札幌高等裁判所 平成14年(ネ)404号 判決 2006年3月02日
平成14年(ワネ)第259号控訴人・同第254号,
第257号,第258号被控訴人
株式会社整理回収機構(以下「1審原告」という。)
同代表者代表取締役
奧野善彦
同訴訟代理人弁護士
菊池史憲
村和男
飯野紀夫
大島久明
田中晴雄
石井誠一郎
矢澤昌司
河野憲壯
川添丈
菅野正二朗
平成14年(ワネ)第254号控訴人・同第259号被控訴人
A(以下「1審被告A」という。)
同訴訟代理人弁護士
矢吹徹雄
同訴訟復代理人弁護士
蔭山文夫
平成14年(ワネ)第257号控訴人・同第259号被控訴人
B(以下「1審被告B」という。)
平成14年(ワネ)第257号控訴人・同第259号被控訴人
C(以下「1審被告C」という。)
平成14年(ワネ)第257号控訴人
D(以下「1審被告D」という。)
上記3名訴訟代理人弁護士
丸尾正美
同訴訟復代理人弁護士
伊藤隆道
平成14年(ワネ)第258号控訴人・同第259号被控訴人
E(以下「1審被告E」という。)
同訴訟代理人弁護士
鏡健也
同
林展弘
同
山崎俊彦
同
八十島保
平成14年(ワネ)第257号控訴人
F(以下「1審被告F」という。)
同訴訟代理人弁護士
中村直人
同
久保利英明
同
菊地伸
同
松山遙
主文
1 1審原告の控訴に基づき原判決主文第1項及び第2項を次のとおり変更する。
(1) 1審被告Cは,1審原告に対し,1億2748万2352円及びこれに対する平成10年12月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 1審被告A,同B,同C及び同Eは,1審原告に対し,連帯して,1億5783万5294円及びこれに対する平成10年12月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 1審被告らの控訴をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,1審原告と1審被告A,同B,同C及び同Eとの間に生じた訴訟費用については,第1,2審とも,1審被告A,同B,同C及び同Eの負担とし,1審原告と1審被告D及び同Fとの間に生じた控訴費用については,1審被告D及び同Fの負担とする。
4 この判決の第1項(1)及び(2)は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 1審原告
主文第1項ないし第3項と同旨。
なお,1審原告は,主文第1項及び第2項のとおり,請求を減縮した。
2 1審被告A,同B及び同C
(1) 原判決中1審被告A,同B及び同Cの各敗訴部分を取り消す。
(2) 上記に係る1審原告の請求をいずれも棄却する。
(3) 1審原告の控訴をいずれも棄却する。
(4) 訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告の負担とする。
3 1審被告D及び同F
(1) 原判決中1審被告D及び同Fの各敗訴部分を取り消す。
(2) 上記に係る1審原告の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告の負担とする。
4 1審被告E
(1)ア 原判決を取り消す。
イ 本件を東京地方裁判所へ移送する。
ウ 訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告の負担とする。
(2)ア 原判決中1審被告Eの敗訴部分を取り消す。
イ 上記に係る1審原告の請求を棄却する。
ウ 1審原告の控訴を棄却する。
エ 訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告の負担とする。
第2 事案の概要
本件は,株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)の株式会社ミヤシタ(以下「ミヤシタ」という。)に対する融資が回収不能となったことについて,経営破綻した拓銀から債権等の資産を譲り受けた1審原告(平成11年4月1日の合併前においては株式会社整理回収銀行を指す。以下同じ。)が,上記融資を承認する決裁をし,実行に関与した取締役である1審被告らには取締役としての善管注意義務ないし忠実義務違反等があると主張し,1審被告らに対し,商法266条1項5号に基づく損害賠償として,上記各融資による回収不能金額の一部及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は,主文第1項において,1審被告Cは1審原告に対し2865万8823円(請求額2億円)を,主文第2項において,1審被告A,同B,同C及び同Eは1審原告に対し連帯して3548万2352円(請求額3億円)を,主文第3項において,1審被告B,同C,同D及び同Fは1審原告に対し連帯して2億0693万9087円(請求額3億円)を,それぞれ遅延損害金を付して支払うべきものとし,1審原告のその余の請求を棄却した。
しかるに,1審原告は,原判決主文第1項及び第2項に係る請求(後述する本件小豆融資に関する損害賠償請求)について,請求を減縮した上,本判決主文第1項(1)及び(2)と同旨の判決を求めて,控訴に及んだ。なお,1審原告は,原判決主文第3項に係る請求(後述する本件乾繭融資に関する損害賠償請求)について,同項において認容された部分を除くその余の請求が棄却されたことに対する不服を申し立てていない。
また,1審被告らは,原判決主文第1項ないし第3項について,これらを取り消した上,1審原告の1審被告らに対する請求をいずれも棄却する旨等の判決を求めて,控訴に及んだ。
1 前提となる事実(証拠により認定した事実については括弧内に当該証拠を掲げた。)
(1) 1審原告
株式会社住宅金融債権管理機構は,平成11年4月1日,本件訴え提起当時の原告であった株式会社整理回収銀行を合併し,商号を現在の1審原告の商号に変更した。
(2) 拓銀
拓銀は,明治33年2月16日に北海道拓殖銀行法に基づき設立され,昭和25年に普通銀行に転換し,昭和30年に都市銀行に加入した。拓銀は,そのころから本州店舗の拡充を進め,昭和45年からは海外にも積極的に事業を展開した。拓銀は,昭和50年代には,国内外に200を超える拠点網を有し,北海道を中心とする業務だけでなく,都市銀行の一員として,銀行を始めとする金融システムの中で重要な位置を占めるようになったが,平成9年11月17日に経営破綻した(甲1)。
(3) 1審被告らの拓銀における地位
ア 1審被告Aは,昭和58年4月1日から平成元年3月31日まで代表取締役頭取の地位にあった。
イ 1審被告Bは,昭和61年4月1日から平成元年3月31日まで代表取締役副頭取,同年4月1日から平成6年6月28日まで代表取締役頭取の地位にあった。
ウ 1審被告Eは,昭和61年4月1日から昭和63年3月31日まで専務取締役,同年4月1日から平成2年6月27日まで代表取締役副頭取の地位にあった。
エ 1審被告Cは,昭和62年6月1日から平成元年3月31日まで専務取締役,同年4月1日から平成5年6月28日まで代表取締役副頭取の地位にあった。
オ 1審被告Dは,平成元年4月1日から平成4年6月25日まで常務取締役,同月26日から平成5年6月28日まで専務取締役,同月29日から平成6年6月28日まで代表取締役副頭取,同月29日から平成9年11月20日まで代表取締役頭取の地位にあった。
カ 1審被告Fは,昭和62年6月1日から平成元年3月31日まで専務取締役,同年4月1日から平成5年6月28日まで代表取締役副頭取の地位にあった。
(4) ミヤシタ
ミヤシタは,昭和46年3月に設立され,北海道帯広市に本店を有し,内装,看板工事を主たる業務とする企業である。ミヤシタは,昭和53年以降,スーパーマーケットを経営する株式会社長崎屋(以下「長崎屋」という。)の内装工事指定業者となり,北海道における長崎屋及びその関連会社の工事のほとんどを受注して急激に売上げを伸ばし,長崎屋の設備投資が大幅に減少した昭和59年(この年の年商は4億4900万円。)を除き,昭和56年以降昭和63年までは年商8億円前後の安定した業績を上げていた。そして,平成元年から平成3年ころまでは,長崎屋の順調な出店に支えられ,年商12億円から14億円と大幅に業績を伸ばした(甲10,11,乙ロ15)。
(5) 拓銀のミヤシタに対する融資経過
ア 拓銀とミヤシタとの従前の関係
拓銀は,昭和46年10月から,ミヤシタに対し,授信取引を開始したが,当初から消極方針で対応し,長崎屋関連の商業手形割引を中心として,授信残高を抑制してきた。
拓銀は,昭和62年11月,ミヤシタから,長崎屋の株の仕手戦に絡む防戦資金として20億円から30億円の借入申込みを受けたが,株の仕手戦に絡む資金の融資は社会的に問題があること,仕手戦株式は保全面において不安定であること等を理由に謝絶した。拓銀は,この際,ミヤシタの既往借入実績の7億円で運転資金限度枠を設け,事実上その範囲で株式購入資金に使途されることを容認し,昭和63年2月には,上記運転資金限度枠を9億円に増額した(以上につき,甲4の8,10,11,12の1,乙ロ15)。
イ ミヤシタに対する小豆相場資金の貸付け
ミヤシタは,子会社である有限会社コウシン商事(以下「コウシン商事」という。)を介して昭和63年以降行っていた小豆相場取引を本格化するため,平成元年1月から2月にかけて,拓銀に対し,小豆相場転貸資金の融資を申し込んだ(甲10,11,12の1,乙ロ15)。
これに対し,拓銀は,別紙小豆融資一覧表の番号1ないし8記載のとおり,ミヤシタに対し,合計27億5000万円の融資を実行した(甲4の1ないし甲7の10。以下,併せて「本件小豆融資」という。)。
その後,拓銀は,ミヤシタに対し,別紙小豆融資一覧表の番号9記載のとおり,平成元年5月31日に2億円の融資を行ったほか,別紙小豆融資の推移表記載のとおり,一部弁済を受け,また書換えを行った(甲23の1ないし15,93の1・2,94の1・2,95の1・2,96の1・2,97の1・2,98,99の1ないし3,100ないし102,乙ロ15)。
ミヤシタは,平成2年3月までに,小豆相場を手仕舞いしたが,16億5000万円の欠損を計上した(甲10,11,12の1,乙ロ15)。
ウ ミヤシタに対する乾繭相場資金の貸付け
ミヤシタは,平成2年10月,小豆相場の損失を取り戻すため,乾繭相場取引を企図し,拓銀に対し,その資金の融資を申し込んだ。
拓銀は,直接の融資は不可能と判断して,たくぎんファイナンスサービス株式会社(以下「たくぎんファイナンス」という。)に申入れをし,同月にたくぎんファイナンスから15億円の授信を開始させた。その後,平成3年2月には,たくぎんファイナンスのミヤシタに対する授信総額は,34億円にも上った。
拓銀は,平成3年6月17日,たくぎんファイナンスとの融資時の約束により,たくぎんファイナンスのミヤシタへの融資残額である24億1500万円を肩代わりした。
ミヤシタは,その後も,拓銀に対し,乾繭相場転貸資金の融資を申し込んだ(以上につき,甲10,11,12の1,乙ロ15)。
拓銀は,平成4年2月から同年3月にかけて,別紙乾繭融資一覧表の番号1ないし3記載のとおり,ミヤシタに対し,合計6億円の融資を行った(甲8の1の1・2,甲8の2ないし8,甲9の1ないし12。以下,併せて「本件乾繭融資」という。)。
エ ミヤシタの破綻
ミヤシタは,平成4年4月17日,拓銀に対して利息及び元金の支払ができなくなって遅滞に陥り,現在事実上破綻し,支払不能の状態にあり,その結果,拓銀の融資残高の回収は,不能ないし著しく困難な状況にある(甲10,11,12の1,16の1・2,弁論の全趣旨)。
(6) 拓銀における融資手続
ア 授信権限の範囲
拓銀では,昭和59年7月1日から平成8年3月15日までの間,権限規程において,一般取引先について次のとおり授信権限の区分を定めていた(甲3の2の1,甲3の2の2,乙ロ8の2)。
(ア) 頭取,副頭取と担当取締役(又は担当本部長)の合議 融資残高30億円超
(イ) 担当本部長又は担当取締役 融資残高20億円超30億円以下
(ウ) 本部部長 融資残高6億円超20億円以下
(エ) 審査役 融資残高6億円以下
イ 投融資会議
拓銀では,「投融資会議について」と題する規程(昭和59年8月14日制定・実施)により,担当本部長の権限(同日から平成8年3月15日の規程改正までは同一人に対する授信残高30億円。)を超える案件は,頭取,副頭取,担当本部長により構成される投融資会議において決定することとされていた(甲3の1)。
ウ 本件小豆融資及び本件乾繭融資に対する1審被告らの関与
(ア) 1審被告Cは,拓銀の専務取締役業務本部長として,別紙小豆融資一覧表の番号1ないし4記載の各融資を決裁した。
(イ) 1審被告A,同B,同C及び同Eは,別紙小豆融資一覧表の番号6ないし8記載の各融資を決定した際の投融資会議の構成員であった。
(ウ) 1審被告B,同C,同D及び同Fは,投融資会議の構成員として,本件乾繭融資を決裁した。
(7) 債権譲渡
拓銀の当時の代表取締役は,平成10年11月11日,1審原告との間で資産買取契約を締結し,同月16日をもって,拓銀が有する債務不履行に基づく損害賠償請求権等を1審原告に譲渡した(以下「本件債権譲渡」という。)として,同年12月3日ころ,1審被告らに対し,その旨を通知した(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲2の1,甲2の2の1ないし5・7)。
(8) 追認
拓銀の監査役は,平成12年2月8日,拓銀の当時の代表取締役のした本件債権譲渡及びそれに付随する一切の行為を追認し(以下「本件追認」という。),同月10日ころ,1審被告らにその旨通知した(甲24,25ないし29の各1・2,31の1・2)。
2 争点
(1) 原審の管轄違い
(1審被告Eの主張)
商法268条1項は,取締役の責任を追及する訴えは原告の本店の所在地の地方裁判所の管轄に専属する旨を定めている。
しかるに,本件訴訟を提起した1審原告の本店所在地は東京都中野区であるから,本件訴訟は,東京地方裁判所の管轄に専属し,原審たる札幌地方裁判所は管轄権を有していなかった。
よって,民事訴訟法16条1項,309条に基づき,原判決を取り消した上,本件を東京地方裁判所に移送するよう求める。
(1審原告の主張)
商法268条1項の「本店」とは,1審被告らが取締役に就任していた拓銀の本店を指すことが明らかであるから,1審被告Eの主張は失当である。
(2) 本件債権譲渡の有効性等
(1審被告A,同B,同C,同D及び同Fの主張)
会社が取締役に対して訴えを提起する場合,監査役が会社を代表する(商法275条ノ4)。取締役と会社とのなれ合いの防止という同条の趣旨を全うするためには,監査役が訴えを提起するかどうかを判断する権限を有する以上,会社の取締役に対する債権を処分する権限もまた監査役が有すると解すべきである。本件では,拓銀の監査役が1審原告に対して債権を譲渡した事実はないから,1審原告は,1審原告適格を有しない,又は未だ損害賠償請求権を取得していない。
(1審被告A,同B,同C,同D及び同Eの主張)
ア 拓銀は,本件の損害賠償請求をするために必要な取締役会における審議及び1審被告らに対する請求等の手続を経ていないから,1審被告らに対する損害賠償請求権は,未だ確立していない。
イ 拓銀は,平成10年6月に開催した臨時株主総会の特別決議により,平成11年3月をもって会社を解散し,清算手続に入る旨の決議をした。これにより,会社の存続の目的は,清算業務の遂行に限定される。ところが,拓銀は,平成10年9月の取締役会において,1審被告らに対して損害賠償を請求する旨の決議をした。このような取締役会決議は,前記の臨時株主総会決議に違反し,無効である。
ウ 本件の損害賠償債権のように,債務者の範囲及び請求金額等が確定していない債権は,そもそも譲渡の対象にできない債権である。
エ 拓銀の1審被告らに対する損害賠償請求権は,資本充実の原則に基づく拓銀の固有の権利であるから,他に譲渡することは許されない。
オ 本件債権譲渡を実現するには,監査役が招集する取締役会で債権譲渡を決定し,譲渡の条件を相手方たる1審被告らに通知しなければならないのに,拓銀はそのような手続を踏まなかったから,本件債権譲渡は無効である。
カ 金融機関が1審原告に譲渡できる債権は,金融債権に限られるところ(債権管理回収業に関する特別措置法2条),1審被告らに対する請求権は金融債権ではないから,本件債権譲渡は,同法に違反し,無効である。
キ 本件債権譲渡は,譲渡と訴訟提起とが時間的に接近し,拓銀が訴訟当事者になることを回避し,1審原告に訴訟を行わせることを目的とするものであるから,訴訟信託に当たり,信託法11条に違反し,無効である。
ク 重要な営業用財産を譲渡する場合,株主総会の決議が必要であり(商法245条1項),拓銀の定款には,巨額の譲渡損失が生じる貸出債権を譲渡する場合,株主総会の承認を要すると定められている。拓銀が1審原告に譲渡した貸出債権は,総資産の約50%に達する資産であるから,株主総会の決議が必要であるところ,その手続を経ていない。拓銀の1審原告に対する貸出債権の譲渡は,法令及び定款に違反し,無効であるから,これと一括してされた本件債権譲渡も無効である。
ケ 1審被告らは,拓銀に対して主張できる抗弁を有するところ,本件の債権譲渡により,上記抗弁が事実上切断され,1審被告らの立場が著しく不利になる。したがって,本件債権譲渡は,権利の濫用に当たり,無効である。
コ 1審被告らは,拓銀から1度も請求を受けたことがない上,拓銀の1審被告らに対する債権譲渡の通知書には,①損害賠償の発生日時及び金額の記載がない,②連帯債務であること及び他の連帯債務者の氏名を表示していない,③1審被告らの具体的加害行為の特定がないという欠陥があり,譲渡債権の特定を欠いているから,本件債権譲渡の通知は無効であり1審被告らに対抗できない。
サ 拓銀と1審原告との間の資産買取契約によって1審原告が譲り受けた債権は,貸出先に対する貸付債権及び同債権の回収に関する一切の権利であって,貸付債権の回収とは関係のない商法266条に基づく本件の損害賠償請求権は,これに含まれない。
シ ①商法267条が,同法266条1項の取締役の責任を追及する権限のある者を限定しようとしていること,②同法266条1項は,会社が受けた損害を回復するための規定であるが,1審原告による訴訟の結果は,拓銀の利益にならないこと,③取締役に対する損害賠償請求権を会社が自由に処分できるとすると,株主代表訴訟の潜脱を招くこと,④債権譲受人が商法266条1項の請求権を行使できるとする法令上の根拠がないことに照らせば,拓銀以外の者は,その債権の内容が確定している場合を除き,同法266条1項に基づく請求権を行使できないと解すべきである。
ス 1審原告は,約32万円で債権譲渡を受けながら,1審被告らに対して合計約61億円を請求しており,このような請求は,権利の濫用に当たる。
セ 拓銀は本件債権譲渡の方法に問題があることに気付き,監査役会で本件追認を決議しているが,本件債権譲渡から1年数か月も経過してから無効な手続を補正することなどできない。
(1審被告Eの主張)
ア 商法268条1項は,取締役の責任を追及する訴えは原告の本店の所在地の地方裁判所の管轄に専属する旨を定めているところ,債権譲渡の結果として請求訴権も移転するとなると,結局は専属管轄の規定はないのと同じになるのであり,これは,専属管轄を認めた法の趣旨から考えて認められない。そうすると,商法268条1項による管轄の移動を伴う本件債権譲渡は認められないと解さざるを得ない。
イ 本件訴状の請求原因欄には,当事者の2として拓銀が表示されているが,本件訴状に添付された当事者目録には拓銀の記載がない。このように,1審原告は,拓銀が当事者なのかどうか紛らわしい表示をしており,この表示は余事記載に当たり,その記載も内容も違法であるとともに,このような問題を抱えた本件訴状による本訴は無効である。
ウ 拓銀は,1審原告との間で資産買取契約を締結したとされる平成10年11月11日に後れる同月13日,札幌地方裁判所に対し,自らが原告となって,本件の1審被告らに対し,本件と同様の損害賠償請求訴訟を提起したが,このことは資産買取契約に本件損害賠償請求権が含まれておらず,本件損害賠償請求権が依然として拓銀に留保されていることを示している。
エ 本件債権譲渡は,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律において禁止される不当な取引の強制に該当する。
オ 1審被告Eは,取締役を辞任し,拓銀から役員として扱われなくなった時点から,取締役としての責任は一切免除されることとなった。
1審被告Eに対する1審原告の請求は,筋を誤った請求というほかない。
(1審原告の主張)
商法275条ノ4の立法趣旨は,取締役と会社との間の利益の衝突及びなれ合い的訴訟追行の防止にあるところ,会社の取締役に対する損害賠償請求権が第三者に譲渡された場合には,債権者と債務者が別人格となるため,利益の衝突やなれ合い的訴訟追行はおこらないのであって,同法275条ノ4が,本件のような裁判外の債権譲渡について,代表取締役の代表権を排除した規定とは解されない。
会社が有する債権の裁判外における処分は,会社の業務執行に属するから,商法上の明文の例外規定がない以上,取引の安全という観点からも,原則どおり代表取締役にその代表権があると考えるべきである。
取締役とのなれ合いを招くような濫用的な債権譲渡に対しては,別途権利濫用等の一般法理をもって無効とすれば足りるし,監査役は,こうした債権譲渡に対する商法上の対抗手段を有しているから,上記のように解しても不都合はない。
かえって,監査役に裁判外の処分権を広く認めると,会社代表権の帰属が必要以上に分断され,会社の統一的な業務執行を阻害するおそれがあるので,妥当でない。
上記に係る1審被告らの主張及び1審被告らのその余の主張はいずれもこれを争う。
なお,仮に,本件債権譲渡に瑕疵があったとしても,本件追認により,瑕疵は治癒されているから,本件債権譲渡は有効である。
(3) 銀行の取締役の注意義務
(1審原告の主張)
ア 1審被告らは,拓銀の取締役として,善管注意義務(商法254条3項,民法644条)ないし忠実義務(商法254条ノ3)を負う。
銀行は,わが国の金融システムの中核に位置しており,銀行の行う預金,貸付け,為替取引等のサービスは,経済活動において重要な役割を担っている。このような銀行の機能と社会における役割を重視し,銀行法は,銀行業務の公共性を規定しており,同法によれば,銀行は,信用の維持,預金者の保護,金融の円滑のために,銀行の業務の健全かつ適正な運営をすることが期待されている。したがって,銀行の運営に当たっては,銀行の健全性,安全性の維持が最高の使命とされなければならない。
そして,商法266条1項5号の「法令」には,銀行法も含まれると解すべきであるから,同法の要請する銀行の健全性,安全性維持の原則に反する行為をした取締役は,法令違反行為をした者として,同法266条1項5号に基づき会社に対する責任を問われることになる(以下,善管注意義務,忠実義務その他同法266条1項5号により取締役が遵守すべきとされる義務を「善管注意義務等」ということがある。)。
また,銀行の取締役の経営判断に関する裁量は,銀行の健全性・安全性・公共性の原則から,一般の会社に比べて限定されるべきである。具体的には,銀行の取締役は,各融資に当たり,融資決定に至る手続が適正に機能しているか,リスク管理が十分に行われているかについて各自の立場から審査,監督し,銀行の健全性,安全性の維持に反する業務運営が行われないようにすべき義務があるというべきである。
イ 本件において,1審被告らは,拓銀の投融資会議の構成員として,本件小豆融資及び本件乾繭融資(1審被告C以外の1審被告らはその一部)の決裁を行ったものであるところ,取締役である1審被告らのこの決裁は,拓銀内の権限規程に基づいて委任を受けて行う行為であるから,その決裁に当たっても当然に取締役としての善管注意義務等を負うと解すべきである。
そして,投融資会議に付議される融資案件の決裁に当たり,投融資会議の構成員である取締役は,融資実行の適否について,融資当時のみならず,予想できる範囲内で将来の経済状況,景気の動向,資産の価格の動向を踏まえながら,融資先である個々の企業の業種,規模,業績,経営者の能力,経営状況,保有資産,事業の発展・衰退の見込み,希望する融資額,使途,融資の必要性,提供できる担保の内容・額,債務の内容・額,返済状況,返済資金の調達方法・見込み,融資の社会的な妥当性等の諸事情を考慮して判断する必要があり,融資を希望する個々の企業につきこれらの諸事情に関する情報を収集し,取締役間で十分な議論を行うとともに,銀行業務の公共性に照らして,銀行の健全性・安全性・公共性の維持という要請に反しない範囲において合理的な判断をすべきである。
(1審被告らの主張)
ア 銀行の取締役が一般の株式会社の取締役に比べて重い注意義務を負担すると解すべきではない。
また,銀行の取締役の経営判断に関する裁量が,一般の株式会社に比べて限定されると解すべきでもない。
イ 投融資会議は,常務会決議により実施されているもので,融資の可否を内部的に決定する代表取締役による日常業務執行の一部を担うものである。商法266条1項5号に基づく請求は,問題とされる取締役の行為が取締役会で決議すべき事項であった場合に限るものであるところ,取引先に対する融資の可否は取締役会で扱うべき事項ではない。したがって,投融資会議の構成員としての行為について取締役としての注意義務違反が生じる余地はない。
