札幌高等裁判所 平成10年(ネ)319号 判決 2002年2月07日
主文
1 第一審原告承継人らの控訴に基づき,原判決中,株式会社ほくねん(以下「第一審被告ほくねん」という。)に関する部分を次のとおり変更する。
(1) 第一審被告ほくねんは,第一審原告承継人X1に対し,2850万9068円及びこれに対する平成4年4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 第一審被告ほくねんは,第一審原告承継人X2,同X3及び同X4に対し,各950万3022円及びこれに対する平成4年4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 第一審原告承継人らの第一審被告ほくねんに対するその余の請求を棄却する。
2 第一審原告承継人らのその余の控訴及び第一審被告ほくねんの控訴をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じて,第一審原告承継人らと第一審被告ほくねんとの間に生じた分はこれを8分し,その3を第一審原告承継人らの負担とし,その余は第一審被告ほくねんの負担とし,第一審原告承継人らとその余の第一審被告らとの間に生じた分は,全部第一審原告承継人らの負担とする。
4 この判決は,第1項(1)(2)に限り仮に執行することができる。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 第一審原告承継人ら
(1) 原判決を次のとおり変更する。
ア 第一審被告らは,第一審原告承継人X1に対し,各自4392万8891円及びこれに対する平成4年4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 第一審被告らは,第一審原告承継人X2に対し,各自1464万2964円及びこれに対する平成4年4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ 第一審被告らは,第一審原告承継人X3に対し,各自1464万2964円及びこれに対する平成4年4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
エ 第一審被告らは,第一審原告承継人X4に対し,各自1464万2963円及びこれに対する平成4年4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 第一審被告ほくねんの控訴を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも第一審被告らの負担とする。
(4) 仮執行宣言
2 第一審被告ほくねん
(1) 原判決中第一審被告ほくねんの敗訴部分を取り消す。
(2) 第一審原告承継人らの各請求を棄却する。
(3) 第一審原告承継人らの各控訴を棄却する。
(4) 訴訟費用は,第1,2審とも第一審原告承継人らの負担とする。
3 第一審被告ほくねんを除くその余の第一審被告ら
(1) 第一審原告承継人らの本件各控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は第一審原告承継人らの負担とする。
第2事案の概要
本件は,アパートの賃借人が一酸化炭素中毒により死亡した事故に関して,その相続人が,ガス器具(湯沸器)の(製造)販売者,ガスの販売(点検)業者,ガス器具の設置(点検)業者及びアパートの賃貸人に対し,不法行為もしくは債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償を求めた事案である。
(当事者の主張)
1 請求原因
(1) 当事者
ア 第一審被告株式会社パロマ(以下「第一審被告パロマ」という。)は,ガス器具の製造・販売を業とする会社である。
イ 第一審被告ほくねんは,プロパンガスの供給・ガス器具の設置工事を業とする会社である。
ウ 第一審被告ホクエイテクノ株式会社(以下「第一審被告ホクエイテクノ」という。)及び第一審被告有限会社ホクエイ・マイリー(以下「第一審被告ホクエイ・マイリーと,また両社を合わせて「第一審被告ホクエイら」という。)は,給湯設備の設置・保守・修理等を業とする会社である。
エ 第一審被告Yは,札幌市北区北a条西b丁目c番d号所在のアパート(以下「本件アパート」という。)を所有し,これを賃貸している者である。
オ A(昭和38年4月14日生)は,平成4年3月1日,第一審被告Yから本件アパートの1階7号室(以下「本件居室」という)を賃借した者である。
(2) 事故の発生
Aは,次の事故(以下「本件事故」という)に遭った。
ア 日時 平成4年4月3日午後8時ころ
イ 場所 本件居室
ウ 事故の態様・結果
Aは,風呂に湯を入れるため,本件居室内に設置されたパロマガス湯沸器強制排気型・品名PH-101F(以下「本件湯沸器」という。)を使用したところ,一酸化炭素が発生して室内に充満し,上記日時ころ,急性一酸化炭素中毒により死亡した。
エ 本件事故の原因
本件湯沸器は,もともと内部に強制排気装置を備えており,点火スイッチを入れて湯を沸し始めると,発生した二酸化炭素を排気管から室外に排気し,そのかわりに新鮮な空気を室内に取り入れて,不完全燃焼を防止する仕組になっていた。
ところが,本件事故時には本件湯沸器の強制排気装置が故障して作動せず,そのため室内の酸素が欠乏して不完全燃焼を起こし,その結果,一酸化炭素が室内に充満して本件事故が生じたものである。
なお,本件事故以前に本件湯沸器と同型の湯沸器に関して,他所でも同種の事故が発生していた。
