により賃金請求権が発生するのである。
2 本件において、原告らはいずれも平常どおり出勤し、しかも被告においてその出勤を受入れ、点呼をとり、あるいはその後においても待機、出動、保安作業等の指示をし、原告らはいずれもこれに従つているのであるから、まさに原告らの労務の提供は被告によつて受領されている。従つて、原告らが通常の具体的業務をなし得なかつたことが被告の責に帰すべき事由によるものか否かにかかわらず、原告らの労務の提供が被告により受領されている以上、原告らの賃金請求権は発生しているのである。このことは本件の闘争においても、融炭庫及び第三運転室の職員に対しては、同人らが通常業務を行つていないのにもかかわらず賃金が支払われていることからもうかがわれるところである。
(五) 被告の危険負担の主張について。
本件において、トランスポーター、ローダー等を運転する具体的作業が行われなかつたことは争いなく、被告はこれが国労のピケにより阻止されたものである以上被告には責任がないと主張する。
しかしながらこの点については、次の諸点からこれは使用職である被告の責に帰すべき事由によるものというべきである。すなわち、
第一に、原告らは、闘争に参加した者でなく、国労の闘争決定にも何ら関与していないし、勤務時間中は就労すべく被告の指示に従つた。
第二に、原告らが出勤し詰所内で待機していたのは助役ら当局の指示に従つたものであるが、従来、濃霧、強風、吹雪等の天候上の都合でローダー等の運転作業が不能となつた場合には、しばしば関係職員は詰所内に待機し、いつでも就労できる態勢を持し、またその間機械の保安等臨時の必要作業に当つていたのであつて、右の場合の待機は被告の作業を円滑にし施設機械の管理保安のため必要とされていたのであるから、本件闘争の場合における待機のみが全く無用であるとしてこれに賃金を支給しないのは不合理である。まして本件における待機の間にも、しばしば機械等の保安のため作業をする必要が生じ、原告らが助役の指示によりその業務に当つたのであるし、原告らは待機の間も通常の場合同様いつでも就労し得る態勢を維持していたのであるから、賃金を支給されないいわれはない。
第三に、もともと棧橋業務の民間委託という被告の業務上の都合から被告と国労の間に紛争を生じたことが作業停止の原因であり、このような業務遂行上の原因をもつて作業の遂行不能に関し被告に責任がないとすることは正当でない。特に同年二月三日以降は紛争の解決は専ら労使間の現場での協議話合に委ねられ、被告は現状凍結を承認し、公安官の出動はもとより、国労のピケの退去、あるいは就労の指示命令等一切これを行つていないのであつて、このような事情に基く業務の停止をもつて被告に責がないとすることはできない。
以上の述べたところから明らかなように、本件においては、原告らがローダー、トランスポーター等の作業を行えなかつたことが使用者である被告の責に帰すべからざる事由によるものということはできないのみならず、原告らが通常どおり出勤し、被告においてこれの点呼をとり職場に編入した以上、その後の作業の停廃による作業不能の責任は被告に帰せらるべきものというべきである。
第三、証拠関係<省略>
理由
一 (一) 被告は日本国有鉄道法に基いて鉄道事業を営む公共企業体であり、原告らは、いずれも被告の職員として雇傭され、札鉄室蘭駅において、別紙目録中「職名」欄記載の職務に従事し、毎月同目録中「基準内賃金総額」欄記載の賃金を得ていたこと
(二) 被告は、その職員に対し、毎月八日にその月の賃金総額の四割を、毎月二三日にその残金をそれぞれ支払うことになつていたこと
(三) 被告は、原告らがそれぞれ昭和三六年二月一日から同月九日までの間、別紙賃金カット内訳表記載の時間就労しなかつたと称して
1 同年三月二三日に、原告らに支払うべき三月分の賃金中から、別紙目録中「差引額」欄記載の金額及び「不支給の夜勤手当」欄記載の金額を
2 同年四月八日に、原告志村弘外四一名に支払うべき同人らの同年一月一日付定期昇給による増額賃金中から、右目録中「一月期昇給者差引減額」欄記載の金額を
いずれも差引いたうえ残額を原告らに支払つたこと
はすべて当事者間に争いのないところであり、被告が各原告について、それぞれ同人らが就労しなかつたと主張する前記内訳表記載の時間帯の間、原告らがそれぞれの所定の担当機械への配置に就いて具体的に平常どおりの労務の供給を行わなかつたことについては、原告らの明らかに争わないところである。
