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札幌地方裁判所浦河支部 平成14年(ワ)38号 判決 2005年4月21日

原告

有限会社甲

代表者代表取締役

原告訴訟代理人弁護士

向井清利

被告

乙1

乙2

被告ら訴訟代理人弁護士

尾﨑英雄

鈴木一嗣

主文

1  被告らは、連帯して、原告に対し、3711万6140円及びこれに対する平成14年12月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを2分し、その1を原告の、その余を被告らの負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  被告らは、連帯して、原告に対し、7513万1080円及びこれに対する平成14年12月17日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

第2  事案の概要

原告は、軽種馬を育成する農場を経営している。本件は、被告らが、原告所有の馬を射殺するという不法行為を行ったので、原告が、不法行為に基づき、被告らに対し、損害賠償を求めている事案である。

1  争いのない事実

(1) 原告は、軽種馬を育成する農場を経営している。

(2) 被告らは、共同して、平成14年11月6日午前5時40分ころ、北海道三石郡三石町字歌笛<番地略>所在の原告が経営する牧場において、原告が所有し放牧している別紙馬目録記載の軽種馬(以下、それぞれ「本件馬1」のようにいう。)に対し、鹿と間違えてライフル銃で発砲し、牝1歳馬2頭を射殺した。また、同目録記載の1頭を、走行できない状態にし、処分を余儀なくさせた(以下「本件事故」という。)。

(3) 被告らの上記行為は、鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律及び銃砲刀剣類所持等取締法に違反する行為であった。

2  争点

原告の損害

第3  争点に関する当事者の主張

1  原告の主張

(1) 原告は、被告らの行為により、次の損害を被った。

ア 馬自体の損害

① ロモーラの2001(本件馬1。ロモーラという繁殖牝馬からの2001年の産駒を意味する。以下同じ。)3500万円

② ドクターノーヴァの2001(本件馬2) 2500万円

③ イヤーズショーターの13(本件馬3) 1000万円

イ 運搬費・処理費 13万1080円

ウ 弁護士費用 500万円

(2) 上記アの馬の損害額の根拠は、以下に述べるとおりである。

ア 原告代表者は、昭和33年ころから軽種馬育成に従事していた者で、原告は、日本軽種馬協会北海道市場の購買者リストの最上位に位置する会社である。馬の価値は、原告代表者が長年の経験から、個々の馬を実際に目で見て価格を決定することにより決まるものである。価格決定のうえでは、血統よりも体格・性格を重視しており、種付料の高低は直接関係がない。

イ 本件馬1ないし3は、この経験豊かな原告代表者が、価値を認めて、販売するのでなく、自己使用目的で、将来の自己の牧場の維持のために繁殖牝馬にするつもりで所有していた馬であった。原告代表者が、これら3頭を、3歳からレースに出走させた後、5〜6歳ころから繁殖牝馬として使用する予定にしていたというよい馬であった。

ウ 血統等についても、以下のことがいえる。

(ア) 本件馬1の母馬「ロモーラ」は、輸入馬であるその父「ニジンスキー」の子である。本件馬1の父馬である「バブルガムフェロー」は、天皇賞の優勝馬であり、その父「サンデーサイレンス」も有名馬である。「サンデーサイレンス」は既に死亡しており、その子の子という希少価値もある。本件馬1の馬品、風格、性格はいずれもすばらしいものがあり、3500万円の価格にふさわしい。

(イ) 本件馬2の母馬「ドクターノーヴァ」は、ダービー優勝馬である「タヤスツヨシ」と兄弟馬である。また、「ドクターノーヴァ」の姉の子である「レディーソーサデイス」(牝馬)は当歳馬で4000万円で売却した後、競馬で2億数千万円稼ぎ、その後2000万円で買い戻したほどの馬であった。これらからすれば、本件馬2の価格は2500万円が妥当である。

(ウ) 原告は本件馬3の母馬「イヤーズショーター」の兄弟馬を所有しているが、この兄弟馬は、現在5歳馬で4勝しており約8000万円の賞金を獲得している実力のある馬である。このことからすると、本件馬3の価格としては1000万円が妥当である。

