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札幌高等裁判所 平成13年(ネ)294号 判決 2001年12月14日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人安田火災海上保険株式会社は,控訴人に対し,1210万円及びこれに対する平成11年10月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人富士火災海上保険株式会社は,控訴人に対し,1000万円及びこれに対する平成11年10月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

本件は,控訴人が,所有建物及び家財が火災により焼失したとして,被控訴人らに対し,火災保険契約に基づく建物及び家財についての各保険金及びそれらに対する各訴状送達の日の翌日である平成11年10月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

1  争いのない事実及び各項掲記の証拠から容易に認められる事実

(1)  控訴人は,原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し,被控訴人らとの間で以下のとおりの火災保険契約(以下「本件各保険契約」という。)を締結した。

ア 被控訴人安田火災海上保険株式会社(以下「被控訴人安田火災」という。)との火災保険契約

締結日 平成8年10月4日

保険の目的 本件建物

保険金額 1210万円

イ 被控訴人富士火災海上保険株式会社(以下「被控訴人富士火災」という。)との火災保険契約

締結日 平成8年11月8日

保険の目的 本件建物内の家財

保険金額 1000万円

(2)  本件各保険契約の約款には,いずれも,保険契約者,被保険者またはこれらの者の法定代理人の故意もしくは重大な過失または法令違反によって生じた損害については,保険金を支払わない旨の免責条項(以下「本件免責条項」という。)がある(乙イ16,乙ロ6)。

(3)  控訴人は,本件各保険契約のほか,郵便局の見舞金保険に加入していたが,平成10年4月末日ころ,見舞保険金額をそれまでの500万円から1020万円に増額した(乙ロ3,原審における控訴人本人)。

(4)  控訴人及び控訴人の夫であったAは,平成10年5月27日,函館市の温泉ホテルに宿泊の予約(宿泊日同月28日,宿泊者Aほか1名)をし,同月28日,控訴人の運転する乗用車にAが同乗して函館に向かって走行していたが,同日午前10時2分ころ,北海道山越郡a町b番地の国道5号線上で,控訴人運転の乗用車が大型貨物自動車に追突し,控訴人は,左上腕打撲の,Aは,顔面挫創の各傷害を負った。控訴人とAは,搬送された八雲総合病院で治療を受けた後,函館市に到着し,Aは,同月28日,函館中央病院で受診した。控訴人とAは,同日は,上記予約したホテルに宿泊した。Aは,同月29日も函館中央病院で受診し,同日の夜は,控訴人とともに,函館市の他のホテルに宿泊した。(乙イ6,乙ロ5,原審における証人A,控訴人本人)

(5)  平成10年5月30日午前1時20分ころ,本件建物近隣の住人が,本件建物2階の窓から炎が噴出しているのを発見して119番に通報し,同日午前1時38分から消防による放水が行われ,同日午前2時56分,火災は鎮火したが,本件建物及び内部の家財とも火炎と放水によりほぼ全損した(以下「本件火災」という。)。本件火災についての消防による調査結果の要旨は次のとおりである。

ア 本件建物の近隣の住民は,本件火災が発見される前の同日午前1時10分ころ,本件建物付近を散歩していたところ,普段なら点いている本件建物1階の室内の照明が消えており,また,本件建物1階の風呂の窓が半開きになっているのを目撃したが,本件建物に異常は見られなかった。

イ 本件建物のうち,玄関,玄関ホール及び玄関から2階へ通じる階段室付近の焼失,焼損及び焼きの状況が最も顕著で,本件建物1階の他の部分は玄関からの,2階部分は階段及び階段室からの,延焼と認められた。

ウ 本件建物の玄関,玄関ホール及び階段室付近に火源となるもの及び電気的火災原因は認められなかった。

エ 本件建物の玄関ドアの錠は開錠されており,錠の破壊・破損は認められず,西側浴室の窓は半開きの状態であった。また,1階居間の食卓の下には蓋を開けたままのポリタンクがあった。

