札幌地方裁判所小樽支部 平成28年(わ)13号 判決 2016年9月28日
主文
被告人を,懲役5年に処する。
未決勾留日数中59日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1平成28年3月16日午前0時4分ころ,普通乗用自動車を運転し,北海道小樽市a丁目b番先の信号機により交通整理の行われている交差点をc方面からd方面へ向かい時速約50キロメートルないし60キロメートルで直進するに当たり,運転開始前に飲んだ酒の影響により,前方注視及び運転操作に支障がある状態で同車を運転し,もってアルコールの影響により正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し,その際,同交差点の対面信号機の信号表示に留意し,その信号表示に従って進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,携帯電話機の操作に気を取られ,同信号表示に留意せず,同信号機の信号表示が赤色信号を表示しているのを看過して漫然前記速度で進行した過失により,折から同交差点入口に設けられた横断歩道を青色信号に従って左方から右方に向かい横断歩行中のA(当時27歳)を前方約5メートルの地点に迫って認めたが,急制動の措置を講じる間もなく,同人に自車右前部を衝突させ,同人を自車ボンネットに跳ね上げた上,自車フロントガラスに衝突させて路上に落下させ,よって,同人に右側頭部打撲等の傷害を負わせ,同日午前5時11分ころ,札幌市e区f条g丁目h番i号医療法人j病院において,同人を前記傷害に基づく頭蓋内損傷により死亡させ,さらに,同日午前0時4分ころから同日午前6時30分ころまでの間,その運転の時のアルコールの影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的で,事故現場から逃走して北海道小樽市k丁目l番m号B方で過ごし,もってアルコールの影響の有無又は程度が発覚することを免れるべき行為をした
第2同日午前0時4分ころ,同市a丁目b番先において,前記車両を運転中,前記のとおり,前記Aに傷害を負わせる交通事故を起こし,もって自己の運転に起因して人に傷害を負わせたのに,直ちに車両の運転を停止して,同人を救護する等必要な措置を講じず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかったものである。
(事実認定の補足説明)
1 被告人の主張の要旨
被告人は,飲酒して自動車を運転し,運転車両を被害者に衝突させたが,本件事故現場である交差点(以下「本件交差点」という。)を離れてB方で過ごしていたことは争っていないものの,①被告人が本件交差点を通過した時点で対面信号機が赤色表示をしていたかは不明である,②本件交差点を離れた行為等について,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律4条(以下同法を「自動車運転死傷法」といい,同法4条の罪を「アルコール等影響発覚免脱罪」という。)所定の「アルコールの影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的」はなかった,③本件事故後にビールを飲んだ行為については補強証拠がなく,本件証拠上認定することができない,④被告人が本件事故後就寝して起床した時間である平成28年3月16日(以下年月日は,すべて平成28年3月であるので,日のみ記載する。)午前6時30分以降の行為については,アルコール等影響発覚免脱罪の実行行為に該当しないとして,アルコール等影響発覚免脱罪の成立は認められず,道路交通法違反についても自己の運転に起因したものとは認められない旨主張する。
2 本件事故当時被告人の対面信号機が赤色表示であったか否か(前記1①)について
(1) 本件交差点付近で倒れている被害者を発見したCは,その前後の状況について,自動車を運転して市道を小樽市n方面から o警察署方面に向かい進行し本件交差点付近に差し掛かったところ,前車が,対面信号機が青色表示であったにもかかわらず本件交差点手前の停止線付近に停まっていたため,Cもその後方に停止したこと,するとすぐに前車がゆっくり発進したため,Cも発進したが,前車は交差道路である p通の手前で突然停止したこと,その直後,交差道路を左方から右方に向かってものすごいスピードで走行してきた黒っぽい車があったこと,そのときCの対面信号機はまだ青色表示で,黒っぽい車の対面信号機は赤色表示であったのを見たこと,その後前車は発進し,本件交差点の中央付近で右に迂回して直進したこと,Cは,その後について進行し,本件交差点中央付近に帽子か何かが落ちているのを見つけ,右に迂回するように走行しながらふと右方を見たら,被害者が倒れているのが見えたこと,119番通報したのは16日午前0時5分であるが,車を目撃してから救急車を呼ぶのに1分もあれば十分であること,黒っぽい車は被告人の車とよく似ていることなどを供述している。
