札幌地方裁判所滝川支部 平成17年(ワ)10号 判決 2006年3月29日
主文
1 原告が被告の総務部長及び出納責任者の地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,123万4091円及びうち20万円に対する平成16年12月10日から,うち19万0491円に対する平成17年2月22日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,平成18年3月から平成19年12月まで,毎月21日限り各7万0300円を支払え。
4 被告が平成16年度第6回理事会の議決及び平成16年度第12回理事会の議決により行った空知土地改良区職員退職給与規程の一部改正は,いずれも無効であることを確認する。
5 原告のその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用はこれを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
7 この判決は,第2項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 主文第1項と同旨
2 被告は,原告に対し,19万0491円及びこれに対する平成17年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,平成17年3月から平成19年12月まで,毎月21日限り各7万0300円を支払え。
4 被告は,原告に対し,600万円及びこれに対する平成16年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 主文第4項と同旨
6 訴訟費用被告負担
7 上記第2項ないし第4項につき仮執行宣言
第2請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
原告の請求のうち第1の5に係る訴えを却下する。
2 本案の答弁
(1) 原告の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用原告負担
第3事案の概要
本件は,被告の総務部長及び出納責任者の地位にあった原告が,違法な降職処分を受けて給与が減額された上に精神的苦痛を負ったほか,同時期に不合理な退職給与規程の改正をされて将来支給を受けるべき退職手当が減額される不利益を受けた旨を主張し,被告に対し,①現在も総務部長及び出納責任者の地位にあることの確認,②減額分の給与の支払,③上記精神的苦痛に対する慰謝料の支払,④上記退職給与規程の改正が無効であることの確認を請求した事案である。
1 前提事実(証拠の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 被告は,土地改良法に基づいて設立された土地改良区である。
被告の職員は,原告を含めて13名(うち1名は嘱託)であり,総務部(4名)と技術部(8名)に分かれる。
被告の「空知土地改良区規約」には,総務部長,技術部長,出納責任者及び管理責任者が定められており,総務部長については,「理事長の命を受けて,この土地改良区の事務を掌理するもの」,出納責任者については,「土地改良区の現金又は物品の出納その他会計事務をつかさどる」とされており,総務部長及び出納責任者は被告職員の事務部門のトップと位置付けられている。
(2) 被告は,総会に代わるべき機関として,定数52人の総代会を設置している(被告定款7条,8条)。この総代会は,理事7人及び監事3人を選出する(同16条,17条1項)。
理事は,理事長1人及び副理事長1人を互選し,理事長は被告を代表して理事会の決定に従って業務を処理する(同18条,19条1項)。
監事は,理事が執行する被告の業務及び財産の状況を監査し,その結果を総代会及び理事会に報告し,意見を述べる(同21条1項,被告監査細則2条)。このうち,監事会を開催したり監事の意見を集約するのが総括監事である(甲3,乙6,証人春野)。
(3) 原告(昭和24年*月*日生)は,昭和43年9月から被告の職員として勤務しており,平成10年8月29日付けで総務部長及び出納責任者の職に就き,平成16年12月10日までその地位にあった。
原告は平成20年1月3日付けで定年退職する見込みであり,その場合の勤続年数は39年4か月となる(なお,服務規程12条によると,被告職員の定年は満60歳とされており(甲4),原告の実際の定年退職予定日は平成21年1月3日になると思われる。しかし,原告が平成20年1月3日付けで定年退職する見込みであることについては当事者間に争いがないから,自白の審判排除効により,上記のとおり事実摘示をする。)。
(4) 春野一郎(以下「春野監事」という。)は,昭和50年から昭和63年まで,被告の総代を務め,昭和63年12月に被告の監事に就任し,平成8年からは総括監事となっている(証人春野)。
夏川二郎(以下「夏川理事」という。)は,平成12年12月に被告の理事に就任し,平成16年12月からは被告の副理事長を務めている(証人夏川)。
(5) 被告の「空知土地改良区職員の服務等に関する規程」(以下「服務規程」という。)4条1項は,「理事長は,職員が次の各号の一に該当する場合には,降職又は解雇することができる。」と定め,その事由として「勤務成績が良くない場合」(1号),「心身の故障のため職務の遂行に支障があり,又はこれに耐えない場合」(2号),「その他その職務に必要な適格性を欠く場合」(3号)及び「業務量の減少その他業務運営上やむを得ない事由が生じた場合」(4号)を掲げている(甲4)。
(6) 被告代表者は,平成16年12月10日,原告に対し,原告の役員に対する言動行為が服務規程4条1項3号に該当するとして,同規程に基づき,原告を総務部長及び出納責任者の職から解き,技師に任命して管理係長を命ずる旨の降職処分をした(以下「本件降職処分」という。)。
