札幌地方裁判所岩見沢支部 平成14年(ワ)54号 判決 2005年4月07日
原告
X
訴訟代理人弁護士
田中宏
上記訴訟復代理人弁護士
渡辺宙
訴訟代理人弁護士
山本隆行
被告
月形町
代表者町長
櫻庭誠二
訴訟代理人弁護士
佐々木泉顕
同
古山忠
同
中原猛
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第3 当裁判所の判断
1 本件の背景事情
前記第2の1のほか、関係各証拠及び弁論の全趣旨に照らせば、本件紛争の背景として以下の事実が認定できる。
(1) 本件農地の引受先としてAを選定した際の紛議
本件農地については、平成7年中から、Bがその処分先のあっせんを希望していた。被告農業委員会では、当時の会長である原告の指示を受けて、地区委員のCが売買のあっせんに当たった結果、農協理事でもあったDに本件農地を売り渡す話がまとまり、価格も1650万円で合意していた。にもかかわらず、原告は、Cにも知らせないまま、Aを本件農地の将来の買受人として手続を進めたが、これは異例なことであった。Dは憤慨し、被告農業委員会に対し、上記の経緯を問題とする平成8年4月2日付け意見書を提出した(同月3日受理)。被告農業委員会では、Dと面接するなどして対応したものの、結局、Aを将来の買受人とする方針は変更されなかった。この後、原告は農業委員会会長に再選されなかった(〔証拠略〕)。
(2) 農協の確約書の不存在
北海道の農業経営基盤強化促進事業においては、市町村のほか、農協も、開発公社に対し、農地等について善良な管理に当たること、農地等を公社が算定した価格で所定の期日までに農業者等に売り渡す措置を講じること、農地等の売渡しが困難になった場合には責任をもって処理すること等を確約した書面(以下「確約書」という。)を差し入れるのが通例であった。これは、事業参加者の資金面を保障するに留まらず、開発公社に危険を負担させないよう事実上の担保責任を負う内容である。
平成8年当時、全道の農地保有合理化事業において、ほぼすべての場合に農協の確約書が存在しており(農協の確約書が存在しない事例は1件しかなく、その事例においては金融機関による資金の確約書が存在した。)、市町村は農協との間で、農協のみが担保責任を負うとの裏確約を締結していたことから、市町村が実際に担保責任を追及されることは想定されていなかった(〔証拠略〕)。
本件において、被告は確約書を差し入れているが、Aは農協組合員でないため、農協の確約書は存在しなかった。
(3) 原告に対する処分が浮上した経緯
農地保有合理化事業を活用するなどして農地の流動化を図り農業を活性化させることは、農業委員会に留まらず被告町政の重大な関心事であったが、本件農地問題に関する一連の状況は、被告町民の知るところとなり、毎年10月、11月に行われている町政懇談会において、奥山町長(当時)は、町民から本件農地問題について経過説明を求められた。さらに、その席上、Aが(土地を引き)取るべきだが、それができないのであれば経過の中で責任を負うべき人が土地の取得について責任を負うべきであるなどの意見を受けた(代表者奥山)。
平成13年12月13日、被告町議会の議員協議会において、当初、Dとの間で本件農地をあっせんする話になっていたのに、原告がAにあっせんすると決めた経緯が指摘された後、A以外に本件農地を購入させる場合、地元(住民)からの声が問題になってくるから、問題の原因を作った人間の処分を考える必要があるとの提案がなされた。議員協議会を含め被告町議会において、本件農地問題に関して、関係者の処分に関する提案がなされたのは証拠上これが初めてであると認められる(〔証拠略〕)。
同月14日の同議員協議会において、原告が農協の確約書がないにもかかわらずAに対するあっせんを強行したこと、原告が一旦は本件農地を購入すると言いながら発言を撤回した等として原告の責任が追及された。原告は責任はないと争ったが、町民から本件農地あっせん問題はどのように進行しているのか質問があったこと、処分すべき人間を処分した方が町民から不満は出ないと考えられること、本件農地のあっせん問題について市民オンブズマンに指摘される可能性があること等、予想される町民の反応に関する指摘があり、原告に対して辞職勧告決議を行う方向性が確認された(〔証拠略〕)。
被告町議会の正副議長は、同月17日、原告に対し、辞職勧告決議の動きがあることを伝えた上で、各種役員を辞し、議員協議会で謝罪するよう慫慂したが、原告はこれを拒絶した(〔証拠略〕)。
