大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所小樽支部 平成23年(ワ)83号 判決 2013年10月28日

別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用及び補助参加費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告X1に対し、連帯して二〇三五万六四三一円及びこれに対する平成二〇年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告X1、原告X2及び原告X3に対し、連帯して、それぞれ五五万円及びこれに対する平成二〇年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告余市町の公共工事として行われた下水道工事により原告X1所有の住宅が傾斜するなど不同沈下の被害が生じたとして、原告X1が、被告余市町に対しては、主位的には国賠法二条一項、予備的には同法一条一項に基づいて、同工事を共同企業体として施工した被告Y1社及び被告Y2社に対しては共同不法行為に基づいて、上記住宅の物的損害に関する損害賠償金二〇三五万六四三一円及びこれに対する事故日以後である平成二〇年一二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるとともに、上記住宅に居住する原告らが被告らに対し、上記同様の請求権に基づいて、慰謝料各五五万円及びこれに対する事故日以後である平成二〇年一二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めている事案である。

一  前提となる事実(認定証拠等は括弧内に掲記した。)

(1)  原告X1は、別紙物件目録記載の建物(別紙図面一の青色線で囲まれた部分、以下「本件建物」という。)を所有し、原告らは同建物に居住している。

(2)  被告余市町は、平成二〇年九月二日、被告Y1社と被告Y2社(以下、両会社併せて「被告会社ら」という。)を構成員とする共同企業体との間で、下記の下水道工事(以下「本件公共下水道補助事業工事」という。)に関する建設工事請負契約を締結した。

工事名 平成二〇年度公共下水道補助事業港地区汚水管布設工事

場所 余市町<以下省略>先から余市町<以下省略>先

工期 着工 平成二〇年九月二日

完成 同年一二月一二日

(3)  補助参加人は、被告余市町からの委託に基づいて、本件公共下水道補助事業工事に関し、地盤調査を行い、設計図書等を納めている。

(4)  被告会社らは、共同企業体として平成二〇年九月二九日から同年一一月二〇日までの間、本件公共下水道補助事業工事の一部であるところの、本件建物周辺の下水道本管(別紙図面一の七七―一―一、七七―五―一、七七―七―一、七七―八―一の各地点を赤色線で結んだ部分)及びその本管のうち同図面の七七―七―一と七七―八―一の各地点を結んだ線の中途から本件建物北西角付近に延びる北側取付管(別紙図面二の緑色の部分)の敷設工事を行った(以下「本件工事」という。)。

(5)  被告Y2社は、平成二〇年一一月一七日ころ、被告余市町の公共下水道工事の一環として上記本管のうち別紙図面一の七七―七―一と七七―八―一の各地点を結んだ線の中途から本件建物南西角付近に延びる南側取付管(別紙図面二の黄色の部分)の敷設工事を行った(以下「追加工事」という。なお、本体工事と追加工事を併せて「本件下水道工事」という。)。

(6)  原告X1は、平成二〇年一二月一七日ころ、本件建物内車庫の電動シャッターに著しい開閉不良が生じたとして、被告余市町に苦情を申し立てた。

(7)  オオハシコンサルタント株式会社(以下「オオハシコンサルタント」という。)は、被告会社ら(又はこれと被告余市町)の依頼を受けて、本件建物の損傷状況を把握するため、平成二一年一月二二日に同建物の実地調査を行い、その調査結果について同年二月付建物調査報告書を作成し、また、同年四月一七日にも同建物の実地調査を行い、その調査結果については同年四月付建物調査報告書を作成した。

(8)  オオハシコンサルタントは、平成二一年四月一三日、本件建物周辺の地盤状況を把握するため、別紙図面二のB No1号孔の地点でボーリング調査を行い、その調査結果について同年四月付X1宅家屋調査(地質調査)報告書(以下「オオハシコンサルタント地盤調査報告書」という。)を作成した。

(9)  株式会社セイワ(以下「セイワ」という。)は、原告の委託を受けて、平成二二年一〇月一二日に別紙図面三の①②③の各地点でボーリング調査を行い、同月二一日に別紙図面四の①地点でボーリング調査を行い、同月一四日に本件建物の不同沈下調査を行い、これらの調査結果について地盤調査報告書(以下「セイワ報告書」という。)を作成した。

(10)  オオハシコンサルタントは、平成二一年四月の調査時に存在した調査結果に平成二二年一〇月のセイワの調査結果をふまえ、オオハシコンサルタント地盤調査報告書の内容を再検証した結果について、平成二四年七月付X1宅家屋調査(地質調査)再検証報告書(以下「オオハシコンサルタント地盤再検証報告書」という。)を作成した。

(11)  当裁判所は、平成二四年一〇月一八日、本件を民事調停手続に付し(平成二四年(ノ)第一号)、調停委員として一級建築士のDが選任されたところ、平成二五年五月二〇日の期日において、同調停委員の本件建物の不同沈下の原因に関する所見が書面(以下「D調停委員所見」という。)をもって示され、その後、本件訴訟において、被告余市町から同書面が書証として提出された(当裁判所に顕著な事実)。

二  主たる争点及び当事者の主張

(1)  国賠法二条一項の設置の瑕疵の有無及び同法一条一項の過失の有無

(原告らの主張)

本件下水道工事により敷設された下水管は国賠法二条一項の公の営造物に該当し、また、本件下水道工事は同法一条一項の公共団体の公権力の行使に該当するところ、本件下水道工事には以下のとおり、その設計又は施工に瑕疵があるため、同法二条一項の設置の瑕疵及び同法一条一項の過失がある。

