札幌高等裁判所 平成13年(ネ)323号 判決 2002年2月28日
控訴人(原告) X
同訴訟代理人弁護士 樋川恒一
同訴訟復代理人弁護士 濱本光一
被控訴人(被告) 株式会社商工ファンド
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 田中正人
同 山崎昌彦
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、控訴人に対し、金290万7,714円及びこれに対する平成12年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
(4) 仮執行宣言
2 被控訴人
主文と同旨
第2事案の概要
次のとおり原判決を補正し、当番における当事者の主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第2 前提事実(争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨から容易に認められる事実)」、「第3 原告及び被告の主張の要旨」及び「第4 本件の争点とこれに関する原告及び被告の主張」に記載されたとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の補正
原判決3頁16行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「 なお、控訴人は、Bによる返済と認められる分については、主債務者であるBへの求償権を保全するために、Bが被控訴人に対して有する不当利得返還請求権を代位行使して、本訴請求をするものである。」
2 当審における当事者の主張
(1) 控訴人の主張
ア 貸金業法17条1項4号が「貸付けの利率」を17条書面の記載事項として定めているのは、借主に短期的ないし長期的な返済計画を立てることを可能にするためである。
ところが、本件借用証書(乙1、2)には、実質年利として39.45パーセントと記載されているのに対し、各支払期日前に送付された乙6ないし8(各枝番を含む。以下同じ。)には、実質年率が38.4パーセントと記載されている。このように借用証書の実質年率と実際に支払う利息についての実質年率が異なると、前記の立法趣旨は没却されることになるから、本件借用証書は「貸付けの利率」の記載を欠くものである。
イ 原判決の認定したとおり、利息の天引きに貸金業法43条の適用がないとすると、平成5年11月26日の貸金200万円については、残元本額は194万9,401円となり、その後の18条書面における「当該弁済後の残存債務の額」(貸金業法18条1項6号、規則15条1項5号)も多くてこの金額となるはずである。
しかるに、乙6ないし8には、依然として貸金元本の残高は200万円と記載されているから、これらの書面は「当該弁済後の残存債務の額」の記載を欠くことになる。
(2) 被控訴人の主張
ア 控訴人の主張アについて
控訴人が主張するような17条書面の趣旨は、債務者側から見た副次的な面としてはあり得るかもしれないが、本来的なものではない。貸金業法17条1項が貸金業者に同条項所定事項を記載した契約書面の交付を義務付けた趣旨は、契約締結時に契約内容を明確にするとともに、契約内容についての後日の紛争の発生を防止しようとすることにある。したがって、当該契約書面が17条1項の趣旨を満たすか否かは、その記載内容によって後に紛争が発生し得るものか否かという観点から判断すべきである。
そうすると、本件借用証書に実質年率が記載されている以上、そこまでの利息の支払いをBは合意しているということができるのであるから、被控訴人がこの利率を若干下回る利率での利息等を求めたとしても、後日の紛争発生につながることはあり得ず、17条書面の記載要件に欠けることはないというべきである。そもそも、17条の契約書面は契約締結時の合意内容なのであるから、貸金業者がその後、当初の契約書面記載の利率を下回る利率での利息を請求をし、借主がこれを支払ったとしても、当初の17条書面の効力になんら影響を及ぼすものでないことは明らかである。
イ 同イについて
仮に天引利息に貸金業法43条の適用がないとしても、控訴人の主張によると、利息の天引きに限らず、度重なる弁済のうち一度でもみなし弁済の要件を欠く弁済が出た場合などには、それ以後の弁済に際して貸金業者から交付される受取証書には、約定利率で計算された元本が記載されることになるが、これらはすべて誤った記載ということになり、みなし弁済が認められる余地は一切なくなってしまうことになる。
貸金業法18条1項が受取証書の交付を要求した趣旨は、これにより充当関係を明確にし、後日の紛争を回避することにあるから、仮に利息天引きに関する利息制限法上の正しい処理に厳密に符合する内容が記載されていなくても、当該弁済金額につき約定金利で計算した元金をもとに計算された利息・損害金・元金への各充当関係が記載されていれば、これに基づき正確な充当計算をすることができるから、貸金業法18条1項の要件を満たしているというべきである。したがって、乙6ないし8は、「当該弁済後の残存債務の額」の記載を欠くものではない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり原判決を補正し、当審における当事者の主張に対する判断を付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第5 当裁判所の判断」に説示されたとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決の補正