(3) 第一審被告らの責任
ア 第一審被告パロマ
(ア) 本件湯沸器には,次の瑕疵があった。
a 本件湯沸器は,制御基盤のはんだ付け部分に,はんだ割れが生じていたため,点火しても強制排気装置が作動しない状況になっていた。
b そして,本来,強制排気装置が作動しない場合には,安全装置であるガス通路をしゃ断する装置(排気あふれ防止装置)が作動して,燃焼が停止する仕組になっていたところ,本件湯沸器の制御基盤には追加配線による改造が施されており,安全装置が機能することなく点火燃焼が継続する状況になっていた。
(イ) 第一審被告パロマは,本件湯沸器であるパロマ社製PH-101F型ガス湯沸器(以下,同型のガス湯沸器を「本件製品」という。)を製造・販売していたものであるが,①本件製品を製造・販売するに際しては,その安全性を確保し,欠陥・瑕疵のない商品を提供すべき義務,②本件製品の設置者や施工者に対して,設置後の保守点検の仕方,商品の買換え時期,故障時の修理の仕方,修理する場合の注意点等を詳細に説明すべき義務,③商品の欠陥・瑕疵を原因とする事故が発生した場合には,業者を通じて,商品の安全性を確保するため,事故の情報を提供すべき義務があるにもかかわらず,これらの注意義務に違反し,前記瑕疵のある本件製品を製造・販売し,本件製品の設置者や施工者に対して保守点検の注意等を十分に説明せず,あるいは,事故の情報を提供しなかった過失により,本件事故を生じさせた。
(ウ) 仮に第一審被告パロマが本件湯沸器を製造したのでなかったとしても,本件湯沸器には,第一審被告パロマの名称が付けられており,取扱説明書や工事説明書にも,第一審被告パロマが製造したものと消費者には理解される表示になっていた。
したがって,第一審被告パロマは,信義則上,本件湯沸器が第一審被告パロマの製造ではない旨の主張をすることは許されず,少なくとも,製造者に準じるものとして,その責任を負うべきである。
(エ) 第一審被告パロマは,ガス器具という,その故障が即人命の危険を招く蓋然性の高い危険物を扱って独占的に巨額の利益を得ているのであり,その社会的責任は極めて重いものである。しかも,本件事故以前に同種事故が発生していたことから,本件湯沸器のコントロールボックスの端子にはんだ割れが生じて燃焼しなくなった場合に,本件湯沸器の取扱業者が応急措置として追加配線による改造の方法で安全装置が機能することなく点火燃焼が継続するように修理することを予想できたから,安全な修理方法について同取扱業者に対して通知,徹底させる義務があるのにこれを怠った。
イ 第一審被告ほくねん
(ア) 第一審被告ほくねんは,プロパンガス供給業者として,プロパンガス及びガス器具について専門的かつ高度な知識及び情報を独占し,本件湯沸器の保守点検を請け負っていたから,ガス器具の不完全燃焼などによる事故が起きないように,強制排気装置が燃焼中に停止することがないか,停止した場合には排気あふれ防止装置が作動するか等,その安全性を確認すべき義務があったにもかかわらず,これを怠り,第一審被告Yから本件湯沸器の設置,保守,点検を依頼されていながら,本件湯沸器の買換えを勧めることなく,本件湯沸器の前記瑕疵を見逃し,あるいは,前記瑕疵を作り出した過失により本件事故を生じさせた。
(イ) 第一審被告ほくねんは,その従業員が適切な点検・修理を怠った過失により本件事故を生じたさせたから,本件事故について使用者責任がある。
ウ 第一審被告ホクエイら
(ア) 第一審被告ホクエイらは,プロパンガスを使用した給湯設備を一般消費者宅に設置し,これを保守・点検・修理していたから,本件湯沸器を設置した際に,前記瑕疵が発生していた場合には,これを発見して本件湯沸器の使用を取り止めさせるか,これを生じないように修理すべき義務があったのに,これを怠った過失により本件事故を生じさせた。
(イ) 第一審被告ホクエイらは,従業員が適切な点検・修理をしなかった過失により,本件事故を生じさせたから,本件事故について使用者責任がある。
エ 第一審被告Y
(ア) 第一審被告Yは,本件アパートの所有者兼本件居室の賃貸人であるから,賃借人の賃借家屋内での生命・身体・健康の安全を確保すべき義務がある。
(イ) 第一審被告Yは,右安全確保義務に違反し,本件湯沸器の買換えを節約するために,補修用部品の保存期間である7年間の2倍近い14年間も老朽化した本件湯沸器を設置し続けたほか,賃借人が安全に使用できるように本件湯沸器の保守点検・修理を行い,ガス漏れ装置などを設置すべき義務があったにもかかわらず,これを怠った過失により本件事故を生じさせた。
(ウ) 仮に第一審被告Yが本件湯沸器の保守点検を第一審被告ほくねんに委ねていたとしても,第一審被告Yは,賃貸人として当然なすべきガス器具の保守点検義務を履行するに当たり,第一審被告ほくねんを履行補助者として用いたものであり,その故意過失は第一審被告Yの故意過失と同視できるから,免責されない。
(エ) Aは,本件居室に入居した直後から,頭痛がするが,その原因はガス器具にあるのではないかと疑って,第一審被告Yに対し,ガス器具を点検するように申し入れていた。しかるに,第一審被告Yは,その点検をしなかった。
(オ) 第一審被告Yは,賃貸借契約に基づく安全配慮義務違反,民法709条又は同法717条に基づく損害賠償責任がある。
(4) 損害
ア Aは,本件事故により,次のとおり合計7985万7782円の損害を被った。
(ア) 葬儀費用 130万円
(イ) 逸失利益 5555万7782円
