札幌地方裁判所小樽支部 平成15年(ワ)5号 判決 2003年11月28日
第五号事件原告
A野太郎(以下「原告太郎」という。)
同訴訟代理人弁護士
石川和弘
第三三号事件原告
A野花子(以下「原告花子」という。)
同訴訟代理人弁護士
青野渉
両事件被告
B山松子(以下「被告松子」という。)
他1名
第三三号事件被告
株式会社損害保険ジャパン
(以下「被告損保ジャパン」という。)
同代表者代表取締役
平野浩志
上記三名訴訟代理人弁護士
菰田尚正
主文
一 被告松子及び被告竹子は、原告太郎に対し、各自二五八八万八八七七円及びこれに対する平成一四年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告松子及び被告竹子は、原告花子に対し、各自五五一〇万九四三八円及びこれに対する平成一四年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告損保ジャパンは、被告松子又は被告竹子のいずれかに対する判決が確定したときは、原告花子に対し、五五一〇万九四三八円及びこれに対する平成一四年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告太郎のその余の請求及び原告花子のその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、これを二分し、その一についてはすべて被告松子及び同竹子の負担とし、その余については、更にこれを一〇分し、その八を被告らの負担とし、その二を原告花子の負担とする。
六 この判決は、第一項及び第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 原告太郎
被告松子及び被告竹子は、原告太郎に対し、各自二七二八万八八七七円及びこれに対する平成一四年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告花子
(1) 主位的請求
ア 被告松子及び被告竹子は、原告花子に対し、各自七一二九万四七三〇円及びこれに対する平成一四年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
イ 被告損保ジャパンは、被告松子又は被告竹子のいずれかに対する判決が確定したときは、原告花子に対し、七一二九万四七三〇円及びこれに対する平成一四年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 予備的請求
ア 被告松子及び被告竹子は、原告花子に対し、各自二七二〇万六〇四四円及びこれに対する平成一四年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
イ 被告松子及び被告竹子は、原告花子に対し、各自平成一五年から平成三四年まで毎年六月二九日限り一六八万一八〇〇円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
ウ 被告松子及び被告竹子は、原告花子に対し、各自平成三四年六月二九日限り二五四六万四一三四円及びこれに対する平成三四年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
エ 被告損保ジャパンは、被告松子又は被告竹子のいずれかに対する判決が確定したときは、原告花子に対し、二七二〇万六〇四四円及びこれに対する平成一四年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
オ 被告損保ジャパンは、被告松子又は被告竹子のいずれかに対する判決が確定したときは、原告花子に対し、平成一五年から平成三四年まで毎年六月二九日限り一六八万一八〇〇円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
カ 被告損保ジャパンは、被告松子又は被告竹子のいずれかに対する判決が確定したときは、原告花子に対し、平成三四年六月二九日限り二五四六万四一三四円及びこれに対する平成三四年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、原告らの子であったA野一郎(以下「一郎」という。)の運転する自動二輪車と、被告松子の運転する普通乗用自動車とが衝突した交通事故により一郎が死亡したことによって損害を被ったと主張して、原告太郎が被告松子及び同竹子に対して損害賠償を、原告花子が被告松子及び同竹子に対して損害賠償並びに被告損保ジャパンに対して保険金の支払をそれぞれ求めた事案である。
二 前提となる争いのない事実等(証拠を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)
(1) 原告らは、昭和四七年一二月一六日に婚姻し、昭和五九年三月一二日に長男一郎をもうけた後、平成一〇年九月一七日に同人の親権者を原告花子と定めて協議離婚した。
(2) 一郎と被告松子との間で、一郎を被害者、被告松子を加害者とする以下のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
日時 平成一四年六月二九日午前〇時四〇分ころ
場所 小樽市船浜町七番
加害車両 被告松子の運転する普通乗用自動車(《ナンバー省略》)
被害車両 一郎の運転する自動二輪車(《ナンバー省略》)
事故態様 飲酒運転(呼気一リットルにつき〇・一五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有)をしていた被告松子の運転する加害車両が、時速約六〇キロメートルでセンターラインをオーバーし、対向車線を走行していた被害車両と正面衝突し、同車両を路上に転倒させ、一郎を同日午前一時二〇分ころ外傷性ショックにより死亡させた。
(3) 一郎の法定相続人は原告らのみであり、原告らの法定相続分は各二分の一である。
