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札幌地方裁判所岩見沢支部 昭和54年(ワ)34号 1981年4月27日

原告

白須日出夫

白須静枝

被告

小林商事株式会社

主文

一、被告は、原告白須日出夫に対し、金三七三万五、二〇四円及びこれに対する昭和五四年一〇月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告白須日出夫のその余の請求を棄却する。

三、被告は原告白須静枝に対し、金一、七一〇円及びこれに対する昭和五四年一〇月一三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四、原告白須静枝のその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用は、原告白須日出夫と被告との間においては、原告日出夫に生じた費用の一〇分の一を被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告白須静枝と被告との間においては全部原告白須静枝の負担とする。

六、この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告は、

1 原告白須日出夫に対し、金四、〇一一万二、七〇四円および内金三、四四二万七二〇円については昭和五三年一月一五日から、内金五六九万一、九八四円については昭和五四年一〇月一三日から各年五分の割合による

2 原告白須静枝に対し、金二六万二、二二〇円およびこれに対する昭和五四年一〇月一三日から年五分の割合による

各金員をいずれも支払い済みまで支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  不法行為に基づく損害賠償請求

1 当事者

被告は、繊維製品の小売業を営む会社であるが、夕張市本町一丁目三九番地に木造亜鉛メッキ鋼板葺三階建店舗兼居宅(以下本件建物という。)を所有し、繊維製品の小売業を経営し、原告白須日出夫(以下原告日出夫という。)は、右建物において夕張支店長として右の業務に従事していた。

2 事故の発生(以下本件事故という。)

原告日出夫は、昭和五三年一月一四日、午後六時三〇分ころ、本件建物の二階部分の屋根の上で雪下しの作業中、右屋根から約七メートル下の地上に転落した。

3 責任原因

本件事故は、本件建物の占有者で、かつ所有者である被告が、右建物の二階部分の屋根の上に設置されていた積雪落下防止のための丸太棒(以下本件丸太棒という)を、本件事故の約五年前に設置したまま原告日出夫の再三にわたる請求にもかかわらず放置し、その取替を怠ったために、その一部が腐敗し、原告日出夫が右屋根の上で前記雪下しの作業中、これを足場としたところ、折損して発生したものであるから、被告は民法七一七条により工作物の設置・保存管理上の瑕疵に基づく責任を負うべきである。

4 傷害

原告日出夫は、本件事故により、第一二胸椎脱臼骨折脊髄損傷の傷害を負い、そのため下半身完全麻痺、両下肢の機能全廃の後遺症(北海道より身体障害等級一級と認定された)を有するに至った。

5 損害

原告日出夫は、右の障害により次のような損害を蒙った。

(1) 入院雑費 金一九万二、六〇〇円

昭和五三年一月一四日から同年一一月三〇日まで三二一日間、北海道炭鉱病院、美唄労災病院に入院した期間一日六〇〇円の割合による入院雑費。

(2) 付添看護料 一、七五〇万四、〇〇〇円

原告(昭和一三年五月八日生、事故当時三九才)の平均余命三三年につき一日二、五〇〇円の割合による。

2,500円/日×365日×19.1834(新ホフマン係数)≒17,504,000円

(3) 逸失利益 金四七二万四、一二〇円

就労可能年数 二七年

(四〇才から六七才まで)

年間収入

4,440,000円(収入)-4,158,876円(厚生年金、労災保険金の合計)=281,124円

281,124円×16.8044≒4,724,120円

(4) 慰藉料 一、二〇〇万円

入院慰藉料 二〇〇万円

後遺症慰藉料 一、〇〇〇万円

(5) 損害額の合計 金三、四四二万七二〇円

(二)  退職金の請求等

1 原告日出夫の退職金 五一七万五、九〇〇円

退職年月日 昭和五四年四月一五日

勤続年数 二〇・七五年(昭和三三年八月二一日から同五四年四月一五日まで)