ア 国賠法二条一項の設置の瑕疵について

本件建物周辺は約四〇年前まで葦が繁茂する湿地帯で、特に別紙図面一の七七―七―一、七七―八―一の各地点を結んだ線上付近は小河川があり、最近実施した地質調査の結果でも、付近の地質状況はいわゆる軟弱地盤であり、地下水位も深度〇・九七mから一・二六mであるため、本件建物周辺で下水道工事をすると掘削部分に湧水を生じ、その結果、本件建物を支える地盤から地下水が流出し、又はそれに伴い土壌が流出するなどして、本件建物に不同沈下が生じやすい環境がある。そのため、本件下水道工事を実施するに当たっては、かかる地盤状況に配慮した工法が求められ、地下水の湧出の可能性が高い開削工法を採るのであれば、止水性能のある土留め工法を採用するか、止水性能がない土留め工法の場合は薬液を注入するなどの補助工法が求められる。実際に、平成一八年度公共下水道補助事業港地区汚水管布設工事では、本件下水道工事の現場に近接する別紙図面一の七七―一、七七―一―一の各地点を結んだ線上の部分において、被告余市町は、かかる地盤状況に配慮し、地下水位が下がらないように地盤の開削部分の少ない小口径推進工法(地下にトンネル状に掘削した穴に管を通し、開削せずに管路を繋げる非開削工法であり、管の直径が七〇〇mm以下のものをいう。)を採用し、かつ薬液注入も併用して下水道工事を実施している。ところが、本件下水道工事の設計については、開削工法を採用しているところ、地下水処理工法については、薬液の注入はせず、本管部分では建込簡易土留工法(掘削深度は二・五一mから四・一六m)、取付管部分では軽量鋼矢板工法(掘削深度は一・八m、掘削幅は一・五m)という、いずれも止水性能のない工法を採用している。これらは本件建物周辺の地盤状況に対する配慮に欠けた工法であり、その設計には瑕疵がある。かかる瑕疵ある設計に基づいて下水道設置工事を実施している以上、設計の点で公の営造物の設置に瑕疵がある。

また、本件建物周辺の地盤状況に照らし、上記設計で予定されたとおりに本件下水道工事を行えば、本件建物を含む周辺建物に不同沈下の被害が及ぶことは当然予想されるところであるが、本件下水道工事を監督する立場にある余市町が、止水工法である薬液注入工法を実施させず、漫然と止水性能を期待できない工法を続行させている点で、施工の点からも公の営造物の設置に瑕疵がある。

イ 国賠法一条一項の過失について

本件下水道工事を実施するに当たっては、本件建物周辺の地盤状況に配慮した地下水処理工法が求められ、止水性能のある土留め工法を採用するか、止水性能がない土留め工法の場合は薬液を注入するなどの補助工法が求められる。ところが、被告余市町の職員は、本件下水道工事の設計に関し、地下水湧出の可能性の大きい開削工法を採用しているところ、地下水処理工法について、薬液の注入はせず、本管部分では建込簡易土留工法(掘削深度は二・五一mから四・一六m)、取付管部分では軽量鋼矢板工法(掘削深度は一・八m、掘削幅は一・五m)という、いずれも止水性能のない工法を採用している。このように本件建物周辺の地盤状況に対する配慮に欠けた工法を選択している点で、被告余市町の職員には過失がある。

また、被告余市町は、本件下水道工事の主任監督員として余市町建設水道部下水道課建設係長を、監督員として同係主査を指定して共同企業体を監督させていたところ、同職員らは、本件建物周辺の地盤状況に照らし、本件下水道工事を上記設計のとおりに行えば、本件建物を含む周辺建物に不同沈下の被害が及ぶことは認識し又は認識できたにもかかわらず、止水工法である薬液注入工法を採用せず、漫然と止水性能を期待できない工法を続行させた点で、施工管理についても工事監督者としての過失がある。

(被告余市町の主張)

被告余市町は、平成一八年度公共下水道補助事業港地区汚水管布設工事で別紙図面一の七七―一、七七―一―一の各点を結んだ部分を工事する際、小口径推進工法を採用しているが、これは地盤の性状を配慮したものではなく、同工事区間が道道を横断して工事するため、道路管理者である北海道から道路使用に影響が出ないような工法を採用することが条件とされたことによるものであり、また、薬液注入工法を併用したのは小口径推進工法に伴う当然のプロセスであるに過ぎない。また、補助参加人の事前調査結果等によると、地下水の汲み上げによる圧密沈下を起こすような地質ではないことが確認されたため、掘削部分の土砂流出を防止するため土留めとしては、本管部分(掘削深度約二・五mから三・二m)については建込簡易土留めを、取付管部分(掘削深度約一・八m、掘削幅〇・九m)については軽量鋼矢板による土留めを採用したものである。建込簡易土留めは施工性が高く、効率的で施工時間を短縮できるため、地下水の排水時間と復水時間の短縮につながる。また、今回使用した軽量鋼矢板は継手部分を噛ませるタイプであり、結合部分に隙間がないため止水性能が高い。このように本件下水道工事では、周辺地盤への配慮等から、施工性の高い建込簡易土留めと止水性能の高い軽量鋼矢板を併用したものであり、妥当な選択である。実際に本件下水道工事を施工する間、工事の中断や設計の変更の必要性を生じさせるような事態には至らなかった。よって、本件下水道工事では、設計及び施工について問題性はなく、国賠法二条一項の設置の瑕疵も、同法一条一項の公務員の過失もない。

(2)  被告会社らの過失の有無

(原告らの主張)

被告会社らは共同企業体として本件下水道工事を施工しているところ、施工担当業者としては、設計者の指示どおりに施工すれば責任を免れるものではなく、仮に設計者の指示どおりに施工すると第三者に被害を及ぼす可能性を認識したときは、工法選択権限を有する者に対して注意を喚起し、施工を一旦中断するなど適切な対策をなす注意義務がある。被告会社らは、建設・土木工事の業者であるから、本件建物周辺の地盤状況や採用された工法に止水性能がないこと等を認識していたか、業務上必要とされる注意義務を怠らなければこれらを知り得たにもかかわらず、本件下水道工事の施工中に地下水の湧出を認識した後も、被告余市町に対して地下水湧出に伴う地盤沈下の可能性を告知せず、地下水湧出を防止するための薬液注入工法の実施を進言することなく、漫然と施工を続行した。以上から、被告会社らにはいずれも過失が認められるところ、両被告は客観的に共同して本件下水道工事を施工している以上、共同不法行為が認められる。

(被告会社らの主張)

本件下水道工事の区間では、掘削・管敷設・埋戻しを繰り返して下水道管を接続しながら施工している。手順としては、深度一m程度まで掘削すると矢板を差し込み、さらに底面まで掘削しながら矢板を差し込み、掘削底面の前後二箇所にポンプを設置して湧水を排出しながら、管敷設をなし、その後、埋戻しをしながら矢板を引き抜くという作業を繰り返した。本件建物周辺の地盤状況に照らせば、開削工法を採用し、掘削部分の土砂流出を防止する方法として、本管部分(掘削深度約二・五一mから三・二〇m、掘削幅〇・九五m)については建込簡易土留めを、取付管部分(掘削深度約一・八m、掘削幅〇・九m)については軽量鋼矢板による土留めを採用したのは合理的であり、妥当な選択である。実際に本件下水道工事では工事期間中に工事の中断や設計の変更の必要性を生じさせるような事態には至っていない。本件では被告会社らの施工について過失はない。