(4) 被告竹子は加害車両の保有者である。
(5) 被告損保ジャパンは、被告竹子との間で、加害車両につき損害保険契約(自家用自動車綜合保険)を締結していた保険者である。同契約の約款には、被害者による保険者に対する直接請求権が定められている。
三 原告太郎の主張
(1) 責任原因
被告松子には、本件事故現場は道路前方が左方に湾曲している道路であったから、前方左右を注視し、適正な進路を保持してその安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、運転開始前に飲んだアルコール類の酔いの影響等により注意力散漫となり、前方左右を注視せず、進路の安全確認不十分のまま漫然前記速度で直進した過失により、自車を対向車線に進出させ、折から対向進行してきた普通乗用自動車の右後部に自車右前部を衝突させた後、自車を右斜め前方に暴走させ、自車前部を、前記普通乗用自動車に続いて進行してきた被害車両に衝突させて、一郎及び同乗していたC川梅子(当時一七歳)を路上に転倒させ、よって上記のとおり一郎を死亡するに至らしめたものであり、民法七〇九条に基づく責任を負う。
また、被告竹子は、加害車両の保有者として自賠法三条に基づく責任を負う。
(2) 損害
ア 逸失利益 四七一七万七七五四円
一郎は、本件事故時に一八歳であり、六七歳に至るまで四九年間にわたり就労が可能であったから、賃金センサス平成一二年・産業計・企業規模計・男子・高卒・全年齢平均による平均賃金を基礎収入とし、年五%の割合で中間利息を控除し、生活費控除割合を五〇%としてその逸失利益を算出すると、以下の算式のとおり四七一七万七七五四円となる(一円未満切り捨て。以下同様とする。)。
5,193,300×18.1687×0.5=47,177,754
イ 慰謝料 二六〇〇万円
一郎は、一家の支柱やこれに準ずるものではなかったが、一八歳という若さで生命を絶たれたこと及び本件事故が被告松子の飲酒運転に起因するという加害行為の悪質さを考慮すると、被害者である一郎自身の慰謝料としては二、六〇〇万円が相当である。
ウ 小計 七三一七万七七五四円(ア+イ)
エ 原告太郎分 三六五八万八八七七円(ウ÷2)
オ 原告太郎固有の慰謝料 三〇〇万円
原告太郎は、勤務していた水産会社が営業を止めてしまったため、自営で水産業を営もうと準備していたところ、一郎がいずれ原告太郎の仕事を継ぐ旨の意思を表明したため、予定にはなかった会社を設立してまで楽しみにしていたが、本件事故で一郎が死亡してしまったため、それが実現せず、精神的苦痛を被ったものであり、被害者の父である原告太郎固有の慰謝料としては三〇〇万円が相当である。
カ 小計 三九五八万八八七七円(エ+オ)
キ 既払金 一四五〇万円
ク 差引 二五〇八万八八七七円(カ-キ)
ケ 弁護士費用 二二〇万円
コ 総合計 二七二八万八八七七円(ク+ケ)
(3) 結論
よって、原告太郎は、被告松子及び同竹子に対し、それぞれ民法七〇九条、自賠法三条に基づく損害賠償請求として二七二八万八八七七円及びこれに対する本件事故の日である平成一四年六月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 原告花子の主張
(1) 責任原因
被告松子は、加害車両を運転するにあたり、運転開始前に飲んだアルコール類の影響等により注意力散漫となり、前方左右を注視せず、進路の安全確認不十分のまま漫然と時速約六〇キロメートルで進行し、加害車両を対向車線に進出させた過失により本件事故を発生させたものであるから、不法行為に基づく損害賠償責任を負い、被告竹子は加害車両の保有者として自賠法三条に基づく責任を負う。
被告損保ジャパンは、前記約款に定められた被害者に対する直接請求権により原告花子に対して損害賠償責任を負う。なお、被告損保ジャパンに対する直接請求権は約款上被保険者に対する損害賠償請求の判決が確定したときに可能となるので、被告損保ジャパンに対する請求部分については、被告松子又は同竹子に対する判決の確定を条件とすることとする。
(2) 損害
原告花子は、逸失利益について中間利息控除率を年三%として算出した金額を他の損害とともに全額一時金としての支払を求める請求を主位的請求とし、逸失利益を二〇年間の定期金及び二一年後の一時金とに分け、その他の損害を一時金として、二〇年間分の逸失利益を二〇年間にわたる定期金として、二一年後以降の逸失利益を二〇年後に一時金として求める請求を予備的請求とするものである。そして、そのいずれもが認められない場合には、中間利息控除率を五%とする計算方法によって算出した金額を他の損害とともに全額一時金としての支払を求める。
なお、一時金賠償と定期金賠償は、請求の客観的併合とは異なり、訴訟物はあくまで一個であるが、原告花子があえて、上記のような方法で賠償を求める以上、裁判所は原告花子の主張に拘束されるものと考える。
(主位的請求にかかる部分)
ア 逸失利益 八五七七万七三七三円
一郎は、本件事故時に一八歳であり、六七歳に至るまで四九年間にわたり就労が可能であったから、賃金センサス平成一二年・産業計・企業規模計・男子・学歴計・全年齢平均による平均賃金を基礎収入とし、中間利息控除率を三%とし、生活費控除割合を四〇%としてその逸失利益を算出すると、以下の算式のとおり八五七七万七三七三円となる。
5,606,000×25.50165693×0.6=85,777,373
なお、現在の裁判所は、中間利息控除率を五%とする計算方法を採用する例が圧倒的に多い。しかし、中間利息控除率を五%とすることは、法律上の根拠がなく、証拠上も絶対に認定できない上、明らかに経済的合理性がなく、不当というより誤謬というべき慣習であるが、本件において、裁判所がこの慣習に縛られる判断をするのであれば、原告花子は、次善の方法として定期金賠償を選択するものである。
原告花子の中間利息控除に関する主張は以下のとおりである。
(ア) 現価算定の方法論