被告の設立は昭和三九年一二月一日であるが、設立以前の勤続年数も退職金算定には加算する約束であった。

退職時の基本給 月額二七万円

支給率 一五・九七五

(被告の退職金規定による。)

加算率 一二〇%(右同)

(計算式 270,000円/月×15.975×1.2=5,175,900円)

2 原告日出夫の預け金 五一万六、〇八四円

被告は、原告日出夫が在職中に財産形成貯蓄組合に加入して預金していた金五一万七、〇八四円を右原告の退職と同時に解約し、同人のため預り保管中であるから、その返還を求める。

3 原告静枝の退職金の差額 二六万二、二二〇円

原告白須静枝(以下原告静枝という。)は、昭和三九年一二月一日より、被告に勤務していたが、同五三年一二月三一日、夫である原告日出夫の看護のため右会社を退職した。

勤務年数 一四・一年

基本給 一三〇、〇〇〇円

支給率 七・四九二

(被告の退職金規定による)

退職金額 九七万三、九六〇円

(計算式 130,000円×7.492=973,960円)

原告静枝は、被告から退職金として七一万一、七四〇円を受領したのみで、その余は未だ受領していない。

よって、原告日出夫は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき金三、四四二万七二〇円及びこれに対する不法行為の発生した日の翌日である昭和五三年一月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、並びに退職金請求権に基づく退職金五一七万五、九〇〇円と預け金返還請求権に基づく預け金五一万六、〇八四円の合計金五六九万一、九八四円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五四年一〇月一三日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告静枝は被告に対し、退職金請求権に基づき、退職金差額二六万二、二二〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五四年一〇月一三日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(一)  請求原因第一項の事実について

1 同項1の事実のうち、(本件建物が)三階建店舗兼居宅である事実は否認し、その余の事実は認める。

2 同項2の事実のうち、原告日出夫が本件建物二階部分で本件丸太棒を足場に雪下し作業をしていた事実は否認し、その余の事実は認める。

3 同項3の事実のうち、被告が本件建物の所有者であることは認め、その余の事実は否認する。

本件事故は、本件建物の占有者である原告日出夫が、前記の経過で足を滑らせて雪止め用の本件丸太棒に激突したため、右丸太棒が折損したもので、腐敗していたために折損したのではない。仮りに右丸太棒が腐敗していて、工作物の設置又は保存に瑕疵があったとしても、占有者である原告日出夫自身に右瑕疵の責任があり、被告が責に任ずることはない。

4 同項4及び5の事実はいずれも不知。

(二)  請求原因第二項の事実はいずれも不知

(三)  被告の主張

被告は、原告日出夫とその退職金について金二七一万五、七五〇円とする旨合意している。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因第一項1の事実のうち争いのある点(三階建店舗兼居宅)は、(証拠略)によってこれを認める。

二  同項2の事実はうち争いのある点を判断する。

(証拠略)によれば、原告日出夫が昭和五三年一月一四日午後六時三〇分ころ、本件建物の二階部分の屋根で氷雪除去を行ない、同日午後七時四〇分ころ作業を終了し、反対側の屋根から降りるため屋根の頂上に向って登る途中、足を滑らせて滑降し、約七メートル下の地面コンクリート部に落下したことが認められ、右認定に反する原告日出夫の尋問の結果は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  同項3(責任原因)について検討する。

