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札幌高等裁判所 平成11年(ネ)312号 判決 2004年12月15日

控訴人 X1 ほか35名

被控訴人 国

代理人 中井隆司 細野隆司 黒川裕正 岡本典子 山村都晴 小林健司 田口治美 澤井知子 髙橋重敏 菅原康男 高倉孝志

主文

1  原判決主文第三項を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は、控訴人らに対し、別紙「請求及び判断一覧表」<略>の「認容額」欄記載の金員及び内金である「認容慰謝料」欄記載の金員に対する「遅延損害金起算日」欄記載の日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを10分し、その7を控訴人らの負担とし、その3を被控訴人の負担とする。

3  この判決の第1項(1)は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(1)  原判決主文第3項を取り消す。

(2)  被控訴人は、控訴人らに対し、別紙「請求及び判断一覧表」<略>の各控訴人に対応する「請求総額」欄記載の金員及び内金である「慰謝料」欄記載の金員に対する「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  被控訴人

(1)  控訴人らの控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

(3)  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第2事案の概要

1  控訴人らは、A株式会社(以下「A社」という。)が経営する炭鉱において就労し、各種粉じん作業によりじん肺にり患した者(以下「元従業員」という。)9名の承継人ないし相続人である。控訴人らは、被控訴人に対し、被控訴人がじん肺の発生又はその増悪を防止するために与えられた鉱山保安法に基づく規制権限を行使することを怠った違法により元従業員らはじん肺にり患ないしじん肺被害が拡大したなどと主張して、国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき、慰謝料等及び遅延損害金の支払を求めている。なお、元従業員らの特定については、別紙「じん肺り患状況一覧表」<略>記載のとおり、各元従業員ごとに整理番号を付して特定し、その承継人ないし相続人である控訴人らについては、別紙「請求及び判断一覧表」<略>記載のとおり、元従業員らの整理番号に枝番を付した。

2  本件訴訟は、当初、本件9名の元従業員らないしその相続人を含む原告らによって、B株式会社、C株式会社、D株式会社、E株式会社、F株式会社(以下、これらの5社を「一審被告企業」という。)、A社及び国を相被告として提起されたものであるが、一審被告企業に対する訴訟については、原審及び当審で訴訟上の和解が成立し、また、A社に対する訴訟については、同社につき平成7年6月22日に会社更生手続開始決定がなされ、平成8年6月27日に更生計画認可決定がなされ、その後これが確定し、平成8年12月20日までに当然に終了したことにより、これらにより訴訟が終了しなかった79名の元従業員ら、その承継人ないし相続人である控訴人らの被控訴人に対する訴えについてのみの審理となったものである。そして、当審における口頭弁論終結後、70名の元従業員ら、その承継人ないし相続人である控訴人らと被控訴人との間で訴訟上の和解が成立したため、本判決は9名の元従業員らの承継人ないし相続人である控訴人らの被控訴人に対する請求のみを対象とするものである。

3  最高裁判所第三小法廷は、平成16年4月27日、最高裁判所平成13年(受)第1760号事件(いわゆる筑豊じん肺訴訟)において、控訴人ら主張の上記被控訴人の権限不行使の違法を認める判決をした(判例時報1860号34頁、判例タイムズ1152号120頁。以下、この判決を「本件最高裁判決」という。)。

第3前提事実等

1  控訴人ら

(1)  別紙「じん肺り患状況一覧表」<略>の「元従業員」欄記載の者は、いずれもA社が経営する炭鉱において、それぞれ同表の「開始」と記載した日から「終了」と記載した日までの間、坑内での粉じん作業に従事した(認定根拠は、別紙「じん肺り患状況一覧表」<略>に記載したとおりである。)。

(2)  控訴人らは、その整理番号の元従業員らから相続(数次の相続を経た者もある。)によりその権利を取得し、その相続割合は同表の「割合」欄に記載したとおりである(弁論の全趣旨)。