まず、中間利息控除とは、不法行為における要件事実の一つである「損害」の中の一項目である逸失利益の現在価格を算定するための技術である。一〇年後にもらうべき一〇〇万円を、現時点で満額受領した場合には、一〇年間利殖することができるから、一〇年後には一〇〇万円以上の金員になってしまう。そこで、一〇年後にちょうど一〇〇万円になるように「今受け取るべき元本」を計算する技術が、中間利息控除である。ここで注意すべきは、法律家が行うべき目的は、あくまでも「現在価値」の算定であって、中間利息控除はそのための一つの技術にすぎないということである。
現在価値の算定をする場合に考慮すべき要素は大別すると、「経済成長」と「利殖による増殖」の二つである。まず、経済成長については、将来の逸失利益を適正に評価するためには、経済成長(具体的には賃金センサスの上昇分)を加算する必要があるということである。次に、利殖による増殖を考慮して中間利息部分を控除するのが中間利息控除の問題である。この利率を年五%とするのが現在の裁判実務の大勢である。しかし、中間利息控除率に民事法定利率を適用すべきという規定はないし、最高裁判所もこの点について判断を示したことはない。わが国の法体系においては、様々な利率が法律に現れる。手形法四八条二項が引用する日銀の割引率(日銀法二一条、一三条の三第二項)、貸金業規制法、利息制限法などに様々な利率が現れる。利殖による増殖は市中銀行の金利により行われるから、民事法定利率よりも公定歩合や供託法の利率の方がはるかに実態に近いのであり、民事法定利率を利用する根拠は薄弱である。この経済成長分の「加算(プラス)」と利殖分の「控除(マイナス)」をできる限り適正に行うことが、逸失利益の現価算定の技術の存在意義である。技術であるから、巧拙を議論することもできるし、進歩させることもできる。現在の実務慣行を「おかしい」と思う良心が裁判所にあるなら、真剣に技術を再検討すべきである。
(イ) 実質金利論
現在の実務慣行は、現在価値の算定の技術として、①「経済成長を加算(プラス)」する場面では、期間がどんなに長くても加算しない、②「利殖分を控除(マイナス)」する場面では、年五%一年複利という方式を採用するという二つのドグマを前提にしている。現在の実務慣行が現実と乖離しているのは、この二つのドグマを二つとも採用していることにある。実は、この二つのドグマは、それぞれ現実を無視している問題がある上に、二つは相矛盾するものであって、絶対に両立し得ないという致命的な問題を有しているのである。つまり、二つのドグマが両立する社会を言葉で表現すれば、「定期預金の年利率が所得成長率を常に五%上回る状態が永遠に継続する」ということになり、このような擬制が一応の合理性を有するものであれば、現在の実務慣行にも合理性があることになる。しかし、このような擬制は不当であり、もっといえば誤謬である。市中金利が経済成長と密接な関係にあることは、難しい経済理論を持ち出すまでもなく当然のことであり、銀行の定期預金の金利が五%もつく社会で、所得成長がゼロなどということは絶対にあり得ないのである。現実の日本経済の統計からも、①定期預金利率と経済成長率には関連性がある、②定期預金利率が五%という社会では所得成長率も相応に高率である、③逆に所得成長率が〇%ないしマイナスの時代(最近の一〇年間)でみると、預金利率も〇%に近い値になる、④所得成長率が定期預金利率を大きく(五%以上)上回ることはあっても、その逆に定期預金利率が所得成長率を大きく上回ったことはないことが導かれる。つまり、現在の実務慣行が前提とする「定期預金の年利率が所得成長率を常に五%上回る状態」などというのは、継続するどころか、昭和三一年以降ただの一度も存在しなかった社会状態なのである。
ところで、従来の議論の問題点は、「経済成長をどう考慮するか」という問題と「利殖部分の割引をどうするか」という問題を、全く別個に考えていた点にある。実は、この二つの問題は相互に密接に関連している。従来の議論は、「将来の経済成長は予測できないからゼロ」、「将来の預金利率も予測できないから五%」という二つの別個の議論であった。しかし、逸失利益の現在価値の算定こそが本来の目的であって、「経済成長をどう考慮するか」、「中間利息をどう設定するか」というのはそのための技術であり、道具にすぎないのである。
N年後における逸失利益の現在価値を適正に算定するためには、N年後における所得を予想するとともに、その間の金利部分を控除して計算することになる。現時点の賃金センサスをベースに計算するとすれば、例えば、N年後までの所得成長率が年三%で、預金利率が年一%であれば、現在の賃金センサスの値に、N年間年二%の割合で「加算(プラス)」し、所得成長率が四%で預金利率が三%であれば、N年間年一%の割合で「マイナス」するというように預金利率と所得成長率の差をプラス・マイナスすればいいのであって、重要なのは所得成長率や預金利率そのものではなく、その「差」(ここでは便宜「実質割引率」と呼ぶ。)なのである。
(ウ) 実質割引率の設定
では、実質割引率を何%に設定すべきか。これはこれで難問ではあるが、「経済成長を予測する」という作業に比べればはるかに容易である。なぜなら、経済成長がどうなるか、預金利率がどうなるかについては、それぞれ特に上限、下限があるわけではなく、無限の可能性があるため、これを予測することはおよそ不可能であるが、実質割引率は、所得成長率と預金利率という密接に関連するもの同士の「開差」という性質上そこには一定の「幅」が観念できる上、証明すべき対象はその「上限」だけでよいからである。