エ 被告らの主張に対する反論

被告らは、競りにおける平均取引価格を基準として損害を算定すべきことを主張するが、この主張は以下のとおり失当である。

(ア) 被告らが主張する馬の価格についての傾向は、一般の牧場主についてはともかく、原告のようなオーナーブリーダーについては当てはまらない。オーナーブリーダーとは、競走馬の生産・育成を本業とし、また自ら競走馬を出走させ、その後はその馬を長期的に繁殖してまた生産・育成を行う業者を指す。このような業者にとっては、牝馬も牡馬に劣らない価値がある。

(イ) 生産者が軽種馬を生産した場合の販売方法には、庭先売買(生産者と買主とが直接売買する)と競りとがある。競りは、生産者が販売ルートを持っていないか、庭先売買で販売されなかった馬を処分のため市場に出すもので、庭先売買に比べ販売価格は低く、競りにおける平均取引価格は、馬の価値を反映していない。馬には個体差があり、未出走である当歳馬では、目利きで1頭1頭価値が決まるものであって、画一的に決まるものではない。さらに、本件馬1ないし3は、前記のように、原告代表者がその価値を認めて、そもそも販売を予定せず、自己使用する目的のものであったから、その価値は高く、競りにおける平均取引価格は当てはまらない。

2  被告らの主張

(1) 原告の損害額の主張は、算定根拠から合理的に算出するのでなく、単に主観的評価に基づくものにすぎない。本件馬3頭が7000万円の価値を有することは、少なくとも同額での売却が可能であったことの蓋然性が立証されない限り認められず、この点の立証は一切されていない。

本件馬3頭の競走馬としての賞金獲得可能性は、未知数であり、全く賞金を獲得できない可能性もあることは原告代表者自身が認めるところであるから、この点の消極的財産損害を損害額の算定根拠とすることはできない。

また、民訴法248条適用の前提となる損害額の証明の困難性は、厳格に判断されるべきであり、本件において、損害額の立証が極めて困難であるとはいえない。仮に同条を適用するとしても、同条の「相当な損害額」の認定に当たっては、控えめな認定をする(参照、最高裁昭和36年(オ)第413号同39年6月24日第三小法廷判決・民集18巻5号874頁)のが相当である。それには、後記のような同様な条件を備える馬の競りにおける平均取引価格を基準として算定するのが相当である。

(2) 未出走である競走馬の価格算定の基準については、一義的、絶対的な基準は存在しないが、競走馬取引においては、一般的に以下の基準が妥当する。

競走馬の評価に際して、馬の体格等が評価されること自体は被告らも争わない。しかし、それよりもまず血統、とりわけ父馬の血統が何よりも重視される。次に、競走馬は、出生日にかかわらず出生した年の12月31日まで当歳馬と呼ばれ、翌年の1月1日をもって1歳馬となり、翌年以降も1月1日をもって順に1歳ずつ年齢が増していくが、血統、成長具合等が優れていると評価される未出走馬の場合、需要が高く、当歳馬から取引の対象となっていくのに対し、血統、成長具合等がさほど優れていない未出走馬の場合、需要は高くなく、それに応じて取引価格も下がっていく。このことから、未出走の競走馬の評価に際しては、馬の年齢も考慮すべきである。また、牡馬と牝馬では、牡馬の方が、牝馬よりも体力的に上回り、活躍を期待できることから、圧倒的に評価が高い。

乙1、2は、インターネット上で公開されている競走馬の取引価格のうち、本件馬1と父馬を同じくする馬の取引価格を示したものである。乙1によれば、1999(平成11)年から2002(平成14)年に取引された「バブルガムフェロー」の子のうち、当歳馬の評価が最も高いことが裏付けられている。また、牡馬と牝馬を比較すると、牡馬の方が圧倒的に平均取引価格が高い。甲7の過去5年間の原告の競りでの競落実績においても、牝馬の取引頭数及び平均競落価格は、いずれも牡馬を下回っており、原告自ら牡馬につき牝馬よりも高い評価を与えて購入している事実が存する。

