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札幌高等裁判所 平成13年(行コ)8号 判決 2001年11月01日

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文と同旨

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に記載されたとおりであるから,これを引用する。

1  原判決6頁2行目の冒頭から末尾までを次のとおり改める。

「(二) 法令等の規定により,明らかに公開してはならないとされている情報(三)(略)」

2  同8頁2行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「一〇条 実施機関は,公開請求に係る公文書に非公開情報(八条各号又は前条各号に該当して公開しないこととされた情報をいう。以下同じ。)とそれ以外の情報を記録した部分がある場合において,非公開情報とそれ以外の情報とを容易に,かつ,公開請求の趣旨が損なわれない程度に分離することができるときは,当該公文書のうち非公開情報が記録されている部分を除いて,これを公開するものとする。二項 (略)」

3  同9頁3行目の「「積算内訳書」という。」の次に「なお,別紙二の正式文書としての体裁は,二枚目の「業務名 学校給食配送業務委託」と題する書面が積算内訳書の表紙となっており(総括表と呼ばれている。),一枚目の「直接委託費」と題する書面が積算内訳書の二頁目を構成している。」を,同行の「請求した」の次に「(乙一三)」をそれぞれ加える。

4  同12頁5行目の冒頭から13頁3行目の末尾までを次のとおり改める。

「2 見積内訳明細書は全体が独立した一体的な情報を構成するものとして,事業活動情報(本件条例九条一号本文)に該当するか(控訴人の主張)見積内訳明細書は,訴外A運輸が千歳市から受注した運送業務委託契約を履行する際の必要経費を記載した文書であり,そこに記録された各情報は必要経費に関する独立した一体的な情報を構成するものである。これらの情報の中では,人件費及び物件費のうちの車両関係費(車両取得費,改造費,修理費,燃料費等)が重要な位置を占めるが,運送事業者としては,これらの費用をどのように軽減,抑制して事業活動を行うかが最大の関心事であり,前者については,常傭工を避け,派遣社員やパート職員を採用する等の経営戦略を練り,また,後者については,車両販売業者,燃料販売業者等との信頼関係を築き上げて価格の低減を図るため,企業努力,営業活動に傾注することになるのである。したがって,これらの情報や特別値引の記載されている見積内訳明細書は,A運輸が学校給食の運送業務に進出するための企業努力,経営戦略を端的に表現した文書であり,その全体が同社の営業活動上の秘密に関する情報,信用力に関する情報,専ら同社の内部に関する情報で構成されているのであって,これが公開されると,A運輸の競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれるのは明らかであるから,見積内訳明細書はその全体が本件条例九条一号本文の事業活動情報に該当する。そして,見積内訳明細書が全体として非公開事由に該当する以上は,個々の費目毎に非公開事由該当性の有無を判断するまでもなく,控訴人は見積内訳明細書全体の公開を拒否することができるのである。(被控訴人の主張)控訴人は本件条例一〇条一項の規定に基づいて見積内訳明細書の一部を公開したのであるから,被控訴人は,非公開とされている部分の公開を求めることができる。また,見積内訳明細書に記録された情報は,事業活動情報には当たらない。3 見積内訳明細書が全体として事業活動情報に当たらないとした場合,見積内訳明細書中の非公開とされた各項目に非公開事由があるか」

5  同13頁9行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 また,見積内訳明細書の人件費は,全て女性アルバイト従業員が昼食を挟んで午前と午後を通じて就労したことに対する均一の賃金であるから,個々の従業員が取得する賃金額は当該従業員の全給与所得の金額となる。そして,これら従業員の七割は被控訴人の元従業員であったから,均一の賃金である以上,一名の従業員の賃金額が判明すれば,残り全員の賃金額が直ちに判明することになるので,人件費欄の内容は特定の個人が識別され,又は識別され得る情報である。法定福利費他欄についても同様である。したがって,これらは本件条例八条一号本文の個人に関する情報に該当する。」

6  同14頁末行の末尾に続けて「さらに,諸税の金額は,千歳市の租税調査事務担当職員等が守秘義務(地方税法二二条)を負っているものであるから,本件条例八条二号の法令等の規定により明らかに公開してはならないとされている情報にも該当する。」を加える。