(4) 本件小豆融資の違法性及び関与した取締役の責任
(1審原告の主張)
ア 資金使途が投機資金であること
(ア) 公共性と健全性をその責務とする銀行は,商品相場を始めとした投機目的への融資については,商品相場への投機の危険性を十分に勘案し,原則としてこのような融資を避け,仮に実行する場合でも,その保全を厳重に行うほか,厳格な方針で臨まなければならないところ,本件小豆融資の資金使途は,次に述べるとおり,危険性の高い小豆相場における投機資金にほかならない。
(イ) 先物取引における投機目的のための現物受け
ミヤシタがコウシン商事を介して行った小豆相場取引が商品取引所における先物取引であったことは明らかである。
商品取引所における小豆取引においては,毎月の納会で決裁が行われるまでの間は,証拠金を預託するだけの信用によって取引を行うことができるが,納会までに同量の反対売買が行われなかった場合には,現物の受渡しと代金決裁が行われる。そして,ミヤシタは,大量の「買い」を維持して「売り」の反対売買を行わないことによって,市場価格の高騰を狙い,高騰した時点で「売り」を行ってより多くの利益を得ようとして納会までに「売り」の反対売買を行わなかったため,小豆を現物受けすることになったものである。このように,ミヤシタは,小豆の集荷や現物の取得を目的として相場取引を行っていたものではなく,更なる価格高騰を狙って,投機目的で現物受けをしていたものである。
(ウ) 違法な価格操作に加担する融資
ミヤシタ及びコウシン商事は,小豆の買占めによる価格操作を狙っていたものである。このことは,ミヤシタが本件小豆融資に当たって拓銀に担保提供した小豆倉荷証券の合計が3353枚にも上り,これは日本の小豆の年間消費量の1割近くに相当するところ,ミヤシタが北洋銀行からも小豆相場資金の借入れを行っていたことからすれば,ミヤシタは,日本の年間消費量の1割を大幅に超える小豆をわずか1か月の間に買い受けたことになることから明らかである。
ミヤシタ及びコウシン商事が行おうとしていたこのような買占めによる価格操作は,商品の価格形成の公正さ及び流通の円滑化を阻害し,商品取引所法1条の目的に反する行為であり,こうした行為に対して銀行が資金を供給すること自体,銀行の公共性に照らして許されるものではない。
(エ) 小豆相場の危険性
小豆は,商品先物市場の中でも,天候や輸入量等の影響を受けやすく,相場における価格決定要因も多いという点で,価格変動が激しいほか,仕手筋の投機行為に利用されやすいなどの特徴を持ち,ハイリスク・ハイリターンの商品といわれていて,危険性が高いものである。
イ 過大な融資
拓銀は,平成元年1月から2月までのわずか1か月の間に,ミヤシタに対して合計27億5000万円もの小豆相場資金を融資しているが,ミヤシタは,内装,看板工事業者であり,昭和63年度の売上高は約8億3100万円,経常利益は約1000万円にすぎない。したがって,拓銀は,ミヤシタに対し,年間売上げの約3.5倍,年間利益の約275倍にも相当する金額をわずか1か月間に融資したことになるが,このような融資が,融資先の返済能力をはるかに超えた過大な融資であることは明らかである。銀行の融資実務において,担保は,本来の融資金回収手段が功を奏しなくなった場合に回収を図るための2次的回収手段であるとされ,担保がいかに融資金額に見合うものであっても,融資先の事業による返済能力が認められなければ融資すべきでないと考えられてきた。しかるに,本件小豆融資が,融資先であるミヤシタの返済能力をはるかに超えた過大な融資であることは,上記のとおりである。
ウ 保全が不十分であったこと
(ア) 担保取得方法
拓銀は,本件小豆融資に当たり,小豆倉荷証券を担保として取得しているが,上記倉荷証券は,正式担保ではなく,規程外の簡便な方法による添担保として取得されたものにすぎない。
すなわち,拓銀の規程においては,倉荷証券を担保として受け入れる場合,担保実行時に自ら寄託品の引渡しを受け,確実に処分できるようにするため,①担保として受け入れる倉荷証券は,拓銀が担保取得に関する契約を取り交した契約倉庫会社が発行するものとすること,②倉荷証券の裏書交付を受けること,③倉庫会社に対して担保品受入通知を行い,倉庫会社から承諾書を受領すること等が定められているにもかかわらず,本件小豆融資においては,担保として受け入れた倉荷証券は,拓銀の契約倉庫会社以外の発行した倉荷証券で,裏書が留保され,倉庫会社宛ての担保品受入通知及び倉庫会社からの承諾書の徴求を免除されていた。
このため,拓銀は,自ら迅速かつ適切に担保を実行して融資金の回収をすることができず,ミヤシタの要請に基づいて倉荷証券を払い出し,これをミヤシタが売却して,その代金を拓銀に弁済するという方法により,回収せざるを得なかった。
このように,本件小豆融資においては,担保取得方法自体が不十分かつ危険なものであった。
(イ) 倉荷証券の担保評価
本件小豆融資に当たって拓銀が担保取得した小豆倉荷証券は,その担保評価においても極めて不十分なものであった。
小豆は,前記ア(エ)のとおり,投機行為の対象となる代表的商品であり,価格変動の激しい商品である。しかも,農産物としての性質上,長期間保有することができず,毎年10月ころに新穀が市場に出回り始めれば,相場価格より大幅に低額で処分せざるを得ない。また,日本の小豆消費量の1割近くにも上る大量の小豆を短期間で処分すれば,価格が暴落することは明らかである。したがって,担保評価に当たっては,低い掛目を設定するのが当然である。
ところが,本件小豆融資においては,規程上の上限の掛目である80%の掛目をそのまま適用しており,小豆の担保評価として合理性を欠き,銀行実務とおよそかけ離れた担保評価であることは明白である。
エ 融資経緯の異常性
(ア) 消極方針から急激な融資拡大への転換
拓銀は,ミヤシタに対する融資に関し,昭和47年4月の取引開始から昭和61年1月までの間においては,一貫して消極方針を採り,保全不足とならないように留意しつつ,ミヤシタの本業の運転資金に必要な範囲での融資に限り,授信残高を最高でも2億5900万円にとどめ,取引打切りの機会を狙うことを念頭に対応してきた。
その後,同年2月からは,本業の運転資金とは異なる株式購入資金等の融資をするに至ったものの,7億円ないし9億円の融資限度枠を設定して対応し,ミヤシタから申込みのあった長崎屋株式の仕手戦資金20億円ないし30億円の融資を拒絶するなど,消極方針を維持してきた。
ところが,平成元年1月の本件小豆融資からは,それまでの消極方針を一転させて融資拡大の一途をたどることになり,約1か月の間に,融資限度枠である9億円とは別に,27億5000万円の融資を行うに至った。このような融資方針の突然の転換は,異常なものといわざるを得ない。
(イ) 1審被告Cの判断に基づく融資
上記(ア)のような急激な融資拡大への転換は,銀行実務における従前の判断枠組みとは全く異質の作用として,1審被告Cの影響力が働いたためである。
1審被告Cは,ミヤシタから本件小豆融資の申込みを最初に受け,業務本部第2支店部の部長及び審査役に対して指示し,自らミヤシタの状況について調査を行い,融資の方向性を実質的に決定するなど,本件小豆融資にあたり,重要な役回りを果たした。
1審被告Cが本件小豆融資のこのような方向性を実質的に決定したのは,ミヤシタのJ社長(以下「J社長」という。)と関係の深い雑誌「××」(以下「××」といい,同雑誌を発行する株式会社××についても,同様の略称を用いることがある。)が拓銀役員のスキャンダルに絡む記事の掲載を止めた見返りとして,ミヤシタに対する本件小豆融資を行わざるを得ないと考えたからである。
(ウ) ダブルチェックの省略
拓銀の規程においては,1億5000万円を超える無担保扱いの新規授信案件,3億円を超える有担保扱いの新規授信案件及び増額5億円を超える授信案件について,融資債権の健全性を確保し,リスク管理を行うため,融資部事業調査室がダブルチェックを行うこととされてきた。
ところが,本件小豆融資に当たっては,ダブルチェックの対象案件であるにもかかわらず,「資料申受け及び案件に対する追加説明聴取の困難な先で本件も事実上ダブルチェックは実施できない。」という本来省略の理由とはなり得ない理由により,ダブルチェックが省略されており,これは,融資を行うという結論が先行していたことを物語るものである。
オ 1審被告らの責任
(ア) 1審被告Cの責任
1審被告Cは,J社長から本件小豆融資の申込みを最初に受け,直ちに前向きに検討することを決め,第2支店部の部長及び審査役に対して指示を行い,自らミヤシタに対する情報を収集し,帯広支店長に対して指示を行うなど,本件小豆融資の端緒からこれに深く関与し,本件小豆融資を開始する上で重要な役割を果たし,自ら率先して本件小豆融資をリードした。
そして,1審被告Cは,自ら収集した情報から,ミヤシタが小規模の内装,看板工事業者であること,拓銀がミヤシタに対して約17年間にわたって消極方針を堅持してきたこと,小豆が価格変動の激しい商品であることを知っており,また,諸貸出申請書及び添付資料の記載等から,本件小豆融資の使途が,小豆先物市場における小豆価格の更なる高騰を狙うための現受け資金であり,投機による利益の獲得を企図したものであること,融資金の回収は担保処分によらざるを得ない担保依存の融資であるにもかかわらず,保全状況は大幅な担保不足であること,担保取得方法も拓銀の規程に従った正式担保ではなく,裏書留保による添担保であり,事実上ミヤシタの協力なくして担保処分し得ないことを十分に承知しながら決裁し,ダブルチェックの省略も承認している。
こうしたことからすれば,1審被告Cは,本件小豆融資が回収不能となることを十分に予見し,あるいは予見し得たにもかかわらず,本件小豆融資の決裁を自ら,あるいは投融資会議構成員として行っているのであり,取締役としての善管注意義務等の違反は明白である。
(イ) 1審被告A及び同Bの責任
1審被告A及び同Bは,投融資会議の構成員として,別紙小豆融資一覧表の番号6ないし8記載の合計13億円の融資を決裁した。
1審被告A及び同Bは,諸貸出申請書及び添付資料の記載等から,ミヤシタが小規模の内装,看板工事業者であること,拓銀が半月の間に従来の授信残高の2倍もの金額を融資し,既に総授信残高が20億円近くに上っていること,資金使途が小豆先物市場における小豆価格の更なる高騰を狙うための現受け資金であり,投機による利益の獲得を企図したものであること,融資金の回収が担保処分によらざるを得ない担保依存の融資であるにもかかわらず,保全状況は大幅な担保不足であること,担保取得方法も拓銀の規程に従った正式担保ではなく,裏書留保による添担保であり,事実上ミヤシタの協力なくして担保処分し得ないことを十分に承知し,かつ,小豆が価格変動の激しい商品であることを容易に推認し得たにもかかわらず,80%の掛目を適用して担保評価することを前提に,更に13億円もの過大な融資を決裁し,ダブルチェックの省略も容認している。
これらの事実を総合すれば,1審被告A及び同Bは,本件小豆融資が回収不能となることを十分に予見し,あるいは予見し得たにもかかわらず,投融資会議構成員として融資決裁をしているのであって,取締役としての善管注意義務等の違反は明白である。
(ウ) 1審被告Eの責任
1審被告Eは,投融資会議の構成員として,別紙小豆融資一覧表の番号6ないし8記載の合計13億円の融資を決裁した。
1審被告Eは,昭和52年3月ころから昭和55年11月ころまでの間,審査第1部長としてミヤシタに対する融資決裁を担当し,その過程でミヤシタが特殊配慮を要する取引先であり,一貫して消極方針で臨んできた取引先であることを熟知していた。
そして,1審被告Eは,諸貸出申請書及び添付資料の記載等から,ミヤシタが小規模の内装,看板工事業者であること,拓銀が半月の間に従来の授信残高の2倍もの金額を融資し,既に総授信残高が20億円近くに上っていること,資金使途が小豆先物市場における小豆価格の更なる高騰を狙うための現受け資金であり,投機による利益の獲得を企図したものであること,融資金の回収が担保処分によらざるを得ない担保依存の融資であるにもかかわらず,保全状況は大幅な担保不足であること,担保取得方法も拓銀の規程に従った正式担保ではなく,裏書留保による添担保であり,事実上ミヤシタの協力なくして担保処分し得ないことを十分に承知し,かつ,小豆が価格変動の激しい商品であることを容易に推認し得たにもかかわらず,80%の掛目を適用して担保評価することを前提に,更に13億円もの過大な融資を決裁し,ダブルチェックの省略も容認している。
これらの事実を総合すれば,1審被告Eは,本件小豆融資が回収不能となることを十分に予見し,あるいは予見し得たにもかかわらず,投融資会議構成員として融資決裁をしているのであり,取締役としての善管注意義務等の違反は明白である。
これに対し,1審被告Eは,融資決裁権限は頭取に専属しており,投融資会議の構成員には何らの権限もなかった,あるいは,1審被告Eが諸貸出申請書に押印した時点では,既に融資実行されていたため,融資には関与していない旨主張する。
しかし,権限規程において,構成員の協議は,決定に至る不可欠の過程と定められているのであるから,協議に関与する頭取以外の投融資会議構成員も,協議において明確な反対意見を述べてその旨留保しない限り,当該案件の決定に積極的に関与したとみるべきであり,上記規程の文言上,頭取が決定すると定められていても,投融資会議構成員は,すべて当該案件の決定について責任を負うと解すべきである。
また,仮に,1審被告Eが融資実行された後に融資の決裁を行っていたとしても,投融資会議構成員である取締役には,不適切な融資が実行されたことを発見すれば,直ちに頭取に意見を具申し,担当部署に融資金の回収を命じ,融資手続違背の原因究明と関係者の処分を指示するなど,損害発生と再発の防止に向けた適切な措置を講じるべき義務があったにもかかわらず,1審被告Eはこれを怠り,漫然と諸貸出申請書に押印したことになる。しかも,1審被告Eは,決裁権限を有する機関の決裁よりも前に融資を実行するという融資担当部署の手続違背を以前から容認しており,投融資会議の構成員が負うべき融資決定の手続が適正に運営されるよう注意すべき義務を怠り,銀行業務の健全性,安全性を維持するために用意された決裁システムを形骸化させていたのであるから,その責任を免れ得ない。
(1審被告A,同B,同C及び同Eの主張)
ア 資金使途について
1審原告は,本件小豆融資の資金使途が小豆相場における投機資金である旨主張する。
しかし,コウシン商事は小豆の現物を買い取り,ホクレン等に売却する取引を行っていたもので,先物取引ではなく現物取引であるから,投機資金である旨の主張は事実に反する。
現代の高度化した経済社会では,各種の商品について取引市場が形成されており,相場商品に対する融資だから不当であるとはいえない。むしろ,北海道の重要な農産物の1つである小豆の売買に資金を提供することは,地場産業の発展に協力するという拓銀の使命ともいうべき業務の1つである。
また,1審原告は,ミヤシタが小豆先物市場において価格操作を企図していた旨主張するが,コウシン商事が取り扱った小豆7920トンは,輸入小豆を含めた日本における小豆の総供給量(平成元年は13万7000トン)の約5.8%であり,小豆の価格を左右できるほど大量の買付けではなく,現に小豆買付期間中に価格が急騰した事実はない。
イ 保全が十分であったこと
(ア) 担保取得方法
1審原告は,本件小豆融資に当たって拓銀が担保として取得した小豆倉荷証券は,正式担保として取得されたものではなく,規程外の簡便な方法による添担保として取得されたものであり,担保取得方法が不十分であったために損害が発生した旨主張する。
しかし,添担保は,拓銀内部における授信権限分配上の扱いとして正式担保と区別されているだけのものであって,貸出業務取扱規程においても,審査及び決裁において実質的な価値を参酌するものと規定されているから,現実の担保価値は正式担保と何ら差異がない。
拓銀が倉荷証券について担保権を実行する場合,ミヤシタによる裏書は不要であり,受領した被裏書人白地の倉荷証券を商品取引所の取次業者(商品取引員)を介して売却する方法によって簡単に実行できる。したがって,拓銀が倉荷証券を担保として取得するに当たり,ミヤシタの裏書を留保していたからといって,その担保価値には何ら欠けるところがないことは明らかである。
また,倉庫業者に対する担保設定通知及び承諾手続を留保して倉荷証券を受け入れている点及び担保として拓銀契約倉庫以外の倉庫の倉荷証券を受け入れている点についても,法律的には譲渡担保の要件を問題なく満たしているし,倉庫業者の通知,承諾を要し,契約倉庫の倉荷証券に限るとする規程が実情に合っていないことから,倉庫業者の信用調査を進めた上で,担保として実効性があると判断して規程外取扱いとして担保取得を認めたものであるから,何ら担保価値を減殺するものではない。
(イ) 担保評価
平成元年2月14日付け融資後の総授信残高は,31億5000万円であるが,そのうち小豆買取資金関係貸出しは,22億5000万円である。
これに対し,諸貸出申請書上の本件扱い後保全状況欄の倉荷証券の金額(担保掛目80%)は,24億8100万円(時価換算すると31億0100万円),諸貸出申請書の添付書類中のミヤシタ保全状況欄記載の保全額は約32億8200万円であり,保全十分である。
また,同月22日付け融資後の総授信残高は,36億5000万円であるが,そのうち小豆買取資金関係貸出しは,27億5000万円である。
これに対し,諸貸出申請書上の本件扱い後保全状況欄の倉荷証券の金額(担保掛目80%)は,30億4100万円(時価換算すると38億0125万円),諸貸出申請書の添付書類中のミヤシタ保全状況欄記載の保全額は約36億3882万円であり,同年3月6日に5000万円が返済される予定であったから,保全十分である。
1審原告は,80%の担保掛目の不当性を主張するが,最高掛目を80%としている拓銀の貸出業務取扱規程に基づくもので,長い慣行取扱いによってできた経験則に則ったものであり,また,現実に過去3年間の価格変動(昭和61年ないし62年では85%,昭和62年ないし63年では79%,昭和63年ないし平成元年では78%の変動枠内であった。)に照らしても,80%の担保掛目は合理的である。
(1審被告A,同B及び同Cの主張)
ア 経営判断の原則
いわゆる経営判断の原則は銀行においても妥当するものであり,取締役は,その融資判断について一見して明白な誤りや不合理な判断がない限り,広範な裁量が認められるべきであって,都市銀行という巨大組織にあっては,各担当者から上がってきた判断を所与のものとして判断すれば足りると解すべきである。
また,取締役の善管注意義務等の違反の有無を判断するに当たっては,①当該行為が具体的な法令,定款に違反しているかどうか,②忠実義務に違反しているかどうか,③判断の前提となる事実の認識(及びそのための事実調査)に不注意な誤りがあったかどうか,④意思決定の過程,内容に著しく不合理な点があったかどうかを検討し,これらに当てはまらない限りは取締役の当該行為に係る経営判断は裁量の範囲を逸脱するものではなく,善管注意義務等に違反しないというべきである。
イ 資金使途について
銀行法が,銀行が相場取引を行うことを銀行業務として認めていること,小豆の市場での取引が完全に合法であることに照らせば,銀行が,小豆の市場での買受資金を融資すること自体は何ら違法ではない。
また,投機と投資には質的違いがあるものではなく,融資対象が投機的要素を含むものであったとしても,それが現物取引であるか信用取引であるか,十分な担保が確保できるか否かという諸要素との総合的な関連の中でその当否が判断されるべきである。
ウ 銀行の融資と担保
企業金融においては,融資時点では担保が十分でなくても,当該企業の将来性,経営者の性格,能力,当該企業及び経営者の社会での影響力等を評価し,将来成長が見込まれる企業や地域経済に影響力のある経営者に融資することが認められる。
エ 1審被告Cとミヤシタとの関係
本件小豆融資当時,××と拓銀との関係は良好であり,拓銀役員のスキャンダルは,実態のない噂にすぎないのであって,これが原因で拓銀が融資をすることは考えられない。
1審被告Cは,J社長から話を聞き,かつて帯広支店勤務時代に相場商品である農産物について倉荷証券を担保として融資した経験もあったことから,第2支店部に小豆の相場融資が可能であるかどうか調査検討を指示したものであり,融資する方向が既に決定済みであったということはない。
オ ダブルチェックの省略に問題がないこと
ダブルチェックは,保全面からみて回収に問題がないということから省略したものであって,何ら問題はない。
(1審被告Aの主張)
1審被告Aの融資判断には,善管注意義務等の違反がない。
頭取は,自分が判断する上で必要な資料が足りなければその補充を求め,資料があれば,それが正しいものと信頼し,関与した各行員の融資についての判断も,それぞれの立場から忠実に行ったものと信頼して,融資判断をすることが許される。
1審被告Aは,融資可と判断しやすい方向で起案された諸貸出申請書及びその添付書類を検討した結果,①ミヤシタ及びJ社長が帯広の経済界で大きな影響力を持っていること,②担保もほぼ保全できていること,③小豆の仕入資金とはいえ,信用取引ではなく現物の取引であること,④7月までには手仕舞う予定であり,過去3年間の相場の動きでは,5月ないし7月は相場が高値に推移していること,⑤とりあえず5月までの融資であること,⑥今後も融資の申込みがあると思われるが,保全重視かつ使途回収財源を確認しつつ,是々非々の対応で臨むこと等の記載に基づき,支店,第2支店部が十分検討し,1審被告Cも融資を承認していると信頼して本件小豆融資の決裁をしたものであり,その判断に善管注意義務等の違反はない。
なお,1審被告Aは,J社長の人柄や,ミヤシタと1審被告Cとの関係について報告を受けていなかったし,昭和54年に1審被告AがJ社長からの苦情の電話の処理に関与したかのような証拠(甲67の2)もあるが,そのような日常業務を処理する中でのトラブルを10年後の平成元年まで覚えていたり,思い出したりすることは不可能である。
(1審被告Eの主張)
ア 1審被告Eに決裁権限がないこと
商法266条1項5号に基づく連帯責任は,取締役の行為が取締役会で決議すべき事項であった場合に限って生じるものであるところ,投融資会議は,取締役会の委任により設置された機関ではなく,頭取の融資決裁業務を執行する機関にすぎない。
「投融資会議について」という投融資会議の規程によれば,決裁について定足数がなく,裁決方法の規定もなく,議事録等の反対意見を記録する規定もない。決定の方法は,頭取が他の構成員の意見を聞いて決定するというもので,決定権者は頭取のみに限られており,頭取以外の構成員に決裁権限はない。構成員は,案件について担当部の説明や資料を検討の上,意見があれば頭取に具申するなどして頭取の融資決裁判断を補佐するものとして位置付けられているにすぎない。投融資会議が持ち回り方式によって行われていたことは,投融資会議が決議機関ではなく,事案の内容を知らせるという要素の強いものであったことを表している。
イ 1審被告Eは意思決定後に押印したにすぎないこと
1審被告Eは,昭和63年4月から本州営業店渉外専任副頭取として東京本部に駐在していて,本件小豆融資について,札幌在住の投融資会議構成員による協議及び頭取の決裁の後,ユーロ円貸出実行ないし実行手配を終えた後に諸貸出申請書に認印を求められたにすぎず,融資の決裁には一切関与していない。
これに対し,1審原告は,頭取の決裁後ないしユーロ円貸出準備行為着手後であっても,投融資会議の構成員が問題のある融資だと判断すれば,融資実行を中止させることが可能である旨主張する。
しかし,外国銀行との資金手当の契約は,貸主である外国銀行と借主であるミヤシタとの間の契約であって,後に延期,中止又は修正することが不可能であるし,頭取決裁により貸出実行が進んでいる状況下で融資を取り消すことは,拓銀の融資業務に大混乱を生じ,実際上あり得ないことである。
ウ 1審被告Eの判断
1審被告Eは,諸貸出申請書及び添付資料を検討した結果,①小豆商品現物の購入資金であること,②貸出期限は平成元年5月31日までの約3か月間の短期ユーロ円貸付けであること,③小豆価格は堅調で,今後も上昇気配があること,④回収財源は明確に確保されていること,⑤倉荷証券担保による保全は十分にとられていること,⑥ミヤシタは,古くから取引のある会社で,事故歴もなく,グループ企業で資産を保有しているので,仮に損失が生じても返済に問題の生ずる懸念はないこと等により,融資採上げ可とする審査部判断は合理性があるものと判断した。
エ 1審被告Cとミヤシタとの関係を知らなかったこと
1審原告は,本件小豆融資において,1審被告Cが,ミヤシタとの特別な関係に基づいて重要な役割を果たし,このような関係を1審被告らが知っていた旨主張する。
しかし,本州営業店渉外業務に多忙を極めていた東京在住の1審被告Eは,ミヤシタと1審被告Cとの関係について全く知らなかったものであり,知り得べくもなかった。
(5) 本件乾繭融資の違法性及び関与した取締役の責任
(1審原告の主張)
ア 資金使途が投機資金であること