とすれば、一義的に明確でない本件馬3頭の価格については、①父馬の血統、②年齢、③牡馬牝馬の別、につき、同様の条件を備える馬の平均取引価格を基準として算定するのが妥当である。原告は、本件馬3頭の損害算定の基礎として、競走馬としての可能性及び繁殖牝馬としての可能性を主張するが、未出走馬の取引においては、将来の獲得賞金額の見込み及び種牡馬、繁殖牝馬としての価値等につき、それが成否不明の事実にかかることを当然に斟酌したうえで価格決定がされていると解されることから、上記のとおり、本件馬3頭の価額算定につき、平均取引価格を基準とすることが妥当である。

(3) そこで、乙1、2に基づき、本件馬3頭につき、その適正な価額を算定すると、以下のとおりになる。

ア 本件馬1について

本件馬1は、父馬がバブルガムフェローであり、本件事故時、1歳の牝馬である。以上の要素につき、同じ要素を有する競走馬は、乙1によれば、1999(平成11)年から2002(平成14)年の間に合計16頭存在し、その平均取引価格は、約605万円である。

イ 本件馬2について

本件馬2は、父馬がアルカングであり、本件事故時、1歳の牝馬である。

以上の要素につき、同じ要素を有する競走馬は、乙2によれば、上記期間に合計15頭存在し、その平均取引価格は、345万円である。

ウ 本件馬3について

本件馬3も、父馬がアルカングであり、本件事故時、1歳の牝馬であることから、同じ要素を有する競走馬の平均取引価格は、本件馬2と同じく、345万円である(乙2)。

(4) 以上のとおり、本件馬3頭の適正な価額は、合計約1295万円と判断されるべきである。

(5) 時機に後れた攻撃防御方法であることなど

本件訴訟は、平成16年8月26日の期日において口頭弁論を終結し、同年10月29日の期日において判決言渡しが予定されていたところ、原告から弁論再開が申請され、再開後、原告の準備書面2通の提出、書証(甲9の10、甲17の1以下甲31の7まで)の提出及び原告代表者本人の再尋問が行われた。しかし、再開後提出の攻撃防御方法はいずれも時機に後れたものであり、却下されるべきである。すなわち、原告と被告らとは、同年6月18日の期日において、次回期日までの進行として、①和解の可能性がないこと、②追加の証拠申出は行わないこと、③被告らは次回までに主張を総括した準備書面を提出し、原告は反論があれば準備書面を提出すること、を確認した。被告らは、同年7月29日、上記③の準備書面を提出したが、原告は反論の準備書面を提出せず、書証(甲17)の証拠申出を行った。これに対し、裁判所は、上記証拠申出が進行予定に反し、時機に後れた攻撃防御方法の提出であるとして証拠不提出とする訴訟指揮をし、原告もこれを受け入れ、口頭弁論が終結された。このように、原告は被告ら準備書面に対する反論の機会を与えられながら自らの判断によりそれをせず、また裁判所が上記訴訟指揮をしたのは、既に本件訴訟が判決に熟していると判断したことに他ならないのであるから、口頭弁論終結後提出の攻撃防御方法はいずれも不要なものである。そして、これら攻撃防御方法の提出が訴訟完結の遅延をもたらしたこと、当事者の故意又は重過失によるものであることはいずれも明らかであるから、時機に後れたものとして、却下されるべきである。

さらに、上記攻撃防御方法の提出は、裁判所主導で行われたものであるから、弁論主義に違背するものというべきである。

第4  争点に対する判断

1  馬の価値の算定について

本件における争点は、本件馬1ないし3を喪失したことにより、原告がどのような損害を被ったか、である。本件馬1ないし3はいずれも未出走の競走馬である。以下において、断りなく「馬」というときは、未出走の競走馬を指す。

未出走の競走馬の価値は、その馬の交換価格、すなわち、損害算定の時点で、所有者が当該馬を譲渡等の処分をしたときにどれだけの価格で処分できるかということから、算定されるべきである。ところで、証拠(原告代表者本人(1、2回))によれば、本件馬1ないし3については、原告において他へ譲渡等する予定はなく、自社で所有し続ける予定であったことが認められるが、具体的な処分の可能性があることは要せず、譲渡の予定がなかったことは上記のように解することの妨げにはならないというべきである。

