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札幌地方裁判所浦河支部 平成20年(ソラ)1号 決定 2008年11月25日

北海道沙流郡●●●

原告

●●●

北海道沙流郡●●●

原告

●●●

上記原告ら代理人弁護士

大谷和広

東京都文京区本郷3丁目33番5号

被告

三菱UFJニコス株式会社

上記代表者代表取締役

●●●

上記当事者間の当庁平成20年(ワ)第64号不当利得金請求事件について,当裁判所が平成20年11月14日した決定に対し,原告らの抗告(当庁平成20年(ソラ)第1号)を理由があるものと認め,次のとおり決定する。

主文

上記事件について当裁判所が平成20年11月14日した決定を取り消す。

(裁判官 棚橋哲夫)

決定

北海道沙流郡●●●

原告 ●●●

北海道沙流郡●●●

原告 ●●●

上記原告ら代理人弁護士 大谷和広

東京都文京区本郷3丁目33番5号

被告 三菱UFJニコス株式会社

上記代表者代表取締役 ●●●

上記当事者間の当庁平成20年(ワ)第64号不当利得金請求事件について,裁判所は,職権で,次のとおり決定する。

主文

1 本件から原告●●●の弁論を分離する。

2 本件及び原告●●●の弁論をそれぞれ静内簡易裁判所に移送する。

理由

原告●●●と原告●●●の訴えは併合要件をみたさない。よって,民事訴訟法16条により主文のとおり決定する。

平成20年11月14日

札幌地方裁判所浦河支部

裁判官 棚橋哲夫

移送決定に対する即時抗告申立書

平成20年11月20日

札幌高等裁判所民事部 御中

原告ら訴訟代理人弁護士 大谷和広

頭書事件について、札幌地方裁判所浦河支部が平成20年11月14日にした移送決定は全部不服であるので、原告らは即時抗告の申し立てをする。

第1 原決定の表示

1 本件から原告●●●の弁論を分離する。

2 本件及び原告●●●の弁論をそれぞれ静内簡易裁判所に移送する。

第2 即時抗告の趣旨

原決定を取り消す

との裁判を求める。

第3 即時抗告の理由

1 本件事案の概要

(1) 本件は、北海道沙流郡●●●に居住する原告ら夫婦が、原告ら各人の名義で行った被告信販会社とのカードキャッシング契約に基づく借入返済について利息制限法に基づく再計算を行ったところ、過払いが生じたため、被告信販会社(1社)に対し、原告夫が不当利得元金62万円余、原告妻が不当利得元金82万円余及び慰謝料40万円、等の支払を求めて、札幌地方裁判所浦河支部に提訴したものである。

(2) 札幌地方裁判所浦河支部は、これに対し、原告夫と原告妻の各訴えは「併合要件をみたさない」と述べ、民事訴訟法16条(管轄違い)を理由に、原告夫と原告妻の各弁論を分離し、それぞれ静内簡易裁判所に移送したものである。

2 札幌地方裁判所(浦河支部)の管轄権の有無

(1) 原決定は土地管轄を理由に併合要件を満たさないとしたものと思われるが、本件訴訟が札幌地方裁判所(浦河支部含む)の土地管轄に属していることは明らかであり、民事訴訟法の解釈を誤った決定内容である。

(2) 前提として、民訴38条後段の併合事件の管轄の判断方法について確認する。

ア. 併合請求であっても、受訴裁判所は土地管轄を有しない訴えについて審判できないから、各訴えについて土地管轄の帰属を判断しなければならない。そして、土地管轄については民訴4条ないし6条の二までが定める。客観的併合、主観的併合のうち民訴38条前段に定める場合には、土地管轄のない事件についても関連裁判籍が発生する(民訴7条)。

イ. 事物管轄については、併合請求の場合、各請求の価格を合算したものをもって訴額とする(民訴9条1項本文)。そして、その合算された訴額の多寡によって、簡易裁判所か地方裁判所かを判断する(コンメンタール民事訴訟法Ⅰ第1版150頁~151頁)。

