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札幌高等裁判所 平成12年(ネ)359号 判決 2002年4月11日

控訴人

巻之内恵子

同訴訟代理人弁護士

佐藤哲之

佐藤博文

川上有

三浦桂子

被控訴人

同代表者法務大臣

森山眞弓

同指定代理人

角井俊文

田野喜代嗣

久埜彰

松川俊光

前田宏之

村上靖

鈴木光彦

森部正道

根本智博

伊藤祐一

主文

1  原判決中,予備的請求に係る部分を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は控訴人に対し,金12万円及びこれに対する平成8年12月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人のその余の請求を棄却する。

2  控訴人のその余の控訴を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その1を被控訴人の負担とし,その余は控訴人の負担とする。

4  この判決は,第1項(1)に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  (主位的請求)

ア 控訴人が,平成8年9月29日以降,札幌西郵便局外務非常勤職員の地位にあることを確認する。

イ 被控訴人は控訴人に対し,平成8年9月29日から毎月20日限り月額6万5600円の割合による金員を支払え。

(3)  (予備的請求)

被控訴人は控訴人に対し,330万円及びこれに対する平成8年12月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1)  本件控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決9頁11行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 仮に控訴人が期限付きで雇用された非常勤職員であり,その期限が1日であったとしても,控訴人は,予定雇用期間の定めがなされないままで,従前の業務に従事してきたのであるから,控訴人の雇用は期限の定めのないものとして取り扱われるべきである。さらに,仮に本件で予定雇用期間が定められていたとしても,予定雇用期間満了日(平成8年9月28日)までに更新しない旨の意思表示がなされなかったから,任期満了日は平成9年3月31日となる筈である。

なお,本件では,前記のとおり辞職承認処分が取り消されているが,このような場合には,改めて予定雇用期間を更新しない旨の意思表示がなされない限り,当然には更新された予定雇用期間も満了により終了しないと解すべきである。」

2  同14頁1行目から2行目にかけての「「非常勤職員進退伺簿(兼辞令簿)」(以下「辞令簿」という。)」を「辞令簿」に改める。

3  同21頁1行目の「その前提としての」の次に「書面による」を加え,9行目の冒頭から10行目の末尾までを次のとおり改める。

「 以上のとおり,本件辞職承認処分は手続的要件を欠くことを認識しながら故意に強行されたものであって,その違法性は重大であり,また,控訴人は,その取消しを求めて弁護士に依頼し,審査請求並びに本訴提起をせざるを得なかった。そのために,控訴人は,雇用上の身分につき翻弄され,多大な精神的苦痛を受けた。」

4  同23頁末行の次に行を改めて次のとおり加える。

「 本件辞職承認処分が撤回されたことによって,控訴人の地位は保全され,最終の予定雇用期間満了日までの賃金等は支払われているのであるから,辞職承認処分それ自体による法的な不利益はすでに解消されている。控訴人が主張する不利益は,仮に存在したとしても,それは単なる事実上の不快感というにすぎない。」

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,控訴人の本件各請求は主文第1項(1)の限度で理由があるから認容すべきであり,その余はいずれも理由がないので棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」の「第三 判断」に説示のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決26頁9行目の「定められている。」を「定められている。),」に改める。

(2)  同28頁末行の冒頭から29頁3行目の末尾までを「従前,札幌西局における非常勤職員の採用手続も,基本的に右各規定にそった取扱いがなされてきた。」に改め,29頁4行目の「<証拠略>」の次に「<証拠略>」を加える。

(3)  同37頁3行目の「認めるべきである」の次に「(したがって,予定雇用期間の定めがされなかったとの控訴人の仮定主張は,その前提を欠くものであり,また,再採用されなければ,予定雇用期間の満了により退職となる筋合いであるから,それまでに再採用しないとの特段の意思表示がない限りは当然に期間が更新されたことになるとの解釈は取り得ないというべきである。)」を加える。

(4)  同49頁8行目の冒頭から53頁末行の末尾までを次のとおり改める。

「2 そこで,検討するに,(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件辞職承認処分がなされるに至った経緯並びにその後の経過につき,次の事実を認めることができる。

(1) 控訴人は,平成8年7月12日ころ,控訴人と同じころに札幌西局に非常勤職員として採用されたA(以下「A」という。)とともに伊藤課長に呼ばれ,伊藤課長から「何時,辞めるんだ。」と聞かれた。