上記の役員に対する言動行為とは,①原告が,同年7月23日,監事会終了後の懇親会において,被告の総括監事である春野監事に対し,同人を批判する言動をしたこと,②原告が,同年8月19日,懇親会終了後の宿泊施設内において,被告の理事である夏川理事に対し,同人を批判する言動をしたことをいうものとされた。
被告は,本件降職処分に伴い,原告の基本給(毎月21日に当月分を支払うものとされている。)を月額47万4000円から45万1100円に減額し,また,管理職手当月額4万7400円の支給を停止したため,月額合計で7万0300円の減額となった(なお,平成16年12月分については,日割計算により,合計4万9891円の減額とされた。)。
(7) 被告は,被告が発行する広報「水土里ネットそらち」の平成17年1月11日号において,全職員の氏名及び役職を掲載し,原告を総務部長から管理係長に降職したことを周知した。
(8) 被告が平成3年8月8日に制定した空知土地改良区職員退職給与規程(以下「退職給与規程」という。)3条1項は「職員が退職した場合の退職手当の額は,退職の日におけるその者の給料月額に,別表の支給率を乗じて算出した金額を一時に支給する。」と定め,5条1項は「退職手当の算定の基礎となる勤続期間の計算は,職員としての引続いた在職期間による。」とし,同条2項は「前項による在職期間の計算は,職員となった日の属する月から退職した日の属する月までの月数による。ただし,勤続年数35年(63.5箇月分)を最高限度とする。」としていた。なお,この当時の支給率に係る別表は,別紙1のとおりである(甲10)。
被告は,平成16年12月10日の平成16年度第7回理事会(ただし,同年11月24日の平成16年度第6回理事会の議決追加事項という扱いとされた。)において,退職給与規程3条1項に規定する支給率表を別紙2のとおり改めること,5条2項のただし書を削除すること,これらの改正を同年11月24日から施行することを議決し,この結果,退職給与規程は同日付けで上記のとおり改正された(甲7)。
被告は,平成17年3月30日の平成16年度第12回理事会において,退職給与規程3条1項に規定する支給率表を別紙3のとおり改めること,この改正を同年4月1日から施行することを議決し,この結果,退職給与規程は,同日付けで上記のとおり改正された(乙13,乙28)。
被告は,平成17年6月17日の平成17年度第2回理事会において,退職給与規程の取扱いについて,傷病又は死亡により退職した場合の支給率については,同規程支給率表中の普通退職扱いとする旨を議決した(乙29)。
2 原告の主張
(1) 本件降格処分の違法性
ア 服務規程4条1項1号ないし3号は,地方公務員法28条1項1号ないし3号と同一内容となっているところ,地方公務員法28条1項3号にいう「その職に必要な適格性を欠く場合」とは,当該職員の簡単に矯正することのできない持続性を有する素質,能力,性格等に起因してその職務の遂行に支障があり,又は支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合をいうものと解されている。原告は,昭和43年から37年間被告の職員として勤務していることから明らかなとおり,職務に必要な適格性を欠くものではなく,また,酒席で役員を批判したことによって適格性を欠くに至るものでもない。なお,原告は,春野監事に対する言動は認識しているが,夏川理事に対する言動は思い当たらない。
本件降職処分は,原告の酒席での言動に対する総括監事らによる意趣返しというべきものであり,何ら正当性のあるものではない。その内容も,被告の職員のトップである総務部長及び出納責任者から技師及び管理係長に降格させるという極端なものである。被告には,部長と係長との間に,次長,課長及び課長補佐がいるから,原告は本件降職処分により4階級降格されたことになる。
管理係長の職務内容は,現場(揚水機場等)での作業が中心であり,これまでの事務職とは大きな相異がある。加えて,原告は,本件降職処分の事実が被告広報誌に掲載されて,大きな屈辱感を味わった。
イ そこで,原告は,原告が現在も被告の総務部長及び出納責任者の地位にあることを確認すること,平成16年12月分から平成17年2月分までの給与及び手当の差額合計19万0491円及びこれに対する平成17年2月分の給与支払日の翌日である同月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うこと,同年3月分から定年退職予定日の前月である平成19年12月分までの給与及び手当の差額分1月当たり7万0300円を毎月21日限り支払うこと,本件降職処分による精神的苦痛に対する慰謝料600万円及びこれに対する同処分日である平成16年12月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うことを請求する。
(2) 退職給与規程改正の無効確認
ア 原告は,被告が平成16年11月24日開催の平成16年度第6回理事会及び平成17年3月30日開催の平成16年度第12回理事会において行った退職給与規程の一部改正の無効確認を請求している。
原告が退職した場合,退職給与規程の適用が直ちに問題となるのであるから,予め原告に不利益に変更された部分の無効確認を求める利益はある。したがって,上記確認の訴えは適法である。
イ 被告は,上記理事会において,退職給与規程の支給率を引き下げたほか,それまでなかった自己都合退職という項目を設けた上,自己都合退職に該当する場合には普通退職の場合よりも低い支給率を適用するように改正した。
原告は,平成18年2月の時点で勤続37年6か月である。仮にその時点で退職すると,平成16年第6回理事会議決による改正前の退職給与規程における支給率は63.5であったところ,同改正後の支給率は50.0となった。本件降職処分直前の原告の月額基本給与額47万2400円で換算すると,減少額は637万7400円に上る。上記改正による原告の不利益の程度は著しく大きい。