まず、実質割引率が過去どの範囲の幅で動くのかを検討する必要がある。統計データによれば、最大二・三%から最小マイナス二一・四%となっており、その幅は小さくなく、将来の実質割引率は予測不可能なのではないかという疑問もある。しかし、現在価値の算定という場面の問題であるから、重要なのは、上限である。すなわち、原告として立証すべきなのは、「今後、N年間の実質割引率はa%である」という事実を証明する必要はなく、「今後N年間の実質割引率はa%を超えることはない」ということを証明すれば足りるのである。このa%が五%よりも低い値であれば、原告の立証が成功している以上、裁判所は、五%ではなく、a%を採用すべきことになる。損害の算定は、事実認定の問題であるから、この証明がされた以上裁判所が五%を採用することはできない。
実質割引率を考えるにあたり、昭和三一年以降の統計データを別紙一に示す。これは、一年物定期預金の利率(税引後)から所得成長率を控除した数値を示したものである。これによれば、全期間の平均は、マイナス三・三二%、上位一〇年の平均値(実質割引率の高い年から順に一〇の年をピックアップして平均した値)は一・七%、最大値でも二・三%にとどまるのであって、五%というのがいかにひどい数値であるかが明らかである。以上からすれば、原告花子としては、本来は一%程度が実質割引率として適正であると考えるが、裁判実務の慣行が長く五%を採用していたことからすると、裁判の安定性という観点からして、裁判所が直ちに一%という数値を採用することは困難である。以上を考慮して、原告花子は、裁判上の主張としては、控え目な主張として、三%という数値を主張するものである。
イ 慰謝料 二六〇〇万円
一郎は、本件事故当時一八歳であり、一八歳以後の人生のすべてを被告松子の極めて悪質な交通犯罪によって奪われたものであるから、その無念さを金銭に換算することなど本来は不可能である。しかし、民事訴訟で請求しうるのは金銭だけであるから、あえて金銭に換算することとする。
一郎は、原告花子が原告太郎と離婚して以降、原告花子が生命保険外交員などをしながら育ててきたものである。一郎は、高校三年の時から母親を助けるため、回転寿司店でアルバイトを始め、大変熱心に仕事をしたため、上司から店長候補として研修を受けることを勧誘されたが、傍らでしていた音楽活動を優先させるため、アルバイト待遇のままを希望し、固辞した経緯もある。同店での勤務はわずか一年余りであるが、一郎が死亡した際、同人が勤務していた店の同僚は、日曜日であり、観光地にある店舗としては最大の繁忙日であるにもかかわらず、会社の理解もあり、周辺の支店から人員のシフトをやりくりして店長以下全員が葬儀に出席した。このことからも一郎がいかに同僚店員から慕われていたかがわかる。葬儀の際も四〇〇名を収容する会場に入りきらないほどの参列者があった。
一郎は、一人息子であり、姉がすでに結婚していることもあって、今後は母親である原告花子を助けながら生活していくことを予定していた。裁判例においては、慰謝料額の算定において「一家の支柱」「一家の支柱に準じる」「それ以外」を分ける傾向にあるが、この分類でいけば一郎は原告花子との関係では一家の支柱に準じる者であることは明らかであり、原告花子としては、二、六〇〇万円を慰謝料として請求する。
ウ 小計 一億一一七七万七三七三円(ア+イ)
エ 原告花子分 五五八八万八六八六円(ウ÷2)
オ 原告花子固有の慰謝料 五〇〇万円
一郎の父親である原告太郎は、一郎が小学校五年生の時に家を出て別居するに至ったため、その後は、原告花子が一人で一郎を育ててきた(離婚するまでは原告太郎から毎月一〇万円の仕送りがあった。)。一郎は、前記のとおり高校在学中からアルバイトをし、月額一五万円以上の給与を得ていた。原告花子にとってみれば、一生懸命育ててきた一人息子がようやく母親を助けられる年齢になったところだった。前述のように、現在でも毎日欠かさず一郎の眠っている寺に通っているのであり、精神的な痛みは全く癒えていない。
原告花子にとっては、このように大変な苦労をして育ててきた大切な一人息子を奪われたのであって、その精神的苦痛を金銭に評価することは不可能であるが、過去の裁判例などを前提にあえて評価するとすれば、五〇〇万円が相当である。
カ 原告花子の支出した葬儀費用 四〇〇万六〇四四円
原告花子は、平成一四年六月三〇日、一郎の通夜を主宰し、同年七月一日、告別式を主宰した。原告花子は、その後、四九日の法要などを行い、毎日欠かさず一郎が供養されている小樽市内の寺にお参りに行き、花と飲み物を供えている。また、自宅にも仏壇を購入し、毎日花と飲み物やお菓子を供えている。現在までに一郎の供養のために支出した費用のうち領収書等があるのは別紙二、三記載のとおりであり、その合計は四〇〇万六〇四四円である。
このほかにも、一郎とともに音楽活動をしていた友人が集まって追悼ライブを開催した際には、原告花子がライブハウスのレンタル料その他の費用を支出している事実もあるが、この点は領収書もなく、あえて主張はしないが、一郎が死亡したことによって原告花子がすでに支出し、また今後支出するであろう費用は上記にとどまらないのであって、上記金額はかなり控え目な金額であることを付言する。
キ 小計 六四八九万四七三〇円(エ+オ+カ)
ク 弁護士費用 六四〇万円
ケ 総合計 七一二九万四七三〇円(キ+ク)
(予備的請求にかかる部分)
一時金部分として
ア 慰謝料 二六〇〇万円
イ 原告花子分 一三〇〇万円(ア÷2)
ウ 原告花子固有の慰謝料 五〇〇万円
カ 原告花子の支出した葬儀費用 四〇〇万六〇四四円
キ 小計 二二〇〇万六〇四四円
ク 弁護士費用 五二〇万円
ケ 合計 二七二〇万六〇四四円
その余の部分として
ア 逸失利益 一億一八二〇万〇二六七円