(1) 算定のうえで考慮すべき要素

馬の交換価格を算定するうえでは、以下のような要素を考慮すべきである。

① 馬の個性

馬は生物であるから、1頭1頭個性(個体差)があるものである。競走馬である本件馬1ないし3について、物の個性に着目しない大量取引の対象となるなどの可能性は考えられないから、これら馬は、特定物、非代替物である。したがって、このような馬の価値は、その馬自体の個性に基づいて決められるべきである。

馬の個性すなわちどのような馬が高い価値を持つかについては、体長が何センチメートル以上であるとか、体重が何キログラム以上であるなどといった、客観的、数値的な指標は一切存しない。競走馬又は繁殖馬としての稼働を期待しうる可能性が当該馬からどの程度看取されるか、という点に求めるほかない。

② 一般的に取引において考慮される属性

馬の処分可能な価格(取引価格)を求めるうえでは、馬の取引が行われる際に、買主が重視すべき一般的な要素が考慮されるべきである。そこでこれらについて検討すると、買主が馬に期待するのは、競走馬としての優秀性であるところ、それを知るうえの一般的な要素としては、証拠(原告代表者本人(1、2回))及び弁論の全趣旨によれば、a血統、b性別、c年齢、等があると認められる。また、物の個性に着目する特定物取引においては、買主に物の価値を算定する鑑識眼がないことも多く、隠れた瑕疵の問題等もあるから、売主が信用できる企業や人物かどうかが重視される要素であることも社会通念上明らかである(例、中古車売買)。

前記証拠等によれば、上記各要素については、a父馬及び母馬が競走馬としてよい成績を挙げた血統であるものの方が高価である、b日本では、牡馬の方が牝馬よりも高く取引される、c高齢になるほど値が下がる、という傾向が一般的にはあるものと認められる。

(2) 上記2つの要素の優先度

本件において、上記①の要素と②の要素の双方を考慮すべきことについて当事者間に争いはない。本件における争点は、つまるところ、上記①の要素と②の要素のいずれを優先的に考慮すべきか、という点にある。この点については、馬という商品の上記特徴からすれば、まずその物自体の個性を優先し、補充的に一般的な②の要素を考慮すべきである。けだし、買主に、競走馬としての優秀性についての鑑識眼があれば、物自体を見て価値を判断するはずであり、それが直接知り得ないことが多いから、取引において考慮する一般的な要素により、間接的に価値ある商品であることを担保しようとするものと考えられるからである。例えば、血統を重視するのは、親のよい遺伝形質が子に出現することを期待するためであるが、同じ血統の馬が必ず同じような体格に成長するわけでなく、またレースで勝てるわけではないから、血統だけで価値が決まるものでなく、実際に存在する馬を見て、その体格等から優秀性を判断し、血統等をその次に考慮するのは、むしろ当然というべきである。証拠(甲15の1ないし5、甲16、20、23、原告代表者本人(1、2回))によれば、種付料が低い、すなわち父馬の血統がさほどよくなくても、原告代表者が高く評価し、実際にレースで活躍したり、高額で販売された馬もいることが認められる。

(3) 馬の生産及び取引における特性

証拠(甲11の1ないし3、甲20、21、甲30、原告代表者本人(1、2回))及び弁論の全趣旨(生産及び取引の実態についての知見として、岩崎徹「競馬社会をみると日本経済がみえてくる」[源草社]2002年、158頁以下。以下「前掲書」と引用する。鍋谷博敏「軽種馬取引の法律問題」[北海道新聞社]2004年、113頁等)によれば、生産者により生産された馬は、取引されるものとそうでないものがあり、取引の方法には、庭先売買という個別取引と、セールという競りでの取引とがあること、競りで取引される数量は庭先売買に比してまだ少なく、価格も低いことが多いこと、生産者の中にはオーナーブリーダーと呼ばれる種類のものがあり、これは、馬を、生産するだけでなく、自分のところで育成、調教し、かつ所有して自ら馬主としてレースに出走させ、レースから引退した後は、繁殖馬として次世代の生産に使用するという事業の形態であること、そのような者により生産された馬は、取引されないものもあること、の各事実が認められる。