ア 原判決14頁25行目の末尾に続けて次のとおり加える。
「控訴人は、これらの借用証書には、「返済期間及び返済回数」について元金の返済は契約締結日からおよそ1か月後に一括返済する旨の約定が記載されているが、これは形式的なものであって、実際の取引では、当初の約定弁済日に元金が一括返済されることはなく、控訴人が1か月位の利息を支払うことによって弁済日が順延され、このような取引が反復・継続されたのであり、しかも、控訴人と被控訴人はこのことを契約締結の際に予定していたのであるから、かかる取引の実態からすると、元金の返済については「返済期間及び返済回数」についての記載はないというべきである旨主張する。しかし、前記のように元金返済の順延がされたのは、基本取引約定書(乙9、10)の承諾条項22条で、前記のような1か月後の元金一括返済の約定を前提としつつも、別途、貸付契約の延長に関する約定が定められていることから、債務者において後者を選択した結果であって、前記のような元金一括返済に関する約定自体は、なんら当事者の意思や前記のような取引実態に反するものではないというべく、この理は、事実上返済の順延がなされる例が多かったとしても異なるものではないから、控訴人の主張は理由がない。」
イ 同15頁8行目の末尾に続けて次のとおり加える。
「控訴人は、本件借用証書には、実質年率が39.45パーセントとして記載されている一方、利率として日歩8銭と記載されているが、これらの利率は同じではなく、また、乙6ないし8に記載された実質年率38.4パーセントとも異なるから、本件各貸付の利率は明らかでなく、「利息の計算方法」の記載があるとはいえない旨主張する。しかし、実質年率は、規則で17条書面への記載が要求されているものであって、みなし利息をも含めて計算されたものであるから、これが約定利息である日歩8銭の記載と異なるのは当然である(したがって、契約書面に実質年率と約定利息の双方が記載されることは、法律上当然に予定されているのである。)。また、乙6ないし8に記載された実質年率38.4パーセントは、名目元金から各回の先払い利息(みなし利息を含む。)を差し引いた金額を元本として年利計算したものであるが、この利率は借用証書に記載された実質年率39.45パーセントよりも低いうえ、その誤差の程度もわずかであるから、乙6ないし8の実質年率の記載が借用証書のそれと異なるからといって、借用証書に「利息の計算方法」の記載がないことになるということはできない。したがって、控訴人の主張は理由がない。」
ウ 同21頁13行目の「209万6,315円」を「209万7,712円」に改める。
エ 原判決添付別紙計算書を本判決添付別紙計算書に改める。
(2) 当審における当事者の主張に対する判断
ア 控訴人の主張アについて
貸金業法17条1項が貸金業者に同条項所定事項を記載した契約書面の交付を義務付けた趣旨は、被控訴人が主張するように、契約締結時に契約内容を明確にするとともに、借主が契約の内容を正確に知り得るようにし、後日の紛争の発生を防止しようとすることにあるものと解される。
しかるに、本件借用証書には実質年率として39.45パーセントと記載されているのであるから、本件貸付に係る実質年率は明確になっており、これを見れば借主であるBもその内容を正確に理解できるものであることは明らかであり、この記載が後日の紛争発生の観点からみて不十分ないし不正確であるなどということはできない。
控訴人は、乙6ないし8の各書面に本件借用証書と異なる実質年率(38.4パーセント)が記載されていることとの関係を問題とするが、17条1項は前記のとおり契約時における契約内容を明確化すること等を目的とするものであるから、貸金業者がその後、当初の契約書面記載の利率を下回る利率の利息しか請求しなかったとしても、これは単に貸金業者が利息債務の一部免除をしたに過ぎないものとみ得るから、このことは当初の契約書面の記載の有効性を左右するものではない。また、実際にも、乙6ないし8の各書面に記載された実質年率は本件借用証書記載のそれよりも低いが、その程度もわずかであるから、これによってBが本件貸付に係る実質年率を理解できなくなるなどということも考え難いところである。
以上のとおり、本件借用証書の実質年率の記載は17条1項4号の規定する「貸付けの利率」の記載として十分なものということができるから、控訴人の主張は理由がない。
イ 同イについて
貸金業法18条1項が貸金業者に受取証書の交付を要求した趣旨は、これにより充当関係を明確にし、後日の紛争を回避することにある。
この観点からみると、乙6ないし8の各書面の記載が天引利息に貸金業法43条の適用があることを前提としていたとしても、各回の弁済金について、計算根拠を含めた充当関係が記載されているから、これに基づき正確な充当計算をすることが可能である。
逆に、仮にかかる場合にはもはや18条1項の要件を満たしていると解し得ないとすれば、これは被控訴人の主張するとおり、貸金業者に過大な負担を課することになるから相当ではない。
これらの事情に照らすと、乙6ないし8の各書面は18条1項6号、規則15条1項5号の規定する「当該弁済後の残存債務の額」の記載を備えているものということができるから、控訴人の主張は理由がない。
2 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法67条1項、61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前島勝三 裁判官 竹内純一 石井浩)
<以下省略>