同月26日、被告町議会の全員協議会(原告は欠席)において、農業委員会において原告に対する辞職勧告決議が可決されたこと及びその提案理由等について説明があったほか、原告の言動として、農協の確約書がないにもかかわらずAに対するあっせんを強行したこと、農協の確約書がないのに手続を行った理由について説明内容の変遷が著しく、発言に対する責任が感じられないことが指摘された他、本件農地あっせん問題については住民が非常に興味を持っているので責任追及等を徹底的にやらないと町民が納得しないと考えられること等、予想される町民の反応に関する指摘があった。その結果、次期開催予定の被告町議会において本件決議案を提出することが提案されたが、反対意見は出なかった(〔証拠略〕)。
平成14年1月9日、奥山は、原告に対し、議員協議会で陳謝して問題を収拾するよう助言したが、原告はこれを拒否した(〔証拠略〕)。
2 本件決議の理由(争点1、2共通)
本件決議が、原告の議員としての活動に対してなされたか否か判断するためには、本件決議がいかなる理由、背景事情でなされたか認定する必要がある(この問題は後に詳しく検討する、本件決議が摘示し、前提としている事実は何かという問題とも関連性を有する。)。
被告は、本件決議の理由ないし前提事実には、原告の被告町議会における議員定数削減に関して議会の内外で矛盾する言動をしたことや、農地管理の方法に不適切な点があったことも含まれる旨を主張し、代表者奥山や証人Eも同旨の供述をする。
しかし、本件決議前の議員協議会において上記諸点が議論された形跡は議事録に見当たらない。前記認定のとおり、原告に対する処分を行う話が出始めたのは、Aが本件農地の不買を表明して、これに対する対応を巡る問題で被告の農業委員会や議会が紛糾した後であること、そこで問題とされている原告の言動も専ら本件農地問題に関するものであり、当時、原告に本件農地問題についての社会的・道義的責任があるか否かを巡り、原告と被告町議会との間に鋭い対立があったこと、原告が社会的・道義的責任を認めて謝罪すれば、辞職勧告決議は回避されるとの慫慂・助言もなされていたことが認められる。
そして、本件決議の提案理由の文理を検討しても、冒頭に「農地保有合理化事業に関わる一連の問題に関して」原告に対し被告農業委員会の辞職勧告決議がなされたことを指摘しており、さらに「この問題については」と受けた上で、原告を非難する内容を述べていることが認められ、被告が主張するような本件農地問題以外の事実を示す表現は見当たらない。
以上によれば、本件決議は、その提案理由の文理どおり、本件農地問題に関する原告の言動のみを理由として行われたとみるのが相当である。
被告の主張は、採用できない。
3 法律上の争訟性の有無(争点1)
以上を前提として、本件決議が内部的な自律権の範囲内であるといえるかどうか検討する。
たしかに、本件決議が、本件農地問題に関する原告の言動のみを理由として行われたとしても、本件決議の提案理由中には、原告の言動が原因で被告町議会が混乱したことなど原告の議員活動に関すると思料される表現が含まれているほか、農地保有合理化事業は、事業主体が被告であり、町の農業政策として執り行っているものであること、町財政状況や農業情勢が厳しい中、同事業が不成立となって公費支出を余儀なくされることになれば、議会及び町民にとっても重大な問題であったこと、このため本件農地問題について被告町議会が早い段階から関与していたことが認められる。したがって、この問題に対する原告の対応ぶりや言動は、農業委員としてのものであると同時に町議会議員としても問題になる要素があり、被告町議会が、町議会議員としての原告に議会の自律権の行使として本件決議をしたとみる余地が全くないわけではない。
しかし、本件決議は法律に基づく懲罰権の行使としてなされたものではなく、本件決議の前提事実の多くは、第一義的には、農地保有合理化事業に関る問題に関する原告の農業委員としての言動を主な対象とするものである。前記事情を考慮しても、農業委員としての活動と議員としての活動を安易に同一視することは本末転倒といわざるを得ない。加えて、原告は、本件決議の効力そのものを問題にしているのではなく、それによって名誉という私法上の権利が侵害されたことを理由に損害賠償を請求しているのである。そうすると、本件決議は純然たる内部規律の問題ではなく、一般市民法秩序に関する問題といえるから、本件国家賠償請求は、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たり、本件決議が違法であるか否かについて裁判所の審判権が及ぶものと解すべきである。
被告の主張は理由がない。
4 名誉毀損性の有無(争点2)
原告は、本件決議が、名誉を毀損する事実を摘示したと主張するが、被告は、本件決議が単なる評価、論評であるとして争うので、この点につき判断する。
(1) 事実を摘示しての名誉毀損とある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損との区別の方法