ウ. 従って、民訴38条後段の併合事件の管轄の判断方法は以下のとおりとなる(東京高裁平成16年12月28日決定)。

(ア) 各請求について、受訴裁判所への土地管轄があるかどうかを判断する(民訴4条ないし6条の二)。

(イ) 土地管轄がそれぞれ認められる各請求について、民訴38条後段の要件の具備を判断する。

(ウ) 上記(ア)(イ)を満たした各請求の価格を合算し(民訴9条1項本文)、事物管轄を判断する。

(3) では、本件訴訟についてはどうか。

ア. 土地管轄

原告夫は、北海道沙流郡●●●に居住し、札幌地方裁判所管轄区域内に住所を有している(民訴5条1号)。

原告妻は、北海道沙流郡●●●に居住し、札幌地方裁判所管轄区域内に住所を有している(民訴5条1号)。

従って、いずれの請求についても札幌地方裁判所に土地管轄がある。

イ. 併合要件

原告夫と原告妻は、いずれも、同一の貸金業者からの借入に関し、利息制限法所定の制限を超過する利息の支払を原因とする不当利得返還を求めるものであるから、民訴38条後段にいう「権利同種」かつ「法律上同種原因に基づく」場合に該当し、併合要件を満たす。

ウ. 事物管轄

原告夫の請求は不当利得元金62万円余、原告妻の請求は不当利得元金82万円余及び慰謝料40万円であり、民訴9条1項本文に従い合算すると訴額140万円を超過することが明らかである。

エ. 結論

以上、本件訴訟について、札幌地方裁判所(浦河支部その他各支部を含めた総合体としての札幌地方裁判所)は義務履行地を管轄する裁判所として管轄権を有する。

3 主観的併合と管轄についての参考例

(1) 東京高裁第8民事部平成16年12月28日決定(平成16年(ラ)1308号)

ア. 事案

原告A(住所は山形市)、原告B・E・G・I・J(各住所は神奈川県川崎市)、原告H(住所は神奈川県小田原市)、原告C・D・F(各住所は横浜市)について、被告消費者金融1社に対し不当利得返還請求訴訟を併合提起したところ、受訴裁判所である横浜地裁川崎支部が、弁論分離及び移送決定をしたため、原告側が即時抗告をしたもの。

イ. 決定内容の要旨(傍線は代理人)

① Cの住所は横浜市だから、横浜地方裁判所は義務履行地管轄裁判所として管轄権を有する。そして、事件を地方裁判所本庁で審理するか支部で審理するかは訴訟法上の管轄の問題ではないから、Cについて管轄違いの問題を生じる余地はない。

② (山形市在住の)Aを除く原告9名は、いずれも横浜地方裁判所の管轄区域内に住所を有する。そして9名は、同一の貸金業者からの借入に関し、利息制限法所定の制限を超過する利息の支払を原因とする不当利得返還を求めるものであるから、民訴38条後段の併合要件を満たす。そして9名分を民訴9条で合算すると訴額140万円を超過することが明らかである。従ってAを除く9名分については横浜地方裁判所が義務履行地管轄裁判所として管轄権を有する。

③ (山形市在住の)Aは横浜地方裁判所の管轄区域内に住所を有していないから、横浜地方裁判所が義務履行地管轄裁判所として管轄権を有する余地はない。また、Aの請求と他の原告らの請求は民訴法38条前段の併合要件を満たさないから、Aの訴えについて民訴法7条の併合関連により横浜地方裁判所への管轄が発生すると解することもできない。

(2) 東京地裁民事第15部平成17年5月26日決定(平成17年(モ)2880号)

ア. 事案

原告1名が、消費者金融等8社を被告として不当利得返還請求訴訟を東京地方裁判所に併合提起したところ、うち被告1社(訴額1万8千円余)が、東京簡易裁判所への移送を求めたもの。

イ. 決定内容の要旨(傍線は代理人)