(ア) 公共性と健全性をその責務とする銀行は,商品相場を始めとした投機目的への融資については,商品相場への投機の危険性を十分に勘案し,原則としてこのような融資を避け,仮に実行する場合でも,その保全を厳重に行うほか,厳格な方針で臨まなければならないところ,本件乾繭融資の資金使途は,次に述べるとおり,乾繭相場における投機資金にほかならない。
(イ) 先物取引における損失確定回避のための現物受け
ミヤシタがコウシン商事を介して行った乾繭相場取引が商品取引所における先物取引であったことは明らかである。
商品取引所における乾繭取引においても,小豆取引と同様に,決裁日までに同量の反対売買が行われなかった場合には,現物の受渡しと代金決裁が行われる。そして,ミヤシタは,市場において大量の「売り」を行えば,市場価格が下落することが明らかであり,下落した価格で「売り」を行えば,その時点で納会において決裁すべき差金が確定し,損失が確定してしまうことから,これを避けるため,決裁日までに「売り」の反対売買を行わず,これにより,乾繭を現物受けすることになったものである。
ミヤシタ及びコウシン商事は,小豆相場で失敗したことから,乾繭相場で先物取引を行うことによって莫大な利益を上げてその損失の穴埋めをすることを狙っていたものであり,その目論見が外れつつある段階で,価格維持のための買受資金の融資として,本件乾繭融資が実行されたものである。
(ウ) 違法な価格操作に加担する融資
ミヤシタ及びコウシン商事は,小豆同様に,乾繭の買占めによる価格操作を狙っていたものである。
本件乾繭融資の時点で,ミヤシタが拓銀に担保提供していた乾繭倉荷証券の合計は,3142枚にも上るところ,これは原料繭の年間供給量の2割に相当し,ミヤシタが乾繭先物市場において買占めによる価格操作を企図していたことは明らかである。
ミヤシタ及びコウシン商事が行おうとしていた買占めによる価格操作は,商品の価格形成の公正さ及び流通の円滑化を阻害し,商品取引所法1条の目的に反する行為であり,こうした行為に対して銀行が資金を供給すること自体,銀行の公共性に照らして許されるものではない。
(エ) 小豆相場における失敗という経験を無視した融資
本件乾繭融資は,平成4年2月から3月にかけて実行されたものであるが,ミヤシタの乾繭相場取引に対する融資は,平成2年10月から継続的に実行されてきたものであり,本件乾繭融資直前の同年8月には,ミヤシタが小豆相場取引を手仕舞いし,約16億5000万円の損失が確定したばかりである。
ミヤシタは,この小豆相場取引の失敗による損失を取り戻すために乾繭相場取引に進出したのであり,乾繭相場の価格変動の大きさが小豆に匹敵することに鑑みれば,そのリスクの高さは,客観的に明らかであった。しかも,ミヤシタは,小豆相場取引で被った上記巨額の損失を取り戻すために乾繭相場取引に進出したのであるから,一発逆転を狙った投機行為というほかない。
銀行が,小豆相場における失敗という先例を無視してリスクの高い投機行為に1度ならず2度までも融資することは,銀行業務に安全性,健全性が求められることに照らして許されるものではない。
(オ) これに対し,1審被告B,同C,同D及び同Fは,本件乾繭融資について,ミヤシタに乾繭相場取引を手仕舞いさせるために必要な資金を短期間融資したにすぎないとして,その正当性を主張する。
しかし,相場における手仕舞いは,単に相場取引を中止すれば足りるはずであり,売買手数料,保管料等の経費も,商品の決裁代金から支払えば足りるものであるから,本件乾繭融資は,従来の融資と同様に,相場価格維持のために現受けする決裁資金の融資にすぎず,当面の損失確定を先送りし,将来の相場の回復に賭ける危険な投機と評価せざるを得ない。
したがって,本件乾繭融資が手仕舞いのための必要資金の融資として正当化されることはない。
イ 過大な融資
拓銀のミヤシタに対する総授信残高は,本件乾繭融資前の段階で既に50億円近くに達していたところ,拓銀は,本件乾繭融資において,ミヤシタに対して更に6億円の乾繭相場資金を融資している。
ミヤシタの本件乾繭融資当時(平成3年度)の売上高は約14億2500万円,経常利益は約1900万円にすぎなかったことを考えれば,更に6億円もの追加融資を行った本件乾繭融資が,融資先の返済能力を超えた過大な融資であることは明らかである。
ウ 保全が不十分であったこと
(ア) 銀行融資における担保の位置付け
銀行の融資実務において,担保は,本来の融資金回収手段が功を奏しなくなった場合に回収を図るための2次的回収手段であるとされ,担保がいかに融資金額に見合うものであっても,融資先の事業による返済能力が認められなければ融資すべきでないと考えられてきた。
(イ) 担保取得方法
拓銀は,本件乾繭融資に当たり,乾繭倉荷証券を担保として取得しているが,上記倉荷証券は,正式担保として取得されたものではなく,規程外の簡便な方法による添担保として取得されたにすぎない。
すなわち,拓銀の規程においては,倉荷証券を担保として受け入れる場合,担保実行時に自ら寄託品の引渡しを受け,確実に処分できるようにするため,①倉荷証券の裏書交付を受けること,②担保取得に関する契約を取り交した契約倉庫会社の発行する倉荷証券を受け入れること,③倉庫会社に対して担保品受入通知を行い,倉庫会社から承諾書を受領すること等が定められているにもかかわらず,本件乾繭融資においては,倉荷証券の裏書が留保され,拓銀の契約倉庫会社以外の発行した倉荷証券の担保受入れを認め,倉庫会社宛ての担保品受入通知及び倉庫会社からの承諾書の受領を免除して担保受入れを行っている。
このため,拓銀は,自ら迅速かつ適切に担保を実行して融資の回収をすることができず,ミヤシタの要請に基づいて倉荷証券を払い出し,これをミヤシタが売却して,その代金を拓銀に弁済するという方法により,融資の回収をせざるを得なくなっている。
このように,本件乾繭融資においては,担保取得方法自体が不十分かつ危険なものであった。
これに対し,1審被告B,同C,同D及び同Fは,裏書を留保したまま倉荷証券を担保として取得しても,倉荷証券を処分するのに何ら法律上の制約はない旨主張する。
しかし,担保提供者の裏書を得ないで倉荷証券を処分すれば,証券上,ミヤシタから取得した担保の処分として売却したことが表象されず,後日の紛議の可能性を残す等の不利な点があり,このため,倉荷証券担保においては,担保取得時に担保提供者の裏書を得ておくのが通常の取扱いとなっており,当時の当事者の意思としても,ミヤシタに念書を書かせる際,念書の記載からも明らかなとおり,担保提供者の裏書を得ないで倉荷証券を処分することは想定されていなかった。
したがって,裏書を得ないで処分することは,およそ現実には採り得ない方法であった。
(ウ) 倉荷証券の担保評価
本件乾繭融資に当たって拓銀が担保取得した乾繭倉荷証券は,その担保評価においても極めて不十分なものであった。
乾繭も,小豆と同様に,価格変動の激しい商品であり,性質上,長期間保有することにより品質の劣化が避けられない商品である。しかも,拓銀がミヤシタから担保取得した乾繭倉荷証券は,商品取引所が定める品質等級にして3等以下の品質の劣悪な乾繭が大半を占めており,相場における価格の基準となる標準品(2等)以上の乾繭は,10%以下にすぎなかった。
さらに,原料繭の年間供給量の2割近くにも上る大量の乾繭を短期間で処分すれば,価格が暴落することは明らかであるにもかかわらず,担保評価に当たって売却時の価格暴落を全く考慮に入れていない。なお,1審被告B,同C,同D及び同Fの主張する年間取引高は,先物市場の取引高であって,現物の処分が問題となる本件に用いるのは適切ではない。
加えて,乾繭は,品質確認のために3か月に1度検定を受けて封印をしなければならず,検定手数料,封印合併代,入出庫料,倉荷証券料,倉庫会社に対する保管料等の費用を要するほか,売却には売付手数料,倉庫保管料等の費用を要するにもかかわらず,担保評価に当たってこれらの費用を全く考慮に入れていない。
このように,本件乾繭融資における担保評価は,極めて不十分なものであったが,それでもなお,本件乾繭融資当時,大幅な保全不足の状態であったのであるから,保全は全くされていなかったに等しいというべきである。
(エ) 生糸価格を基準とする担保評価の誤り
1審被告B,同C,同D及び同Fは,特定の融資とその際に取得した乾繭倉荷証券の担保価値とを比較して保全は十分であったと主張し,また,乾繭を生糸に加工した場合の価格を試算して融資金額を上回る担保を取得していたと主張する。
しかし,銀行の融資業務の一環としてされた本件乾繭融資において,担保は,当然にすべての債権の根担保として取得されたものであるから,全授信残高に対する保全状況を検討すべきであり,特定の融資とその際に担保取得した乾繭倉荷証券だけを抽出して保全状況を検討することは失当である。
また,上記1審被告らの試算においては,乾繭保管に要する費用,生糸に加工するための加工費用,生糸に加工後処分するための手数料等の必要経費が考慮されておらず,試算自体に大きな誤りが存在する。
さらに,そもそもミヤシタが拓銀に担保差入れしていた乾繭は,大量のものであったから,加工業者の処理能力(1か月当たり倉荷証券にして約30枚)を考えれば,およそ非現実的な主張である。
加えて,上記1審被告らは,乾繭1枚から40%の生糸ができることを前提に試算しているが,ミヤシタが担保提供していた乾繭の大半が標準よりも品質の低いものであったことからすれば,乾繭1枚からとれる生糸量の割合も,40%以下であることが容易に推認できる。
(オ) 帯広市文化ホールの担保価値
1審被告B,同C,同D及び同Fは,平成4年2月19日及び同月27日実行の各融資の担保として,株式会社サンランド開発(以下「サンランド開発」という。)が帯広市に文化ホールとして賃貸中の公会堂(以下「本件文化ホール」という。)を申し受けることが貸出条件とされていたことを根拠に,保全が十分であった旨主張する。
しかし,本件文化ホールの担保価値について,起案備考には「実担ゼロ」と明記されていた上,サンランド開発と帯広市との間の本件文化ホールの賃貸借契約において,本件文化ホールに担保権の設定登記を付することが禁じられていたから,この点からも上記1審被告らの主張は成り立たない。
エ 融資経緯の異常性
(ア) ミヤシタの属性
拓銀は,昭和47年4月の取引開始以降,ミヤシタへの融資について一貫して消極方針を採ってきており,ミヤシタのJ社長の人柄についても,消極的に評価していた。また,拓銀は,本件乾繭融資当時,ミヤシタを「指定管理先」という要注意先に指定していた。
それにもかかわらず,拓銀は,ミヤシタに対して乾繭相場資金融資を繰り返し行って総授信残高を増額させた上,本件乾繭融資において合計6億円の融資を実行し,融資を行うごとに保全不足を拡大させており,このことは,ミヤシタに対する乾繭融資が極めて異常な経緯で実行されたことを端的に示すものである。
(イ) 小豆相場取引の失敗後の融資
また,本件乾繭融資は,ミヤシタが小豆相場取引において犯した失敗を乾繭相場取引においても再び繰り返し,乾繭相場取引においても損失が現実化しつつある状況の中であえて実行された融資であり,その点でも,融資経緯は,銀行の融資として極めて異常というべきである。
(ウ) 1審被告Cとミヤシタとの関係
1審被告Cは,前述のとおり,××に対する見返りとして本件小豆融資を開始したものであるが,乾繭相場取引を開始する際も,ミヤシタから乾繭相場資金の融資の申込みを最初に受けており,その後も,ミヤシタに対して乾繭相場取引の手仕舞いを説得する際に,直接の説得役として交渉を依頼されるなどしていたことに照らせば,本件小豆融資開始時に築かれた1審被告Cとミヤシタとの関係は,乾繭相場取引資金の融資当時にも継続していたことは明らかである。
したがって,本件乾繭融資を行うに当たり,1審被告Cとミヤシタとの強い関係に基づくミヤシタに対する特別の配慮があったというべきである。
オ 1審被告らの責任
(ア) 1審被告Cの責任
1審被告Cは,ミヤシタに対する一連の乾繭相場資金の融資に最初の段階から関与し,事情に精通していながら,投融資会議の構成員として本件乾繭融資を決裁している。
1審被告Cは,本件乾繭融資に先立つ小豆相場資金の融資において主導的な役割を果たしており,乾繭相場取引を開始する際も,ミヤシタから乾繭相場資金の融資の申込みを最初に受け,その後も,ミヤシタに対して乾繭相場取引の手仕舞いを説得する際に,直接の説得役として交渉を依頼されるなど,小豆相場資金の融資から乾繭相場資金の融資に至るまで,一貫して拓銀のミヤシタ担当窓口として位置付けられていた。
こうして,1審被告Cは,ミヤシタが小豆相場で失敗して巨額の損失を発生させたこと,たくぎんファイナンスの融資残高を拓銀が肩代わりせざるを得なくなったこと,肩代わり後も数回にわたって乾繭相場資金の融資を繰り返しており,融資残高及び保全不足が共に拡大の一途をたどっていることを認識していた。
また,1審被告Cは,諸貸出申請書及び添付資料の記載等から,本件乾繭融資を含む一連の乾繭相場資金の融資の使途が,乾繭先物市場における相場価格維持のための現受け資金であり,ミヤシタが,損失の確定を先送りし,将来の相場の回復に賭けてあわよくば損失の回復を狙うというリスクの高い投機行為を行っていること,融資金の回収が担保処分によらざるを得ない担保依存の融資であるにもかかわらず,保全状況は大幅な担保不足であること,担保取得方法も拓銀の規程に従った正式担保ではなく,裏書留保による添担保であり,事実上ミヤシタの協力なくして担保処分し得ないこと,乾繭が価格変動の大きい商品であり,品質維持が困難な上,保管費用等の諸費用も必要とする商品であるにもかかわらず,担保評価の掛目を80%としていること,ミヤシタが指定管理先という要注意先として指定されていたことを十分に承知しながら,本件乾繭融資の決裁を行っている。
こうした事情を総合すれば,1審被告Cは,本件乾繭融資が回収不能となることを十分に予見し,あるいは予見し得たにもかかわらず,投融資会議の構成員として融資決裁をしているのであり,取締役としての善管注意義務等の違反は明白である。
(イ) 1審被告Dの責任
1審被告Dは,ミヤシタに対する一連の乾繭相場資金の融資に担当本部長として直接関与し,事情に精通していながら,投融資会議の構成員として本件乾繭融資を決裁している。
1審被告Dは,平成元年4月1日に担当本部長に就任し,小豆融資についても書換え等に関与しており,たくぎんファイナンスの融資残高肩代わりの段階からその決裁を行い,一連の乾繭相場資金の融資すべてに決裁権者として関与し,また,平成4年2月28日の1審被告CとJ社長との面談に立ち会うなど,担当本部長として,ミヤシタに関するすべての情報を知り得る立場にあった。
また,1審被告Dは,諸貸出申請書及び添付資料の記載等から,ミヤシタが過去に小豆相場で失敗して多額の損失を発生させたこと,融資残高及び保全不足共に拡大の一途をたどっていること,本件乾繭融資を含む一連の乾繭相場資金の融資の使途が,乾繭先物市場における相場価格維持のための現受け資金であり,ミヤシタが,損失の確定を先送りし,将来の相場の回復に賭けてあわよくば損失の回復を狙うというリスクの高い投機行為を行っていること,融資金の回収が担保処分によらざるを得ない担保依存の融資であるにもかかわらず,保全状況は大幅な担保不足であること,担保取得方法も拓銀の規程に従った正式担保ではなく,裏書留保による添担保であり,事実上ミヤシタの協力なくして担保処分し得ないこと,乾繭が価格変動の大きい商品であり,品質維持が困難な上,保管費用等の諸費用も必要とする商品であるにもかかわらず,担保評価の掛目を80%としていること,ミヤシタが指定管理先という要注意先として指定されていたことを十分に認識しながら,本件乾繭融資の決裁を行っている。
こうした事情を総合すれば,1審被告Dは,本件乾繭融資の融資金が回収不能となることを十分に予見し,あるいは予見し得たにもかかわらず,投融資会議の構成員として融資決裁をしているのであり,取締役としての善管注意義務等の違反は明白である。
(ウ) 1審被告Bの責任
1審被告Bは,ミヤシタに対する一連の乾繭相場資金の融資について,頭取である投融資会議の構成員として決裁している。
1審被告Bは,平成3年9月以降のミヤシタに対する一連の乾繭相場資金の融資に決裁権者として関与しているところ,ミヤシタの乾繭相場取引における損失の発生が現実化しつつあったにもかかわらず,数回にわたって乾繭相場資金の融資を決裁して融資残高を拡大させた上,漫然と本件乾繭融資を決裁した。
また,1審被告Bは,小豆融資の決裁にも投融資会議構成員として関与し,その経緯を熟知していた上,諸貸出申請書及び添付資料の記載等から,ミヤシタが過去に小豆相場で失敗して多額の損失を発生させたこと,融資残高及び保全不足共に拡大の一途をたどっていること,本件乾繭融資の使途が,乾繭先物市場における相場価格維持のための現受け資金であり,ミヤシタが,損失の確定を先送りし,将来の相場の回復に賭けてあわよくば損失の回復を狙うというリスクの高い投機行為を行っていること,融資金の回収が担保処分によらざるを得ない担保依存の融資であるにもかかわらず,保全状況は大幅な担保不足であること,担保取得方法も拓銀の規程に従った正式担保ではなく,裏書留保による添担保であり,事実上ミヤシタの協力なくして担保処分し得ないこと,乾繭が価格変動の大きい商品であり,品質維持が困難な上,保管費用等の諸費用も必要とする商品であるにもかかわらず,担保評価の掛目を80%としていること,ミヤシタが指定管理先という要注意先として指定されていたことを十分に認識しながら,本件乾繭融資の決裁を行っている。
こうした事情を総合すれば,1審被告Bは,本件乾繭融資が回収不能となることを十分に予見し,あるいは予見し得たにもかかわらず,投融資会議の構成員として融資決裁をしているのであり,取締役としての善管注意義務等の違反は明白である。
(エ) 1審被告Fの責任
1審被告Fは,ミヤシタに対する一連の乾繭相場資金の融資について投融資会議の構成員として決裁している。
1審被告Fは,平成3年9月以降のミヤシタに対する一連の乾繭相場資金の融資に決裁権者として関与し,諸貸出申請書及び添付資料の記載等から,ミヤシタが過去に小豆相場で失敗して多額の損失を発生させたこと,融資残高及び保全不足共に拡大の一途をたどっていること,本件乾繭融資の使途が,乾繭先物市場における相場価格維持のための現受け資金であり,ミヤシタが,損失の確定を先送りし,将来の相場の回復に賭けてあわよくば損失の回復を狙うというリスクの高い投機行為を行っていること,融資金の回収が担保処分によらざるを得ない担保依存の融資であるにもかかわらず,保全状況は大幅な担保不足であること,担保取得方法も拓銀の規程に従った正式担保ではなく,裏書留保による添担保であり,事実上ミヤシタの協力なくして担保処分し得ないこと,乾繭が価格変動の大きい商品であり,品質維持が困難な上,保管費用等の諸費用も必要とする商品であるにもかかわらず,担保評価の掛目を80%としていること,ミヤシタが指定管理先という要注意先として指定されていたことを十分に認識しながら,本件乾繭融資の決裁を行っている。
こうした事情を総合すれば,1審被告Fは,本件乾繭融資が回収不能となることを十分に予見し,あるいは予見し得たにもかかわらず,投融資会議の構成員として融資決裁をしているのであり,取締役としての善管注意義務等の違反は明白である。
(オ) なお,本件乾繭融資は,決裁権限を有する投融資会議の決裁が行われる前に融資が実行されているが,本件乾繭融資以前に行われた一連の乾繭相場資金の融資の際にも同様に投融資会議の決裁前に融資が実行されているにもかかわらず,上記1審被告らは,再発防止と損害の発生防止のための有効な措置を採ることなく,その手続違背を漫然と黙認してきたものであり,本件乾繭融資の決裁に際して何らの措置を講じることもしていない。したがって,1審被告らが,投融資会議の構成員である取締役として,融資決定が実体的にも手続的にも適正に運営されるよう注意すべき義務に違反していたことは明白であるから,投融資会議の決裁前に融資が実行されたことをもって,上記1審被告らが責任を免れることはない。
(1審被告B,同C,同D及び同Fの主張)
ア 経営判断の原則
取締役の善管注意義務違反,忠実義務違反を判断するに当たっては,経営判断の原則が妥当するから,①当該行為が具体的な法令,定款に違反しているかどうか,②忠実義務に違反しているかどうか,③判断の前提となる事実の認識(及びそのための事実調査)に不注意な誤りがあったかどうか,④意思決定の過程,内容に著しく不合理な点があったかどうかを検討し,これらに当てはまらない限りは取締役の当該行為に係る経営判断は裁量の範囲を逸脱するものではなく,善管注意義務等に違反しないというべきであるところ,1審被告らにはそのような事情はない。
銀行の経営に関する判断も,当該業界の状況,当該会社の事情,国内外の社会,経済,文化の状況等の諸事情に応じて流動的で複雑多様な諸要素を勘案して行われる専門的,予測的,政策的かつ総合的な判断であり,それは銀行以外の株式会社の経営に関する判断と同様である。したがって,銀行の経営に関する判断であっても,その性質上,取締役に広範な裁量が認められるべきであることは,何ら他の株式会社の場合と異なることはない。このように,銀行の取締役の経営判断における裁量が他の株式会社のそれよりも限定されているということはありえず,また,銀行の取締役に要求される善管注意義務等のレベルが格別に厳格なものであるとすることもできない。なお,銀行の健全性とは,個別の融資判断を厳格化すべきであるということを意味するものではなく,基本的には倒産リスクを指しているのである。個別の融資の判断は,回収可能性の高低とそれによって銀行が得られる利益との比較考量によって決定されるものであるから,銀行の健全性の要請によって,個々の融資判断が左右されるものではない。
イ 資金使途について
1審原告は,銀行が商品相場への投機資金を融資することは避けるべきである旨主張する。
しかし,多様な相場商品が存在して取引市場が形成されている現代経済において,価格変動のある商品相場への投資及びそれに対する融資を禁止しては,銀行実務は成り立たないし,商品市場及びそこでの商品取引が社会的に極めて重要であり,国民経済の発展に貢献していることは自明のことであるから,その取引のための資金の融資が厳格に制限されなければならないなどということはあり得ない。
また,乾繭(生糸)は,法律に基づく価格安定制度があり,その最低価格について公的保証のある商品であるから,商品相場特有の危険性は存在しない。
ウ 保全が十分であったこと
(ア) 担保取得方法
1審原告は,本件乾繭融資に当たって拓銀が担保として取得した乾繭倉荷証券は,正式担保として取得されたものではなく,規程外の簡便な方法による添担保として取得されたものであり,担保取得方法が不十分であったために損害が発生した旨主張する。
しかし,添担保は,拓銀内部における授信権限分配上の扱いとして正式担保と区別されているだけのものであって,添担保だから担保価値がないということにはならない。
拓銀が倉荷証券について担保権を実行する場合,ミヤシタによる裏書は不要であり,受領した被裏書人白地の倉荷証券をそのまま商品取引所の取次業者(商品取引員)を介して売却する方法によって簡単に実行できる。また,倉荷証券の現物を預かることにより,金融機関は,債務者本人による商品の取戻し及び第三者への処分をいずれも完全に阻止することができるから,当該倉荷証券に係る商品を確実に支配することができる。したがって,拓銀が倉荷証券を担保として取得するに当たり,ミヤシタの裏書を留保していたからといって,その担保価値には何ら欠けるところがないことは明らかである。
さらに,担保として拓銀契約倉庫以外の倉庫の倉荷証券を受け入れている点についても,拓銀の契約倉庫でなくても,保管,管理等に信頼性のある倉庫業者の発行する倉荷証券であれば,担保として特段問題がないはずであるし,そもそも本件は,倉庫業者に問題があって回収が困難になったという事例ではない。
そして,倉庫業者に対する担保設定通知及び承諾手続を留保して倉荷証券を受け入れている点についても,倉庫業者への通知及び承諾は,法律上何ら意味のない手続であるから,何ら担保価値を減殺するものではない。
(イ) 倉荷証券の担保評価
拓銀は,平成4年2月19日及び同月27日に実行された各融資に当たり,乾繭倉荷証券333枚(1枚当たり300キログラム。以下同じ。)を担保取得し,同年3月17日に実行された融資に当たり,乾繭倉荷証券447枚を担保取得しているが,平成4年1月から3月当時の乾繭価格は,1キログラム当たり約3200円で推移していたから,上記乾繭倉荷証券の担保価値はそれぞれ約3億1968万円,約4億2912万円となり,借入金以上の価値を有していたことになる。
また,乾繭は加工すると生糸になるところ,生糸は,当時の蚕糸価格安定法によって公的に価格管理されていたから,仮に売却する乾繭の量が膨大なものであったとしても,その価格が暴落するおそれはなく,また,平成4年当時の生糸及び乾繭の価格は,最低価格(安定基準価格)以上で安定して推移していたから,拓銀が担保取得した乾繭倉荷証券は,借入金以上の価値を有していた。すなわち,生糸の最低価格は,平成元年から平成5年にかけて1キログラム当たり1万0400円とされており,これから計算した乾繭の最低価格は1キログラム当たり2640円であった。なお,乾繭は,先物取引市場において分散して取引をすることができるから,仮に拓銀が担保として取得した乾繭の量が膨大だとしても,その売却による値崩れの危険はないし,拓銀が担保として取得した乾繭(約1000トン)は,実際の市場における年間取引高の僅か0.6%(平成4年)ないし0.18%(平成5年)にすぎないから,その売却により大幅な値崩れを起こす量でもない。