控訴人とAは,当初,何故辞めなければならないのか意味が分からなかったが,その後の伊藤課長の説明から,もともと控訴人やAが採用されたのは,札幌西局における職員間の人間関係を円滑にすべく,(特定の職員の立場を守るという)伊藤課長の純個人的な意向が強く働いたためであったところ,その後,伊藤課長において,控訴人らがその意向に沿って動いてくれず,その目的を維持することが困難になったと考えたためであることを知った。

(2) 伊藤課長の右問いかけに対し,Aは,これ以上本件職場での煩わしさに嫌気がさしていたこともあって,すぐさま,自分は辞める旨答えたが,控訴人は,それまで,自ら辞職することをまったく考えていなかったこともあって,「今は考えていない。」旨回答するにとどまった。

そして,Aは,同年7月15日付で札幌西局長宛に自己都合による退職願を提出し,その直後に札幌西局を退職した。

その後,札幌西局では,控訴人も退職するという前提で,平成8年8月中に前記争いのない事実2のとおり,後補充のための非常勤職員募集のためのチラシを作成・配付した。

(3) しかし,控訴人としては,その後も札幌西局に勤務するつもりでいたところ,同年8月23日,伊藤課長から「あなたから事前に言われてた辞職の日だけど,8月28日までとし,辞めてもらいます。」と告知された。これに対し,控訴人は「私,辞めるとは言っていません。最初は考えますと言っただけです。辞めたくないんです。」などと答えた。

そして,控訴人は,同月26日,札幌西局の総務課長に面会を求め,不当解雇がされそうなので局長に会いたい旨の要望を伝えた。

(4) しかし,伊藤課長は,その後も控訴人に辞職意思があるものとして手続を進め,同年8月28日,控訴人に対し,退職願に署名・押印するように求めたが,控訴人は,これを明確に拒否した。しかるに,札幌西局長は,同日,控訴人に対する本件辞職承認処分を行った。

その後の経過は,争いのない事実5ないし7のとおりである。

控訴人は,この間,本件審査請求をするために,弁護士を選任依頼した。

(証拠略)及び証人伊藤終始の証言中には,平成8年6月14月ころ,伊藤課長は,控訴人から辞める方向で考えている旨記載された手紙を受け取った,この手紙はその直後シュレッダーで裁断した旨の記載ないし供述部分が存在するところ,これが事実であれば,控訴人が事前に退職する意思を札幌西局に明らかにしていた根拠になるところである。しかしながら,その手紙の文面に控訴人の辞職の意思表示という重要な内容が含まれていたのであれば,上司である伊藤課長がこれを直ちに裁断して廃棄したというのはいかにも不自然であるといわざるを得ない(これに対し,控訴人が,平成8年5月ころ,伊藤課長に対して感謝の気持ちを伝える手紙を渡したことを認めていることからすると,伊藤課長は,この手紙をもって,控訴人が辞職の意思を表明した旨すり替えて証言したものと推認される。)。

また,(証拠略)中には,平成8年7月8日及び8月23日ころに,控訴人が辞職することを了解していたかのごとき記載部分があるが,この部分も,右(3)にみられる8月26日の控訴人の言動に対比し,また,そもそも,当時の控訴人の状況からして自ら辞職を申出なければならない動機が乏しいこと(この点はAについても同様であった。A証言)に照らし,採用することができない(右各書証中の会話の記載は,いずれも利害の対立する伊藤課長によりされたものであって,その点からもにわかに措信しがたい。)。

3  右認定によれば,札幌西局長の控訴人に対する辞職承認処分は,控訴人に辞職の意思がないにもかかわらずなされた違法な処分であったというべきであり,これは後日取り消されたとはいうものの,控訴人は,そのために,本来する必要のなかった審査請求を余儀なくされるなど,精神的に苦痛を被ったことは明らかであるから,この点については損害賠償が認められてしかるべきである。

そして,控訴人に対する辞職承認処分の経過,その結果,その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると,控訴人の精神的苦痛を慰謝するには10万円が相当である。

また,控訴人が本件訴訟の提起,遂行を控訴人代理人らに委任したことは当裁判所に顕著であるところ,本件事案の内容,審理経緯及び認容額等の諸事情に鑑みると,控訴人の本件訴訟遂行に要した弁護士費用は,2万円をもって相当と認める。」

2  よって,上記と一部異なる原判決は,その異なる限度において不当であるから,原判決を主文第1項のとおり変更し,その余の控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前島勝三 裁判官 石井浩 裁判官竹内純一は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 前島勝三)

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