大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 平成13年(ネ)422号 判決 2002年5月02日

主文

1  本件控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人(附帯控訴人)は,控訴人(附帯被控訴人)に対し,金6504万7267円及びこれに対する平成7年5月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人(附帯被控訴人)のその余の請求を棄却する。

4  本件附帯控訴を棄却する。

5  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その3を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし,その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

6  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  平成13年(ネ)第422号事件(本件控訴)

(1)  控訴の趣旨

ア 原判決を次のとおり変更する。

イ 被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)は,控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という。)に対し,金8957万1916円及びこれに対する平成7年5月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ウ 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(2)  控訴の趣旨に対する答弁

ア 本件控訴を棄却する。

イ 控訴費用は控訴人の負担とする。

2  平成14年(ネ)第82号事件(本件附帯控訴)

(1)  附帯控訴の趣旨

ア 原判決中被控訴人の敗訴部分を取り消す。

イ 控訴人の請求を棄却する。

ウ 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(2)  附帯控訴の趣旨に対する答弁

ア 主文第4項と同旨

イ 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」に記載されたとおりであるから,これを引用する。

1  原判決3頁6行目及び18行目の各「幅員9メートル」を「幅員8メートル」に,19行目の「歩道幅員2.8メートル」を「歩道幅員1.8メートル」にそれぞれ改める。

2  同3頁16行目の「続けていたものであり,」の次に「急ブレーキをかけたり,左にハンドルを切るなどの」を加える。

3  同5頁15行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「女子年少者の後遺障害による逸失利益の算定に当たっては,賃金センサスの女子労働者の全年齢平均賃金を用いるのではなく,男女を合わせた全労働者の全年齢平均賃金を基礎として算出すべきである。

(被控訴人は,この主張に対し,現在の労働市場における男女間の賃金格差を無視するものであって,到底採用し得ないものであると反論している。)」

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,本件控訴は一部理由があるが,本件附帯控訴は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」に説示されたとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決5頁25行目の「幅員約9メートル」を「幅員約8メートル」に,6頁1行目の「接道している。」を,「ほぼ直角に接道している。」にそれぞれ改める。

(2)  同6頁6行目の「走行し」の次に「(本件道路の制限速度は40キロメートル)」を加える。

(3)  同6頁7行目の冒頭から23行目の末尾までを次のとおり改める。

「被控訴人は,衝突地点の約11.7メートル手前にさしかかったところで,対向車線に停車中の車両と車両の間から,被控訴人車進行車線に向けて自転車を押しながら出てきた控訴人の姿を発見した。被控訴人は,危険を感じてその場でブレーキをかけたが間に合わず,被控訴人車の右前部付近と控訴人の自転車の左前側部とが衝突し,被控訴人は路面に転倒した。衝突地点は,本件道路のセンターラインから50センチメートル程度南東側(被控訴人車走行車線側)に寄った地点であった。衝突後,被控訴人車は,衝突地点から約16.7メートル(被控訴人が控訴人を初めて発見した位置から約28.4メートル)やや左斜め前方の道路側端で停止した。

なお,被控訴人は,危険を感じて急ブレーキをかけ,その結果被控訴人車は衝突地点付近で停まった旨供述するが,本件道路は平坦なアスファルト舗装で,本件事故当時路面は乾燥していたにもかかわらず,スリップ痕がないことのほか(乙1),上記のような路面状況の道路を時速40キロメートルで走行していた場合の停止距離(甲21)や本件事故直後の実況見分の際の被控訴人や目撃者の指示説明の内容に照らすと,被控訴人が急ブレーキをかけたとは認められず,また,停止位置に関する上記供述部分も採用しがたい。

(2)ア  以上の事実をもとに検討するに,交通整理の行われていない交差点を自転車で横断するに際し,特に交差道路の手前側車線が渋滞して自動車が連続停車している状況で,その間を縫って交差点を横断しようとするときは,その反対車線(被控訴人車進行車線)を走行する左方からの自動車の動静に十分注意しなければならないことはいうまでもなく,しかも,当該自動車からは停止車両の陰となって横断者の有無が確認しにくいことが容易に予測されるのであるから,とりわけその安全を十分に確認してから横断を開始すべきところ,本件で控訴人がどの程度の安全確認を行ったかは必ずしも明らかではないけれども,結果的に前記の衝突地点で本件事故が生じていることからして,控訴人に上記の安全確認義務を怠った過失があるものと認めざるを得ないところである。もっとも,控訴人は,本件交差点を横断するに際し,自転車を降り,その左側で自転車を押しながら歩行横断しようとしていたのであるから,ある程度の注意を払っていたであろうことは推測されるところであるが,なお,それが不十分であったとの評価を免れないところといえる。

イ  次に,被控訴人の過失について,控訴人は,被控訴人が急ブレーキをかけたり,左にハンドルを切るなどの十分な衝突回避措置をとらなかった旨主張するところ,被控訴人が危険を感じた際急ブレーキをかけたと認められないことは前記のとおりであるが,時速40キロメートルで走行していた場合の空走距離が8.88ないし11.11メートルであることに照らすと(甲21),被控訴人が約11メートル手前で控訴人を発見し,急ブレーキをかけたとしても,被控訴人車は空走したまま控訴人に衝突した可能性が高いから,この点をとらえて,被控訴人に回避義務違反があったとみることは困難であり,また,被控訴人の走行していた車線の左側(南東側)には,被控訴人が危険を感じた地点付近まで,歩道分離柵が設置されており,被控訴人車の左側には1メートル程度の余裕しかなかったこと(被控訴人車の車幅1.6メートル,乙1)や,危険を感じてから衝突までわずか1秒程度であったことなどの事情に照らすと,ハンドルを操作して衝突を回避するのは極めて困難であったと推測されるから,この点でも被控訴人に回避義務違反があったと断ずることはできない。また,本件で控訴人の主張するように体調不良によって被控訴人の注意力が特に散漫であったことをうかがわせる証拠もない。

