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札幌地方裁判所小樽支部 昭和46年(ワ)91号 判決 1974年12月09日

原告 佐藤享如

被告 国

訴訟代理人 田代暉 宮村素之 細川俊彦 ほか五名

主文

被告は、原告に対し、金一〇万円およびこれに対する昭和四六年六月二七日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

第一原告の選挙権取得、在宅投票制度の沿革および廃止

一  原告が、明治四五年一月二日生まれの日本国民で、大正一三年以来小樽市に居住し、大正一四年の衆議院議員選挙法改正に基づき昭和一一年一月二日選挙権を取得し、その後の同法改正法および公職選挙法の下においても選挙権を有してきたことは、当事者間に争いがない。

二  昭和二五年四月一五日に制定された衆議院議員、参議院議員ならびに地方公共団体の議会の議員および長の選挙について適用のある公職選挙法(同年法律第一〇〇号)および同年同月二〇日に制定された同法施行令(同年政令第八九号)の下では、不在者投票手続の一環として、在宅投票制度、すなわち、「疾病、負傷、妊娠、もしくは身体障害のためまたは産褥にあるため歩行が著しく困難な選挙人につき、選挙人の現在している場所において投票の記載をなし、これを選挙期日の前日までにその属する市町村選挙管理委員会に到達するよう郵便をもつて送付し、または同居の親族によつて提出させる制度」が採られていたこと、右在宅投票制度を採用した公職選挙法の規定が、昭和二三年に改正された衆議院議員選挙法第三三条に基づき、身体障害その他の事由ある者に関し郵便による投票が認められていたのを引き継ぎ、この従来からの郵便投票に加え、同居の親族による投票用紙の請求、投票の提出をも認めたものであることは、当事者間に争いがない(右各関係法令を対照すると別表のとおりである。)。なお、右各法令に先立ち地方自治法(昭和二二年四月一七日法律第六七号)、同法施行令(同年五月三日政令第一六号)においても、疾病、負傷、妊娠もしくは身体障害のため、または産褥に在るため、歩行が著しく困難な選挙人について一種の在宅投票制度を設けていたことが法令上明らかである。

三、そして、昭和二六年一二月一〇日から開催された第一三回国会において、議員四二四名(欠員二六名)より成る衆議院および議員二四七名(欠員三名)より成る参議員の両院は、同年四月に行なわれた統一地方選挙において、在宅投票制度が悪用されて多数の選挙違反がなされたことを理由に、右制度を廃止し、前記事由のある者も不在者投票管理者の管理する投票を記載する場所においてのみ投票されるよう改めることを一つの内容とする公職選挙法の一部を改正する法律案を賛成多数をもつて可決成立させ、同法律は、昭和二七年八月一六日、公職選挙法の一部を改正する法律(同年法律第三〇七号)として公布され、同年九月一日から施行されたことは、当事者間に争いがない。

第二在宅投票制度廃止に伴う原告の選挙権侵害

しかるところ、<証拠省略>によれば、原告は、昭和六年三月ごろ、屋根の雪降し作業をしていた際、屋根から転落し腰部を打撲したため、同年六月ごろから足が重く感じ運動が緩慢になるなどの症状が出はじめ、翌昭和七年九月、脊髄前角炎、圧追性脊髄炎症と診断され、北大病院に入院し、同年一〇月、手術を受けたけれども、予後の経過は思わしくなく、手術後膝の関節が麻痺して一人で歩行することが困難となり、同年一二月退院した後も症状は快方に向かわず、自宅でほとんど寝たきりの状態となつたこと、それでも、昭和一〇年ごろ原告の兄が製作した車椅子を使つて外出することもあつたが、他人の介添えを必要とし、天侯次第では外出は不可能であつたこと、かかる状況のため、原告は、昭和一一年に選挙権を取得して以後はじめての選挙で、介添えを頼んで車椅子を押してもらい投票所へ赴いて投票した以外、終戦を迎えるまで投票をしたことはなく、戦後になつて在宅投票制度が存在していた時期においても、外出したい気持などが先立ち、介添えを得て車椅子で投票所へ赴くこともあつたが、病状は次第に悪化しており、脊髄を手術しているため起き上がつていること自体苦痛で投票所に出向くことはきわめて困難であつたうえ、選挙当日の天候あるいは冬期積雪がある場合外出が不可能であつたので、四回位投票したにとどまり、さらに、昭和二八年ごろからは、それまで徐々に進行していた下半身の硬直が悪化して車椅子に乗ることすらできない状態になり、以後投票所へ行くことはまつたく不可能となつたこと、そして、原告は、現在一種一級の身体障害(両下肢運動麻痺及知覚鈍麻両肢関節両膝関節及両足関節強直)と認定されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実に照らすと、原告は、在宅投票制度が廃止された当時、投票所に赴くには車椅子を使用するほかなく、天候あるいは季節によつては外出は不可能であつたのであるから、このような場合、原告は、前記法律改正により右制度が廃止されたことに基づき、投票することが不可能あるいは少なくとも著しく困難になつたものと解するのが相当である。そして、たとい原告が在宅投票制度を利用しないで、投票を行なつたことがあるにしても、それは、たまたま外出のための好条件がととのつたからにすぎないものと考えられるから、なんら前記のように解することの妨げとなるものではない。

第三在宅投票制度廃止の憲法間題

原告は、右公職選挙法の規定を改正し在宅投票制度を廃止した立法措置は、個人の尊厳、国民主権の原理および法の下の平等原則を定めた憲法第一三条、第一五条第一項、第三項、第一四条第一項、第四四条、第四七条に違反する旨主張し、被告は、これを争うので、以下検討する。