7  同16頁3行目の冒頭から6行目の末尾までを次のとおり改める。

「(六) 以上のとおり,見積内訳明細書の非公開部分については,これを公開することにより,事業者の競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれると認められるから,事業活動情報(本件条例九条一号本文)に該当し,また,人件費及び法定福利費他の単価や金額については個人に関する情報(本件条例八条一号本文)にも該当する。さらに,物件費のうちの諸税の金額については,法令等の規定により明らかに公開してはならないとされている情報(本件条例八条二号)に該当する。よって,これらを非公開とした本件処分は適法である。」

8  同17頁6行目の次に行を改めて次のとおり加え,7行目の「事業活動情報」を「事業活動情報等」に改める。

「 さらに,人件費及び法定福利費他の単価や金額は個人に関する情報(本件条例八条一号本文)には当たらないし,物件費のうちの諸税の金額は地方税法二二条による守秘義務の対象となる情報には該当しないから,法令等の規定により明らかに公開してはならないとされている情報(本件条例八条二号)には当たらない。」

9  同18頁10行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 また,仮に千歳市とA運輸との随意契約交渉が不調に終われば,本件委託業務について指名競争入札を行うこととなるが,その際は平成一一年度の積算内訳書の人件費と物件費の価格について,人件費や諸物価の上昇率を勘案した若干の手直しが行われる程度である。そうすると,それまでに平成一一年度の積算内訳書の単価や金額が公開されてしまうと,公開された積算内訳書とほぼ等しい入札予定価格が入札業者に知れ渡ることになるから,これでは入札前に入札予定価格が公開されたのと同視し得る状態が生じることになってしまう。そして,積算内訳書は,その全体が独立した一体的な情報を構成するものであるから,個々の費目毎に非公開事由該当性の有無を判断するまでもなく,控訴人としては積算内訳書全体の公開を拒否することができるものである。」

第3当裁判所の判断

1  争点1(本件条例の基本的解釈)について

原判決22頁9行目の末尾に続けて次のとおり加えるほか,原判決の「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」の「一 争点1(本件条例の基本的解釈)について」に説示されたとおりであるから,これを引用する。

「ただし,本件条例にいう公文書の中には,千歳市の実施機関の職員が作成した文書に限らず,その職員が職務上取得した第三者作成の文書も含まれるところ(本件条例二条二号),このような第三者作成の文書について非公開事由の該当性を判断するに当たっては,それが第三者によって作成提出されるに至った経緯,目的,そもそも公開を予定して作成提出されたものであるか否か等を検討のうえ,当該第三者の権利を侵害しないよう慎重な配慮が要請されるものというべきであり,その場合,その判断は,文書自体の性質,客観的内容にしたがってなされるべきものであるから,その文書に含まれる情報の正確性如何を殊更問題とするのは相当でない。」

2  争点2(見積内訳明細書は全体が独立した一体的な情報を構成するものとして,事業活動情報〔本件条例9条1号本文〕に該当するか)について

(1)  証拠(甲1,2,乙3,6,13,14)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

ア 千歳市における本件業務委託の決定方法

千歳市では,平成元年から「(1)同市が委託する業務のうち継続的な業務について円滑な継続を図るため,初年度に競争入札を行い,翌年度から概ね5年間は,初年度における落札者との間で毎年度随意契約を締結する。(2)翌年度からの随意契約の契約価格は,千歳市と落札者との協議で決定されるが,通常は前年度の契約価格に一定の割合を乗じた価格が翌年度の契約価格となる。(3)仮に両者間の協議がまとまらない場合には,随意契約は継続されず,その時点で改めて指名競争入札を行う。」という契約決定方法を採用してきた。本件業務については,平成5年度に初回の指名競争入札が行われ,被控訴人が落札者となったため,千歳市は,翌平成6年度から平成10年度まで,被控訴人との間で毎年度随意契約を締結してきた。平成11年度に行われた本件入札では,A運輸が落札者となったため,千歳市は,平成12年度から平成16年度までは,同社との間で毎年度随意契約を締結することにしている。

イ 見積内訳明細書が千歳市に提出された経緯

A運輸は,本件入札に先立って同社の営業方針に則った見積内訳明細書を作成していたが,本件入札の落札者となった後に,千歳市の入札担当者の求めに応じてこれを同市に交付した。千歳市の入札担当者は,A運輸の入札額が千歳市の試算した入札予定価格(積算内訳書の金額)よりもはるかに低額であったことから,その内容の明細を確認するとともに,次年度以降の随意契約締結時の参考資料とするために,A運輸に対し見積内訳明細書の提出を求めたものであった。したがって,A運輸としては,見積内訳明細書を提出した際には,これが公開されることは予定していなかった。