上記改正が行われた扱いとなっている平成16年11月24日の第6回理事会においては,原告に対する本件降職処分も承認された。しかも,実際に上記改正議決が行われたのは同年12月10日の第7回理事会であり,その改正内容も,特に勤続35年以上の退職者が自己都合退職する場合の支給率を著しく小さくするというものである。被告の理事会においては,同年3月以降,退職給与規程の支給率を滝川市の水準まで引き下げるよう検討していたが上記理事会で突如改正議決をしなければならない理由は見当たらない。上記改正議決は,違法な降職処分により任意退職する蓋然性のある原告を想定して行ったものといわざるを得ない。
原告にこれだけ不利益を与える退職給与規程の改正であるから,被告としては,仮に将来の問題として滝川市や近隣の土地改良区の支給水準に合わせる必要があったとしても,そのことにより不利益を受ける個々の職員に十分な配慮をして,できるだけ既得権に影響を及ぼさないようにするべきであった。それにもかかわらず,被告は,上記不利益を是正するに足りる措置を何ら講じていない。また,規程改正を行ったとする第6回理事会では口頭による要綱的な議決しかされず,第7回理事会になってようやく改正後の支給率表が書面で明確にされるというもので,手続上もルーズであった。就業規則を変更するためには,変更案の作成後,従業員の過半数を代表する者の意見を聴取した上で,労働基準監督署への届出をし,従業員に周知する必要がある。退職手当は労働者にとって重要な権利であるから,少なくともこれに準ずる手続がとられるべきであるが,被告は従業員に対する意見聴取すらしていない。
そもそも退職は,傷病や死亡のほかは,自己都合によりなされるものであるから,普通退職のほかに自己都合退職という概念を設けて支給率を下げることに合理性は乏しいし,退職事由を事実上拘束することになり,3年ないし5年以上の労働契約期間の定めを禁止した労働基準法14条の趣旨にも違反するものである。他の土地改良区においても,自己都合退職における支給率減額を20年未満としている。
したがって,上記退職給与規程改正は,原告が受忍するに足りる高度の必要性がなく,合理性を欠くものとして無効というべきである。
3 被告の主張
(1) 本件降格処分の適法性
原告は,平成16年7月23日,監事会後の慰労会の2次会において,春野監事に対し,「監査の指摘により改良区も改良区職員の立場もがちゃがちゃにされてしまった。」「今までのような発言をしていたら,後ろから石をぶつけられるぞ。さらには,お前の家庭や後継者の将来もないようにするぞ。」「お前は世間ではどうにもならない人だと言われておるから,死んでも葬式に出る職員は一人もいない。」などの暴言を吐いた。また,原告は,同年8月19日,北空知管内土地改良区運営協議会(1泊2日)における懇親会終了後,宿泊施設において同部屋になった夏川理事に対し,理事会において職員の給与に関して不利益な発言をしているとして,「お前は理事を辞めろ。お前は次期改選時には出てくるな。」との暴言を吐いた。
服務規程4条1項3号に定める「職務に必要な適格性を欠く場合」とは,素質,能力,性格等に起因してその職務の遂行に支障があり,又は支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合のほか,職務遂行に当たって上司の命令に従わないなど服務条項を遵守しないと認められる場合を含むと解される。
原告の上記暴言は,これまで再三なされてきた被告職員の給与改定,退職給与規程の見直し等の監査報告に対する不満からなされたものと思われる。しかし,春野監事らは,その職責において,昨今の人事院勧告の趣旨に則して職員の給与改定,退職給与規程改正などの監査報告を行ったもので,原告から非難されるいわれはない。原告が意見を述べるのであれば,彼告代表者としかるべき協議の場でするべきである。
原告が行った上記暴言は職場秩序を乱すものと評価せざるを得ない。加えて,原告は,総務部長という事務部門のトップとして,部下職員を指導監督し,ときには上部団体ないしは関係団体との折衝をするものであるところ,上記のような言動に照らすと,その素質能力に欠けるといわざるを得ず,ひいては職務の遂行に支障が生ずるおそれがある。なお,原告は,これまで昭和59年2月1日付けで降職処分を受けたことがあるほか,平成10年8月21日付けで役員に対する暴言について始末書を提出している。
本件降職処分は,原告を総務部長職から解き,技師に任命して管理係長を命ずるというものである。原告は,技師として採用されたもので,全く経験のない職種への降職ではない。また,原告の総務部長当時の本俸は47万4000円であったが,本件処分後は45万1100円であり,減額幅はさほど大きいものではない。
そうすると,本件降職処分は社会的通念に照らして合理性を欠くものではなく,裁量の範囲内の処分であるから適法というべきである。
(2) 退職給与規程改正の適法性
ア 原告は,退職給与規程一部改正の無効確認を請求している。しかし,原告が退職し,退職手当の支払請求を前提として退職給与規程一部改正の無効を主張するのであればともかく,改正一般についてまで無効確認を求めるする利益はない。確定判決の既判力は訴訟当事者のみに効力を持つものであり,被告の職員全員に適用される規程自体の無効確認まで求める利益はない。
イ 被告は,土地改良法によって設立が認可された公法人であって,組合員から徴収する賦課金で運営されている。被告の職員に対する給与等の待遇は,ほぼ人事院勧告や滝川市の例にならってきた。被告の上記退職給与規程の改正は,北海道や滝川市の支給率と同一水準に引き下げるというものである。