一  憲法は、その前文において「…ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを亭受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。…」と述べ、さらに、第一条において、「…主権の存する日本国民…」と規定し、人類普遍の原理としての国民主権をその基本原理とすることを宣言している。そして、憲法は、国民主権の現れとして、第一五条第一項において、公務員の選定、罷免が国民固有の権利であることを、同条第三項において、公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障することを定めている。すなわち、憲法は、国民は、主権者であるが、原則として自ら直接その主権を行使して国または、地方公共団体の政治の運営、事務の執行に当るのでなく、直接もしくは間接に国民の信託を受けた公務員においてその衝に当るべき建前をとつているのであり、公務員の選定罷免の権利およびそれの重要な内容をなす公務員の選挙の権利すなわち選挙権は、まさに、憲法の基本原理である国民主権の表現として、国民の最も重要な基本的権利に属するものであつて、選挙権について成年者による普通選挙の保障されている所以の一もここに存するものと解される。ところで、憲法は、第一四条第一項において、国民の法の下の平等の原則を掲げ、国民が人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において差別されないことを規定しており、これまた民主主義の理念に立ち、基本的人権について最大の尊重をうたう憲法として欠くことのできない基本的原則に属する。(もとより同条項はいかなる場合にも国民の形式的一律平等を要求するものではないけれども、取扱いの差別が容認されるためには、これを正当とする合理的理由を必要とするこというまでもない。)そして、法の下の平等の原則は、前記公務員の選挙についても適用あるべきこと疑いなく、前掲憲法第一五条第三項が公務員の選挙について成年者による普通選挙を保障するのは、右原則からしても当然の帰結ということができる。さらに、憲法は、第四一条、第四二条、第四三条第一項において、国権の最高機関として国会を置き、国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員で組織すると定め、いわゆる議会制民主主義を採用し、したがつて、両議院の議員の選挙は、国民主権の表現として最も重要な行為に属するのであり、これについて前掲憲法第一五条第一項、第三項、第一四条第一項の適用あるべきことは当然であるところ、その重要性に鑑み、憲法は、第四四条において、「両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。」としつつ、「但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。」と規定して平等選挙の趣旨を貫くべきことを特に明示しているのである。以上によつて観れば、憲法は、国会の両議院の議員の選挙についてはもとより、公務員の選挙について、選挙権を国民の最も重要な基本的権利の一として最大の尊重を要するものとしていること疑いを容れない。したがつて、憲法の右趣意に鑑みれば、選挙権の有無、内容について、これをやむを得ないとする合理的理由なく差別することは、憲法上前述の国民主権の表現である公務員の選定罷免権および選挙権の保障ならびに法の下の平等の原則に違背することを免れない。そしてこのことは、単に選挙権の有無、内容について形式的に論ずれば足りるものではない。憲法第四七条は、「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」として、右事項の定めを法律に委任しているが、立法機関が右事項を定めるにあたつては、かかる普通平等選挙の原則に適合した制度を設けなければならず、法律による具体的な選挙制度の定めによつて、一部の者について、法律の規定上は選挙権が与えられていてもその行使すなわち投票を行なうことが不可能あるいは著しく困難となり、その投票の機会が奪われる結果となることは、これをやむを得ないとする合理的理由の存在しない限り許されないものと解すべきであり、右合理的理由の存否については、選挙権のもつ国民の基本的権利としての重要性を十分に考慮しつつ慎重、厳格に判断する必要がある。

二  しかるところ、公職選挙法は、本件改正前後を通じ、投票の方法につき、「選挙人は、選挙の当日、自ら投票所に行き…投票をしなければならない。」(第四四条第一項)、「選挙人は、投票所において、投票用紙に当該選挙の公職の候補者一人の氏名を自書して、これを投票箱に入れなければならない。」(第四六条第一項)と定め、いわゆる投票現場自書主義を採用する。しかし、この方法の下では、形式的にはすべての有権者に対し投票の機会が、保障されるものであるけれども、選挙の意思と能力を有しながら、身体障害等により、選挙の当日投票所に行くことが不可能あるいは著しく困難な者にとつて、投票を行なうことが不可能あるいは著しく困難になることも否定し難い。されば、先進諸外国の立法例においても多くが病者、身体障害者等について何らかの形の在宅投票制度を設けているのである<証拠省略>。我国においても、改正前の公職選挙法は、右投票現場自書主義の原則の例外として、一般の不在者投票手続のほかに、前記事情のある者のために在宅投票制度を設けていたところ、前記改正によりこれを廃止するに至つたのである。そこで、一旦設けられていた在宅投票制度を廃止し、その結果特定の病院、施設等に入つている者を除き、従来右制度によつて投票の機会を有していた前記身体障害等の事情ある者をして実質上投票を不可能あるいは著しく困難ならしめることとなつた右改正措置に、これをやむを得ないとする合理的理由があつたかどうかが検討されなければならない。

三  ところで、被告は、在宅投票制度を廃止した改正法律は、「選挙人の資格」について規定したものではなく、従前在宅投票をしていた者が制度の廃止に伴い投票することが困難となつたとしても、実質的に選挙人の資格を奪うのと同視しうるものではないと主張する。しかしながら、投票は選挙権行使の唯一の形式で、抽象的に選挙人の資格すなわち選挙権が保障されていても、具体的な選挙制度を定めるにあたつて、事実上投票が不可能あるいは著しく困難となる場合は、これを実質的にみれば、選挙権を奪うのと等しいものと解すべきである。