また、上記証拠等によれば、原告もこのオーナーブリーダーに属する生産者であり、原告にとっては、繁殖牝馬としても使用できることから牝馬にも価値が認められること、レースで活躍できない場合でも繁殖馬として役に立てば十分な価値があること、したがって、前記(1)②に判示した一般的な傾向が当てはまらないものもあること、本件馬1ないし3は、このような原告が、レースに出走させた後は、繁殖牝馬として使用するために販売することなく所有し続けていた牝馬であり、体格、性格、骨格等いずれも優れているものと原告代表者が評価していた馬であること、の各事実も認められる。

(4) 本件馬1ないし3の個性について

ア 上記(3)のように、本件馬1ないし3は、このような原告が、レースに出走させた後は、繁殖牝馬として使用するために販売することなく所有し続けていた牝馬であり、体格、性格、骨格等いずれも優れているものと原告代表者が評価していた馬である。原告代表者本人(1・2回)は、馬の個性・能力について、経験を踏まえて直感で判断するしかなく、多数の馬を見てきた自分は誰よりも自信があると述べ、本件馬1ないし3についても、すばらしい馬であるとか、バランスがよい馬であるという程度の抽象的な供述しかしていない。被告らは、これを主観的な評価にすぎず、馬の価値についての立証がされていないと主張する。しかし、前記(1)①のように、馬の能力や個性を測る客観的な指標はないのであり、これら馬について、表現が具体的にならないのは、もはや喪失してしまった馬について、体型等を云々してみても意味がないからともいえる。その馬の優れた個性を表す表現が、まさに原告が本件において主張する損害額ということができる。経験を踏まえて直感で判断するしかないという原告代表者の評価がこの程度の抽象的なものに止まるのはやむを得ないといえる。

これに対し、このように、馬の評価においてその馬自体の体格・性格などの個性を重視し、これをその馬の個性をよく知る者の供述等に基づいて認定することにすると、これに対する論評・反論が不可能となるとの懸念があり得る。殊に、本件のように、当該馬が、価値の算定をする時点で既に喪失している場合には、鑑定等の方法を用いることができないからなおさらである。しかし、この点は、その馬の個性を知る者の供述等の証拠について、その信用性を吟味し、その評価の採否を決定し、さらに上記(1)②の要素も取り込んで一切の事情を考慮するものであって、通常の損害算定の過程と変わりはない。そのうえで、裁判所は、あらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、できるかぎり蓋然性のある額を算出するよう努め、その蓋然性に疑がもたれるときは、被害者側にとって控え目な算定方法を採用するのが相当である(参照、最高裁昭和36年(オ)第413号同39年6月24日第三小法廷判決・民集18巻5号874頁)。これにより、損害の算定が不相当な認定にならないようにすることができるというべきである。

イ 原告代表者について

そこで、原告代表者の供述について検討する。証拠(甲5の1及び2、甲7、甲12の1及び2、甲18の1及び2、甲19の1及び2、甲23ないし28、甲29の1ないし7、甲30、31の6及び7、原告代表者本人(1・2回))によれば、同人については、以下のように認められる。

原告代表者は、馬産地の三石町出身で、3歳ころから馬に接し、昭和34年ころから個人企業として競走馬の育成等に関わるようになった。昭和39年には、原告を設立した。原告は、軽種馬の生産、育成、販売を主な業務としており、他方、馬主として、300頭以上の馬を所有し、100頭前後の競走馬をレースに出走させている。牧場も日本国内には9か所所有しており、日本とアメリカで大規模に上記事業を営んでいる。原告は、北海道の軽種馬市場において、多数の繁殖牝馬、当歳馬、種牡馬等を購入し、購入者中、購入額の上位を占めている。また、高額な馬を庭先売買で販売したり、競りに出品するなどしている。原告あるいは原告代表者が生産したり、所有している馬もレースで多数活躍している。

このような原告代表者の、馬に対する評価は一応信頼できるものというべきである。前記証拠から、本件馬1ないし3については、同人が十分にこれに接しており、その馬の個性を把握しているものと認められるので、その個体に対する評価については、上記(1)②の要素等も考慮しつつ、同人の当該馬に対する評価に依拠することも合理性があるといえる。