二、被告は、原告らの右時間帯の欠務は、同人らが国鉄室蘭棧橋業務の民間委託反対闘争の期間中に、同人らの意思に基いて就労しなかつたことによるものであるから、同人らに対して右時間帯の賃金を控除したものであると主張するのでこの点について判断を加える。
(一) 札鉄においては、室蘭棧橋の補助汽船業務の民間委託を決定し、地本に対し昭和三五年一〇月七日にその計画内容を説明するとともにその実施期日を昭和三六年一月(後に同年二月一日と変更)とすること及び右の計画実施に伴う職員の配置転換等の処置については協議のうえ後日処理すべきことを通告したところ、地本は、右業務の民間委託に対する反対闘争をおし進め、同年一月末には、地本室蘭支部や、あるいは原告らの所属する重機班を含む室蘭駅分会を中心として、同年二月一日以降当分の間、室蘭棧橋の業務及び室蘭駅の石炭船積業務を完全に阻止するという闘争態勢を強化すべき旨の指令を発したこと右の指令に則り、地本は、同年二月一日未明を期して、地本所属組合員及び外部の支援団体員からなるピケ隊員約三〇名乃至一八〇名を棧橋本屋の内外に、約二一〇名乃至五五〇名を重機運転掛詰所の内外に、それぞれ配置し、その後同月九日に至るまでの間、これらのピケ隊員は、棧橋本屋の内外、棧橋五号岸壁に接岸中の第八鉄労丸の前面、重機運転掛詰所の内外、石炭荷役作業のため地上に設置されたローダー、トランスポーター、カーダンパー、ベルトコンベアー等各種の機械の周囲等に配置されたこと、右闘争に際して、原告らは、それぞれ各自の出番たる出勤日には平常どおり毎朝八時二〇分に重機運転掛詰所階上の講習室に参集し、助役の点呼指示を受けた後、それぞれあらかじめ定められた各自の職場に向い、おのおのの担当の機械への配置に就こうとしたところ、いずれも機械の周辺に張られたピケによつて担当の機械に就くことを阻止されたとして右詰所に戻つたこと、右のようにして詰所に戻つた原告らに対しては、監督者たる担当助役が指示を与えて、(イ)同月一日午前九時二〇分から午後一時一七分まで右詰所内の休憩室で待機させ、(ロ)同月二日午後四時頃出番者に対し、鉄道公安職員のピケ突破に即応して就労すべく行動を命じ、(ハ)同月一日から同月九日までの間一部の者を保安業務に従事させたことがあるが、その明細は別紙賃金カット内訳表記載のとおりであること、原告らが、いずれも非番または公休の日に、棧橋その他の職場のピケに参加したことはすべて当事者間に争いがない。
(二) 被告は、右の地本の闘争指令、原告らの非番または公休の日におけるピケへの参加及び出番の日における正常業務への不就労等の一連の行為を総括的に評価すれば、本件闘争の期間中、原告らは、非番、公休の日はもとより、出番の日にあつても、外観的に一応通例どおりの出務形態をとつていたものの、もともと平常どおりの正常業務に従事する意思を有せず、かえつて地本の指令に基き重機班の右業務の運営を阻止する意図すら有していたものであるから、前記賃金控除は正当であるというのに対し、原告らはいずれも、前記闘争期間中といえども出番の日には、監督者の指示に従い平常どおり就労する意思を有していたものであるが、ピケによつて就労を阻止されたために現実に就労できなかつたにすぎないというのであるところ、証人半田要作、同千葉清人、同平塚良佐、同大森健三、同村上正夫、同滝川和雄、同飛鳥忠雄、同中川秀夫、同羽根田二郎、同若狭光男(第一回)、同尾沢千代昌、同渡辺六郎及び同藤本盛男の各証言と原告山本義一、同小杉正夫、同中村繁太、同松木善光、同久末昌八、同薩来武清、同志村弘、同長谷部健一及び同今野文一各本人尋問の結果並びに成立に争いのない乙第一六号証の記載(三乃至六頁)を総合すると、
1 地本においては、室蘭棧橋業務民間委託反対闘争において、闘争委員会を設け、昭和三六年二月一日以降当分の間室蘭棧橋業務及び室蘭駅の石炭船積業務を完全に阻止するとの闘争方針をたてたが、その具体的実行に関し、阻止の目的となる石炭船積機械の運転及び検修等の職務に直接従事する原告らに対し、同人らの勤務時間中に右闘争に参加して、業務に従事しないように指令すれば、同人らのうちには、懲戒処分を受けることをおそれる者が指令に従うことを拒んで組合を脱退し、組織の分裂をみるかもしれないということを憂慮した結果同年一月二七日の闘争委員会において、原告らの所属する重機の職員は平常どおり勤務に就かせるが、大量のピケ隊員を動員して石炭荷役関係の諸機械類の周囲に配置し、現実には原告らが担当の機械に就くことをピケによつて阻止し、業務の追行を不能にするとの具体的闘争戦術を決定したこと、