しかしながら,上記のような交通状況下において,アで検討した事情は,その逆の意味で被控訴人車進行車線を走行する自動車の運転者に,走行上格別の注意義務が課せられることになることに注意する必要がある。すなわち,被控訴人としては,本件交差点上で対向車線が渋滞し自動車が連続停止している状況を認識していたのであるから,これらの停止車両の間から急に歩行者等が出てくるかもしれないことを予測すべきであった。殊に,被控訴人は,本件道路を通勤経路の一つとして使っていたのであるから(被控訴人の供述),サイクリングロードの存在やここから本件道路を横断する歩行者等があることは,十分予測し得たものということができる。しかも,本件事故現場は,前記のとおり歩行者等が飛び出してきた場合,左にハンドルを切って衝突を回避するのが困難な場所だったのであるから,被控訴人としては,より慎重に前方注視を怠ることなく,低速で走行し,万一歩行者等の飛び出しがあった場合にもこれとの衝突を回避できるようにすべきものであったのであり,これは,自動車の運転手にとって基本的な注意義務であるから,これを怠った被控訴人の過失は看過し得ないものというべきである。

ウ  以上に検討のほか,控訴人の年齢等を勘案すれば,本件事故における過失割合は,控訴人20パーセント,被控訴人80パーセントとみるのが相当である。」

(4)  同10頁21行目の冒頭から11頁11行目の末尾までを次のとおり改める。

「(8) 後遺障害による逸失利益         6197万8341円

ア 控訴人は,本件事故当時10歳の健康な女子であったが,本件事故の結果,遅くとも本訴提起時点(15歳)において前記2のとおりの後遺障害を残すに至ったものである。

イ そこで,本件後遺障害による逸失利益の算定方法について検討するに,当裁判所は,控訴人のような女子年少者につき将来の逸失利益を算定するに当たっては,以下の理由により,賃金センサスの女子労働者の全年齢平均賃金ではなく,男女を合わせた全労働者の全年齢平均賃金を基礎として算出するのが相当であると判断する。

すなわち,賃金センサスによれば,現在でも男女間の平均賃金に格差があることは明らかであって,これが近い将来解消される見込みがあるとはいえないから,従来の裁判実務が,かかる実態を前提として,女子年少者の逸失利益を算定するに当たり,賃金センサスの女子労働者の全年齢平均賃金を基礎としてきたことには相応の理由があるものといえる。

しかし,他方において,近時,女子の就労を取り巻く社会状況が変化してきていることも明らかであって,制度的にも,いわゆる男女雇用機会均等法の制定や労働基準法の女子保護規定の撤廃等により,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保が図られるとともに,女子の職域が大幅に拡大されてきているところ,雇用の実情をみても,従前男子のみの職種とされていた職場への女子の進出,或いは管理職に登用される女子の増加など,職種や就労形態での男女間の相違は確実に狭まりつつあり,この傾向は今後も続くものと予測されるところである。

ところで,賃金センサスに顕れた男女間の賃金格差は,それが直接そのまま女子労働者と男子労働者の労働能力の差異に由来すると単純に結論付けられるものではない。むしろ,その点は,昔からの男女の役割分担の考え方に影響されて,男子労働者に比較して女子労働者が,その有する労働能力のうち家事労働により多くを振り分けなければならなかったことに起因している面が多分にあることを否定することができないところであって,単に「労働能力」を問題にする場合,個人差を超えて,性差を重視する考え方にはやはり疑問が残るものといわざるを得ない。

逸失利益の算定は,それが将来の予測であるために,統計的な数値に頼らざるを得ないところではあるが,前記のような社会状況の変化に加えて,上記労働能力の性質論を勘案した場合,現時点では,少なくとも多様な可能性を内包する女子年少者の逸失利益の算定に当たっては,賃金センサスの女子労働者の全年齢平均賃金ではなく,男女を合わせた全労働者の全年齢平均賃金をその基礎として採用するのがより合理的というべきである。

ウ したがって,本件では平成10年の賃金センサス第1巻第1表の産業計・学歴計・企業規模計による全労働者の平均賃金年額499万8700円を基礎収入として,後遺症による逸失利益を算出するのが相当である。

そこで,この金額に労働能力喪失率79パーセントを乗じたうえ,年5分の割合による中間利息の控除をライプニッツ方式で行うと(15歳から67歳までの52年間に対応するライプニッツ係数18.4180から,就学期間である15歳から18歳までの3年間に対応するライプニッツ係数2.7232を差し引いた15.6948を乗ずる。),後遺障害による逸失利益は6197万8341円となる。

(9) (1)から(8)までの損害額の合計は7895万0291円となるが,控訴人にも前記1のとおりの過失があるので,過失相殺をすると,6316万0232円となる。そして,この金額から第2,1(4)の損害填補額を控除すると,5904万7267円となる。」

(5)  同11頁12行目及び14行目から15行目にかけての各「400万円」をいずれも「600万円」に改め,15行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「(11) 以上のとおりであるから,本件の認容額は6504万7267円となる。」

2  よって,本件控訴は一部理由があるから,これに基づいて原判決を変更し,本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条,61条,64条を,仮執行宣言につき同法259条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前島勝三 裁判官 石井浩)

裁判官竹内純一は,転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 前島勝三

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例