死亡時の年収 544万1400円(平成4年度男子労働者全学歴計賃金センサスによる)Aは,死亡当時,28歳で三井観光開発株式会杜が経営する札幌パークホテルに勤務し,年収388万0606円を得ていた。同社は,道内の優良企業であり,定期昇給等も確実であったから,賃金センサス程度の年収を得ることは確実であった。
稼働年数 39年間(67歳まで)
中間利息控除 ライプニッツ係数17・017
生活費控除 40パーセント
(ウ) 慰藉料 2300万円
Aは,本件事故時,健康な男性であり,近い将来,Bと結婚することが予定されていたのに,本件事故により,自己の意思に反して人生を終わらされた無念さは察するに余りある。その苦痛を慰藉するには,2300万円が相当である。
イ 相続
Aの法定相続人は,父親の第一審原告Cと実子のDであるが,Dは相続を放棄した。そのため,第一審原告Cが単独で相続したところ,同人は,平成11年11月16日死亡し,その妻である第一審原告承継人X1,子である第一審原告承継人X2(長女),同X3(二女)及びX4(長男)が法定相続分の割合で相続した。
ウ 弁護士費用
第一審原告承継人らは,同代理人らに本件訴訟の追行を委任した。その費用は,800万円が相当である。
エ 損害総合計 8785万7782円
(5) よって,損害賠償として,第一審被告ら各自に対し,第一審原告承継人X1は4392万8891円,第一審原告承継人X2及び同X3は各1464万2964円,同X4は1464万2963円及びこれらに対する本件事故が発生した日である平成4年4月3日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 第一審被告パロマ
ア 請求原因(1)アのうち,第一審被告パロマがガス器具の販売を業とする会社であることは認めるが,その余は否認する。第一審被告パロマはガス器具の製造はしていない。本件湯沸器を製造したのは,パロマ工業株式会社(以下「パロマ工業」という。)である。
イ 同(2)アないしウの事実は認める。エの事実は不知。
ウ 同(3)アのうち,本件湯沸器の制御基盤にはんだ割れが生じており,その部分が一部改造されていたことは認め,その余は争う。
エ 同(4)の事実は不知。
(2) 第一審被告ほくねん
ア 請求原因(1)イ及びオの事実は認める。
イ 同(2)のうち,アは不知,エは否認。その余は認める。
ウ 同(3)イは争う。第一審被告ほくねんは,第一審被告Yとの間で消費設備の点検・調査の契約を締結していたわけではない。
エ 同(4)の事実は不知。
(3) 第一審被告ホクエイら
ア 請求原因(1)ウの事実は否認する。
第一審被告ホクエイテクノは,給水工事を業とする会社であり,第一審被告ホクエイ・マイリーは,給水修理工事を業とする会社である。
イ 同(2)の事実は認める。
ウ 同(3)ウは争う。
ただし,第一審被告ホクエイテクノが本件居室に本件湯沸器を設置したことは認める。
第一審被告ホクエイテクノ(当時の商号・北栄住宅設備株式会社)は,本件アパートの建築工事の元請業者である株式会社三五工務店からの注文で,本件湯沸器の給水管・給湯管等の設置工事を下請け,本件居室に本件湯沸器を備え付けた。しかし,本件湯沸器の保守・点検業務は請け負っておらず,強制排気装置が正常に作動するかどうかを確認すべき立場にはない。
第一審被告ホクエイ・マイリーは,本件湯沸器の設置とは関係がない。
エ 同(4)の事実は不知。
(4) 第一審被告Y
ア 請求原因(1)エ及びオの事実は認める。
イ 同(2)の事実は認める。
ウ 同(3)エのうち,(ア)は認めるが,(イ)ないし(オ)は争う。
エ 同(4)の事実は不知。
3 第一審被告らの主張
(1) 第一審被告パロマ
ア 第一審被告パロマは,パロマサービスショップ(以下「パロマサービス」という)に対し,一般消費者からのパロマ製品の修理を請け負うように依頼している。パロマサービスは,第一審被告パロマから独立した修理業者である。第一審被告ほくねんは,湯沸器の修理技術を持っており,パロマサービスに本件湯沸器の点検を依頼してはいない。
イ 本件事故は,安全装置が作動しないように本件湯沸器を改造したことが原因で発生したものである。この改造をパロマサービスが行ったと推測する根拠はない。
ウ 経年変化により回路にはんだ割れが生じることは想定された事態であって,製品の欠陥ではない。そのために,本件湯沸器には,はんだ割れが生じても湯沸器が停止するように安全装置が設計装備されているのである。
エ 本件製品の取扱説明書及び工事説明書に修理方法について説明がないのは当然のことである。一般消費者が自身でガス器具を修理することは全く想定していない。故障の際の修理方法については,構造,作動原理とともに,修理業者及び販売業者に配付するサービス資料で説明している。サービス資料では,コントロールボックスの故障に対しては,コントロールボックスの交換を指示しており,本件のような安全装置の機能を失わせることになるような追加配線による改造は指示していない。
オ 本件と同種の事故が発生していたことから,第一審被告パロマが本件湯沸器に危険な改造がなされることを予見できたということはできない。第一審被告パロマとしては,危険な改造を施した者が判明したケースについて,考えられる修理先につきすべて点検し,個別に対応してきている。
カ 第一審被告パロマは,本件事故と同種事故の情報を積極的に収集し,同種の事故防止策を検討して,事故の再発を防ぐために,製品開発に反映させるほか,直接に働きかけることのできるサービスショップ,販売代理店,ガス供給業者等に講習会を開催するなどして度々注意を喚起し,監督官庁である通産省や社団法人日本ガス石油機器工業会等を通じて危険な改造がなされないよう広報活動を行ってきた。
