大判例

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札幌家庭裁判所滝川支部 昭和46年(家)198号 審判

〔主文〕事件本人の親権者を相手方より申立人に変更する。

相手方は申立人に対し、事件本人を引渡せ。

〔理由〕一 申立人の申立の趣旨は主文第一項のとおりである。

二 当裁判所が取調べたところによれば、次の事実が認められる。

(一) 申立人(昭和二〇年一月一八日生)と相手方(昭和一九年一二月二八日生)とは昭和四二年一〇月一九日婚姻届を了し、昭和四三年一〇月一七日に事件本人をもうけたが、昭和四五年一〇月相手方が高校二年在学の女性と二人で○○から東京へ家出したことが原因となつて当事者間の信頼関係は急速に失なわれ、翌月中旬申立人が相手方の東京生活の後始末のため東京へ行く際事件本人は相手方に預けられたまま、申立人と相手方とは別居することとなり、事件本人の親権者を相手方と定めて同年一二月二八日協議離婚するに至つた。

(二) 前記親権者を定めるにあたり当事者双方の間で事件本人の将来の養育について十分な協議がなされたあとはなく、申立人の側には相手方に対する翻意の期待や将来の生活に対する見透しの不明確さから、冷静な考慮を欠いていたというような事情が認められる。

(三) 申立人は前記別居後肩書住居で文具、雑誌、洋裁品等の販売業を年商約一、八〇〇万円の規模で営む父(五一歳)、母(五〇歳)と同居して家業を手伝うこととなり、その居住状態は安定していて父母及び洋裁を習つている同居の妹が一致して事件本人の養育、監護に協力することを申し合わせている。

(四) 相手方はその父の経営する汲取会社の自動車運転手として月収約五万円であるが、昭和四三年四月一〇日頃申立人と中学同級の早川昌子と見合して同年五月二日から内縁関係に入り、現在事件本人、早川昌子の子である茂登子(二歳)を加え同居の家族は四人で住居の状態は安定している。

早川昌子は約八年程平塚正芳と婚姻生活を送り、その間長女(六歳)と次女として前記茂登子をもうけたが、平塚と離婚して茂登子を養育中、連れ子同志を互いに愛情を持つて養育することを約して相手方と内縁関係に入つたものであるが、再婚禁止の期間が経過していないため未だ婚姻の届出を了してはいない。

(五) 事件本人の相手方のもとにおける現在の養育状況は特段に難ずる点はなく、一応順調と評しうるが、茂登子と年齢が一カ月しか違わず将来の両者の関係には不安定なものがある。

(六) 事件本人に対する愛情の程度については申立人は極めて真摯な態度で事件本人の養育を熱望しており(事件本人を相手方に託した際の事情は前記(一)、(二)認定のとおりであり、これをもつて申立人に事件本人を養育する意思が足りないと難じえないことはもとよりである。)、別居後も事件本人の養育状況に常に留意し、観察していたことが認められる。

一方相手方は父としての愛情に欠けるところはないというけれども、申立人に対する反発の感情が窺われないではなく、また前記(一)の東京への出奔の一事に照らしても父親としての責任の自覚が十分あるか否かにつき疑いをさしはさまないわけにはいかない。

三 以上の事実を総合して判断するに当裁判所は事件本人の親権者を相手方より申立人に変更することを相当と考える。

すなわち生活程度等の物的な面においては当事者間に特段の差異があるということはできないので、もつぱら事件本人の精神的な面において当事者間の優劣を論ずべきであるが、事件本人の二歳という年齢に鑑みればその躾等養育の全般にわたり実母の強い愛情が最も適当であると通常いいうるところ、事件本人は現在相手方と早川昌子とによつて一応平穏に養育されているとはいえその期間は極めて短く、また同女の連れ子との年齢差が僅かであることからこれが事件本人の将来の人格形成に益するとは即断しえないのに対し、真摯かつ積極的に事件本人の養育を望み受入態勢を整えた申立人に事件本人の養育を委ねる方が結局同人の福祉により合致するといわざるをえない。

よつて本件申立を認容し、事件本人の引渡については家事審判規則七二条、五三条を適用して主文のとおり審判する。(前川鉄郎)

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