民法七一七条にいう「土地の工作物」とは、土地に接着して人工的作業を加えることにより成立したものをいい、「工作物の占有者」とは、工作物を事実上支配し、その瑕疵を修補して、人に損害が発生するのを防止するのに必要な注意をしうる又は注意をすべき地位にある者をいうと解するところ、(証拠略)によれば、被告は上砂川にある本店及び夕張・滝川・赤平・美唄の各支店で構成され(但し、美唄支店は営業していない)、その基本的運営方針は社長をはじめとして本店事務長・各支店長が出席し、原則として月一回の割合で開かれる本店長会議の席で決定されていたこと、各支店長の権限は、支店の営業、管理、人事、渉外関係一般に及んでいたこと、原告日出夫は、本件事故当時、被告の夕張支店のある本件建物に居住し、支店長の職にあったこと、各支店長は各支店の日常経費について、金額が大きく特別に出資する場合は本店の許可を必要としたが、金一〇万円以下の小規模の出費についてはその責任においてすることが許されていたこと、本件丸太棒は、落雪防止のため、本件建物の屋根に接着して設置されたもので本件事故発生以前の昭和五一、二年ころ、屋根から氷が落ちて車の屋根に損害を与えたことがあって危険なため、原告日出夫が本店に申請して取り替えたことがあったが、本店からその首尾を見にくることはなかったこと、本件事故の前年、原告日出夫は本件建物の屋根の上段の雪止めがいたんでいたのを古材を使って自ら修理したことがあったこと、本件事故後、雪止め丸太棒を取り替えたがその費用は約三万円ですんでいること、原告日出夫は被告会社の社長の妻の弟であったこと及び夕張支店の営業成績がよかったことから、他の支店長に比べて裁量の範囲が大きかったこと、社長自身が各支店をまわることはあったが、年に三、四回で、主として、商品の入れ換え、仕入の相談等のあったときであること、原告日出夫をはじめとして、各支店長は、本件事故の発生前に開かれた被告会社本店における支店長会議の席で、社長から昭和五二年度の営業成績が上らなかったことから、昭和五三年度には各支店において経費の一〇パーセント節減を強く求められたこと、そのため原告日出夫は本件事故当日、自ら、本件建物の二階屋根部分に登って雪下し作業をしたが、その際、右屋根部分に落雪防止のために設置されていた本件丸太棒を折損して、前記二認定の経過で地面に転落したこと、が認められ、右認定に反する原告日出夫の尋問の結果は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の認定事実によれば、本件丸太棒が土地の工作物であることは明らかであり、また原告日出夫は、被告の夕張支店長として本件建物に居住し、営業はもとより、本件建物の雪下しや雪止め丸太棒の修理を自ら行ない、また本件建物の管理に必要な費用の出捐については、金額が一〇万円を超える場合には本店の許可を求め、一〇万円以下の場合には自己の判断で決定する権限を有していたのであるから、本件建物を事実上支配し、その瑕疵を修補して他人に損害が発生するのを防止するのに必要な注意をしうるまたは注意をすべき地位にあった者、すなわち、本件建物の占有者であったと認められる。

ところで民法七一七条は、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があり、これにより他人に損害を生ぜしめた場合における占有者と所有者の責任を規定したもので、ここにいう「他人」とは、占有者および所有者以外の者を指称すると解するのが相当であるから、占有者たる原告日出夫から、所有者たる被告(被告が本件建物の所有者であることは当事者間に争いがない。)に対して、本条の責任を追求することはできないといわなければならない。

よって、その余を判断するまでもなく、原告日出夫の民法七一七条による損害賠償請求は失当として棄却することとする。

四  請求原因第二項について検討する。

(一)  (証拠略)(就業規則)によれば、退職金は、男子正社員にあっては満五年以上勤務したもの、女子正社員にあっては満三年以上勤務したもので、業務上の傷病によって勤務に堪えないで、あるいは自己の都合等で退職したものに対して支払われ、その額は退職時の各人の基本給に、勤続年数に応じて定められている支給率を乗じ、さらに退職事由による加減率を乗じて決定されることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  そこでまず、原告らの勤続年数・支給率及び基本給について検討する。(証拠略)を総合すれば、原告日出夫は昭和三三年八月二一日、被告の前身に採用され、被告が昭和三九年一二月一日、株式会社の組織になったのちも引続き勤務し、同五四年四月一五日、本件事故により退職し、身分は正社員であったこと同じく原告静枝は、昭和三八年三月二日、被告の前身に採用され、同五三年一二月三一日、原告日出夫を看病するため被告を退職し、身分は正社員であったこと、勤続年数については、原告らと被告の間で、被告が株式会社の組織になる以前の勤務年数も含めて通算することで話しがついていたことが認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。してみると原告日出夫の勤続年数は二〇年七か月(一ケ月未満は就業規則により切り捨てる)、支給率は一五・八、同静枝の勤続年数は一四年一か月(一ケ月未満の取扱については原告日出夫と同じ)、支給率は七・五となる。