なお、本件下水道工事のうち、追加工事(別紙図面二の黄色の部分)は、国庫補助事業ではなく、被告余市町の予算でその単独事業として行われたものであるところ、これは被告会社らの共同企業体が被告余市町から受注したものではなく、a株式会社が元請となり、下請業者であるY2社が施工したものであり、被告Y1社は関与していない。よって、少なくとも被告Y1社は、追加工事としてなされた取付管部分の工事については、何ら過失責任を負うものではない。

(3)  本件下水道工事と本件建物に生じた変状との因果関係の有無

(原告らの主張)

ア 本件建物周辺は地下水湧出の可能性の高い軟弱地盤であること

本件建物周辺は、約四〇年前まで葦が一面に繁茂する湿地帯であり、特に別紙図面一の七七―七―一と七七―八―一の各地点を結んだ線上付近には当時、幅三、四m、深さ一・八m程の小河川が存在した。本件建物周辺で最近実施したボーリング調査の結果によると、孔内水位は深度〇・九七mから一・二六mであり、その地質状況は、深度二mまでは粘土混じり礫からなる盛土・埋土(礫の透水性は中位から高いと評価されている。)で構成され、その下位は厚さ一・七五mの有機質粘土・シルト(有機質粘土・シルトの透水性は低いと評価されている。)で構成されている。

イ 大量の地下水の湧出

(ア) 本件下水道工事では、本件建物直近部分で深度一・八mまで掘削しているため、深度〇・九七mの地下水位に達しているところ、上記工事では掘削部分の両側壁面の土留めについて、本管部分で建込簡易土留工法、取付管部分で軽量鋼矢板工法といういずれも止水性能を有しない土留工法を採用し、しかも、その土留めのパネルの下端は透水性の低いシルト層に達するよう根入れされておらず(本件建物周辺では透水性の低い有機質粘土は深度二mより下に存在しているところ、掘削深度一・八mとパネルの根入れ深さ〇・二mを合計しても二mにしかならない。)、透水性の高い粘土混じり礫層内に設置した状態である。そのため、本件下水道工事で採用された土留め工法では地下水を止水する効果を期待できず、深度〇・九七m以深を掘削する際は、掘削部分が地下水で満たされてしまうのを防ぐためにはポンプを稼働させ、掘削予定の深度一・八mまで排水させる必要がある。セイワが平成二二年一〇月に本件建物周辺で実地調査した際、シャベルを入れたその場所から相当量の地下水の湧出があり、これに照らすと、本件下水道工事の際にも相当大量の湧水が発生したものと認められる。また、被告余市町の当初見積書では「潜水ポンプ五〇mm・五m・〇.四〇kw」一台とされていたのが、実際の工事では、「ベビーポンプ口径五〇mm・出力〇.四kw・最大排出量〇・一m3/min」が二台、又は「ベビーポンプ口径五〇mm・出力〇.四kw・最大排出量〇・一m3/min」が一台及び「口径七六mm・出力〇.四kw・最大排出量一二〇〇リットル=一・二m3/min」の「フレキ式ポンプ」一台の合計二台を使用しているのであり、当初の予定より大量の地下水の湧出が発生したものと認められる。

(イ) オオハシコンサルタント地盤調査報告書によると、本件建物の汚水桝設置工事について、「開削に伴って相当大量の地下水の湧出が認められた」との記載があり、この調査結果からも、本件建物西側付近で相当大量の地下水の湧出が発生したことが認められる。

(ウ) 本件下水道工事が行われていた当時、原告のほか近隣住民が、現場において、ポンプで大量の地下水が吸い上げられ、付近の網目マンホールに長期間排出されているのを目撃している。特に本件建物の近隣に居住するEは、平成二〇年一〇月から一一月ころ、別紙図面一の七七―七―一、七七―八―一の各地点を結んだ線上付近の下水道工事において、少なくとも数日間にわたりポンプによる地下水排出が行われていたのを目撃している。また、原告X1も、平成二〇年一〇月初旬ころ、同図面の七七―五―一地点のマンホール設置予定部分について大きな井戸のような穴が掘られ、一週間くらいの間、そこから二四時間体制で汲み上げられていたのを目撃している。

ウ 場所的近接性

本件下水道工事で敷設された下水管のうち、別紙図面一の七七―五―一、七七―七―一、七七―八―一の各地点を結んだ線上にある本管部分は、本件建物から僅か七、八m程度の距離を掘削して敷設されており、本件建物を半ば囲むように工事されている。また、同図面の七七―七―一、七七―八―一の各地点を結んだ線上にある本管部分から本件建物に向けて延びる二本の取付管部分は、開削部の末端は本件建物から約二mの位置である。さらに、同図面の七七―五―一地点及び七七―七―一地点のマンホール設置部分については、開削部の末端は本件建物から約七mの位置である。

エ 時間的近接性

本件下水道工事は平成二〇年一一月二〇日ころ終了しているところ、平成二〇年一二月中旬ころ、原告X1は、本件建物内車庫の電動シャッターに著しい開閉不良が発生しているのを発見し(同シャッターは平成一七年六月に設置されたもので、その後、平成二〇年一二月一七日ころまで、何の問題もなく順調に機能していた。)、本件建物に著しい傾斜が発生していることを認識した。平成二一年一月二二日にオオハシコンサルタントが実施した現地調査によると、主に北西方向に下る傾斜であり、最大一・六%の傾斜が確認されている。さらに、平成二一年五月七日ころ、本件下水道工事以前から設置されていた浄化槽の底の部分に破損が発見された。このように、本件建物には、本件下水道工事に時間的に近接して不同沈下による変状が生じている。

オ 本件下水道工事以外に原因が考えられないこと

原告X1は、平成二年二月から現在に至るまで本件建物に二〇年以上居住しているところ、本件下水道工事が行われるまで同建物に異常を感じたことはなく、同建物が傾斜するような大きな変状は一切発生していなかった。

カ 近隣建物にも同様の被害が出ていること

本件建物の隣に居住するFの自宅付近の被告余市町所有地にも地盤沈下の現象が生じている。そのため、平成二三年五月ころ、被告余市町は、Fの報告を受けて補修工事を行った。

