札幌高等裁判所 平成12年(ネ)93号 判決 2001年1月31日
控訴人
ギャラガー・グェンドリン・パトリシア
右訴訟代理人弁護士
高崎暢
同
高崎裕子
同
竹中雅史
同
大川秀史
被控訴人
学校法人旭川大学
右代表者理事
山川久明
右訴訟代理人弁護士
八重樫和裕
同
高井伸夫
同
岡芹健夫
同
廣上精一
同
山本幸夫
同
山田美好
同
三上安雄
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対して,平成9年9月18日付けでした解雇は無効であることを確認する。
3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
二 当事者の主張
当審で次のとおり主張したほかは,原判決の事案の概要欄のとおりである(略称は,原判決による。ただし,原判決で「被告大学」とあるのをすべて「旭川大学」と改める。)。
(控訴人)
原判決は,以下のとおり,被控訴人の主張する語学教育改革の必要性を過大に評価し,語学教育改革と控訴人の雇止めとの合理的関連性の検討を怠り,雇止めによる控訴人の不利益を一切検討せず,無批判に控訴人の雇止めを肯定しており,「社会通念上必要とされる客観的合理性」の解釈を誤っている。
1 本件雇止めは,労働者側である控訴人には業務上の落ち度等の雇止めをされる理由は全くなく,専ら使用者側である被控訴人の経営上の理由に基づくものである。
したがって,解雇に必要とされる「社会通念上相当とされる客観的合理的理由」は,労働者側に解雇される事情のある場合とは異なり,解雇によって生活の手段を奪われる者の利益を考え,より厳しい基準で判断されるべきである。
具体的には,判例によって確立された整理解雇の4条件,すなわち,(一) 人員削減の必要性,(二) 整理解雇回避の努力,(三) 整理対象者の選択の妥当性,(四) 労働組合もしくは労働者との協議もしくは説明義務等の手続的妥当性の4要件に照らして,「社会通念上相当とされる客観的合理的理由」を判断しなければならない。
2 本件において,本件雇止めに社会通念上相当とされる客観的合理的理由は,認められない。
(一) 被控訴人が設置する旭川大学への拘束性について
(1) 控訴人は,旭川大学以外に勤務してはいない。控訴人は,旭川大学に研究室を持ち,旭川大学の学術雑誌に寄稿し,旭川大学の健康保険を受けている。控訴人の勤務先は,正に旭川大学である。控訴人が旭川大学以外に非常勤教員として勤務していることは,他の専任教員も同様である。
控訴人が非常勤教員として勤務していることは,旭川大学への非拘束性のメルクマールにはなり得ない。
(2) 控訴人は,恒常的な校務を分掌していない。しかし,控訴人は,教授会の決議でその出席義務が免除されていた。制度上は,教授会への出席及び校務の分掌は可能であった。
教授会への出席と恒常的な校務の分掌の有無は,旭川大学への拘束性の重要なメルクマールとまでは言えない。
(3) 控訴人は,公募により採用されたものではない。しかし,教授会や理事会の決定により採用されたという点では,専任教員の採用の場合と同じである。これに対して,非常勤講師の採用の場合は,理事会の決定が不要である。
専任教員と特任教員の採用基準の違いは,旭川大学への拘束性の重要なメルクマールとは言えない。
(4) 特任教員である控訴人の旭川大学への拘束性は,専任教員と変わらないほど強いと評価できるから,社会通念上相当とされる客観的合理的理由を緩和する程度は,極めて小さい,あるいは少ないと評価できる。
(二) 語学教育改革の必要性について
(1) 新大学設置基準について
文部省による新大学設置基準において,いわゆる大学制度の弾力化,学習機会の多様化,そして大学教育の個性化が指向されている。しかし,新大学設置基準による弾力化,多様化,個性化などが,教員の身分の流動化・不安定化を招き,解雇・雇止めの安易な合理化を招いているとの批判がある。
(2) 入学志願者の減少について
少子化によって高等教育への進学者数が減少すること,及び旭川大学において少子化や不況の影響によって,入学志願者の数が減少傾向にあることは,否定できない事実である。しかし,いわゆるバブル期後の入学者(ママ)志願者が最高数に達した平成3年度を基準に比較検討して,入学志顧者が激減すると認定することは,統計の分析方法としては,科学性に欠ける。しかも,入学志願者数だけでなく,他の大学と比較した入学志願者の減少率や入学者数も併せて,総合的かつ多角的に検討すべきである。
