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札幌高等裁判所 平成13年(う)73号 判決 2001年9月25日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官幕田英雄作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人田中宏作成の答弁書(ただし、第三項を除く。)に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、原判決は、被告人に対する有印私文書偽造、同行使、競売入札妨害の公訴事実中、有印私文書偽造、同行使の点については被告人を有罪としたものの、競売入札妨害の点については、民事執行法に規定する不動産競売手続の一部をなす特別売却手続が競売入札妨害罪の保護対象とならない旨を判示して無罪としたが、原判決には法令の解釈及び適用に誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない、というのである。

そこで、原審記録及び当審における事実取調べの結果をも合わせて検討する。

第1  本件の問題点

1  本件公訴事実の要旨

被告人は、A株式会社(以下「A会社」という。)の代表取締役であり、札幌市東区にあるホテル<店名、略>を経営している。A会社に対して多額の債権を有していた株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)は、被告人やA会社等が所有する一八の土地建物について、根抵当権に基く不動産競売を札幌地方裁判所(以下「札幌地裁」という。)に申し立て、拓銀から債権を引き継いだ株式会社整理回収機構(以下「整理回収機構」という。)が競売手続を進めていた。被告人は、平成一一年九月九日から同年一〇月八日まで行われた特別売却で買受申出人が現われ、同月一九日売却決定期日が開かれることを知り、A会社と拓銀との間で取り交わされた「債務承認および分割弁済約定書」(以下「本件約定書」という。)写しの最終期限等を改ざんし、弁済期が到来していない旨主張し、競売を妨害しようと企て、行使の目的をもってほしいままに、本件約定書写しのカラーコピー二枚を切り貼りして、二か所にわたって平成一一年の部分を平成二一年と改ざんし、これをカラーコピーした上、更にコピーして、約定書写しのコピー一枚を偽造し、平成一一年一〇月一九日、札幌地裁における売却決定期日において、同裁判所裁判官に対し、「期限の利益を失っておらず、弁済期の到来の事実が存しないため、競売手続の開始又は続行をすべきでない。」旨虚偽の陳述をすると共に、偽造にかかる約定書写しコピー一枚を提出して行使し、同裁判官をして、売却許否の決定を留保させ、もって偽計を用いて公の競売の公正を害すべき行為をした(なお、検察官は、当審において、「もって偽計を用いて公の競売の公正を害すべき行為をした」とあるのを、「もって、偽計を用いて公の競売又は入札を害すべき行為をした」、と訴因変更した。)。

2  原判決の認定及び判断

原判決は、原判示「犯罪事実」欄記載のとおり、有印私文書偽造、同行使の事実を認定したが、原判示「一部無罪の理由」の項において概ね次のように説示して、競売入札妨害罪について被告人を無罪とした。

すなわち、刑法九六条の三第一項の「競売又は入札」に関して、一般的に「競売」とは、売主が多数の者に口頭で買受けの申出をすることを促し、最高価額の申出人に承諾を与えて売買する手続をいい、「入札」とは、契約内容について複数の者を競争させ、他の者には内容を知られないように文書によってその申出をさせ、原則として最も有利な申出をした者を相手方として契約を締結する手続をいうものと解するとした上で、担保権実行のために行われる不動産の売却方法のうち、民事執行法所定の「入札」及び「競り売り」が一般的な意味での「入札」及び「競売」であり、これが刑法九六条の三第一項の「入札」及び「競売」に当たることは明らかであるが、いわゆる「特別売却」は、民事執行規則五一条所定の「他の方法による不動産の売却」に該当するものであって、「入札又は競り売り以外の方法による売却」とされているのであるから、これが一般的な意味で「入札」や「競売」に当たらないことは、文理上明らかであるとし、実質的にも、刑法九六条の三第一項の保護の対象となる手続は、複数の参加者に契約内容について自由な競争をさせ、その競争によって得られた結果を実現するという実体をもつ「競売又は入札」の手続であるところ、特別売却は「競売」あるいは「不動産競売」と呼ばれる手続の一環として行われるものではあるが、契約内容についての競争を伴わない手続であって、必ずしも前記のような実体を伴わない売却手続であり、競争を本質とする「競売」又は「入札」の手続とはその性質を異にするとし、結局、本件特別売却の手続は、文理上からも実質的な面からも刑法九六条の三第一項の保護の対象にならない。被告人の行為はせいぜい特別売却手続を遅延させたにすぎないものであり、競売入札妨害罪に該当しない。以上。