(2) また,被告人は,当公判廷において,弁護人からの質問に対し,大学生方で飲酒するなどしていたところ,Bから電話が来て,迎えに来るように言われたため,大学生方を出て車を運転し,小樽市nにあるBの勤務先に向かったこと,本件交差点に差し掛かった時,信号を見た覚えはなく,携帯電話の画面を見ていたことは間違いないこと,電話を掛けようとしていたことは記憶があること,衝突するほんの一瞬前に被害者を発見し,ブレーキをかける時間はなかったこと,その場にとどまらずnに向かったことなどを供述した後,検察官から,Bに電話を掛けた時間は午前0時4分17秒だが,これは事故を起こす前ですよねと尋ねられて,「だと思います。」と答え,さらに検察官から,捜査段階では,その(通話時間である)9秒間は事故を起こして話すことができず無言電話になったので,(0時5分に)Bから電話が折り返しで掛かってきたと説明していなかったかと尋ねられて,「覚えていません。」「その時は近かったので,・・・鮮明に今よりは覚えていると思うんで。」と答え,重ねて検察官から,「・・・電話が操作がし終わって,発信状態になって,携帯電話機を耳元に持ってきて,顔を上げたときに被害者が見えたという話していましたけれども,そのとおりですね」と聞かれて,「はい。」と答えている。
弁護人は,上記捜査段階での供述について,被告人が本件事故前に飲んだ睡眠薬の影響で全て正確に記憶していたわけではないのに捜査官からの誘導によって供述した可能性があるというが,被害者を発見し衝突した際の状況にかかる被告人の捜査段階の供述は,上記のとおり具体的なものであるのみならず,被告人は,当公判廷において,検察官からの質問に先立つ弁護人からの質問に対しても,本件交差点に差し掛かった時,携帯電話の画面を見ていたことは間違いなく,電話を掛けようとしていたことは記憶があると述べていることも併せ考えると,捜査官の誘導により記憶にないことを供述したとは考え難い。
当公判廷で述べた捜査段階での供述は信用できるものと言わざるを得ない。
(3) 以上の被告人の供述に,被告人の携帯電話の発着信履歴をみると,上記Cによる119番通報の時刻(16日午前0時5分)に近接する時間帯の発着信は,同日午前0時のBからの着信,同日午前0時4分17秒のBへの発信,同日午前0時5分のBからの着信であり,午前0時の着信がBからの迎えに来てほしい旨の電話であったと認められること(被告人もその旨認めている。)を併せ考えると,被告人は,本件交差点に差し掛かった時,Bに電話を掛けようとしていたものであって,その時刻は同日午前0時4分ころであるといえ,これはCの119番通報の時刻から推測される黒っぽい車が通過した時刻とも合致するものである。そうすると,Cが目撃した黒っぽい車は被告人車両であると認められ,上記信号機の表示にかかるCの供述が本件交差点の信号機の現示階梯とも合致し信用できるものであることを併せると,被告人が本件交差点に差し掛かり通過したとき,被告人の対面信号機は赤色表示であったことが認められるものというべきである。
弁護人は,Cが車の特徴を見間違いする可能性が非常に高い状況である旨主張するが,証拠によれば,本件事故当時,本件交差点付近は街灯があり,Cの前車が停止していた本件交差点手前の停止線の後方から本件交差点付近の様子は見える状況であったと認められる上,Cは,当時の状況を具体的かつ詳細に供述し,黒っぽい車の特徴を具体的に述べた上で,被告人の車の写真を見せられて,よく似ている旨供述しているものであって,見間違い等の可能性が高いとは考え難い。また,弁護人は,Cが本件事故を直接目撃しておらず,衝撃音も聞いていないと指摘するが,被告人が衝突時の音は鈍い音であった旨供述しており,Cがそれほど大きい音ではないがCDをかけており,本件事故当時同乗していた妹と会話していたり,いきなり前車が止まったり車が走り去るのを見たり,意識が色々なところに行っていた旨述べていることからすると,衝撃音に気付かなかった可能性は十分にある。弁護人はるる主張してCが目撃した赤信号無視をした車が被告人の車ではない旨主張するが,いずれも上記認定を妨げるものではない。