事故などにより、人の傷害・死亡という結果が発生した場合の損害賠償(逸失利益、介護費用)は、定期金賠償によるのが適切であることは、古くから指摘されているところである。数十年にわたって経済的合理性のない数値(五%)で中間利息を控除して逸失利益を算定する一時金賠償方式は、著しく被害者に不利であり、これを解決する方法として定期金賠償制度を利用すべきことは裁判例においても指摘されているところであるが、①旧民事訴訟法においては、定期金賠償の給付額について変更判決制度がなかったので、インフレが進行すると、長期に渡る賠償の場合、給付額が著しく不合理になることがある、②法律上の担保制度がなく、定期金賠償の間に加害者が死亡するなどの危険もある上、仮に損害保険により担保されていても損害保険会社の倒産のリスクなどもあるので、必ずしも被害者に有利とはいえないという問題点もあったため、定期金賠償はほとんど活用されてこなかった。この点、現行民事訴訟法一一七条は、①の問題点を解決するための変更判決制度を新設したので、この問題は解決されたが、②の問題は依然として被害者の大きなリスクとして残っている。本件においては、一応大手損害保険会社である被告損保ジャパンによる保険があるので、無保険のケースとは異なるものの、三〇年後、四〇年後においても被告損保ジャパンが存続しているかどうかは不明というほかない。しかし、一時金賠償の算定において、中間利息控除率五%という余りにも不合理な数値を採用するのであれば、被害者としては、上記②のリスクを甘受しても、定期金賠償を選択せざるを得ない。②のリスクは、賠償期間が長くなればなるほど増大するから、原告花子としては、二〇年程度が被害者のリスク負担の限界と考え、二〇年間を定期金賠償期間として毎年命日に支払を行い、二〇年後の命日である平成三四年六月二九日に残期間(二九年分)の逸失利益について、中間利息控除率を五%とする計算方法によって算出される額を一括払いする方法を選択する。
したがって、被告松子及び同竹子は、平成一五年から平成三四年まで、二〇回にわたり毎年六月二九日限り、前記賃金センサス平成一二年・産業計・企業規模計・男子・学歴計・全年齢平均による平均賃金五六〇万六〇〇〇円から四割の生活費を控除した金額である三三六万三六〇〇円を支払うとともに、平成三四年六月二九日には、以下の算式により算出される同年以後の二九年分の逸失利益を支払うべきことになる。
5,606,000×0.6×15.1410=50,928,267
つまり、被告松子及び同竹子の支払うべき逸失利益の額は、三三六万三六〇〇円の二〇年分である六七二七万二〇〇〇円と上記五〇九二万八二六七円の合計一億一八二〇万〇二六七円となる。
イ 原告花子分 五九一〇万〇一三四円(ア÷2)
うち定期金として支払を求める部分(平成一五年から平成三四年まで) 三三六三万六〇〇〇円 (一六八万一八〇〇円×二〇年分)
うち平成三四年に一時金の支払を求める部分 二五四六万四一三四円
(3) 結論
よって、原告花子は、主位的請求として、被告松子に対しては民法七〇九条に基づく損害賠償請求として、被告竹子に対しては自賠法三条に基づく損害賠償請求として、連帯して七一二九万四七三〇円及びこれに対する不法行為の日である平成一四年六月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告損保ジャパンに対しては、保険約款上の直接請求権に基づく請求として、被告松子又は同竹子に対する判決が確定することを条件として、同被告らに対する金員と同額の金員の支払を求める。
また、原告花子は、予備的請求として、被告松子に対しては民法七〇九条に基づく損害賠償請求として、被告竹子に対しては自賠法三条に基づく損害賠償請求として、逸失利益を除く損害については、一時金として二七二〇万六〇四四円及びこれに対する不法行為の日である平成一四年六月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、逸失利益のうち最初の二〇年間については定期金賠償方式を選択し、平成一五年から平成三四年まで毎年六月二九日限り一六八万一八〇〇円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、二一年目から四九年目までの二九年間については二〇年後に一時金として受領する方式を選択し、平成三四年六月二九日限り二五四六万四一三四円及びこれに対する同日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告損保ジャパンに対しては、保険約款上の直接請求権に基づく請求として、被告松子又は同竹子に対する判決が確定することを条件として、同被告らに対する金員と同額の金員の支払を求める。
五 原告太郎の主張に対する被告松子及び同竹子の認否
責任原因は全部認める。
損害のうち、逸失利益については認め、慰謝料支払義務があることは認めるが、その額は争う。ただし、一郎が一八歳という若さで死亡したこと及び本件事故当時被告松子が飲酒運転をしていたことはいずれも認める。原告太郎固有の慰謝料の存在については否認する。慰謝料については、一郎自身及び原告ら固有の慰謝料の総額がせいぜい二三〇〇万円程度が相当である。既払金の額については認める。
六 原告花子の主張に対する被告らの認否
責任原因は全部認めるが、損害の主張については、既払金の額を除き全て争う。損害についての被告らの主張は以下のとおりである。
(1) 逸失利益について
原告花子は、逸失利益の中間利息控除率について年三%が相当であると主張するが、中間利息控除率は民事法定利率によるべきであり、これを年五%とするのが相当である。なぜならば、民事法定利率は、法律の規定に基づいて発生する利息や当事者間に利率に関する特別な合意のない場合の利息等について統一的に適用されるものであって、法律上の根拠を十分有するところ、従前の交通事故訴訟のほとんどのケースで中間利息控除率として民事法定利率が適用されていることにかんがみれば、これらとの統一的処理という見地から見て、他に準拠すべき中間利息控除率は存在しないというべきだからである。これを年三%とすることについては、かえって法律上の根拠がないというべきであり、立法論としてはともかく、法解釈論としては相当性を欠くといわざるを得ない。
(2) 定期金賠償の請求について
