札幌地方裁判所岩見沢支部 平成19年(ワ)152号 判決 2008年9月26日
主文
1 被告らは、原告X1に対し、連帯して、1368万9958円及び内1346万6069円に対する平成19年10月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告X2に対し、連帯して、1232万8754円及び内1211万7303円に対する平成19年10月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告X3に対し、連帯して、109万円及びこれに対する平成17年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用はこれを5分し、その2を原告らの連帯負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
6 この判決は、第1項ないし第3項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告らは、原告X1に対し、連帯して、2347万9704円及びこれに対する平成19年10月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告X2に対し、連帯して、1632万3196円及びこれに対する平成19年10月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告X3に対し、連帯して、330万円及びこれに対する平成17年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、被告Y1(以下「被告Y1」という。)運転の自動車との事故により亡A(以下「亡A」という。)が死亡したことにつき、亡Aの両親であり相続人である原告X1(以下「原告X1」という。)及び原告X2(以下「原告X2」という。)並びに亡Aの妹である原告X3(以下「原告X3」という。)が、①被告Y1に対し、不法行為に基づき損害賠償を、②被告Y2(以下「被告Y2」という。)に対し、自動車損害賠償保障法3条の責任に基づき損害賠償を、それぞれ請求した事案である。
1 前提となる事実(いずれも当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 亡Aは、平成元年○月○日生まれの男性であり、平成17年5月1日当時は高等学校に在学していたが、後述のとおり、同年11月26日に死亡した。
原告X1は亡Aの父、原告X2は亡Aの母、原告X3は亡Aの妹である。
亡Aの相続についての相続分は、原告X1及び原告X2が各2分の1である。
イ 被告Y2は、登録番号<省略>の普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)の保有者である。
(2) 交通事故
概要以下のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ア 日時 平成17年5月1日午後6時40分ころ
イ 場所 北海道岩見沢市<以下省略>先道路
ウ 事故態様 被告Y1が、被告車両を運転して道路を走行させていたところ、前方左右を注視し、進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、安全確認を十分しないまま進行したため、当該道路を歩いて横断していた亡Aを被告車両右前部に衝突させた。
オ 事故結果 亡Aは、当該事故により脳挫傷、気管挫裂傷等の傷害を負い、その後入院していたが、上記気管挫裂傷に起因する気管内出血により、同年11月26日、死亡した。
(3) 原告X1及び原告X2が受領した金員
原告X1及び原告X2は、本件事故に関連して、以下のとおり金員の支払を受けた。
ア 平成18年2月21日 123万9297円
公立学校共済組合から(治療費として)
イ 平成18年2月21日 793万0904円
被告Y2から(損害賠償責任保険から)
ウ 平成19年10月25日 5824万6898円
原告X1が加入する損害保険(人身傷害補償特約)から
2 争点
(1) 損害額
〔原告らの主張〕
ア 本件事故により、亡Aは以下の損害を被った。
① 治療費 895万0374円
② 入院雑費 31万5000円
(1日当たり1500円×210日)
③ 装具費用・文書料 2万3177円
④ 家族の付添看護費用 136万5000円
(1日当たり6500円×210日)
⑤ 家族の通院交通費 9万4500円
(1月当たり1万3500円×7月)
⑥ 逸失利益 4462万8668円(後記キのとおり)