また、被告は、憲法第一四条第一項は、政治的関係における差別を禁止しているが、在宅投票制度を認めるかどうかは投票の方法に関する事柄であつて、右制度を認めることまで保障しているものではないと主張するけれども、投票の方法の定め方如何は、選挙権の保障と重大な関連をもち、投票の方法の定め方如何によつては実質的に選挙権を奪う結果になることもありうることなどに鑑みれば、国民の法の下の平等の原則は、当然に、投票の方法を定める場合においても要請されるものと解すべきであるから、被告の右主張は、いずれもこれを採用することはできない。

四  さらに、被告は憲法第四七条は、投票の方法その他選挙に関する事項を法律で定める旨規定しているが、これは、選挙に関する事項の決定は原則として立法府である国会の裁量的権限に委ねられているものと解せられ、その範囲は決して狭くない。裁判所は、右事項について、立法府の裁量的判断を尊重するのを建前とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱しその立法的措置が著しく不合理であることが明白である場合に限つて、これを違憲としうると主張し、(1)最高裁判所大法廷昭和三九年二月五日判決・民集一八巻二号二七〇頁、(2)同昭和四七年二月二二日判決・刑集二六巻九号五八六頁を引用する。

しかしながら、憲法の右法条が選挙に関する事項について自ら規定せず、法律の定めに委ねたのは、元来選挙の方法に関する事項は、その重要性に加え、技術的要素が多く、細目は時代に応じて変更する必要があるので、その詳細についてまで憲法において規定するのは適当でないとされたからであり、そこに立法機関の裁量が働く余地があるけれども、右の立法機関の裁量は憲法上の他の諸規定諸原則に反しない限度でなさるべきは当然であり、憲法が右事項について法律で定めると規定したことの一事をもつて、立法府の裁量の範囲が一段と広くなるものと解すべき根拠はない。

また、選挙に関する事項について、裁判所は、立法府がその裁量権を逸脱しその立法的措置が著しく不合理であることが明白である場合に限つて違憲としうるとの被告の前記主張は、裁判所の違憲審査権に関するいわゆる明白の原則として論ぜられるところであるが、右原則は、(イ)法律に表明された主権者たる国民の意思には、憲法との矛盾がきわめて明白でない限り反対すべきではないとの民主政の理論、および、(ロ)裁判所は、事実上立法となるような憲法解釈を行なつて国会の権能を侵害すべきではない、との権力分立理論にその根拠をおくと解されるところ、当裁判所も、右明白の原則の根拠となる考え方は十分尊重に値いし、違憲性判断の対象となる事項によつては右原則に従うべき場合も存するものと考える。しかしながら、およそ選挙権という民主政の根幹をなす重要な基本権について、立法府の広汎な裁量的判断を尊重すべきことを強調する結果、司法審査の及ぶ範囲を前記主張のように極めて限定的に解するに至るならば、選挙権の行使を不当に制約する疑いのある立法がなされた場合に、その復元について選挙に訴えることそのものが制約され、民主政の過程にこれを期待すること自体不可能とならざるを得ないのであるから、かかる場合、被告の主張するような司法の自己制限の立場を採ることは、かえつて、憲法の基本原理たる民主政の基礎をおびやかすことにもなるのであつて、憲法の基本原理を実質的に維持する見地からみて相当ではないといわなければならない。したがつて、本件のような選挙権そのものの実質的侵害が問題とされている事案においては、被告主張の明白の原則は採用しがたい。そして、所論引用の(1)の大法廷判決は、参議院地方選出議員の各選挙区に対する議員数の配分について、「選挙人の選挙権の享有に極端な不平等を生じさせるような場合は格別、各選挙区に如可なる割合で議員数を配分するかは、立法府である国会の権限に属する立法政策の問題であつて、議員数の配分が選挙人の人口に比例していないという一事だけで、憲法一四条一項に反し無効であると断ずることはできない。」と判示するにすぎず、もとより、選挙手続に関し立法府である国会の裁量が及ぶことおよび裁判所がその裁量的判断を尊重すべきことは、当裁判所もこれを否定するものではないけれども、右判示から、同判決が被告のいう明白の原則を前提とするとは断じ難い。

さらに、(2)の大法廷判決は、いわゆる明白の原則を採るが、小売市場の開設経営を知事の許可にかからしめる「個人の経済活動に対する法的規制措置」に関し判示したもので、本件のような選挙権に関する事件とは事案を異にする。畢寛、被告の主張は、右両判決の判例として有する意義を正解するものといい難く、右両判決は、いずれも本件に適切な先例となすことはできないものである。

第四在宅投票制度廃止の合理的理由の存否

そこで、進んで、前記在宅投票制度が廃止されたことについて、これをやむを得ないとする合理的理由の有無につき判断を加えることとするが、右の合理的理由の有無は、前述のとおり国民主権の下での国民の基本的権利としての選挙権のもつ重要性を十分に考慮しつつ、主として立法の目的ないし必要性、右目的を達成する手段の両面から検討すべきであると考える。

