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札幌高等裁判所 平成13年(ネ)115号 判決 2001年11月21日

控訴人・被控訴人(以下「1審原告」という。)

加藤隆

同訴訟代理人弁護士

三津橋彬

佐藤哲之

石田明義

長野順一

内田信也

笹森学

佐藤博文

川上有

渡辺達生

三浦桂子

郷路征記

前田健三

被控訴人・控訴人(以下「1審被告」という。)

渡島信用金庫

同代表者代表理事

伊藤新吉

相馬正明

被控訴人(以下「1審被告」という。)

伊藤新吉

被控訴人(以下「1審被告」という。)

相馬正明

1審被告ら訴訟代理人弁護士

嶋田敬昌

嶋田敬

平出晋一

仲田雅之

1審被告渡島信用金庫訴訟代理人弁護士

窪田良弘

主文

1審原告の控訴及び1審被告渡島信用金庫の控訴をいずれも棄却する。

控訴費用はこれを2分し,その1を1審原告の負担とし,その余を1審被告渡島信用金庫の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

(1審原告)

1  原判決主文第4項を取り消す。

2  1審被告らは,1審原告に対し,連帯して,500万円及びこれに対する平成10年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第1,2審とも1審被告らの負担とする。

(1審被告渡島信用金庫)

1  原判決中1審被告渡島信用金庫(以下「1審被告金庫」という。)の敗訴部分を取り消す。

2  1審原告の1審被告金庫に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は第1,2審とも1審原告の負担とする。

第2当事者の主張

当審で次のとおり主張したほか,原判決の事案の概要欄記載のとおりである(略称は,原判決による。)。

1  1審原告

原判決は,次のとおり,事実の認定及び法律上の判断を誤っている。

(1)  第1懲戒解雇及び第2懲戒解雇の不法行為性

ア 原判決は,1審原告が行った処理の不適切さを指摘し,その合理的な弁明ができないため,1審被告金庫において1審原告が横領を行ったとの疑念を抱かせるに足りる状況を作出したことが明らかであり,第1懲戒解雇及び第2懲戒解雇の効力は認めることができないまでも,1審被告金庫がこのような処分をしたことには一応の合理的理由がある,と判断する。

イ なるほど,1審原告が,過剰現金の発生を直ちに1審被告金庫に報告せず,自分の机の引き出しに保管し,自ら調査して解決しようとしたことは,1審被告金庫が定める取扱要領に違反することは明らかである。しかし,過剰現金の金額・金種,過剰現金の入れてあった封筒(役場職員がよく使う使い古したもの),一般住民であれば領収書を交付してもらうまで待つのが通常であること等の事情から,1審原告において役場職員が過剰現金を置いていったと思い込んだことには合理的な理由がある。その後,過剰現金の発生を収入役に相談し,収入役とともに預け主を捜し,預け主が分からないことを認識した後は,支店長に報告し,過剰現金を支店長に引き渡した。1審原告の行動には一貫性がある。

この一連の行為に,1審原告が過剰現金を不正に領得しようとした疑い(領得の意思の発現)が認められるであろうか。

ウ 過剰現金の保管状況の報告について,収入役に依頼して役場の金庫に保管した場合と自分の机の引き出しに保管した場合とでは事情を異にし,自分の机の引き出しに保管したとすれば強く非難されると予想されることから,1審原告は,保身的動機が手伝って,保管場所について曖昧な報告をした。しかし,役場職員が置いていった不明金であり,すぐに発見できると思っていた等の事情があり,不正に領得しようとする意図によるものではない。

エ 1審被告金庫は,1審原告の横領の事実がないことを当初から承知しながら,あえて横領の濡れ衣を着せて懲戒解雇を強行したものである。しかも,対外的に文書で公表するなど,その対応は,1審原告のプライバシーや名誉をまったく考慮しない極めて異常なものであった。