(三) 旭川大学の語学教育改革の具体的内容について
被控訴人が主張し,原判決が認定する語学教育改革の内容は,旭川大学の現実の改革の内容という観点からすれば,「絵に描いた餅」に過ぎず,現実には理念とは正反対,あるいは矛盾する事態が進行している。また,仮に,被控訴人の語学教育改革を無条件で肯定しても,控訴人の存在は,被控訴人の主張する語学教育改革の弊害(障害物)になるものではない。
(四) 改革される語学教育の各レベルを担当する教員の適性について
レベルⅠの英語を含む一般語学はすべて非常勤講師で担当するという発想は,実に乱暴である。しかも,その根拠とされる平成9年度の約2億2300万円の赤字,平成10年度の約6億6000万円の予想赤字及び平成11年度の約2億2800万円の予想赤字とは,いずれも消費収支上の赤字であり,資金収支上の赤字ではなく,厳しい財政状況にはないし(実際の収支は,平成10年度は2億9000万円の赤字,平成11年度は1億1600万円の赤字であり,しかも,平成10年度は約9億3300万円,平成11年度は約4億4800万円の基本金組み入れ後の赤字である。),非常勤教員に比べておよそ3倍を要する高額な年俸の特任教員や専任教員を充てることは困難との理由は,説得的でない。
レベルⅡの担当教員について,旭川大学の教育内容を熟知している教員でなければならないことは当然であるが,運営行政も熟知していなければならない理由はない。
レベルⅢの担当教員について,海外における直近の外国文化を紹介する能力が必要とされるとして,海外における提携大学からの交換教授しかその能力を持ち得ないとすることは,一面的である。
これらのレベルの全体のプログラムの企画立案や環境整備を支援する担当教員には,恒常的な構成員である専任教員を充てることが相当という議論も,乱暴である。
(五) 語学教育改革後における控訴人の再雇用の困難性について
控訴人は,毎年約2か月間,母国アメリカに帰国しているし,広く雑誌,書籍,インターネットその他で直近の海外文化の吸収に積極的に努めており,直近の外国文化を紹介する能力に欠けてはいない。
控訴人は,各レベルの担当教員あるいはプログラム全体の担当教員としての能力・資格に欠けるところはない。
(六) 緩和された「社会通念上相当とされる客観的合理的理由」の有無について
特任教員は,専任教員扱いをされ,語学教育改革の中では,専任教員と同様な仕事ができると期待されていたから,旭川大学の語学教育改革にとって,控訴人の必要性の相対的低下という被控訴人の主張は,一個の人格をもった教員・研究者である控訴人の姿を都合よく捨象するものでしかない。特任教員の身分・制度が不要になったのであれば,控訴人を専任教員に採用するなどの雇止め以外の方策をとるべきである。人事の流動化による大学の活性化ということも,教育活動にとって手放しで美化できるものではなく,雇止めを正当化する理由にはなり得ない。また,被控訴人は,隣接地購入や大学院新設など多額の財政支出を行っているから,財政状況の悪化を本件雇止めの根拠とすることはできない。これらの支出を生き残り策の一つである新たな積極投資としてその必要性を肯定するとしても,その投資は,目的に照らして最小限度,あるいは目的と合理的関連性を有する適正な投資に限定されるべきである。解雇という手段を避けるために,被控訴人において,相当の経営努力を尽くしたか否かを検討せず,生き残り策であるからといって無条件で積極的投資を是認することはできない。更に,控訴人の報酬が多額であることは,報酬減額の理由になり得ても,雇止めの根拠にならない。被控訴人は,報酬の減額の提案を一度もしていない。期間満了という形式的理由を説明しただけで,それ以上の説明や代替案の提案もしていない。
本件雇止めを正当化する緩和された「社会通念上相当とされる客観的合理的理由」は認められない。
(七) したがって,本件雇止め(解雇)は,正当な理由のない権利の濫用に当たり,無効である。
3 原判決には,日本人と婚姻して日本で生活しているので海外における直近の外国文化を紹介する能力に欠けるとの在日外国人に対する差別的発想,夫である淺田教授の年俸額に触れて自立して生計を営む女性の地位や権利を否定する女性差別的発想,そのほか教員身分に対する差別的発想や学科目間の差別的発想が窺われ,それに基づく偏向した事実認定が見られる。
(被控訴人)
1 控訴人の雇用継続に対する合理的期待は,以下の事情のもとでは,認められない。