一  まず、被告は、在宅投票制度は家庭で投票の記載が行なわれるため、投票の秘密を期し難いと主張する。確かに、投票所における投票に比し在宅投票が投票の秘密保持の点で劣る面のあることは認められるが、さればといつて、在宅投票制度の下でもその方法により投票の秘密保持が不可能もしくは困難とまでは認められないのであつて、在宅投票制度が本質的に投票の秘密を侵すおそれのある制度であると断じ去るのは当を得ない。のみならず、憲法第一五条第四項前段が、すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならないと定め、投票の秘密を保障していることは明らかであるが、これは、もともと、選挙人が自由にその本心に基づいて投票できるようにするためであり、選挙権の行使を可能ならしめることの重要性を考えれば、その投票制度の下では投票の秘密保持が不可能もしくはこれに近いというような場合は格別、在宅投票制度において想定される程度の投票の秘密保持上の問題を理由として投票の秘密を守るため投票そのものを不可能あるいは著しく困難にすることは、本末転倒であつて許されないものと解すべきである。

二  つぎに、被告は、在宅投票制度が悪用され、選挙の自由公正を保し難い旨主張するので検討する。

昭和二六年四月の統一地方選挙において在宅投票制度が悪用され、違反による選挙ないし当選無効の事件が続出したことは、当事者間に争いがないところ、なお、<証拠省略>を総合すると、右統一地方選挙における悪用の実態の詳細につきつぎの事実が認められる。

(一)  在宅投票によつて投票した者の総数

選挙

本人

代理記載

合計

不在者投票総数に対する割合

知事

三九五、二六三

八二、一九四

四七七、四五七

五一、〇%

都道府県議会議員

五四五、七五八

一〇四、六四三

六五〇、四〇一

五一、二%

市区町村長

三五一、六三〇

六六、九四〇

四一八、五七〇

五七、一%

市区町村議会議員

六〇一、七六三

一一八、八二一

七二〇、五八四

五五、三%

(二)  選挙犯罪数

(イ) 買収        二二、五八八件(五〇、七七五人)

(ロ) 戸別訪問       二、一八四件( 二、八七九人)

(ハ) 詐偽投票、不正投票等 二、〇四五件( 二、二九三人)

<以下省略>

ちなみに、昭和三〇年四月の地方選挙(在宅投票制度廃止後のもの。)においては、

(イ) 買収は、     一八、三八一件(三〇、二五九人)

(ロ) 戸別訪問は、    二、二一四件( 三、二五九人)

(ハ) 詐偽投票、不正投票等は、三七五件(   五六四人)となつている。

(三)  選挙争訟数

総数 一、〇二四件(取下げ一〇〇件)

うち、

(イ) 不在者投票に関するもの 二四一件(二三、五%)

(ロ) 代理投票に関するもの  一〇六件(一〇、四%)

ちなみに、昭和二四年一月の衆議院議員選挙(前記郵便による投票の方法のみが採用されていた。)においては、

総数一六件、うち、不在者投票に関するもの三件

また、右昭和三〇年四月の地方選挙においては、

総数 四三五件

うち、

(イ) 不在者投票に関するものは、二〇件(四、六%)

(ロ) 代理投票に関するものは、 三一件(七、一%)

となつている。

(四)  悪用の具体的事例

(1) 昭和二六年九月四日の長野県選挙管理委員会裁決は、飯田市議会議員選挙における不在投票数一、二〇四票のうち、在宅投票八六一票、このうち、在宅投票の規定に違反した投票は、三一六票と認定し、いわゆる潜在無効投票の処理につき、各選挙人の得票数からかかる無効投票を控除した場合、最高位落選者すなわち次点者と同数またはそれ以下となる者は当選を失うとされていた当時の選挙法の解釈に従い(なお、本件改正と同時に、公職選挙法は、第二〇九条の二において、潜在無効投票があるときは、開票区ごとに各候補者の得票数に応じて按分して得た数をそれぞれ差し引いて、当該選挙における各候補者の有効投票を計算する旨改められている。)、当選者全員の当選を無効としたが、違反内容として、

選挙人が現在す右場所で記載したと称して、市の嘱託員、選挙運動員と推定される者、あるいは同居でない親族、知己等が、選挙人の疾病(白痴その他の精神異常者で、意思能力のない者を含む。)産褥、文盲、盲人、老衰あるいは旅行中等諸理由で、投票ができない事情にあることを知しつして、これを勝手に利用したこと、その方法は、あらかじめ市委員会から配付された投票所入場券を、当該選挙人若しくはその家族から入手しまたは医師、助産婦と共謀しあるいはこれらを偽つて、その証明書の発行を得、同居の親族をよそおつて投票用紙を請求し、一切の交付を受けてから、その者が自由勝手に記載したり、あるいは、本人やその家族を訪問、誘導して記載させたり、または他人に記載させこれを受取り、その者やさらに他人の手によつて、選挙管理委員長に提出するなどしたこと、また、代理記載することができない者であるにかかわらず、これを記載し且つ、その記載に当つてはその大部分が選挙人の現在する場所以外において行なわれ、さらにはなはだしいのは旅行中の者を疾病者にしたり、一八歳の未成年者を選挙人と偽り、これを疾病者として代理記載をしたことなどをあげている。

(2) 同年一〇月三〇日の埼玉県選挙管理委員会裁決は、大里郡花園村長、同村議会議員選挙における不在者投票数四四六票のうち、在宅投票三九六票につき、「その請求及び申立に当つては文書をもつて郵便又は同居の親族によりこれをすることになつているが、文書をもつてこれが行われているのは一名もなく、従つてこの一事をもつてしても右三百九十六票はその請求の手続に違法があり無効」と認め、当選者全員の当選を無効としたが、なお、右に加え、違法事由として、