(2) 第一審被告ほくねん
ア 第一審被告ほくねんは,プロパンガス(液化石油ガス)販売事業者であり(ガス器具の点検・修理は,ガスの販売に関連して必要な範囲で行っているものである。),液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律(以下「液石法」という。)の適用を受けるものであるところ,液化石油ガスの販売業者は,液石法36条により湯沸器等の消費設備の設置につき調査義務が法定されている。これによれば,第一審被告ほくねんは,一般消費者(本件では,A)に販売する液化石油ガスに係る消費設備との関係で,液石法施行規則(以下「液石法規則」という。)37条,38条により定められている,以下のような技術上の基準,調査方法に基づく調査義務を負っているにすぎない。
(ア) 技術上の基準
a 燃焼器は消費する液化石油ガスに適合したものであること
b 検知区域に液化石油ガス用ガス漏れ警報器が設置されていること
c 液化石油ガスの消費量が0・85キログラム毎時を超える燃焼器には,当該燃焼器に接続して基準に適合する排気筒が設けられていること
d 排気筒に接続される排気扇の材料は不燃性であること,この排気扇にはこれが停止した場合に燃焼器への液化石油ガスの供給を自動的に遮断する装置が設けられていること(なお,本件湯沸器は排気扇が湯沸器に内蔵されており,排気扇が排気筒に接続されている場合には当たらない。)
(イ) 調査方法
a 調査を行う事項は,上記技術基準に関する事項
b 調査の回数は,液化石油ガス供給開始時及び2年に1回以上そして,第一審被告ほくねんは,平成元年12月10日,平成3年12月14日,平成4年2月27日に,本件湯沸器につき,これらの液石法に基づく調査義務を履行している。
イ 本件事故は,本件湯沸器の排気あふれ防止装置が正常に機能しないために生じたものであるところ,本件当時,同種事故の存在,原因,対策についての情報が提供されていなかったため,湯沸器の構造ないし電気回路について専門知識を有する者でなければ,右原因を看破することは不可能であり,第一審被告ほくねんの従業員らにおいて,液石法による調査によってそれを発見することはできなかった。また,湯沸器のフロントカバーをはずして改造の有無を調査することは当時もしておらず,現在でも,法定の調査によりこれを発見することは不可能である。
ウ 本件湯沸器の欠陥は,第一審被告パロマの責任である。
(ア) 本件製品は,それまでの家庭用湯沸器とは異なり,初めて電気回路を有し,強制排気装置を内蔵した小型の新製品であった。第一審被告パロマは,広汎な宣伝を行い,昭和55年の発売直後から,人気製品となっていた。
(イ) 本件製品について,点火しない,途中で種火が消えるといった苦情が多発した。その原因は,コントロールボックス内の制御基板のはんだ付けに欠陥があり,製造後早期にはんだ割れが生じたためである。
第一審被告パロマは,上記のような欠陥のない湯沸器を製造・販売すべき注意義務があった。
(ウ) 本件事故以前にも,昭和62年1月9日に苫小牧市のアパートで同種の事故が発生したほか,平成2年12月11日から平成4年1月6日までに4件の同種事故が発生している。
第一審被告パロマとしては,各事故の後に,①直ちに本件製品の全てについてコントロールボックスを交換すべき注意義務,②端子台の短絡改造がなされていないかを点検・調査すべき義務,③事故を新聞紙上などで公表して本件製品の使用者の注意を喚起し,パロマによる点検,調査を受けるように呼びかけるべき注意義務,④液化石油ガス関係者に事故を公表し,同種事故の防止について協力を求めるべき注意義務があったのに,これらの注意義務を怠った。
(エ) 本件湯沸器に対してなされた改造は,パロマサービスに所属する者(以下「パロマサービス社員」という。)によってなされたものである。第一審被告パロマ社員は,パロマサービス社員に対し,このような改造の危険性を知らせるべき注意義務があった。また,パロマサービス社員は,第一審被告パロマの被用者ないし被用者と同視すべき者である。
したがって,第一審被告パロマには,民法715条による責任がある。
(3) 第一審被告Y
ア 第一審被告Yは,昭和56年ころ,本件アパートを新築した際に本件湯沸器を設置したのであるが,その後は,第一審被告ほくねんに対し,本件湯沸器の定期点検を依頼し,また,入居者が替わるたびに,本件湯沸器の点検を依頼していた。そして,Aが入居する直前の平成4年2月ころにも,第一審被告ほくねんに対し,本件湯沸器の点検を依頼した。
第一審被告Yは,専門業者である第一審被告ほくねんに対し,本件湯沸器の点検を依頼していたのであるから,賃貸人及び所有者として必要な安全確保義務を履行している。
イ 第一審被告Yが,Aからガス器具の点検の申出を受けたことはない。
理由
1 事実関係
当事者間に争いがない事実に,証拠(甲2,甲3の1,2,甲4,甲10,甲12ないし15,乙イ1,乙イ2の1ないし6,乙イ3ないし8,乙イ9の1ないし3,乙ロ1ないし6,乙ハ1ないし11,乙ハ15ないし17,乙ハ23,乙ハ26,乙ハ38ないし42,乙ハ46,乙ハ49,乙ハ52ないし54,乙ハ58,証人F,同G,同H,同I,第一審被告ほくねん代表者,第一審被告Y本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると,次の事実を認めることができる。
(1) 当事者
ア 第一審被告パロマは,ガス器具の販売等を業とする会社である。ガス器具の製造はしていない。
イ 第一審被告ほくねんは,プロパンガス,灯油,ガス器具等の販売,配管等を業とする会社であるが,消費者からの依頼によりガス器具の点検・修理も行っていた。