(一) 控訴人は,外国人教員招聘規程(旧招聘規程)に基づき,昭和59年2月16日,旭川大学の外国人教員として,被控訴人との間で,雇用契約を締結した。被控訴人との雇用は,7年間(6回更新)に及んだが,教授会で,控訴人の雇用継続が問題視された。
(二) 控訴人は,平成3年度から,特任教員として,被控訴人との間で,雇用契約を締結した。この時点で,平成7年度末には,雇用契約が更新されないことを重ね重ね合意した。
(三) 教授会では,控訴人の雇用を平成7年度末までとする旨決議した。控訴人は,夫である淺田教授を通じて,右決議内容を知り得た。
(四) 控訴人は,前件和解において,平成10年度には旭川大学で語学教育改革を行うこと,語学教育改革で控訴人の担当していた一般外国語の講義は非常勤教員をもって行うことを知ったうえで,雇用期間を平成9年度までとする旨明記した和解に応じた。
(五) 控訴人は,教授会出席義務及び恒常的な校務分掌を負担したことがなく,一般外国語の授業(ゼミを含む。)という限られた職務を限られた時間内で担当する教員に過ぎなかった。その実質は,非常勤教員と変わるところがなかった。恒常的・継続的な旭川大学の構成員となる専任教員とは大きな差異があった。
(六) 高等教育機関である大学では,常に,教育研究の効果・効率上,より望ましい授業システム,授業内容,担当教員を求め,カリキュラムや構成人員を改編することが予定されている。控訴人のように期間の定めがあり,恒常的・継続的な大学の構成員とされていない教員は,大学教育機関の裁量により,再契約しないことも予定されている。
(七) 前件和解時には,文部省令の大改正によって,教育の個性化(専門化)が強く要請されるようになった。カリキュラムや構成人員の円滑な改編は,大学にとってまさに死活問題である。控訴人の担当する一般外国語は,もはや大学教育機関にとっては必須固定的な部分とは看做されなくなった。一般外国語のカリキュラムや構成人員の改編には,大学教育機関の裁量が広く予定されていた。
(八) 少子化の進行が著しく,個々の大学等も定員の確保に困難を生じている。
それぞれの大学教育機関において,組織編成や教育内容等を社会や学生の変化に即して対応すること(教育改革)が,大学教育機関の存立に必要不可欠である。特に,北海道の私立で,経済学部の単科大学である旭川大学のような小規模な地方大学では,特色ある教育改革が要請される。このような教育改革には,カリキュラムや構成人員の改編は不可避であり,大学教育機関の裁量が広く認められる必要がある。
2 仮に,本件雇止めに社会通念上相当とされる客観的合理的理由が必要とされるとしても,社会通念上相当とされる客観的合理的理由は認められる。
(一) 本件は,期間契約者の雇止めの事例であり,解雇と同列には論じられない。本件を整理解雇とするのは,控訴人の独自の見解である。
(二) 特任教員である控訴人を雇止めする場合に要求される社会通念上相当とされる客観的合理的理由は,専任教員を解雇する場合のそれとは合理的な差異があり,特任教員の場合には緩和されるべきである。
(三) 控訴人は,旭川大学の語学教育改革の内容を「絵に描いた餅」と批判するが,全く独善的な誹謗に過ぎない。
平成10年度に始まった旭川大学の語学教育改革の内容は,次のとおりである。
(1) 英語を4科目8単位必修から2科目4単位必修とし,英語の比重を相対化した。
(2) 外国語文化特論で開講されていた中国語を1科目2単位の選択から独立した中国語科目として2科目4単位とし,新たにハングル語2科目4単位を設け,学生の語学学習の選択肢を広げた。
(3) ロシア関係として,ロシア経済論及び商業ロシア語の担当者である佐々木りつ子専任助教授を採用し,経済ロシア語関係の講義の充実を図った。その結果,英語以外の外国語を選択する学生が大幅に増えた。
そのほか,米国ウェブスター大学からの交換教員の招聘が決定し,平成11年1月に実現した。交換教員制度だけでなく,交換学生についても協定が成立した。TOEFLテストセンター契約も締結した。
なお,被控訴人は,語学教育改革の障害として,控訴人の存在を問題にしているのではなく,特任教員としての控訴人を問題にしているのである。
(四) 被控訴人としては,旭川大学の個性・理念に沿って,語学教育改革を実行した。その中で,レベルⅠの一般外国語講義の担当者を非常勤教員をもって構成することにし,レベルⅡの教員には専任教員を充て,レベルⅢの教員には,提携大学からの交換教授等ある程度高度の学識を有するゲストスタッフを充てることにした。