キ 被告余市町の自認

平成二〇年一二月中旬ころ、原告X1が本件建物のシャッターに著しい開閉不良が生じたため、被告余市町に苦情を申し立てたところ、同被告から調査担当者二名が派遣され、シャッターの状態を確認し、同担当者は、「傾いているね。よくあるんだよ、こういうこと。」などと述べた。係る経緯のもとに、被告余市町作成の同月一八日付工事検査調書には、「苦情関係―X1宅の住宅について第三者に損害を与えた条項により業者に対応する事」と記載されている。このように被告余市町は本件下水道工事により本件建物に被害が生じたことを自認していた。

ク オオハシコンサルタントの当初の所見

被告余市町側が原因調査を依頼した業者であるオオハシコンサルタントは、オオハシコンサルタント地盤調査報告書を作成しているところ、これによると、本件建物に発生した不同沈下の原因として、地質条件や工事状況からすると、排水に伴う地下水位低下による粘性土の圧密沈下(地下水位以下の有機質粘土層の圧密沈下)の可能性が最も高い旨結論付け、本件下水道工事に起因して不同沈下が生じたものとしている。

ケ セイワの所見

原告が原因調査を依頼した業者であるセイワは、セイワ報告書を作成しているところ、これによると、不同沈下の原因として考えられるのは工事中に大量の水が出たことにより、地下水の水位が下がり、今まで浮力が働き安定していた地盤が浮力を失い不同沈下した旨結論付け、本件下水道工事に起因して不同沈下が生じたものとしている。

コ G名誉教授の所見

地盤工学の専門家であるG北海道工業大学名誉教授は、本件下水道工事と本件建物の変状との間の因果関係について「所見」と題する書面(以下「G所見」という。)を作成しているところ、ここではその因果関係が肯定されている。すなわち、本件建物周辺の地盤では、最上層に盛土・埋土の粘土混じり礫の層が存在するところ、本件下水道工事で地下水を汲み上げた際、地下水位の一時的な低下による粘土等の細粒子が流失し、これにより地盤沈下が引き起こされる。オオハシコンサルタント地盤調査報告書のボーリング柱状図でも「地下水位の下部では粘土はドロドロ」と記載されており、このヘドロ状の細粒分が地下水位の変動に伴い流失した可能性が極めて高い。

サ 以上から、本件建物の不同沈下は、本件下水道工事で掘削した際に湧出した地下水を排水したことに伴い周辺地盤の地下水位が低下し、粘性土に圧密沈下を生じたものであるか、あるいは、掘削時に排水した際、地下水と一緒に粘土分やシルト分等の細かい粒子も濁水として排出したため、周辺地盤の基質分が流出して不同沈下が生じたものであり、本件下水道工事によって本件建物に変状が生じていることは明らかである。

(被告らの主張)

ア 地下水の湧出量は通常の範囲内であること

地盤の開削工事については、ある程度地下水が湧出するのは不可避であり、本件下水道工事でもポンプで湧水を汲み上げているが、通常の湧出量を超えるものではなく、周辺地盤に影響を与える程度には至っていない。本件下水道工事では、掘削後に掘削底面の前後にポンプを一台ずつ電源を入れた状態で設置し、掘削底面に一定の湧水が滞留すると自動的に排出するようにしていたところ、同工事期間中はこの二台で、しかも、路面上の雨水や融雪水を排出するために設けられた道路側溝用のマンホールに排出することで処理できている。また、ポンプによる汲み上げは、開削後埋戻しまでの時間内に限定されるため、比較的短時間で終了している。さらに、周辺地盤への影響や現場作業員に危険が及ぶ懸念のある程度の湧水が生じた場合は、直ちに工事を中止して設計変更を検討することになるが、本件下水道工事の期間中、工事期間中にボイリング(地下水位が高い砂質地盤において、矢板等の土留め壁を設置した後に、土留め壁の下を水が迂回して掘削底面に水と砂が吹き出すように吹き上げられる現象)やヒービング(粘性土直下の比較的浅い位置に滞水層がある場合に水圧によって粘性土層が持ち上げられる現象)は発生しておらず、工事が中断するなど、工事の進行に支障が出るような地下水の湧出は起きていない。

オオハシコンサルタント地盤再検証報告書も、本件下水道工事中の写真、現場代理人からの聴き取り、掘削残土の状況、釜場による自然排水で処理されていること、パネル等の底部からの浸出水も見られないこと、季節による孔内水位が周期的に変動すること等から、本件下水道工事によって生じた湧水量は少ない旨結論づけている。

以上から、本件下水道工事で発生した湧水量は通常の範囲内であり、これが本件建物の不同沈下に影響したとは考えがたい。

イ 本件建物の変状には他の原因が考えられること

オオハシコンサルタントが再検証した結果を報告するオオハシコンサルタント地盤再検証報告書によると、本件建物周辺の地盤の特性として、東西で異なる土質の分布があり、これが不同沈下の原因として指摘されている。すなわち、本件建物周辺の地盤は、西側の表層部では良質とはいえない埋土層が分布しているのに対し、東側は安定した地盤であり、同建物は良質の地盤と不良な地盤を跨いで建築されている。そのため、本件建物に生じた不同沈下は、本件下水道工事による影響というよりも、同地盤そのものの特質による影響で生じている可能性が高い。また、本件建物では、荷重の偏り、基礎の配置不良、断面不良、基礎選定の誤りなど、建物そのものに不備がある可能性があり、特に地盤条件を十分把握して本件建物の設計や施工が行われているか疑問である。さらに、地盤補強工事の不備等も考えられ、本件下水道工事だけが本件建物に不同沈下を生じさせる要因ではない。

ウ オオハシコンサルタントの当初の所見について

オオハシコンサルタント地盤調査報告書は、本件下水道工事により大量の湧水が発生した旨の記載があるが、裏付けとなる基礎資料は示されていない。また、同報告書は、本件建物の変状を本件下水道工事に起因しているものと仮定した場合の可能性を推測した内容に過ぎず、因果関係を立証する証拠となるものではない。

エ セイワの所見について

セイワ報告書は、何ら根拠を示すことなく推測を重ねているに過ぎず、これも因果関係を立証する証拠となるものではない。

オ 近隣住民からの苦情がないこと

本件公共下水道補助事業工事において、原告ら以外の近隣の住民から建物に変状を生じたなどの苦情は受けていない。Fの自宅付近の被告余市町所有地に発生した現象は、雪解け水とともに土砂やゴミが下水管に詰まったため下水管を清掃したというものであり、補修工事を行ったものではなく、地盤沈下現象ではない。