ウ 第一審被告ホクエイらは,冷暖房機器の設置・販売等を業とする会社である。
エ 第一審被告Yは,昭和56年11月ころ,株式会社三五工務店に発注して札幌市北区北a条西b丁目c番d号に賃貸用の本件アパート(木造モルタル2階建・1階8戸,2階8戸)を新築し,現にこれを所有する者である。
(2) 本件湯沸器の設置・管理等
ア 本件アパートの各戸には,昭和56年10月,本件湯沸器と同型の湯沸器が,株式会社三五工務店から給湯工事を下請した第一審被告ホクエイテクノ(当時の商号・北栄住宅設備株式会社)により設置された。
イ 本件アパートが新築された当初から,本件アパートで使用するプロパンガスは,液化石油ガス販売事業者である第一審被告ほくねんが供給しており,第一審被告ほくねんと各入居者との間でプロパンガスの販売契約が締結されていた。
ウ 第一審被告Yは,本件アパートに設置した湯沸器の修理を第一審被告ホクエイテクノやパロマサービスに依頼したことがあったが,平成元年ころからは,湯沸器の修理については,第一審被告ほくねんに委ねるようになっていた。また,入居者が替わった場合にはその都度連絡して,第一審被告ほくねんにガス器具の点検をしてもらっていた。
エ 第一審被告ほくねんは,本件アパートの湯沸器を含むガス器具について,第一審被告Yからの連絡により賃借人が交替する度に必要な点検を行っていたほか,2年に一度の定期点検も行っていた。そして,修理が必要な場合には,第一審被告ほくねんは,ガス器具の部品をパロマサービスから取り寄せる等して自ら修理するほか,パロマサービスに直接修理を依頼することもあった。
オ 本件湯沸器は,昭和55年ころ,パロマ工業が製造し,第一審被告パロマが販売した製品であり(ガス消費量は最大で1・58キログラム毎時),電気回路を備え,強制排気装置を内蔵した,初めての小型アパート用の湯沸器であった。安全装置としては,停電時のガス遮断装置,パイロット安全装置(パイロットバーナーの炎が消えたとき,安全装置が働いて自動的にガスが止まる装置),過熱防止装置,水抜きせん兼安全弁,排気あふれ防止装置(排気筒がつまったり,排気ファンが正常に回転しない場合,湯沸器を使い始めて数分後に安全装置が作動してガス通路を遮断する装置),過電流防止装置を備えていた。
(3) 本件事故の発生
ア Aは,平成4年2月26日,第一審被告Yとの間で本件居室につき賃貸借契約を締結し,同月27日から本件居室に居住するようになった。
イ 第一審被告ほくねんは,本件居室に設置された本件湯沸器についても,2年に一度(近くは,平成元年12月と平成3年12月)の定期点検を行っていたほか,賃借人の交替時の点検をしていた。そして,Aが賃借するに際しても,第一審被告Yからの連絡を受け,平成4年2月27日,第一審被告ほくねんの従業員であるGが,Aの立会いを得て,本件湯沸器のガス漏れの有無,燃焼状態,燃焼圧力,閉鎖圧力等について点検を行った。しかし,その点検の範囲内では,特に異常は発見されなかった。
ウ Aは,その後,本件居室で生活するようになった。Aは,平成4年4月3日,職場の同僚であるBとともに本件居室に帰宅し,風呂に湯を入れるため本件湯沸器に点火した。ところが,本件湯沸器が不完全燃焼し,同日午後8時ころ,急性一酸化炭素中毒により死亡した。
(4) 本件事故の原因
ア 本件湯沸器のコントロールボックスの制御基盤のはんだ付け部分にはんだ割れが生じたことにより通電しなくなり(本件の場合,正確には,接触の具合で通電したり,しなかったりの状態になっていた。),そのため,本件湯沸器に内蔵されている強制排気ファンが,その回転を停止した状態になった。本件湯沸器は,本来,強制排気ファンが停止すると,安全装置である排気あふれ防止装置が作動して,ガスが遮断され,燃焼が停止する仕組みになっていた。
ところが,本件湯沸器については,何者かによってコントロールボックスの端子台に追加配線を取り付ける改造が施されており(以下「本件改造」という。),そのため,はんだ割れによる不通電にもかかわらず,点火燃焼が可能な状況になっていた。その結果,本件湯沸器は,強制排気ファンが停止したにもかかわらず,不完全燃焼を続け,一酸化炭素を発生させた。
なお,本件改造が平成4年2月27日以降に施工された形跡は皆無であり,したがって,それ以前に本件改造が施されたものと推認できるのであるが,それが,いつ頃,誰によってなされたかについては,本件全証拠によっても明らかでない。
イ 以上のとおり,本件事故は,本件湯沸器の強制排気ファンが停止しても,排気あふれ防止装置が作動せず,不完全燃焼を続けたために生じたものと認められる。
ウ なお,本件のようにコントロールボックスの端子台に追加配線による危険な改造がされているか否かは,バーナー燃焼中に電源プラグをコンセントから抜いた場合,瞬時に消火する(安全装置が正常に働いていることになる。)か否かを確認することにより容易に判定することができるところ,第一審被告ほくねんは,前記の点検時に,このような検査はしていなかった。
(5) 同種事故の発生と第一審被告パロマの対応
ア 本件事故以前にも,昭和62年1月9日に苫小牧市のアパートで本件製品のコントロールボックスの端子台に本件改造と同様の追加配線が施され,湯沸器のコンセントを差し込まなくとも着火する状態となっていたため不完全燃焼したことを原因とする一酸化炭素中毒による死亡事故が発生したほか,平成2年12月11日,平成3年9月8日,平成4年1月3日,同月6日にも,本件製品(ただし,型式の異なる製品も含まれている。)に本件改造と同様のコントロールボックスの改造がなされたための,一酸化炭素中毒による死亡事故等が発生していた。