(5) 本件馬1ないし3の血統等の属性

次に、一般的に取引において考慮される、本件馬1ないし3の属性について検討する。

ア 本件馬1について

証拠(甲3の1、甲9の1、甲9の10、甲14の1及び2、甲18の1、甲30、原告代表者本人(1、2回))並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。本件馬1は、本件事故時1歳の牝馬であった。母親は「ロモーラ」という馬であり、父親は「バブルガムフェロー」という馬であった。「ロモーラ」の父親は「ニジンスキー」という輸入馬の名馬である。他方、「バブルガムフェロー」は天皇賞を獲得した馬であり、著名な種牡馬である「サンデーサイレンス」の子である。原告は、平成13年、本件馬1を受胎中の「ロモーラ」を1365万円(消費税込み)で購入した。この価格には、「バブルガムフェロー」の種付料(当時350万円)が含まれている。本件事故時、本件馬1には保険は掛けられていなかった。なお、馬の保険料は高額であるので、原告では本件事故後、5000万円以上の高額な馬等に限って保険を掛けている。

本件馬1と母を同じくする兄弟馬「ロモーラの14」(牝馬)は、原告代表者は体の弱い馬と評価していたが、ひだかトレーニングセールの公開調教で1位のタイムを出し、2625万円で販売された。現在レースに出て活躍している。

イ 本件馬2について

証拠(甲3の2、甲9の1、甲13、14の3及び4、原告代表者本人(1回))並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

本件馬2は、本件事故時1歳の牝馬であった。本件馬2は、米国産の馬「アルカング」を父馬とし、「ドクターノーヴァ」を母馬とする。原告は、母馬「ドクターノーヴァ」を平成12年に、受胎したものを、3097万5000円で、競りで購入している。この平成12年産駒は、当歳で2700万円で庭先売買で売却されている。母馬「ドクターノーヴァ」は、ダービー優勝馬である「タヤスツヨシ」と母を同じくする兄弟馬である。本件事故時、本件馬2には保険は掛けられていなかった。原告では、母馬の「ドクターノーヴァ」が老齢化してきたので、代わりにその子である本件馬2を繁殖牝馬として残すことを考えていた。

ウ 本件馬3について

証拠(甲3の3、甲9の1、甲14の5及び6、原告代表者本人(1回))並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

本件馬3は、本件事故時1歳の牝馬であった。本件馬3は、米国産の馬「アルカング」を父馬とし、「イヤーズショーター」を母馬としている。本件馬3は、同母馬の初仔である。本件事故時、本件馬3には保険は掛けられていなかった。原告は、母馬「イヤーズショーター」の兄弟馬を所有しており、この兄弟馬は、現在レースで活躍している。

(6) 前記属性の位置づけ

上記(5)に見たように、本件馬1ないし3の血統についても、母馬を同じくする兄弟馬が高額で売却されていたり、レースで活躍しているなど、取引価格を高める要素があるといえる。また、これら3頭の馬はいずれも1歳馬であり、年齢の点では取引価格は高くなる。他方、いずれも牝馬であることから、原告のようなオーナーブリーダーが購入する場合にはともかく、一般的には性別ではやや不利である。また、売主は原告であるから、信用ある売主として、取引価格を高める要素があるといえる。

ところで被告らは、馬の交換価格については、血統とりわけ父馬がどのような馬であるかが決定的であり、馬の個性は二の次である旨を主張する。この考えは採用できないことは既に述べたとおりであるが、被告らはこの主張に基づき、同じ父馬の血統に属する馬の平均的取引価格をもって損害とすべきであると主張する。しかしながら、馬については、商品毎の価格差が激しいのが1つの特徴である(前掲書154頁)。被告らの掲げる乙1を見ても、本件馬1と父馬を同じくする1歳の牝馬というだけでも、280万円から1060万円という開きがあり、その平均取引価格が605万円となっている。同様に、本件馬2及び3についても、130万円から600万円という開きがあり、その平均取引価格が345万円となっている。しかもこれは庭先売買よりも高価格での取引がされにくい競りでの価格であるから、参考にするのはともかく、本件にこれをそのまま当てはめるのは相当でない。実際にも、上記(4)イ認定のような原告についての状況からすると、原告が前記価格と評価しているのに、この平均価格で本件馬1ないし3を買えると考える買主がいるとは考えにくい。以上より、競りでの平均価格をもって損害とする被告らの考えは採用できない。