オ 本件火災後の本件建物内から可燃性の液体等は検出されなかった。

カ 本件火災の出火箇所は,玄関ホール床面又は階段付近と認められる。出火原因については放火の可能性が考えられるが,不明とする。

(甲7,乙ロ5)

2  争点

本件火災についての本件免責条項適用の有無

(被控訴人らの主張)

本件火災は,本件各保険契約の契約者である控訴人が,第三者に依頼して本件建物に放火させたことによって発生したものであるから,保険契約者が故意に発生させたものとして,本件免責条項が適用され,被控訴人らは,控訴人に対し,保険金支払義務を負わない。

第3当裁判所の判断

1  本件火災の原因について

前記事案の概要1の(4),(5)摘示の事実及び証拠によれば,本件火災当時,本件建物の住人であった控訴人及びAは,いずれも函館市のホテルに宿泊していたため,本件建物は無人であったこと,本件火災後の消防による調査によれば,本件建物玄関ドアの錠は破壊・破損を伴わずに開錠されていたこと,本件建物内に本件火災の原因となるような火源又は火源の痕跡は認められなかったこと,本件火災の発見直前の平成10年5月30日午前1時10分ころには,本件建物に異常は認められなかったこと,その後の本件火災の発見(午前1時20分ころ)から消防による放水(午前1時38分開始),鎮圧(午前1時54分),鎮火(午前2時56分)までの経過及び本件建物内部の焼損状況に照らすと,出火箇所は,火源の見当たらない本件建物の玄関,玄関ホール又は階段室付近と認められるにもかかわらず,延焼速度は速く,焼損の程度及び範囲も大きいことが認められ,こうした事実によれば,本件火災は,何者かが本件建物玄関ドアの鍵を使って本件建物に入り,燃焼力が強く,燃焼持続性もあって,かつ,燃焼後に痕跡を残さない材料を使って放火したと認めるのが相当である。なお,乙ロ5の火災原因判定書には,たばこによる出火の可能性は否定できないと記載されているが,たばこが出火の原因であることを窺わせる事情はないし,本件火災の延焼速度が速かったことからすると,たばこによる出火の可能性は否定すべきである。

2  本件火災における放火の実行者について

(1)  上記事実(証拠を含む。)及び乙イ3,6,8,9,10,11,乙ロ5,原審における証人B,証人C,証人D,証人E,証人F,証人A,控訴人本人によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

ア Eは,平成10年5月19日ころ,愛知県岡崎市で放火・殺人未遂容疑の事件を起こして内妻と逃走し,同月中に旭川市に来て,かつて刑務所で面識のあったAのもとに内妻とともに身を寄せた。Aは,自己が組長となっている暴力団(F組)の事務所にEを寝泊まりさせた。

イ Eは,旭川に滞在中,控訴人やAの養父のFびF組の事務所に出入りする者に対し,「E1」と名乗っていたが,本件火災の後,旭川を離れた。

ウ Eは,本件火災の後,Aに対し,度々送金を要請し,同年10月19日にA及びF組の若頭のBが債権取立て等(弁護士法違反)に関して逮捕されるまでの間に,A又は配下の者から現金6,7万円を受け取った。

エ Eは,平成10年7月13日午後3時30分ころ,被控訴人安田火災の社員に対し,電話で「E2」と名乗った上で,本件火災を用件とする面会を申し込んだ。

オ 被控訴人らの各調査担当者及び被控訴人安田火災の依頼を受けた本件訴訟代理人の弁護士は,平成10年7月14日,滝川市内のホテルの会議室で,「E2」と名乗るE及び内妻と会見した。Eは,会見の席で,上記担当者ら及び弁護士に対し,Aが暴力団の資金に窮していること,本件建物には控訴人らのほか郵便局の保険を合わせて約3000万円の保険が掛けられていること,Aから放火する人物の紹介を頼まれ,これに応じて紹介したこと,成功報酬は300万円の約束だったこと,そうした事情を知っているのは,A・控訴人夫婦とE・内妻及び放火の実行犯だけであることなどを話し,Eの内妻の保護を要請した。