請求の手続に違法のあるもの         一一〇票

送致の手続に違法のあるもの          五六票

投票の記載の手続に違法のあるもの      二三二票

不在者投票の事由に該当しないと認められるもの 九六票

医師等の証明書に瑕疵があると認められるもの 一三一票

をあげている。

(3) 同日ごろの栃木県選挙管理委員会裁決は、藤岡町長、同町議会議員選挙における在宅投票の規定に違反する投票は、一八三票と認め、選挙無効とし、違反内容として、

投票日の当日に投票所に行つて投票することができない事情のある選挙人につき、同人の投票所入場券を当該選挙人もしくはその家族から入手した選挙運動員が医師と共謀したり、あるいはその事由を偽つて証明書の発行を受け、はなはだしい場合は町選挙管理委員会において便宜印刷して配布した証明書用紙に勝手に病名を記入し、医師は単に捺印したにすぎないものや、すでに証明されたものに勝手に選挙人の氏名や病名等を書き加えたものを町選挙管理委員会に提出し、投票用紙および不在者投票用封筒の交付を受け、不在者投票を行なつたが、この大部分は各候補者の選挙事務所等において投票の記載が行なわれたことをあげている。

(4) 同年一一月一日、香川県選挙管理委員会は、高松市議会議員選挙につき、選挙無効の裁決をなしたが、その理由として、

在宅投票の処理にあたつた選挙管理委員会の担当者が不在者投票事務に慣れないまつたくの未経験者であつたため、その処理にあたり、(イ)在宅投票に関し不在者投票用封筒および投票用紙を同居の親族でない者に交付したもの約四三件、(ロ)在宅投票に関し同居の親族でない者より提出された不在者投票封筒を受理したもの約五〇件、(ハ)公職選挙法所定の指定病院でない病院を指定病院と誤認して患者の不在者投票に関し一括交付または受理をしたもの約一一件等の過失をおかして約六五票の無効投票を生ぜしめたこと、不在者投票のすりかえ、不在者投票送致手続を怠慢したためこれを焼却したことなどの不正行為があつたこと

などをあげている。

(5) 昭和二七年二月一三日の広島県選挙管理委員会裁決は、広島市議会議員選挙における有効投票総数一三八、七三八票のうち、在宅投票の規定に違反した投票は、六三二票あると認定し、当選者全員の当選を無効としたが、違法事由として、

一  選挙人と全然意志の連絡がなく選挙人の知らない間に投票が行なわれたもの 四九票

二  選挙人の同居の親族もしくは選挙運動員と認められるもの、またはその他の者が、選挙人から一応投票の手続の依頼をうけたのではあるけれども、投票用紙等の請求より投票の提出までの一連の投票行為を選挙人の不知の間に行なつたもの 一六八票

三  投票用紙等の請求を、選挙人の同居の親族でない者が行なつたもの 二〇票

四  投票用紙等の請求および投票の提出を、選挙人の同居の親族でないものが行ない、且つ選挙人が文盲であるにもかかわらず他人が投票の記載をしたもの四五票

五  投票用紙等の請求および投票の提出を選挙人の同居の親族でないものが行なつたもの二〇九票

六  投票用紙等の請求を選挙人の同居の親族でないものが行ない、かつ選挙人が文盲であるにもかかわらず他人が投票の記載をしたもの七票

七  選挙人が文盲または盲目であるにもかかわらず他人が投票の記載をしたもの 八一票

八  投票用紙等の請求および投票の提出を、選挙人の同居の親族でないものが行ない、かつ選挙人の現在しない場所において他人が投票の記載をしたもの 八票

九  選挙人が文盲であるにもかかわらず他人が投票の記載をし、かつ選挙人の同居の親族でないものが投票の提出をしたもの 一票

一〇  投票の提出を選挙人の同居の親族でないものが行なつたもの 一六票

一一  選挙人の現在しない場所で他人が投票を記載したもの 二二票

一二  同一選挙人の投票が二重に行なわれたもの 三票

一三  法第四十九条第三号に掲げる事由に該当しないのに令第五十八条第一項の規定によつて投票したもの 三票などをあげている。

(6) その他、横須賀市議会議員選挙、鹿児島県、新潟県、岐阜県、愛知県および山形県下の各地方選挙、山形県熊毛郡勝間村議会議員選挙においても、同様の事例があつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、その正確な数字はこれを把握し難いが、相当程度在宅投票制度が悪用され、選挙違反および違反による当選あるいは選挙無効事件が多発したものと推察される。してみると、選挙は、自由公正に行なわれるべきであつて、当選あるいは選挙無効の結果を回避すべきことはいうまでもないから、少なくとも、右結果からは、当時なんらかの是正措置をとる必要があつたものと解され、改正法律がかかる弊害除去を目的としたこと自体はもとより正当であつたと評価しなければならない(事実、改正後の選挙犯罪、選挙争訟が減少したことは、前記認定のとおりである。)。

三 しかしながら、立法目的が正当であつても、上来説示のとおり国民主権の原理の下で国民の最も重要な基本的権利に属する公務員の選挙権については、普通平等選挙の原則から、一部の者の選挙権の行使を不可能あるいは著しく困難にするような選挙権の制約は、必要やむを得ないとする合理的理由のある場合に限るべきであり、この見地からすれば、右制約の程度も最小限度にとどめなければならない。そして在宅投票制度の廃止によりその選挙権の行使が不可能あるいは著しく困難となる者の存することは、上記のとおりであるから、弊害除去の目的のため在宅投票制度を廃止する場合に、右措置が合理性があると評価されるのは、右弊害除去という同じ立法目的を達成できるより制限的でない他の選びうる手段が存せずもしくはこれを利用できない場合に限られるものと解すべきであつて、被告において右のようなより制限的でない他の選びうる手段が存せずもしくはこれを利用できなかつたことを主張・立証しない限り、右制度を廃止した法律改正は、違憲の措置となることを免れないものというべきである。