① 本件訴訟は民訴38条後段の併合要件を満たす。

② 被告は民訴法7条但し書きを根拠に併合要件の欠如を主張するようであるが、民訴法7条は裁判籍(土地管轄)に関する規定であって、本件で問題となっている事物管轄について定めた規定ではないから、主張は失当である。

(3) 札幌地裁第3民事平成19年1月22日決定

ア. 事案

①原告X1(札幌市在住)の被告Y1に対する85万円余

②原告X1(札幌市在住)の被告Y2に対する22万円余

③原告X2(小樽市在住)の被告Y2に対する16万円余

④原告X2(小樽市在住)の被告Y3に対する18万円余

の不当利得返還請求を民訴法38条後段に基づき札幌地方裁判所(本庁)に併合提起したところ(平成18年(ワ)2653号)、同裁判所が①②をそれぞれ札幌簡易裁判所に、③④をそれぞれ小樽簡易裁判所に移送する決定をしたため、Xらが即時抗告をしたもの(平成18年(ソラ)17号)。

イ. 決定内容の要旨

原決定裁判所が、「再度の考案」(民訴333条)の結果、上記訴訟について札幌地方裁判所に管轄権があるというXらの主張を全面的に認め、原決定を自ら取り消した。

4 原決定の不当性

(1) 原決定は、「併合要件をみたさない」と考える理由を全く示していないが、推測するに、民訴38条後段の併合によって事物管轄が異なる場合は民訴法7条但し書きの規定から管轄違いになる、と考えたのかもしれない。

しかしながら、民訴法は、民訴4条ないし6条の二で個別請求の土地管轄を定め、かつ7条で併合請求の関連裁判籍について定めるにすぎない。他方、民訴法7条は、事物管轄に関する裁判所法24条・33条を引用していない。従って、民訴法7条が裁判籍(土地管轄)に関する規定であって、本件で問題となっている事物管轄について定めた規定ではないことは、規定の体裁上からも明らかである(前記東京地裁民事第15部平成17年5月26日決定、コンメンタール民事訴訟法Ⅰ第1版135頁)。

本件訴訟では、原告夫も原告妻も札幌地方裁判所に土地管轄があることは明らかであり、裁判籍(土地管轄)に関する民訴法7条が問題になる事案ではない。

(3) また、原決定は、併合提起された各請求をいったん弁論分離してしまえば、各請求についての訴額等から個別に事物管轄を決められる、という大前提があるようである。しかしその前提には、明らかに法解釈の誤解がある。

そもそも、手続の法的安定の要請から、管轄は提訴時を基準に定めるものであり(民訴法15条)、弁論の分離によって訴額が140万円を下回ったとしても、これにより事物管轄が影響を受けるものではない(コンメンタール民事訴訟法Ⅰ第1版178頁)。本件訴訟においても、提訴時に訴額が併合合算で140万円を超えていたのは明らかであり、これを分離したからといって地方裁判所の事物管轄が失われるものではない。

また、本件訴訟では、原告夫の請求も原告妻の請求も同じ札幌地方裁判所の土地管轄になるのだから、併合した各請求のうち1個の土地管轄が異なることを理由とする一部移送(民訴法16条)もなしうるはずがない。従って、一部移送ができない以上、事物管轄が簡易裁判所になるはずがないものである。

(4) 本件訴訟は、原告が夫婦関係にあり、生活状況が共通している上に、借入の事情や返済経過についてもある程度の共通性が認められるから、審理も円滑化が図れるものであり、共同訴訟の実益は充分に認められる。

また被告側においても、応訴の煩は事件数が1件か2件かで異なるものではなく、むしろ事件を分離されたほうが個別に話をしなければならずわずらわしいということもありうる。

原決定の処理は、民事訴訟法の解釈上明らかに誤っているというだけではなく、実質面においても、併合審理が適当と思われる事案をあえて実益もないのに分離してしまうという点で、不当といえる。

5 まとめ

以上、原決定には法理論が欠如しており理由がないことが明らかであるから、即時抗告による是正を求めるものである。

以上

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