札幌家庭裁判所 昭和56年(家)684号 審判 1981年3月16日
申立人 山田正一
未成年者 木藤治
同親権者 山田文子
主文
未成年者の後見人に、申立人を選任する。
理由
第一、本件申立の要旨は、未成年者の親権者(母)山田文子は、心身に著しい障害があつて、親権を行うことができない状況にあるため、現在、未成年者は黒木清、良江(山田文子の姉)夫婦のもとに引き取られて、監護養育されており、いずれは同夫婦との間に養子縁組をするのが、未成年者のためになるので、後見人については、その祖父にあたる申立人を選任して欲しい、というにある。なお、申立人の長女が黒木良江であり、二女が山田文子である。
第二、本件及び関連審判事件の記録によれば、申立事情として述べられた身分関係のほか、次のような事実を認めることができる。
一 未成年者の木藤治は、昭和五一年一二月一一日、父木藤一雄(昭和一六年二月二三日生、本籍は未成年者と同じ)と母山田文子間の長男として出生し、昭和五五年二月一日に父母が協議離婚したため、その際、未成年者の母山田文子がその親権者と定められた。
二 しかし、山田文子は、木藤一雄との結婚後である昭和四六年ころから、精神不安定を理由に、精神病院への入・退院を繰り返し、離婚したのも同女の入院中のことであつて、未成年者については、そのような事情も加わり、出生直後から、山田文子の姉である黒木良江(夫は黒木清)宅に引き取られ養育監護されて、現在に至つている。
三 そこで、昭和五五年一〇月二三日、黒木清、良江夫婦から、その生活実態に鑑み、当家庭裁判所に対し、未成年者につき、同じ氏で幼稚園の入園手続を措りたいこともあつて、同人との養子縁組許可審判の申立(当庁昭和五五年(家)第三一〇九号)がなされ、その代諾権者の意向を聴取する調査の過程で、未成年者の親権者である母山田文子の精神障害の疑い(代諾能力がない旨)が濃くなり、その段階で、
昭和五六年一月一九日、山田文子の父である申立人から、当家庭裁判所に対し、山田文子に対する禁治産宣告・後見人選任の申立(当庁昭和五六年(家)第一一九号、第一二〇号)がなされ、これに基づき、山田文子についての精神鑑定がなされることとなつた。
なお、その精神鑑定の結果は、同年二月下旬ごろ提出されたところ、これをふまえて、同年二月二七日、申立人から、未成年者に対し後見人の選任を求めてきたのが本件申立である。
四 医師○○○○作成の精神鑑定書等によれば、未成年者の母山田文子は、もともと内向的で、内にこもつてしまう性格で、加えて、木藤一雄との結婚後において、同人が仕事の関係で家を長期間あけたりなどして、妻文子を構わず、心やさしくいたわらなかつたこともあつて、衝動的行為に出たり、不穏な状態を招いたりして、精神病院へ前後六回にわたり入退院を繰り返すこととなり、そのうち精神分裂病と診断されるに至り、昭和五三年一月からは、札幌市内の○○病院精神科に継続して入院中である。
ところで、現在、山田文子は、簡単な物事の判断、計算、見当識は保たれており、意識状態においてもとりたてるべき異常はないが、思考のまとまりが悪く、複雑な事象の推理、予測の能力に乏しい。しかも、感情・意志の鈍麻が甚しく、無為、自閉的傾向の著明を原因とする根気、持続力、積極性のなさから、前記のような判断や予測能力等の乏しさが一層増強されており、加えて、最近の常識的知識の獲得がないことから、広い立場からの判断ができない状態となつている。このような現在の病像と、これまでの症状の内容や経過等からして、山田文子が精神分裂病に罹患していることは明らかであり、しかもこれが陳旧化し、いわゆる欠陥分裂病の像を呈し(病名は、陳旧性精神分裂病)、意志発動に乏しく、自ら病識を全く欠いており、これがため、周囲の接触性の乏しい自閉傾向を示している。このような状態像の推移は、度重なる再発の間に次第に進行してきたもので、むしろ持続し、さらに進行することが予測されこそすれ、改善されることは期待できない状態にある。
第三、申立人は、以上のような山田文子の症状から、本件において未成年者につき、後見人の選任を求めるところである。
一 先ず、後見開始事由である民法八三八条一号前段所定の「未成年者に対し、親権を行う者がないとき」とは、一般的には親権者の死亡・親権の喪失・辞任等によつて現に親権者がいない場合を指すものであるが、これに限られるべきものではなく、親権者が生存していても、その心身に著しい障害があつて、事実上親権を行使することができない状況が継続している場合にも、未成年者を保護する目的のもとでは、同視すべきものであるから、これに該当するものと解すべきところ、前記に認定したような山田文子の現在の精神状態からして、同女に著しい精神障害があるものとして、未成年者に対する関係では、後見開始の事由があるものといわなければならない。
二 次に、本件に関しては、山田文子に対する禁治産宣告・後見人選任の申立がなされているので、本件との関係において問題もないことはないが、当裁判所は、前記のように未成年者につき後見開始事由が認定できる以上、同未成年者に対し適当な後見人を選任すべきであつて、その前提として、現に親権者の地位にある母山田文子に対し、必ず禁治産宣告等の手続を経なければならない必然性はないものと考える。
この点につき、申立人に対する審問の結果によれば、申立人は、未成年者に対し後見人が選任されることになれば、山田文子に対する禁治産宣告等を望むものではなく、むしろその審判事件を取り下げたい意向のようである。その意向を一概に無視できないし、養子縁組を含めて、未成年者の福祉の意味から、後見開始の事由が肯定できれば、早急に後見人を選任して、その保護に欠けることのないように措置すべきことが重要である。
第四、そこで、当裁判所は、以上のような事実認定及び説示により、未成年者につき、山田文子に関する禁治産宣告等の申立につき終局的な判断をすることもなく、後見人を選任すべき場合に該当するものと判断する。
本件調査の結果によれば、未成年者の父である木藤一雄は、すでに他の女性と結婚して新しい家庭を持つており、山田文子と離婚した経緯等から、今後同女や未成年者とかかわりたくないし、その後見人にもなりたくない意向を強く示していること、また、前記のように黒木夫婦から養子縁組許可審判の申立がなされていて、これは別個に判断されるとしても、未成年者の福祉のためには、その父である木藤一雄も望んでいるように、未成年者は引き続いて黒木夫婦のもとで監護・養育されることが適当であることが認められる。これらを考慮すると、後見人の候補者としてあげられている、山田文子の父であつて、未成年者の祖父にあたる申立人については、その年齢を心配しないこともないが、未成年者の将来のことを同後見人に託するにしても、実質的には未成年者と黒木清夫婦間における養子縁組の諾否を慎重に決すべきことの地位を付与するに帰着するので、申立人の高年齢にそれほどの比重もなく、その他調査の結果で明らかにされた諸事情を合わせ考えれば、未成年者の後見人に申立人を選任するのが最もふさわしい措置であると思料する。
よつて、本件申立を相当として認容することとして、民法八三八条一項一号前段、八四一条、家事審判規則八三条を適用して、主文のとおり審判する。
(家事審判官 野口頼夫)