⑦ 傷害慰謝料 350万0000円
⑧ 死亡慰謝料 2200万0000円
小計 8087万6719円
この2分の1は4043万8359.5円であり、原告X1が4043万8360円(⑨)、原告X2が4043万8359円(⑩)を相続した。
イ 本件事故により、原告X1は、固有の損害として、以下の損害を被った。
⑪ 葬儀費用等 262万8827円
⑫ 墓碑建立費 313万6000円
⑬ 慰謝料 300万0000円
⑭ 小計 876万4827円
ウ 本件事故により、原告X2は、固有の損害として、それぞれ以下の損害を被った。
⑮ 慰謝料 300万0000円
エ 本件事故により、原告X3は、固有の損害として、それぞれ以下の損害を被った。
⑯ 慰謝料 300万0000円(後記クのとおり)
オ 原告らの被った損害のまとめ(弁護士費用を除く)
(a) 原告X1 4920万3187円(⑨+⑭)
(b) 原告X2 4343万8359円(⑩+⑮)
(c) 原告X3 300万0000円(⑯)
カ 弁護士費用
⑰ 原告X1 200万0000円
⑱ 原告X2 140万0000円
⑲ 原告X3 30万0000円
キ 亡Aの逸失利益について
基礎収入 672万9800円
賃金センサス・男子労働者企業規模計大学卒業者全年齢平均
生活費控除 50パーセント
就労可能年数 22歳から67歳までの45年(死亡時16歳)
亡Aは、本件事故当時高等学校在学中であったが、大学進学を希望していたことを考慮して、大学卒業を前提として逸失利益を算定する。
ク 原告X3の固有の慰謝料について
原告X3は、本件事故により、ただ1人の同胞である兄とともに成長する機会を失った。原告X3は知的障害者であり、将来は兄の保護の下に生活することが予想されていたところ、それはかなわなくなった。
原告X3と亡Aとの間には、父母、配偶者、子と同視すべき身分関係が存していた。
〔被告らの主張〕
ア 原告らの主張のうち、①(治療費)、③(装具費用・文書料)、⑤(家族の通院交通費)は認め、②(入院雑費)は23万1000円(1日当たり1100円)の限度で認め、その余は否認し、④(家族の付添看護費用)は84万円(1日当たり4000円)の限度で認め、その余は否認し、⑥(逸失利益)は3723万7078円の限度で認め(後記イ)、その余は否認し、⑦(傷害慰謝料)は211万円の限度で認め、その余は否認し、⑧(死亡慰謝料)は1500万円の限度で認め、その余は否認し、⑪ないし⑬、⑮及び⑯はいずれも否認し、⑰ないし⑲はいずれも知らない。
イ 亡Aの逸失利益について
基礎収入 451万9200円
賃金センサス・男子労働者北海道企業規模計学歴計全年齢平均
生活費控除 50パーセント
就労可能年数 18歳から67歳までの49年(死亡時16歳)
(2) 過失相殺の当否及び程度
〔被告らの主張〕
ア 本件事故当時、天候は曇りであり、日没頃で、やや薄暗い状態だった。
イ 本件事故は、亡Aが、大型バスとその後続車両が進行した後ろから車道を歩いて横断しているところ、被告車両と衝突したものである。
ウ 日没時の薄暗い天候において、大型バスや後続車両の後ろから車道を歩いて横断しようとする場合、歩行者にも、対向して進行してくる車両の有無を確認して横断すべき注意義務があったというべきである。
エ 上記の事情に照らせば、亡Aの過失により、損害額から20パーセントを相殺するのが相当である。
オ なお、後記原告らの主張イ及びウは否認ないし争う。
〔原告らの主張〕
ア 本件事故当時の天候等は認めるが、過失相殺の主張は争う。
イ 本件事故現場は住宅街である。
また、被告Y1には、前方左右の安全を確認せず、進路遠方を見ながら進行するという、著しい前方不注視の過失があった。
加えて、被告Y1が、本件事故の前に、被告車両を減速させたため、亡Aは、被告車両が亡Aの横断を待っていると理解して横断を続けたところ、被告Y1が、亡Aの横断を待たず、かえって被告車両を加速させて本件事故に至ったものである。
ウ 上記の事情に照らせば、過失相殺をするべきではない。
(3) 原告X1及び原告X2が受領した金員の扱い
〔被告らの主張〕
ア 前記「前提となる事実」(3)記載の各金員は、いずれも、亡Aの損害元本に充当ないし損害元本から控除すべきである。
イ 前記「前提となる事実」(3)ウ記載の金員は、人身傷害保険の保険金であるから、亡Aの損害額に対する保険金の割合に応じて、損害額から損益相殺及び過失相殺された後の残額に対し、上記保険の保険者による代位が生じ、原告X1及び原告X2の請求権は失われているというべきである。
〔原告X1及び原告X2の主張〕
ア 前記「前提となる事実」(3)記載の各金員は、亡Aについての相続分にしたがい、原告X1及び原告X2が2分の1ずつ取得した(ただし、1円未満の端数については、原告X1が取得した。)。