カ 被告余市町の自認について

被告余市町が、工事検査調書に「苦情関係―X1宅の住宅について第三者に損害を与えた条項により業者対応する事」と記載したのは、本件下水道工事に起因して本件建物に損傷を与えたことを自認したものではなく、設計上は問題ないと判断した上、業者との契約に基づき、今後の苦情処理は施工業者が対応することとしたものである。

キ 以上から、本件下水道工事が本件建物の変状の原因であることについてこれを証明する証拠はなく、むしろ他に原因が考えられる状況であり、本件では因果関係は認められない。

(4)  損害額

(原告らの主張)

ア 物的被害

住宅基礎沈下直し工事 一四一七万五〇〇〇円

直し工事に伴う改修工事 二六八万二二三七円

(内訳)

電機関連工事 一六万一九〇〇円

内装工事 九九万一九八七円

給排水関連工事 四五万八八五〇円

シャッター交換工事 一〇六万九五〇〇円

工事期間宿泊費 三八万六一〇〇円

家財等搬出・搬入費 一〇〇万三八〇〇円

調査費用 二五万八七一〇円

以上小計 一八五〇万五八四七円

弁護士費用 一八五万〇五八四円

以上合計 二〇三五万六四三一円

イ 精神的損害

原告ら各人について 五〇万〇〇〇〇円

弁護士費用 五万〇〇〇〇円

(被告らの主張)

原告らの主張は争う。

第三当裁判所の判断

一  本件の原告らの請求は、いずれも本件下水道工事と本件建物に生じた変状との間に因果関係が存在することを前提にするものであるため、以下では、まず本件下水道工事と本件建物に生じた変状との間の因果関係の有無を検討する。

(1)  本件建物及びその周辺の現状

ア 本件建物は、平成二年築の木造二階建て住宅で、その基礎構造は布基礎であるところ、一階南西角の内部には車庫が備え付けられている。また、同建物の北西角付近には浄化槽と汚水桝(以下「北西角汚水桝」という。)が、南西角付近にも汚水桝(以下「南西角汚水桝」という。)が設置されている。

イ 本件建物周辺の概況は別紙図面一記載のとおり、東側で道道余市港線に、南側で町道中町線に面しているところ、周囲には住宅が建ち並んでいる。また、同建物の西側付近(同図面の七七―七―一と七七―八―一の各地点を結んだ線上付近)には、約四〇年前は小河川があり、付近一帯には葦が繁茂する湿地帯であったが、現在は埋め立てられて道路になっている。

ウ オオハシコンサルタントが平成二一年一月二二日に本件建物を実地調査した結果によると、同建物一階南西角にある車庫の床では西側方向に一・六%傾斜し、同建物一階北西角付近の浴室の床では西側方向に〇・八%傾斜し、同建物一階玄関付近の床では西側方向に〇・五%傾斜している。また、セイワが平成二二年一〇月一四日に実施した不同沈下調査では、別紙図面五記載のとおり、北東角地点のレベルを基準値〇mmとした場合に、南西角地点が-八九mm、北西角地点が-八三mmである。以上の本件建物に生じている変状に照らせば、本件建物は、全体として西側方向に不同沈下しているものと推定される。

(2)  本件建物周辺の地盤の状況

ア 補助参加人が平成一三年一二月一三日に実施したボーリング調査によると、別紙図面一のBr.No4地点の標準貫入試験の結果(深度五m)は、地下水位は深度二・五〇m、地質は深度一・一mまでは盛土(埋土)であり、中粒から粗粒の火山灰、非常に硬質な安山岩玉石等で構成され、深度一・一m以深は玉石混り砂礫で、基質は中粒から粗粒の砂で含水比がやや高く粘性が弱く、最大礫径五〇mm程度の非常に硬質な安山岩礫を五〇%程度混入している構成であり、N値は深度約一・六mでは五〇以上、以深は約一mごとの各地点で順に五〇以上、四四、一二である。

なお、標準貫入試験では、六三・五kgのハンマーを高さ〇・七五mから自由落下させてサンプラーを土中に〇・三m貫入させるのに要する打撃回数を測定し、この打撃回数がN値であるところ、この値が大きいほど硬質の地盤であり、打撃回数が五〇を超える場合は五〇を限度とする。

以上から、本件建物の南東側で道道を超えた付近に位置する別紙図面一のBr.No4地点では、比較的硬質の地盤状況であることが認められる。

イ オオハシコンサルタントが平成二一年四月一三日に実施したボーリング調査によると、別紙図面二のB No1号孔の地点(本件建物の西側付近)の標準貫入試験の結果(深度六・五〇m)は、孔内水位は深度〇・九七m、地質は深度二mまでは埋土(盛土)であり粘土混じり礫で構成され、深度〇・九七mの下部では粘土がドロドロの状態で、深度二m以深は腐植物片を多量に含む有機質粘土、シルト、砂で構成される湿地性堆積物の層であり、N値は深度一・一五mでは一一、以深は約一mごとの各地点で順に三、二、一、五、〇で、圧縮性の大きい軟弱地盤である。

ウ セイワが平成二二年一〇月一二日に実施したボーリング調査(ただしスウェーデン式サウンディング試験を採用)によると、別紙図面三の①②③の各地点(本件建物の西側二mないし二・八mの地点で、深度〇・七五mないし二m)では、深度二mまで粘性土と礫質土で構成されている。同月二一日に実施したボーリング調査によると、別紙図面四の①の地点(本件建物の西側二・五mの地点で、深度一六・七m)では、深度二・五mまでは礫質土、以深は深度一六mまで粘性土が層をなし、深度約一・二六mで地下水が湧出している。

(3)  本件下水道工事の概況

ア 本件下水道工事の経緯

平成二〇年九月二九日、別紙図面一の七七―一―一の既設マンホール(平成一八年施工)の地点から七七―五―一の地点までの区間の本管工事に着工し、同日と翌三〇日に掘削し、同年一〇月一日と二日に同区間の掘削・本管布設・埋戻しを繰り返した。

同月三日、同図面の七七―五―一地点から七七―七―一地点までの区間の本管工事に着工し、掘削を始めたが、降雨により作業が中断した。同月四日は前日の降雨の影響により工事を再開できず、同月五日は休日であった。同月六日、工事を再開し、同区間のうち七七―五―一地点及びこれに接続する配管布設部分について掘削・本管布設を行うとともに、七七―五―一地点のマンホールを設置し、同月七日、これらの部分の埋戻しを行った。また、同日から一三日までの間に同区間のその余の部分について掘削・本管布設・埋戻しを繰り返し(同月一二日は休日)、同月一四日に七七―七―一地点のマンホールを設置した。なお、同月一五日から一一月一一日までの間は別の場所の下水道工事がなされている。