イ 第一審被告パロマとしては,本件のように湯沸器のコントロールボックスの制御基盤にはんだ割れが生じて通電せず,湯沸器が使用不能となったときには,コントロールボックス自体を交換することにより対処するようパロマサービスをはじめ,ガス器具販売店,修理業者等を指導しており,そのために札幌統括営業所の部品センターに二,三か月分の在庫を保管するほか,道内の各営業所に必要な部品を揃えていた(もっとも,第一審被告パロマにおいては,昭和57年当時,コントロールボックスに不具合が生じた場合に,適切なはんだ接続により対処する方法を指示したことのあることが窺われるが(乙ハ28),それ自体,あくまでも例外的な対処であったことが認められる[乙ハ58,I証言]。)。
しかし,個々の修理業者の中には,手元に予備のコントロールボックスの持合せがなく,また,コスト面も考え,すぐに使用できるようにしてほしいとの消費者からの要望に応じて,本件のような改造をした可能性が考えられた。
ウ そのため,第一審被告パロマは,昭和62年の事故発生後,直ちに調査を始め,その結果,苫小牧地区で当時のパロマサービスの担当者であった金丸が同種の改造を行っていたことが認められたため,同人の修理伝票に基づき,金丸自身に修理先を訪問させて誤った改造がなされていないかを確認させるとともに,第一審被告パロマにおいても,独自かつ戸別にその点検・確認を行った。
エ 第一審被告パロマは,昭和63年5月24日,全国の営業所等に宛てて,「ガス器具の安全点検に関する注意」と題する文書を発し,この中で,ガス器具の燃焼不良等による事故が散発している旨,器具に設置されている種々の安全装置は正しく働く様整備すること,いかなる理由があってもこれらの安全装置を外したり,殺したり等の改造作業は絶対に行ってはならないこと,万一このような作業が原因で事故が発生した場合には責任を問われることがあること,そのため,安全に関する部品在庫は絶対に切らさないことなどの注意を促し,この趣旨をパロマサービス,ガス器具販売店等の業者,工事関係者に伝えるよう促した。
オ また,第一審被告パロマが販売したガス器具については,パロマサービス,パロマ製品販売代理店など継続的な取引関係にある業者のほか,一般のガス器具販売店,修理業者もこれを取り扱うことがあるので,これら業者らに対しても,定期もしくは随時の講習会への参加を呼びかけ,あるいは業者の自主的な研修会に参加し,本件のような改造行為の危険性につき注意を喚起するとともに,これを行わないように指導し,また,監督官庁たる通産省,社団法人日本ガス石油機器工業会,高圧ガス保安協会等を通じて,広報活動を行った。
2 第一審被告らの責任の有無
(1) 第一審被告パロマ
ア 第一審原告承継人らは,第一審被告パロマが本件湯沸器を製造した旨主張するが,その事実を認めるに足りる証拠はなく,かえって,本件湯沸器はパロマ工業が製造したものであって,第一審被告パロマはこれを販売しただけであることが認められる。したがって,第一審被告パロマについて本件湯沸器の製造物責任は問題とならない。もっとも,商品を販売しただけであっても,当該商品に瑕疵(欠陥)があった場合に,販売者として損害賠償責任が問題とされることはありうるところである。
そこで,本件湯沸器につき,製品としての瑕疵(欠陥)の有無を検討するに,まず,本件湯沸器が出荷・販売された当時に,そのコントロールボックスの制御基盤にはんだ割れが生じていたことを認めるに足りる証拠はない。また,その後,経年使用することにより制御基盤にはんだ割れが発生すること自体は,温度変化のあるところでは,ある程度不可避的に生じる現象であるから(I証言),そのことをもって瑕疵ということもできない(本件湯沸器で使用されたはんだが通常のガス器具で使用されるはんだより耐久性に劣っていたとか,湯沸器では通常より耐久性の勝るはんだを使用すべきであったとかの事情を認めるに足りる証拠もない。)。なお,もともと,本件湯沸器は,強制排気装置が作動しなければ排気あふれ防止装置によって燃焼が停止される仕組みになっていたから,本件湯沸器のはんだ付け部分にはんだ割れが生じたことをもって,本件湯沸器の販売時の瑕疵であると認めることはできない。
また,本件改造による追加配線により安全装置が作動することなく点火燃焼するようになっていたことについては,そもそも販売当時に追加配線が施されたものとは認められず,販売当時に右のような追加配線が施工されることが予見できたとも認められないから,追加配線がされたことをもって,本件湯沸器の販売当時の瑕疵であるということはできない。
したがって,第一審被告パロマが瑕疵のある湯沸器を販売したことを前提とする損害賠償請求は理由がない。(なお,これらを瑕疵と認めることができないから,製造者に準じる責任(請求原因(3)ア(ウ))の有無も問題にならない。)
イ 第一審原告承継人らは,第一審被告パロマが本件製品の設置者や施工者に対して,設置後の保守点検の仕方,商品の買換え時期,故障時の修理の仕方,修理する場合の注意点等を詳細に説明すべき義務があったのに,その義務を怠った旨主張するが,本件において,第一審被告パロマが,本件湯沸器の販売当時に本件のような危険な改造施工が行われることを予見することは困難であったと認められるから,ことさら,このような改造を行わないように注意すべき義務があったと認めることはできない。。