オ さらに,原判決の判断は,1審被告金庫が組合活動や1審原告の存在を嫌悪し,1審原告に不当な発言や降格・減給処分を行ってきた経緯等の1審被告金庫の労使関係の特徴を踏まえていない。原判決は,本件の懲戒解雇が,信金労組が地方労働委員会等で1審被告金庫の不当労働行為を徹底追及している最中に,その中心の一人である組合副委員長を目標になされたことにまったく思い及んでいない。

(2)  本件減給措置の不法行為性について

ア 1審被告金庫は,19年近く続いていた1審原告の資格と職位の不一致を急に見直すとの口実のもとに,1審原告を電話で本部に呼出し,理事長らの役職員の立ち会いのうえで,3時間にわたり事情聴取し,1審原告が「Aくらいである」と返答するや,その返答に籍口し,1審原告を降格させた。

イ しかし,19年近く放置したままで,資格規程上も資格と職位の不一致が認められていた(給与規程及び資格規程に照らせば,昇格によって当然に昇給があり,降格があれば当然に減給がされるとの規定にはなっていないし,雇用契約の性質や終身雇用・年功序列を基本とする賃金体系からしても,資格と職位が当然に一致すると解することはできない。)から,仮に,資格変更が必要であるとしても,1審原告が一般職に降格されながら資格が変更されなかった事情を調査し,人事担当者の客観的な査定等を経てから,資格変更が実施されるのが通常であるにもかかわらず,理事長の専断という極めて特異な経緯で降格処分がされている。

ウ 1審被告金庫の本件減給措置は,信金労組が不当労働行為の救済を申し立てた直後になされていることや,理事長らが信金労組を嫌悪し,信金労組及びその組合員に対して苛烈な対処をしてきたことも併せ考慮すれば,1審原告が信金労組の副委員長であったことから,1審原告を経済的に不利益に扱い,組合運営に対する支配介入を意図し,1審原告及び信金労組に精神的・経済的な打撃を与えることを目的としたものであり,その違法性は高い。

2  1審被告金庫

(1)  第1懲戒解雇の適法性について

ア 原判決の第1懲戒解雇に関する認定は,次の点で事実誤認がある。

(ア) 現金2万6900円を派出所内の使用机に保管していたとする点

平成10年1月30日,派出所では,日計表と普通預金通帳残高との間に270円の誤差が生じて,瀬棚支店の職員らがその調査をしている。1審原告が使用する机も捜したけれども,2万6900円の現金がなかったことが確認されている。

(イ) 平成10年2月3日以降も1審原告が過剰現金の差出人を捜していたとする点

1審原告及び天羽収入役は,平成10年1月30日及び同年2月2日に瀬棚町役場庁舎の内外を問わず,町職員を網羅的に調査したが,過剰現金の差出該当者はいなかった。翌3日以降,その該当者の調査はされていない。

イ 懲戒解雇相当性

(ア) 1審原告は,平成10年1月30日から同年2月5日に1審被告金庫に報告するまでの間,不明過剰現金2万6900円を自己の机以外に保管してその存在を隠し続け,平成10年2月5日以降もその保管方法について虚偽の説明を続けていた。

(イ) 上記懲戒事由を軽微なものと評価することはできない。

信用金庫は,金融機関として金銭の出納業務を行うため,特に信用が重んじられるし,その職員も,金融機関としての信用を維持するため,職務上の義務の履行が強く要請される。特に,現金の取扱いは重大である。現金事故は,その金額の多少にかかわらず,信用金庫の信用を失墜させ,顧客との紛争の原因となる。そのため,金融機関では,「現金その場限り」との現金処理における重要な基本原則がある。

1審被告金庫においても,職員服務心得集の事務処理のあり方の項で,この原則を定め,過剰現金の処理についての現金過不足金処理要領で,即時の報告と入金処理とを義務付けている。

1審原告の上記行為は,その非違の程度が重大である。

(ウ) 1審原告は,現金取扱上の事故について,早期に適切な処理をとって金融機関としての信用を維持することよりも,自己の保身のために現金事故を隠そうとしたものであり,金融機関の職員としての適性に欠けるものである。