イ 前記「前提となる事実」(3)記載の各金員のうち、ア及びイ記載の各金員を、亡Aの損害元本に充当ないし損害元本から控除することは争わないが、ウ記載の金員については、原告X1及び原告X2の全損害額について受領日までに発生した遅延損害金から先に控除すべきである。
なお、ウ記載の金員の受領日である平成19年10月25日までに発生した遅延損害金は、原告X1につき598万5067円、原告X2につき519万3386円である。
ウ 前記「前提となる事実」(3)ウ記載の金員は、人身傷害保険の保険金であるところ、上記保険の保険者は、支払った保険金が亡Aの過失割合に対応する損害額を上回る額についてのみ、代位するというべきである。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(損害額)について
(1) 亡Aの損害
① 治療費 895万0374円(争いがない)
② 入院雑費 31万5000円
(弁論の全趣旨により、1日当たり1500円を相当と認め、その210日分である。)
③ 装具費用・文書料 2万3177円(争いがない)
④ 家族の付添看護費用 127万0500円
(家族の通院交通費を下記のとおり別途算定することに鑑み、弁論の全趣旨により、1日当たり6050円を相当と認め、その210日分である。)
⑤ 家族の通院交通費 9万4500円(争いがない)
⑥ 逸失利益 4462万8668円(後記(8)のとおり)
⑦ 傷害慰謝料 300万0000円
⑧ 死亡慰謝料 2000万0000円
小計 7828万2219円
この2分の1は3914万1109.5円であり、原告X1及び原告X2の主張に照らし、原告X1が3914万1110円(⑨)、原告X2が3914万1109円(⑩)を相続したものと認める。
(2) 原告X1の固有の損害
⑪ 葬儀費用等・墓碑建立費 200万0000円
(甲第3ないし第15号証〔枝番を含む。〕によって認められる原告X1が支出した費用のうち、上記金額が本件事故と相当因果関係のある損害であると認める。)
⑬ 慰謝料 100万0000円
⑭ 小計 300万0000円
(3) 原告X2の固有の損害
⑮ 慰謝料 100万0000円
(4) 原告X3の固有の損害
⑯ 慰謝料 100万0000円
(甲第33号証及び原告X1本人尋問の結果によって、原告X3と亡Aの関係はきわめて密接なものであったと認められるから、民法711条を類推すべきである。)
(5) 損害のまとめ(弁護士費用を除く。)
(a) 原告X1 4214万1110円(⑨+⑭)
(b) 原告X2 4014万1109円(⑩+⑮)
(c) 原告X3 100万0000円(⑯)
(6) 弁護士費用について
原告らが、本件訴訟の提起及び追行を弁護士である原告ら代理人に依頼したことは当裁判所に顕著であり、本件訴訟の内容、その提起及び追行の困難性並びに上記のとおり認定される原告らが被った損害額及び原告X1及び原告X2が既に支払いを受けた金員の額等に照らし、また、弁護士費用の算定にあたっては、これにより事故時から賠償金の支払時までの間に生じる中間利息を不当に利得することのないように算定すべきこと(最高裁判所昭和55年(オ)第1113号事件昭和58年9月6日判決・最高裁判所民事判例集37巻7号901頁参照)を考慮すれば、原告らが原告ら代理人に支払う報酬等のうち、本件事故と相当因果関係がある損害額としては、下記のとおり認めるのが相当である。
⑰ 原告X1 80万0000円
⑱ 原告X2 70万0000円
⑲ 原告X3 9万0000円
(7) 損害額(結論)
原告X1 4294万1110円((a)+⑰)
原告X2 4084万1109円((b)+⑱)
原告X3 109万0000円((c)+⑲)
(8) 亡Aの逸失利益について(補足)
本件の場合、亡Aの将来の進学の有無は不明であるから、本来、亡Aの基礎収入は平成17年賃金センサス男子企業規模計学歴計年齢計の年収(552万3000円)とし、生活費控除を50パーセント、労働能力喪失期間を18歳から67歳までの49年間(ライプニッツ係数16.480)として算定すべきところである(被告らは、基礎収入は北海道の賃金センサスによるべきと主張するが、亡Aの将来の就労地は予測不可能であり、これが北海道内である蓋然性が高いとまでいえないから、全国平均の値によるべきである。)。
しかしながら、このようにして算出される逸失利益の額は、4550万9520円であり、原告らが主張する逸失利益の額よりも高額であるから、原告らが主張する限度で逸失利益の額を認めるのが相当である。
2 争点(2)(過失相殺)について