カ 被控訴人安田火災の調査担当者Cは,平成10年7月22日,警察から「E2」と名乗った男及び同伴の女性の写真を示されて,「E2」と名乗っていた男がEであることを知り,また,被控訴人富士火災の調査担当者Dは,平成12年3月14日,岡崎拘置所でEと面会し,上記「E2」と名乗っていた男がEであったことを確認した。

キ Aの養父のFは,平成11年4月1日,上記弁護士の事務所で,同弁護士に対し,本件火災の前に,Aから「今度火付けのプロが来る。」とか,300万円の報酬で放火を頼んだという話を聞いたこと,FがAから聞き知っている放火の手はずは,控訴人とAがそれぞれ貴重品を知人に預けるとともに,F組の若頭のBに本件建物の鍵を預けた上で旅行に出て,その間に,Bが実行犯を本件建物に連れて行き,放火後に,実行犯を逃走させるというものであったが,本件火災後,実行犯に対する300万円の報酬は支払われていないことなどを話した。

ク 本件建物の鍵は,控訴人とAが各1個ずつ所持していたところ,控訴人又はAは,本件火災の前に,Bに本件建物の鍵1個を預けた。

ケ 被控訴人安田火災の調査担当者は,本件火災の前に控訴人又はAから本件建物の鍵を預かっていたというBとの面談を試みたが,Aからは,Bが対立暴力団との紛争に関係しているためなどとして,その所在を教えてもらえず,Bから事情聴取することができたのは,本件火災から2か月経過後の平成10年8月4日であった。Bから聴取した事情の要旨は以下のとおりであった。Bは,本件火災の1週間か10日ほど前に,A又は控訴人から本件建物の鍵を預かった。鍵を預かった理由は,Aらの留守中に熱帯魚に給餌するためというものであった。平成10年5月29日の午後4時から6時ころに,当時起居の場所として使用していた知人の女性の部屋から本件建物に行って,玄関の鍵を開けて屋内に入って熱帯魚に餌を与え,施錠して出た。滞在時間は10分から20分程度であった。本件火災のことは,同月30日の未明に,控訴人が経営していたスナックの従業員からの電話による通報で知った。

(2)  上記(1)で認定したオの事実に関し,原審における証人Eは,オに摘示の会見における話の内容を否認し,あるいは,その場限りの単なる作り話しであったかのような供述をする。しかし,オに摘示した会見の当時取ったメモに従って陳述書を作成した旨の原審における証人Cの供述によれば,乙イ9(CのEとの会見要旨を記載した陳述書)の信用性を認めることができ,また,同陳述書に記載されたEの供述内容は,放火の共謀又は幇助にかかわるもので,Eにとって不利益な事実を承認するものであること,これに対し,原審における証言時の証人Eは,放火及び殺人未遂の犯罪事実により1審で有罪の判決を言い渡され,控訴中であったことに鑑みると,原審における証人Eの上記供述を信用することはできない。ただし,Eの上記会見における供述内容のうち,Eのいう実行犯の存在及びEが実行犯をAに紹介したか否かについては何らの資料も示されておらず,それらの供述どおりの事実を認めることはできない。したがって,Eの上記供述のうち,客観的事実と符合する部分として本件争点の認定に影響するのは,Eが本件火災後約1か月半を経過したに過ぎない時点で,本件建物に対する保険の種類・契約の数・保険金額といった,本来ならば,保険契約者である控訴人しか知り得ない保険契約に関する事実をほぼ正確に知っていたことである。