(エ) 瀬棚町役場の派出所は,もっぱら瀬棚町指定金融機関事務取扱契約に基づき,瀬棚町から委託を受けた公金の収納及び支払の事務のみを取り扱っている。したがって,本件の過剰現金は,瀬棚町に納付されるべき性質の金員である。過剰現金の報告が遅れたことで,差出人の発見が困難になり,納付者は明らかにならないし,瀬棚町への納付手続もとられていない。納付者及び瀬棚町の双方に損害を生じている。また,過剰現金の調査で,瀬棚町及びその職員に不信を招き,1審被告金庫の信用を悪化させた。のみならず,瀬棚町指定金融機関事務取扱契約が解除されるおそれもある。

1審原告の非違行為によって,実害が生じ,1審被告金庫の信用も害されている。

(オ) 1審原告の第1懲戒解雇の事由は,就業規則73条9号に形式的に該当するだけでなく,実質的にもその相当性を備えている。

(2)  第2懲戒解雇の適法性について

ア 平成10年1月29日午後3時10分ころ,Sが派出所に納付した2万5600円と翌30日に発生した2万6900円の過剰現金(不明金)との間には,次の点に照らして,同一性ないし関連性がない。

(ア) 金融機関では,業務で授受する現金については,個々の取引の金額だけでなく,金種までも特定して記録している。平成10年1月29日の納付金2万5600円と翌30日の過剰現金2万6900円とは,発生日時や金額のみでなく,金種まで違っている。

(イ) 1審原告は,過剰現金が発覚して以来,1審被告金庫への報告,労働委員会での審査,本件訴訟の仮処分及び原審を通じて,本件の過剰現金について,平成10年1月30日午前11時ころ,女性が派出所窓口に使い古された封筒に入れた2万6900円を差し出し,同日午後1時ころ,封筒から出した金額及び金種を確認し,他の現金とは区別してカルトンに入れておいた旨断言してきた。過剰現金と本件納付金とが混同している可能性がある旨の1審原告の供述は信用できない。

イ 1審原告は,派出所の業務終了の直前である平成10年1月29日午後3時10分ころには,本件納付金2万5600円の存在に気付いていた。1審原告に当初から領得の意思があったか否かはともかく,その不明金の発生を隠蔽したから,1審原告は,2万5600円を領得したものと認定せざるを得ない。

ウ 1審原告の上記非違行為は,就業規則73条11号あるいは9号に該当する。

(3)  第2懲戒解雇の事由の追加について

ア 仮に,過剰現金と本件納付金とに同一性ないし関連性があるとすれば,平成10年1月29日及び翌30日の,本件納付金以外の派出所の受け払いの金額及び金種は一致しているから,1審原告は,Sから納付された2万5600円を業務外の現金と混合したことになる。

イ 1審原告の上記の現金混合行為は,これを禁止する出納業務規程に反し,不法領得行為に準ずる違法行為と評価できる。また,過剰現金に関する1審原告の報告内容は虚偽であり,自己の保身のために虚偽を述べる1審原告は,金融機関の職員としての適性を欠くものである。

ウ 1審原告の現金混合行為は,就業規則73条11号所定の「職場内において窃取,横領,傷害等の刑法犯,又はこれに類似する行為のあったとき」,あるいは同条9号所定の「業務命令・通達に違反し,職務に関して不正行為,職場秩序を乱したとき」に該当し,懲戒解雇に相当する。

(4)  解雇事由の併合主張について

仮に,第1懲戒解雇の事由,第2懲戒解雇の事由及びその追加事由のみでは,解雇の相当性を欠くとすれば,これら解雇事由を併合することによって,本件の懲戒解雇は相当性を具備する。

(5)  本件減給措置の同意について

1審原告は,次のとおり,平成9年4月22日の面談において,資格変更に伴い給与が減額になることを十分承知のうえで,自ら事務職A級に該当すると述べて資格変更に同意し,減額される給与額も大略理解していたから,本件減額措置を同意していたものである。