(1) 当事者間に争いのない事実のほか、甲第17、第19、第20、第27号証、乙第1号証(ただし、司法警察員作成の平成17年5月1日付け実況見分調書並びにB及びCの司法警察員に対する各供述調書部分に限る。)によれば、本件事故の発生した状況について、大要以下のとおりであったと認められる。
ア 本件事故当時、天候は曇りであり、日没頃で、やや薄暗い状態だった。
本件事故現場の道路を走行する自動車の中には、前照灯を点灯しているものも点灯していないものもあった。
本件事故現場は、見通しのよい直線道路であり、横断歩道は設置されておらず、信号機によって交通整理がされた交差点でもない。
イ 被告Y1は、被告車両を運転して道路を進行していたが、対向車線を走行してきた路線バスとすれ違うころにいったん減速したものの、停止や徐行はせずにそのまま時速約40ないし約50キロメートル程度で被告車両を進行させた。
その際、被告Y1は、前方を注視していなかった。
ウ 亡Aは、被告車両の走行車線の対向車線側から、被告車両の走行車線側に向けて、上記路線バスとその後続車両1台の後ろから、車道の横断を始めた。
エ 亡Aが被告車両走行車線の対向車線の車道中心線付近に達したころ、被告車両は上記路線バスとすれ違ったころであり、少なくとも被告車両の助手席からは、上記路線バスの後続車両の後方にいる道路上の亡Aを視認することができた。
オ その後、亡Aは被告車両の走行車線に入り、走行してきた被告車両の右前部と衝突した。
被告Y1は、早くとも亡Aと被告車両が衝突する直前まで、亡Aに気づかず、したがって、何らの回避動作もとることができなかった。
(2) なお、本件事故の発生状況について、被告Y1は、捜査段階(甲18、21ないし25、乙1のうち被告Y1の司法警察員に対する供述調書)及び本件におけるその本人尋問において、様々に述べる。
しかし、その供述内容はその都度変遷している上、被告Y1自身、本件の本人尋問において、本件事故の発生状況については、はっきりと覚えていない旨述べていることに照らすと、この点について、被告Y1の供述を認定の資料とすることはできない。
(3) また、甲第18号証及び被告Y1本人尋問の結果によれば、被告Y1は、本件事故当時、近視により裸眼視力が両眼とも0.5程度であり、運転免許にも眼鏡等を使用すべき条件が付されていたにもかかわらず、眼鏡等を使用せずに被告車両を運転していたことが認められる。
(4) 以上を前提として、過失相殺の当否について検討する。
ア 上記(1)の事故態様からすれば、亡Aにおいても、車道を横断するにあたってその交通状況、とりわけ自動車の往来に注意して横断すべき注意義務があったというべきであり、これを怠らなければ、本件事故を回避することもできたと考えられるから、亡Aに過失がなかったということはできない。
この点につき、原告らは、亡Aは、被告車両が減速したのを見て亡Aの横断を待つものと判断して横断を続けた旨主張する。
しかし、そのように亡Aが判断したと認めるに足りる証拠はなく、仮に亡Aがそのように判断して横断を続けたとするならば、被告車両が停止したわけでも徐行したわけでもないのに亡Aの横断を待つものと判断したこと自体、明らかに判断の妥当性を欠くものであって、やはり過失があったといわざるを得ない。
イ しかしながら、上記(1)のとおり、被告Y1が前方を注視せずに走行していたこと、被告車両の助手席からは、対向車線にいる亡Aを視認することができたにもかかわらず、被告Y1は、早くとも衝突の直前まで、亡Aに気づいていなかったこと、上記(3)のとおり、被告Y1は視力が両眼とも0.5程度であったにもかかわらず、眼鏡等を使用せずに被告車両を運転しており、これが影響して前方不注視に至ったことも否定し得ないことを考慮すれば、被告Y1の過失はきわめて大きいというべきである。
ウ 上記イのような被告Y1の過失の大きさに照らすと、上記アの亡Aの過失の存在をもって、賠償すべき損害額から相殺することは相当ではないと考える。
したがって、本件においては、過失相殺はしない。
3 争点(3)(原告X1及び原告X2が受領した金員の扱い)について
(1)ア 事故により被害者が傷害を負いあるいは死亡し、これによって、被害者ないしその近親者等が契約を締結し、被害者が被保険者となった人身傷害保険の保険金が支払われたときは、保険者による代位が発生して保険者が損害賠償請求権を取得し、その分、被害者は損害賠償請求権を失うこととなる。