これに対し,1審原告は,乾繭倉荷証券を換金するには,手数料,加工賃等の経費が必要であることを看過しているなどと主張するが,このような経費は全体額からみれば極めて僅少であり,これらを考慮しても,拓銀が担保取得した倉荷証券が相当な価値を有していたことは明らかである。
(ウ) 本件文化ホールの担保価値
拓銀は,本件乾繭融資に当たり,本件文化ホールに根抵当権を設定した。ただし,その登記は留保の取扱となったが,根抵当権を設定した以上,拓銀としては,融資先に延滞等の事故が発生した場合には登記して権利主張していくことを当然の前提としていたし,現実に,ミヤシタが延滞となった後,拓銀の審査部や融資事故調査会議は本件文化ホールの根抵当権を足がかりに強制回収を図るよう指示している。
そして,本件文化ホールの時価は約42億円であり,また本件文化ホールの敷地利用権が使用貸借だとしても,そもそも本件文化ホールは帯広市が市有地開発方針に則り敷地を売却した上,そこに建築された本件文化ホールを賃借したというもので,一連の経過に照らし,根抵当権実行後の本件文化ホールの新所有者及び賃借人たる帯広市がその敷地利用権を地主に対抗できなくなる可能性など存しないから,本件文化ホールは実質的な担保価値を十分有する物件であった。
また,諸貸出申請書には,本件文化ホールの賃借人が帯広市で確実な賃料支払が見込まれる旨が記載されており,関係取締役の認識としても,また客観的にも,拓銀が本件文化ホールにつき根抵当権の設定登記を経由した上で帯広市の支払う賃料に物上代位して本件乾繭融資の回収を図ることができた。
このように,本件乾繭融資が十分な担保を取得してされた融資であったことは明らかである。
(エ) 追加融資について
従前の融資に保全不足が発生しているからといって,十分な担保を取得した本件融資が義務違反となるわけではない。
これに対し,1審原告は,従前の融資について保全不足がある状態で追加融資をすることは許されない旨主張する。
しかし,そもそも保全十分でなければ融資をしてはいけないという規範は存在しないから,従前の融資について保全不足がある場合に追加融資をしてはいけないなどという規範もあり得ない。追加融資については,その追加融資の回収可能性と追加融資による銀行の利益とを比較考量してその可否を判断すべきである。
(1審被告B,同C及び同Dの主張)
ア 経営判断の原則
経営判断の原則は銀行においても妥当するものであり,取締役は,その融資判断について一見して明白な誤りや不合理な判断がない限り,広範な裁量が認められるべきであり,都市銀行という巨大組織にあっては,各担当者から上がってきた判断を所与のものとして判断すれば足りる。
イ 資金使途について
投機と投資には質的違いがあるものではなく,融資対象が投機的要素を含むものであったとしても,それが現物取引であるか信用取引であるか,十分な担保が確保できるか否かという諸要素との総合的な関連の中でその当否が判断されるべきである。
ウ 銀行の融資と担保
企業金融においては,融資時点では担保が十分でなくても,当該企業の将来性,経営者の性格,能力,当該企業及び経営者の会社での影響力等を評価し,将来成長が見込まれる企業や地域経済に影響力のある経営者に融資することが認められる。
エ 1審被告Cが,支店や審査担当部に圧力をかけ,本件乾繭融資を無理に採り上げさせたという事実はない。
また,1審被告B,同C及び同Dは,たくぎんファイナンスが採り上げた乾繭相場資金24億円余りを拓銀が肩代わりした事実について報告を受けておらず,その経緯については承知していなかった。
オ 他の点については,1審被告Fの主張を援用する。
(1審被告Fの主張)
ア 経営判断の原則によれば善管注意義務等の違反がないこと
(ア) 具体的な法令,定款に違反していないこと
本件乾繭融資が具体的な法令,定款に違反していないことは,明らかである。
(イ) 忠実義務に違反していないこと
本件乾繭融資は,役員のスキャンダル隠しのため,又は1審被告Cとミヤシタが親しい関係にあるためという政策的判断から採り上げたというものではなく,むしろ,倉荷証券の問題性を意識して調査,検討を指示した上で実行されたものであって,忠実義務に違反する融資でないことは明らかである。
特に,ミヤシタの案件は持ち回り形式で付議されていたから,東京駐在役員である1審被告Fは,回付されてきた諸貸出申請書及びその添付資料に記載された情報しか有していないのであって,仮に1審原告の主張するような背景事情があったとしても,全く関知できないのであるから,そのような事情を融資判断の要素に入れていないことは明らかである。
(ウ) 前提事実の認識及びそのための事実調査に誤りがないこと
1審被告Fは,本件乾繭融資に当たり,諸貸出申請書に記載されていたミヤシタの営業状況,資産状況,他からの借入れの有無等を踏まえた上,①これまで行ってきた乾繭取引の最終手仕舞いをするまでの間の当座の相場維持のための融資であること,②現物買付けであり,乾繭倉荷証券が入ってくること,③平成4年6月ないし7月には手仕舞いする予定であり,売却を進めて返済してもらうこと,④乾繭倉荷証券333枚のほか,本件文化ホールを担保に申し受けること,あるいは乾繭倉荷証券447枚を担保に申し受けること等の事情を勘案しているが,これらの前提事実には何ら誤りは存しないし,その点の調査にも誤りはない。
1審被告Fは,ミヤシタに関する風評及びJ社長の人柄等については全く知らなかったものであって,諸貸出申請書上もこの点について記載がない以上,そのような悪しき風評等はないと考えて決裁するのは当然である。したがって,ミヤシタに関する風評及びJ社長の人柄等は,1審被告Fによる本件乾繭融資の判断の前提事実とはなり得ないし,その点を調査しなかったとしても,1審被告Fに不注意があったとはいえない。
(エ) 意思決定の過程,内容に不合理な点がないこと
本件乾繭融資は,持ち回り方式による投融資会議において承認されているところ,拓銀のような都市銀行においては,役員それぞれが担当する業務だけでも相当の量があるため,投融資会議の構成員が一堂に会する機会を設けることは困難であるから,担当役員の判断に応じて持ち回り方式と会議方式とに振り分ける方法は極めて合理的である。このように,本件乾繭融資は,拓銀における融資決裁手続に則って決裁されており,その手続は合理的であるから,その意思決定の過程に何ら不合理な点がないことは明らかである。
なお,本件乾繭融資では,投融資会議構成員が申請書類を決裁する前に融資が実行されているが,これに関しては,融資実行予定日よりも相当期間前に審査して決裁書類を回すよう規程を作り,役員においても折に触れて注意していたのであって,その監督等に何ら問題はなかった。
そして,1審被告Fは,諸貸出申請書及び添付書類の記載を検討した上,①ミヤシタはこれまで継続的に取引関係にあった融資先であること,②既に行ってきた乾繭取引の手仕舞いをするために融資を申請してきたものであること,③融資期間も1か月と短期であること,④融資金額を上回る担保を取得でき,その担保も下支えのある乾繭倉荷証券及び本件文化ホールという回収に不安のない物件であったこと等の事情を踏まえ,本件各融資を実行する方が銀行の利益に合致すると考えて承認の判断をしたものであって,その意思決定の内容は極めて合理的である。
イ 小豆市場における失敗を知らなかったこと
1審被告Fは,ミヤシタが小豆取引で損害を出していたことを知らなかった。1審被告Fは,本件の諸貸出申請書に添付されていた資料の記載からも,ミヤシタが小豆取引で損害を出していたことを理解できるはずがない。
ウ 事後承認
1審被告Fは,融資の実行が完了する平成4年2月27日までの間に融資を承認していないから,同月19日及び同月27日に実行された融資によって貸倒れ等の損害が発生したとしても,1審被告Fに責任はない。
(6) 結果発生との因果関係等
(1審原告の主張)
ア 本件小豆融資について
(ア) 債権が融資書換え後も同一性を維持して存続していること
1審被告A,同B,同C及び同Eは,本件小豆融資が一本化されて書き換えられた事実を捉え,平成元年5月31日の新たな融資によって,本件小豆融資が返済されたと主張する。
しかし,平成元年5月31日の書換えは,ミヤシタに対する未回収金を目的とする準消費貸借にほかならず,同日以降の書換えも同様に解すべきであるから,本件小豆融資に関する債権債務は,同一性を維持しつつ存続しているというべきである。
すなわち,金融機関が行う融資の書換えを準消費貸借とみるべきか更改とみるべきかは,当事者の合理的意思解釈によるべきものと解されているところ,一般的に,特段の意思表示がされない限り,当事者が保証,担保まで消滅させる更改の意思を有しているとは解されないから,更改ではなくて準消費貸借とみるべきとされており,本件小豆融資においても,書換えは,実質的には従前の融資の更新,期限の延長にすぎないから,当事者の合理的意思解釈としても,更改ではなく準消費貸借とみるべきものである。また,本件小豆融資は,その融資当初からとりあえず形式的には弁済期を約3か月後と定めてはいるものの,実質的には書換えを行って更にそれ以降に弁済されることが予定されていたことは明らかである。
したがって,上記1審被告らの本件小豆融資が返済された旨の主張は,成り立ち得ないものである。
(イ) 回収業務の懈怠による因果関係の切断がないこと
1審被告A,同B,同C及び同Eは,本件小豆融資が回収不能となって損害が発生した原因は,融資後の回収業務に懈怠があったからであり,上記1審被告らの融資決定と損害発生との間には因果関係がない旨主張する。
しかし,本件小豆融資は,リスクの大きい小豆相場への投機資金の融資であり,担保取得方法を始め保全状況も極めて不十分なまま実行された融資であるから,融資実行時点で既に損害発生の蓋然性が高かったのであって,回収担当者の判断によって回収の可否が分かれる余地はほとんどなかったというべきである。
また,本件小豆融資は,とりあえず形式的には弁済期を平成元年5月31日と定めてはいるものの,実質的には担保差入れされた小豆倉荷証券をミヤシタが小豆先物市場で売却する時を弁済期として実行されたものである。すなわち,本件小豆融資は,ミヤシタが担保差入れした小豆倉荷証券を小豆先物市場で売却した売却代金を受領することによって回収することが当初から予定されていたものであり,かつ,それ以外に予定されていた回収業務というものは存在しなかった。
したがって,回収業務に懈怠があったために損害が発生した旨の上記1審被告らの主張は理由がない。
さらに,上記1審被告らは,平成元年の小豆先物市場の価格に基づき,平成元年7月ころまでに担保品である小豆倉荷証券が売却されていれば損害は発生しなかった旨主張する。
しかし,本件小豆融資の担保として差し入れられた小豆は,日本の年間消費量の1割近くにも達する量であり,このような大量の小豆を市場で売却した場合,価格が暴落することは明らかであるから,その売却価格を現実の市場価格に基づいて算定すること自体が現実離れしている。
加えて,商品先物市場における売買には売買手数料が当然必要になるほか,大量の小豆を長期間倉庫会社に委託して保管するには,1か月当たり1袋当たり129円もの保管料が必要となる。したがって,少なくとも担保差入れされた小豆の価格が10%以上上昇した上で売却しなければ融資金の回収は見込めないところ,平成元年の小豆先物市場の価格推移をみても,本件小豆融資当時の価格から10%以上価格が上昇したことはない。
したがって,平成元年の小豆先物市場の価格に基づき,平成元年7月ころまでに小豆倉荷証券が売却されていれば損害は発生しなかった旨の上記1審被告らの主張は理由がない。
(ウ) 弁済充当について
a 1審被告A,同B,同C及び同Eは,本件小豆融資が回収不能になった原因は,担保倉荷証券の売却代金を,従前から融資していた運転資金等の融資の弁済に充当したことにある旨主張する。
しかるに,本件小豆融資の残高は,平成元年12月21日時点で10億6000万円であったのが,平成2年3月20日時点では8億4000万円となり,2億2000万円減額している。
これは,その間に小豆倉荷証券がすべて売却されたことによるものである。
ところで,この小豆倉荷証券の売却代金は,本件小豆融資のうち2億2000万円の弁済に充当されただけでなく,運転資金融資限度枠による7億7000万円(平成元年12月21日時点の残高)の融資の弁済にも充当された。その充当額は,平成2年3月以降も上記の7億7000万円の融資のうち2億4000万円の融資が書換更新されていることからすると,7億7000万円から2億4000万円を控除した5億3000万円であると推認される。
拓銀が担保として取得した倉荷証券は,あくまで拓銀のミヤシタに対するすべての債権を担保する根担保として差し入れられたものであり,担保倉荷証券の売却代金が運転資金等の融資金に弁済されていたとしても,何ら問題がないことは,銀行取引約定に基づく実務においては当然であるが,以上のように,拓銀が本件小豆融資の担保とした小豆倉荷証券の売却により,本件小豆融資以外の融資に関して5億3000万円の弁済を受けたことをもって,拓銀が本件小豆融資により得た利益と評価するのであれば,これを本件小豆融資及び別紙小豆融資一覧表の番号9記載の融資の合計残高8億3960万円(ただし,同表の番号5記載の融資については完済となっている。)から控除した残金3億0960万円が本件小豆融資及び別紙小豆融資一覧表の番号9記載の融資の合計残金ということになる。そして,このうち1審被告A,同B,同C及び同Eが責任を負うべき額を,別紙小豆融資一覧表の番号1ないし4記載の合計10億5000万円,同表の番号6ないし8記載の合計13億円及び同表の番号9記載の2億円の総合計25億5000万円中にそれぞれが関与した融資額の占める割合をもって按分して算出すれば,同表の番号1ないし4記載の融資については1億2748万2352円(1審被告Cが責任を負うべき額),同表の番号6ないし8記載の融資については1億5783万5294円(1審被告A,同B,同C及び同Eが連帯責任を負うべき額)となる。
b 1審被告A,同B,同C及び同Eは,拓銀が平成2年3月に小豆倉荷証券461枚を無償解除とした上,これをたくぎんファイナンスに差し換えたことをもって,違法処理であるなどと主張する。
しかし,拓銀は,たくぎんファイナンスがミヤシタとの間の小豆相場取引資金の融資に関してミヤシタから受領した担保小豆倉荷証券を,拓銀自らの本件小豆融資によりミヤシタから受領した担保小豆倉荷証券とともに一括管理していたところ,従前から,たくぎんファイナンスの担保倉荷証券の売却代金を拓銀の本件小豆融資の弁済に充当するという処理をしてきたことから,そのことによるたくぎんファイナンスの担保倉荷証券の減少分を戻すために,拓銀の担保倉荷証券を無償解除の上,これをたくぎんファイナンスに差し換えたにすぎず,拓銀が本来得られたはずの利益をたくぎんファイナンスに無償で供与したものではない。したがって,上記1審被告らの主張は,理由がない。
c さらに1審被告A及び同Eは,拓銀には平成2年3月22日の時点で本件小豆融資の担保として合計6億0224万円の担保代金債権が存在したなどと主張するが,仮にこの中にミヤシタが担保倉荷証券の解除を受けて処分したことに関わる金銭が含まれているとしても,いずれもミヤシタの自由財産であり,拓銀がそこから優先弁済を受ける権利はないし,また,担保倉荷証券を処分する際には,いったんミヤシタを信頼して担保解除した上で処分させ,処分代金を任意に弁済充当することに期待するほかなかったのであり,担保がミヤシタの自由財産になったことについて,このような担保取得方法を容認して決裁した1審被告A及び同Eがその責任を免れうるものではない。
なお,拓銀とたくぎんファイナンスの貸出金額,保全各項目全額が混合計上されたなどという事実はない。
したがって,上記1審被告らの主張は,理由がない。
(エ) 請求
よって,1審原告は,本件小豆融資に関し,拓銀から債権譲渡を受けた商法266条1項5号による損害賠償請求権に基づき,1審被告Cに対して1億2748万2352円,また1審被告A,同B,同C及び同Eに対して連帯による1億5783万5294円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成10年12月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 本件乾繭融資について
(ア) 回収業務の懈怠による因果関係の切断がないこと
a 本件乾繭融資についての融資残高は,5億9880万円である。
b 1審被告B,同C,同D及び同Fは,本件乾繭融資が回収不能となって損害が発生した原因は,融資後の回収業務に懈怠があったからであり,上記1審被告らの融資決定と損害発生の間には因果関係がない旨主張する。
しかし,本件乾繭融資は,リスクの大きい乾繭相場への投機資金の融資であり,担保取得方法を始め保全状況も極めて不十分なまま実行された融資であるから,融資実行時点で既に損害発生の蓋然性が高かったのであって,回収担当者の判断によって回収の可否が分かれる余地はほとんどなかったというべきである。
また,本件乾繭融資は,とりあえず形式的には弁済期を1か月後と定めてはいるものの,実質的には担保差入れされた乾繭倉荷証券をミヤシタが乾繭先物市場で売却する時を弁済期として実行されたものである。すなわち,本件乾繭融資は,ミヤシタが担保差入れした乾繭倉荷証券を乾繭先物市場で売却した売却代金を受領することによって回収することが当初から予定されていたものであり,かつ,それ以外に予定されていた回収業務というものは存在しなかった。
なぜなら,平成4年2月の融資の時点におけるミヤシタに対する総授信残高は54億円余に達していたところ,かかる多額の融資がミヤシタの収益からは弁済され得ないものであり,資金原資は乾繭倉荷証券の処分代金によらざるを得ないことは明らかであった上,担保品である乾繭倉荷証券は,裏書留保のまま添担保として差し入れられたものにすぎず,拓銀がミヤシタの協力なしに処分することは現実的には不可能であり,さらに,本件乾繭融資当時に添担保として提供を受けた本件文化ホールについても,その賃借人である帯広市との関係から,担保実行してこれから回収することは期待できないものであったからである。
したがって,回収業務に懈怠があったために損害が発生した旨の上記1審被告らの主張は理由がない。
c また,1審被告B,同C,同D及び同Fは,平成4年4月の時点での乾繭先物市場の価格に基づき,乾繭倉荷証券の担保価値を試算し,平成4年4月ころまでに担保品である乾繭倉荷証券が売却されていれば損害は発生しなかった旨主張する。
しかし,上記試算は,売却に必要な委託手数料,乾繭の検定手数料及び封印手数料,乾繭の保管料のほか,封印合併代,入出庫料,倉荷証券料等の費用をすべて無視した非現実的な試算である上,ミヤシタが拓銀に差し入れていた乾繭倉荷証券は,大半が商品取引所の基準とされる標準品よりも品質の劣る乾繭であるから,標準品の取引価格に基づく試算は無意味である。
さらに,乾繭相場取引資金の担保として差し入れられた乾繭は,原料繭の年間供給量の2割にも達する量であり,このような大量の乾繭を市場で売却した場合,価格が暴落することは明らかであるから,その売却価格を現実の市場価格に基づいて算定すること自体が現実離れしている。
したがって,平成4年4月の時点での乾繭先物市場の価格に基づき,平成4年4月ころまでに乾繭倉荷証券が売却されていれば損害は発生しなかった旨の上記1審被告らの主張は理由がない。
d さらに,1審被告B,同C,同D及び同Fは,乾繭は生糸に加工することによって蚕糸価格安定法の価格下支えがあるから担保価値が低下しない旨主張する。
しかし,生糸に加工した上での処分には,乾繭売買に係る諸費用のほかに加工賃及び生糸の市場における売買手数料がかかる上,年間供給量の2割にも達する大量の乾繭を一時期に生糸に加工することを前提とする上記主張は非現実的である。
なお,本件乾繭融資を含む乾繭融資の担保となった乾繭の倉荷証券は,平成5年3月10日までにすべて処分のために払い出され処分されたが,なお莫大な債務が残存している。
e 加えて,1審被告B,同C,同D及び同Fは,総授信残高から乾繭倉荷証券の売却価格を控除した残額を本件文化ホールから回収することを前提としているが,本件文化ホールの実質的担保価値はなく,このことは本件乾繭融資の諸貸出申請書にも明記されているから,上記1審被告らの上記主張は理由がない。
(イ) 遅滞発生後の書換えがないこと
1審被告B,同C,同D及び同Fは,ミヤシタが遅滞を発生させた後である平成4年4月及び6月にも拓銀が再度貸付けを行っている旨主張する。
しかし,上記1審被告らが再度の貸付けであると主張している同年4月及び6月の貸出申請は,いずれも同年4月17日の延滞発生によって結局廃案となり,実行されていないのであって,上記1審被告らの上記主張は,その前提たる事実を欠いている。
(ウ) 請求
よって,1審原告は,本件乾繭融資に関し,拓銀から債権譲渡を受けた商法266条1項5号による損害賠償請求権に基づき,1審被告B,同C,同D及び同Fに対して連帯による上記損害5億9880万円の一部である3億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(1審被告B,同C及び同Dにつき平成10年12月27日,1審被告Fにつき同月28日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(1審被告A,同B,同C及び同Eの主張)
ア 本件小豆融資が期限に清算されていること
本件小豆融資は,短期ユーロ円貸出しであるところ,国際市場における取引としての債権は,それぞれ別個の独立した債権であって,先に借り入れた債権を返済するために別の債権を借り入れて返済に充当したとしても,それらの債権に同一性があることはあり得ない。
したがって,本件小豆融資は,平成元年5月31日に一旦弁済され,新たな債権に切り替えられているから,その後の回収不能という結果発生との間に因果関係はない。
イ 回収業務の懈怠及び回収金の不正な充当
平成元年12月の時点での本件小豆融資額が10億6000万円であるのに対し,小豆倉荷証券の価額は13億9500万円であり,本件小豆融資は倉荷証券によって十分に保全されていた。
しかるに,拓銀は,平成2年1月から3月にかけて,上記倉荷証券を清算のため売却しているが,売却代金中から本件小豆融資の弁済に充当されたのは2億2000万円のみで,残る7億7000万円は,別口の運転資金枠による融資の弁済に充当された。これは,貸出条件及び規程に違反した不正な経理処理であり,拓銀が正規に処理していれば,本件小豆融資の残高は7000万円となっていた。
しかも,拓銀は,平成2年3月当時,小豆倉荷証券の残り461枚を無償解除とした上,これをたくぎんファイナンスに差し換えるという,銀行取引約定及び規程に違反した重大な違法処理を行った。
このような不正,違法な処理をしなければ,本件小豆融資はいつでも全額回収が可能であった。
したがって,拓銀には損害が生じていないというべきであるし,また1審原告の主張する損害と1審被告A,同B,同C及び同Eの行為との間には因果関係がない。
(1審被告A,同B及び同Cの主張)
ア 弁済又は更改による消滅
平成元年5月31日以降の貸換えは,弁済又は更改に当たるから,1審被告らの決裁に係る債権は,弁済又は更改で消滅している。
イ 回収業務の懈怠
本件小豆融資の弁済期は,平成元年5月31日であり,この時点で担保権を実行すれば全額回収することが可能であったところ,同日に別の決裁権者によって貸換えが行われており,回収不能の原因はこれにあるから,1審被告らの融資決裁と結果発生との間に因果関係はない。
仮に,1審被告A,同B及び同Cの決裁に係る債権とその後の貸換え後の債権との同一性が認められるとしても,遅くとも平成元年8月末時点で回収すれば,回収不能は発生しなかったから,損害発生との間に因果関係はない。
(1審被告A及び同Eの主張)
ア 平成2年3月22日の時点で,本件小豆融資の担保として,普通預金2億2849万円(同月15日現在の残高。担保処分代金のプール分),同年4月入金予定の2億3450万円(担保売却中),預かり手形1億3925万円(担保売却した売得手形10通で取立入金までの預かり手形)の合計6億0224万円の担保代金債権が存在した。その後,この担保代金債権から2億5000万円が本件小豆融資等の弁済に充当され,残額は3億5224万円となったが,これによっても,本件小豆融資は十分に保全されていた。
イ 1審原告が主張する本件小豆融資の保全不足は,平成2年4月,拓銀とたくぎんファイナンスが両社のミヤシタに対する貸出金額,保全各項目全額を何の理由根拠も示さず一緒に混合計上した上,両社合算の保全不足を計上し,その結果,上記の担保代金債権3億5224万円をたくぎんファイナンスの保全担保と混合してしまったことによるもので,これについて1審被告A及び同Eの責任とすることはできない。
(1審被告B,同C,同D及び同Fの主張)
ア 1審原告の損害立証が不十分であること
1審原告は,本件乾繭融資に当たり拓銀が取得した担保について,いつ,いくらで処分し,その処分代金をどの債権に充当したのか,説明していない。