3  問題点

本件事案の経過については、原判決が「一部無罪の理由」の項の二において判示するとおりであり、被告人は、特別売却において買受人は現われないと予想し、更に最低売却価額が引き下げられたところで知り合いの者に本件不動産を取得してもらおうと考えていたところ、予想に反して特別売却において買受申出人が現われたため、整理回収機構に不動産競売の申立てを取り下げてもらうよう交渉して本件不動産が売却されるのを何とか阻止しようと考えた。そこで、売却許可決定を遅らせて整理回収機構と交渉する時間を稼ぐために、本件約定書(写し)を改ざんして、裁判所に対して、期限の利益を喪失していないと主張することを思いつき、原判示(犯罪事実)記載のとおり、本件約定書(写し)のコピーを偽造し、平成一一年一〇月一九日の売却決定期日においてこれを裁判所に提出するなどした結果、裁判所は、被告人の申立ての真偽を判断するため売却許否の決定を留保したのである。

このような本件事案の経過、事実関係そのものについては、争いがなく、証拠上も明白である。問題は、特別売却手続に移行した段階において、被告人の行ったような行為が競売入札妨害罪に該当するか否かということであり、競売入札妨害罪についての原判決の判断が正当か否かということである。

第2  競売入札妨害罪の成否

1  まず、原判決は、特別売却が一般的な意味で「入札」や「競売」に当たらないことは、文理上も明らかであるというのであるが、「特別売却」の制度というのは、昭和五四年に成立した民事執行法によって新たに認められた制度であり、昭和一六年に設けられた刑法九六条の三の競売入札妨害罪が成立したときには想定されていなかった制度である。したがって、特別売却が競売入札妨害罪の保護の対象となるかどうかについては、競売、入札という文理解釈のみから形式的に判断するだけでなく、不動産競売手続全体の構造やそこに占める特別売却の意義等に照らして、実質的に検討する必要がある。

特別売却は、民事執行規則五一条に基き、入札(期間入札、期日入札)又は競り売りの方法により売却を実施しても買受希望者が現れなかったときに、執行官に命じられる入札又は競り売りの方法以外による売却のことであるが、入札又は競り売りを実施したものの適法な買受申出がなく、最低売却価額を変更しないまま入札、競り売りを繰り返しても最低売却価額以上の価額で売却することが期待できないようなときには、特別売却手続により売却を認めることが、売却の迅速適正化に資すると考えられている。そして、関係証拠によれば、特別売却による不動産の売却は民事執行法施行後各地の裁判所において次第に広く行われるようになり、実際にも成果を上げ、例えば、札幌地裁においても平成一一年度及び平成一二年度の特別売却による売却件数がいずれも二〇〇件以上になっていることが認められる。そして、実務上、特別売却では、執行官が売却に付されている物件について、一定の期間、広告等の手段を用いて買受希望者を募るという方法がとられているが、裁判所によっては、複数の買受申出があった場合に誰を買受申出人とするかについて、先着順によることとするなどの定めを設けている(札幌地裁の不動産競売を担当する部では売却実施要領を定め、期間入札の売却実施命令において期間入札で適法な買受申出人がないことを条件に特別売却を行うことを定め(これを条件付特別売却と呼んでいる。)、売却価額は最低売却価額以上の額、期間は期間入札終了後の開札期日の翌日から一か月間、特別売却で複数の者が買受けの申出をした場合は先に申出た者を買受申出人とし、申出が同時の場合はくじにより買受申出人を定めること、その他条件付特別売却以外の特別売却を実施することができる場合のあること等を定め、これによって特別売却を実施している。)。更に、入札(競り売り)、特別売却を繰り返しても買受申出がなければ、最低売却価額を変更して、入札(競り売り)、特別売却が繰り返されることになる(札幌地裁においては、特別売却によっても買受申出がなされない場合は、再評価等により最低売却価額が三割程度減価されて再設定され、期間入札に回されることが多いことが認められる。)。