2  じん肺の病像

<証拠略>によれば、じん肺の病像は以下のとおりであると認められる。

じん肺の病像は、肺胞内に取り込まれた粉じんが、リンパ腺や肺胞において長期間にわたり腺維増殖性変化を進行させ、じん肺結節、小血管の閉そく等の病変を生じさせるというものであり、粉じんに暴露した後においても、じん肺結節が拡大融合するなどの病状が進行すること(進行性)、いったん発生した線維増殖性変化、気腫性変化等を元の状態に戻すための治療方法がないこと(不可逆性)に特徴がある。発症までの期間は、粉じんへの暴露を開始してから最短でも2、3年、通常は5年ないし10年以上、長い場合で30年以上とされ、しばしば遅発性であって、粉じんへの暴露が終わった後、相当長期間経過後に発症することも少なくない。自覚症状としては、せき、たん、息切れ、呼吸困難等があり、病状が著しく重くなると、呼吸不全、心肺機能障害等から全身の衰弱を来し、肺結核、肺性心、肺炎等の合併症を生じ、死に至ることもある。

3  じん肺に関する法令の概要

(1)  昭和35年3月31日に公布されたじん肺法は、じん肺に関し、適正な予防及び健康管理その他必要な措置を講ずることにより、労働者の健康の保持を図ること等を目的とするものであり(1条)、事業者にじん肺の予防のための措置を講ずべき義務を課し(5条)、粉じん作業に従事する労働者等につき、じん肺健康診断の結果に基づいて健康管理の区分(管理1ないし4)を決定し、事業者は、当該労働者の管理区分に応じて従事させる作業内容を配慮すること等を定めている(4条、21条ないし23条)。じん肺法は、同法の制定に伴い廃止された「けい肺及び外傷性せき髄障害に関する特別保護法」(昭和30年法律第91号。昭和35年法律第29号により廃止された。)と同様、旧労働省の所管であった。

(2)  昭和24年5月16日に公布された鉱山保安法は、鉱山労働者に対する危害の防止等を目的とするものであり(1条)、鉱業権者は、粉じん等の処理に伴う危害又は鉱害の防止のため必要な措置を講じなければならないものとされており(4条2号)、同法30条の委任に基づく、金属鉱山等保安規則(昭和24年通商産業省令第33号。以下「金則」という。)、石炭鉱山保安規則(昭和24年通商産業省令第34号。以下「炭則」という。)等が、鉱業権者が同法4条の規定によって講ずべき具体的な保安措置を定めている。金則は、石炭、亜炭及び石油を目的とする鉱業以外の鉱業、すなわち金属鉱山等における鉱業の保安について定めたものであり、炭則は、石炭鉱業及び亜炭鉱業に関する保安について定めたものである。同法及び両規則は、鉱業権者が鉱山労働者のじん肺を防止するために講ずべき粉じん対策等の規制の法的根拠となるものであり、いずれも旧通商産業省の所管であった。

炭則(昭和25年通商産業省令第71号による改正後のもの)は、石炭鉱業及び亜炭鉱業における粉じん対策に関する一般的な保安規制としては、「衝撃式さく岩機によりせん孔するときは、粉じん防止装置を備えなければならない。ただし、防じんマスクを備えたときは、この限りではない。」と定めるにすぎなかったが、掘採作業場の岩盤中に遊離けい酸分を多量に含有し、通商産業大臣が指定する区域、すなわち「けい酸質区域」においては、せん孔するときは、せん孔前に岩盤等に散水すること、衝撃式さく岩機を使用するときは、湿式型とし、かつ、これに適当に給水することが義務付けられていた。

金則においても、上記の炭則による保安規制と同様の規制が炭則と同時期に導入されたが、昭和27年9月の改正(昭和27年通商産業省令第75号によるもの)により、せん孔前の散水、衝撃式さく岩機の湿式型化を義務付ける上記の保安規制は、金則が対象とする金属鉱山等のすべての坑内作業場に適用される一般的な保安規制に改められ、金則においては、けい酸質区域指定制度は廃止された。