四 しかるところ、前掲二(四)に認定した在宅投票制度の悪用の具体的事実に加え、<証拠省略>および鑑定人今村正和の鑑定結果を総合すると、在宅投票制度が悪用された主たる原因として、

(一)  公職選挙法が在宅投票制度を導入するに際して、地方自治法、同法施行令、衆議院議員選挙法および同法施行令に基づく郵便投票の方法に加え、同居の親族による投票用紙の請求、投票の提出をも認めたため、実際問題として同居の親族かどうかの認定が困難で、これが選挙ボスや運動員によつて悪用されたこと。

(二)  在宅投票用紙を請求することについて必要な医師等の証明書が診断書ではなく、罰則の制裁も伴わないものであつたため、濫発されたこと。

(三)  不在者投票に関する選挙管理委員会の管理に不適正なものが、しばしば見られたこと。

などが推認され、右(一)の原因が生ずる余地のなかつた郵便投票制度に関しては、この制度の下で行なわれた昭和二四年一月の衆議院議員選挙においてはもちろん、在宅投票制度が採用された以後である昭和二六年四月の統一地方選挙においても、郵便投票の方法それ自体が違反の生ずる主たる原因となつたと認めるに足りる確証はない(なお、郵便投票の方法により行なわれた昭和二四年一月の衆議院議員選挙における不在者投票に関する選挙争訟数は、前掲二(三)によると、三件にすぎない。)。

そうすると、前記の弊害は、少なくとも、郵便投票を含めた在宅投票制度全体から生じたとは断じ難いものであるから、在宅投票制度全体を廃止しなくとも上記弊害の是正という立法目的を達成する手段の存することが窺われ、したがつて、右弊害是正のためには、在宅投票制度全体を廃止するのではなく、そのうちの弊害のある部分のみの是正がまず考慮されるべきである。

五 ところでこの点についての国会の審議経過等について検討するに、本件法律改正の経緯の概略は、当事者間に争いがないところ、<証拠省略>によれば、さらに、その経緯につき、つぎの事実が認められる。

(一)  昭和二六年五月、衆議院に公職選挙法改正に関する調査特別委員会が設けられ、同委員会は、同年四月の統一地方選挙の実情に鑑み、公職選挙法の改正について審議検討するとともに、改正要綱の作成にあたらせるため、公職選挙法改正調査小委員会を設置した。

(二)  右調査特別委員会において、まず、各政党から改正意見がのべられたが、各派の不在者投票制度、代理投票制度に関する意見として、自由党からは、旅行その他のさしつかえのため投票所に行つて投票する以外の不在者投票の廃止の意見、民主党からは、代理投票および病気その他の理由によつて自分の家で氏名を書いて投票する方法の禁止の意見、社会党からは、不在者投票についてはできるだけ不正を防止したい旨および代理投票の禁止の意見が、それぞれ述べられた。

(三)  つづいて、同委員会は、全国選挙管理委員会、国家地方警察本部および法務府の関係者から、右統一地方選挙の実情ならびに改正意見を聴取したところ、これらの管理、取締当局からは、不在者投票制度や代理投票制度が悪用された例が多いことが指摘され、不在者投票制度の悪用の例として虚偽診断書の利用の方法が挙げられた。

(四)  さらに、同委員会は、過般の統一地方選挙の実情を調査し、あわせて各地の選挙管理委員会、地方議会、公安委員会および検察当局等と選挙法改正に関する意見の交換を行い、選挙法改正案の立案に資するため、委員を四班に分け全国各地に派遣し、派遣された委員において右各関係当局と意見の交換をし、その際提出された意見がまとめられ、公職選挙法改正に関する主要意見として同委員会に報告されたが、そのうち不在者投票制度に関しては、(1)病人等の在宅投票制度を廃止すること、(2)在宅投票制度は存置するけれども、その場合の代理投票は認めないこととすること、(3)医師等の不正証明に対する罰則を設けるか、または証明書の交付にかえ診断書を交付きせろこと、(4)不在者投票制度の全般について弊害是正の意味で再検討することなどの意見のあることが報告された。

(五)  昭和二六年一〇月八日の右調査特別委員会で前記小委員会の審議の中間報告がされ、その中で、いわゆる在宅投票は廃止し、不在者投票管理者が管理する一定の投票記載所においてする場合に限り認めることとする案が示され、これに対して一委員から一か所で多数の集団的投票不能者を出さない何かの規定の設置方の希望が出された。

(六)  一方、昭和二六年五月二二日、内閣総理大臣の諮問を受けた選挙制度調査会(会長牧野良三全国選挙管理委員長)の総会においても、各地の選挙管理委員会の関係者から意見聴取がなされ、「不在者投票の八〇%までが悪用された。病院のような投票管理者がいる一定の場所を不在投票所として設けることはさしつかえないが、家庭において病人であるからという理由のもとの不在者投票は、弊害をかもすおそれがあるので廃止する方がよい。」旨の意見(大阪府)、「不在投票は絶対に禁止願いたい。」旨の意見(横浜市)、「不在者投票の制度は急な病気等で出られないという人だけに限つて、その他の大部分の不在者投票は弊害が多いので廃止していただきたい。同居親族であることの認定は、実際問題として非常に困難があるので、同居親族による不在投票の手続については相当制限するように要望する。」旨の意見(静岡市)など、廃止を求める意見が表明された。