ア 1審原告は,信金労組の幹部役員として,1審被告金庫との交渉や紛争で中心的立場を担ってきた。幹部職員が複数立ち会っているからといって,自己の主張を述べるのに逡巡するはずはない。1審原告の事務職A級に該当するとの発言は,真意によるものである。

イ 1審被告金庫は,面談において,資格変更に伴う給与の減額を過去に遡って返還を求めない,逆に資格変更後は当然に減額になる旨を伝えた。組合幹部であり,職員の賃金体系に精通していた1審原告は,その正確な金額はともかく,本給が1割以上減額になることは承知していた。

ウ 平成9年6月20日,信金労組が労働委員会に本件減給措置について追加申立てをした。しかし,これは,信金労組が決定した方針に過ぎないから,1審原告が同意していたことを否定する根拠にはならない。

第3当裁判所の判断

1  懲戒解雇の効力(争点(1))について

(1)  原判決13頁13行目から18頁7行目までを次のとおり訂正して引用する。

ア 原判決13頁13行目から同16行目までの証拠に「<証拠略>」を追加する。

イ 原判決13頁23行目の「受領し」の次に「(Sは,1審被告金庫の自動支払機から払い戻した一万円札を利用して支払をしているが,釣り銭の生じない支払をしたか否かは明確に記憶していない。また,その支払に瀬棚町の使用済み封筒を利用した事実はない。)」を加える。

ウ 原判決14頁19行目の「しかし」から同頁21行目までを「しかし,1審原告のその後の言動や事実経過に照らせば,1審原告は,現金や領収証書の控え等の伝票を確認・照合することなく保管手続をとった可能性が高いと推認できる(翌30日に天羽収入役に不明過剰現金の発生を連絡する行動をとっていることに照らせば,1審原告が,本件納付金を保管する際に,領収証書の控え等の不存在に気づきながらそのまま放置したとまでは推認できない。)。」に改める。

エ 原判決15頁6行目の末尾に「なお,天羽収入役は,1審原告から報告を受けた際,金種を含めて現金2万6900円の存在を確認していないし,封筒も確認していない。」を加える。

オ 原判決15頁9,10行目の「原告は,派出所において自己が使用している机の中に,施錠してこれを保管することにした」を「1審原告は,2万6900円の不明金を自己で保管した(当日の集計作業の状況に照らせば,不明金が1審原告の机に保管されたとは認め難い。)」に改める。

カ 原判決15頁26行目の「他方」から同16頁3行目の「同月5日になって」までを「平成10年2月2日の月曜日,出勤した天羽収入役は,1審原告から不明金の差出人が現われないことを聞いて,役場の出先機関に電話して不明金の差出人がいないかを調査したが,差出人は現われなかった。平成10年2月4日が経過しても不明金の差出人が出てこないことから,1審原告は,翌5日の午前8時30分ころ」に改め,原判決16頁7行目の「松林支店長に」を削除し,原判決16頁10行目の「被告金庫本店に連絡し,」の次に「過剰現金2万6900円を仮受金で処理するように本部から指示された松林支店長は,平成10年2月5日午後4時ころ,瀬棚支店に戻っていた1審原告に対し,過剰現金を提出するように命じた。1審原告は,いったん派出所に戻って,使用済みの瀬棚町の茶封筒に入った過剰現金2万6900円(金種は,千円札が26枚,五百円硬貨が1枚,百円硬貨が4枚からなっていた。)を持参し,松林支店長に渡した。」を加える。

