大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所室蘭支部 昭和46年(ワ)29号 判決 1973年8月17日

原告 工藤敏正

被告 国

訴訟代理人 山本隼雄 外四名

主文

一  被告は、原告に対し金一〇、九八六、三七五円およびこれに対する昭和四四年四月一五日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  本件事故の発生など

原告は昭和四二年四月四日から函館市金堀町所在の函館少年刑務所に服役中、昭和四四年四月一四日刑務作業として他の受刑者三名と共に同所計算室東側レンガ積み外壁にとりつけてある土管煙突を支える丸太の支柱を鉄製の支柱に取替える作業を命じられたこと、右丸太支柱に登りペンチで支柱と建物とを結ぶ針金の切断作業中手でつかんだ支柱横木が腐つていたため突然はずれ、このため原告は約四メートル下の地上に仰むけに墜落したこと、本件支柱は前記外壁のほぼ中央に立てられた土管煙突の丸太支柱であつて直径約一〇セントメートル前後の丸太各四本を継ぎ合わせて約一〇・五メートルの長さにしたもの二本を約六〇センチメートル間隔に垂直に立てその間に一八本の横木をほぼ等間隔に打ちつけ梯子状に組立てたものであること、本件事故により原告は第一二胸椎脱臼骨折兼脊髄完全損傷の傷害を受けたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

二  被告の責任(刑務官の過失)について

1  まず刑務官が国の公権力の行使にあたる公務員であり、本件事故がその刑務官の指導監督による刑務作業中に発生したものであることは当事者間に争いがない。

2  ところで刑務所は、在監中の受刑者の生命身体の安全を確保するにつき責任を負うものであり、このことは監内におけるいわる刑務作業に在監者を就業させる場合も同様であつて、刑務作業は強制作業である性質をもち作業の内容種類方法、態様、用具の使用などについては就業する者の自由に委ねられる範囲も殆んどないことなどの点からして、刑務官において事故防止のため措るべき措置は一般社会において作業を実施する場合に監督者に要請される措置に比較してより徹底したものでなければならないとするのが合理的であり特に本件のような危険の大きい高所作業に従事させる際には受刑者は一応の技能は有していても、通常、専門の業者とことなりその技能が劣ることが予想されることもあつてその企画、指導、実施にあたる刑務官においては、在監者の作業中の事故防止につきその全般にわたつて適切な指示監督をするとともにその具体的な作業内容に応じて通常予測しうる事故の発生を未然に防止するに足る措置を講ずるべき義務を負うものというべきである。そこでこの観点から本件作業の企画、指導、実施にあたつた刑務官の過失の有無を検討する。

3(一)  作業員選定の当否について

刑務作業は矯正教育の一部であり、職業訓練的な目的をも有するものであるから、或る程度の危険の伴う高所作業(営繕作業も含む)に在監者を従事させること自体は、その者の健康、技能、職業、将来の生計等を考慮して選定するかぎり、許されるものというべきであるところ、これを本件についてみるに、原告ら在監者を高所作業に従事させたことは前記のように当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、原告は受刑前三年間の鳶職の経験を有し、原告の実母も受刑後は鳶職として稼働させたいとの希望をもつていたので、刑務官は右の事情を考慮して原告を営繕夫に選定し、当初、監内で左官等の仕事をさせて同人の技量をみたあと高所作業にも従事させていたものであつて、所内での経験も約一年半になり、この間十分作業をこなしてきたことが認められる。

右認定に反する原告本人の供述部分は採ることができないものであり他にこれを左右するだけの証拠はない。したがつて、このような原告の技能、経験に照らし原告を本件作業に従事させたこと自体を不当であつたということはできず、この点につき刑務官に過失があつたとすることはできない。