3 本件事故現場を離れた行為等について,「アルコールの影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的」があったか否か(前記1②)について
(1) アルコール等影響発覚免脱罪は,自動車運転死傷法2条1号及び3条1項の危険運転致死傷罪が客観的にアルコール等の影響により正常な運転が困難な状態にあったことを構成要件としており,犯人が逃走するなどしてアルコール等による影響の程度が立証できないときには自動車運転過失致死傷罪と道路交通法の救護義務違反の罪との併合罪で処罰せざるを得ない状況であったことから,そのようないわゆる逃げ得と言われる状況を是正し,アルコール等の影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じる恐れがある状態で自動車を運転し,過失により人を死傷させた上,更に,重い処罰を免れるためアルコール等の影響についての証拠収集を妨げるという悪質性の高い行為が行われた場合に適正な処罰を可能とするために設けられたものである。そうすると,アルコール等影響発覚免脱罪の「アルコールの影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的」については,全く別の目的でその場を離れたような当罰性の認められない場合を同罪の対象から除外することにその趣旨があり,積極的な原因・動機を要求するものではないものと解するのが相当である。
(2) そこで検討するに,証拠によれば,本件事故前後の被告人の行動等について,以下の事実が認められる。
ア 被告人は,15日,Bをその勤務先のスナックに送り届けた後,大学生の卒業パーティーに出るために,自動車を運転してDが経営する飲食店に行き,午後8時ころから,ビールをコップで2杯,ジョッキで1杯,チューハイをジョッキで3杯飲んだ。そして,被告人は,同日午後11時ころ同店が閉店したため,同店を出て,自動車を運転し,コンビニエンスストアに寄った後パーティーに参加していた大学生の自宅に向かい,大学生方でワインを一口とコップ1杯飲んだ。
イ 被告人は,16日午前0時ころ,Bから迎えに来てほしい旨電話が掛かってきたので大学生方を出て,自動車を運転してBを迎えに行く途中,同日午前0時4分ころ,前記2に認定したとおり,対面信号機が赤色表示であったにもかかわらず,携帯電話機の操作に気を取られて信号表示を確認しないまま進行したため,本件交差点入口の横断歩道を歩行中の被害者に衝突した。その時,被告人は,人に衝突したことがわかり,フロントガラスが割れたこと,衝突後被害者が遠く右方に行ったことに気づき,被害者がけがをしたということはわかっていた。
なお,上記の被告人の飲酒時間,飲んだ酒の種類,そのアルコール度数,飲んだ量,被告人の体重及び性別をもとにウィドマーク計算法を用いて計算すると,本件事故当時,被告人は呼気1リットルにつき0.214ないし0.855ミリグラムのアルコールを保有する状態であったと推計される。
ウ しかし,被告人は,停止せず,そのままBの勤務先のある小樽市nに向かったが,道を間違えて一方通行の道を逆走し,タクシーに衝突したものの逃走し,コンビニエンスストアの駐車場に停車して,車から降りてフロントガラスの状態等を確認した。被告人は,そこでBと落ち合い,Bを乗せて自動車を運転してB方に向かった。B方のあるアパートに到着後,Bが,アパートの自分の駐車スペースに停めてある自分の車を来客用駐車スペースに移動させ,被告人の自動車をBの駐車スペースに停めた。
エ 被告人は,B方に到着後の同日午前0時26分ころ消防に電話を掛け(通話内容は不明である。),同日午前0時34分及び37分ころ,Dの店で共に飲酒していたEに電話を掛けた。その際,被告人は,Eに対し,近くに警察来ているかなどと尋ね,Eが(警察は)いない旨答えると,電話を切った。被告人は,その後,眠ってしまった。