次に(証拠略)によれば、原告日出夫の給料は、昭和五一年一月分から同年七月分までは基本給が一五万円、役職手当が一〇万円の二五万円、同年八月分から昭和五二年三月分までは、基本給が一六万円、役職手当が一〇万円の二六万円、同年四月分からは総額で二七万円となり、給料台帳には基本給の欄に二七万円と表示されていること、原告静枝の給料は、昭和五一年一月分から同年七月分までは基本給が六万五千円、役職手当が三万五千円の一〇万円、同年九月分から同年一二月分までは基本給が七万円、役職手当が四万円の一一万円、退職した年の昭和五三年五月分の給料は総額で一三万円であったこと、被告は原告静枝の退職時の基本給を九万五千円と考えていたことが認められるが、(人証略)によって認められる、被告は従業員の給料の構成について退職金へのハネ返りを抑えるために基本給と役職手当に項目を分け、総額のうち一部を役職手当に組み入れて調整していた事実に照らして考えると、金二七万円が全て原告日出夫の退職当時の基本給となるのではなく、役職手当として従来より計上されていた一〇万円を引いた一七万円が基本給であったと考えるのが相当であり、同様に原告静枝の場合も九万五千円をもって基本給と認めるのが相当である。

(三)  さらに原告らがその退職金について加減率を考慮する対象になるか否かを検討する。原告日出夫の尋問の結果によれば、原告日出夫は本件事故により労働者災害補償保険法にもとづく、給付を受けていることが認められ、右認定に反する証拠はない。右の認定事実によれば、原告日出夫の本件事故は業務上の廃疾と認められたものであり、前掲就業規則によれば、加算の対象となる。ところが、(人証略)によれば、原告日出夫は雪下し作業に命綱もつけないで本件事故に遭ったのだから、被告としては加算しないというが、通常、職務上の傷害により退職する場合には、何らかの形で会社の業務に支障をきたすことは当然に予想されるところであるが、それでもなお、会社のために働いて負傷したものに対し、会社が特別の配慮をしその功績に報いるというのがこの加減率を設けた理由であり、またその故に最高二〇パーセントと幅をもたせていると考えられるから、右の証言は正当でなく理由がない。そして前記認定のような原告日出夫の被告に対する貢献度を考慮すれば、最大限の加算率二〇パーセントをもって報いるのが相当である。原告静江は前記認定のとおり自己都合による退職であるから加算の対象とならない。

(四)  よって原告日出夫の退職金は、三二一万九、一二〇円となる。

計算方法は次のとおりである。

基本給 一七万円

勤続年数 二〇年七か月

(≒二〇・六年)

加算率 一二〇パーセント

<省略>

原告静枝の退職金の残額は、金七六〇円となる。

計算方法は次のとおりである。

基本給 九万五千円

勤続年数 一四年一か月

(≒一四・一年)

<省略>

713,450円-711,740円=1,710円

(右のうち金七一万一、七四〇円を受領していることは原告静枝がこれを認めている。)

ところで被告は原告日出夫とその退職金について金二七一万五、七五〇円とする旨を合意したというが、この点についてこれを認めるに足りる証拠はない。

(五)  原告日出夫の預り金については、(証拠略)により、原告日出夫が被告に勤務中、いわゆる財形貯蓄をしていたが被告が解約し原告日出夫のために金五一万六、〇八四円に預り保管していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

五  よって、原告日出夫の被告に対する民法七一七条に基づく損害賠償請求は失当として棄却し、同人の退職金請求については金三二一万九、一二〇円の限度で、預り金請求については金五一万六、〇八四円を、それぞれ理由があるから認容し、原告静枝の被告に対する退職金の残額請求については金一、七一〇円の限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田達郎)

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