事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実を真実と信じるについて相当の理由があれば、その故意又は過失が否定される(最高裁昭和41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁、同昭和58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁)。一方、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くものというべきであり、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実を真実と信じるについて相当の理由があれば、その故意又は過失が否定される(最高裁平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁、同平成9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁)。
上記のとおり、問題とされている表現が、事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかによって、名誉毀損に係る不法行為責任の成否に関する要件が異なるため、当該表現がいずれの範疇に属するかを判別することが必要となるが、当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは、当該表現は、上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当であり(前記第三小法廷判決参照)、上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議などは意見ないし論評の表明に属するというべきである(最高裁平成16年7月15日第一小法廷判決・民集58巻5号)。
(2) 本件決議は論評であるが、事実の摘示もあること
そこで、本件決議がどちらであるか検討するに、本件決議は、結論として、「月形町議会は議員X君に対し深い反省を求め、社会的・道義的責任を追及し、自ら議員の職を辞することを強く求めるものである」としており、原告が反省すべきであること、社会的・道義的責任があること、原告が被告町議会議員を辞職すべきであることを表明していると認められる。
これらが、証拠によってその存否を決することができない価値判断の問題であることは明らかであるから、本件決議は、全体として原告に対する意見ないし論評を表明したものとみるのが相当である。
しかしながら、本件決議の提案理由中には、単なる論評にとどまらず、事実を摘示していると思われる部分もあり、論評と事実の摘示が入り交じり、多層的な構造となっていると認められる。
そこで、本件決議の提案理由に沿って、その論理構造を分折し、論評とその前提事実とに分けると以下のとおりである。
「X君は、議会議員・農業委員の職責にありながら、農地保有合理化事業に関わる一連の問題に関して、去る平成13年12月25日付月形町農業委員会総会において、X委員に対し農業委員辞職勧告決議が可決されたことは周知のとおりであります。」との部分が事実を摘示するものであることは明らかであり、これは本件決議の明示された前提事実の一つと認められる。
次に、「この問題については、町・議会においても幾度となく審議されるが、当事者である議員X君は、多くの疑惑・真相の偽り等、議会を著しく混乱させたことは極めて重大な背信的行為であり」との部分は、原告が様々な疑惑を抱かせ、あるいは真相を偽る言動を行った結果、議会が著しく混乱したという事実を摘示するとともに、それを前提として、「重大な背信的行為」という論評を加えたものと理解することができ、その全体が本件決議の明示された前提事実の一つと認められる。さらに、「多くの疑惑」、「真相の偽り」という表現は、それ自体が価値判断を示しており、論評的要素を有している上、抽象的で曖昧であるから、さらにえん曲又は黙示的に前提となっている事実を検討するべきである。本件決議の提案理由の文脈(農業委員会の決議を引用していること)及び本件決議がなされた経緯に加え、本件問題に関しては、被告町民の関心が高く、前記認定事実(第2の1、第3の1、2)で指摘した事情が広く知られていたと推定されることを考慮すると、前記表現は、本件農地問題につき、A以外にも本件農地の引受先があり、Aには農協の確約書がなく、Aが強く希望していたわけでもないのに(義理買い)、原告は、Aに対する本件農地のあっせんを強行した点で原告に社会的・道義的責任があり、一旦は自ら本件農地を購入して責任を取ると言いながら、後に発言を撤回するなど上記責任を回避しようとしたなどの疑惑があり、かつ、これらにつき真相と異なる言動をしたため、町議会が混乱した旨の事実をえん曲または黙示的に摘示し、これを論評の前提としていると理解することができる。
