札幌高等裁判所 平成12年(ラ)152号 決定 2001年1月22日
抗告人 国
代理人 伊良原恵吾 藤田武治 小林一延
相手方 鍔山雅人
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一 本件抗告の趣旨及び理由並びにそれに対する答弁
1 抗告人の抗告の趣旨及び理由は、別紙「即時抗告申立書」(写し)<略>のとおりである。
2 相手方の抗告に対する答弁は、別紙「即時抗告申立に対する意見書」(写し)<略>のとおりである。
二 当裁判所の判断
1 原審は、証拠保全として、相手方に関する身分帳簿の視察表のうち、札幌刑務所第一区長荒関富士夫作成の「第四号運動中負傷したことについて」と題する平成九年五月二七日付け報告書部分(以下「本件視察表」という。)の提示を命じている(以下「原決定」という。)ものと認められる。
2 原決定は、本件視察表を検証物として提示を命じている。ところで、本件視察表は、本案事件においては、その記載内容が証拠資料(ないし証拠価値)となりうる性質のものであるから、このように記載内容が証拠資料(ないし証拠価値)になることが予想される本件視察表は、書証としての文書提出義務を免れる場合には、検証物としての提示義務も免れる、と解するのが相当である。
3 そこで、本件視察表について、抗告人が書証として提出義務を負うものか否かを検討する。
(一) 本件視察表は、抗告人と相手方との間の、相手方に対する自由刑の施行のために相手方の身柄を行刑施設に収容するとの法律関係について、監獄法施行規則二二条一項の規定に基づき作成された身分帳簿の一部であると解されるから、本件視察表が専ら文書の所持者の利用に供するための文書(裁判における証拠資料を得るための司法への協力義務としての文書提出義務を免れるためには、単に、内部の者の利用に供する目的で作成されて外部の者への開示が予定されていない文書というだけではなく、開示によって被る文書の所持者側の実質的な不利益も考慮して、自己利用文書該当性が判断されるべきである。)である等文書提出義務を免れるに価する事由が認められない限り、民事訴訟法二二〇条三号後段の挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された文書に該当し、本件視察表の所持者である抗告人は、その提出を拒むことはできないと解すべきである。
(二) これを本件についてみるに、本件視察表を含む身分帳簿は、被収容者の名誉や人権に関する事項をはじめ、その処遇上の参考になる事項や行刑施設の適正な管理運営上必要な事項等行刑上のすべての事項が記載されていると予想されるから、身分帳簿の一般的な開示は、関係人の名誉や人権が侵害されるおそればかりでなく、行刑処遇の円滑な実施が困難になるなど施設の管理運営に支障が生じるおそれがあるから、これを避けることもやむを得ないものと認められる。しかし、原決定が提出を命じている文書は、身分帳簿の視察表のうち、平成九年五月二七日に札幌刑務所内で発生した負傷事件の事実についての同日付けの報告部分のみであるから、本件視察表の公開により、関係者の名誉や人権が侵害されるおそれ(本件視察表の中に、事故発生に関する個人の過失や刑務所側の落ち度に関する記述があったとしても、これらが秘匿されるべき名誉や人権には当たらない。)や行刑処遇の円滑な実施が困難になるなど施設の管理運営に支障が生じるおそれがあることを具体的に推測することはできず(この点に関し、抗告人から具体的な不利益を指摘する主張はない。)、本件視察表の開示によって、本件視察表を含む身分帳簿の所持者の側に看過し難い不利益が生じるおそれがある、と認めることはできないから、抗告人は、本件視察表の提出義務を免れることはできない。
(三) したがって、抗告人は、民事訴訟法二二〇条三号後段の規定に基づき、本件視察表の提出義務を負うから、本件視察表の提示を免れることはできない。
三 よって、本件視察表の提示を命じた原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。
(裁判官 武田和博 小林正明 森邦明)