(二)  作業実施上の事故防止措置の当否

本件事故の数日前本件作業の開始にあたり、本件支柱の安全性確認のため斉藤昭男看守が原告を本件支柱に登らせたこと、その際原告が横木を一本一本足で蹴つてその強度を調べたところ本件横木の端(釘で支柱丸太に打ちつけてある外側の部分)が腐蝕していたため折れて落ちたこと、これに対し斉藤看守が何らの指示、注意も与えなかつたこと、は当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば斉藤看守は本件横木の端が折れて落ちたのを目撃しながらその横木を補強するとか除去するとかの措置を講ずることなくまたこのことを作業責任者の技官渡辺賢一や翌日以降の担当看守にも報告しなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。次に事故当日については、原告らの作業を現場で指揮監督したのははじめ林春雄看守でその後交代して村端博看守となつたこと、両看守はともに高所作業について専門的知識を有していなかつたこと、刑務官は原告らにヘルメツトをかぶることを命じたこと、現場に足場は設置されていなかつたこと、事故時に原告が命綱を着用していなかつたことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、作業前に営繕主任看守田原秀雄が原告らにヘルメツトを被ることと共に命綱にも使えるロープを持つて行くことなど型通りの作業上の注意を与えたこと、作業現場にはロープ(それぞれ二〇メートルないし四〇メートルのもの)三本を携行して取り外した煙突土管を地上に降ろすことなどに使用したこと、本件作業の内容及び足場組立作業の危険性からみて、足場の用をなす煙突支柱にかえて足場を設置することが必らずしも適当でなかつたことから足場を組まずに作業を進めたこと、本件事故直前原告が針金切断のため支柱に登ろうとした際村端看守が原告にロープを命綱として使用するよう指示したこと、本件作業の実施責任者が職掌上、専門知識を有する技官渡辺賢一であることが認められ、<証拠省略>のうち右認定に反する部分はいずれもただちに措信しがたく、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。しかし、右責任者の渡辺賢一が本件作業の安全性について直接充分監督していたとの点については、これに沿う<証拠省略>は措信できず、証入渡辺賢一の証言によつてもそれまで本件作業現場を日に時々見廻ることはしていたものの、事故当日については見廻りを行つたか否かは明らかでなく結局これを認めるに足る証拠はないというべきであり、またロープを命綱として使用しうるのに必要な親綱を張る等の用意がなされていたとの点についても、証入渡辺の証言の一部の中にはこれに沿う如き部分があるし、右証言部分は<証拠省略>に照らしてたやすく措信できず、<証拠省略>の写真に見えるロープは前記<証拠省略>によれば土管をはずして降ろすために用いられたもので、いわゆる親綱として設けられたものでないことが認められるのである。他にこれを認めるに足る証拠はない。そして<証拠省略>によれば、むしろ本件事故後はじめて安全リリツプなど高所作業の事故防止のための設備が整えられたことが窺われる。

以上の認定事実をもとに判断するに、斉藤看守が作業上危険のある事実を目撃しながらなんら適切な処置をとらず作業責任者にも報告しなかつたこと、危険の大きい作業にもかかわらず適切な指導が行える専門技術者の監督が必ずしも充分でなく現場での指導をもつぱら専門知識のない看守にまかせたこと、命綱の使用等については作業監督者において、通り一遍に使用することを在監者に注意すれば足りるものではなく、常にその使用状況を看視し、作業現場の状況から判断して、その必要ありと認められる場合にはその使用を実行させるべきであるにもかかわらず、現場指導者の知識の不足もあつてこれを怠りその実行を徹底させず、かつロープもすぐ簡単に命綱として使用しうるような状態になつていなかつたこと、また単なるロープなどがあるのみで命綱を安全に取り付けるためなど事故防止の物的設備器具等の備付自体が不充分であつたこと、さらに前記認定のように本件作業において、足場を設置することが適当でなかつたからといつて、もとより事故防止に必要なそのほかの措置をとらなくても良いということにはならないにもかかわらず、これに代るべき措置すなわち防網の設置などがなされていないことなどの諸点において、本件作業に関与した刑務官について相当な注意義務を尽さなかったとの非難は免れ難く、刑務官に過失があつたと認めざるをえない。

4  したがつて被告は、その公権力の行使に当る公務員たる刑務官がその職務たる刑務作業の指導実施を行うについての右のような過失により原告に損害を与えたことにつき、賠償責任があるというべきである。

三  原告の損害について

1  医療費

(一)  原告が本件受傷により昭和四四年四月一四日から同四七年四月まで国立登別病院等で入院治療をうけたことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、これに要した治療費が二、三九八、二六三円であることが認められる。