被告の運営費は,組合員からの賦課金によっているが,昨今の農業経営の現状は厳しく,組合員の負担にも限界がある。また,被告は,平成16年度において,国,北海道及び滝川市から,国営造成施設管理体制整備推進事業受託金として70万円を受託し,国営造成施設管理体制整備強化支援事業補助金として2460万5000円の補助を受けたほか,滝川市から,維持管理費助成金として726万7000円の助成を受けている。これらのことから,被告は,これまで職員の給与等について人事院勧告や北海道及び滝川市職員の水準に合わせて支給してきたものであり,今回の退職給与規程改正も同様の趣旨によるものである。
被告は,原告が春野監事らに対して暴言を吐く前から,総代会や理事会において,退職給与規程の支給率を滝川市職員の水準に合わせるよう検討する旨の議決をしていた。
したがって,今回の被告の退職給与規程改正は,原告の任意退職を予想して行ったものではなく,厳しい財政状況や社会情勢に見合う内容に変更するもので,合理性がある。
第4当裁判所の判断
1 事実関係
(1) 証拠等(各項目に記載したもの)によると,下記の事実が認められる。
ア 原告は,被告における監事は,かねてから被告の老朽化した水路の改修工事に対して消極的な意見を述べたり,理事の業務執行権に属するはずの職員の人事等に深く関わりすぎていると考えていた(甲18,原告本人)。
イ 原告は,昭和59年2月1日付けで降職処分を受けたことがあったほか,平成10年8月21日付けで,当時の被告副理事長(現在の被告代表者)に対して暴言を吐いたとの理由で始末書を提出したことがあった(当事者間に争いがない。)。
このうち,平成10年8月21日付け始末書は,被告における施設改修工事に関して,現場担当者の人選について当時の被告副理事長と口論になったことが原因で,被告の理事会の求めにより作成したもので,「さる6月19日酒席の雑談の中で甲野副理事長につい地元事業推進の情熱のあまり感情が高まり暴言を吐き不快感を与えました事を反省し今後このような事がないように気をつけます。」という内容であった(乙7、原告本人)。
このほかに,原告は,被告において行事があった際の懇親会の席上で,夏川理事に対し,職員の給与や人事等の待遇面のことに関して,「あんたはまだ若いんだから,将来の改良区を見据えてちゃんとやってほしい。監事の言いなりになるようなことはするな。」などと述べたことがあった(証人夏川)。
ウ 被告は,組合員から徴収する賦課金や国又は地方公共団体から交付される補助金等により土地改良事業を行うもので,公共組合とされている。ただ,被告に対する補助金等は,国や地方公共団体の財政状況から削減される傾向にあり,被告の組合員の農業経営も安定しているとはいいがたい状況にある。そのため,被告は,職員の待遇について,人事院勧告や周辺の地方公共団体の水準と大きく齟齬が生じないように調整しようとしていた。
もっとも,最近10年間をみても,被告に単年度で欠損が生じたことはない(甲9,乙29,証人春野,原告本人,被告代表者)。
エ 被告の監事は,平成11年3月に開催された平成10年度第5回監事会や,平成12年2月に開催された平成11年度第7回監事会において,被告組合員の経済情勢が厳しいので,被告職員の給与水準の見直しを検討せざるを得ないとの意見を述べた(乙19,乙21)。
被告の監事は,平成16年2月に開催された平成15年度第6回監事会において.地方公共団体においては財政難から手当や給与の改定が検討されている,公務員に準ずる待遇を受けている被告においても,役員報酬や職員給与の改定をしなければ被告の組合員の理解を得られない旨の意見を述べた(乙3)。
そして,平成16年3月中旬に開催された平成15年度通常総代会においても,総代が,近隣の土地改良区と比較して被告職員の退職金支給率が高いので,その見直しを検討されたい旨の質問をしたことに対し,当時の被告代表者は,「退職給与金の率については土地改良区の標準的な率へ数年前に改善している。しかし,滝川市の退職金率を調査する価値はあると考えられ,近隣土地改良区の調査も行った上で,必要があれば理事会で協議したい。」旨の回答をした(乙9)。これを受けて,同月下旬に開催された平成15年度第10回理事会においても,被告の退職給与規程中の支給率部分について,滝川市職員の水準に合わせる方向で検討することが確認された(乙10)。
また,被告の監事は,平成16年7月に開催された平成16年度第2回監事会においても,「国家公務員及び地方公務員に係る退職給与の見直しが検討されているが,被告においては改定に手をつけていないため,地方公共団体に合わせることと近隣の土地改良区との調和をはかりながら早急に改正するよう検討することが望ましい。死亡退職時に2割加算する旨の規定については,地方公共団体にはない。定年退職以外の自己都合退職の場合の支給率が低く抑えられている。退職給与規程を見直す場合にはそれらを含めて地方公共団体に合わせる方向で検討されたい。」旨の意見を述べた(乙2)。
オ 被告においては,平成16年7月23日,監事らによる監査が終了した後,監事,理事及び被告職員による慰労会が開催された。春野監事及び原告は,ともに慰労会後の2次会に出席した。
原告は,かねてから用水路の改修工事に消極的な意見を述べていた春野監事に対して自らの意見を述べようと考え,この2次会の席において,向かい側の席にいた春野監事に対し,「監事のおかげで改良区も職員の立場もめちゃくちゃにされた。」,「あんたは後ろから石をぶつけられるぞ。」,「あんたは世間からどうにもならん奴だと言われている。」,「あんたの後継者の立場も将来はなくなるぞ。」,「あんたのような人が亡くなったとしても改良区の職員は誰一人として葬式には行かない。」などと申し向けた。原告はこのほかにも,賦課金を多く支払っている農家のためにも用水路の改修工事をするべきであると述べたほか,春野監事が被告への賦課金を7万円しか支払っていないと発言したことに対し,「200万円の賦課金を払っている人がたくさんいるが,その人たちの幸せをどう考えているのか。」などと述べ,さらに春野監事が「小さい農家は意見を言ってはだめなのか」と発言したことに対し,「そうだ。」などと述べた。このため,原告と春野監事は十数分程度の言い合いになった(甲18,証人春野,原告本人)。