しかし、炭則においては、せん孔前の散水、衝撃式さく岩機の湿式型化を義務付ける旨の保安規制が、一般的な保安規制に改められ、けい酸質区域指定制度が廃止されたのは、昭和61年11月(昭和61年通商産業省令第74号による改正)に至ってであった。

4  被控訴人の責任及びその範囲、損害額

当裁判所は、争点を同じくする本件最高裁判決及びその原審である福岡高等裁判所平成7年(ネ)第643号、第936号、同8年(ネ)第513号事件の判決の趣旨を踏まえ、被控訴人の責任及びその範囲、損害額について、次のとおり判断するものである。

(1)  被控訴人の責任

ア 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的やその権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国賠法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁判所平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁、最高裁判所平成7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁、本件最高裁判決参照)。

これを本件についてみるに、鉱山保安法は、鉱山労働者に対する危害の防止等をその目的とするものであり(1条)、鉱山における保安、すなわち、鉱山労働者の労働災害の防止等に関しては、同法のみが適用され、労働安全衛生法は適用されないものとされており(同法115条1項)、鉱山保安法は、職場における労働者の安全と健康を確保すること等を目的とする労働安全衛生法の特別法としての性格を有する。そして、鉱山保安法は、鉱業権者は、粉じん等の処理に伴う危害又は鉱害の防止のため必要な措置を講じなければならないものとし(4条2号)、同法30条は、鉱業権者が同法4条の規定によって講ずべき具体的な保安措置を省令に委任しているところ、同法30条が省令に包括的に委任した趣旨は、規定すべき鉱業権者が講ずべき保安措置の内容が、多岐にわたる専門的、技術的事項であること、また、その内容を、できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正していくためには、これを主務大臣に委ねるのが適当であるとされたことによるものである。

鉱山保安法の上記目的、各規定の趣旨に鑑みると、同法の主務大臣であった通商産業大臣の同法に基づく保安規制権限、特に同法30条の規定に基づく省令制定権限は、鉱山労働者の労働環境を整備し、その生命、身体に対する危害を防止し、その健康を確保することを主要な目的として、できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく、適時、適切に行使されるべきものである。

イ <証拠略>によれば、次の事実が認められる。

(ア) 労働省が昭和30年9月から昭和32年3月にかけて実施した大規模なけい肺健康診断の結果により、昭和34年ころには、全有所見者が3万8738人で、そのうち炭鉱労働者が1万1747人(全有所見者の30.3パーセント)に達するなど、炭鉱労働者のじん肺り患の実情が相当深刻なものであることが明らかになっていた。

(イ) じん肺に関する医学的知見に関しては、けい肺審議会医学部会が、昭和34年9月、じん肺に関する当時の医学的知見に基づき、炭じん等のあらゆる種類の粉じんの吸入によるじん肺発症の可能性、危険性を肯定し、その症状が高度なものとなった場合の健康被害の重大性を指摘した上で、けい肺(遊離けい酸じん又は遊離けい酸を含む粉じんを吸入することによって肺に生じた繊維増殖性変化の疾病及びこれと肺結核の合併した疾病をいう<けい肺及び外傷性せき髄障害に関する特別保護法2条1項>。)の原因となる遊離けい酸を含有する粉じんに限定せず、あらゆる種類の粉じんに対する被害の予防と健康管理の必要性を指摘する意見を公表した。

(ウ) 上記のとおり、炭鉱労働者のじん肺り患の深刻な実情が明らかとなり、じん肺に関する上記医学部会の意見が公表されたことから、けい肺に限定していた従来のじん肺に関する施策を根本的に見直す必要があると認識されるようになり、政府は、昭和34年12月、上記医学部会の意見に基づくけい肺審議会の答申を受けて、じん肺法案を国会に提出したが、同法案は、じん肺を、遊離けい酸を含有する粉じんの吸入によるけい肺に限定せず、炭じん等の鉱物性粉じんの吸入によって生じたものを広く含むものとして定義し、これを同法による施策の対象とするものであった。