2  本件馬1ないし3の価値の算定について

以上に検討した本件馬1ないし3の個性、これについて原告代表者が前記のような価格と評価していること、他方、証拠(原告代表者本人(1、2回))によれば、同人にも、弱い馬と見たものが予想外の高値で売れたり、よい馬と見たものがレースで活躍できない、という見通しの誤りや、買い手がなく原告の付けた値で処分できないという経済的事情等もあることが認められる。また、これら馬について上記1(6)で検討した、取引上考慮される一般的な要素、さらに本件馬1ないし3とそれぞれ父馬を同じくする1歳の牝馬の競りにおける取引価格の上限と下限、平均取引価格はいずれも上記1(6)のとおりであること、などの一切の事情を考慮すると、本件馬の価格については、原告の主張する価格から2分の1を減じ、本件馬1につき1750万円、本件馬2につき1250万円、本件馬3につき500万円と認めるのが相当である。

3  その他の損害について

(1) 運搬費用等について

証拠(甲4の1及び2、原告代表者本人(1回))によれば、原告が、本件馬1ないし3の遺体の運搬費用及び焼却処理費用として合計11万6140円を支出した事実が認められるので、この額を損害と認める。

(2) 弁護士費用について

本件事案の性質、訴訟の経過その他一切の事情を考慮すると、本件において訴訟遂行に必要な弁護士費用として、200万円が相当と認められる。

4  時機に後れた攻撃防御方法などの主張について

(1) 被告らは、本件審理の経過について、第3、2(5)のとおり主張し、平成16年8月26日の期日で、原告が被告らの準備書面に対する反論の準備書面を提出せず、書証の証拠申出を行ったことに対し、裁判所は、上記証拠申出が進行予定に反し、時機に後れた攻撃防御方法の提出であるとして証拠不提出とする訴訟指揮をし、原告もこれを受け入れ、口頭弁論が終結されたものであるから、原告が反論の機会を放棄し、裁判所がいったん本件訴訟が判決に熟していると判断して上記訴訟指揮をしたことから、口頭弁論終結後提出の攻撃防御方法はいずれも不要かつ時機に後れたものとして、却下されるべきである旨主張する。

そこで検討するに、たしかに、被告ら主張のような訴訟の経過が認められる(当裁判所に顕著な事実)。しかしながら、裁判所は、事案の適正な解決のために広範な釈明権を行使すべき立場にある。そして裁判所が、審理終結後、事案を改めて検討した結果、事案解決について思い至る点があるということもままあり得る。そのうえで、主張立証上さらに必要な点があれば、口頭弁論の再開を命じ、釈明権の行使により、当事者に主張立証の機会を与えることは許されないものでない。加えて、本件は、馬の価値の算定が争点という類例の極めて少ない事案であり、当事者(特に原告)の立証活動が不十分なものとなり、裁判所が訴訟の進行中に確たる結論を得ていなかったことも、やむを得ないともいえる。なお、口頭弁論を終結した同年8月26日の期日において、裁判所が原告の書証(甲17)の申出を時機に後れたものとしていったん撤回するよう訴訟指揮したのは、弁論終結予定の期日に趣旨の必ずしも明らかでない前記書証の申出がされたためであるから、このことにより弁論再開後の攻撃防御方法の提出がすべて時機に後れたものとなるものではない。

上記のような見地からすれば、本件においていったん終結された口頭弁論が再開されたことも不相当ではなく、また、再開後提出された攻撃防御方法がいずれも不要なものとはいえず、かつ時機に後れたものとして却下すべきものとはいえないというべきである。

(2) さらに、被告らは、上記攻撃防御方法の提出は、裁判所主導で行われたものであるから、弁論主義に違背するとも主張する。しかしながら、上記(1)に述べたように、裁判所は、事案の適正な解決のために広範な釈明権を行使し得るのであるから、立証を補充するよう促すことはその権限内というべきである。当事者に主張立証させたうえで心証を得ているものであり、弁論主義違背の問題は起こり得ない。

以上より、被告らの上記主張は採用できない。

5  結論

以上により、原告の請求は、主文第1項記載の限度で理由があるが、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言は、相当でないからこれを付さない。

(裁判官・村越啓悦)

別紙馬目録<省略>

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