ウ 見積内訳明細書の内容

見積内訳明細書には,A運輸が本件入札で本件委託業務を落札,受注した場合における,平成11年5月分から平成12年3月分までの11か月間にわたる受注業務の必要経費が,個別の費目(名称)ごとに,細目,数量,単価(後記のとおりこれには計算式が含まれているものもある。)及び金額の順で記載されている。また,A運輸が本件入札で落札するための特別値引の金額も記載されている。これらのうちエタノール,PHS,検査料及び自賠責については単価ないし金額が本件訴訟において明らかにされたが,それ以外の費目及び細目については単価等が非開示となっている。これら非開示部分の記載の概要等は次のとおりである。

(ア) 人件費

前記11か月の委託期間のうちの実働日数を183日,配送車両を9台,必要な従業員を19名(内訳は,主任1名,運転手及び作業員各9名)として,単価及び金額が記載されている。各単価欄には,「(1時間当たりの給与)×(時間数)=(1日当たりの給与)」の計算式が具体的な数字で記載がされている。そして,従業員はいずれも女性のパート従業員を予定しており,賃金単価は主任,運転手及び作業員によって異なるが,同一職種内ではすべて同一であり,就労時間もすべて同一である(なお,就労時間は,千歳市の給食配送業務処理要綱により1日5時間とされている。)。

(イ) 法定福利費他

法定福利費他とは,労災保険を含む一般的な福利厚生費である。この金額欄には,前記従業員19名につき均一の価格の総額が記載されている。

(ウ) 物件費

a 燃料費の単価及び金額欄には,配送車1台の1日当たりの走行距離に必要とされる燃料費の,延べ日数に対応する9台分の金額が記載されている。単価欄には,「(1日当たりの予定走行距離)÷(1リットル当たりの走行距離)×(1リットル当たりの軽油の単価)」の計算式が具体的な数字で記載されている。

b 油脂費とは,エンジンオイル,ミッションオイル及びグリスなどの潤滑油類を指すが,この単価及び金額欄には,実働日数中の配送車1台についての必要量の9台分に相当する油脂費の金額が記載されている。単価欄には,「(1リットル当たりの油脂の単価)×(車両1台当たりの油脂の量〔単位はリットル〕)×(11か月間における油脂の交換回数)×(車両の台数)」の計算式が具体的な数字で記載されている。

c 機械損料とは,配送車本体及び付属品並びに改造費用を含む一切の取得価格から,委託期間中における配送車9台の減価償却費を算出したものである。この単価欄には,「(車両の取得価格×賠償比率)÷(償却期間〔60か月〕×(11か月)×(車両台数)」の計算式が具体的な数字で記載されている。このうち(車両の取得価格×賠償比率)は車両の残存価格を意味する。

d 諸税は,車両取得税,車両登録税,車両重量税,諸経費及び登録に際しての代行手数料を合算した金額である。

e 修繕費は,委託期間中に想定される車両の3か月点検及び車検費用を指す。

f タイヤホイル費は,委託期間中に想定されるタイヤホイルの購入費用である。

(エ) 諸経費

諸経費とは一般管理費のことであり,A運輸では事業費総額の15パーセントに相当する金額を諸経費として計上するのが通例である。この諸経費の金額欄には,見積内訳明細書の他の費目(特別値引を除く。)の合計金額の15パーセントに相当する金額が記載されている。

(オ) 保険料(任意保険)

自賠責保険を除く,車両のための任意保険の金額であり,任意保険の単価及び金額欄には,配送車9台に要する任意保険料が記載されている。単価欄には,「(1台当たりの年額保険料)÷(12か月)×(11か月)」の計算式が具体的な数字で記載されている。

(カ) 特別値引

特別値引の金額欄には,A運輸が本件委託業務を落札するために,自己の入札価格を低くする目的で必要経費を値引きする金額が記載されている。A運輸は,本件委託業務が単体として赤字になったとしても,官公庁から業務委託を受けた実績,しかも,本件のように配送物の性質上細心の注意が要求される学校給食配送業務に関与したという実績があれば,将来的にA運輸の信用が飛躍的に高まり,多大な宣伝効果をもたらすとの観点から,本件業務を落札するために採算を度外視して,落札可能な価格を予想したうえで特別値引を行った(乙6,14)。