同年一一月一二日、同図面の七七―八―一地点から七七―七―一地点までの区間の本管工事に着工し、同日、掘削の上、七七―八―一地点のマンホールを設置し、同月一三日と一四日に掘削・本管布設・埋戻しを繰り返した。同月一五日に北西角汚水桝に繋げる取付管(別紙図面二の緑色の部分)を設置し、同月一七日に南西角汚水桝に繋げる取付管(同図面の黄色の部分)を設置し、同月一八日から二〇日までの間に掘削・本管布設・埋戻しを繰り返した。

イ 本件下水道工事の手法

本件下水道工事では開削工法を採用しているところ(争いがない)、本管部分では、掘削幅は〇・九五mで、掘削深度は別紙図面一の七七―一―一地点から七七―五―一地点までの間は三・二〇mから三・二一m、七七―五―一地点から七七―七―一地点までの間は三・一九mから二・七五m、七七―七―一地点から七七―八―一地点までの間は二・五一mから二・六四mであり、その掘削部は本件建物に最も近接する部分で七・八m程の距離であり、取付管部分では、掘削幅は〇・九〇mで、掘削深度は約一・八mで、その掘削部は本件建物に最も近接する部分で二m程の距離である。

工事の手順としては、深度一m程度まで掘削すると矢板を差し込み、さらに底面まで掘削しながら矢板を差し込み、掘削底面の前後二箇所にポンプを設置して地下水の湧水を排出しながら、管を敷設し、その後、埋戻しをしながら矢板を引き抜くという作業を繰り返した。土留めの方法は、本管部分では、建込簡易土留めを、取付管部分では軽量鋼矢板による土留めを採用し、薬液注入の補助工法は採用していない(争いがない)。建込簡易土留めは、掘削床付近からの水密性はないが、施工性が高く、掘削・管布設・埋戻しまでの時間を短縮でき、軽量鋼矢板による土留めは、鋼矢板に比べると水密性は期待できないが、本件下水道工事で使用した矢板の結合部分を噛み合わせるタイプの場合はある程度の水密性を期待できる。

(4)  因果関係の有無の検討について

ア 本件下水道工事以外の要因について

(ア) 軟弱層に加えられた盛土荷重による圧密沈下

前記のとおり(第三の一(2)イ)、オオハシコンサルタントが平成二一年四月一三日に実施したボーリング調査(深度六・五mまで)によると、別紙図面二のB No1号孔の地点(本件建物の西側付近)の地質は、深度二mまでは粘土混じり礫で構成される埋土(盛土)であるが、深度二mから六・五m付近までは腐植物片を多量に含む有機質粘土、シルト、砂の層で構成される湿地性堆積物であり(N値は〇ないし五であり非常に柔らかい。)、圧縮性の大きいいわゆる軟弱地盤の層である。この地質は、あくまで上記B No1号孔の地点の調査結果であり、本件建物敷地全体の調査結果ではないが、前記のとおり(第三の一(1)イ)、本件建物西側には約四〇年前まで小河川があり付近は葦が繁茂する湿地帯であったところ、北海道では降雪のため葦が十分に分解されずに堆積される傾向があることに照らすと、湿地性堆積物からなる軟弱地盤の層は本件建物西側一帯に広がっている可能性が高い。また、前記のとおり(第三の一(2)ウ)、セイワが本件建物の西側付近で実施したボーリング調査(調査箇所は四地点で、調査深度はそれぞれ二m、〇・七五m、二m、一六・七mである。)でも、深度二mないし二・五m付近までは礫質土と粘性土で構成されているが、それ以深は深度一六mまで粘性土を主体とする層であり、オオハシコンサルタントの調査結果と調査深度が重なる部分については地盤状況がほぼ符合する。そのため、少なくとも本件建物西側一帯の深度二mまでは盛土であり、二m以深には圧縮性の大きい有機質粘土を含む軟弱地盤の層が相当の厚さで存在するものと推定される。

ところで、このように有機質粘土層を含む軟弱地盤の層の上位に造成盛土をした場合、盛土自体の収縮沈下の他に、軟弱地盤の層に加えられる盛土荷重による圧密沈下を考えなければならず、特に盛土下位の軟弱地盤の層が厚い場合は大きな沈下の危険があり、その沈下量は盛土の高さの数%から五〇%に及ぶとも言われているところ、この沈下は高含水比の粘性土や高有機質土では二〇年以上も長期間沈下が継続することがある。

本件建物西側付近では、盛土の下位には少なくとも深度二mから六・五mまでの間に有機質粘土層を含む厚い軟弱地盤の層が存在するため、過大な盛土は避けるべきであるところ、その上位には、厚さ二mもの盛土がなされている(別紙図面一のBr No4号地点では、盛土の下位に比較的硬質の地盤の層があるが、それでも盛土は厚さ一・一mである。)。よって、本件建物西側付近では、有機質粘土層を含む軟弱地盤の層の上位に盛土がなされたことにより、軟弱地盤の層が盛土荷重で圧密沈下した可能性を考えなければならない。

(イ) 本件建物の基礎構造等

本件建物西側付近では、有機質粘土層を含む軟弱地盤があるため、地上に建築する場合は不同沈下を起こさないように杭基礎を採用するなど、地盤の性質に配慮した基礎構造が必要であるが、本件建物ではこれに適しない布基礎を採用しており、かかる地盤状況に対する配慮に欠けている。また、かかる地盤状況で不同沈下を起こさないように配慮するなら、地上に建築する建物の上部構造も軽量化を図るとともに、その平面・立面の形状は比較的正方形に近いものとして重量のバランスを考える必要がある。ところが、本件建物はその南西角で車庫の部分が突き出ている形状である上、同部分に自動車の重量が更に加わる構造になっている。この点は、前記認定にかかる、オオハシコンサルタントが平成二一年一月二二日に実地調査した結果によると同車庫の床で一・六%の最大傾斜が測定されていること(第三の一(1)ウ)、セイワが平成二二年一〇月一四日に実施した調査では、別紙図面五記載のとおり、車庫のある南西角地点で最大の沈下が確認されていること(第三の一(1)ウ)、後記認定のとおり時期的な特定はできないものの、同車庫の電動シャッターに開閉不良が生じていること(第三の一(4)イ(イ))とも整合する。よって、本件では、地盤状況の他に、本件建物の基礎構造や重量バランスが不同沈下に影響している可能性も考えなければならない。