2 地本執行委員であり、同時に闘争委員であつた羽根田二郎をはじめ組合幹部は、同年一月一九、二〇日の両日に行われた重機職員の前記闘争に関する非番者集会等において原告らに対し、右の趣旨の闘争戦術を伝えてこれを周知徹底理解させるよう努め、原告らも右の具体的な闘争方法を知悉していたこと、
3 原告らが前記闘争期間中、ピケの妨害により担当の機械に就くことを阻止されたとして詰所に戻つたことは前記(二(一))のように当事者間に争いのない事実であるが、原告らが右機械の定位置に就こうとしてその周囲に配置されたピケ隊員にそれを阻止された際、原告らはピケ隊員に対し、極めて穏便且つ平静裡に機械に就かせてくれるよう一応申入れたのみで、ピケ隊員によつてこれを拒否されるや同人らに対し、その言語において原告らの就労の必要性、不可避性を強調乃至は説得する手段に出でず、且つまたその挙動においてもピケ隊の阻止行為に従うのみであり、詰所への帰路においてもむしろピケ隊員と行動をともにする者すらあつて、担当機械への配置に就くための意欲的な行為とか、あるいは少なくとも客観的にみてピケ隊員の阻止行為と相容れないと推認し得るような現実の積極的な行為らしきものに出でていないこと(もつとも証人渡辺六郎、同千葉清人、同半田要作の各証言によれば、原告ら重機職員が配置される部署を中心としてピケが張られ、右職員の就労を阻止する行動がなされることを察知した重機所管の担当助役らは、原告ら重機の職員が担当機械の配置に就くに際して、ピケ隊とトラブルを起さないようにという指示を与えたことが認められるが、このことは原告らが不必要且つ無益な紛争を起して相互に傷害等を受けることのないようにとのまさに当然の注意であつて、ピケ隊の阻止行為があれば、直ちにそれに従えとの趣旨ではなく、原告らは少なくとも就労のための説得や通常期待されるところの阻止行為に相対立する範囲の挙動が要求されるものというべきことは当然である)、
4 同年二月二日、被告は前記のピケを実力をもつて排除しようとし、午後四時頃に鉄道公安職員約一〇〇乃至一四〇名を動員して、前記詰所の湯呑所入口のピケ隊員を離散させようと試みた際、千葉首席助役が右公安職員による出入口及び通路の確保に応じて詰所内にいた出番者を就労させようとし、原告らのうちの当日の出番者に命じて担当機械ごとに整列させ、これらを引率して詰所外に出ようと試みたが、原告らは詰所内に居合わせた若狭光男地本室蘭駅分会長の、助役の命令だから従うようにとの発言によつてようやく右千葉助役の指示に従つたような始末でその態度は極めて消極的であり、なかには右の行動を忌避するような口吻をもらすものすらあつて、積極的に担当機械の配置に就くべき途を講ずるための手段に出でなかつたこと、
以上のような各事実が認められる(右各原告本人尋問の結果中その一部には右認定に相反する供述が点在するが、右の綜合認定に反する部分は到底採用し難い)。
しかして原告小杉正夫本人尋問の結果中には、本件の闘争に関してピケに参加した者は国労から手当を受領し、同原告もまたその例に洩れないという趣旨の供述があるので、原告らもまた同人らがピケに参加したことに応じて手当を受領したことは容易に認め得るところである。
ところで本件闘争における地本の基本的闘争方針は、既に認定したように、「昭和三六年二月一日以降当分の間室蘭棧橋業務及び石炭船積業務を完全に阻止すること」であつて、これを所属組合員に対し指令しているのであるから、地本としてはこの方針に従い闘争を忠実且つ実効的に実施するかぎり、重機職員たる原告らの就労があり得ないことを確実に予見し得たし、また予見すべきであるのにもかかわらず、なお原告ら重機職員に対しては、「重機は平常どおり勤務させる。但し機械に就くことはピケによつて阻止する。」