カ 被告においては,平成16年8月11日,平成16年度第4回理事会が開催された。この理事会においては退職給与規程の改正について議論がされた。この席上,原告は,被告の総務部長として,「国家公務員は最高支給率が59.28となっており,滝川市も同じ支給率とするため,現在は経過措置をとり,平成17年4月1日から59.28に変更するとのことである。被告においては自己都合退職の率を設けていないが,滝川市の支給率表には記載されているので,併せて協議していただきたい。」旨の提案説明をした。
これに対し,春野監事は,「当面の間は滝川市に合わせた形にし,内容は検討課題として近隣土地改良区,各市町村の支給率を比較しながら結論を出したらどうか。」と発言した。暫時休憩の後,退職手当支給率の改正を平成17年4月1日から実施すること,59.28の支給率表を使用すること,被告には存在しなかった自己都合退職率も滝川市職員の水準に合わせた率で設けることで,理事会における合意を得た(甲5)。
キ 原告は,平成16年8月19日に開催された北空知管内土地改良区運営協議会後の懇親会に出席し,夏川理事らと酒食をともにした。原告と夏川理事は,その懇親会が終了した後,宿泊施設において同室であったことから,ともに室内で飲酒を始めた。すると,原告は夏川理事に対し,「お前なんか理事を辞めろ。次の改選期には出てくるな。俺は80年の歴史のある改良区のためを思って言っているんだ。」などと発言した。これに対し,夏川理事も憤慨し,十数分程度の言い合いになった(証人夏川)。
ク 春野監事は,平成16年9月初旬ころ,夏川理事と会った際,原告が夏川理事にも飲酒をして上記のような発言をしたことを聞き,自らが原告から言われたことを含めて,原告の総務部長としての適格性に疑問を抱くようになった。また,春野監事は,被告の一職員にすぎない原告が上司である自分に対して暴言を吐いたことに憤慨した。春野監事は,原告が自らのところへ謝罪に来るべきものと考えていたが,原告は何ら謝罪や弁明をしなかった(証人春野)。
ケ 春野監事は,平成16年11月8日に開催された被告の平成16年度第4回監事会において,原告について理事会においてしかるべき処理をされたい旨の発言をした。
すなわち,春野監事は,同年7月23日の監査講評会後の懇親会の席において,原告から上記オのような発言をされたことについて,「酔った席であろうと接待をする立場で総括監事に対してあのような言動を取るということは職員あるいは部長としての資質に大いに欠け,部長としての資格がないと思う。規程に従って一つのけじめを理事者につけていただきたい。」旨を述べた。
また,春野監事は,この監事会において,退職給与規程の改正について,近隣土地改良区の水準に合わせるとされていたにもかかわらず規程の整備が不十分である,今すぐ退職該当者がいないとしても,どのような都合で適用する場合が生じるかもしれないので,支給率を下げる形で改正されたい旨を述べた。
原告は,この監事会においては,春野監事に対して上記のような発言をした覚えはない旨を述べたが,その約1週間後に春野監事宅を訪れ,上記発言に対して謝罪をした(甲17,甲18,原告本人)。
コ 原告は,被告の理事会において,退職給与規程の支給率を滝川市職員に対する退職手当の水準まで引き下げる旨の合意がされたことを受け,自ら滝川市の江部乙支所に赴き,同市職員に支給される退職金に係る支給率表を入手し,これを平成16年11月24日に開催された被告の平成16年度第6回理事会に提出した(甲22,甲23,乙12,原告本人,弁論の全趣旨)。
サ 被告の理事7名及び監事3名は,平成16年11月24日に開催された平成16年度第6回理事会において,午後2時43分ころから午後6時ころまで,原告の春野監事や夏川理事に対する暴言を理由とする降職処分ができないか検討した。この間,出席者の意見としては,原告の言動が管理職としてはふさわしくないという点では一致していたが,降職処分をするべきか否かについては意見が分かれていた。夏川理事も当初は降職処分をすることに消極的であった。ただ,春野監事は降格処分を行うよう積極的に発言をしていた。このこともあって,最終的には原告に対する本件降職処分をすることもやむを得ないとの結論に至り,上記理事会において,原告に対する本件降職処分を行うことが承認された。
また,春野監事は,この第6回理事会において,すでに平成17年4月1日から施行される予定であった退職給与規程の改正を前倒しで実施するよう意見を述べた。すなわち,春野監事は,「退職給与規程の改正について,滝川市は現在60.99か月分が最高であり,来年度からは59.28と決まっているのに,被告は国家公務員に準じるのであれば即改正するべきである。もし,緊急にこれを運用しなければならない事態が生じたらどのようにするのか,応急的に市に合わせるのであれば即座に作業を進めるべきである。春の総代会でも退職金の問題が出ているのであるから,この時期には改正されていなければならないと思う。」と発言し,当時の被告理事長が同年第4回理事会においてすでに平成17年4月1日から改正する旨の議決をしていると説明しても,春野監事は,監事団の意見としつつ,即座に改正をするべきであると主張した。これを受けて,被告理事会は,平成17年3月31日までは暫定的に,滝川市職員が普通退職の場合の支給率60.99と同様とすることとした上,自己都合退職という項目を新たに設けて,その支給率を滝川市職員の水準まで引き下げることを議決した(甲6,証人春野及び夏川,弁論の全趣旨)。