まず、原告花子は、損害のうち逸失利益部分の中間利息控除率三%による一時金賠償を主位的請求とし、これが認められない場合の予備的請求として、いわゆる請求の予備的併合の構成をとっているが、そもそもこうした予備的併合の構成には論理的に疑問がある。なぜならば、原告花子の主張する主位的請求と予備的請求の各請求相互の間に予備的な関係が存在しないばかりか、そもそも相互の各訴訟物に異同があるとは思えないからである。仮に、裁判所が判決において中間利息控除率五%を適用して逸失利益の金額を算出したとしても、それは主位的請求を排斥したことにはならず、予備的請求について判決する必要はないのではないか。
次に、原告花子が損害のうちの逸失利益について定期金賠償を求めることについても疑問がある。かねて、被害者が事故で負傷したにとどまる傷害事案において、将来の介護費用等について定期金賠償が認められた事案があるが、それは損害が事故時にすべて発生したわけではなく、将来の介護費用という損害はその各時期(定期又は履行期)が到来する都度発生するものであって、その分の損害賠償請求権が将来の債権だと考えられるからである。本件は、被害者死亡の事案であるが、被害者が死亡した時点で経済的逸失利益も含めたその全損害が発生したと観念すべきであり、これに対して定期金賠償を求めるのは一時金賠償の分割払を求めるに等しいと思われる。紛争の一回的解決の要請は、不法行為に基づく損害賠償の義務を負う加害者といえども享有している法益というべきであるから、たとえ損害賠償を請求する被害者の意向に沿うからといって、むやみに一時金賠償の分割払が認められてはならない。
(3) 葬儀費用について
被告らは、原告花子が葬儀費用を損害とすること自体を否定するものではないが、支出された葬儀費用の全額が損害として認められるわけではないということを改めて指摘したい。葬儀費用というものは、人により支出額がまちまちであり、その支出額の中には本来の葬儀費用以外の飲食代金等も多額に含まれているのが通常であって、その現実の支出額をすべて損害と認めるとすれば、事案によって不公平が生じることは必定だからである。したがって、葬儀費用として認められる損害額はせいぜい一二〇万円程度が相当である。
(4) 慰謝料について
慰謝料については、一郎自身及び原告ら固有の慰謝料の総額がせいぜい二三〇〇万円程度が相当である。
第三当裁判所の判断
一 被告らは責任原因についてすべて認めるので、以下においては、本件事故による損害について判断する。
二 一郎に発生した損害
(1) 逸失利益
ア 基礎収入及び生活費控除率
一郎は、本件事故当時一八歳の男子であり、本件事故により六七歳に達するまでの四九年間にわたり就労が可能であったことが認められるから、一郎の逸失利益は、賃金センサス平成一二年・産業計・企業規模計・男子・高卒・全年齢平均による平均賃金である五一九万三三〇〇円を基礎収入として、同金員を四九年間にわたって喪失したものとして算定するのが相当である。なお、生活費控除率については、五〇%とするのが相当である。
イ 中間利息控除率について
本件において、原告太郎は一郎の逸失利益を他の損害と併せて一時金による支払を求め、原告花子も主位的には一時金による支払を求めるので、中間利息を控除する必要があるが、原告花子は、中間利息控除率を年三%とするのが相当である旨主張するので、以下において当裁判所の判断を示すこととする。
中間利息の控除とは、将来支払を受けるべき金員を現在請求するために現在の価格に換算する作業である。すなわち、現行の法体系は、金員は常に果実としての利息を生み得るものとされているので、将来利益を得られたであろう時の価格から中間利息を控除する必要が生ずるのである。そして、従前裁判実務においては、この控除すべき中間利息の率を民事法定利率である五%(民法四〇四条)とする慣行が定着していたことは当裁判所に顕著な事実である。民事法定利率は、民法制定当時の我が国の一般的な貸付金利が五%であったことを踏まえて、金員の一般的な運用利率を長期的に展望したことによるものとされている。したがって、その数値には一定の合理性があるということができる。また、破産法四六条五号、会社更生法一一四条、民事再生法八七条一項一号、二号などは、いずれも将来の請求権を現価評価するに際して法定利率によるべき旨を定めている。このように、法律は、法律の規定に基づいて発生する利息、利率に関する定めのない場合の利息、法定利率を超える利率の約定がない場合の遅延損害金についてのみならず、将来の請求権を現価評価する場合にも民事法定利率を用いるべきものと定めているのであり、このことに照らすと、そのような定めのない中間利息の控除に際しても民事法定利率を用いることに一定の合理性があることは否定できない。
しかし、他方、将来支払を受けるべき金員を現在請求するために現在の価格に換算する場合、逸失利益のように期間が長期にわたる場合には、上記のように利殖による増殖のみならず経済成長という要素をも考慮しなければ被害者にとって酷な結果となることがあることも原告花子の指摘するとおりである。また、破産法四六条五号等上記の将来の請求権の現価評価に関する諸規定においては、いずれも単利で中間利息を控除すべきものとされているのに対し、逸失利益の算定においては複利で中間利息を控除することが一般化していることに照らすと、上記の諸規定の存在は、必ずしも中間利息の控除を民事法定利率によってすることの根拠とはならないというべきである。
以上のように考えると、中間利息の控除に際しては、民事法定利率によらなければならないという絶対的な根拠があるわけではなく、民事法定利率によることに合理性が認められなければ他の数値を用いることも許されると解すべきである。すなわち、前記のように経済成長という要素を考慮して経済成長と利殖による増殖との差、すなわち実質金利が民事法定利率とほぼ等しければ、中間利息の控除を民事法定利率によってすることにも合理性があるということができるが、それが否定されるのであれば、中間利息の控除を民事法定利率によってすることに合理性があるとはいえないというべきである。