(五) 控訴人は,被控訴人の収支状況を消費収支上の赤字であって資金収支上の赤字ではない旨主張するが,誤解である。
資金収支とは,借入金も含んだ金繰り収支のことである。資金収支上の赤字となれば,いかなる支払もできない状態になる。
平成10年度は,基本金組入れを大幅に減少させたほか,教育研究経費や管理経費の削減を行う等の経営努力の結果,平成10年度及び平成11年度の赤字が予想を下回ったものである。旭川大学と同系統の学部を設置している学校法人の一般的傾向では,帰属収支はもちろん消費収支も黒字である。
旭川大学の経営は,全国の水準に比較して,例外的に苦しいと言わざるを得ない。その傾向は,旭川大学が地方の小規模大学であることから,更に進展する蓋然性が大きいものである。また,基本金の組入れは,私立学校を設置する学校法人の経理について定める「学校法人会計基準」で処理することが義務付けられている。
(六) 文部省令の大改正による大学教育機関における語学教育の相対化,大学教育機関の弾力化・個別化の要請される状況のもとで,経済学部のみを有する単科大学である旭川大学の語学教育改革の必要性やその内容に照らせば,特任教員として一般英語を担当してきた控訴人の必要性が相対的に低下した。旭川大学の専任教員が公募を経て,博士学位の有無等の資格について厳格な審査を必要とされているのに対し,特任教員は,公募も必要な資格もなく,審査も経ていないものであり,控訴人は,教授会に出席したことがなく,恒常的に校務分掌担当もなかったから,専任教員と同様な仕事が期待される余地はなかったし,そのような控訴人を専任教員に採用することもできなかった。
(七) 被控訴人が,特任教員としての雇用契約の終了を前提に,非常勤職員としての採用を申し出たのに対し,控訴人が,これを拒否して,本件紛争となった。平成年8月度及び平成9年度の特任教員としての雇用は,その紛争の和解の結果である。原審の和解期日においても,被控訴人は,非常勤教員としての雇用を申し出たのに,控訴人は,これを拒否した。
被控訴人には,報酬を大幅に減額してまでも,控訴人の雇用の継続を図るべき責任はない。
三 証拠関係
原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
四 当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人の請求は,理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 原判決27頁4行目から50頁2行目までを次のとおり改めて引用する。
(一) 原判決43頁4行目の「29日」を「27日」に改める。
(二) 原判決45頁2行目の「連絡がされた」の次に「(なお,右ファックスでは,平成9年度の授業の担当については,控訴人と被控訴人との間で協議することとする(平成7年度と同様に,通年の授業やゼミを今から担当することは現実的には不可。山内教務部長が教務部長案として学長及び教授会に図ったうえ,集中講義を主として,実現可能な範囲でお顧いせざるを得ない。)とされていた。)」を加える。
(三) 原判決46頁1行目の「とする前件和解が成立した」を「とする,すなわち,実際に勤務していない平成8年4月1日から平成9年3月31日までの1年間,控訴人が特任教員の地位にあることを認めてその年棒(ママ)453万9200円を支払い,平成9年4月1日から平成10年3月31日までの1年間,控訴人を特任教員として採用する旨の雇用契約を締結する,との前件和解が成立した」に改める。
(四) 原判決49頁11行目・50頁1行目の「なお」から同頁2行目までを削除する。
2 労働契約の期間満了による終了について
前記1で認定した事実によれば,(一) 控訴人は,昭和59年2月16日,被控訴人との間で,旧招聘規程に基づき,外国人語学教員として,期間1年間の労働契約を締結し,平成3年3月31日までの7年間,6回にわたり,そのたびに契約書を作成して,期間1年間の労働契約を更新した,(二) 外国人語学教員は,従前,1年間ないし2年間で勤務を終了していたにもかかわらず,控訴人の場合には,2年間を超えて労働契約を更新していることが問題になり,平成元年4月,理事長からもその指摘を受けた,(三) 控訴人は,平成3年4月1日付けで,被控訴人との間で,被控訴人の就業規則,特任規定及び新任用内規に基づき,特別の事情のない限り継続して労働契約を更新する勤務年限を5年間と合意し,期間1年間とする特任教員として雇用する旨の労働契約を締結し,平成8年3月31日までの5年間,4回にわたり,そのたびに契約書とともに,勤務期間合意確認書(ただし,平成7年4月1日付けの労働契約を締結した際には,勤務年限の5年間が終了することから,勤務期間合意確認書は作成していない。)