シ 被告の平成16年度第7回理事会は平成16年12月10日に開催され,同第6回理事会における議決追加事項という形式で,退職給与規程のうち支給率表を別紙2のとおり改正する旨の議決がされた。また,上記第7回理事会においては,原告に対する本件降職処分を承認する旨の議決もされた。ただし,原告に対する基本給については,本来は,管理係長へ降格であれば最高でも36万4000円となるはずであるが,それでは総代会を乗り切ることができないとの認識が被告の理事にあったため,職員の間に不均衡があると認められる場合には被告の理事長が理事会の承認を得て別に定めることができるとの職員給与規程を適用して,45万1000円とすることとし,その旨の議決をした(甲7,甲8)。
ス 被告においては,退職給与規程における支給率表を改定する旨の議決をしたが,支給率をどのように改定するかについては特に議論がされたことはなく,単に滝川市職員に対するものと同様の支給率に変更するべきものとして議決するに至った。被告においては,近隣の土地改良区における退職給与規定の支給率が検討されたこともなかった(被告代表者)。
セ 滝川市職員に対する退職手当に関する事務については,滝川市が加入している北海道市町村職員退職手当組合が北海道市町村職員退職手当条例に基づき処理をしている。
同条例は,退職日における給料の月額に勤続期間に応じた支給率を乗じて退職手当額を算定するものとしており,現在の支給率は別紙3と同様とされている(甲19ないし,甲23,乙12,弁論の全趣旨)。
ソ 被告の平成15年度における一般会計収入支出決算書によると,同年度における収入は,賦課金2億8592万7342円,施設等の使用料988万9820円,受託金及び補償金4051万9265円,借入金2145万3000円,財産売払等の収入466万2327円,補助金及び助成金6480万2468円,積立金の繰入金1724万3000円,諸収入1242万2039円,前年度繰越金2631万7171円の総額4億8323万6432円であり,支出は,一般管理費8554万9013円,営造物管理費1億1522万5650円,選挙費23万6619円,土地改良事業費4400万9805円,諸税及び負担金3440万6095円,繰出金5689万2000円,償還金1億0091万1827円,諸支出金2563万4741円の総額4億6286万5750円であり,差引2037万0682円が翌年に繰越しとなった。
このうち,被告の一般職員に係る人件費については,上記支出のうち一般管理費における俸給及び手当に分類され,その金額は6161万0195円である(甲9,証人夏川)。
(2) 証拠判断
ア 原告は平成16年8月19日における夏川理事に対する発言についてはよく記憶していない旨を供述し,同人作成名義の陳述書(甲18)にも同様の記載がある。証拠(証人夏川)によると,夏川理事も,当時は飲酒をしていて,現段階においては,発言の詳細な文言までは必ずしも鮮明に記憶しているというわけではないと認められる。しかし,夏川理事が,原告から暴言を言われていないのにこれらを言われたなどと記憶違いするとは考えにくい。また,夏川理事は,上記認定事実のとおり,原告に対する本件降職処分には必ずしも積極的ではなかったものと認められ,敢えて原告から暴言を吐かれたなどと虚構の事実を作出して原告を陥れる必要性も蓋然性も乏しい。よって,原告は平成16年8月19日に,夏川理事に対して上記認定事実のとおりの発言を行ったものと認められる。
イ 被告代表者は,被告の平成16年度第6回理事会における休憩時間が長くなったのは,原告に対する処分を服務規程4条によるものとするか,懲戒処分に係る同56条を適用するかについて,議論になったからである旨を供述し,同人作成名義に係る陳述書(乙29)にも同様の記載がある。しかし,同休憩時間中に議論に加わっていた夏川理事は,根拠規定をどのようにするかについては特段の認識はない旨を供述している上,原告の降職処分の根拠規定をどのようにするかということだけで3時間以上も議論が必要になるとは考えにくい。夏川理事の供述や上記理事会前における春野監事の言動に照らすと,春野監事が原告に対する降職処分を強硬に主張し,これに必ずしも同調しない理事に対する説得工作に時間を要していたものと推認するのが相当である。
結局,本件降職処分は,春野監事が,原告から懇親会の2次会の席上において,総括監事としての職務を否定する発言をされたことに憤慨し,その強い希望により行われたものというべきである。
2 本件降職処分の適法性について
(1) 原告は,被告の職員の地位にあって,被告によって総務部長及び出納責任者を命ぜられていたものである。したがって,被告が原告の総務部長及び出納責任者の地位を免ずるか否かは,本来任命者に専属する人事権の行使として自由裁量に委ねられているが,その裁量権の範囲を逸脱ないし濫用して降職処分を行うと,当該処分が違法無効となると解される。この裁量権の逸脱ないし濫用に該当するか否かは,使用者側における業務上ないし組織上の必要性の有無及びその程度,労働者がその職務ないし地位にふさわしい能力や適正を有するか否か,当該処分により労働者が受ける不利益の性質及び程度等を考慮して判断するのが相当である。
(2)ア 上記認定事実によると,原告は,被告の春野監事と夏川理事に対し,原告を含む被告職員の待遇や被告の事業内容に関して意見を述べたものであるが,春野監事及び夏川理事の人格攻撃に及ぶ部分もあり,また,口論になるほど強い口調で申し向けたものと認められる。原告が,被告の事務方のトップである総務部長及び出納責任者としての地位にあったことを考慮すると,原告の上記各発言は適切さを欠くものといわざるを得ない。
しかし,原告の春野監事に対する発言は,監事会終了後の懇親会の後に有志で行ったものと思われる2次会の席上で行われたもので,夏川理事に対する発言も,協議会後の懇親会の後に宿泊施設に入ってから行われたものであり,いずれも勤務時間中に行われたものではなく,職務執行との関連性が希薄な場面において行われたものである。原告の春野監事や夏川理事に対する上記のような発言も上記の1回ずつしか行っておらず,春野監事,夏川理事その他被告の監事及び理事に対し,継続的に被告職員の待遇等に関して意見を述べていたり暴言を吐いたりしていたとは認められない。