最後に、「町民に議会不信を抱かせ、また、議会の品位をはなはだ傷付けたことは、誠に遺憾であります。」との部分は、原告の言動が町民に議会不信を抱かせたという事実を摘示するとともに、それを前提として、「議会の品位をはなはだ傷つける行為であった」、「誠に遺憾である」との評価若しくは論評を加えたものと理解することができるが、この部分も本件決議の明示された前提事実となっていると認められる。
以上によれば、本件決議は、その結論として摘示された論評部分はもちろん、その明示的ないし黙示的に前提となっている事実、論評が、原告個人の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるもの、すなわち名誉を毀損するものであることが明らかである。
これに対し、被告はるる述べて名誉毀損性を否定するが、いずれも独自の見解といわざるを得ず、失当である。
5 公正な論評による免責の成否(争点3)
前記のとおり、本件決議は、幾つかの事実を前提として、原告を論評したものと認められるので、以下、公正な論評の法理に沿って、本件決議の免責要件を検討する。
(1) 公共の利害性、公益目的
本件決議は、町議会議員又は農業委員としての原告、すなわち公職者の言動に対する意見ないし論評であるから、その内容は公共の利害に関わるものである。
そして、本件決議は、上記問題に関して、原告の社会的・道義的責任を追及するものであるから、その目的に公益性があるといえる。
(2) 各前提事実の真実性
そこで、次に、本件決議が摘示し、意見ないし論評の前提とした事実が重要な部分について真実であることの証明があったといえるか否か、真実であることの証明があったといえなくても真実と信じるにつき相当な理由があったといえるか否かについて順次、検討する。
ア 原告は、議会議員・農業委員の職責にありながら、本件農地問題に関して、平成13年12月25日付月形町農業委員会総会において原告に対し農業委員辞職勧告決議が可決されたこと
この事実については当事者間に争いがなく、真実であることは明らかである。
イ 原告が多くの疑惑を抱かせ、あるいは真相を偽る言動を行ったこと
(ア) A以外に本件農地を買い受ける意思を有するものがあったのに、原告がAに対して本件農地をあっせんをしたこと
この点については、前記1(1)で認定したとおり、真実であると認められる。これは、原告に本件農地問題についての社会的・道義的責任があるという疑惑を抱かせるに足る事実である。
(イ) 本件農地をAにあっせんする際に農協の確約書が存在しなかったのに、原告がAに対する本件農地あっせんを強行したこと
農協の確約書が存在しなかった点については、前記1(2)で認定したとおりであり、この結果、Aの翻意により被告のみが開発公社から担保責任を追及される事態に至ったものである。原告は、平成8年当時、農業委員会会長を勤めて9年目で農地保有合理化事業に精通しており、上記確約書の重要性を十分認識していたにもかかわらず、上記確約書がないことを指摘した当時の農業委員会の事務局長に対し、「つべこべ言わずに公社に書類申請すれ。」と原告が指示し、農地売買の申請をすることになったものと認められる(〔証拠略〕)。
この点につき、原告は、本人尋問において、事務局長から農協の確約書がないことを指摘されたにもかかわらず、農地売買の申請を命じたことは認めつつも、自分は手続に習熟していないから、基本的には事務局に任せるというスタンスであった、Aに対する農地あっせんについて農協の確約書が存在しないことは知っていたが、Aは自己資金で購入するから農協の確約書は必要ないという考えがあり、仮に書類に不備があれば開発公社から指摘があるから取り敢えず申請すればよいと考えた等と、農協確約書不存在の意味を理解していなかったかのように供述するが、原告の多年にわたる農業委員としての経歴・経験に照らし、不自然である。加えて、Aは、平成13年9月9日、原告から農協の確約がつかないとまずいので農協の組合員になるよう勧められたが、そこまでしてこの事業に乗るつもりはなかったので断った旨、Eに対して述べたこと(〔証拠略〕)に照らすと、原告の供述は到底信用することができない。
そうすると、農協確約書が存在しないこと、それが問題であることを知りながら、原告が手続を進めるよう主導したことは、真実であると認められ、これが本件農地問題に占める重要性にかんがみると、かかる原告に大きな社会的・道義的責任があるとの疑惑を抱かせるに足る事実である。