イ このとき、人身傷害保険の保険金は、被害者側が払い込んだ保険料の対価としての性質を有するものであるから、被害者が損害賠償請求権を失うのは、保険者による代位によるのであって、損益相殺的な調整によるものではない(最高裁判所昭和49年(オ)第531号事件昭和50年1月31日判決・最高裁判所民事判例集29巻1号68頁参照)。この点において、厚生年金や労働者災害補償保険からの給付があった場合とは性質を異にする。したがって、原告X1及び原告X2が援用する最高裁判所平成16年(受)第525号事件平成16年12月20日判決は、直ちに本件に適当とはいえない。
しかしながら、例えば厚生年金については厚生年金保険法40条により、労働者災害補償保険については労働者災害補償保険法12条の4により、事故が第三者の行為によって生じた場合において、受給権者に対し、政府が先に保険給付をしたときは、受給権者の第三者に対する損害賠償請求権はその価額の限度で当然国に移転し、これと反対に、第三者が先に損害賠償をしたときは、政府はその価額の限度で保険給付をしないことができることを定めているところ、乙第2号証によれば、本件の人身傷害補償特約においても、同様に、事故が第三者の行為によって生じた場合において、先に保険者が保険金を支払ったときは、請求権者の第三者に対する損害賠償請求権はその額の限度内で保険者に移転し(人身傷害条項13条、一般条項23条)、これと反対に、第三者が先に損害賠償をしたときは、保険者はその金額を控除して保険金を支払う(人身傷害条項9条)ことを定めていることが認められる。
そうすると、厚生年金や労働者災害補償保険からの給付と、本件の人身傷害補償特約による保険金の支払いとでは、損害賠償義務を負う第三者との関係において、実質的に異なるところはないというべきである。
そして、厚生年金や労働者災害補償保険からの給付があった場合、損益相殺の調整において、この給付は支払日までの遅延損害金債務に先に充当されると解すべきこと(前記平成16年最高裁判所判決参照)との均衡を考慮すれば、本件の人身傷害補償特約の保険金についても、その支払いによる代位は、支払日までの遅延損害金請求権から先に生じると解するのが相当であると当裁判所は考える。
これと異なる被告らの主張は採用しない。
ウ もっとも、乙第2号証によれば、本件の人身傷害補償特約においては、被保険者(本件においては亡A)に発生した損害に対して、保険金を支払うこととされている(人身傷害条項1条)と認められる。
このことからすれば、本件の人身傷害補償特約により保険金が支払われた場合、その支払いによる代位は、亡Aの損害分について生じるものと解するべきであり、したがって、保険金の支払いにより代位される遅延損害金請求権についても、亡Aの損害分(弁護士費用を除く。)についてのみ代位が生じるものと解する。
ただし、甲第2号証によれば、本件の人身傷害補償特約により支払われた保険金のうち、100万円は、葬儀費用として算定されたものと認められるところ、本件においては、葬儀費用は、原告X1に生じた固有の損害として請求されているから、上記金額については、原告X1の葬儀費用相当額の損害分とこれに対応した遅延損害金請求権部分について代位が生じるものと解する。
これと異なる原告X1及び原告X2の主張は採用しない。
(2) 以上を前提として検討を進める。
ア 前記1(7)のとおり、原告X1及び原告X2が有する損害賠償請求権の額は、それぞれ、4294万1110円及び4084万1109円(前記1のとおり、これらのうち、弁護士費用を除く亡Aに生じた損害相当額が、それぞれ、3914万1110円及び3914万1109円であり、その余の損害相当額が、それぞれ、380万円及び170万円であり、原告X1のその余の損害相当額のうち、200万円が葬儀費用等相当分である。)である。
交通事故にかかる不法行為ないし自動車損害賠償保障法3条の責任に基づく損害賠償債務は、その事故の当日から遅滞に陥るというべきであるから、上記各損害の損害賠償債務についても、本件事故当日である平成17年5月1日から年5分の割合による遅延損害金が発生する。
イ 前記「前提となる事実」(3)ア及びイのとおり、原告X1及び原告X2は、平成18年2月21日、公立学校共済組合から治療費として123万9297円、被告Y2(損害賠償責任保険)から793万0904円の合計917万0201円を受領している。
この2分の1は458万5100.5円であり、原告X1及び原告X2の主張に照らし、原告X1が458万5101円、原告X2が458万5100円を取得したものと認める。
これらの充当ないし控除については、各当事者の主張に照らし、亡Aに生じた損害(弁護士費用を除く。)の元本についてすべきところ、これらを充当ないし控除した後の、亡Aに生じた損害(弁護士費用を除く。)の残額は、いずれも、3455万6009円であり、原告X1及び原告X2の損害総額の残額は、それぞれ、3835万6009円及び3625万6009円である。