ウ 第一審原告承継人らは,同種事故発生後の第一審被告パロマの態度をもって,説明義務違反,情報提供義務違反等がある旨主張するが,前記認定のとおり,第一審被告パロマは,昭和62年の同種事故発生後,全国の各営業所に対し,パロマ工業製の湯沸器による一酸化炭素中毒事故の発生,事故の原因及び対処方法を連絡,通知して周知徹底を図っており,また,パロマサービス,パロマ製品販売代理店など継続的な取引関係にある業者のほか,一般のガス器具販売店,修理業者らに対しても,定期もしくは随時の講習会への参加を呼びかけ,あるいは業者の自主的な研修会に参加し,本件のような改造行為の危険性につき注意を喚起するとともに,これを行わないように指導し,さらに,監督官庁たる通産省,社団法人日本ガス石油機器工業会,高圧ガス保安協会等を通じて,広報活動を行っているのであり,同種事故発生後になすべき注意義務を怠ったとは認めがたい。
エ なお,第一審被告ほくねんにおいても,本件事故は第一審被告パロマの責任である旨主張するところ,その理由とするところは,第一審原告承継人らの主張するところと重なる部分があるので,これらに対する判断は前示のとりであるが,その外,同種事故発生後にとるべき義務として主張する,直ちに本件製品の全てについて,コントロールボックスを交換すべき注意義務,端子台の短絡改造がなされていないかを点検・調査すべき義務については,その現実的な可能性に乏しいのみならず(平成5年当時で全国に26万台出荷されていた[I証言]。),前記ウの対処のほかに,そのような義務があったとは認めがたく,主張にかかるその余の義務についても,それにより本件事故が防ぎ得たかに疑問があり,採用することはできない。
オ また,前記の経過からすると,本件改造がパロマサービス社員によってなされた可能性が皆無とはいえないものの,その点は不明というほかない本件において,第一審被告ほくねんが主張するように,第一審被告パロマに民法715条の責任を問うことはできない。
(2) 第一審被告ほくねん
ア 本件事故当時の液石法・同法規則には,第一審被告ほくねんが主張するとおりの規定が存するところ,第一審被告ほくねんが同法上の液化石油ガス販売事業者であること,第一審被告ほくねんが液石法・同法規則に基づいてガス器具の点検・調査を行っていたことは前記認定からして明らかである。そして,第一審被告ほくねんは,本件湯沸器について2年毎の定期点検を行っていたほか,平成4年2月27日,Aが本件居宅を賃借にするに際しても,供給開始時の点検を行っている(この時点で,すでに本件改造がなされていたと推認できる。)から,これらの時点,遅くとも平成4年2月27日の時点で,液石法規則で定める,排気扇にはこれが停止した場合に燃焼器への液化石油ガスの供給を自動的に遮断する装置が設けられていることについての実質的な点検・調査義務があったというべきである。第一審被告ほくねんは,本件湯沸器は排気扇が湯沸器に内蔵されているから,排気扇が排気筒に接続されている場合に当たらない旨主張するが,内蔵されていても排気筒に接続されていることは明らかであるから(甲13,乙ロ1),その主張は採用できない。
イ のみならず,前記事実からすると,第一審被告ほくねんは,第一審被告Yからの連絡,依頼,あるいは本件アパートの入居者からの依頼を受けて,居室のガス器具の点検・調査を行っていたといえるところ,このような場合,依頼者としては,ともかくガス器具が安全に使用できるか否かの点検・調査を依頼するのであり,第一審被告ほくねんとしても,依頼者がその意味での安全確認を期待していることを知りながら,これに応じているものと認められる。そうである以上,第一審被告ほくねんとしては,(これを契約上の義務といえるか否かは別として,)このような社会的関係を持つに至った者として,各依頼者に対する信義則上の注意義務を負っているものと解するのが相当である。
ウ そして,本件における,液化石油ガス販売事業者がなすべき点検義務の具体的内容としては,湯沸器の排気筒に接続される排気扇が停止した場合に燃焼器への液化石油ガスの供給を自動的にしゃ断する装置が設けられていることの点検も含まれると解すべきところ,第一審被告ほくねんにおいては,その点検方法として,停電状態にすること,すなわち湯沸器の電源プラグをコンセントから引き抜くという極めて容易な方法によって確認することができたのに,これを怠っていたことが明らかである。
エ 第一審被告ほくねんは,本件改造について,湯沸器の構造や電気回路について専門的知識を有するものでなければ,その原因を発見することは不可能であった旨主張し,これを支持するごとき証拠(乙ハ62,63の各1,2)も存在するところ,確かに,本件の場合,平成4年2月27日の時点で,本件コントロールボックスを開いて危険な改造がなされていないか否かの点検をなすべき義務まであったとは必ずしも認めがたいところである。
しかし,湯沸器の構造や電気回路についての知識がなくとも,本件湯沸器の電源を遮断することで,安全装置が働かないことを容易に発見することができたことは前記説示のとおりであるから(この点こそ,点検の重要項目といえる。仮にその方法について知識がなかったとしても,液石法規則に定められた点検方法については,液化石油ガス販売事業者が自ら習得すべき事柄であり,その知識がないことを免責の理由とすることはできない。ちなみに,第一審被告パロマが昭和56年ころ修理業者向けに作成配付したサービス資料(乙ロ6)にも,修理後の点検の項目で上記の方法による確認をすべきことが明示されている。),その意味で,これを怠った第一審被告ほくねんには過失があったと認めざるを得ない。
オ したがって,第一審被告ほくねんは,本件事故により被ったAの損害を賠償すべき義務がある。
(3) 第一審被告ホクエイら