ところが、原告は、農協の確約書がないのに申請を行った理由について、「私は事務の方は見ないし、局長に任せる。書類については事務局がマニュアル通りに提出していると信じている。自分は、書類をいちいちチェックする訳ではないし、事務局には、間違いないようにやれ、わからないことは聞いてやれと常に言っていた。」(〔証拠略〕)、「確約書がないことが書類の)不備だったかどうかということについては、私は今更言われても判らないし、私は不備だとは思っていません。…受けるのは公社です。」(〔証拠略〕)「(確約書がない)書類は向こう(開発公社)で受けた」(〔証拠略〕)などと農業委員会や議員協議会において説明し、農協の確約書がないまま手続が進んだのは、事務局や開発公社の責任であるかのような発言をしていたと認められる。
このような説明をしたことは、本件農地問題の責任に関する重要な事情について、真相を偽った言動と評価されてもやむを得ないものである。
(ウ) Aが本件農地の購入を強く希望していたわけではないのに、原告がAに購入させることにしたこと(いわゆる義理買い問題)
原告は、Aが本件農地を買わなくなったのは、被告農業委員会の資金調査方法に問題があったためであると主張している。
しかし、前記認定事実及び関係各証拠(〔証拠略〕)によれば、
<1> Eは、地区委員を通じて、平成8年ころから、Aが近隣農家に対し、5年後に買う意思はない旨発言しているという話を聞いて危惧の念を抱いていたこと、
<2> Aは本件農地を借り受けている間、休耕しており、その間に畦畔もなくなり、用水路も壊れてしまったこと、
<3> Aが本件農地を購入するため、資金を具体的に準備していたことを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、その具体的準備状況を調査されたことを契機に不買を表明していること、
<4> Aは平成13年7月に本件農地を購入しないと表明したが、その理由とするところは、前記資金準備状況調査への反発のほか、妻の病気、家族の反対、農業委員会の態度等であり、被告関係者が納得するような理由を示すことはなかったこと、
<5> Aは、同年8月16日、原告ほか多数の被告関係者の面前で、「本件農地のあっせんの際、原告から、5年後に無理に買わなくてもいいと言われた」、「原告にお願いされ、義理で買うことにした」等と発言したこと(後日、奥山もAから同旨の発言を聞いている。)、その発言に対して原告が特段反論しなかったこと(反論したとの原告本人供述は信用できない。)、
<6> 原告は、農業委員会及び議員協議会において、5年後に無理に買わなくてもいいとは言っていないが、大病若しくは死亡したときには買い取る必要はない旨Aに言ったことを認めていること、
<7> Aは、Eに対し、農協の組合員になってまで本件農地を買うつもりはなかった旨発言していること、等の事実を認めることができるが、これらの各事実は、いずれも、Aが進んで本件農地を購入するつもりがなかったことを推認させる事情といわざるを得ない。
以上によれば、Aが本件農地の購入を強く希望していたわけではなかったのに、原告がAに本件農地をあっせんしたことは真実であると認められる。これもまた、原告に本件農地問題についての社会的・道義的責任があるという疑惑を抱かせるに足る事実である。
(エ) 原告が一旦は本件農地を購入すると言いながら後に撤回したこと
Fは、証人尋問において、平成13年10月中旬ころ、自分と原告、被告町議会の正副議長らがAに説得に行ったが、同人の意思は変化しなかった、その後、これ以上の説得は無理であると判断し、自分、原告及びG元参事らで調整した結果、原告が引き取るという話が出た、自分は、年齢等から原告が農地保有合理化推進事業を利用することができないと考えて、原告に1800万円の金を用意できるのかと質問したが、原告は大丈夫だと回答したため、原告が購入するのであればそれでよいと考えて、農業委員会会長のEに話を引き継いだ、などと証言しているところである(〔証拠略〕)。
さらに、関係各証拠(〔証拠略〕)によれば、平成13年10月下旬ころ、開発公社において、原告が本件農地を購入することを前提に、原告が農地保有合理化推進事業の枠内では取扱いができないことから生じる諸問題に関する検討が始まり、同月24日の農業委員会で原告が購入することになったことが報告された際にも、出席した原告は異議を述べていなかったこと(〔証拠略〕)、同年11月22日には、開発公社から正式に、原告に売り渡す旨の意思表示があったこと(〔証拠略〕)、原告が同年12月14日の議員協議会において、本件農地を購入するのか追及された際、「延滞金の年14%は夢にも想像していなかった。延滞金がつくとは6日まで聞いていなかった。」、「払うと不正を認めたことになるので払いません。」等と、当初本件農地を購入する予定だったが、錯誤があったこと、誤解されるおそれがあることを考えて取りやめた趣旨の弁解をしていること(〔証拠略〕)等の各事実が認められ、前記F証言等と符合している。