に署名・押印して,期間1年間の労働契約を更新した,(四) 控訴人は,外国人語学教員及び特任教員として,年俸や研究費の支給,講義の負担,研究室の貸与などの点では,専任教員(以下,原則として公募に基づき採用される期間の定めのない労働契約を締結した教員を意味するものとして使用する。)に準じた取扱いを受けたが,教授会の出席を免除され(実際にも教授会に出席することはなかった。),恒常的に校務を分掌することもなく,控訴人の採用の方法,雇用契約の内容・形式や勤務形態は,専任教員のそれとは異なるものであった,(五) 控訴人は,被控訴人との労働契約の締結に当たり,被控訴人から予め更新しない旨の説明を受けた事実は認められないが,他方,被控訴人が,更新を約束したあるいは控訴人が更新を期待するのもやむを得ないとの言動をとった事実はない(昭和59年の採用の際,控訴人に対し,学長から長く勤務してほしい旨の申し出があったことをもって,控訴人と被控訴人が更新を約束して実質的には期間の定めのない労働契約を締結したと認めることはできない。また,学長の右発言によって,控訴人において期間満了後も更新されると期待したことに合理性があるとも認められない。),(六) 平成9年3月25日の訴訟上の和解の内容も,勤務年限を2年間とする期間1年間の労働契約の締結であると認められるから,控訴人と被控訴人との間の労働契約は,実質的に,当事者双方とも,期間は定められているが,格別の意思表示がなければ当然に更新されるべき労働契約を締結する意思であったと認めることは到底できず,期間の定めのない労働契約に転化した,あるいは,本件雇止めの効力の判断にあたって,解雇に関する法理を類推すべきであると解することはできない。
したがって,控訴人と被控訴人との間の労働契約は,平成10年3月31日の期間の経過をもって,終了したと認めるのが相当である。
3 原判決55頁3行目から64頁1行目までを次のとおり訂正して引用する。
(一) 原判決60頁3行目から11行目までを次のとおり改める。
「レベルⅡの担当教員については,経済学部の単科大学である旭川大学の専門的要素と近接した分野であるから,経済科目を専門とする専任教員を充てることができるし,そうするのが相当であった。レベルⅢの担当教員については,海外における直近の外国文化を紹介できる海外の提携大学からの交換教授等のゲストスタッフを充てることができた。レベル全体のプログラムの企画立案や環境整備といった支援を担当する教員には,すでに採用している専任教員を充てることができた。」
(二) 原判決61頁11行目の「約2億2300万円」の次に「(基本金組入額は約6億7600万円であった。)」を加え,原判決62頁1行目の「平成10年度」から同3行目の「財政状況にあったから」までを「平成10年度及び平成11年度もそれぞれ約6億6000万円(同年度の決算によれば,基本金約9億3200万円を組み入れて約2億9400万円の赤字であった。)及び約2億2800万円(同年度の決算によれば,基本金約4億4800万円を組み入れて1億1600万円の赤字であった。)の赤字が予想される財政状況にあったから(<証拠略>)」に改め,原判決62頁4行目の「高額な」を削除し,同頁5行目の「困難であった」を「避けるのが妥当であった」に改める。
(三) 原判決63頁5行目ら同64頁1行目までを次のとおり改める。
「旭川大学の語学教育改革において,レベルⅠの担当教員は非常勤教員を充てることができ,非常勤教員の約3倍の給与を支払うことになる控訴人によるまでの必要はなかった。レベルⅡの教員は,専任教員を充てることができ,レベルⅢの教員は,交換教授等を充てることができ,控訴人によるまでの必要はなかった。プログラムの企画等の担当も,控訴人でなく,すでに採用している専任教員によることができた。」
4 社会通念上相当とされる客観的合理的理由について
仮に,本件雇止めに社会通念上相当とされる客観的合理的理由が必要とされるとしても,前記認定の事実を前提にすれば,本件雇止めには,以下のとおり,社会通念上相当とされる客観的合理的理由があったと認めることができる。