以上に照らせば、特別売却が不動産競売においてその他の手続と密接な関係にあり、入札や競り売りを補完する制度として運用されていることは明らかである。実質的には、入札、競り売り、特別売却が一体となって不動産競売手続を構成しているといってよい。そうだとすると、これらのそれぞれを別個の手続として切り離し分断して捉えることは相当とはいい難く、特別売却が刑法九六条の三第一項にいう「入札」及び「競売」に当たらないことは、文理上明らかであるという原判決の判断には賛同できない。特別売却を含めて不動産競売手続を全体として一個の手続として捉え、刑法九六条の三第一項にいう「競売又は入札」に含めて考えることは十分可能であると判断される。

2  次に、原判決は、刑法九六条の三第一項の保護の対象となる手続は、複数の参加者に契約内容について自由な競争をさせ、その競争によって得られた結果を実現するという実体をもつ「競売又は入札」の手続であるとし、特別売却は「競売」あるいは「不動産競売」と呼ばれる手続の一環として行われるものではあるが、契約内容についての競争を伴わない手続であって、必ずしも前記のような実体を伴わない売却手続であり、競争を本質とする「競売」又は「入札」の手続とはその性質を異にするから、特別売却の手続は、実質面からも刑法九六条の三第一項の保護の対象にならない、という。

確かに、競売入札の制度は、国民の税金でまかなわれている公の機関が民間と契約を締結するにあたり自由競争の原理で契約を締結することが国民の利益に資するのであり、そのために取り入れられた制度であると解され、自由競争の確保は、競売入札制度の中核をなすといってよいから、それと関係して競売入札妨害罪の成否を検討することは一個の重要な視点というべきであるし、また、原判決がいうように、公の機関が行う契約であっても、それが直ちに競売入札妨害罪の保護の対象となるものではないことも明らかである。

しかしながら、刑法九六条の三第一項の競売入札妨害罪は「公の競売又は入札の公正を害すべき行為」をした者を処罰すると規定するだけで、そこには、自由な競争の確保ということが明言されているわけではない。そもそも、自由な競争を確保しようとするのは、「適正妥当な価額による売却」を実現するためであって、それ自体に目的があるわけではないと思われる。競売入札妨害罪が保護せんとしているものも、「適正妥当な価額による売却」を実現する手続としての「競売又は入札」なのであって、このような手続としての「競売又は入札」の公正を害するような行為を法は処罰の対象としているものと考えるべきである。

したがって、刑法九六条の三第一項の保護の対象となる手続は、複数の参加者に契約内容について自由な競争をさせ、その競争によって得られた結果を実現するという実体をもつ「競売又は入札」の手続であると限定的に解釈し、そのような観点の下に、そのような実体を持たない特別売却は実質的にも同条項の保護の対象にならないとする原判決には、賛同することができない。

特別売却は、前記のように、不動産競売手続において、入札、競り売りを補完する制度であり、それと一体となって、「適正妥当な価額による売却」を実現する手続(不動産競売手続)を構成するものである。特別売却の手続を妨害するような不公正な行為は、とりもなおさず、「適正妥当な価額による売却」を実現する手続(不動産競売手続)の公正を害する行為に該当するといわなければならない。そして、文理的にも、特別売却を含めて不動産競売手続を全体として一個の手続と捉え、これを刑法九六条の三第一項にいう「競売又は入札」に含めて考えることができることは前記のとおりであって、以上検討してきたところを総合すると、特別売却の手続において、その手続を妨害するような不公正な行為は、「競売又は入札」の公正を害する行為として、刑法九六条の三第一項の競売入札妨害罪の処罰の対象になるというべきである。