(エ) じん肺防止のための粉じん対策の要は、粉じんの発生の抑止であるとされているが、昭和30年代初頭までには、さく岩機の湿式型化により粉じんの発生を著しく抑制することができるとの工学的知見が明らかとなっており、また、そのころまでには、軽量の手持型湿式さく岩機が実用に供されるようになっていたことから、遅くとも、昭和35年ころまでには、すべての石炭鉱山における衝撃式さく岩機の湿式型化を図ることに特段の障害はなく、現に、金属鉱山においては、昭和27年9月に金則が改正されて以降、さく岩機の湿式型化は急速に進展し、昭和29年までにはさく岩機の湿式型化率は99.7パーセントを達成していた。

(オ) しかるに、石炭鉱山においては、いわば国策としての強力な石炭増産政策が推進されるなどしてきたのに、昭和27年9月の金則の改正後も、炭則によるけい酸質区域指定制度が推持されたため、非指定坑においては衝撃式さく岩機の湿式型化、せん孔前の散水の実施が進まない状況が継続し、その後、前記答申に基づきじん肺法が制定された昭和35年3月以降も、指定の基準も含め、保安規制に関する大きな見直しもされずに、上記制度が存続し、せん孔前の散水、衝撃式さく岩機の湿式型化を義務付ける旨の保安規制が、一般的な保安規制に改められたのは、上記のとおり、昭和61年11月に至ってであった。そのため、石炭鉱山においては、その大部分を占める非指定坑におけるさく岩機の湿式型化率、せん孔前の散水実施率は極めて低い状態で推移したのであり、じん肺防止対策の実施状況は、一般的な粉じん対策も含めて、極めて不十分なものであった。

ウ 上記認定の事実に照らすと、通商産業大臣は、遅くとも、昭和35年3月31日のじん肺法成立の時までに、前記のじん肺に関する医学的知見及びこれに基づくじん肺法制定の趣旨に沿った炭則の内容の見直しをして、石炭鉱山においても、衝撃式さく岩機の湿式型化やせん孔前の散水の実施等の有効な粉じん発生防止策を一般的に義務付ける等の新たな保安規制措置を執った上で、鉱山保安法に基づく監督権限を適切に行使して、上記粉じん発生防止策の速やかな普及、実施を図るべき状況にあったというべきである。そして、上記の時点までに、上記の保安規制の権限(省令改正権限等)が適切に行使されていれば、それ以降の炭鉱労働者のじん肺のり患ないしは被害拡大を相当程度防ぐことができたものということができる。

エ 本件における以上の事情を総合すると、通商産業大臣が、昭和35年4月以降、鉱山保安法に基づく上記の保安規制の権限を直ちに行使しなかったことは、その趣旨、目的に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国賠法1条1項の適用上違法というべきである。

(2)  被控訴人の責任の範囲

労働者がじん肺にり患しあるいはその症状が増悪することがないようにすべき最終的責任を負うのは、いうまでもなく使用者であること、被控訴人の権限不行使の違法がなければ元従業員らの被害がすべて回避できたとはいえないこと、被控訴人の権限不行使の違法が認められるのは、昭和35年4月以降であるところ、元従業員らは、前記のとおり、昭和35年3月以前において既に長期間坑内での粉じん作業に従事していたこと、本件においては、後記のとおり、昭和35年4月以降に坑内での粉じん作業に従事していた期間を考慮せず、また、元従業員らが坑内での粉じん作業に従事した場所がけい酸質区域の指定を受けていたか否かを問うことなく、じん肺管理区分の決定(労働安全衛生法及びじん肺法の一部を改正する法律の一部の施行に伴う経過措置及び関係政令の整備に関する政令<昭和53年政令第33号>2条1項でみなされる場合を含む。以下においてじん肺管理区分の決定について述べる場合も同じである。)及び死因に応じた慰謝料額を一律に認容すること等を考慮すると、損害の衡平な分配の観点から、被控訴人は、少なくとも昭和35年4月以降にも石炭鉱山において坑内での粉じん作業に従事してじん肺にり患し、あるいはじん肺の症状が増悪し、じん肺管理区分の管理4の決定を受けた者に対し、その損害の3分の1(計算上端数がある場合は円未満を切り捨てる。以下同じ)を限度として賠償すべき義務があるとするのが相当である。