(一) 控訴人と被控訴人との間の労働契約が13回にわたって更新され,控訴人が旭川大学に14年間にわたり勤務したことから,本件雇止めを有効と判断するためには,雇止めを有効と判断する社会通念上相当な客観的合理的理由が必要とされると解するにしても,控訴人と被控訴人との間の労働契約は,1年毎に期間1年間とする労働契約を締結してきたものであり,控訴人の教員の地位は,期間の定めのない労働契約による専任教員とは,採用の方法,雇用契約の内容・形式や勤務形態において異なるものであるから,必要とされる客観的合理的な理由及びその程度は当然異なるものになる。
(二) 大学設置基準の改正や大学進学者数の減少等の社会的・経済的情勢の変化に対応して,旭川大学においても,被控訴人主張のような内容の語学教育の改革をする必要があることは,首肯できる(右の語学教育改革の内容に対して,控訴人主張のような批判があるとしても,語学教育改革の内容については,大学の責任において決定するものであり,その当否は,受講する学生,あるいは卒業生を受け入れる社会等が判断すべきものであり,裁判所がその内容の適法・違法を判定すべき性質のものではない。)。そして,平成10年度から実施される被控訴人の語学教育改革の内容によれば,レベルⅠの語学講義の担当教員には,非常勤教員を充てることができ,レベルⅡの語学講義の担当教員には,専任教員を当てることができ,レベルⅢの語学講義の担当教員には,交換教授等を充てることができ,語学教育の企画立案等にも,専任教員を充てることができるため,特任教員である控訴人に講義を担当させるまでの必要はなくなった(控訴人に旭川大学の語学教育改革に基づく英語講義を担当する能力・資格がないという意味でなく,控訴人によることなく,他の教員をもって語学教育改革を実行できるという意味である。)。被控訴人の財政状況に照らせば,レベルⅠの語学講義を,非常勤教員の約3倍の給与を得ている特任教員の控訴人でなく,非常勤教員に担当させるとの被控訴人の判断を不当とすることはできない(1年間との期間を定めた労働契約の締結は法律的に許容されているから,被控訴人に具体的な倒産のおそれのある場合等相当の経営努力を尽くした後にしか,短期間の期間を定めた労働契約の雇止めをすることができないと解することはできない。レベルⅠの語学教育をすべて非常勤教員に担当させることの当否,あるいは,そもそも外国人語学教員を1年間の期間を定めた特任教員として雇用すること自体を問題にする余地はある。しかし,本件は,右のような制度を前提とした労働契約の雇止めの効力の問題であるから,右指摘の問題点をもって本件雇止めの効力を直ちに左右することはできない。)。
(三) 本件雇止めは,控訴人の能力や業務上の落ち度等を問題にするものではなく,被控訴人側の学校経営上の都合を理由にするものではある。しかし,控訴人と被控訴人との間の労働契約が,期間の定めのないものではなく,1年間という期間を定めているとの性質上(実質的に,常に更新が継続的に予定されていたものとは認められない。),被控訴人の相当な経営上の都合を理由にする雇止めもやむを得ないものである。控訴人は,いわゆる整理解雇の4条件を具備する必要がある旨主張するが,1年間との期間を定めた特任教員の雇用更約の雇止めの効力の判断が問題とされる本件は,整理解雇の4条件の具備を必要とする事例とは事案を異にする。また,控訴人は,報酬の減額等の代替案の提案もなかった旨主張するが,被控訴人が控訴人に対して非常勤教員としての採用を提案したことは前記認定のとおりであるし,本件では特任教員の労働契約の雇止めが問題にされているのであり,被控訴人は,控訴人を給与が減額される非常勤教員として採用することを拒否するものではなかったから,控訴人の主張は採用できない。期間の定めのある特任教員としての雇用が継続できない理由があるときに,採用条件その他雇用条件の異なる専任教員として採用する法的義務を認める理由もない。
(四) 右検討したように,控訴人と被控訴人との労働契約は,控訴人を期間1年間の特任教員として雇用するというものであり,被控訴人が平成10年から実施する語学教育改革の必要性やその内容及び被控訴人の経営状況を考慮すれば,本件雇止めを有効と認めるべき社会通念上相当な客観的合理的理由があると認めることができる。本件雇止めが権利の濫用ないし信義則違反になると認めることはできない。
五 結論
よって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 武田和博 裁判官 小林正明 裁判官 森邦明)