不在者投票および代理投票について検討した同第一委員会(宮沢俊義委員長)においては、一部の委員から制度の早急な廃止に疑念がのべられたけれども、結局、同調査会は、同年八月二八日、その議決にかかる衆議院議員選挙制度改正要綱の中で不在者投票に関して、「病人等の不在者投票は、都道府県の選挙管理委員会の指定する病院等においてする場合に限ること」と答申し、右要綱は、昭和二七年二月一三日の衆議院の公職選挙法改正に関する調査特別委員会に提出され、牧野政府委員(右調査会会長)から、右要綱作成経過の説明がされたが、その中で、右不在者投票の点に関しては、不在者投票が色々な面の便宜をはかるため親切に行なおうとする結果として却つて大きい弊害を来しているので、大所高所から何人も正しいと見る思い切つた方針を定めようというのが主な点である旨述べられている。

(七)  かようにして、衆議院の前記調査特別委員会は、昭和二七年六月四日、公職選挙法改正案要綱の第四項として、「疾病等のため歩行が著しく困難であるべきことを事由とする不在者投票(所謂在宅投票)は、これを廃止し、不在者投票管理者が管理する一定の投票記載所においてする場合に限り認めること(在宅投票の廃止に伴い医師の証明書制度は不用となる。又在宅投票の場合の代理投票も認められないこととなる。)」との小委員会協議案を可決した。その理由として、法制局担当者からつきのように説明されている。

「四は、不在者投票でありまして、不在投票は御承知の通り、この前の地方選挙におきまして、いわゆる在宅投票制度に対しましてこれを悪用せられました結果、その間に不正投票が行われたような現状でありまするので、この際これをやめまして、特別の投票管理者を置きまする病院等につきまして、この不在者投票制度を認めるということにいたしたのでありきす。従いまして従来の医師の証明書というようなこと、あるいは在宅投票でだれかが代理して投票する。こういう問題はなくなることになりまして不正が防止せられる、こう考えております。」

(八)  同年同月五日、衆議院本会議において、右協議案は公職選挙法の一部を改正する法律案として提出され、調査特別委員長から「不在者投票に伴う弊害を除去するため、いわゆる在宅投票を廃止することといたしました。」との提案趣旨説明がなされただけで、これについて討論なく、同日、右法律案は可決、参議院に付託された。

(九)  ついで、参議院においては、同年七月一四日開催された地方行政委員会で、前記委員長より、「不在者投票も医師の証明書があれば、診断書があれば、直ぐに代理の者が行つて投票できるというのが現行法でありますけれども、これは非常な弊害を伴いまして、相当に先般の地方選挙等においてもあるということを認めましたので、旅行等公務の証明によるいわゆる不在投票は認めますけれども、先般新たに設けられましたようないやしくも医師の診断書だけで不在投票ができる制度は廃止するのが適当だという意味からこれを廃止いたしました。」との改正案に関する提案説明があつたが、右の点について質疑討論がなされた形跡が窺われず、同月三〇日の本会議において、右改正案は修正可決され(修正は在宅投票以外の事項である。)、同日、衆議院本会議において、右修正案が可決された。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

このいききつに照らすと、当時の国会において、前記悪用の原因の第一としてあげた同居の親族の介入による弊害の是正方法について仔細に検討された形跡は見当らず、また、同第二の証明書濫発の点については、審議の過程でその指摘もなされており、この点は、郵便による投票の方法の下でも、対象者の範囲をなんらかの方法によつて確定する必要がある以上、その手段として医師等の証明書による場合、それが濫発されて、なお弊害の原因となりうることは想定されるけれども、右証明書濫発の点は、同居の親族の介入を認めた在宅投票制度においては、前掲悪用の実態をみるかぎり、右第一の原因と関連して発生した現象と解されるところ、右審議経過をみると、単に、第二の原因の存在が指摘されたにとどまり、この点について、右第一の原因との関連において検討がなされたものと見ることは困難であり、また、右第三の原因は、たといこれによつて弊害が生じたとしても、在宅投票制度廃止に連なる理由となし難いこと多言を要しないから、この点の検討がなされたか否かは、在宅投票制度全体を廃止した改正の当否の判定について大勢を左右するものでない。結局、国会において、在宅投票制度全体を廃止することなく上記弊害を除去する方法がとりえないか否かについて十分な検討がなされた形跡は見あたらないし、投票制度に伴う技術的問題を含む諸種の事情を検討して右方法がとりえないものであつたことを窺わせるような論議ないし資料が右審議過程に提出された形跡も見あたらない。

六 以上検討したところによれば、上記弊害の是正という立法目的を達成するために在宅投票制度全体を廃するのではなく、より制限的でない他の手段が利用できなかつたとの事情について、被告の主張・立証はないものというべきであるから、その余の点につき判断するまでもなく、右法律改正に基づき、原告のような身体障害者の投票を不可能あるいは著しく困難にした国会の立法措置は、前記立法目的達成の手段としてその裁量の限度をこえ、これをやむを得ないとする合理的理由を欠くものであつて、国民主権の原理の表現としての公務員の選定罷免権および選挙権の保障ならびに平等原則に背き、憲法第一五条第一項、第三項、第四四条、第一四条第一項に違反するものといわなければならない。