ア 第一審被告ホクエイテクノは,本件湯沸器を設置したものであるが,設置当時に本件湯沸器の強制排気装置が作動しない瑕疵があったとの事実は,本件全証拠によっても認めることができないし,その後,第一審被告ホクエイテクノが本件改造に関与し,あるいは本件改造を発見できたことを認めるに足りる証拠はない。
イ 第一審被告ホクエイ・マイリーが本件湯沸器の設置や修理点検に関係したことを認めるに足りる証拠は全くない。
ウ したがって,第一審原告承継人らの第一審被告ホクエイらに対する請求はいずれも理由がない。
(4) 第一審被告Y
ア 第一審被告Yは,本件居宅をAに賃貸しているから,一般論としてAに対し賃貸した本件居宅での安全を確保すべき義務(安全配慮義務)があるということができる(第一審被告Yも賃貸人が一般的に右義務を負っていることは自認している。)。
しかし,賃貸建物に設置したガス湯沸器の安全性については,それが極めて技術的,専門的判断を要する事柄であることから,素人考えで単に使用期間の長短により買換えしなければならないか否かを決めなければならないわけではなく,ひとまず,専門的なガス器具の保守・修理業者に点検を依頼し,その結果,その器具の安全性に疑問を呈されたような場合(液化石油ガス販売事業者は,販売契約を締結している入居者に対して湯沸器等の消費設備の調査を行う義務があり,消費設備に不具合がある場合には,これをその所有者又は占有者に通知する義務がある。本件事故当時の液石法36条2項)は格別,そうでない限りは,使用期間が長くなったからといって,当然にガス器具を買い替えなければならない義務があるとはいえない。また,第一審被告ほくねんの点検が不十分であることを認識するか,入居者から直接ガス器具の不調等を訴えられるなどして,本件アパートのガス器具が液石法規則に定める技術上の適合基準に適合しない事実を認識したなど特段の事情がない限り,入居者が変わったことを第一審被告ほくねんに連絡し,第一審被告ほくねんに点検・調査してもらうことによって,安全配慮義務を尽くしているということができる。
イ そして,第一審被告Yが,入居者が入れ替わる都度,第一審被告ほくねんに連絡して点検を依頼しており,本件居宅をAに賃貸するに際しても,第一審被告ほくねんに連絡し,点検・調査してもらっていたことは前記認定のとおりである。他に,本件において,第一審被告ほくねんの点検が不十分であることが認識できた等の特段の事情を認めるに足りる証拠はないから,第一審被告Yに過失は認められないというべきである。
ウ なお,第一審原告承継人らは,Aが本件居室に入居直後から,頭痛がするが,その原因がガス器具にあるのではないかと疑って,第一審被告Yに点検を申し入れていた旨主張し,証人Eの証言中にはこれに沿う供述部分があるが,第一審被告Y本人尋問の結果と対比して,採用することはできず,他に同事実を認めるに足りる証拠はない。
エ また,本件湯沸器の保守管理との関係で,第一審被告ほくねんを第一審被告Yの履行補助者ということができるかについてはそもそも疑問の存するところであるが,仮にこれが肯定できるとした場合でも,このようなケースでは,その選任・監督に過失があるときにのみ責任問題が生ずるものと解すべきところ,本件において第一審被告Yが第一審被告ほくねんに点検を依頼したことについて,その選任・監督に過失があったことを認めるべき事情は見出しがたい。
オ 本件湯沸器は土地の工作物と認めることができないから,第一審被告Yが,民法717条の責任を負う根拠はない。
カ したがって,第一審原告承継人らの第一審被告Yに対する請求は理由がない。
3 損害及び相続
(1) 葬儀費用 100万円
Aの葬儀費用は,100万円が相当と認める。
(2) Aの逸失利益 3301万8136円
ア Aの平成3年度の年収は,388万0606円であると認められる(甲8)。
イ Aは,本件事故当時,28歳であったから,67歳になるまでの39年間,稼働できたと認める。
ウ 中間利息控除 ライプニッツ係数17・017
エ 生活費控除は,50パーセントが相当である。
オ Aの逸失利益は,次の計算式のとおり,3301万8136円である。
計算式 3,880,606×17.017×(1-0.5)=33,018,136
(3) 慰藉料 1800万円
本件事故の原因及びその結果,Aの年齢,その他本件に顕れた事情を総合考慮すると,Aの精神的苦痛を慰謝するには,1800万円が相当と認める。
(4) (1)ないし(3)の合計額 5201万8136円
(5) 相続
甲4,5,訴訟手続受継申立書添付の各戸籍謄本,各除籍謄本,改製原戸籍及び弁論の全趣旨によれば,Aの相続に関し,第一審原告承継人ら主張の事実が認められる。
(6) 弁護士費用 500万円
第一審原告承継人らが本件訴訟の提起,遂行を第一審原告承継人ら代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ,本件事案の内容,審理経緯及び認容額等の諸事情に鑑みると,第一審原告承継人らの本件訴訟遂行に要した弁士費用は,第一審原告承継人らに(法定相続分の割合で)500万円を認めるのが相当である。
(7) 以上の合計は5701万8136円となり,第一審原告承継人X1につき2分の1である2850万9068円,第一審原告承継人X2,同X3及び同X4につき各6分の1である950万3022円の各損害賠償を第一審被告ほくねんに対して請求することができる。
4 よって,原判決中,第一審原告承継人らの第一審被告ほくねんに対する控訴は一部理由があるからこれを変更し,その余の控訴はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前島勝三 裁判官 竹内純一 裁判官 石井浩)