しかし,本件乾繭融資に当たって取得した乾繭倉荷証券が換金されて従前の融資に対する返済に充てられている場合には,従前の融資によって被っていたはずの損害額が減少しているわけであるから,拓銀には本件乾繭融資によって新たに損害は生じていないというべきである。
なお,銀行は,融資によって,貸し出した金銭と同一の価値のある財産を貸金債権という形に変えて取得することになるのであるから,融資がなされた時点で損害が発生するなどということはあり得ない。
したがって,本件乾繭融資によって生じた損害の発生について主張,立証が尽くされているということはできない。
イ 損害発生の原因が回収等の不手際にあること
拓銀の担保取得業務を担当していた帯広支店及び札幌第2支店部は,別紙乾繭融資一覧表の番号3記載の融資の決裁条件とされている乾繭倉荷証券447枚を担保とすべきところ,うち422枚を担保としてとることなく貸出しを実行するという基本的ミスを犯した。また,ミヤシタが遅滞に陥った平成4年4月17日以後,銀行融資実務として当然執るべき回収作業を行っていれば,当然に乾繭取引に係る融資資金を全額回収できた。それにもかかわらず,第2支店部及び担当役員は,担保の実行を行わなかったばかりか,遅滞発生後の平成4年4月及び6月に再度ミヤシタに対する新たな貸付けに及んでいる。
このように,本件乾繭融資につき損害が発生したのは,銀行実務からは考え難い数々のミスのために回収作業が遅れたことに原因がある。また,拓銀が本件乾繭融資に当たって取得し又は取得するはずであった乾繭倉荷証券のほか,本件文化ホールの担保価値を考慮すれば,本件乾繭融資は全額を優に回収できる状況であった。本件乾繭融資について損害が発生したとしても,それは,本件乾繭融資承認の判断とは無関係に発生したものであることが明らかである。
(7) 過失相殺
(1審被告Eの主張)
仮に1審被告Eに過失があったとしても,他方で,1審被告Eが不在の間に1審被告Eの押印もないまま本件小豆融資を実行した拓銀の担当職員の過失及び債権の回収を怠った者に対する責任追及を怠った過失も加わって,損害が発生したものであるから,賠償すべき損害の算定に当たっては,過失相殺すべきである。
(8) 時効
(1審被告A,同B,同C,同D及び同Eの主張)
ア 商事消滅時効の援用
拓銀は商人であるから,拓銀と1審被告らとの間の取締役委任契約は,付属的商行為である。取締役委任契約が附属的商行為であることは,最高裁判所平成4年12月18日第2小法廷判決・民集46巻9号3006頁において,取締役の会社に対する報酬請求につき商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払が認められていることからも明らかである。
したがって,委任契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権は,商行為によって生じた債権として5年の商事消滅時効にかかる。そして,時効の起算点は,諸貸出申請書に押印をした日,最終融資日あるいは遅くとも弁済期と考えるべきであるところ,上記起算日から5年の経過により,消滅時効は完成している。
そこで,1審被告A,同B,同C及び同Dは,原審口頭弁論期日において,1審被告Eは,平成15年10月1日の当審口頭弁論期日において,それぞれ商事消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
よって,上記の商事消滅時効援用の意思表示により,上記の損害賠償請求権は消滅した。
イ 民事消滅時効の援用(1審被告Dを除く。)
仮に,商法266条1項の取締役の責任が民事債務であるとしても,上記アの起算日から10年の経過により,委任契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権は,消滅時効が完成している。
訴えの提起は時効中断事由となるが,本件訴えが提起された平成10年12月15日の時点で,1審原告は債権を有していなかったから,本件訴えの提起によって時効は中断せず,監査役の追認の意思表示の到達があるまで,時効は進行していたと解される。なお,本件追認により本件債権譲渡は遡って有効となるが,これにより第三者たる債務者の権利を害することはできないから,本件追認前になされた本件訴えの提起によっては,時効は中断しない。
そこで,1審被告A,同B及び同Cは,原審口頭弁論期日において,1審被告Eは,平成15年10月1日の当審口頭弁論期日において,それぞれ民事消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
よって,上記の民事消滅時効援用の意思表示により,上記の損害賠償請求権は消滅した。
(1審原告の主張)
ア 商事消滅時効の主張について
善管注意義務や忠実義務に違反する取締役の行為は,本来の委任契約の趣旨を逸脱する行為であり,その責任原因の認識や確定に手間取ることが少なくないことからみて,これに基づく損害賠償請求権については商事消滅時効の趣旨は及ばないというべきである。また,委任契約が商行為であるとしても,これから派生する債務が一律に商事消滅時効の適用を受けるとは限らない。
したがって,商法266条に基づく取締役の責任の時効期間は,一般の債権と同様に10年と考えるべきである。
また,時効の起算点については,少なくとも損害発生についての認識可能性がなければ権利行使はできないから,当該融資の決裁の日ではなく,遅滞が発生した日と考えるべきである。
イ 民事消滅時効の主張について
1審原告は,平成10年12月15日に本件訴えを提起し,これにより1審被告A,同B,同C及び同Eが主張する民事消滅時効は中断した。
なお,訴えの提起は,権利行使の意思表示を最も明確にするものであるがゆえに時効中断事由となるのであるから,訴えの提起が適法にされ,1審原告の請求する権利が主張された以上,その訴えが却下されるか取り下げられない限り,「裁判上の請求」として時効は中断すると解すべきである。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(原審の管轄違い)について
1審被告Eは,商法268条1項において,取締役の責任を追及する訴えは本店の所在地の地方裁判所の管轄に専属する旨が定められているところ,1審原告の本店所在地は東京都中野区であるから,本件訴訟は東京地方裁判所の管轄に専属し,札幌地方裁判所を原審とする本件訴訟には管轄違いの違法がある旨主張する。
しかしながら,商法268条1項にいうところの「本店」は,当該訴えを提起する原告の本店ではなく,当該訴えの被告がその取締役となっていた会社の本店を意味するものであることが明らかである。そのことは,例えば,取締役の責任を追及する訴えは,「本店」を観念し得ない自然人たる株主においても原告としてこれを提起し得ることに照らしても,およそ疑いを容れる余地はない。
そして,拓銀の本店所在地が札幌市であることは公知の事実であるから,1審被告らに対して拓銀の取締役としての責任を追及する本件訴訟は,札幌市を管轄する札幌地方裁判所の管轄に属するものといわなければならず,1審被告Eが主張するような原審の管轄違いはこれを認めることができない。
したがって,1審被告Eの上記主張は採用することができない。
2 争点(2)(本件債権譲渡の有効性等)について
(1) 後掲各証拠によれば,本件債権譲渡について,以下の事実を認めることができる。
ア 拓銀の代表取締役が平成10年11月11日付けで1審原告との間で締結した資産買取契約の契約書には,1審原告が拓銀から買い取る資産の移転時期について,同月16日とし,買取資産について,拓銀が有する債務不履行に基づく損害賠償請求権及び事務管理,不当利得,不法行為その他契約以外の原因に基づいて拓銀が有する権利(現在及び過去における拓銀の役職員,拓銀の借り手その他の関係者に対し責任追及する一切の権利を含む。また,既に権利が確定しているもののほか,資産買取日においてその存在の確認若しくは内容の特定が未了であるものを含むものとする。)等とし,資産買取の対価について,1兆6163億4396万7439円とする旨の記載がそれぞれある(甲2の1)。
イ(ア) 拓銀の代表取締役が平成10年12月3日付けで1審被告A及び同Eに対してした各債権譲渡通知には,拓銀がミヤシタに①平成元年2月9日に4億円,②同月14日に4億円,③同月22日に5億円をそれぞれ貸し付けたことに関する,拓銀の1審被告A及び同Eに対する一切の損害賠償請求権を1審原告に譲渡したため,これを通知する旨の記載がある(甲2の2の1・3)。
(イ) 拓銀の代表取締役が平成10年12月3日付けで1審被告Bに対してした債権譲渡通知には,拓銀がミヤシタに①平成元年2月9日に4億円,②同月14日に4億円,③同月22日に5億円,④平成4年2月19日に1億5000万円,⑤同月27日に1億円,⑥同年3月17日に3億5000万円をそれぞれ貸し付けたことに関する,拓銀の1審被告Bに対する一切の損害賠償請求権を1審原告に譲渡したため,これを通知する旨の記載がある(甲2の2の2)。
(ウ) 拓銀の代表取締役が平成10年12月3日付けで1審被告Cに対してした各債権譲渡通知には,拓銀がミヤシタに①平成元年1月23日に5億円,②同年2月2日に3億5000万円,③同月6日に2億円,④同月9日に4億円,⑤同月14日に4億円,⑥同月22日に5億円,⑦平成4年2月19日に1億5000万円,⑧同月27日に1億円をそれぞれ貸し付けたことに関する,拓銀の1審被告Cに対する一切の損害賠償請求権を1審原告に譲渡したため,これを通知する旨の記載がある(甲2の2の4)。
(エ) 拓銀の代表取締役が平成10年12月3日付けで1審被告F及び同Dに対してした各債権譲渡通知には,拓銀がミヤシタに①平成4年2月19日に1億5000万円,②同月27日に1億円,③同年3月17日に3億5000万円をそれぞれ貸し付けたことに関する,拓銀の1審被告F及び同Dに対する一切の損害賠償請求権を1審原告に譲渡したため,これを通知する旨の記載がある(甲2の2の5・7)。
(2) 1審被告A,同B,同C,同D及び同Fは,会社が取締役に対して訴えを提起する場合,監査役が会社を代表する(商法275条ノ4)から,会社の取締役に対する債権の処分というべき債権譲渡の権限もまた監査役が有すると解すべきである旨主張するので,検討する。
商法275条ノ4(ただし,平成13年法律第128号による改正前のもの。以下同じ。)は,会社と取締役との間の訴訟については,監査役が会社を代表する旨を定めるところ,その趣旨は,会社と取締役との間の利益の衝突を調整し,いわゆるなれ合い的な訴訟が行われることを防止することにあると解される。そして,このような立法趣旨からすれば,その適用範囲は,会社と取締役との間の訴訟に関する訴えの提起,訴訟追行,和解,訴えの取下げ,当事者間の訴訟上の合意等の訴訟行為のほかに,訴えの提起その他の訴訟行為をするに当たっての内部的な意思決定行為も含まれ,これらの訴訟行為及び訴訟行為をするに当たっての内部的な意思決定行為は監査役の権限に属するが,逆に,会社と取締役との間の実体的な法律関係との関連を有するものの,訴訟行為又は訴訟行為をするに当たっての内部的な意思決定行為とはいえない行為については,上記規定の適用はなく,他に特段の法律の定めがない限り,原則どおり,代表取締役が会社を代表するものと解するのが相当である。
しかるところ,本件債権譲渡は,拓銀とその取締役との間における訴訟行為にも,訴えの提起その他の訴訟行為をするに当たっての内部的な意思決定行為にも該当しないものといわなければならない。そうすると,本件債権譲渡については,商法275条ノ4の適用はないというべきである。また付言すれば,本件債権譲渡によってなれ合い的訴訟の余地はなくなるから,実質的にみても上記の規定を適用する意義はないというべきであり,かつ,本件のような債権譲渡について代表取締役の代表権を制限するような特段の法律の定めはないから,代表取締役が拓銀を代表してなした本件債権譲渡は有効というべきである。
したがって,1審被告A,同B,同C,同D及び同Fの上記主張は採用することができない。
(3)ア 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,拓銀が取締役会における審議及び1審被告らに対する請求等の手続を経ていないから,1審被告らに対する損害賠償請求権が未だ確立していない旨主張する。
その主張する趣旨は必ずしも明らかではないけれども,拓銀が取締役会における審議及び1審被告らに対する請求等の手続を経ていないとしても,このことをもって,本件債権譲渡の対象たる1審被告らに対する損害賠償債権が不特定であるとか,不確定であるとか,停止条件が成就していないとか,あるいは譲渡することができない障害があるとかいうことはできないから,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
イ 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,拓銀が平成10年6月に開催した臨時株主総会において,平成11年3月をもって会社を解散し,清算手続に入る旨の決議をしたことにより,会社の存続の目的が清算業務に限定されるから,1審被告らに対して損害賠償を請求する旨の平成10年9月の取締役会決議は無効である旨主張する。
しかし,拓銀が解散して清算手続に入るのは,平成11年3月であって,それまでは,会社の存続の目的が清算業務に限定されるものではないから,平成11年3月以前である平成10年9月の取締役会における上記決議が無効である旨の上記主張は,これを採用することができない。
ウ 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,本件の損害賠償請求権は,債務者の範囲及び請求金額が確定していないから譲渡の対象にできない債権である旨主張する。
しかし,上記(1)アで認定したとおり,拓銀と1審原告との間の資産買取契約の契約書によれば,買取資産について,拓銀が有する債務不履行に基づく損害賠償請求権及び事務管理,不当利得,不法行為その他契約以外の原因に基づいて拓銀が有する権利(現在及び過去における拓銀の役職員,拓銀の借り手その他の関係者に対し責任追及する一切の権利を含む。また,既に権利が確定しているもののほか,資産買取日においてその存在の確認若しくは内容の特定が未了であるものを含むものとする。)等とする旨の記載があり,本件に関していえば,譲渡の対象となる債権は,過去における拓銀の役職員に対し責任追及する一切の権利と掲げられていることとあいまち,上記のような記載によって,他の債権と識別可能な程度に特定されているということができるから,それ以上に債務者の範囲や債権額,さらには損害賠償の対象となる作為ないし不作為等が具体的に確定していないからといって,債権譲渡の対象とすることができないというべきものではない。
したがって,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
エ 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,拓銀の1審被告らに対する損害賠償債権が資本充実の原則に基づく拓銀の固有の権利であるから,他に譲渡することはできない旨主張する。
しかし,拓銀の1審被告らに対する商法266条1項に基づく損害賠償請求権は,それ自体が資本充実の原則に由来するものであるとはいえないし,それが金銭債権である以上は,債権発生当時の原債権者以外の者が行使し履行を受けたのでは,債権の本来の目的を実現し得ないとまでいうこともできないから,一身専属的で譲渡が制限される債権とは認めることができない。
よって,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
オ 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,本件債権譲渡を実現するには,監査役が招集する取締役会で債権譲渡を決定し,譲渡の条件を1審被告らに通知する必要がある旨主張するが,前記のとおり,本件債権譲渡については商法275条ノ4の適用はなく,原則どおり代表取締役が拓銀を代表すべきものと解されるから,その余の点につき判断するまでもなく,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
カ 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,債権管理回収業に関する特別措置法2条によれば,金融機関が1審原告に譲渡できる債権は金融債権に限られるから,本件債権譲渡は無効である旨主張する。
しかし,債権管理回収業に関する特別措置法は,同法2条1項掲記の特定金銭債権の債権管理回収業を行う場合にこれを規制する法律であって,同法が規定する特定金銭債権以外の債権の譲渡についての効力を定めるものではない。また,弁論の全趣旨によれば,1審原告は,預金保険法附則7条1項所定の協定銀行として,同法附則8条に定める内容を含む協定に基づき整理回収業務を行っている銀行であると認められ,債権管理回収業に関する特別措置法に規定する法務大臣の許可を受けて債権管理回収業を営んでいる会社ではないから,同法の適用を受ける債権回収会社として,同法12条所定の業務制限を受けることはないというべきである。
したがって,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
キ 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,本件債権譲渡は,信託法11条が禁止する訴訟信託に当たるから,無効である旨主張する。
信託法11条が訴訟信託を禁止する趣旨は,いわゆる非弁行為のように,他人の権利について訴訟行為をすることが許されない場合に,これを信託の形式を用いて回避しようとする弊害を防止することにあると解されるところ,本件全証拠によっても,本件債権譲渡が上記のような場合に当たるにもかかわらず行われたと認めることはできない。
したがって,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
ク 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,拓銀の1審原告に対する貸出債権の譲渡は,商法245条1項1号の営業譲渡に該当するにもかかわらず,株主総会の決議を経ていないから,無効である,又は,巨額の譲渡損失が生じる貸出債権を譲渡する場合に株主総会の承認を要する旨の定款に違反するから,無効であるので,上記貸出債権の譲渡と一括してされた本件債権譲渡も無効である旨主張する。
しかし,商法245条1項1号にいう「営業の全部又は重要なる一部の譲渡」とは,一定の営業目的のために組織化され,有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部を譲渡し,これによって,譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部又は重要な一部を譲受人に受け継がせ,譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に競業避止義務を負う結果を伴うものをいうと解されるところ(最高裁判所昭和40年9月22日大法廷判決・民集19巻6号1600頁),拓銀が平成10年11月11日付けで1審原告との間で締結した資産買取契約は,一定の営業目的のために組織化され,有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部の譲渡とは認められないから,株主総会の決議を経ずに行われたとしても違法ではないし,また,上記資産買取契約が,拓銀の定款にいう巨額の譲渡損失が生じる貸出債権の譲渡に当たると認めるに足りる証拠もないから,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
ケ 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,本件債権譲渡により,1審被告らが拓銀に対して主張できる抗弁が事実上切断され,1審被告らの立場が著しく不利になるから,本件債権譲渡は,権利の濫用に当たり,無効である旨主張する。
しかし,本件債権譲渡により,1審被告らが拓銀に対して主張できる抗弁が切断されるか否かは,民法468条の規定に従い判断されるべきものであるところ,上記1審被告らが主張するところは,同条の規定の適用の結果不利益を被るか,あるいは単に事実上の不利益を被るというにすぎないのであって,それが権利の濫用に当たるといえるような事情を認め得る証拠もない。
したがって,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
コ 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,1審被告らが拓銀から1度も請求を受けたことがない上,拓銀の1審被告らに対する債権譲渡の通知には,①損害賠償の発生日時及び金額の記載がないこと,②連帯債務であること及び他の連帯債務者の氏名を表示していないこと,③1審被告らの具体的加害行為の特定がないことという欠陥があり,譲渡債権の特定を欠いているから,債権譲渡の通知が無効であり,1審被告らに対抗できない旨主張する。
しかし,上記(1)イで認定したとおり,拓銀が平成10年12月3日付けで各1審被告に対してした債権譲渡通知には,拓銀がミヤシタに貸し付けたことによる拓銀の各1審被告に対する一切の損害賠償請求権を譲渡したため,これを通知する旨の記載があり,上記貸付けの年月日及び貸付金額も記載されているのであるから,上記債権譲渡通知において,譲渡の対象となる債権は特定されているというべきであって,それ以上に損害賠償の発生日時,金額,連帯債務であること,他の連帯債務者の氏名及び1審被告らの具体的加害行為が記載されていなければ債権譲渡の通知における譲渡債権の特定ができないとはいえないから,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
サ 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,拓銀と1審原告との間の資産買取契約によって1審原告が譲り受けた債権は,貸出先に対する貸付債権及び同債権の回収に関する一切の権利であって,貸付債権の回収とは関係のない本件の損害賠償請求権はこれに含まれない旨主張する。
しかし,上記(1)アで認定したとおり,上記資産買取契約の契約書には,買取資産の内容として,拓銀が有する債務不履行に基づく損害賠償請求権及び事務管理,不当利得,不法行為その他契約以外の原因に基づいて拓銀が有する権利(現在及び過去における拓銀の役職員,拓銀の借り手その他の関係者に対し責任追及する一切の権利を含む。また,既に権利が確定しているもののほか,資産買取日においてその存在の確認若しくは内容の特定が未了であるものを含むものとする。)等と明記されており,この中に商法266条1項に基づく本件の損害賠償請求権が含まれていることは明らかであるから,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
シ 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,拓銀以外の会社は,その債権の内容が確定している場合を除き,商法266条1項に基づく拓銀の取締役に対する請求権を行使できないと解すべきである旨主張する。
しかし,民法は,原則として債権譲渡を当事者の自由に委ねており,当事者の意思の合致により債権譲渡が行われた以上は,債権譲受人がその債権を行使できることは当然のことであって,商法266条1項所定の損害賠償請求権についても異に解すべき理由はない。
したがって,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
ス 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,1審原告は,約32万円で債権譲渡を受けながら,1審被告らに対して合計約61億円を請求しており,このような請求は権利の濫用に当たる旨主張する。
しかし,上記(1)アで認定したとおり,1審原告は,資産買取の対価を総額1兆6163億4396万7439円としているのであって,このうち取締役であった1審被告らに対する商法266条1項に基づく損害賠償請求権のみを取り上げて,その譲渡価格を32万円とすることは根拠に欠けるというべきであり,また,本件の取締役に対する損害賠償請求権の存否,その実際の債権額及びその回収可能額が必ずしも明らかとはいえない段階で本件債権譲渡が行われたこと(弁論の全趣旨)を考慮すれば,低額で債権譲渡を受けた1審原告が,本件について,合計約61億円の請求をしているとしても(ただし,本件訴訟においては原審段階で合計8億円。),このことのみによって,本件の請求が権利の濫用に当たると解することはできない。
したがって,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