これらを総合すれば、原告は平成13年10月ころ、本件農地問題の責任を取るため、いったん本件農地の購入を表明したと認められる。
これに対し、原告は、本人尋問において「自分は農地保有合理化事業の認定農業者でなく、本件農地を購入することができないのであるから、自分が本件農地を購入するなどと発言するはずはなく、冗談でもそのような発言をしたことはない。」と供述する(〔証拠略〕)が、農地保有合理化事業の認定農業者でなくても、本件農地を購入することは可能である(代表者奥山)上、その供述内容は、上記の議員協議会における発言とも矛盾するものであり、到底信用できない。
そして、原告が、平成13年12月の被告農業委員会及び被告町議会議員協議会において、本件農地を購入しないと表明し、実際にも引き受けなかったことは当事者間に争いがないから、原告が一旦は本件農地を購入すると言いながら発言を撤回したことは、真実であると認められる。これは、原告が本件農地問題について負うべき社会的・道義的責任を回避しようとしたとの疑惑を抱かせるに足る事実である。
(オ) まとめ
以上を総合すれば、原告が本件農地問題に関し、社会的・道義的責任があり、かつ、これを回避しようとしたとの疑惑があったこと、また、これらに関し、真相を偽る言動があったことは真実であると認められる。
ウ 議会が混乱したこと
関係各証拠(〔証拠略〕)によれば、平成13年12月、少なくとも3回の議員協議会において、本件農地の売渡しをA以外にあっせんする方策や原告に対する責任追及等について、相当の時間を割いて議論されたこと、中でも、平成13年12月14日の議員協議会は、開発公社からの購入予定日が過ぎ、賃貸期間終了が11日後に迫っていた中で、原告が、本件農地を引き受けるつもりもないし、金銭的出捐もしない旨公式に表明したことで、各議員が、原告に対し、以前は責任を取ると言っていたではないか等と追及し、被告町議会が紛糾して、ついに原告に辞職を勧告する話に至っていることは、議事録から明らかである。
以上によれば、原告の言動が原因で議会が混乱したという事実は、真実であると認められる。
エ 町民が議会不信を抱いたこと
本件全証拠を検討しても、被告町民が、議会に不信を抱いたという事実を直接示す証拠は存しないから、これが真実であるとは認められない。
しかし、前記認定事実によると、被告においては農業が主要産業であり、農地保有合理化事業を活用するなどして農地の流動化を図り農業を活性化させることは、農業委員会に留まらず被告町政の重大な関心事であったこと、毎年10月、11月に行われている町政懇談会において、奥山町長(当時)は、町民から本件農地問題について経過説明を求められた上、Aが(土地を引き)取るべきだが、それができないのであれば経過の中で責任を負うべき人が土地の取得について責任を負うべきであるなどの意見を受けたこと、平成13年12月の議員協議会において、一部の議員から、同協議会において、町民から本件農地あっせん問題はどのように進行しているのか質問があったこと、本件農地のあっせん問題について市民オンブズマンに指摘される可能性があること、本件農地あっせん問題については住民が非常に興味を持っているので責任追及等を徹底的にやらないと町民が納得しないと考えられること等地域住民の反応に関する指摘があったこと、被告町議会は、結局、開発公社からの購入予定日を過ぎ、賃貸期間が終了する間際にEが本件農地を購入するまで、本件農地問題を解決することができなかったばかりか、責任があると疑われたAにも原告にも責任を取らせることはできなかったことが認められる。
以上を総合すれば、被告町議会が、本件農地問題に対する関心の高い被告町民に、議会不信を抱かせたかもしれないと危惧したことは相応の根拠があったというべきであり、かかる事実を真実と信じたことには相当な理由があったと認めることができる。
オ まとめ
そうすると、本件決議の論評の明示的又は黙示的に前提となっている事実は、いずれも真実であることの証明がなされたか、真実と信じるにつき相当な理由があるといえる。
(3) 論評としての逸脱の有無
そして、本件決議には、原告を揶揄・中傷するような表現も見当たらず、論評としての域を逸脱したものとは認められない。
(4) まとめ
以上の次第であるから、本件決議は、公正な論評として免責され、被告は、原告に対し、不法行為責任を負わない。
第4 結論
よって、原告の本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用について民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡部豪 裁判官 千賀卓郎 辻和義)