との具体的闘争戦術を決定し、実際にもこの戦術指導を行つたのであるが、右の基本的闘争方針と具体的闘争戦術とを統一的・合理的に理解し、後者が前者の合目的性に背離を示すことなく、むしろ目的対手段という抽象的な目的意思の具体的顕現方法であると把握するかぎり、地本としては、原告ら重機職員に対しては直接怠業あるいは罷業を指示せず、「平常どおり勤務させる」とはいうものの、それは右職員に対して、実質的に就労することを認めるという趣旨でないことは勿論であつて、単に原告らが、外形的、形式的に通常どおり出務したという状態を作出することを認めるというにすぎず、(前記各原告本人尋問の結果によれば、詰所に出勤した原告らが、一旦担当機械のもとに赴く際には何らピケによる妨害は行われずに、原告らが機械への配置に就けないとして詰所に戻つた後に詰所附近をピケでかためるという方法がとられたことを窺知し得るのであるが、この方法も原告らをして一応外形的には通常と同じ出務形態をとらせようとした考慮のあらわれであることは容易に推察されるところである。)右の重機職員に対する指示の表現が如何様であれ、実質的に右職員を就労せしめない以上石炭船積業務を完全に阻止するという闘争目的自体は終始貫かれるという結論に何らかわるところのないことはいうまでもないところである。そしてこの地本の闘争戦術の持つ意味合いと、さきに証拠によつて認定したところの、原告らが地本の右の闘争戦術を知悉していたとの事実、本件闘争期間中における原告らの一連の行動、さらに原告らが非番あるいは公休の日に右闘争の一環として棧橋におけるピケに参加したという当事者間に争いのない事実及び原告らがピケに参加したことによりその手当を受領したとの事実等を併せ考慮すれば、原告らは、本件の闘争期間中においてその出番の日には外形的には一応平常どおり被告の業務を追行しようとするような態度を示したものの、その実質においては各人に予め割当てられた担当機械の配置についてこれを操作する意思を有しなかつたばかりでなく、ピケ隊員と暗黙裡に意を通じ、恰も同人らによつて機械への配置に就くことを阻止されたもののように偽装を図つたものと認めるのが相当である。すなわち原告らは被告の命ずるところに従い、その業務に従事せざるを得ないことは勿論であるが、一方においては地本所属の組合員でもあるから、地本の指示指令に従つて行動せざるを得ない立場にあつたこともまた容易に否定しがたいところ、本件の闘争における地本の原告ら重機職員に対する指令は、「平常どおり勤務させる」というのであるから、原告らとしては、闘争期間中といえども通例どおり出勤することが、右の指令に忠実であるゆえんであり、且つまたそのことが同時に労働者として被告に対する労働契約上の債務履行の形態を呈することにもなるのであるが、一方原告らは非番あるいは公休の日に棧橋のピケに参加しており、そのこともまた組合の指示に基くものというべきであるから、結局原告らは本件闘争期間中はすべて組合の指令すなわちその具体的闘争戦術に合致した行動をとつているものであつて、ただ右に述べたように出番の日の出務という行動がたまたま被告に対する労働契約上の債務の履行とも目され得るにすぎないのであるから、原告らが出番の日に通常と同じく出務したという外形から、直ちに同人らが非番、公休の日における被告の業務阻止の意思を断ち切つて就労の意思を抱き、担当機械への配置について具体的労働に右の意思を顕示し得べきであつたと断ずることは不可能で、矢張り右の点を理解するためには原告らの本件闘争期間中における挙動と関連づけた出番の日の客観的行動の評価にその基準を求めなければならない。そして本件の闘争においては、原告らはたとえ現実にピケに加わる職場が自己自身の職場ではなかつたにせよ、組合の指令に則つて組合員の意思を結集し、それを闘争目的に向つて発現するところの具体的行動に参劃する意思を表明し、被告の業務を阻止する役割を担当した以上(原告らのこの行為が現実に業務阻止の結果を招来したか否かは問うところではない)、原告らの出番の日には、組合指令の内容からみて自らの業務もまた阻止され、平常どおり就労し得ないことも当然予測され得たのであるから、同人らが非番あるいは公休の日にかかる被告の業務の円滑な実現に対するマイナスの要素の構成に預かつている以上、出番の日に通常どおり、まさしく現実に担当機械への配置についてそれを操作する意思を有していたというがためには、たとえピケにより右の就労が不能であるとしても、右の意思の存在を合理的に認めさせるに足る外部的意思実現の行為を積極的に外部的に表現することが要求されるのであつて、かりにもピケ隊員と意を通じているのではないかと思わせるような行為に出でることのないよう努めるべきであると解することが衡平の理に適うものであるといわなければならないが、前に認定した原告らの出番の日における言動に徴すれば、原告らはその出番の日における言動においてただ消極的な態度に終始したのみなのであるから、原告らの出番の日の形式的出務をもつて就労の意思ありと認めることはできず、本件においては、原告らは右に認定判示したようにその出番の日においても、ピケ隊員と意を通じて就労を拒否したに等しいとの評価を甘受しなければならないというべきである。