キ 原判決17頁9行目の「サ当該過剰現金の差出人は現在まで不明である。」を削除する。

(2)  懲戒事由該当性について

上記認定の事実関係及び掲記の証拠を総合すれば,ア 1審原告は,平成10年1月29日午後3時10分ころ,瀬棚町役場にある1審被告金庫瀬棚支店の派出所において,Sから,平成9年12月分及び平成10年1月分の国民年金保険料合計2万5600円(本件納付金)を受領しながら,Sに返還すべき領収証書とともに1審被告金庫が受け取るべき通知書や領収控えのいわゆる納付書類も併せてSに返還し,かつ,本件納付金の金額及び納付書類の確認を怠ったまま本件納付金を保管して他の金銭と混合させて(他の金銭と混合した間の事情は,1審原告に本件納付金の存在の認識がなく,また,この間の事情がどのようなものであるかを明らかにする証拠もないことから,その具体的な態様を認定することはできない。),発生原因の不明な2万6900円の過剰現金を生じさせた(なお,本件納付金と過剰現金とは,金額が異なるし,金種も異なる(ただし,平成10年1月30日に金種の確認はされていない。平成10年1月29日にSが支払った金種と平成10年2月5日に1審原告から松林支店長に交付された金種に違いがあることが,証拠上確認できるだけである。)が,その金額の差異がわずかであることや発生日時が近いこと,さらに他に過剰現金の発生原因を窺わす事情は現在まで何ら認められていないことからして,その同一性ないし関連性を肯定すべきであり,したがって,第1懲戒解雇の事由に本件納付金の収受及び管理に関する事情を追加主張できると解される。),イ 1審原告は,遅くとも平成10年1月30日午後5時前までに,2万6900円の不明過剰現金が発生したことを確認しながら,直ちに1審被告金庫に報告せず,これを自ら保管したまま,同年2月5日午前8時30分ころになるまで,1審被告金庫の瀬棚支店の松林支店長に報告しなかった,ウ 1審原告は,1審被告金庫に対する過剰現金の発生経過の報告において,2万6900円の保管方法について故意に虚偽の事実を報告したほか,2万6900円の発生経過について虚偽の報告をした(なお,1審原告が報告した平成10年1月30日午前11時ころ,役場の女性職員と思われる女性が窓口に2万6900円を置いていったとの事実自体は,客観的には虚偽であると認められるが,この点については,1審原告が曖昧な記憶に基づき報告した可能性は否定できないから,故意に虚偽であることを知りながら報告したとまでは認め難い。しかし,1審原告が,松林支店長に交付した金種からなる2万6900円の現金が封筒に入っていたと認識されかねない報告をしている点は,交付した現金がSの支払った金額や金種と違うことや,Sが封筒を使用した事実がないことに照らし,客観的な事実と異なることを1審原告が認識していた可能性はある。要するに,1審原告は,平成10年1月30日の午後になって,納付書類のない2万6900円の原因不明の過剰現金があることに気付いて天羽収入役に報告しているが,不明過剰現金についてはっきりした手掛かりとなる記憶はなかったものと推測できる。),と認めるのが相当である。

上記認定の1審原告の行為は,1審被告金庫の就業規則73条9号所定の「業務命令・通達に違反し,職務に関して不正行為,職場秩序を乱したとき」に該当すると認めることができる。

(3)  第1懲戒解雇の効力について

上記1審原告の行為は,現金2万5600円の支払を受けた際に,同時に受け取り保管すべき納付書類を不注意にも返還し,さらにその現金と納付書類の確認を怠り,他の金銭と混同させて,結果的に不明過剰現金2万6900円を生じさせた点において,金融機関の職員としての現金の取扱いに関する基本的かつ重要な原則に違反するものであり,また,その不明過剰現金を発見しながらその報告を遅滞した点において,過剰現金の処理に関する職務上の義務に違反するものであって,1審原告は,金融機関の職員としての責任感・緊張感に欠けるものがあり,さらに,その報告の内容に虚偽の事実が含まれていることも考慮すれば,職員としての適正・資質に問題があるとする1審被告金庫の指摘もやむを得ないところであるし,瀬棚町及びその関係者に対して,1審被告金庫の執務体制あるいは職員の執務能力に関する不信を抱かせたであろうことも推測できるところである。