そこで、経済成長と利殖による増殖との差、すなわち実質金利と民事法定利率との関係についてみるに、《証拠省略》によれば、昭和三一年以降の一年物定期預金の利率(東洋経済新報社の経済統計年鑑及び日本銀行の発表している数値)と所得成長率(平成一四年版経済財政白書による現金給与総額伸び率の数値)の数値は、別紙一の一ないし三欄記載のとおりであり、これらをもとに税引き後の預金利率から所得成長率を控除した数値は別紙一の「実質割引率」欄記載のとおりの変遷を示してきたことが認められる。これによれば、全期間の平均はマイナス三・三二%、数値の高い順に一〇年を選んでこれを平均した値は一・七%、最小値はマイナス二一・四%(一九七四年、昭和四九年)、最大値でも二・三%(一九五八年、昭和三三年)でしかないことが認められる(仮に、税引き後の預金利率ではなく、税引き前の預金利率(別紙一の一欄の数値)と所得成長率との差を見るとしても、全期間の平均はマイナス二・四%、最小値はマイナス二〇・〇%(一九七四年、昭和四九年)、最大値でも三・五%(一九五八年、昭和三三年)であって上記と大差はない。)。このことに照らすと、いわゆる実質金利の数値は五%という数値とはほど遠いものであり、民事法定利率を中間利息控除率として採用することに合理性があるとはいえないというべきである。
そして、証拠上認められる上記数値に照らすとき、原告花子の主張する三%という数値は決して過大な数値ではなく、むしろ控え目な数値であることも明らかである。逸失利益の算定にあたり、裁判所は、被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分活用して、できうる限り蓋然性のある額を算出するよう努め、ことにその蓋然性に疑いがもたれるときは被害者側にとって控え目な算定方法を採用すべきであるが(最高裁判所昭和三九年六月二四日判決、民集一八巻五号八七四頁参照)、以上の説示に照らせば、三%という数値を中間利息控除率として用いて逸失利益を算定することは十分に控え目な算定方法ということができる。
これに対して被告らは、民事法定利率が法律の規定に基づいて発生する利息や当事者間に利率に関する特別な合意のない場合の利息等について統一的に適用されるものであって、法律上の根拠を十分有する旨、従前の交通事故訴訟のほとんどのケースで中間利息控除率として民事法定利率が適用されていることとの統一的処理という見地から見て他に準拠すべき中間利息控除率は存在しない旨を主張する。しかし、中間利息の控除を民事法定利率によってすべきことを直接規定した法律はなく、かつ民事法定利率によることに合理性が認められないことは前述のとおりである。そして、従前の交通事故訴訟との統一的処理という点についても、従前の実務慣行が相当でないことが明らかにされた以上、今後もこれを続けることは正義に反するのであって、裁判所としては新たな実務慣行を確立すべく努力する責務があるというべきであるから、今後においてなお五%という数値を用いることの根拠とはなり得ない。
以上のとおりであり、被告らの上記主張はいずれも採用することができない。
なお、中間利息控除率について法定利率を適用すべきとする裁判例の中には、将来の所得成長率や将来の利子率は予測不可能であって算定困難であるから、控え目な数値として五%という数値を用いるべきとする論拠がみられることも当裁判所に顕著な事実である。しかしながら、経済成長を考慮する限り、予測すべき対象は、将来の所得成長率や将来の利子率そのものではなく、いわゆる実質金利、すなわち利殖による増殖と経済成長との差であって、これらが相互に関連しあって変動するものであることからすれば(このことは上記統計の数値からも明らかである。)、その両者の差であるいわゆる実質金利が五%を超えることはないものと予測することは、上記の統計的事実から十分に許されるものというべきである。そうだとすれば、上記論拠もまた中間利息控除率を三%とすることの妨げとはならない。
したがって、当裁判所としては、原告花子の主張するとおり中間利息控除率を年三%として一郎の逸失利益を算出することとする。
ウ 定期金賠償との関係
なお、原告花子は、予備的に定期金による賠償を求めるところ、一時金による賠償と定期金による賠償とは訴訟物を異にするものではなく、両者の間に本来主位的、予備的の関係は存在しないことは、原告花子も自認し、被告らも指摘するとおりであり、被害者が死亡した場合においても、その逸失利益を定期金による賠償を命ずることができると解すべきであることは、東京地方裁判所平成一五年七月二四日判決の指摘するとおりであるが、定期金賠償には、法律上の担保制度がなく、定期金による賠償が終了するまでの間に加害者が死亡するなどの危険がある上、仮に本件のように損害保険によって担保されていても保険会社が倒産しないという保証はなく、上記危険が完全に回避されているとはいえないことは原告花子の指摘するとおりであるから、裁判所は、原告花子の意思に反して被告らに対して定期金による賠償を命ずることはできないものというべきである(上記裁判例は、原告が定期金による賠償のみを求めていた事案であり、本件とは事案を異にする。)。
したがって、原告花子の主張する一時金賠償の方法による逸失利益の算定が相当と解される以上、定期金賠償による方法は採用すべきではないと解される。
エ 一郎の逸失利益
以上によれば、一郎の逸失利益は、以下の算式のとおり六六二一万八八七七円となる(なお、中間利息控除率を三%とした場合のライプニッツ係数が二五・五〇一六五六九三であることは別紙四のとおりである。)。
5,193,300×25.50165693×0.5=66,218,877
(2) 慰謝料