右の認定に反し、原告中村繁太、同松木善光、同久末昌八、同山本義一、同小杉正夫、同薩来武清、同長谷部健一及び同今野文一各本人尋問の結果中には、同人らは右闘争中の出番の日には各自の正常業務に就く意思を十分に有していたが、ピケ隊員によつて就労を阻止されたのだと供述する部分があるけれども、右に認定したように原告らの行為の外形的評価乃至は把握から論じて右各原告らの就労意思の存在を肯定できないのであるから、右の供述をそのまま信用することはできない。また成立に争いのない甲第一号証によれば、被告は本件の闘争を契機とする闘争責任者の処分をめぐる別件解雇無効確認の訴訟において、原告ら重機職員が地本の指令によるピケによつてその就労を阻止されたという趣旨の主張をなしていることが認められるが、このことも何等前認定を左右するものではない。
(三) なお原告らは、同人らの出番の日における行為の法的評価につき、同人らが就労するつもりであつたか否かという内面の意思を問題にする余地はなく、原告らがその責に帰すべき事由によつて被告の業務命令に従わなかつたか否かを問題視すべきであると主張する。成程労働者が労働力を職場に編入され、通常の業務過程において同人に課せられ、期待されているところの労働に従事しているとの外観的現象を呈しているような場合には、当該労働者の内面の意思を殊更にとりあげてこれを云々し、その者が労働に従事しているという外形的現象を全く取捨してしまつて、主観的意思の態様から同人の労務の給付を否定することはできないであろうけれども、業務追行の過程において事態が通例の場合と著しくその様相を異にし、人為的、作為的な原因に基き、通常においては殆んど予想され得ないような状態に立ち到つた場合、殊に本件のように業務追行の阻害を事実上直接忍受させられるべき受働的な立場にある原告らが、非番公休の日には、被告所管の業務阻止の闘争に同調して自らの行為をもつてその意思を外部に表現し、しかも出番の日の行動も、地本の闘争方針及び戦術と何等相背離しないような事情のもとにあつては、原告らが積極的明示的に被告の業務命令に従つたものと認められる行為部分を除いては、その就労意思を取り上げて就労の有無を論ずることを得るのは格別怪しむに足りず、むしろ右のような異常事態にあればこそその意思を問題として論ずる余地が生ずるものと考えられるので、原告らの右主張は採用すべき筋合ではない。
(四) 右に述べたように原告らは本件闘争に際しては、その期間中出番の日においてさえも、通常どおりの機械への配置についてこれを操作する意思を有していなかつたものであり、また右期間中、原告らが右の配置、操作に従事しなかつたこともさきに認定したとおりであるが、一方原告らはその出番の日には平常どおり、毎朝八時二〇分に重機運転掛詰所階上の講習室に参集し、担当助役による点呼及び指示を受けた後各自機械への配置についたもののピケにより就労を阻止されたとして右詰所に戻つた以後は、詰所内にいたことは当事者間に争いのないところであるから、原告らの右の不就労及び詰所内にいたことが同人らの賃金の請求権に如何に影響するものであるかを次に判断する。
元来労働契約とは、被傭者がその労働力を一定時間使用者の処分に委ね、使用者の指揮に従つて労務を提供することを約し、使用者は労働力の対価として賃金を被傭者に支払うことを約することによつて成立する契約であるから、賃金請求権は、被傭者が使用者の支配圏内に入り、その労働力を使用者の処分に委ねることすなわち労働力の職場編入によつて発生するものと解すべきであり、一旦労働力が職場に編入された以上、被傭者が現実に債務の本旨に従つた労務に従事しなくとも、それが被傭者の責に帰すべき事由による場合を除きその賃金請求権を失ういわれはないのであるが、もともと使用者の処分に委ねられた労働力は、現実には継続的な労務への従事ということによつてよくその契約目的に奉仕し得るものであるから、労務の給付が継続的、反復的である場合に、債務者たる労働者がその一部の労務の給付を行わないような場合にはそれが労働者の責に帰すべき事由によるものであるかぎり、その不給付の労務の量質に相応する部分について使用者はその賃金を支払う必要がないことは多言をまつまでもない。