その反面,原告は,退職給与規程における支給率を滝川市職員の水準まで引き下げることに関して,自ら滝川市の関係機関に赴いて資料を収集し,被告の理事会の意思に沿うようにその資料を提出したものであり,原告の言動により被告の事務運営,すなわち,被告職員の給与や退職手当を引き下げる方向で検討していることにつき,現実的な支障が生じたとは認めがたい。また,原告の上記言動により,被告の職場秩序が乱れたとも認められない。
そして,被告の平成16年度第6回理事会の休憩時間中の議論内容や,同年度第4回監事会における春野監事の発言に照らすと,本件降職処分は,春野監事が被告の一職員である原告から暴言を吐かれたことに憤慨し,率先して原告に対する処分を求めたために行われたものと認められ,いわば春野監事の個人的な意趣返しともいいうる性質を有している。なお,上記認定事実のとおり,原告は,この春野監事に対して謝罪をした。
確かに,原告は,平成12年7月に開催された同年度第2回監事会において,監事から,上記認定に係る平成10年8月21日付け始末書について,事実関係に関する記載が乏しく,始末書の体裁をなしていないなどと指摘されたほか(乙22),平成13年7月に開催された同年度第2回監事会において,監事から,事務方のトップである総務部長が監事会を欠席していては円滑な監事会の議事進行に差し支えが生じると指摘されたこと(乙24)もある。しかし,原告は,上記始末書を提出した直後である平成10年8月29日に,被告の事務方のトップである総務部長(当時の呼称は事務部長)に就任したことに照らすと,上記始末書を提出したことや,その原因となった原告の当時の被告副理事長に対する発言については,原告の職務上の適格性を否定する事情とはならないというべきである。また,平成13年度第2回監事会については,被告の正副理事長ともに不在であったこと(乙24)からすると,原告一人の責任が追及されるのは公平さを欠く。原告が常時監事会や理事会を欠席していたと認めるに足りる証拠もないから,ただ1回の監事会の欠席だけで原告の職務上の適格性を否定する事情とはならないというべきである。
そうすると,本件降職処分をすることについて,被告の業務上ないし組織上の必要性は乏しく,原告も,上記のような暴言を吐いたことは事実であるが,そのことのみで,総務部長及び出納責任者としての職務ないし地位にふさわしい能力や適正を有しないとまではいえない。
イ 一方,本件降職処分により,原告は,事務方のトップである総務部長及び出納責任者としての地位のみならず,管理職としての地位を失い,一気に4階級も降格されたものであり,原告が本件降職処分当時まで,被告において36年以上にわたって勤続してきたことを考慮すると,原告のそれまでの被告における職務を大きく否定するほどの不利益性を有しているものといえ,その程度も深刻といえる。
ウ したがって,被告の本件降職処分は,人事上の裁量権を逸脱したもので違法無効というべきである。また,本件降職処分に併せて行われた減給及び管理職手当支給停止の措置も,その根拠となる本件降職処分が無効である以上,同様に無効になるというべきである。
(3) 以上に説示したところによると,原告の本件各請求のうち,①原告が現在も被告の総務部長及び出納責任者の地位にあることを確認すること,②平成16年12月分から平成17年2月分までの差額給与等合計19万0491円及びこれに対する同月分の給与支払日の翌日である同月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うこと,③同年3月分から定年退職予定日の前月である平成19年12月分までの差額給与等1月当たり7万0300円を毎月21日限り支払うこと(なお,平成17年3月分から本件口頭弁論終結直前である平成18年2月分までの差額給与等合計84万3600円については,直ちに支払う義務がある。)は,いずれも理由がある。
(計算式)(49,891+70,300×2)=190,491
70,300×12=843,600
次に,本件降職処分が違法であることを理由とする慰謝料請求について検討する。上記認定事実のとおり,本件降職処分がされた直接の契機は,原告が,被告の理事者の業務執行を監査する立場にある春野監事や,業務執行権を有する夏川理事に対し,懇親会終了後の酒席とはいえ,被告の職員待遇という人事政策の中心的課題に関して,春野監事や夏川理事に対する個人攻撃を含むような不適切な発言をしたことにある。そうすると,本件降職処分は違法ではあるものの,それがされたことにより原告が被った精神的苦痛の大部分については原告において甘受すべきである。このことのほか,原告は,本件降職処分により,職務上の地位については管理職を剥奪されたものの,給与面ではさほどの減額とはならなかったこと,原告の降格後の地位が被告の広報誌に掲載されたことや,原告の勤続年数,事務部長ないし総務部長の在職年数等の事情を総合考慮すると,原告の慰謝料請求については20万円の限度で理由があるというべきである。したがって,原告の上記慰謝料請求は,20万円及びこれに対する本件降職処分の日(不法行為日)である平成16年12月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
3 本件退職給与規程改正の有効性について
(1) 改正の無効確認の利益
原告は,被告の平成16年度第6回理事会議決及び第12回理事会議決により行われた退職給与規程改正の無効確認を求めている。
上記改正の無効を確認すると,現在紛争となっていて,近い将来原告が受給することになる退職手当の支給率を予め確定することができ,適切な紛争処理方法といえる。したがって,上記各改正の無効を確認する利益は肯定されるべきである。