(3)  損害

ア 元従業員らのじん肺管理区分の決定

元従業員らは、別紙じん肺り患状況一覧表<略>記載のとおり、最終的なじん肺管理区分の決定(管理4)を受けた(当事者間に争いがない。)。

したがって、被控訴人は、元従業員らに対して上記責任を負うことになる(除斥期間の関係は後に判示するとおりである。)。

イ 元従業員らの死亡及び死因

元従業員らは、別紙じん肺り患状況一覧表<略>記載の年月日にじん肺を直接の原因として死亡した(以下「じん肺死」という。)。死因についての認定は、同表に記載したとおりである(死亡とじん肺との因果関係が証拠上問題となる整理番号51及び147の元従業員らについては、後に個別に判断する。)。

ウ 損害額

(ア) 慰謝料

元従業員らが粉じん作業に従事していた場所の状況や元従業員らの被害を個別に立証することは相当の困難を伴うとともに、審理に長期間を要すると予想されること、元従業員らのり患疾病には共通性があり、被害内容をある程度類型化することが可能であること、控訴人らの請求の態様等に鑑みると、じん肺管理区分の管理4の決定を受けた後にじん肺死した者の慰謝料は、2500万円と評価するのが相当であると判断する。

(イ) 弁護士費用

控訴人らがその訴訟代理人弁護士らに対し、本件訴訟の遂行を委任したことは本件記録上明らかであるところ、本件訴訟の困難性、審理の経過、認容額等諸般の事情を考慮すると、被控訴人の権限不行使の違法と相当因果関係のある損害たる弁護士費用は、認容すべき慰謝料額の10パーセントである250万円が相当である。

第4争点とこれに対する判断

1  死因

死亡とじん肺との因果関係が証拠上問題となる整理番号51及び147の元従業員らの死因についての認定は以下のとおりである。

(1)  整理番号51

死亡診断書(<証拠略>)では直接死因は急性呼吸不全とされているが、急性呼吸不全は急性肺炎を原因とするものであること(<証拠略>)、前記のじん肺の病像に照らすと急性肺炎の原因はじん肺であると認められること、死亡の業務起因性が認められて遺族年金が支給されていること(争いがない。)に鑑みれば、整理番号51の元従業員はじん肺死したものと認めるのが相当である。

(2)  整理番号147

死亡診断書(<証拠略>)では直接死因は呼吸不全とされているが、呼吸不全の原因は肺炎とされ、解剖所見としてじん肺、肺炎が挙げられていること(<証拠略>)、前記のじん肺の病像に照らすと肺炎の原因はじん肺であると認められることに鑑みると、整理番号147の元従業員はじん肺死したものと認めるのが相当である。

2  除斥期間

(1)  被控訴人の主張

ア 民法724条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであるところ、以下のとおり、除斥期間の起算点は損害発生の原因たる加害行為が行われた時点であると解すべきであり、損害発生の時点と解すべきではない。

まず、文言の点であるが、その起算点たる「不法行為の時」とは、損害発生の原因となる加害行為が行われた時点を意味すると解するのが最も文理に沿った解釈である。

次に、制度趣旨の点であるが、民法724条後段の規定の趣旨は、加害者の法的地位の安定を図るため、被害者の認識いかんを問わず、一定の時の経過によって請求権を画一的に消滅させることにあるところ、このような、加害者の法的地位の安定という観点からみると、除斥期間を定める基準としては、客観的に明確に定められるものであることが要請される。しかるに、損害発生時を除斥期間の起算点とすると、損害の発生の態様は様々であり、長期にわたって進行する場合や当初予想できない損害あるいは拡大する損害など、損害発生時をどのように捉えるかが問題になる場合もあり、このような場合には、除斥期間の起算点を明確にするのが困難になる。これに対し、損害発生の原因となる加害行為の時点を起算点とすると、権利関係を早期に確定できることはもちろん、それがいつ行われたかについて、被害者だけでなく、加害者にとっても、比較的明確かつ客観的に捉えることが可能である。