(原告は、国会の右法律改正のほか、在宅投票制度を復活しないことによる違憲をも主張するが叙上のとおり右法律改正・施行そのものによつてすでに原告の選挙権行使が侵害されたというべきであるから、右主張については判断を要しない。)

第五国会の過失

国会の立法行為も国家賠償法第一条第一項の適用を受け、同条項にいう「公務員の故意、過失」は、合議制機関の行為の場合、必ずしも、国会を構成する個々の国会議員の故意、過失を問題にする必要はなく、国会議員の統一的意思活動たる国会自体の故意、過失を論ずるをもつて足りるものと解すべきである。本件において、国会が法律改正によつて違憲の結果を生ずることを認識していたことを認めるに足りる証拠はない。しかし、国会は国権の最高機関として立法を行ない、そのため、両議院に国政調査権が与えられ(憲法第六二条)、その組織、機構等において他の立法機関に類をみない程度に完備していることは公知の事実であるから、立法をなすにあたつては違憲という重大な結果を生じないよう慎重に審議、検討すべき高度の注意義務を負うところ、本件法律改正の審議経過は右にみたとおりであり、かかる違憲の法律改正を行なつたことは、その公権力行使にあたり、右注意義務に違背する過失があつたものと解するのが相当である。

第六消滅時効

被告は、原告の損害賠償請求権は本件改正法律が制定施行された日から三年の期間経過とともに時効により消滅したと主張し、原告は、これを争うので、以下これにつき判断する。

一  <証拠省略>によると、原告は、本件法律改正により在宅投票制度が廃止されてまもなく、右措置を違法でないかと疑い、忿懣を感じ、新聞、身体障害者団体の機関紙に投稿するなどして在宅投票制度の復活を要望したりしていたが、昭和四二年ごろ、身体障害者団体その他の諸団体の支援をえて、国会に対する請願運動を展開したこと、そして、右請願が効を奏しなかつたため、昭和四五年一二月ごろ、国会の資料を取り寄せ、あるいは法律専門家に相談したところ、翌昭和四六年一月ごろ、本件訴訟を提起できるものと確信するに至つたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  ところで、国家賠償法第一条第一項に基づく損害賠償請求権は、民法第七二四条により、被害者が「損害」を知つた時から消滅時効が進行するが、およそ法律が憲法に違反するかどうかは極めて微妙な問題を含み、高度の法律的判断を要することを考慮したうえ、前記認定事実に照らせば、原告が民法第七二四条にいう「損害」を知つたのは、昭和四六年一月ごろと解するのが相当である。そして、本件訴えが右時点から三年に満たない昭和四六年六月二四日に提起されたことは、記録により明らかであるから、その余の点につき判断するまでもなく、未だ原告の損害賠償請求権は、時効により消滅していないものである。

第七原告の精神的損害

以上によれば、被告は、原告に対し、本件法律改正によつて生じた損害を賠償しなければならないところ、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件法律改正がなされた当時、右立法行為により、以後自己の選挙権行使がすべて不可能あるいは著しく困難ならしめられたことに対し少なからぬ精神的苦痛を受けたことが認められる。そこで、被告の賠償すべき慰籍料額について検討するに、原告が本件法律改正が行なわれた当時外出するには車椅子を使用するほかなかつたこと、そのため、天候あるいは冬期の積雪に左右されて戦後四回位投票をしたにすぎず、その後病状が悪化し昭和二八年ごろから車椅子に乗ることすらできない状態になり、投票所へ赴くことはまつたく不可能となつたこと(以上の事実は、前記認定のとおり。)、そして、これ以後少なくとも八回以上の衆参両議院議員選挙あるいは地方選挙が行なわれたこと、ところが、第七二回国会において、内閣から提出された公職選挙法の一部を改正する法建案が可決され、同法律(昭和四九年法律第七二号)は、昭和四九年六月三日公布されたこと(これらの事実は、当事者間に争いがない。)、そして、同改正法は、第四九条に第二項として「選挙人で身体に重度の障害があるもの(身体障害者福祉法(昭和二十四年法律第二百八十三号)第四条に規定する身体障害者又は戦傷病者特別援護法(昭和三十八年法律第百六十八号)第二条第一項に規定する戦傷病者であるもので政令で定めるものをいう。)の投票については、前項の規定によるほか、政令で定めるところにより、……、その現在する場所において投票用紙に投票の記載をし、これを郵送する方法により行わせることができる。」との条項を加え、右条項の規定は、公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日から施行されることになつているから、同法律の施行により、原告は、以後の選挙において投票が可能となるであろうこと、以上の各事実その他本件にあらわれた諸般の事情を総合すると、右慰籍料額は、金一〇万円と認めるのが相当である(原告は、右慰籍料額の算定方法として、選挙の度毎に損害が生じた旨主張するが、前記のとおり本件法律改正・施行そのものによつて、すでに将来にわたつて原告の選挙権の行使が侵害されたというべきであるから、その慰籍料額の算定は、それ以後行なわれた選挙の回数等を含め前記認定の諸事情を斟酌したうえ、右侵害時を基準時として、これを包括的になせば足りるものである。)。

そうすると、被告は、原告に対し、金一〇万円およびこれに対する本件法律改正・施行の後である昭和四六年六月二七日から右支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

第八結論

よつて、原告の本訴請求は、右金員の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、なお、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用し、仮執要宣言の申立ては、不相当であるからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋正之 岡崎彰夫 長野益三)

在宅投票制度に関する衆議院議員選挙法、同法施行令、公職選挙法、同法施行令の関係規定の対照表<省略>

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