(3)  上記(1)のキにおけるFの供述内容は,本件火災の経緯として詳細かつ具体的であり,矛盾がない。また,その内容は,控訴人及びAに極めて不利益なものであるものの,それは,Fの本件火災に対する事前・事後の関与・関知を認めることになり,F自身にとって不利益な内容を含むものであること,乙イ10,原審における証人C,証人Fの供述からは,Fが,Aとの絶縁を望んでいたことが窺われるものの,そのことをもって,Fが本件火災の経緯に関し,ことさらに虚偽の供述をしなければならないほどの事情とは認め難いこと,他にFにおいてことさらに本件火災の経緯について虚偽を述べなければならない動機等の事情を認めるに足りる証拠はないことに照らし,上記Fの供述は,信用することができる。

(4)  また,上記(1)のク及びケの事実に関しては,原審における証人B,証人A及び控訴人本人の各供述と比較して,鍵を預かった日を除いて概ね一致しているが,本件全証拠によっても,Bの本件火災発生前後の具体的な所在及び行動を特定することはできない。なお,Bの前記各供述は,いずれも自己の本件火災前後の所在・行動について,当然認識・記憶しているはずのことがらの内容が不明確であるのみならず,平成10年8月4日の事情聴取の際には,本件建物の鍵を預かったのは,本件火災の1週間か10日ほど前であった旨供述する(乙イ8)など,回避的,かつ,ことさらに真実を曖昧にしようとする態度が見られる。こうしたBの供述態度及び供述内容に鑑みると,Bが,本件火災の発生に直接関わったことが推認される。そして,こうした疑念を覆すに足りる証拠はない。

(5)  次に,甲1,乙イ3,10,乙ロ3,11,14,原審における証人A,控訴人本人によれば,本件火災当時,控訴人は,スナックの新規開店を間近に控えていたこと,当時の控訴人及びAには,日常の買物等によるクレジットカードの借入金債務のほか,スナック及び暴力団事務所の運転資金等として金融業者(株式会社エーコー及びニッシン)から借り入れた債務として500万円を超える債務があったことが認められる。

(6)  以上の事実及び検討結果と前記事案の概要摘示の事実を総合すると,控訴人は,本件各保険契約に基づく火災保険金及び郵便局の見舞保険金を得る目的で,A,B及びEほかと共謀の上,本件建物に放火することを企て,平成10年5月27日ころ,Bに本件建物玄関ドアの鍵を渡し,同月28日からAとともに函館方面に出かけて本件建物を無人状態にし,詳細は不明であるが,Bにおいて,同月29日,本件建物の玄関鍵を開錠し,E又は他の放火の技術ある者(以下「本件放火実行者」という。)を本件建物内に侵入させ,本件放火実行者において,予め用意した燃焼力が旺盛で,持続性を有する可燃物を本件建物の玄関又は階段室付近で発火させ,よって,同月30日午前1時10分過ぎころ,本件建物に火を燃え移らせ,もって,同日午前2時56分までに本件建物を火災によってほぼ全損させたことが認められる。

(7)  なお,控訴人は,控訴理由書を提出しなかったが,当審の口頭弁論期日において,前記郵便局の見舞保険金額の増額については,郵便局の担当者の勧めに従った結果にすぎないとし,また,本件火災後直ちに旭川に戻らなかったのは,交通事故によって負った傷の治療のためであったと主張する。控訴人の上記主張は,第1に,控訴人の本件火災関与の動機がなかったことをいい,第2に,控訴人の函館への旅行はいわゆるアリバイ作りを目的としたものではないことをいうものと解される。しかし,見舞保険金額の増額についての控訴人の主張を裏付ける証拠はなく,また,本件火災の時点に控訴人及びAが本件建物を不在にしていたこと,あるいは,本件火災の前に函館に旅行に出かけた事実が認められる本件において,本件火災後の控訴人の帰還が遅れた事情として控訴人が主張するものは,前記認定を左右しない。したがって,控訴人の当審における主張はいずれも理由がない。

(8)  以上の認定及び検討の結果によれば,本件火災は,控訴人が故意に発生させたものと認められ,被控訴人らは,本件免責条項により控訴人に対する保険金支払義務を負わないと解するのが相当である。

第4結論

よって,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武田和博 裁判官 小林正明 裁判官 森邦明)

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