ウ 前記「前提となる事実」(3)ウのとおり、原告X1及び原告X2は、平成19年10月25日、原告X1が加入する損害保険(人身傷害補償特約)から、保険金として、5824万6898円を受領している。
ただし、このうち100万円は前記(1)ウのとおり葬儀費用分であるから、これは原告X1が取得し、そのほかに、これを除いた5724万6898円の2分の1である2862万3449円を原告X1及び原告X2がそれぞれ取得したものと認める。
エ ここで、原告X1及び原告X2の損害賠償請求権について平成19年10月25日までに発生した遅延損害金について算出すると、以下のとおりである(なお、計算においてはいずれも1円未満を切り捨てた。)。
(ア) 原告X1について
a 平成17年5月1日から平成18年2月21日まで(297日間)
亡Aに生じた損害(弁護士費用を除く)分について
159万2453円
(計算式:39,141,110×0.05÷365×297)
その余の損害のうち葬儀費用等相当分について
8万1369円
(計算式:2,000,000×0.05÷365×297)
その余の損害について
7万3232円
(計算式:1,800,000×0.05÷365×297)
b 平成18年2月22日から平成19年10月25日まで(1年246日間)
亡Aに生じた損害(弁護士費用を除く)分について
289万2290円
(計算式:34,556,009×0.05×(1+1÷365×246))
その余の損害のうち葬儀費用等相当分について
16万7397円
(計算式:2,000,000×0.05×(1+1÷365×246))
その余の損害について
15万0657円
(計算式:1,800,000×0.05×(1+1÷365×246))
c 合計
亡Aに生じた損害(弁護士費用を除く)分について
448万4743円
その余の損害のうち葬儀費用等相当分について
24万8766円
その余の損害について
22万3889円
(イ) 原告X2について
a 平成17年5月1日から平成18年2月21日まで(297日間)
亡Aに生じた損害(弁護士費用を除く)分について
159万2453円
(計算式:39,141,109×0.05÷365×297)
その余の損害について
6万9164円
(計算式:1,700,000×0.05÷365×297)
b 平成18年2月22日から平成19年10月25日まで(1年246日間)
亡Aに生じた損害(弁護士費用を除く)分について
289万2290円
(計算式:34,556,009×0.05×(1+1÷365×246))
その余の損害について
14万2287円
(計算式:1,700,000×0.05×(1+1÷365×246))
c 合計
亡Aに生じた損害(弁護士費用を除く)分について
448万4743円
その余の損害について
21万1451円
オ したがって、本件の人身傷害補償特約による保険金支払によって生じる代位は、以下のとおりとなる。
(ア) 原告X1について
葬儀費用等相当分(100万円)については、そのうち24万8766円は遅延損害金請求権について、その余の75万1234円が損害元本の賠償請求権についてそれぞれ代位し、その余の2862万3449円については、そのうち448万4743円は遅延損害金請求権について、その余の2413万8706円が損害元本の賠償請求権についてそれぞれ代位する。
なお、代位によって一部を失った後の請求権(原告X1固有の損害にかかるものを含む。)の額は、損害元本についての賠償請求権が1346万6069円、遅延損害金請求権が22万3889円である。
(イ) 原告X2について
2862万3449円のうち、448万4743円は遅延損害金請求権について、その余の2413万8706円が損害元本の賠償請求権についてそれぞれ代位する。
なお、代位によって一部を失った後の請求権(原告X2固有の損害にかかるものを含む。)の額は、損害元本についての賠償請求権が1211万7303円、遅延損害金請求権が21万1451円である。
4 結論
以上のとおりであるから、被告らに対し、原告X1は、損害元本として1346万6069円並びに平成19年10月25日までの遅延損害金として22万3889円及び上記元本に対する同月26日からの遅延損害金を、原告X2は、損害元本として1211万7303円並びに同月25日までの遅延損害金として21万1451円及び上記元本に対する同月26日からの遅延損害金を、原告X3は、損害元本として109万円及びこれに対する平成17年5月1日からの遅延損害金を、それぞれ請求することができる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 守山修生)