オ 被告人は,遅くとも同日午前6時30分ころ目覚め,インターネットでフロントガラスの交換費用を調べたり,o 警察署のウェブサイトにアクセスして交通事故に関する情報を調べたり,テレビのニュースを見るなどした。被告人は,インターネットでひき逃げについての記事やその際の処罰等に関する記事を検索したり,ニュースを見たりすることを続けた後,同日午後0時1分ころ,Dに電話して,事故を起こしたこと,Dと一緒にしていた仕事ができなくなることなどを伝えるとともに,飲んでいないと言うんで,Dとその妻を家まで送ったことにしてほしいなどと言った(なお,被告人は,Dの方から飲酒していないことにしようと言ったと述べるが,Dは,当公判廷において,当時被告人の電話で起こされ,体調が悪かったのでそこまで頭が回らなかった旨供述しており,供述当時,既に飲酒した被告人の車に同乗したことで処罰を受けており,本件発覚当初Dが危惧していたように店や大学生に迷惑がかかったりすることもなかったというのであるから,あえて虚偽の供述をする動機があるとも考え難く,Dの供述は信用できるものである。)。
被告人は,同日午後1時22分ころ,警察がフロントガラスが破損した被告人車両を発見して,Bの住むアパートの住民から事情聴取していたところに現れ,警察に出頭することとなった。
カ 被告人は,本件当時,飲酒運転をして事故を起こし人を死傷させ,危険運転致死傷などの罪名で起訴された事件があること,自動車運転過失致死罪よりも危険運転致死傷罪の方が罪が重く,飲酒運転で事故を起こすと飲酒していない場合より罪が重くなることなどは知っていた。
(3) 上記認定事実によれば,被告人が本件交差点から離れた際,例えば病人やけが人を救助したり病院へ連れて行ったりするためにやむを得ず一時的に本件交差点を離れたというような事情は何ら認められないのであって,当罰性の認められない全く別の目的で本件交差点から離れたと認めることはできない。
そして,被告人は,上記認定のとおり本件事故の約4時間前から続けて多量に飲酒していたのであるから,酒気帯び運転に該当する程度のアルコールを身体に保有しているという認識はあったものと認められ,そうすると,アルコールの影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態であったことについても認識していたものと認めることができる。加えて,被告人は,被害者に衝突した時に人に衝突したことやその人が遠くへ飛んでいきけがをしたであろうことを認識していながら,その場を離れ,B方に到着して就寝するまで少なくとも30分間はあったにもかかわらず,警察に出頭したり連絡したりしようとせず,消防に電話を掛けながら本件事故について告げた形跡は何ら認められない上,Eに電話を掛けて警察はいないかなどと尋ねるなど本件の発覚を恐れ発覚したかどうか探るような言動をしていること,本件事故後被告人の車の状態を確認し,B方到着後はBの車を移動させてその駐車スペースに被告人の車を停めるなど被告人の車の発見を遅らせるような行動をしていること(なお,被告人は,車の移動について,Bと被告人のどちらが言い出したかは覚えていない,移動自体はBがしたと述べるが,被告人の述べるとおりであったとしても,被告人はそのようなBの行動を黙認していた以上,車の発見を恐れそれを防ぎたいという考えを抱いていたと認められる。),被告人は飲酒運転をして事故を起こすと重く処罰されることは認識していたことなどを併せ考えると,被告人は,アルコールの影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的で,本件交差点を離れて移動し,B方に留まったものと認めることができる。
4 本件事故後ビールを飲んだ事実が認められるか(前記1③)について
被告人が本件事故後にビールを飲んだことは,検察官により,本件事故後逃走しB方で過ごしていたこととならんで,アルコール等影響発覚免脱罪の実行行為として挙げられているものである(冒頭陳述要旨及び論告要旨参照)。
しかし,上記事実については,被告人の公判供述のほかに証拠がないから,被告人の自白のみでは有罪とされないとする刑事訴訟法319条2項に照らし,認定することはできない。
5 16日午前6時30分以降の行為がアルコール等影響発覚免脱罪の実行行為に該当するか否か(前記1④)について
(1) 前記3(1)のアルコール等影響発覚免脱罪が設けられた趣旨に鑑みれば,同罪の免脱行為に当たるというためには,運転時のアルコール等の影響の有無又は程度の発覚に影響を与えることができる程度の行為がされることを要すると解される。そうすると,その場を離れて身体に保有するアルコール等の濃度を減少させる行為については,その場から離れて一定程度の時間を経過させて身体に保有するアルコール等の濃度に変化を生じさせ,運転時のアルコール等の影響の有無又は程度の発覚に影響を与えることができる程度の濃度減少に達すれば同罪が成立するものであり,アルコール等が身体に残存する可能性がないと考えられる時点以降の行為については,もはやアルコール等の影響の有無又は程度の発覚に影響を与えるものではないから,同罪の実行行為に該当しないと解するのが相当である。