2  逸失利益

(一)  原告が本件受傷により両下肢知覚運動完全麻痺、尿路直腸障害を残していることは当事者間に争いがなく、これを労働基準法施行規則四〇条、別表第二の身体障害等級表にあてはめると第一級に該当し、右第一級障害者の労働能力喪失率は労働省労働基準局長の昭和三二年七月二日基発第五五一号通達によれば一〇〇分の一〇〇である。しかしこれを具体的に原告の場合について考えるに、<証拠省略>によれば、原告は今後機能回復訓練をうけることにより上半身を使つての電器部品の製造等の軽作業であればある程度稼働しうること、ただ、原告の場合のように下半身麻痺の者は椅子又は車椅子に坐つての同一姿勢のまま作業を余儀なくされるため、疲労がはげしく背尻などに褥創などの障害が発生しやすく、このため右継続的な作業には苦痛を伴い、かつこれを持続するには相当の努力を要するのでこれによる収入には多くを望むことができないことがそれぞれ認められるのであつて右の点からすれば、原告の労働能力喪失率は一〇〇分の九〇とみるのが相当である。

(二)  <証拠省略>によれば、原告は昭和一七年一〇月二八日生であること、中学校卒業後稼働し、受刑前である昭和四一年一一月当時は土工夫として日給二、〇〇〇円をこえる収入をえていたこと、事故前原告は健康体であつたこと、刑期満了の日が昭和四四年八月九日であつたことが認められ、右認定に反する証拠はほかにない。したがつて本件事故にさえあわなければ原告はおそくとも昭和四四年八月九日の翌日以降は通常の作業能力をもつて稼働することができ、これにより中学校卒業の学歴を有する者の平均賃金に相当する収入を得ることができたということができ、また原告の刑期満了後の就労可能期間は六三才までの三六年間と認めるのが相当である。なお、被告は原告が受刑前に必ずしも真面目に稼働していたわけでないとの理由から平均賃金を基礎とするのは不当である旨主張するが、<証拠省略>によれば受刑前においても原告の日常の仕事ぶりはまじめであつたこと、現在においてもまじめな生活態度であることが認められるので、被告の主張は前提を欠くものとして採用し難い。

(三)  そこで原告の逸失利益額を算定するに、昭和四六年度の労働省賃金構造基本調査によれば小学・中学卒の全産業常用男子労働者の平均賃金額は年額一、一〇四、七〇〇円であるから、これを基礎として前記就労可能期間たる満二七年から満六三年に達するまでの三六年分につきホフマン式(年毎)計算法により中間利息を控除して、収入現価を算出すると二二、四〇〇、五〇七円となるところ、原告の労働能力喪失率は一〇〇分の九〇であるから、右金額の九〇パーセントに相当する二〇、一六〇、四五六円が原告の逸失利益額というべきこととなる。

(四)  なお、原告は将来見込まれる実質賃金の上昇をも加味すべきであり、将来のその上昇率として年五パーセントを下まわることはないと主張するが、なるほど<証拠省略>によれば近年における実質賃金の上昇率が優に年五パーセントを上まわるものであり、将来にわたりなお当分この上昇傾向が続くとみるべき余地が大きいことは認めうるところであるが、これを当然に今後三六年にわたつて年五パーセントは実質賃金が上昇するものと認定してこれをもつて逸失利益額算定の基礎となすだけの確実性の高いものということはいまだできず他に右主張事実を証するに足る証拠はない。原告の右主張は採用し難い。

3  附添料

前判示のとおりの原告の後遺障害の程度からすれば、なるほど原告は他人の介護なしにとうてい正常な日常生活を営み難いものということができるが、<証拠省略>によれば現在原告は重度身体障害者授産施設に入所中であつて現在のところは所内の介護については自ら出捐すべき特別の費用を要しないこと、近い将来原告が右施設を出所しなければならない特別の事情のないことが認められ、かつ将来出捐することになるかもしれない介護のための費用はその発生時期、基準額とも不確定で現在の時点でこれを算定することは不可能であるからこれを損害額として計上することはできない。