セ 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,本件債権譲渡から1年数か月も経過してからなされた本件追認によって無効な手続を補正することはできない旨主張するが,本件債権譲渡は有効と認められるし,仮に本件債権譲渡が無効であるとしても,本件追認がなされているところ,本件追認がなされるまでに本件債権譲渡から1年数か月が経過しているからといって,このことから直ちに本件追認の効力が否定されるものではないから,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
(4)ア 1審被告Eは,商法268条1項は取締役の責任を追及する訴えにつき原告の本店所在地の地方裁判所の専属管轄に属する旨を定めたものであるとの理解を前提に,本件債権譲渡は認められない旨主張するが,商法268条1項の解釈に関する1審被告Eの主張を採用し得ないことは前記のとおりであるから,1審被告Eの上記主張もまたこれを採用することはできない。
イ 1審被告Eは,本件訴状に拓銀が当事者かどうか紛らわしい余事記載があるから,その記載も内容も違法であるとともに,このような問題を抱えた本訴は無効である旨主張するが,独自の見解に基づくものというほかはなく,採用することができない。
ウ 1審被告Eは,拓銀が1審原告との間で資産買取契約を締結したとされる平成10年11月10日に後れる同月13日,自ら本件と同様の損害賠償請求訴訟を提起していることが,資産買取契約に本件損害賠償請求権が含まれていないことを示す旨主張するが,上記(1)イに認定した本件の1審被告らに債権譲渡の通知がなされた日付に照らせば,当該訴訟については,債権譲渡通知の手続が未了であったために拓銀が原告となってこれを提起したものと窺われるところであり,また資産買取契約の買取資産の中に本件の損害賠償請求権が含まれることは上記(3)サに説示したとおりであるから,1審被告Eの上記主張は採用することができない。
エ 1審被告Eは,本件債権譲渡が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律において禁止される不当な取引の強制に該当する旨主張するが,本件債権譲渡が同法において禁止される私的独占又は不当な取引制限に該当するというべき事情を認めるに足りる証拠は存在しないから,1審被告Eの上記主張は採用することができない。
オ 1審被告Eは,取締役を辞任し,拓銀から役員として扱われなくなった時点で取締役としての責任は一切免除された旨主張するが,退任後の取締役といえども取締役に在職していた当時の行為について商法266条1項の責任を負うのは当然のことと解される上に,1審被告Eが総株主の同意によってその責任を免除された(同条5項)ことを認めるべき証拠も存在しないから,1審被告Eの上記主張は採用することができない。
3 争点(3)(銀行の取締役の注意義務)について
(1) 株式会社の取締役は,会社から委任を受け(商法254条3項),取締役会の構成員として会社の業務執行を決定し(同法260条1項),あるいは代表取締役として業務の執行に当たる(同法261条3項,78条1項)などの職務を有するものであって,同法266条は,その職責の重要性に鑑み,取締役が会社に対して負うべき責任の明確化と厳格化を図るものである。そして,同条1項5号は,法令に違反する行為をした取締役はそれによって会社の被った損害を賠償する責めに任じる旨を規定するところ,取締役を名あて人とし,取締役の受任者としての義務を一般的に定める同法254条3項(民法644条),商法254条ノ3の規定及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定が,同号にいう「法令」に含まれることは明らかであるが,さらに,商法その他の法令中の,会社を名あて人とし,会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれるものと解するのが相当である(最高裁判所平成12年7月7日第2小法廷判決・民集54巻6号1767頁)。
そうすると,銀行の取締役については,銀行から委任を受けてその職務を行う者として,銀行に対して善管注意義務(商法254条3項,民法644条)及び忠実義務(商法254条ノ3)を負っているほか,さらに,銀行法が,銀行を名あて人とし,その営業を免許制としたり(銀行法4条),業務の範囲を画定したり(同法10条)するなど銀行がその業務を行うに際して遵守すべきことを定めた法令であることからすれば,銀行業務に携わる者として,このような銀行法の具体的規定を誠実に遵守すべき義務を負っているといえるから,これらの義務に違反した場合には,商法266条1項5号により,その責めに任じるというべきである。
もっとも,銀行法1条1項は,銀行業務の公共性に鑑み,信用を維持し,預金者等の保護を確保するとともに銀行業務の健全かつ適切な運営を期し(健全性),もって国民経済の健全な発展に資することを銀行法の目的とする旨規定するところ,同項は,銀行法の目的を宣言的に規定したもので,それ自体が具体的規範性を有しているとは解されないから,銀行の取締役が,同項に定める銀行法の目的に反するような行為をしたからといって,当然に商法266条1項5号にいう法令違反の行為があったとすることはできない。しかし,銀行は,収益性に基づき,株式会社としての利潤の追求を図るだけではなく,公共性の観点から,広く大衆から受け入れた莫大な資金を社会的に有益な事業等に運用していくことも期待されているのであり,銀行法は,このような銀行業務の公共性に鑑み,宣言的に上記目的を掲げたものと解される。したがって,銀行の取締役は,このような銀行法の目的に反することのないようにその職務を遂行していくことが職責上要請されているということができ,その限りにおいて,他の一般の株式会社における取締役とは異なる観点からの経営判断が求められ,その経営判断における裁量が限定されるような場合もあり得るというべきである。
1審原告の上記に係る主張は,以上と同旨をいう限りにおいて採用することができる。
(2) 次いで,銀行の融資判断における取締役の注意義務について検討する。
株式会社の取締役は,経営の専門家として会社の経営を委任されている者であるから,その任務を遂行するため,専門的な知識と経験に基づき,合目的的で総合的,政策的な判断が要求されているのであって,その判断が広範な裁量に委ねられていることはいうまでもない。とりわけ,銀行の取締役が融資判断をするに当たっては,一面において,利息収入,取引機会の拡大,既存融資の回収可能性の増加等の融資から得られる利益を最大限期待し,他面において,融資先の倒産等によって回収不能になるなどの融資の持つ損失のリスクを極力回避しようとするものであり,専門性と将来予測を伴う総合判断が要求されるから,その裁量の幅は,相当広くなり得るというべきである。しかし,他方,前記のとおり,銀行業務の公共性及び不特定多数から借り入れた資金を他に融資するという特殊性からすれば,銀行が引き受けることのできるリスクにはおのずと限界があるというべきである。
以上のことを考慮すると,銀行の取締役の注意義務違反の有無については,銀行の取締役一般に期待される知識,経験を基礎として,当該判断をするためにされた情報収集,分析,検討が当時の状況に照らして合理性を欠くものであったか否か,これらを前提とする判断の推論過程及び内容が不合理なものであったか否かにより判断すべきである。
また,取締役の情報収集,分析,検討に上記のような不足,不備があったか否かについては,分業と権限の委任を本質とする組織における意思決定の特質が考慮に入れられるべきであり,特に,拓銀のように融資の際に営業店,審査部,担当役員等がそれぞれの立場から重畳的に情報収集,分析,検討を加える手続が採られている銀行(弁論の全趣旨)においては,取締役は,自らが担当していない融資案件については,担当部署が収集した情報に基づき,その分析,検討の結果を参考として自らの判断を行うことが許されるというべきである。
もっとも,取締役は,他の取締役の職務の執行を監視する義務を負うものと解されるから,担当の他の取締役によって審議に付された融資案件について,当該担当取締役の意見をいわば鵜呑みにすることは許されず,自らの知識,経験,担当職務,案件との関わり等を前提としつつ,担当部署からもたらされた情報,分析,検討の結果に不合理な点がないかどうかを吟味し,自らその融資の是非を判断すべきものといわなければならない。
上記に係る1審被告らの主張は,以上と同旨をいう限りにおいて採用することができる。
(3) 1審被告らは,商法266条1項5号に基づく請求は,問題とされる取締役の行為が取締役会で決議すべき事項であった場合に限られるものであるところ,取引先に対する融資の可否は代表取締役による日常業務執行の一部にすぎず,取締役会で扱うべき事項ではないなどとして,1審被告らの投融資会議の構成員としての行為について上記の善管注意義務等が課せられる余地はないかのように主張する。
しかしながら,取締役は,確かに取締役会の構成員として会社の業務執行を決するものではあるが(商法260条1項),取締役会から委任を受けた事項を行うに当たっては,当然その善管注意義務等に沿った職務の執行を行う義務があるというべきであるし,また,上記のような他の取締役の監視義務については,取締役会に上程された事柄についてだけ監視するに止まらず,他の取締役の業務執行一般につきこれを監視し,必要があれば取締役会を自ら招集し,あるいは招集することを求め,取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする職務までを有するものと解される(最高裁判所昭和48年5月22日第3小法廷判決・民集27巻5号655頁)。
しかるところ,証拠(甲3の1,乙ロ8の1・2,乙ロ27,28,1審被告E本人,1審被告A本人)によれば,拓銀の投融資会議は,昭和59年,取締役会規程9条に基づき設置された常務会の決議により設置された拓銀の内部機関であり,いずれも取締役である頭取,副頭取及び担当本部長をもって構成員とし,本部長の権限を超える案件を決定するための機関と定められていることが認められる。したがって,1審被告らが投融資会議の構成員として行う職務については,取締役会から委任を受けた事項として,他の取締役の監視義務を含む善管注意義務等に沿った職務の執行が求められ,これらの義務に反する職務を執り行った結果,拓銀に損害を与えた場合には,商法266条1項5号の責任を負うべきものといわなければならない。
したがって,1審被告らの上記主張は採用することができない。
4 争点(4)(本件小豆融資の違法性及び関与した取締役の責任)について
(1) 1審被告A,同B,同C及び同Eは,本件小豆融資について,投融資会議の構成員として(1審被告Cは担当本部長として,1審被告Aは決裁権者である頭取として),関与したものであるから(ただし,1審被告C以外は,別紙小豆融資一覧表の番号6ないし8のみ。),まず,投融資会議における協議の実情について検討する。
前記前提となる事実(6)ア及びイのとおり,投融資会議は,担当本部長の権限を超える案件(平成8年以前である本件小豆融資及び本件乾繭融資の行われた当時においては,一般取引先授信権限区分によれば,同一人に対する諸貸出共通限度額が30億円を超えるもので,本来,権限規程によれば,頭取,副頭取及び担当本部長の合議により決するものとされている。)を決定するための機関であるところ,証拠(甲3の1,3の2の1・2,甲19の1,乙ロ8の2,証人H,証人K,1審被告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,投融資会議においては,担当本部長が付議し,構成員の協議を経て頭取が決定することとされ,規程上は毎週1回定例的に開催されることとなっているが,通常の案件は書類の持ち回り協議で行うものとされ,実際の運用も持ち回り協議がほとんどであったこと,決定の方法は担当本部長が付議し,構成員の協議を経て頭取が決定することとされていること,持ち回り協議においては,投融資会議構成員に対し,「諸貸出申請書」と題する書類が送付されるところ,その書類中には,申請されている融資の内容が詳細に記載され,必要な資料が添付され,その融資についての担当支店と業務本部の審査役の意見が付されていること,投融資会議に付議される案件については,他の案件と同様に事前に審査役が審査を行っており,審査役の段階で承認すべきではないと判断される案件が投融資会議に付議されることはなく,また,投融資会議に付議される案件は,事前に審査役と担当本部長との協議等による根回しが行われることもあって,不承認とされたことはなかったこと,投融資会議の持ち回り協議は,その構成員が諸貸出申請書に押印をすることによって行うこととされており,札幌所在の構成員から東京所在の構成員に順次送られ,決裁の順序は,他の構成員の押印が揃ってから頭取が決裁印を押捺することが例であり,また,拓銀の業務統括部が昭和61年に作成した融資マニュアルによれば,投融資会議付議案件の申請は11日前(ダブルチェック案件は更に十分な余裕をみる。)必着と定められているが,実際の申請は遅れる場合も少なくなく,特に急を要する場合や構成員の一部が海外出張中で融資予定時期までに帰朝しないような場合等には,頭取の決裁がおりた後に,追認の扱いで事後承認がされることもあったこと,なお,拓銀の融資案件について一定の金額以上の案件については,リスク管理のため,ダブルチェックと称して,融資部(事業調査室)が事前に申請書を検討して,その意見を付すこととなっていたが,リスクのないことが明白な場合には,担当本部長限りの判断によりこれを省略することができることとされていたことが認められる。
(2) 次に,拓銀のミヤシタに対する融資経過について検討する。
証拠(甲10,20,21,41,46,55ないし66,67の1・2,69,75の1ないし3,76ないし80,108,乙ロ15,1審被告C本人)によれば,以下の事実が認められる。
ア ミヤシタは,内装,看板工事を主たる業務として,帯広市に本店を置く会社であるが,大手スーパー長崎屋の内装工事指定業者として,北海道東北地区における長崎屋とその関連会社の内装工事のほとんどを受注し,平成元年以降は年商12億円ないし14億円を挙げていた。
イ 拓銀は,昭和44年ころから,××のL社長の紹介で,ミヤシタとの取引を開始したが,J社長の人柄や言動から,昭和52年の時点で既に要注意先とし,以後,総じて消極的方針を堅持してきたものである。
例えば,ミヤシタは,昭和52年3月,拓銀に対し,手形割引資金として2億円の融資を求めたところ,帯広支店では,ミヤシタとの取引開始が××のL社長の紹介によるものであるため,従来の取引ぶり,業態及び同業者の風評から,基本的には消極方針の取引先であることを挙げつつ,融資の追認を求めた。その短期諸貸出申請書によると,帯広支店としては,このような取扱いは今回限りとするとの意向を示し,本部も,要望事項として,以後の授信は消極とすることを挙げている。この融資の申請書には,当時審査第1部長であった1審被告Eが押印をし,当時担当専務取締役であった1審被告Aも押印をしている。ミヤシタに対する消極方針は,その後の短期諸貸出申請書にも常に明記されており,昭和55年11月まで,審査第1部長であった1審被告Eが押印をしている。
また,J社長は,昭和54年3月,拓銀に求めた融資を帯広支店長から謝絶されたことから,当時副頭取であった1審被告Aにまで電話をかけようとし,結局,当時審査第1部長であった1審被告EがJ社長に電話をかけて事を納めるという騒動があった。
さらに,ミヤシタは,昭和54年7月,北洋銀行が貸出利率を下げたことを理由に拓銀も同様に利率を下げるべきであると申し入れてきた。その際の拓銀の諸貸出利率変更申請書(追認扱い)には,本部記入欄に,「極めて不本意であるが,社長は筋論の通らぬ人物で無用のトラブルを回避するためやむを得ず応諾」と記載され,当時審査第1部長であった1審被告Eが押印をしている。昭和55年9月にも同様の理由により利率の引下げを求められたのに対し,本部では,引下げの範囲を縮減して承認したことがあり,その当時の審査第1部長の1審被告Eが申請書に押印している。
加えて,昭和51年及び昭和57年に作成された短期諸貸出申請書にも,本部記入欄として,J社長の人柄が悪く支店でも苦労している先であること,J社長は自称××の「L社長の一の乾分」と称して怒鳴るゴネ屋で有名な人物であり,役員室とも通々であるなどと記載されている。
このように,拓銀では,J社長の悪しき人物人柄等を考慮して,ミヤシタとの取引を極力消極にとどめる方針を採ってきたものであり,長崎屋関連の商業手形の割引に限定して授信残高を抑制してきた。さらに,拓銀は,昭和62年,ミヤシタから,長崎屋の株式のいわゆる仕手戦に絡む資金の融資を申し込まれたが,上記方針を堅持して,これを謝絶し,その代わりに7億円(昭和63年からは9億円)の運転資金限度枠を設けて,その範囲での融資を行うことにした。
ウ 1審被告Cは,昭和61年11月ないし12月ころ,××の編集長の紹介によりJ社長と知り合い,J社長から,小豆の相場融資を前向きに検討してほしいと頼まれ,その話を帯広支店長等に伝えた。
なお,これに前後して,1審被告Cは,××の記者から,L社長に拓銀の元役員の女性問題を記事にするように命令されて困っている旨の話を聞き,同記者に対し,そのようなことを騒ぐこと自身が××の品位を落とすのでないかなどと説得したことがあった。
そして,拓銀は,平成元年1月,それまでの消極姿勢を一転させ,ミヤシタに対し,上記の運転資金限度枠外で,ミヤシタが昭和62年ころから子会社であるコウシン商事を介して行っていた小豆取引の資金を貸し付けるようになった。これが本件小豆融資の始まりである。
エ ミヤシタは,平成2年3月までに,コウシン商事を介して行っていた小豆取引を手仕舞ったが,莫大な欠損を生じ,この時点で,拓銀に対して16億5000万円の債務が残った。
そこで,J社長は,平成2年10月5日,1審被告Cを訪れ,小豆相場での失敗を取り戻すため,生糸の現物取引を行いたいので,その必要資金として総額15億円の融資を依頼した。1審被告Cは,J社長に対し,話の中味は分かったので,現地の支店長と良く話し合ってほしいと答え,帯広支店に対し,直ちにその旨を伝えた。ミヤシタの構想では,平成2年10月から平成3年春にかけて総額25億円(北洋銀行から10億円,拓銀から15億円)で乾繭現物の相場取引を行い,60%の値上がりが見込めれば,本件小豆融資による損失のほとんどを返済することができるというものであった。この融資については,拓銀が自ら行わずに,子会社のたくぎんファイナンスが取り扱うことになり,平成2年10月23日,拓銀帯広支店からその旨の報告がされ,1審被告D,同C及び同Bがその報告書に押印をしている。
たくぎんファイナンスは,ミヤシタに対し,乾繭相場資金の融資を行い,平成3年2月までに,総額34億円の授信をした。その後,拓銀は,たくぎんファイナンスとの約束に従い,平成3年6月,ミヤシタに対し,たくぎんファイナンスの融資残金24億1500万円を肩代わりするための融資をするとともに,平成4年3月までの間,8回にわたり,乾繭相場の資金として,総額15億2000万円の融資を実行した。本件乾繭融資は,その最後の3回分である。
オ ミヤシタは,平成4年4月以降,延滞となり,平成5年3月時点での貸出残債務総額は,本件小豆融資に係る損失分の16億5000万円に加えて,本件乾繭融資分や前記たくぎんファイナンスの肩代わり分等総額47億円余に上り,担保にとった乾繭の倉荷証券の売却等を行っても,なお34億円余の欠損が生じる見通しとなった。
(3) そこで,本件小豆融資の決裁に至るまでの審査の経緯について検討する。
証拠(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲18,甲32,乙ロ12,証人H,証人I,1審被告C本人)によれば,以下の事実が認められる。
ア 拓銀業務本部第2支店部は,札幌市内の店舗以外の北海道内の店舗を担当しており,その次長兼審査役をしていたH(以下「H」という。)は,審査役として帯広地区を担当していた。
イ Hは,平成元年1月,ミヤシタからの融資案件が担当支店である帯広支店から審査部に上がってくる直前のころ,業務本部第2支店部長であったIとともに,担当本部長であった1審被告Cから呼出しを受け,帯広にミヤシタという取引先があって,支店長が頑張っており,今回,小豆資金について融資案件があるので良く検討してほしいという話を聞いた。Hは,このように個別の新規案件で事前に上司から話があるのは初めてのことであり,また,ミヤシタの案件を扱うのは初めてのことであったが,かねてJ社長の悪評と拓銀としての消極方針を聞いていたので,担当の帯広支店がなぜミヤシタとの取引に積極的になったのか疑問に感じた。
ウ Hは,小豆相場資金の案件を扱うのも初めてのことであったので,前後して帯広支店から上がってきた融資案件について,早速商品取引そのものの仕組から調査を行った。Hとしては,相場に絡む案件で,資金使途が問題であるし,保全面でも担保のほとんどが規程外の添担保(拓銀の貸出業務取扱規程155条によれば,授信権限上無担保として扱うが,審査及び決裁において,実質的な価値を参酌するとされている。)である商品の倉荷証券であることから,問題の多い案件と感じたが,当時の業容拡大の傾向や,1審被告Cから事前の話があったことから,上司の政策的判断による融資と受け止め,形式的に保全の措置が講じられるように申請書をまとめていった。
拓銀に長く勤務しその頭取まで務めた1審被告Aは,相場のある商品取引の買付資金を貸し付けることは異例なことであり,実際上相場資金の貸付けが行われたことはなく,単純な投機を目的とした完全な相場資金であれば,決裁をしなかったと思われる旨供述している。
エ 本件小豆融資のうち,別紙小豆融資一覧表の番号1ないし4の融資案件は,審査手続の過程でダブルチェックが省略されているが,これは,主として,新規案件としては異例なほど融資申請から実行までの日程が短期間であったことに加え,ダブルチェックによる融資部の審査が行われても,必要となる追加資料をミヤシタの側から提供を受けることを期待することができない状況にあったためである。
オ 担保にとる倉荷証券は,拓銀が提携する倉庫業者以外の倉庫業者の倉庫に保管された商品に係るものであり,その枚数が膨大で,逐一裏書を受けることが事務作業として大変であり,その時点ではミヤシタ側の協力も容易には得難いことから,倉荷証券への裏書を留保してこれを預かることにとどめ,必要となったときには,いつでも裏書に協力するとの念書をミヤシタ及び担保提供者となるコウシン商事から差し入れさせることとして,規程に定める倉庫業者への通知と承諾書の徴求も免除して添担保の扱いとしたものである。
カ 本店融資部(事業調査室)は,平成元年2月,このような巨額の融資についてダブルチェックを省略することに疑問を呈し,早急に改善するよう求める意見書を作成している。
(4) 次に,本件小豆融資の決裁状況について検討する。
後掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。
ア 別紙小豆融資一覧表の番号1及び2記載の融資について
(ア) この融資に係る諸貸出申請書(申請日平成元年1月20日,本部起案日同月28日,決定通知書同年2月3日)をみると,限度額又は金額として5億円,実行予定日として平成元年1月23日以降,最終期限として同年4月25日,期間として93日,使途・貸出条件として,①資金使途は,コウシン商事の北海道産磨小豆買付資金への転貸資金6億4300万円に充当すること,②限度外扱いとすること,③保証人の保証限度を14億円に引き上げること,④証書(ユーロ円口)は,ロンドン支店,香港支店又はシンガポール支店を勘定店とする本部指示取引とすること,⑤担保条件として,北海道産磨小豆30キログラム詰め80袋の倉荷証券234枚(時価2億6808万円,実担価格2億1446万4000円)及び融資対象の倉荷証券である北海道産磨小豆30キログラム詰め80袋の倉荷証券554枚(時価6億3102万5000円,実担価格5億0481万7000円)を担保取得すること等が記載され,担保条件補記として,倉荷証券の担保取得方法は,倉荷証券への担保提供者であるコウシン商事の裏書を留保扱いとして,別途念書を申し受け,規程に定める拓銀の契約倉庫会社以外の倉庫会社の発行した倉荷証券を担保取得することを認め,規程に定める担保取得についても倉庫会社宛て通知及び倉庫会社の承諾申受けを免除し,担保について一部規程外扱いがあることから添担保とすること等が記載されているほか,本件扱い後,総授信残高が14億円となり,本件扱い後の保全状況は,根抵当権1億4500万円を考慮すると12億5500万円の保全不足となり,これに加えて倉荷証券7億1900万円を考慮しても5億3600万円の保全不足となるが,このほかにも未登記扱いの9200万円の根抵当権が担保としてあり,保証人のJ社長(保証限度14億円)には1800万円の預金(内定期預金が1700万円)がある旨の記載がある(甲4の1)。