(2) 本件においては,証拠によれば,前記3(2)に認定の被告人の飲酒時間及び飲酒した酒の種類と量に加え,被告人が飲んだ酒のアルコール度数,被告人の体重及び性別をもとに,ウィドマーク計算法を用いて被告人の血中アルコール濃度を推計すると,以下のとおり,被告人が大学生方を出た16日午前0時ころまで飲酒していたとしても,その約6.3時間後である同日午前6時20分ころには,血中アルコール濃度が0になっていた可能性があると認められる。
1.163(推定される血中アルコール濃度の最低値)
÷0.184(アルコール濃度の減少率の最大値)≒6.3時間
そうすると,被告人が同日午前6時30分ころに起床した後の行為については,もはやアルコール等の影響の有無又は程度の発覚に影響を与えるものではないから,アルコール等影響発覚免脱罪の実行行為に該当しないものというべきである。
6 結論
以上のとおり,被告人が本件交差点に差し掛かり通過した時,対面信号機は赤色表示をしていたと認められる。また,被告人が本件事故現場を離れB方に留まった行為にはアルコール等影響発覚免脱罪所定の「アルコールの影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的」があったものと認められるが,16日午前6時30分以降の行為については,アルコール等影響発覚免脱罪の実行行為に該当せず,本件事故後にビールを飲んだ事実は,本件証拠上認定することができない。よって,被告人が,飲酒の上自動車を運転し,対面信号機の赤色表示を看過して本件交差点に進入して被害者と衝突したが,その場を離れて同日午前6時30分ころまでB方に留まった行為について,アルコール等影響発覚免脱罪が成立するものと認め,道路交通法違反についても被告人の運転に起因したものと認めて,前記罪となるべき事実記載の事実を認定した。
(法令の適用)
罰条 判示第1の罪につき 自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律4条
判示第2の罪のうち
救護義務違反の罪につき 道路交通法117条2項,1項,72条1項前段
報告義務違反の罪につき 道路交通法119条1項10号,72条1項後段
科刑上一罪 判示第2の罪につき 刑法54条1項前段,10条
(重い救護義務違反の罪の刑で処断)
刑種の選択 判示第2の罪につき 懲役刑
併合罪加重 刑法45条前段,47条本文,10条
(重い判示第1の罪の刑に加重)
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑理由)
被告人は,飲酒することがわかっていながら自動車を運転して出かけ,数時間にわたり多量に飲酒した後,アルコールの影響で正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で,事故は起こさないであろうなどと安易に考え,交際相手を迎えにいくという何の緊急性も必要性もない理由で自動車を運転し,しかも携帯電話の操作に気をとられて赤色信号を看過し,本件事故を起こした。被告人は,これまでにも10回程度飲酒運転をしたことがあり,本件時も自分は事故を起こさないだろうなどと安易に考えていたもので,交通法規を軽視すること甚だしく,その運転態様は危険極まりないものである。加えて,被告人は,飲酒運転をして事故を起こしたことの発覚を恐れて,被害者の救護や警察への通報を行わずその場から去って交際相手の家で過ごしていたもので,卑劣で悪質な犯行というほかない。被害者は,青色信号に従って横断歩道を歩行中に被告人運転車両に衝突され,死亡したもので,被害者に何ら落ち度はなく,本件事故の結果は重大である。被害者の遺族は,突然かけがえのない家族を失い悲嘆に暮れている上,その原因が飲酒の上でのひき逃げ事故であったことを知って激しい怒りを抱いており,被告人の厳罰を望んでいる。被告人の責任は重く,厳しい非難を免れない。
よって,被告人は,安易に飲酒運転をして本件事故を起こし被害者を死亡させ,その将来の可能性を断ってしまったことを深く後悔し,謝罪文を何通も作成するなどしていること,被告人は対人賠償無制限の任意保険に加入しており,被害者の遺族に対して相当の賠償がされると見込まれること,被告人には前科・前歴はないことなどの酌むべき事情を考慮したとしても,主文の刑に処するのが相当と判断した。
(求刑 懲役7年)
(裁判官 間史恵)