(ウ) 以上から、本件建物に生じた不同沈下は、仮に本件下水道工事による影響がなくても、軟弱地盤の層に加えられた盛土荷重による圧密沈下、本件建物の基礎構造及び重量バランスの不備を原因としても十分生じ得る現象であるところ(D調停委員所見同旨)、本件ではこれらの要因による影響を否定するに足りる証拠はない。

イ 本件下水道工事による影響について

原告らは、本件建物の不同沈下は本件下水道工事に起因する旨主張し、その根拠として、本件建物周辺は地下水湧出の可能性の高い軟弱地盤であること、実際に同工事の際に大量の地下水が湧出していること、同工事で掘削した部分が本件建物に場所的に近接していること、同工事の終了後間もなく不同沈下の現象が時間的に近接して生じていること、本件下水道工事以外に不同沈下を生ずるような原因は考えられないこと、近隣建物にも同様の被害が出ていること、被告余市町が自認していたことを挙げている。また、不同沈下の発生機序については、本件下水道工事で掘削した際に湧出した地下水を排出したことに伴い周辺地盤の地下水が低下し、粘性土に圧密沈下を生じたものであるか(オオハシコンサルタント地盤調査報告書、セイワ報告書同旨)、あるいは、掘削時に排水した際、地下水と一緒に粘土分やシルト分等の細かい粒子も濁水として排出したため、周辺地盤の基質分が流出して不同沈下を生じたものである(G所見同旨)としている。そこで、以下では、これらについて検討する。

(ア) 大量の地下水の湧出について

前記のとおり(第三の一(2)イウ、第三の一(3)イ)、本件建物西側付近は軟弱地盤であり、地下水位は深度〇・九七mから一・二六mであるところ、本件下水道工事では開削工法を採用し、その掘削深度は、本管部分で深度二・五一mから三・二一m、取付管部分で深度一・八mであり、いずれも上記の地下水位には到達して掘削している。また、前記のとおり(第三の一(3)イ)、土留めの方法に関しては、本管部分では建込簡易土留め工法を、取付管部分では軽量鋼矢板工法を採用しているため、必ずしも止水性能が高い土留め工法ではなく、掘削部分の前後に二台のポンプを設置して湧水を排出している。そのため、本件下水道工事では、掘削部分である程度地下水が湧出しているものと推定される。しかし、本件下水道工事の経緯(第三の一(3)ア)を見ると、特段の大幅な遅れは見当たらず、ほぼ順調に工事が進行していた様子がうかがわれ、予定していた工法について設計変更せざるを得なかったという状況は見当たらない。工事中の写真を見ても、特段大量の湧水が発生している様子も見られず、また、いわゆるボイリングや盤膨れ等の大量の地下水の発生を疑わせる現象も見られない。さらに、前記のとおり(第三の一(3)イ)、建込簡易土留め工法は、止水性能では劣るとしても、施工性が高く、掘削・管布設・埋戻しまでの時間を短縮でき、軽量鋼矢板工法も鋼矢板工法と比べて止水性能が劣るとしても、結合部分を噛み合わせて隙間をなくす型を使用しているため、止水性能を全く期待できないわけではなく、これらの土留め工法を採用したことから、直ちに大量の地下水湧出が発生するとまではいいがたい。ところで、オオハシコンサルタント地盤調査報告書には、「開削に伴って相当大量の地下水の湧出が認められた」との記載があるが、その根拠となる資料が何ら示されていない上、その後、オオハシコンサルタント地盤再検証報告書では、上記記述を伝聞によるものであるとした上、再度、工事記録写真や施工者への聴き取りをした結果、大量の湧水があったとは考えがたいとして最終的にはこれを否定している。また、原告らは、長時間ポンプで地下水を汲み上げていた旨のX3の陳述書や原告X1の陳述書を提出しているが、その供述を裏付ける証拠がないばかりか、これらの供述証拠では、どの程度の地下水の湧出量があったのか定量的に特定することができない。

以上から、本件下水道工事に際し、少なくとも周囲の地盤状況に影響を与えるような大量の地下水の湧出があるとまでは認定できない。

(イ) 場所的近接性と時間的近接性について

本件下水道工事の掘削部分は、前記のとおり(第三の一(3)イ)、本管部分では本件建物から最も近接する部分で七、八m程の距離であり、取付管部分の先端部分では同建物から二m程の距離であるため、場所的近接性が認められる。しかし、時間的近接性については、本件建物付近に見られる現象が本件下水道工事が終了した以降に発生したといえるかの検討を要するところである。

第一に、原告らは、平成二一年一月二二日にオオハシコンサルタントが本件建物を実地調査した際、本件建物には傾斜が確認された旨主張し、確かに前記のとおり(第三の一(1)ウ)、同調査では同建物には主に西側方向に下る最大一・六%の傾斜が確認されている。しかし、上記調査は本件下水道工事に着工する前の本件建物の状態と比較するものではないため、本件建物の傾斜が同工事の後に生じたものであるか、それともそれ以前に生じていたものであるか特定できるものではなく、この現象に時間的近接性があるとまでは認められない。

第二に、原告らは、平成二一年五月七日ころ、本件下水道工事以前から設置されている浄化槽の底の部分に破損が確認された旨主張し、確かにそのころ同浄化槽が補修されている。しかし、その浄化槽の破損についても、本件下水道工事の着工時以降に発生したものであることを特定できる証拠はなく、この現象にも時間的近接性があるとまでは認められない。

第三に、原告らは、平成二〇年一二月中旬ころ、それまで順調に機能していた本件建物車庫の電動シャッターに著しい開閉不良が発生した旨主張し、文化シャッターサービス株式会社の報告書にも、同年一二月一三日ころ、本件建物左側の柱の垂直水平に狂いが生じたために車庫のシャッターのレールが押し寄せられ、作動しない状態になっていたため補修した旨の記載があり、原告X1の陳述書にも同旨の記載があり、電動シャッターに何らかの開閉不良が生じているものと認められる。しかし、この電動シャッターの開閉不良についても、本件下水道工事の着工時以前は正常に作動していたのか証拠上は不明であり、同工事着工後に発生したものであることまでは特定できず、この現象にも時間的近接性があるとまでは認められない。