(2)ア  上記認定のとおり,見積内訳明細書は,本来は,A運輸が本件入札に際し同社の営業方針を盛り込んで内部的に作成したものであり,ただ,千歳市の入札担当者からの前記の要請があったため,これに応じて同市に提出されたものである。したがって,その非公開事由の該当性を判断するに当たっては,前記1に説示のとおり慎重な配慮が要請されるところである。また,前示のような見積内訳明細書の作成目的,内容等からすると,見積内訳明細書の個々の費目ないし細目の単価及び金額は,他の費目等と切り離してそれ自体で独自の意味を有するというわけではないとしても(なお,諸経費及び特別値引の各金額が他の費目等の金額に連動して,ないしはこれを前提に決められていることは前記のとおりである。),これらの全体は,A運輸の見積もった本件委託業務に係る必要経費或いは同社の入札価格の算出根拠として意味を持つものといえる。したがって,見積内訳明細書に記録された各情報は,その全体が企業の必要経費及び特別値引に関する独立した一体的な情報を構成するものと認められる。

イ  そして,本件条例の実施機関は,このような一体的な情報について,その中に非公開事由に該当する情報が含まれているならば,それだけでその全体が非公開事由に該当するものとして,文書全体の公開を拒否することができるものと解するのが相当である。ところで,被控訴人の本訴請求は本件条例10条1項所定の部分公開を求めるものであるところ,被控訴人は,見積内訳明細書のうちの非公開部分の情報はいずれも本件条例9条1号本文の事業活動情報には当たらない旨主張する。しかし,本件条例10条1項は一個の公文書に複数の情報が記録されていて,それらの情報の中に非公開事由に該当するものがあるときは,当該部分を除いたその余の部分についてのみ,これを公開することを実施機関に義務付けているに過ぎず,非公開事由に該当する独立した一体的な情報を更に細分化して,その一部を非公開とし,その余の部分にはもはや非公開事由に該当する情報は記録されていないものとみなして,これを公開することまでをも実施機関に義務付けていると解することはできない(最高裁平成13年3月27日第三小法廷判決・民集55巻2号530頁参照)。本件では,前記のとおり見積内訳明細書に記録された各情報は全体が一体的な情報を構成するものとみるべきであるから,本訴請求が同条項に基づくものとみる余地はない。もとより,一体的な情報の一部のみを実施機関が任意に公開した場合には,これに不服のある住民等は非公開とされた部分をも公開すべきであると主張して,訴訟手続により当該部分に係る非公開決定の全部取消しを求めることができるものと解されるが(前記最高裁判決,最高裁平成13年5月29日第三小法廷判決・判例時報1754号63頁参照),かかる一部公開がされたとしても,前記のような情報の一体性が失われるわけではないから,残りの非公開部分に一部でも非公開事由に該当する情報が含まれているならば,その余の個々の費目の単価や金額について非公開事由の有無を個別に判断するまでもなく,非公開部分全体が非公開事由に当たる情報であるとして,控訴人はその公開を拒否することができるものと解するのが相当である。

(3)ア  そこで,上記の見地から見積内訳明細書の非公開部分に控訴人の主張する事業活動情報(本件条例9条1号本文)が含まれているか否かについて,以下,検討する。

(ア) 人件費の単価及び金額について

この欄に記載されている内容は,前記2(1)ウ(ア)のとおりである。したがって,主任,運転手及び作業員の各1時間当たりの給与額が判明すれば,全体の人件費も自ずから明らかとなるし,逆に,主任,運転手及び作業員の各金額が判明すれば,各従業員の1時間当たりの給与額ないし日給の額も明らかとなる。ところで,本件委託業務に従事する従業員の給与体系ないし具体的な給与額は,専らA運輸の企業内部に関する情報であって,これが公開されたならば,同業他社の給与との比較が可能となるため,A運輸が将来同様の人員を雇用するに際して他社水準ないしはこれを超える給与額を提示せざるを得ない事態が生じかねず,雇用政策上支障を来すことになる。したがって,人件費の単価及び金額は本件条例9条1号本文の事業活動情報に当たるものと解するのが相当である。なお,見積内訳明細書では特別値引が行われて合計金額が算出されているからといって,これだけで個々の費目ないし細目の単価自体の正確性に問題があるということはできないし,また,前記1のとおり非公開事由該当性の判断において情報自体の正確性を殊更問題とするのは相当でない。