また、損害発生時を起算点とするならば、行為時から20年ないし30年も経過した後に損害が発生した場合には、40年ないし50年も前の過去の事実にさかのぼって、不法行為の存否や損害発生の有無を審理しなければならないことになるが、証拠の散逸のため事実関係の解明が極度に困難となる。かくては、20年という長期の期間を設定し、右期間の経過によって請求権を消滅させ、もって法律関係の確定を図ろうとする民法724条後段の規定の立法趣旨に反することは明らかである。なお、加害行為の時点を除斥期間の起算点とすると、損害が加害行為から20年も経過して発生したような場合には、既に除斥期間が満了していることになるが、損害が加害行為から20年以上経過してから発生するなどということは通常は考えがたい上、除斥期間の制度は、請求権が行使し得ないまま請求権が消滅するという被害者の不利益よりも、長期間不安定な地位におかれる加害者の不利益、あるいは、それを前提として成立している社会状態を重視して、20年という極めて長い期間の経過を条件として、請求権を画一的に消滅させることにしたものであるから、仮に損害が発生しないまま20年が経過するという希有な事態が生じたとしても、それは制度が予定している範囲内のことであるというべきである。

イ 被控訴人の責任による違法状態は、元従業員らが炭鉱で稼働しなくなった時に終わったというべきところ、元従業員らは、本訴提起の20年前以前に炭鉱で稼働しなくなったから、既に本訴提起前に除斥期間が経過している。

(2)  控訴人らの主張

ア 民法724条後段の文言は「不法行為の時」なのであり、「加害行為の時」ではない。「不法行為」自体は単なる事実概念ではなく、法的概念であって、加害行為そのものではなく、またそれのみを差すものではない。そもそも、損害の発生しない加害行為など観念できないのであり、加害行為と損害の発生が一つになって初めて「不法行為」があったと考えることができるのである。民法724条後段は、その性質が消滅時効であるか除斥期間であるかは別として、損害賠償請求権の消滅に関する規定であるところ、損害賠償請求権は「損害」がなければそもそも発生しないのであり、「損害」の発生を無視して権利が消滅するという論理を立てること自体背理といわなければならない。また、加害行為の時点を除斥期間の起算点とすると、加害行為から20年以上経過してから損害が発生するような場合には、損害が発生する以前に除斥期間が満了してしまうという不当な事態が生じるのである。被控訴人は、このような事態はもともと民法724条後段の予定する範囲内のことであると主張するが、この主張は、最高裁判所平成10年6月12日第二小法廷判決(民集52巻4号1087頁)の「被害者は、およそ権利行使が不可能であるのに、単に20年が経過したということのみをもって一切の権利行使が許されないこととなる反面、心神喪失の原因を与えた加害者は、20年の経過によって損害賠償義務を免れる結果となり、著しく正義・公平の理念に反するものといわざるを得ない」との考え方と真っ向から対立するものである。

また、じん肺の被害は、不可逆的進行性のものであり、その被害の全体は、最終段階、すなわち患者の死亡に至るまでは判明しないのであるから、民法724条後段の規定が除斥期間を定めるものであったとしても、その期間は、患者の死亡の時から進行すると考えなければならない。