これに対し,被告は,被告の職員全員に適用される規程自体の無効確認まで求める利益はない旨を主張する。しかし,被告の主張するとおり,上記無効確認の判決の効力が及ぶのは原告及び被告に限られること(民事訴訟法115条1項)からすると,被告は,本件訴訟において上記無効確認の判決がされたとしても,原告以外の被告職員に対しては改正後の退職給与規程の効力を主張することができるはずである。被告の主張を前提とすると,原告は,被告を退職する前の段階では,退職給与規程改正の効力を争う意思のない被告の職員をも訴訟当事者として,その改正の無効確認の訴えを提起しなければならないことになるが,原告に必要以上の煩瑣を強いるもので妥当ではない。なお,原告が現段階で上記無効確認の訴えを提起する利益があることについては,上記に説示したとおりである。
したがって,原告の上記無効確認の訴えはいずれも適法である。
(2) 本件退職給与規程改正の効力
ア 被告における退職給与規程は,被告の職員が退職した場合の退職手当の計算方法等に関する事項を定めたもので,就業規則としての性質を有するものと解される(労働基準法89条3号の2)。したがって,この変更が原告その他被告の職員に不利益を一方的に課するものであるときは,被告においてその代償となる労働条件を何ら提供せず,また,上記不利益を是認させるような特別の事情がないときは,上記変更は合理的なものとはいえず、原告に対して効力を有しないというべきである。
イ まず,上記退職給与規程の変更が,原告に不利益となることについては,被告も争っていない。その具体的内容について検討する。
原告は昭和43年9月から被告の職員として勤務しており,本件口頭弁論終結時では勤続37年6か月,定年退職予定の平成20年1月の時点では39年4か月となる。
原告に適用されるべき支給率を比較すると,当初の退職給与規程では63.5であったのに対し,平成17年3月の改正後では,本件口頭弁論終結時である平成18年3月に原告が退職した場合には自己都合退職扱いで50.0(基本給13.5か月分減少)となり,平成20年1月に原告が定年退職する場合には普通退職扱いで59.28(同4.22か月分減少)となる。このうち,原告が定年退職する場合における退職手当の差額は,本件降職処分前の基本給47万4000円を用いて計算すると200万0280円となり,本件降職処分後の基本給45万1100円を用いて計算すると190万3642円となる。
(計算式)474,000×(63.5-59.28)=2,000,280
451,100×(63.5-59.28)=1,903,642
ウ 次に,上記不利益変更に対する代償措置の有無,不利益を是認させるような特別な事情の有無を検討する。
上記認定事実によっても,被告が,平成16年度第6回理事会及び第12回理事会における退職給与規程の改正に伴い,原告に対して不利益の代償となる労働条件を提供したとは認められない。特に,原告は,1度目の退職給与規程の支給率表等の改正議決がされた平成16年12月の時点で勤続36年3か月であり,懲戒解雇処分を受けない限り(退職給与規程6条。甲10),当時の支給率表における最高率である基本給63.5か月分の退職手当を受給することができたはずであるから,被告としては,上記改正の際に,係る原告の具体的な期待を代償するに足りる措置を講ずる必要があったといえるが,これを講じたと認めるに足りる証拠はない。
被告は,財政状況に照らして上記のとおり退職給与規程を改正した旨を主張する。上記認定事実によると,被告は,賦課金のほかに地方公共団体からの補助金等により運営されているところ,昨今の社会経済情勢から,それらの補助金が漸減される傾向にあると認められる。しかし,被告において,単年度で欠損が生じたことはなく,上記の補助金が削減されることにより,被告の財政状況が急激に悪化し,職員に対する賃金や退職金の支払に窮することになる具体的な事情があると認めるに足りる証拠はない。そもそも,被告の職員は原告を含めても平成17年1月当時で12名(嘱託職員を除く。)であり,被告の職員が大量に退職する予定であるといった事情は見当たらないから,改正前の退職給与規程の支給率表に従って退職手当を支払うと被告の財政が深刻な状態になるなどとは認めがたい。
一方,上記のような退職給与規程改正の経緯,すなわち,原告の春野監事らに対する発言が行われる前は,春野監事を含めて即時に改正議決をするとの検討はされていなかったこと,春野監事は,原告に対する本件降職処分をするよう主張し始めたころになって,退職給与規程の即時改正を強く要望するようになったこと,実際には平成16年度第7回理事会において行われた退職給与規程改正議決を,敢えて,原告に対する本件降職処分を行うことを承認した第6回理事会の追加議決事項とするものとした上,施行日も第6回理事会当日に遡及させたことに照らすと,上記改正は,原告が本件降職処分により任意に退職することを想定して,原告に支給する退職手当を減額させる意図で行われたのではないかとの疑念を抱かせるものである。
被告は公共組合であり,滝川市等から補助金の交付を受けていることに照らすと,被告の職員に対する退職手当額を滝川市職員の水準に合わせること自体に全く合理性がないとはいえない。しかし,上記認定事実のとおり,特に1度目の退職給与規程の支給率表等の改正は,敢えて改正後の規程の施行日を遡及させて,原告において,早期に退職して有利な支給率により退職手当を受給するか否かを選択する余地を奪う結果となるものであるから,少なくとも原告に対しては,不利益を是認させるような特別な事情があるとはいいがたい。2度目の退職給与規程の支給率表等の改正も,1度目の改正を前提としている以上,原告に対する関係では同様の問題が生じる。
以上に説示したところによると,不利益変更に対する代償措置の有無,原告に不利益を是認させるような特別な事情の有無については,いずれも否定せざるを得ない。
エ したがって,被告が平成16年度第6回理事会の議決及び第12回理事会の議決により行われた被告の退職給与規程の改正は,いずれも原告に対して効力を有しないものと解すべきである。これらの無効確認を求める原告の請求はいずれも理由がある。
4 よって、主文のとおり判決する。
別紙1~3<省略>