4  慰藉料

原告が本件事故による受傷のため約三年間入院生活を送つたことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、原告は入院期間中に三回の手術をうけまた重度の褥創にかかり相当な苦痛をうけたこと、知覚麻痺のため排便排尿にかなりの不便を感じる状態であつたこと、機能回復のため相当な努力を要する訓練をうけたこと、原告は両下肢知覚運動完全麻痺、尿路直腸障害の後遺症を残し、これは殆んど回復の見込みのないものであること、そしてこのため正常な結婚生活を送ることは断念せざるをえないこと、また車椅子による生活を余儀なくされるなど日常生活も種々の不便を強いられること、そしてこうした事情から年老いた母親との同居生活にはかなりの困難を伴いそのため現に母と離れて身体障害者施設における生活を送つていること、以上の各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。したがつて上記認定のような入院生活、後遺障害についての精神的損害の慰藉料としては、後記のとおり原告にも過失があつたことを斟酌してもなお三五〇万円をもつて相当とみるべきである。

5  原告の過失(過失相殺)

前判示のとおり本件事故前、原告が本件横木を足で蹴つた際その端が折れて落ちたのであるが、原告はそもそも本件支柱の安全性確認のため登つたのであるから原告は右横木が腐蝕しておりこれをつかんで身体を支えることが危険であることを当然認識し、なお一層慎重に本件横木の腐蝕程度、登降するについての安全性を調べ、作業に堪えない状況であればこれを除去するとか補強すべきことを刑務官に具申し、さらにこの点につき作業中常に念頭においた行動をなすべきであつたというべきであり、ことに<証拠省略>によれば事故直前に村端看守から「上るんなら命綱を使えよ」との命綱使用の指示をうけたのであるから、これに従い予め命綱にも使えるものとして携行していたロープを長すぎて不便であるにせよ計算室窓の鉄格子から引くなどその他適当な方法を講じて命綱として用い転落を防止すべきであつたのに原告がこれに従わなかつたことが認められ<証拠省略>右認定に反する部分はただちに措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。右認定事実に照らせば、本件事故について原告にも相当な過失があつたというべきである。(ただ原告がペンチを手に持つたまま支柱の上に昇ろうとしたとの点については前記<証拠省略>にこれに沿う記載があるが右は原告本入尋問の結果に照らしてただちに措信することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、また仮に手に持つて昇ろうとしたとしても、<証拠省略>によれば当時原告はペンチを収納すべきケースなどを身につけていなかつたことが認められるから、この点を原告の過失とするのは相当ではない。)

そこで、右のような原告の過失および前記認定の被告の過失その他諸般の事情を考慮すると、原告と被告との過失の割合は、原告七、被告三とみるのが相当であるので、被告の賠償額は前記各損害(但し、慰藉料、弁護士費用を除く)の三〇パーセントたる左の金額である。

医療費 七一九、四七八円

逸失利益 六、〇四八、一三六円

なお、抗弁三については、立論の前提自体疑問であるし、かつ前記認定のとおり、被告の過失は明白であるので採用のかぎりでない。

また、原告は、在監者は自己の自主的判断によつて作業を行ないえない立場にあるから、本件のような場合は過失相殺に適しないと主張するが、作業そのものは、刑務所職員の指導監督による強制作業であるとしても、作業における一挙手一投足など個々の具体的行動は在監者の判断で行うのであるから、原告主張のような事情を過失相殺にあたつて原告に有利な事情として斟酌はできても、全く過失相殺できないとする主張は採用できない。

6  損害の填補

以上により、原告は一〇、二七六、六一四円の損害を蒙つたことになるが、被告は原告に対し、見舞金名義で二四〇、〇〇〇円および車椅子一台(四〇、〇〇〇円相当)を交付したことは当事者間に争いがないので、これを控除すると、損害の残額は九、九八七、六一四円となる。

7  弁護士費用

<証拠省略>によれば、被告は前項損害の填補欄に記載した以外に任意に支払をしなかつたので、原告は本訴の提起と追行を弁護士たる原告訴訟代理人に委任したことが認められるが、その費用は本件事案の難易、訴訟の経緯請求認容額等を勘案すると認容額の一〇パーセントをもつて本件事故と相当因果関係にある損害とみるのが相当であり、その額は九九八、七六一円である。

四  結び

よつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、被告に対し金一〇、九八六、三七五円およびこれに対する事故発生の翌日である昭和四四年四月一五日より右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し、なお仮執行宣言の申立についてはこれを付するのは相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 磯辺衛 滝川義道 小林克己)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例