そして本件においては、原告らは、重機掛詰所において、担当助役の点呼を受けたことにより使用者である被告の支配下に入り、その労働力は職場に編入され、賃金請求権は一応発生したものと認められるのであるが、原告らが同年二月一日から同月九日までの闘争期間中、さきに認定したような背景のもとにピケ隊員と相通じて担当の機械における就労を拒否したことに外ならないと解せられる以上、まさしくこれは原告らが自己らの責に帰すべき事由に基き被告に対し債務の本旨に従つた履行をしなかつたものというべきであつて、特に被告の指示に従つてなした行為以外の部分については、その部分に対応する賃金請求権を有しないことは自明の理である。
もつとも、原告らはピケによつて機械に配置することを阻止されたとして詰所に戻つた後は担当助役の指示に従い、作業衣を着用したままで、就労が物理的に可能となればいつでも担当機械への配置に就いて業務を追行し得る態勢を整え休憩室で待機していたのであるから、右の待機もまた債務の本旨に従つた労務の履行であり、この時間部分の賃金を控除されるいわれはないと主張する。
この点について、担当助役が一旦詰所に戻つた原告らに対し、その都度休憩室での待機を指示したか否かは証拠上必ずしも明らかでないが、この認定はしばらくおくとしても、さきに認定したように原告らに正常業務を追行するという就労の意思が欠缺しており、また担当機械における就労が客観的な状況からみて全く期待できない状態において、かりに担当助役が原告らに対し「待機」またはこれに類する発言をなしたとしても、それは担当機械における本来の労務が事実上履行され得ないことが判明した結果の当面の措置を応答したものにすぎず、特に休憩室において待機すべき旨の業務命令を発したものではないと認めるのが相当であるから、たとえ原告らが右の指示に従い、待機のような態勢を維持していたものとしてもこのことは、通常の事態における天候の激変等の事由によつて機械の運転が不能になつたような場合の待機とは本質的に異なり、それによつて労働契約上の債務の本旨に従つた労務の履行があつたという価値判断を招来するに値するものということはできない。
かような次第で、原告らは、被告が原告らに対し指示を与えて待機させ、ピケ突破を試みさせ、且つ保安業務に従事させたとして賃金を支払つた時間帯以外の部分に関しては、すべて同人らの責に帰すべき事由によつて債務の本旨に従つた具体的労務行為による給付をしていないものとして賃金請求権を失うべきことは明らかであつて、この結論は、原告らが主張するように、本件闘争において融炭庫及び第三運転室の職員に対しては、同人らが通常業務を行つていないにもかかわらず賃金を支払われているにせよ、そのことをもつてしても左右されるものではない。
三、叙上説示のとおりであつて、原告らが本件闘争中その出番の日において就労しなかつたことを理由として、その不就労の時間に対応する部分の賃金を支払わなかつた被告の措置は正当であり、何等非難される点は存在しないと認められるから、原告らが就労したことを前提として右賃金の支払を求める同人らの本訴請求はいずれもその余の点についての判断をなすまでもなく失当であつて棄却をまぬかれない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤次郎 右田堯雄 神垣英郎)
(別紙目録)
番号
氏名
職名
基準内賃金総額
円
一時間当り単価
銭 A
不就労時間数
B
差引額
円 (A×B)C
一月期昇給者差引減額
円 D
不支給の夜勤手当
円 E
減額合計
(C+D+E)円 F
一
二
吉村義雄
重機検修掛
三二、二〇〇
一三三、二四
二
二六七
〇
二六七
三
志村弘
〃
三一、二〇〇
一四四、一二
二一
三、〇二七
二〇八
二二〇
三、四五五
四
石塚久一
〃
二九、二〇〇
一一六、二四
六四
七、四四〇
三二三
七、九六三
五
小野寺義雄
〃
二九、二〇〇
一一八、四四
六一
七、二二五
三九二
七、六一七
(以下六六名分省略)
合計
一、二八五、四〇〇
三、七一五
二七五、〇三九
五、九一三
一六、九六〇
二九七、九一二