(イ) 物件費の単価及び金額について

a 燃料費,油脂費,機械損料の単価及び金額欄に記載されている内容は,前記2(1)ウ(ウ)のとおりである。したがって,これらの情報が公開されれば,A運輸が燃料販売業者や車両販売業者等からいくらで軽油,油脂類及び車両を購入しているかが明らかとなる。A運輸としては,これら業者との過去の取引を通じて信頼関係を築き上げ,更に交渉により購入価格の低減を図ろうとしているのであるから,このような購入価格はA運輸の営業努力ないし経営戦略の結果であって,同社の営業活動上の秘密に関する情報に当たるものというべきである。そして,かかる購入価格が同一の販売業者から購入している他の運送業者等に知れ渡ることになれば,販売業者が他の運送業者等から値下げ要求を受けることにもなりかねず,ひいてはA運輸と販売業者との信頼関係が損なわれることになる。したがって,燃料費,油脂費及び機械損料の単価及び金額はいずれも本件条例9条1号本文の事業活動情報に当たるものと解するのが相当である。

b 前記認定のとおり,諸税の金額欄には,車両取得税,車両登録税,車両重量税,諸経費及び登録に際しての代行手数料を合算した金額が記載されている。車両取得税,車両登録税及び車両重量税の額は周知のものであるから,諸税の金額が公開されると,諸経費及び登録に際しての代行手数料が明らかとなる。諸経費や登録代行手数料は車両の納入業者が決定するものであるから,これが明らかになると,A運輸は燃料費等が公開された場合と同様の不利益を被ることになる。したがって,諸税の金額は本件条例9条1号本文の事業活動情報に当たるものと解するのが相当である。

c 修繕費やタイヤホイル費についても,前記aと同様のことがいえるので,これらの金額も本件条例9条1号本文の事業活動情報に当たるものと解するのが相当である。

(ウ) 特別値引について

前記認定のとおり,特別値引の金額はA運輸が本件委託業務を落札するために,自己の入札価格を低くする目的で必要経費の値引額を記載したものである。見積内訳明細書の総合計金額(入札金額)は開示されているから,特別値引の金額が開示されれば,経費総額も明らかとなり,値引の割合も判明する。また,A運輸が,本件入札に際し,上記の特別値引をした理由は前記2(1)ウ(カ)のとおりである。このように,特別値引の金額には,まさにA運輸の経営戦略が端的に表れているのであるから,これは営業活動上の秘密に当たるものというべきである。そして,これが公開されたならば,他の一般顧客からも同様の値引を求められかねず,A運輸の経営に支障を来すことになる。したがって,特別値引の金額は本件条例9条1号本文の事業活動情報に当たるものと解するのが相当である。なお,被控訴人は,特別値引をすること自体不公正であり,A運輸の行う本件業務の危険性を推定させるから,特別値引の金額は本件条例9条1号ただし書ウの「アに掲げる情報に準ずる情報」であって,公開することが公益上必要と認められる情報に当たる旨主張するが,特別値引をすること自体が不公正であるとの前提事実を認めるに足りる証拠はないから,被控訴人の主張は理由がない。

イ  以上のとおり,人件費,物件費及び特別値引の単価ないし金額は,いずれも事業活動情報(本件条例9条1号本文)に該当する。そして,見積内訳明細書の非公開部分にはこのような事業活動情報を含まれているから,その全体が非公開事由に当たる情報となる。したがって,控訴人は非公開部分全部の公開を拒否することができるから,見積内訳明細書の非公開部分の開示を求める被控訴人の請求は理由がないことになる。

3  争点4(積算内訳書の非公開部分は行政運営情報〔本件条例9条5号〕に該当するか)について

(1)  千歳市における本件業務委託の決定方法は,前記2(1)アのとおりである。

(2)  証拠(甲1,2,乙13)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

ア 積算内訳書は,千歳市の教育委員会が学校給食配送業務委託を指名競争入札に付するに際し,予め人件費,物件費等の必要経費を算定してこれを直接委託費と定め,これに業者が取得すべき報酬,消費税相当額を加算して業務委託費を算出するとともに,業者が業務遂行に当たって遵守すべき仕様条件を記載した文書である。