しかしながら,1審原告の行為は,横領等の刑法犯又はこれに類似する行為でないことは明らかであり,1審被告金庫においては,これまでに単なる事務処理規程ないし事務処理要領違反によって懲戒解雇の処分までされた事例は見当たらず,また,発生した不明金額は3万円足らずであり,瀬棚町との指定金融機関事務取扱契約は解除されていないし,1審原告が従前に懲戒処分を受けた前歴があるとの事実も窺えず,さらに,1審原告は,信金労組の副委員長であったが,当時,1審被告金庫は,信金労組との間で,不当労働行為の紛争中であったことも考慮すれば,1審原告に対する第1懲戒解雇は,苛酷に過ぎ,客観的な合理性を欠くものであり,社会的に相当なものとして是認することができない解雇権の濫用に当たる,と認めるのが相当である。

したがって,第1懲戒解雇は,無効である。

(4)  第2懲戒解雇の効力について

本件納付金の発生と不明過剰現金の発生には社会的な同一性ないし関連性があることは,すでに認定・説示したとおりである(したがって,第1懲戒解雇の処分事由として本件納付金に関する事情を追加主張できることは,前記説示のとおりである。)から,本件納付金に関する第2懲戒解雇は,二重処分に当たり,無効であると解すべきである(仮に,本件納付金に関する事情は,1審被告金庫が第1懲戒解雇時に認識していなかったことから,別個の懲戒処分がなし得ると解しても,本件納付金に関して横領ないしこれに類似する行為がなかったことはすでに認定したとおりであり,いずれにしても第2懲戒解雇は無効になる。)。

2  本件減給措置の有効性(争点(2))について

(1)  原判決21頁18行目から28頁17行目までを引用する。

ただし,原判決25頁8,9行目の「から,上記面談において,原告が,本件減給措置について了承したとみる余地はある」及び同頁24ないし26行目の「,遅くとも,平成9年6月20日の時点では,原告が本件減給措置を了解していない旨が被告金庫に対し表明されたものとみられること」を削除する。

(2)  上記認定のとおりの1審原告と1審被告金庫伊藤理事長との平成9年4月22日の面談に至る経緯及び面談の内容,さらに本件減給措置によって生じる効果の重大性に照らせば,1審原告が信金労組の役員であり,1審被告金庫の一般職員に比べ,給与や資格に関して詳しい知識を有していた可能性があったことを考慮しても,1審原告が自己の被る不利益を正確に認識したうえ,真意に基づき本件減給措置に同意したと認めることは到底できない。また,1審被告金庫の資格規程や給与規程をみても,職員の降格によって当然に減給される,あるいは1審被告金庫に降格に伴う減給をする一方的な形成権限があると認めることはできない(仮に,降格に伴い当然に減給になると解する余地があるとしても,19年間にわたって資格と職位の不一致が継続していたことに照らせば,本件減給措置は,権利の濫用であり,効力がないと認めるべきである。)。

(3)  したがって,本件減給措置は効力がないから,1審原告は,従前の給与・賞与・手当を請求することができる。

3  慰謝料請求権の存否(争点(3))について

上記認定・説示のとおり・第1及び第2懲戒解雇並びに本件減給措置は無効である。しかし,1審原告の本件納付金及び不明過剰現金の処理に問題が多かったことはすでに認定・説示したとおりであるし,資格と職位の不一致があったことも事実であるから,第1及び第2懲戒解雇並びに本件減給措置が無効となってその経済的な被害がてん補される以上,1審被告金庫が信金労組及び組合員を嫌悪して不当労働行為的言動を行っていたことを考慮しても,仮処分の執行や瀬棚町長に対する通知を含めて1審被告金庫の第1及び第2懲戒解雇並びに本件減給措置は,信金労組に対する関係はともかく,1審原告に対する関係においては,慰謝料を認めるに足りるまでの違法性はない,又は,経済的な損害のてん補によって慰謝料は発生していない,と認めるのが相当である。

したがって,1審原告の慰謝料請求は理由がない。

第4結論

よって,1審原告の雇用契約に基づく権利の確認請求と未払賃金等請求の一部とを認容し,その余の慰謝料請求等を棄却した原判決は相当であるから,1審原告及び1審被告金庫の控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武田和博 裁判官 小林正明 裁判官 森邦明)

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