仮に、じん肺被害について、最終段階である「死」以前にも被害の一部を観念することが可能であるとの見解にたったとしても、除斥期間の起算点を消滅時効の起算点とは別に考えなければならない理由はないから、最高裁判所平成6年2月22日第三小法廷判決(民集48巻2号441頁)の「じん肺の病変の特質にかんがみると、管理2、管理3、管理4の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害には、質的に異なるものがあるといわざるを得ず、したがって、重い決定を受けた時に発生し、その時点からその損害賠償請求権を行使することが法律上可能となるものというべきであり、最初の軽い行政上の決定を受けた時点で、その後の重い決定に相当する病状に基づく損害を含む全損害が発生していたとみることは、じん肺という疾病の実態に反するものとして是認し得ない」との論旨に従い、除斥期間の起算点は最終行政決定時若しくはじん肺により死亡した時と考えるべきである。

イ そうすると、元従業員らの中には本訴提起の20年前以前に死亡した者はいないし、また、本訴提起の20年前以前に最終行政決定を受けた者、じん肺を原因として死亡した者はいないから、いずれの元従業員の関係でも除斥期間は経過していない。

(3)  判断

ア 民法724条後段所定の除斥期間の起算点は、「不法行為ノ時」と規定されており、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点となると考えられる。しかし、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである。これを本件についてみるに、前判示のとおり、じん肺は、肺胞内に取り込まれた粉じんが、長期間にわたり線維増殖性変化を進行させ、じん肺結節等の病変を生じさせるものであって、粉じんへの暴露が終わった後、相当長期間経過後に発症することも少なくないのであるから、じん肺被害を理由とする損害賠償請求権については、その損害発生の時が除斥期間の起算点になるというべきである(本件最高裁判決参照)。

そして、じん肺の病変の特質に鑑みると、管理2、管理3、管理4の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害、じん肺を原因とする死亡に基づく損害は質的に異なるものである(最高裁判所平成6年2月22日第三小法廷判決<民集48巻2号441頁>、最高裁判所平成13年(受)第1759号平成16年4月27日第三小法廷判決<判例時報1860号152頁、判例タイムズ1152号128頁>参照)。したがって、管理2、管理3、管理4の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害は各行政上の決定がなされた時に、じん肺を原因とする死亡(共同原因死を含む。)に基づく損害は死亡の時に発生したというべきであるから、除斥期間の起算点も、最終の行政上の決定がなされた日ないしじん肺を原因とする死亡の日と解すべきである。

イ 整理番号38、41、46、51、53及び66の元従業員らに係る損害賠償請求訴訟が提起されたのが昭和61年10月20日、整理番号127の元従業員に係る損害賠償請求訴訟が提起されたのが平成3年5月31日、整理番号147及び153の元従業員らに係る損害賠償請求訴訟が提起されたのが平成4年9月25日であることは本件記録上明らかであり、元従業員らのじん肺を原因とする死亡の日は、別紙「じん肺り患状況一覧表」<略>記載のとおりである。そうすると、元従業員らの承継人ないし相続人である控訴人らの中に除斥期間が経過した者はいない。

3  被控訴人が支払うべき損害額

以上によれば、元従業員らは、いずれもじん肺管理区分の管理4の決定を受けた後じん肺死したものであるから、被控訴人は元従業員らに対し、それぞれ慰謝料833万3333円(前記2500万円の3分の1)、弁護士費用83万3333円(前記250万円の3分の1)の合計916万6666円の損害賠償債務を負う。したがって、被控訴人は控訴人らそれぞれに対し、上記916万6666円をその相続割合で除した金額を支払うべきである。

第5結論

以上の次第であるので、被控訴人は、控訴人らに対し、別紙「請求及び判断一覧表」<略>の「認容額」欄記載の金員及び内金である「認容慰謝料」欄記載の金員に対する被控訴人に訴状が送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな「遅延損害金起算日」欄記載の日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うが、控訴人らのその余の請求はいずれも理由がない。

よって、原判決主文第三項は一部不当であるので、これを変更することとして主文のとおり判決する。なお、事案に鑑み、仮執行宣言免脱宣言は付さないこととする。

(裁判官 坂本慶一 北澤晶 石橋俊一)

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