本件事故が、被告松子の飲酒運転を原因とするものであることは当事者間に争いがないが、《証拠省略》によれば、被告松子は、本件事故前、帰りには飲酒運転をして帰宅するつもりで小樽市内の居酒屋に自動車を運転して赴き、約五時間にわたって友人たちと飲酒し、少なくともビールを中ジョッキ六ないし七杯、ワインをグラスで一ないし二杯以上飲み、居酒屋を出る時には、声も大きく、ろれつも回らない状態で、まっすぐに歩くことができず、左右にふらつきながら歩く状態であったこと、そのような状態であったにもかかわらず数キロ離れた自宅まで自ら自動車を運転して帰ろうとしたこと、本件事故時には意識がもうろうとしており事故のことをよく記憶していないこと、本件事故前にも何度も飲酒運転を繰り返しており、シートベルトは常にしていなかったことが認められ、交通法規を遵守する意思は全く認められず、飲酒運転による交通事故としての犯情は極めて悪質であるといわざるを得ない。
また、《証拠省略》によれば、一郎は、本件事故時に一八歳であり、母親である原告花子と同居して、高校を卒業後友人たちと音楽活動をする傍ら回転寿司店でアルバイトをして家計を助けており、将来は一家の支柱に準ずる立場で原告花子を助けながら生活していく予定であったことが認められる。
以上を総合すると、一郎は、被告松子の極めて悪質な飲酒運転による交通事故により未だ若年であるにもかかわらずその生命を奪われ、筆舌に尽くしがたい無念さを味わったであろうことが認められるのであって、その慰謝料額は、二五〇〇万円とするのが相当である。
(3) 各原告の取得額
原告らが一郎の共同相続人であり、その法定相続分が各二分の一であることは当事者間に争いがないから、各原告の取得額は、それぞれ上記(1)及び(2)の合計額の二分の一である四五六〇万九四三八円となる。
なお、原告太郎は、逸失利益について、四七一七万七七五四円しか主張していないため、逸失利益については同金員の限度で認容するのが相当であるから、原告太郎の取得額は、同金員と慰謝料の合計額の二分の一である三六〇八万八八七七円とする(裁判所は、原告の主張する損害の費目に拘束されることなく請求の趣旨の限度で損害額を認容することができると解されるが、上記の逸失利益の額はもっぱら原告花子の主張立証によって認定に至ったものであり、これをそのまま原告太郎に取得させるのは相当でないと判断したものである。)。
三 原告太郎固有の損害
(1) 慰謝料
長男を一八歳という若さで失った原告太郎の精神的苦痛は察するに余りあるものであり、上記二(2)で認定した本件事故の悪質さにも照らすと、その精神的苦痛を慰謝するための金額としては、二〇〇万円が相当であると認める。
(2) 既払金
原告太郎に対する既払金額が一四五〇万円であることは当事者間に争いがない。
(3) 差引合計
前記二(3)の原告太郎の取得額及び上記(1)の合計額から、上記(2)の既払金を控除した残額は、二三五八万八八七七円となる。
(4) 弁護士費用
《証拠省略》によれば、原告太郎は、被告松子及び同竹子が損害賠償金の支払いに応じないため、弁護士に本件訴訟の提起及び追行を委任し、相当額の支払を約したことが認められるが、このうち上記(3)の金額の約一割に相当する二三〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(5) 原告太郎の損害の合計
以上によれば、被告松子及び同竹子が原告太郎に対して賠償すべき損害の合計は、上記(3)及び(4)の合計である二五八八万八八七七円となる。
四 原告花子固有の損害
(1) 慰謝料
上記二(2)で認定した一郎及び原告花子の生活状況に照らすと、原告花子は、原告太郎と離婚後、同人からの養育費の支払もなく経済的に困難な中で一郎を育て上げ、同人の成長をひたすら楽しみにしていた中で被告松子の悪質な飲酒運転に起因する本件事故により一郎を失ったことが認められるところ、一八歳という若さで一郎を失った原告花子の精神的苦痛は察するに余りあるものであり、上記二(2)で認定した本件事故の悪質さにも照らすと、その精神的苦痛を慰謝するための金額としては、三〇〇万円が相当であると認める。
(2) 葬儀費用
《証拠省略》によれば、原告花子は、一郎の通夜及び告別式を主宰し、その後も四九日の法要などを行い、毎日欠かさず一郎が供養されている小樽市内の寺にお参りに行き、花と飲み物を備えているほか、自宅にも仏壇を購入し、毎日花と飲み物やお菓子を供えており、現在までに一郎の供養のために少なくとも四〇〇万六〇四四円を支出し、そのほかにも一郎の追悼ライブの開催等のための費用を支出していることが認められるが、このうち本件事故と相当因果関係のある損害としては、一五〇万円をもって相当と認める。
原告花子は、上記四〇〇万六〇四四円についても控え目な額である旨主張するが、葬儀費用というものは、人により支出額がまちまちであり、その支出額の中には本来の葬儀費用以外の飲食代金等も多額に含まれているのが通常であって、その現実の支出額をすべて損害と認めるとすれば、事案によって不公平が生じることは被告らの指摘するとおりであり、上記金額全額を被告らの賠償すべき損害と認めることはできない。
(3) 小計
前記二(3)の原告花子の取得額及び上記(1)及び(2)の合計額は、五〇一〇万九四三八円となる。
(4) 弁護士費用
《証拠省略》によれば、原告花子は、被告松子、同竹子及び被告損保ジャパンが損害賠償金の支払に応じないため、弁護士に本件訴訟の提起及び追行を委任し、相当額の支払を約したことが認められるが、このうち上記(3)の金額の約一割に相当する五〇〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(5) 原告花子の損害の合計
以上によれば、被告松子、同竹子及び被告損保ジャパンが原告花子に対して賠償すべき損害の合計は、上記(3)及び(4)の合計である五五一〇万九四三八円となる。
五 結論
以上のとおりであるから、原告太郎の被告松子及び同竹子に対する請求は、二五八八万八八七七円の限度で理由があり、原告花子の被告らに対する請求は、五五一〇万九四三八円の支払を求める限度で理由があるから(ただし、被告損保ジャパンに対しては被告松子及び同竹子のいずれかに対する判決の確定を条件として)、これらをいずれも認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 蓮井俊治)
<以下省略>