(イ) また,上記諸貸出申請書には,起案備考として,①本件は,ミヤシタの関連会社であるコウシン商事宛て転貸資金であり,その資金をもって小豆買付けをするもので,小豆については,相場商品であり,少なからずのリスクを伴うものであり,ミヤシタの相場観は,中国小豆の凶作や道内作付面積の減少等により相場は堅調推移と読んで買付している模様であること,②本件扱い後の総授信額が14億円であるところ,保全状況は,根抵当権(一部未登記を含む。)実担価格2億3800万円(時価2億6800万円),株式実担価格2億0800万円(時価2億5900万円),倉荷証券(添担保扱い)実担価格7億1900万円(時価8億9900万円)の合計11億6500万円と評価され,2億3500万円の保全不足となり,証書預りの通知預金及び定期預金1億7400万円を考慮しても,6100万円の保全不足となり,株式及び倉荷証券の価格変動リスクのある担保ながら,時価ベースでは資金に見合う担保をとっていること,③既存の授信限度額9億円(株式投資枠,一部小豆買付け)及び本件の5億円の授信(小豆買付け)は,共に銀行融資の対象としては消極であるものの,ⅰ資金に見合う担保を申し受けしていること,ⅱ本件5億円については,融資対象倉荷証券の売却により回収し,ベッタリ化しない点につき申入れ済みであること,ⅲ経営者であるJ社長については,本件文化ホール建設時や西帯ニュータウンへのスーパー出店時にもみられるように,地元での影響力,実力はかなり大きい人物であり,従来同様「保全重視」「使途,回収財源,保全を確認しつつの是々非々」の対応が必要であり,本件については保全より融資可と考えるという趣旨の記載がある(甲4の1・7)。
(ウ) さらに,上記諸貸出申請書には,営業店意見として,①本件は,ミヤシタの関連会社であるコウシン商事が,北海道産磨小豆を購入するに際し,資金調達力の弱い同社に購入資金(購入価格約6億4300万円)を転貸するものであること,②ミヤシタは,長崎屋系列の内装工事関係を一手に受注しているが,当期は好調な個人消費に支えられ,同社系列会社の出店,改装が盛んであったことで,大幅増収となっており,2月決算時点では,売上高1億2000万円,経常利益1500万円を見込んでいること,③来期に向けても順調に受注が入っており,3ないし5月で5億5000万円の工事の受注があること,④保全不足が大きいが,業況好調であり,購入物件の売却も確定していることから,回収財源は確保されること等の記載がある(甲4の3)。
(エ) 上記諸貸出申請書に添付されて1審被告Cに回付された資料の中には,ミヤシタの取引現況表があり,ミヤシタの業種が建設業で,主扱品が室内装飾,ディスプレイであり,昭和63年3月決算期の売上高が8億3100万円,経常利益が1000万円であることが記載されているほか(甲4の2,証人H),ミヤシタ関連預金明細と題する書面があり,これには,保全額は,証書預りの通知預金及び定期預金合計1億7383万7000円,根抵当権1億4578万4000円,未登記扱根抵当権9261万2000円,倉荷証券(既存分234枚)2億1446万4000円,倉荷証券(予定分554枚)5億0481万7000円及び有価証券2億0740万6000円,合計13億3892万円であり,総授信額14億円に対して6108万円の不足となる旨の記載がある(甲4の9)。
(オ) 上記諸貸出申請書には,本件につきダブルチェック案件であるが,省略協議済みと記載され,担当本部長決裁として,1審被告Cが押印をしている。
イ 別紙小豆融資一覧表の番号3及び4記載の融資について
(ア) この融資に係る諸貸出申請書(申請日平成元年2月1日,本部起案日同月2日,決定通知書同月9日)には,限度額又は金額として,それぞれ3億5000万円及び2億円,実行予定日としてそれぞれ平成元年2月2日及び同月6日,最終期限としていずれも同年5月31日,期間としてそれぞれ119日,115日,使途・貸出条件として,①コウシン商事への転貸資金であること,②限度外扱いとすること,③保証人の保証限度を19億5000万円に引き上げること,④証書(ユーロ円口)は,ロンドン支店,香港支店又はシンガポール支店を勘定店とする本部指示取引とすること,⑤担保条件として,北海道産磨小豆30キログラム詰め80袋の倉荷証券1123枚(時価12億9895万6000円,実担価格10億3916万4000円),昭和63年産の中華人民共和国産天津赤小豆60キログラム詰め40袋の倉荷証券127枚(時価1億0186万円,実担価格8148万8000円)及び昭和63年産の中華人民共和国産東北赤小豆60キログラム詰め40袋の倉荷証券77枚(時価4620万円,実担価格3696万円)を担保取得することが記載され,担保条件補記として前記アAと同様の記載がされている。本件扱い後,総授信残高が19億5000万円となり,本件扱い後の保全状況は,根抵当権1億4500万円を考慮すると,18億0500万円の保全不足となるが,このほかにも未登記扱いの9200万円の根抵当権,18億7600万円の倉荷証券が担保としてあり,保証人のJ社長(保証限度額19億5000万円)には1800万円の預金(内定期預金は1700万円)がある旨の記載があり,さらに,営業店意見として,①ミヤシタの子会社であるコウシン商事の小豆買付資金として本件申込みとなったこと,②保全は,1月納会で現物受けした小豆の倉荷証券計1327枚を添担保として申し受けすること,③コウシン商事では,専任のディーラーを設けて手広く商いを行っており,12月末の中間見通しでは,5ないし6億円の利益を上げていること,④添担保扱いではあるが,相応の保全がとれることから,採り上げたいことが,起案備考として,①コウシン商事の小豆買付資金であり,本件扱い後,小豆資金の累計が10億5000万円になること,②本件の倉荷証券の時価が14億4700万円で,実担価格が11億5700万円であること,③保全より融資可と考えること等がそれぞれ記載されている(甲5の1・4)。
(イ) 上記諸貸出申請書に添付されて1審被告Cに回付された資料の中には,主扱品を除き,上記ア(エ)と同旨の記載のあるミヤシタの取引現況表があるほか(甲5の3),ミヤシタ保全状況と題する書面があり,これには,保全額は,通知預金及び定期預金合計1億7383万7000円,根抵当権1億4578万4000円,未登記扱い根抵当権9261万2000円,倉荷証券(既存分788枚)7億1928万1000円,倉荷証券(今回分1327枚)11億5761万2000円及び有価証券2億0740万6000円,合計23億2269万5000円であり,総授信額19億5000万円を5億4653万2000円上回ることとなる旨の記載がある(甲5の7)。
(ウ) 上記諸貸出申請書には,担当本部長決裁として,1審被告Cが押印をしている。
ウ 別紙小豆融資一覧表の番号5ないし7記載の融資について
(ア) この融資に係る諸貸出申請書(申請日平成元年2月2日,本部起案日同月6日,決定通知書同月13日)には,限度額又は金額としてそれぞれ4億円を3口,実行予定日としてそれぞれ平成元年2月6日,同月9日,同月14日,最終期限としていずれも同年5月31日,期間としてそれぞれ115日,112日,107日,使途・貸出条件として,①コウシン商事への転貸資金であること,②限度外扱いとすること,③保証人の保証限度を31億5000万円に引き上げること,④証書(ユーロ円口)は,ロンドン支店,香港支店又はシンガポール支店を勘定店とする本部指示取引とすること,⑤担保条件として,今回コウシン商事が現受けした小豆倉荷証券1111枚のうち700枚(推定時価7億5600万円,実担価格6億0400万円。)を添担保として申し受けし,残りの411枚は後日申受け予定であることが記載され,担保条件補記として,前記ア(ア)と同様の記載がされているほか,本件扱い後,総授信残高が31億5000万円となり,本件扱い後の保全状況は,根抵当権1億4500万円を考慮すると30億0500万円の保全不足となるが,このほかにも,未登記扱いの9200万円の根抵当権,24億8100万円の倉荷証券があり,保証人のJ社長(保証限度31億5000万円)には1800万円の預金(内定期預金は1700万円)がある旨の記載があり,さらに,営業店意見として,ⅰコウシン商事の小豆買付資金への転貸資金としての申込みであり,同社では,従来2222枚の倉荷証券を保有していたが(内拓銀入担2115枚),今回の現受けにより,保有倉荷証券は3333枚になったこと,ⅱ1月末時点でのミヤシタからコウシン商事への短期貸付金は36億円で,拓銀と北洋銀行からの借入金は26億円(商業手形を除く。)であるから,差額の10億円については別途調達している模様であり,小豆買付資金としての貸付けは29億2000万円で,大半は先物市場で運用されていること,ⅲコウシン商事では7月末で手仕舞う予定であるが,5ないし6月から売り始める意向であるので,本件の最終期日はとりあえず5月31日とすること,ⅳ市況は上昇気運にあり,回収財源が明確なことから採り上げたいことが記載されている(甲6の1・5)。
(イ) 上記諸貸出申請書には,起案備考として,①ミヤシタ及びJ社長については長崎屋と太いパイプがあり,ミヤシタが,長崎屋及びその系列会社の内装工事関係を一手に受注し,J社長が,長崎屋持株会の理事長を務めていること,②J社長が代表取締役を努めるサンランド開発が,帯広市民文化ホールのオーナーとなり,それを帯広市に賃貸していたり,西帯ニュータウンへのスーパー出店をめぐって地元企業グループと長崎屋系列のサンドールが競合し,結果的にサンドールの出店が決まったが,この背後にJ社長の影響があったとされているなど,ミヤシタ及びJ社長は地元で大きな影響力を有していること,③ミヤシタの系列会社には,不動産賃貸,管理業を行う株式会社ノアビルディング及びサンランド開発並びに穀物取扱いの仲介業のほか商品相場の取扱いを行うコウシン商事があること,④従前の小豆資金融資の経緯について,コウシン商事への転貸資金として,平成元年1月20日付けで5億円の証書貸付け,同月26日付けで5000万円の手形貸付け,同年2月1日付けで5億5000万円の証書貸付けが申請され,実行されてきたこと,⑤倉荷証券担保について,拓銀の規程では正式担保としているが,本件では,倉荷証券への裏書を留保扱いとして念書を申し受け,拓銀契約倉庫以外の発行した倉荷証券を担保取得することを認め,拓銀担保取得についての倉庫会社宛て通知及び倉庫会社の承諾申受けを免除するという規程外扱いがあるため,添担保としているが,法律上は,譲渡担保として占有が第三者対抗要件であり,実際上も出庫には倉荷証券の呈示が必要なことから,担保としての効力は見込めるものの,担保価値については,価格変動リスクのある担保であり,安全性に若干欠けること,⑥本件扱い後の保全バランスについて,ミヤシタに対する融資のみについてみると,総授信額31億5000万円となるところ,正式担保は根抵当権1億4500万円で,30億0500万円の保全不足となるが,これに添担保(未登記扱いの根抵当権9200万円,倉荷証券24億8100万円,株式2億0700万円。)を含めて考慮すると,保全額合計は29億2500万円となり,2億2500万円の保全不足となり,さらに,時価ベースで考えると,根抵当権1億6700万円,未登記扱根抵当権9200万円,倉荷証券31億0200万円,株式2億9800万円,合計36億5900万円となり,保全額が総授信額を5億0900万円上回ること,⑦本件は,保全面については,倉荷証券を担保に申し受けることにより,裏付けはほぼ確保されていること,小豆相場の動向については,現時点で確固とした判断はできかねるが,過去の推移をみても,1袋の平均単価は1万3000円ないし1万4000円台で底堅い動きを示していること,季節的には5ないし6月がピークとなり,本年もある程度の高値が予想されることから,懸念は少ないと考えられること,借主は,7月に手仕舞う予定であり,比較的短期の取引であり,ベッタリ化しないこと,借主グループの資産状況からみて,万一損失が発生しても,補填については懸念ないものと判断されること,少なくとも,借主は従来拓銀に対して不義理はなかったことから,資金使途等若干問題はあるものの,採上げ可と考えること,⑧今後の対応方針について,借主から,今後の相場動向によっては,更に3ないし5億円程度の追加融資が発生する旨申入れがあるが,拓銀としては,保全重視,かつ使途,回収財源を確認しつつ,是々非々の対応で臨むこと等が記載されている(甲6の2)。
(ウ) 上記諸貸出申請書の添付書類の中には,十勝産の小豆の現物取引の相場表があり,これによれば,昭和61年の相場は,1袋(30キログラム)当たり,高値が1万2000円(1月)から1万6800円(8月)までの間で,底値が1万1400円(1月)から1万5300円(9月)までの間で,平均値が1万1680円(1月)から1万5990円(9月)までの間でそれぞれ推移し,昭和62年の相場は,1袋(30キログラム)当たり,高値が1万3600円(1月)から1万5100円(11月)までの間で,底値が1万3000円(1月)から1万4400円(12月)までの間で,平均値が1万3430円(8月)から1万4620円(12月)までの間でそれぞれ推移し,昭和63年の相場は,1袋(30キログラム)当たり,高値が1万4200円(12月)から1万7600円(5月)までの間で,底値が1万3800円(11月及び12月)から1万6800円(5月)までの間で,平均値が1万4030円(12月)から1万7240円(5月)までの間でそれぞれ推移していたことが分かる。また,上記添付書類には,北海道穀物商品取引所における先物取引約定値段(平均値)の表があり,これによれば,昭和63年5月限月分から平成元年7月限月分までの先物取引相場は,1袋当たり1万2640円から1万5580円までの間で推移していたことが分かる。上記添付書類の中には,小豆の年間国内消費量が150万俵ないし160万俵である旨の記載もある(甲6の2)。
'(エ) 上記諸貸出申請書の添付資料の中には,上記ア(エ)記載のミヤシタの取引現況表がある(甲6の3)ほか,ミヤシタ保全状況と題する書面があり,これには,保全額は,通知預金及び定期預金合計1億7383万7000円,根抵当権1億4578万4000円,未登記扱根抵当権9261万2000円,倉荷証券(既存分2115枚)18億7689万3000円,倉荷証券(2月8日予定分約700枚)約6億0400万円,倉荷証券(2月8日以降予定分約411枚)約3億5500万円及び有価証券2億0740万6000円,合計34億5553万2000円であり,総授信額31億5000万円を3億0553万2000円上回る旨の記載がある(甲6の7)。
(オ) 上記諸貸出申請書には,一部追認扱いとの記載があり,担当本部長である1審被告C,副頭取である1審被告B及び1審被告E並びに頭取である1審被告Aがそれぞれ押印をしている。
エ 別紙小豆融資一覧表の番号8記載の融資について
(ア) この融資に係る諸貸出申請書(申請日平成元年2月20日,本部起案日同月23日,決定通知書同年3月15日)には,限度額又は金額として5億円,実行予定日として同年2月21日,最終期限として同年5月31日,期間として100日,使途・貸出条件として,①コウシン商事への転貸資金,②限度外扱いとすること,③保証人の保証限度を36億5000万円に引き上げること,④証書(ユーロ円口)は,ロンドン支店,香港支店又はシンガポール支店を勘定店とする本部指示取引とすること,⑤担保条件として,北海道産磨小豆30キログラム詰め80袋の倉荷証券17枚(時価1970万円,実担価格1576万円)及び110枚(時価1億2400万円,実担価格9920万円)を担保取得することが記載され,担保条件補記として前記ア(ア)と同様の記載がされているほか,本件扱い後総授信残高が36億5000万円となり,本件扱い後の保全状況は,根抵当権1億4500万円を考慮すると35億0500万円の保全不足となるが,このほかにも,未登記扱いの9200万円の根抵当権,30億4100万円の倉荷証券が担保としてあり,保証人のJ社長(保証限度36億5000万円)には,1800万円の預金(内定期預金は1700万円)がある旨の記載がある(甲7の1・4)。
(イ) また,上記諸貸出申請書には,営業店の意見として,①コウシン商事の小豆買付資金への転貸資金としての申込みで,穀物取引所の2月納会が22日に予定されており,その決裁資金として転貸するものであること,②ミヤシタの業況は,売上高順調に進展しており,決算では売上高12億円,経常利益1500万円を見込んでいること,③コウシン商事では,例年,現受けした小豆をホクレンに転売しており,現在のホクレンの買入価格は1万5500円前後で,ミヤシタの平均現受価格約1万4500円を上回っているが,ミヤシタとしては,中国産小豆不作,新天皇即位で今後一層の高値を予想しており,5ないし6月ころまで保有の後に売却する意向であること,④相応の保全が確保されており,引き続き支援したいことが記載されているほか,起案備考として,(1)コウシン商事の小豆買付資金としての申込みであり,本件により,小豆資金としての貸出額で累計で27億5000万円となること,(2)総授信額36億5000万円に対し,本件扱い後のミヤシタの保全状況は,時価ベースでは,根抵当権(未登記扱いを含む。)2億6800万円,株式2億2900万円,倉荷証券(合計3353枚)38億円,合計42億9700万円,実担価格ベースでは,根抵当権1億4500万円,未登記扱根抵当権9200万円,株式1億8300万円,倉荷証券(合計3353枚)30億3900万円,合計34億5900万円となること,(3)本件保全の大部分を占める倉荷証券には,ⅰ規程に定める拓銀契約倉庫以外の倉庫の発行する倉荷証券を担保として申し受けていること,ⅱ倉荷証券へのコウシン商事の裏書を留保していること,ⅲ倉庫会社と担保取得に関する契約を締結しないこと,ⅳ倉荷証券の担保申受けに当たり,担保品受入通知及び倉庫会社からの承諾書申受けを行わないこと,ⅴ商品価格が下落した場合に追担差入れも含め,ミヤシタがそれに耐え得るか疑問であること等の問題点を含むものであるが,法律的には,質権又は譲渡担保の場合でも,担保差入証を徴求し,譲渡裏書を求めて引渡しを受け,保管するのみで足り,倉庫会社への通知は要件ではないこと,裏書について念書を申し受けていることから,有効と解されるし,経済的には,時価ベースでは保全フルカバーであるが,価格の不安定な商品であるだけに,価格変動のリスクは避けられないものの,過去及び現状の値動きが堅調であること,先物でなく現物を確保していることから,懸念が少ないと考えられること,ⅵミヤシタに対する授信は財テクの一種であるが,商品担保申受けにより,保全が確保されていること,比較的短期の貸出しであること,J社長の実力があることから,採上げ可としたい旨の記載がある(甲7の2)。
(ウ) 上記諸貸出申請書の添付資料の中には,前記ア(エ)と同旨の記載のあるミヤシタの取引現況表があるほか(甲7の3),ミヤシタ保全状況と題する書面があり,これには,保全額は,通知預金及び定期預金合計1億7383万7000円,根抵当権1億4578万4000円,未登記扱根抵当権9261万2000円,倉荷証券(既存分3226枚)29億2674万9000円,倉荷証券(新規127枚)1億1496万円,及び株式1億8487万9000円,合計36億3882万1000円であり,総授信額36億5000万円に対して1117万9000円の不足となるが,株式売却代金5400万円が流動性預金に滞留しており,3月6日期日の手形貸付け5000万円の返済に充当する予定であるので,実際は+3882万1000円となる旨の記載がある(甲7の6)。
(エ) 上記諸貸出申請書には,担当本部長である1審被告C,副頭取である1審被告B及び1審被告E並びに頭取である1審被告Aの各押印がある。
(5) 以上の認定事実に基づき,本件小豆融資に関係した1審被告A,同B,同C及び同Eについて,前記3において説示した銀行の取締役としての善管注意義務等に違反した点があったかどうか検討する。
ア ミヤシタが拓銀から本件小豆融資によって受けた資金をコウシン商事に転貸してコウシン商事に行わせていた小豆取引は,本件小豆融資に係る各諸貸出申請書に「納会」,「現受け」,「手仕舞う」といった先物取引に固有の用語が記載されているだけでなく,このうち別紙小豆融資一覧表5ないし7記載の融資に係る諸貸出申請書(甲6の1)に「小豆買付資金としての貸付け」の「大半は先物市場で運用」と明記されていることからして,その殆どが先物取引であったと認められる。
また,ミヤシタがコウシン商事に行わせていた小豆取引のうちの例外的な現物取引も,別紙小豆融資一覧表8記載の融資に係る諸貸出申請書(甲7の1)に,当該融資を決裁資金として小豆を現受けした上,これを一時保有した後にホクレンに転売する旨が記載されていることからすると,本来的な仲立人等としての現物取引ではなく,コウシン商事が先物取引に伴って現物受けした小豆を相場の変動を待って他に転売したにすぎないものと窺われる。
少なくとも,ミヤシタが拓銀から巨額の融資を受けた上でコウシン商事に購入させた小豆をその購入後直ちに他に転売させたのでは,融資の利息に見合う程の利益を得ることができないことは当然のことであるから,ミヤシタがコウシン商事に行わせていた小豆取引は,その殆どをなす先物取引はもちろん,例外的な現物取引についても,全て相場の変動によって拓銀から受けた融資の利息以上の利益を得ることを目論んだいわゆる相場取引であると認められる。
そして,1審被告Cは,そもそもJ社長から小豆の相場融資を前向きに検討してほしいと頼まれ,これを帯広支店長に伝えるなどしたものであるから,ミヤシタが本件小豆融資によりコウシン商事に行わせようとし,あるいは既に行わせた小豆取引が上記のような相場取引であることを十分認識していたものと認められる。
また,1審被告A,同B及び同Eは,本件小豆融資のうち,別紙小豆融資一覧表の番号5ないし7記載の融資に係る諸貸出申請書(甲6の1)に,当時の残高29億2000万円の小豆買付資金の大半が先物市場で運用されているという極めて異常な記載があるばかりか,コウシン商事が7月末日で手仕舞う予定であるが,5ないし6月から売り始める意向であるので,本件の最終期日はとりあえず5月31日とする旨の当該融資案件についても先物取引の資金として運用されることが明白な記載があり,さらに,同表の番号8記載の融資に係る諸貸出申請書(甲7の1)にも,当該融資案件が2月納会の決裁資金であり,コウシン商事は今後一層の高値を予想しており,現受けした小豆を5ないし6月ころまで保有の後に売却する意向である旨の記載があることなどから,いずれも,これらの諸貸出申請書に押印するに際し,ミヤシタが同表の番号5ないし8記載の融資によりコウシン商事に行わせようとし,あるいは既に行わせた小豆取引が先物取引を含む相場取引であることを当然に認識し,又は認識し得たものと認められる。
したがって,本件小豆融資が投機資金の融資ではないかのようにいう1審被告A,同B,同C及び同Eの主張はこれを採用することができない。
イ ところで,本件小豆融資がなされた当時の銀行法10条2項においても,銀行の行うことのできる付随業務として投資の目的をもってする有価証券指数等先物取引や金融先物取引等の受託が挙げられており,このように銀行自らが相場の変動による利益を目論んだという意味での相場取引を行うことが禁じられていないことからして,また,銀行も営利会社であることからしても,融資先が相場取引を行うための資金の融資が許されないとまではいえない。
しかしながら,一企業が数億円ないし数十億円という単位で行う相場取引は,その企業の損得及び市場における相手方の損得に帰結するにすぎず,国民経済の発展に資するところはなく,少なくとも,銀行法の目的たる国民経済の健全な発展に資することはないというべきであるから,銀行の取締役が相場取引の資金の融資を可と判断した場合に,その判断が前記3に説示したような公共性の観点から是認されるということはあり得ないというべきであるから,その判断が,専ら利息収入,取引機会の拡大,既存融資の回収可能性の増加,当該融資の回収可能性といった収益性と確実性の観点から,銀行の取締役一般に期待される知識,経験を基礎として合理性を欠くものではなかったかどうかという点が問われるべきこととなる。
そして,前記認定の諸事実に照らすと,本件小豆融資については,その実行にあたってJ社長の地元での影響力等が考慮されたかのようであるものの,具体的な取引機会の拡大や既存融資の回収を図るため,あるいは銀行の収益性とも異なる他の要因のためにこれらの融資が行われたとまでは認められないから,拓銀がミヤシタから利息収入を得る見込みがあると合理的に判断される場合にのみその融資はなされるべきであり,上記の見込みに関する1審被告A,同B,同C及び同Eの判断の推論過程及び内容が不合理なものであった場合には,銀行の取締役の裁量として許容される範囲を逸脱して本件小豆融資(1審被告A,同B及び同Eについては別紙小豆融資一覧表の番号6ないし8の融資)を決裁し,又はこれを承認したものとして,上記の善管注意義務等の違反の責めを負うべきことになり,まして合理的な判断の下においては元本の回収すら危ぶまれるという場合には,その融資を決裁又は承認した上記1審被告らは当然に善管注意義務等の違反の責めを負うべきものといわなければならない。
ウ そこで,1審被告A,同B,同C及び同Eにおいて,拓銀が本件小豆融資によりミヤシタから利息の支払を受ける見込みがあり,少なくとも元本の回収が危ぶまれるようなことはないと合理的に判断し得たかどうかを検討する。