3  本件被告人は、前記のように、売却許可決定を遅らせて整理回収機構との交渉の時間を稼ぐために、本件約定書写しを改ざんしてそのコピーを裁判所に提出し、期限の利益を喪失していないなどと主張したのであって、被告人の行為は、前記のような意義を有する特別売却の手続を明らかに妨害し遅延させるものであって、まさに公の競売又は入札の公正を害する行為に該当するものというべきである(なお、弁護人は、被告人が提出した偽造文書は無意味な文書で、手続に何らの消長も来さないものであり、これが提出されたからといって手続を留保する必要などなかったのであるから、これを提出するなどした被告人の行為は競売又は入札に対する妨害行為には該当しないなどと主張する。確かに、被告人が提出した文書は、法定の停止文書のようにそれが提出されることによって直ちに不動産競売手続を停止させる効力を持つ文書ではない。しかし、被告人の行為は、売却決定期日において、利害関係人として、弁済期が未到来であるなど売却不許可事由が存在するかのように主張し、かつそれを裏付けるものとして一見して偽造とは分からない文書を提出したものであって、特別売却の手続を妨害し遅延させる不公正な行為であることは明らかである。担当裁判官が、申立人の地位を承継した整理回収機構の意見を徴するなどのために、売却許否の決定を留保したのも当然であり、決して不適切な措置であったということはできない。弁護人の主張は採用することができない。)。

第3  破棄及び自判

以上の次第であって、被告人の行為は刑法九六条の三第一項の競売入札妨害罪に該当しないと判断して、被告人をその点について無罪とした原判決は、法令の解釈適用を誤ったものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

そこで、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により当裁判所において更に判決する。

(犯罪事実)

被告人は、A株式会社(以下「A会社」という。)の代表取締役であり、札幌市東区<以下、略>ホテル<店名、略>を経営するものであるが、株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)がA会社に対して有する多額の債権に関して、拓銀が被告人及びA会社等が所有する土地建物合計一八物件について根抵当権に基づく不動産競売を札幌地方裁判所に申し立て、拓銀から同債権を引き継いだ株式会社整理回収機構が競売手続を進めていたところ、平成一一年九月九日から同年一〇月八日にかけて行われた特別売却において、買受申出人が現われ、同月一九日に同裁判所で売却決定期日の裁判が行われることを知り、その債務については弁済の遅滞等により期限の利益を喪失し、弁済期が到来していたにもかかわらず、かねてA会社と拓銀との間で右債務の弁済条件等に関して取り交わされていた株式会社北海道拓殖銀行札幌西支店名義の押印のある「債務承認および分割弁済約定書」(写し)の最終期限等を改ざんし、弁済期が到来していない旨主張するなどして、上記特別売却の手続を妨害しようと企て、ほしいままに、同月一八日ころ、同区<以下、略>有限会社<店名、略>において、同所に設置されていたコピー機で右約定書(写し)を二枚カラーコピーし、同区<以下、略>所在のA会社本館一階社長室において、そのコピーに係る約定書(写し)一枚から数字の「2」の部分を二枚切抜いて、これらを、そのコピーに係るもう一枚の約定書(写し)の「平成11年8月31日まで毎月末日に金500,000円宛弁済する。ただし、その後の支払方法については最終期限までに別途打ち合わせすることとする。」、「最終期限平成11年9月30日」という記載中の二か所の「平成11年」の部分の最初の「1」の上から貼り付け、それぞれ、「平成11年」を「平成21年」に改ざんし、その改ざんに係る約定書(写し)をそのコピー機でカラーコピーした上、更にこれを前記ホテル一階事務室のコピー機で一枚コピーし、もって株式会社北海道拓殖銀行札幌西支店名義の最終期限等を改ざんした債務承認および分割弁済約定書(写し)のコピー一枚を偽造した上、同月一九日、同市中央区大通西一一丁目札幌地方裁判所二階一号審尋室で開催された売却決定期日において、同裁判所裁判官Bに対し、「期限の利益を失っておらず、弁済期の到来の事実が存在しないため、競売手続の開始又は続行をすべきでない。」旨の虚偽の陳述をすると共に、前記の偽造に係る約定書(写し)のコピー一枚を提出して行使し、もって、偽計を用いて公の競売又は入札の公正を害すべき行為をしたものである。

(証拠の標目・法令の適用) 略

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・門野博、裁判官・宮森輝雄、裁判官・小野博道)

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