なお、原告らは、本件下水道工事後に不同沈下が生じている証拠として本件建物敷地のマンホールが地盤から浮いている状態の写真(甲三一、三二)を提出している。しかし、本件建物に最も近接して掘削がなされた取付管工事に着工する直前である平成二〇年一一月一四日に撮影したマンホール周辺の写真(乙イ二三)と、本件下水道工事後に撮影した甲三二の別紙二のNo3の写真(具体的な撮影日時は不明)を比較すると、少なくとも同部分の沈下の状況は外観上ほとんど同じであり、上記工事が行われる以前に既に沈下が始まっていた可能性が高い。D調停委員所見でも、甲三二のマンホールの写真は、本件下水道工事で短期間に発生したというよりも、地盤の関係で長期間かけて沈下したものと考えた方が理解しやすい旨の見解が示されている。

(ウ) 本件下水道工事以外に考えられる原因について

原告らは、本件下水道工事以外に不同沈下を生じさせるような原因がない旨主張するが、本件では、前記のとおり(第三の一(4)ア)、軟弱地盤の層に加えられた盛土荷重による圧密沈下、本件建物の基礎構造等による影響も重要な要因として考えられるところである(D調停委員所見同旨)。

(エ) 近隣建物にも同様の被害が出ているかについて

原告らは、本件建物の隣に居住するFの自宅付近の被告余市町所有地で地盤沈下が生じたため、平成二三年五月ころ、被告余市町が同所の補修工事をなした旨主張し、H作成の報告書と協誠建設株式会社作成の報告書にも同旨記載がある。しかし、被告余市町はこれを明確に否定し、雪解け水とともに土砂やゴミが下水管に詰まったため下水管を清掃したものである旨主張していること、また、上記各報告書の内容を見ても、結論が簡単に示されているだけで判断資料が示されているわけではないため、地盤沈下に対処するための補修工事がなされたとの心証が得られるものではなく、近隣にも同様の被害が出ているとは認められない。

(オ) 被告余市町の自認について

原告らは、平成二〇年一二月中旬ころ、シャッターの開閉不良の件で被告余市町に苦情を申し立てたところ、その調査担当者は現場でこれを確認し、工事検査調書にも「苦情関係―X1宅の住宅について第三者に損害を与えた条項により業者が対応する事」と記載されており、被告余市町は本件下水道工事により本件建物に被害を生じたことを自認していた旨主張する。しかし、この時点は、まだ専門業者による実地調査が行われていない段階であり、被告余市町が因果関係を自認していたかは疑問であり、むしろ因果関係は不明であるが近隣住民とのトラブルの問題としてその対応を業者に任せたものと理解するのが自然であり、被告余市町が自認していたものと認めることはできない。

(カ) オオハシコンサルタントの当初の所見について

オオハシコンサルタント地盤調査報告書には、本件建物の不同沈下の原因として、排水に伴う地下水位低下による粘性土の圧密沈下(地下水位以下の有機質粘土層の圧密沈下)の可能性が最も高い旨結論づけている。しかし、同報告書は大量の地下水の湧出があることを前提に判断しているところ、前記のとおり(第三の一(4)イ(ア))、その裏付けとなる基礎資料が示されておらず、また、本件建物の変状原因の推定に資する基礎的観測記録がないとした上で、同建物の変状を本件下水道工事に起因しているものと仮定した場合の可能性を推測する内容であり、しかも、その後、オオハシコンサルタント地盤再検証報告書による再検証の結果、最終的には上記因果関係の存在についても否定的判断に変更されている。よって、因果関係を認定する証拠とすることはできない。

(キ) セイワの所見

セイワ報告書によると、本件下水道工事で大量に水が出たことにより、地下水位が下がり、今まで浮力が働き安定していた地盤が浮力を失い不同沈下したものとされている。しかし、同報告書が前提とする大量の湧水発生について基礎的データ等の資料が示されているわけではなく、推測が記載されているに過ぎず、因果関係を認定する証拠とすることはできない。

(ク) G所見について

G所見によると、本件建物周辺の地盤では最上層に盛土・埋土の粘土混じり礫の層が存在するところ、この層は透水性が高いため、本件下水道工事で地下水を汲み上げた際、地下水位の一時的な低下で粘土等の細粒子が流失して礫と礫の間の基質を喪失し、これにより地盤沈下が生じたとされている。しかし、G所見では、地下水位の低下に伴う粘土等の細粒子の流出について、細粒分がどれだけ、どの範囲で流失したかが重要であるとしながら、それを判断するための基礎的データが示されているわけではなく、推測による意見が示されているにすぎない。また、それまで正常に作動していたシャッターが本件下水道工事終了後に水平状態を保てず誤作動したことなど、必ずしも証拠により認定されていない事実を前提にしており、地盤沈下の現象の発生時期に時間的近接性があることを所与の前提に不同沈下の原因を判断している。さらに、本件建物の不同沈下では、前記のとおり(第三の一(4)ア)、軟弱地盤の層に加えられた盛土荷重による圧密沈下、本件建物の基礎構造等による影響も重要な要因として考えられるところ、これらの可能性を排斥する理由については一切検討されていない。よって、これをもって因果関係を認定する証拠とすることはできない。

(ケ) その他、本件建物の不同沈下が本件下水道工事に起因することを認めるに足りる証拠はない。

ウ まとめ

以上から、本件下水道工事と本件建物に生じた変状との間の因果関係を肯定するに足りる証拠はなく、これを認定することはできない。

二  よって、原告らの請求は、その余を検討するまでもなく理由がないから、いずれも棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤東路 裁判官 横井靖世 青野初恵)

別紙 当事者目録

原告 X1(以下「原告X1」という。)<他2名>

原告ら訴訟代理人弁護士 村松弘康 櫻井浩 佐々木貴教 畔木康裕 高杉眞 丹羽錬 山川徹 桝田泰司 車福順

同訴訟復代理人弁護士 藤野寛之 伊藤孝彦 田島麻紀子 阿久澤英毅 清水啓右 三浦広大

被告 余市町(以下「被告余市町」という。)

同代表者町長 A

同訴訟代理人弁護士 佐々木泉顕 下矢洋貴 福田友洋 山田敬之

指定代理人 柳田義孝<他5名>

被告余市町補助参加人 株式会社Z(以下「補助参加人」という。)

同代表者代表取締役 B

同訴訟代理人弁護士 作間豪昭

被告 株式会社 Y1(以下「被告Y1社」という。)<他1名>

同代表者代表取締役 C

上記両会社訴訟代理人弁護士 清水勝裕 石橋洋太

別紙 物件目録<省略>

別紙 図面一~五<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例