イ 積算内訳書の目的は,入札予定価格の上限を設定するとともに,入札者の作成した見積内訳明細書と照合して,入札者に業務を委託しても問題がないか否かを確認することにある。

ウ 積算内訳書の非公開部分である費目(名称)ないし細目の単価及び金額は,同じく非公開とされている仕様条件等をもとに積算されたものである。すなわち,各単価は,北海道が作成した建設請負工事の単価表の単価や他の市町村の実例等を参考に,仕様条件を勘案して独自に算定されたものである。また,各金額は,各単価に各項目の数量を乗じた金額であり,この意味で,各単価と金額とは連動している。

(3)ア  そこで,積算内訳書の非公開部分が控訴人の主張する行政運営情報(本件条例9条5号)に当たるか否かについて検討する。

前記のとおり,千歳市は平成12年度以降5年間はA運輸と本件委託業務について随意契約を締結する予定であるが,仮に平成11年度の積算内訳書が公開され,A運輸において積算内訳書の積算額がA運輸の本件入札額よりも相当高額であることを知れば,その後の随意契約における価格交渉が円滑に進行する保障はなくなり,千歳市としては,A運輸から特別値引ないしそれに近い値引を継続して受け得なくなるおそれがある。仮にA運輸との随意契約交渉が不調に終われば,それから改めて指名競争入札が行われることになるが,新たな業者が決定して業務に着手するまでには数か月を要するから,その間学校給食配送業務を千歳市の直営で行うほかなくなる。しかし,車両の賃借期間が短期間であることや,千歳市には運送業務のノウハウや実績がないため,経費は割高になり,相当の出費を余儀なくされることになる(乙13)。また,改めて指名競争入札を行う際に作成する積算内訳書は,平成11年度のそれをもとに,人件費や物件費について賃金や諸物価の上昇率を勘案して修正する程度のものにとどまるから,仮に平成11年度の積算内訳書が公開されたならば,再度の指名競争入札の前に,入札予定価格を入札業者に知らせたも同然の事態となる。その結果,入札額は入札予定価格に近くなることが予想され,低廉な価格で落札させることが困難となるばかりでなく,談合を助長するおそれ等も出てくることになる。なお,公共団体の発注する公共工事(建設工事請負契約等)においては,入札予定価格の事後公表等が行われることがあるが,これは,公共工事に関しては,積算基準に関する図書の公表が進み,相当程度の積算能力があれば予定価格の類推が可能となっていることや,施行技術の進歩等により,工事内容が多様化し,予定価格の事後公表を行ったとしても,その後の工事の予定価格を類推するには一定の限度があること,他方で,事後公表は積算の妥当性の向上に資すること,公共工事は社会資本整備を行うものであり,安全性や耐久性等の品質確保が強く求められ,そのために最低制限価格制度が設けられていることなどがその理由である(乙13,弁論の全趣旨)。これに対し,本件委託業務については,積算単価等は公表されておらず,本件入札の翌年度以降も全く同一の仕様での業務が予定されており,積算内訳書を公表することは前記のとおり予定価格の事前公表にも匹敵することになるのであるから,積算内訳書の公開を公共工事の入札予定価格の事後公表と同列に扱うことはできない。

イ  以上の諸事情に照らすと,積算内訳書の非公開部分を公開すると,千歳市の行政の公正又は円滑な運営に著しい支障が生ずるおそれが生じるものと認められるから,積算内訳書の非公開部分は本件条例9条5号の行政運営情報に当たると解するのが相当である。なお,前記認定のとおりの積算内訳書の性質及び内容等に照らすと,ここに記録された情報はその全体が独立した一体的な情報を構成するものとみるのが相当であるから,その非公開部分に行政運営情報が含まれている以上,控訴人は非公開部分全体の公開を拒否することができるものと解されるから,積算内訳書の非公開部分の開示を求める被控訴人の請求は理由がないことになる。

4  よって,被控訴人の本訴請求は理由がないから,これを認容した原判決を取り消したうえ,被控訴人の本訴請求を棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前島勝三 裁判官 竹内純一 裁判官 石井浩)

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