(ア) 別紙小豆融資一覧表の番号1及び2記載の融資合計5億円に係る諸貸出申請書に添付されたミヤシタの取引現況表には,ミヤシタの業種が主扱品を室内装飾,ディスプレイとする建設業であり,本件小豆融資が実行された当時の売上高は8億3100万円,経常利益は1000万円である旨や,ミヤシタに対しては,既に9億円の融資枠があり,その使途も株式の購入と小豆買付資金である旨が記載されている。これによれば,ミヤシタが他にも投機的な取引を行っている中で,その経常利益の50倍もの融資について,自らの建設業によって得た利益によってその元利金を弁済することは到底不可能であることが明らかであり,そのことは,上記融資を含む本件小豆融資を決裁又は承認した1審被告Cにおいて,当然に認識し又は認識し得たといわなければならない。
また,その後の融資に係る各諸貸出申請書のすべてにミヤシタの業況の詳細が記載されているわけではないが,これらの諸貸出申請書には,融資と担保の均衡状況に関する説明の記載があるばかりで,ミヤシタがその建設業によって得る利益によって融資の元利金を弁済する見込みがあることを窺わせるような記載はないから,別紙小豆融資一覧表の番号6ないし8の融資を承認した1審被告A,同B及び同Eにおいても,そのような見込みはないことを当然に認識し又は認識し得たといわなければならない。
(イ) 本件小豆融資に係る各諸貸出申請書の中には,ミヤシタの相場観又はこれに影響を受けたものと推認される当該申込書作成者の相場観に言及するものがあるが,このような相場観は的中するかどうかが不分明で,そうであるからこそ相場取引が成り立つのであるから,仮に1審被告A,同B,同C及び同Eが上記のような相場観のみに基づいてミヤシタないしコウシン商事の相場取引による利益によって本件小豆融資の元利金の回収を図り得ると判断したのであれば,その判断は著しく合理性を欠くものといわなければならない。
(ウ) そうすると,拓銀がミヤシタから本件小豆融資の元利金を回収する合理的な見込みがあったというためには,そのための十分な担保が確保されていることが必要であるといわなければならない。
そこで,その保全状況をみると,当初の5億円の融資(別紙小豆融資一覧表の番号1及び2記載の融資)については,既存の貸付分と併せて14億円の融資となるのに対し,担保は13億3900万円で,そのうち7億1900万円分がミヤシタの買い付けた小豆の倉荷証券を担保とするものであり,この新たな5億円の貸付けに伴い追加取得した担保はすべて小豆の倉荷証券であった(J社長の個人保証の増額については,それに見合う裏付があると認め得る証拠はない。)。しかも,その際に新たに担保提供を受けることが予定されていた倉荷証券は554枚で,既存分を併せると788枚(1枚当たり2400キログラムなので,1891.2トン)にも上るところ,諸貸出申請書によると,当時の小豆の国内消費量が年間150ないし160万俵,すなわち1俵当たり60キログラムで計算すると9万ないし9万6000トンであったというのであるから,それを融資期間の3か月以内に売却処分するとすると,国内消費量の約8%(1,891.2÷(90,000÷12×3))の小豆を市場に売りに出す計算となる。その後の融資は更に多くの小豆倉荷証券のみを担保として受け入れるものであって,本件小豆融資により,拓銀が担保として取得した倉荷証券の数量は,最大で3353枚,8047.2トンの小豆にも相当し,最終融資分の融資期間である約4か月間にこれをすべて売却処分すると考えると,国内消費量の約4分の1の小豆を市場に売りに出す計算となる(8,047.2÷(90,000÷12×4))。
本件小豆融資の元利金の回収は挙げて購入した小豆の処分に係るところ,上記のような莫大な量に上る小豆を約定のような短期間のうちに処分するとすれば大幅な値崩れがおこることは必至というべきである。しかも,本件小豆融資に係る各諸貸出申請書によれば,これらの小豆の多くはコウシン商事が先物取引に際して現物受けしたものであり,当初の入庫から相当の期間を経たものと窺われるから,長期間をかけて順次処分したのでは,品質の劣化による価格の下落も免れない状況にあったと推認される。
そもそも,ミヤシタとしては,経常利益1000万円を計上する程度の業況にあったから,本件小豆融資の元利金の弁済は,コウシン商事に購入させた小豆の売却代金の中からこれを行うことを予定していたものと推認されるところ,ミヤシタがコウシン商事に購入させ,拓銀に担保提供した小豆の値下がりにより本件小豆融資の元利金の弁済が困難となった場合には,拓銀が提供を受けた担保そのものも値下がりして,これによる融資の元利金のすべての回収は不可能となるのであるから,小豆倉荷証券は,実質的には,担保としての機能を十分には有しないものというほかはない。
また,拓銀としては,ミヤシタから本件小豆融資の元利金の任意弁済を受けるためには,その弁済前であるにもかかわらず,倉荷証券を担保から解除した上で小豆を売却させなければならないし,弁済期の経過後に担保の実行による強制回収を図ろうとしても,産地も品質も様々な莫大な小豆を管理してこれを適切な時期に適切な代金で売却するのは至難のことであると容易に推察されるところであるから,小豆倉荷証券は,その意味でも,担保としての機能を十分には有しないものといわなければならない。
エ そうすると,1審被告A,同B,同C及び同Eにおいて,本件小豆融資につき拓銀がミヤシタから利息収入を得る見込みがあり,少なくとも元本の回収が危ぶまれるようなことはないと合理的に判断し得るような状況にはなかったものと認められる。
なお,上記の各諸貸出申請書中の記載及び1審被告E本人の供述中には,平成元年当時あるいはそれ以前の小豆の相場は比較的安定をしていたとの部分があるが,本件小豆融資がされた当時のそれは,ミヤシタが買い付けた小豆が市場に出回らない状態での市場における価格にすぎないし,そもそもミヤシタは相場が安定していたのでは取引差益に基づいて本件小豆融資の利息を弁済することはできず,さらに僅かに相場が下降したのみでも元本全部の弁済は困難となるのであるから,当時相場が安定していたとしても,何ら前記判断を左右するものではない。
オ 以上によれば,1審被告Cは別紙小豆融資一覧表の番号1ないし4,6ないし8の融資について,1審被告A,同B及び同Eは同表の番号6ないし8の融資について,いずれもその融資により拓銀がミヤシタから利息収入を得る見込みがあり,少なくとも元本の回収が危ぶまれるような状況にはないと合理的に判断することはできず,他にこれらの融資を行うことが是認されるべきであるといえるような事情もなかったのに,これらの融資を決裁又は承認したものとして,前記の銀行の取締役の善管注意義務等に違反したものといわなければならない。
したがって,上記1審被告らは,本件小豆融資により拓銀が受けた損害について,商法266条1項5号に基づく損害賠償責任を負うものと認められる。
カ なお,1審被告Eは,1審被告Eが諸貸出申請書に押印をしたのは,既に融資のためのユーロ円の手配がされた後であり,また,頭取の決裁後であったから,その時点では当該貸出しの実行を中止させることは不可能であったと主張する。
しかるに,証拠(甲6の1,7の1・10,弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲11,甲12の1ないし3,乙ロ24,25,1審被告E本人)によれば,1審被告Eが別紙小豆融資一覧表の番号6ないし8記載の融資に係る諸貸出申請書に押印を求められた時点では,既に融資の原資となるユーロ円の手配がされていて,その時点ではこれを撤回修正することは拓銀の国際金融社会における信用を悪化させるため事実上不可能な状態であり,また,1審被告Eが出張中であったことから,既に頭取である1審被告Aの決裁が終わっていたことが認められるが,1審被告Eが上記各融資の当時代表取締役副頭取として業務執行権限を有し,また対内的にも頭取に次ぐ重責を担う地位にあったこと,同表の番号5ないし7記載の融資に係る諸貸出申請書(甲6の1)には,当時の残高29億2000万円の小豆買付資金の大半が先物市場で運用されているという極めて異常な記載があったことに照らすと,1審被告Eは,上記の各融資に係る諸貸出申請書を見た時点で,頭取である1審被告Aに対して自らの経験を踏まえたJ社長の人物像や融資の問題点を指摘して,ユーロ円調達後の爾後の融資手続を停止し又は融資実行後においても第1回目の延滞により即時の強制回収を実行するなど,融資の解消に向けたあらゆる措置を講ずるように具申し,あるいは担当本部長の1審被告Cに対してこれらの措置を指示すべきであったと考えられるのに,何らの措置を執ることなく漫然と事後承認の押印をしてこれを放置したのであるから,取締役としての善管注意義務等の違反の責めを免れることはできない。
したがって,1審被告Eの上記主張は採用することができない。
5 争点(5)(本件乾繭融資の違法性及び関与した取締役の責任)について
(1) 本件乾繭融資の決裁状況等について,後掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。
ア(ア) 別紙乾繭融資一覧表の番号1及び2記載の融資に係る諸貸出申請書には,限度額又は金額として2億5000万円,実行予定日として平成4年2月19日以降,最終期限及び期間として実行後1か月内,使途・貸出条件として,①コウシン商事への転貸資金であること,②貸出金額内の分割貸出しを認めること,③担保として不動産添担保(賃貸建物)を取得し,登記留保条項付扱いとすること,営業店意見として,ⅰコウシン商事への転貸資金申込みであること,ⅱ乾繭相場維持のため現物買付けをするものであること,ⅲ今回については,積増しではないため,乾繭証券現物が入ってくる予定(予定枚数333枚)であること,ⅳ乾繭相場については,今年になり,依然1キログラム3000円前後で変化のないこと,ⅴ今後現物での買取りを進め,証券を確保し,本年6ないし7月までには投資を手仕舞いとする予定であること,ⅵ本件支援に当たり,本件文化ホール(建物のみ)を添担保として申し受けておくもので,今回の乾繭の証券と合わせ,保全をとるものであること,ⅶ極力今回をピークと考え,ミヤシタに念達し,早期売却を促すとともに回収を図ることが記載されているほか,本件扱い後,総授信残高が54億6000万円となり,本件扱い後の保全状況は,根抵当権1億8400万円及び有価証券8100万円を考慮すると51億9500万円の保全不足となり,これに加えて乾繭倉荷証券(添担保)23億4100万円を考慮しても28億5400万円の保全不足となる旨の記載がある。そして,上記諸貸出申請書の表紙には,融資の相手方が要注意先である指定管理先(信用リスクが顕在化する懸念のある先,業況不透明先で所管部が指定した先)であることを示す記載がある(甲8の1の1・2,44の1,証人K)。
(イ) また,上記諸貸出申請書には,起案備考として,①乾繭資金(増額扱い)で,現物を買い付けるものであること,②添担保として乾繭倉荷証券333枚(時価2億5800万円)及び本件文化ホール建物(実担価格ゼロ)を申し受けること,③拓銀として,ミヤシタに対し乾繭の最終手仕舞いをさせるために,本件を含む合計5億円を採上げとすること,④資金使途,保全面を勘案し,拓銀の支援は本件が限界(ピーク)であること及び早期に手仕舞いして返済してもらうことを平成4年2月28日にJ社長に対して副頭取(1審被告C)より申入れして頂く予定であること,⑤ミヤシタの総借入額が,同社の年商14億円の7.4倍に相当する104億円に上ること,⑥北洋銀行への利払いがストップしている模様であることが記載されている(甲8の1の1・2)。
(ウ) 上記諸貸出申請書の添付資料の中には,ミヤシタの取引現況表があり,ミヤシタの業種が建設業で,主扱品が内装・室内装飾工事及び看板工事であり,平成3年2月決算期の売上高が14億2500万円,経常利益が1900万円であることが記載されているほか(甲8の2),「(株)ミヤシタ乾繭倉荷受払,売買,保全状況」と題する資料があり,別紙乾繭融資一覧表の番号1及び2記載の融資の実行後,保全として預け入れられている乾繭倉荷証券の枚数は,3015枚で,時価23億4100万円であるから,28億5400万円の保全不足となる旨の記載がある(甲8の3)。
(エ) 上記諸貸出申請書の添付資料の中には,担保品カード(不動産)及びその付表があり,①不動産添担保として差し入れられた本件文化ホールは,登記留保条項扱いであること,②極度額は2億5000万円であるが,建物の時価は42億5033万7000円,40%の担保掛目を適用した後の担保価格は17億0013万4000円であるところ,本件文化ホールについては,帯広市が第1順位の担保権者として63億4738万4000円の担保権(賃借権)を有しているため,第2順位の拓銀が有する根抵当権の実効担保価格は0円となることが記載されている(甲8の5・6)。
(オ) 上記諸貸出申請書及びその添付資料中には,賃借権者である帯広市が支払う賃料額の記載はない(甲8の1の1・2,甲8の2ないし8)。
イ(ア) 別紙乾繭融資一覧表の番号3記載の融資に係る諸貸出申請書には,限度額又は金額として3億5000万円,実行予定日として平成4年3月17日,最終期限として同年4月17日,期間として1か月,使途・貸出条件として,①コウシン商事への転貸資金(乾繭資金)であること,②乾繭売却によって回収すること,③添担保として,本件により買い取る乾繭倉荷証券447枚を申し受けること,④添担保として本件文化ホール(建物のみ)を申し受け,極度額3億5000万円で登記留保条項付扱いとすること,⑤保証人をミヤシタ代表取締役のJ社長とし,一般限度44億円を9億5000万円増額して53億5000万円とすることが記載されており,また,営業店意見として,ⅰコウシン商事(子会社)への転貸資金であること,ⅱ本件は,例月の乾繭市場納会による先物決裁資金であること,ⅲ買い取った乾繭は447枚で,倉荷別に分割され,拓銀に添担保として入担となること,ⅳ今後は,一部倉荷証券を生糸の加工業者へ回し,委託加工して製品とすること,ⅴ乾繭を加工することにより,在庫量の減少と乾繭の品質低下を抑え,乾繭の原価で2800円ないし3200円を維持できること,ⅵ乾繭保有数約3200枚(1枚60キログラム)からすると,キログラム当たりの平均投資額4800円で約46億円,現在の価格に換算してキログラム当たり2800円となり,約26億円で,損失分(含み損)約20億円程度となることが記載されているほか,本件扱い後,総授信残高が58億0900万円となり,本件扱い後の保全状況は,根抵当権1億8400万円及び有価証券8100万円を考慮すると55億4400万円の保全不足となり,これに加えて乾繭倉荷証券(添担保)25億9900万円を考慮しても29億4500万円の保全不足となる旨の記載がある。そして,上記諸貸出申請書の表紙には,融資の相手方が要注意先である指定管理先であることを示す記載がある(甲9の1)。なお,上記のⅵにおいて1枚60キログラムとあるのは,上記のⅵにおける保有乾繭の価格の算定内容及びその結果並びに甲9の3(補申)の記載に照らし,1枚300キログラムの誤記と認められる。
(イ) また,上記諸貸出申請書には,起案備考として,①乾繭資金(増額扱い)であること,②添担保として,乾繭倉荷証券447枚(時価約3億6600万円)及び本件文化ホール建物のみ(実担ゼロ)を申し受けること,③資金の回収について,ミヤシタでは,今後乾繭の一部を生糸に加工し,回収に向ける意向であるが,従来から「本件限り」の約束の下で貸増しさせられてきた経緯にあり,今後の回収に問題を残していること,④乾繭を生糸に加工するメリットとして,品質保持が改善され,保管コストが軽減されることが記載されている(甲9の1)。
(ウ) 上記諸貸出申請書の添付資料の中には,上記ア(ウ)記載のミヤシタの取引現況表があるほか(甲9の2),「(株)ミヤシタ乾繭倉荷受払,売買,保全状況」と題する資料があり,別紙乾繭融資一覧表の番号3記載の融資の実行後,保全として預け入れられている乾繭倉荷証券は,3174枚で,時価25億9900万円であるから,29億4500万円の保全不足となる旨の記載がある(甲9の10)。
(エ) 上記諸貸出申請書の添付書類の中には,補申と題する資料があり,乾繭を生糸にする理由として,①月数の経っている繭については,品質保持のため,生糸に加工することにより,キログラム当たりの価格を維持できること,②安価で買い取った乾繭については,生糸加工により,値を上げることができること,③乾繭の現物の在庫減らしができること,④乾繭にて保管する場合,倉庫料がかかり,経費がかかるが,生糸の場合,現物ができ上がるまで加工業者預りとなり,その間,倉庫料がかからないこと,⑤生糸として製品となった場合,乾繭よりも保管料が極めて安く,諸経費が減少し,負担軽減となること等の記載があり,また,生糸加工による価格の増減について,①乾繭倉荷証券1枚(300キログラム)からとれる生糸の量は,平均すると,その40%の120キログラムであること,②生糸の加工賃は1キログラム当たり3800円,120キログラムで45万6000円であること,③生糸の販売価格は,1キログラム当たり1万0700円から1万2000円,120キログラム当たり128万4000円から144万円であること,④生糸加工をすると,乾繭1キログラム当たり2760円から3280円の販売利益が見込めること,⑤乾繭より安定した価格で売買でき,市場面では,業者が多くなり,流通しやすくなること,⑥ミヤシタ保有の乾繭の平均価格は,1キログラム当たり4800円(諸経費を含む。)で,今後は諸経費部分が減少すること等の記載があるほか,「今,蚕糸繭業界及び繭糸相場市場が最も注目していること。」と題する添付資料には,豊橋,前橋両指定倉庫の在庫は約4000枚あり,これは1か月の製糸使用原料(乾繭使用量)に相当する旨の記載がある(甲9の3)。
(2) 以上の認定事実に基づき,本件乾繭融資に関係した1審被告B,同C,同D及び同Fについて,前記3において説示した銀行の取締役としての善管注意義務等に違反した点があったかどうか検討する。
ア 本件乾繭融資の使途は,コウシン商事による乾繭相場維持のための現物買付け(別紙乾繭融資一覧表の番号1及び2記載の融資)又は例月の乾繭市場納会による先物決裁(同表の番号3記載の融資)であり,いずれも乾繭先物取引に関係するものである。
このような使途の融資は,銀行法の目的たる国民経済の健全な発展に資するところはないというべきであるから,銀行の取締役がその融資を可と判断した場合に,その判断が前記3に説示したような公共性の観点から是認されるということはあり得ず,また収益性と確実性の観点においても,本件乾繭融資が取引機会の拡大や既存融資の回収を図るためになされたことを窺わせるような証拠は存在しないから,本件乾繭融資は,拓銀がミヤシタから利息収入を得る見込みがあり,元本の回収が危ぶまれるようなことはないと合理的に判断される場合にのみ行われるべきである。
イ ところで,別紙乾繭融資一覧表の番号1及び2記載の融資合計2億5000万円に係る諸貸出申請書及びこれに添付されたミヤシタの取引現況表には,ミヤシタの業種が主扱品を内装・室内装飾工事及び看板工事とする建設業であり,本件乾繭融資が実行された当時の売上高は14億2500万円,経常利益は1900万円であること,当該融資実行後のミヤシタに対する総授信残高は54億6000万円であり,乾繭倉荷証券を考慮しても28億5400万円の保全不足となること,ミヤシタが北洋銀行に対する利払いを停止している模様であることなどが記載されていた。
さらに,同表の番号3記載の融資3億5000万円に係る諸貸出申請書には,当該融資実行後のミヤシタに対する総授信残高は58億0900万円であり,乾繭倉荷証券を考慮しても25億9900万円の保全不足となる旨が記載されていた。
すなわち,本件乾繭融資は,ミヤシタが既に膨大な保全不足状態にあり,他の銀行との関係でも信用不安が現実化しつつある中で,総授信残高がミヤシタの経常利益の実に305倍ともなるような融資を行うという異常ともいうべきものである上,回収の可能性はおろか,上記の融資の使途に照らして,これによりミヤシタが利益を得るかどうかは極めて危ういものであったといわなければならないから,十分な保全措置がない限り,本件乾繭融資を承認した1審被告B,同C,同D及び同Fは,その判断が銀行の取締役一般に期待される知識,経験を基礎として明らかに合理性を欠いたものとして,当然に善管注意義務等の違反の責めを負うべきものといわなければならない。
ウ そこで,その保全状況をみると,拓銀は,本件乾繭融資に当たり,新たな担保として,融資対象たる乾繭の倉荷証券(別紙乾繭融資一覧表の番号1及び2記載の融資に際しては333枚,同表の番号3記載の融資に際しては447枚)及び本件文化ホールの提供を受けることになっていた(J社長の個人保証の増額については,それに見合う裏付があると認め得る証拠はない。)。
しかるに,本件乾繭融資に係る各諸貸出申請書には,上記の乾繭倉荷証券の時価は,別紙乾繭融資一覧表の番号1及び2記載の融資に係る333枚が2億5800万円,同表の番号3記載の融資に係る447枚が約3億6600万円である旨が記載されており,これらの合計は6億2400万円と算出される。
また,1審被告B,同C,同D及び同Fは,当時の乾繭価格を前提として,上記の乾繭倉荷証券の時価は,前者の333枚が約3億1968万円,後者の447枚が約4億2912万円(合計約7億4880万円)であったと主張する。
さらに,上記1審被告らは,当時施行されていた蚕糸価格安定法による生糸の最低価格(安定基準価格)に基づき,乾繭の最低価格が1キログラム当たり2640円と計算される旨主張するところ,これによれば,上記の乾繭倉荷証券(1枚当たり300キログラム)の最低価格は,前者の333枚が約2億6373万円,後者の447枚が約3億5402万円の合計6億1775万円ということになる。
しかしながら,本件乾繭融資の融資額は合計6億円であるから,これによってミヤシタがコウシン商事に購入させて拓銀に担保として提供する倉荷証券の時価が6億円を上回るなどということはおよそあり得ない。証拠(甲9の10,甲10,証人H)によれば,ミヤシタは拓銀に対し,別紙乾繭融資一覧表の番号1及び2記載の融資を受けた後,同表の番号3記載の融資を受けるまでの間,予定された乾繭倉荷証券333枚のうち286枚を提供したのみに止まり,さらに同表の番号3記載の融資を受けた後も,予定された乾繭倉荷証券447枚のうち25枚を提供したのみで,残る422枚は最後まで提供しなかったことが認められるところ,その原因は,そもそも本件乾繭融資の融資額合計6億円を超える価格の乾繭を購入することが不可能であったことにもあると考えられる。
そして,仮に諸経費等を度外視して,拓銀が本件乾繭融資合計6億円によって時価合計6億円の乾繭倉荷証券の担保提供を受けることになったとしても,上記1審被告らが主張するように相場が安定して推移していたのであれば,取引差益による利息の回収は期待することができないし,乾繭が融資時の時価よりも下落すれば,たちまちにして元本の回収も危うくなるのである。
したがって,仮にミヤシタが本件乾繭融資により購入し得た全ての乾繭に係る倉荷証券を拓銀に提供していたとしても,本件乾繭融資の元利金は十分には保全されなかったものといわなければならず,この認定に反する上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
エ 本件乾繭融資に当たっては,添担保として,本件文化ホールに登記留保の条件で根抵当権の設定を受けているので,その根抵当権による回収可能性等について検討する。
(ア) 証拠(甲12の1,甲39,甲43,甲81の1,甲82,84,85,87,乙ニ14)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 帯広市は,昭和60年8月ころ,市有地の利用計画を公募した上,株式会社サンランドの策定した利用計画案を採用し,昭和61年7月ころ,株式会社サンランドに対し,後に本件文化ホールの敷地となる土地を,10年間の転売制限付きで売却した。
b そこで,株式会社サンランドは,上記土地上に本件文化ホールを建築し,昭和63年11月ころ,これをJ社長が代表者を務めるサンランド開発に代金35億円で売却した上,30年間その敷地を無償で使用させること,上記売買代金は16年半にわたる分割払いとし,サンランド開発が本件文化ホールを帯広市に賃貸して得る賃料について,その一部を株式会社サンランドが代理受領することにより決裁すること,また,サンランド開発は株式会社サンランドの指定する金融機関が本件文化ホールに根抵当権を設定することに同意すること,サンランド開発は株式会社サンランドの承諾なくして本件文化ホールの所有権移転,賃借権設定,形状変更その他株式会社サンランドに損害を及ぼすべき行為をしてはならないことを合意した。
c 他方,サンランド開発は,帯広市との間で本件文化ホールの賃貸借契約を締結した。その賃料は,建物及び附属諸設備に関しては毎年増額させることが定められた。平成4年における建物及び附属諸設備に関する賃料額は1億2118万7000円である。また,上記の賃貸借契約の中で,サンランド開発は,帯広市の賃借権に優先する抵当権等の担保物権の登記をしてはならないものと定められている。
なお,帯広市は,本件文化ホールにつき平成元年6月9日付けで賃借権設定登記を経由した。
d 株式会社サンランドが,上記売買代金の回収につき,本件文化ホールに担保権を設定せずに,代理受領の方法で帯広市の支払う賃料から回収することとしたのは,帯広市の側で,本件文化ホールに担保権が設定されることに反対をしたためである。
e 本件乾繭融資に先立ち,J社長は,株式会社サンランドに対し,本件文化ホールに拓銀の根抵当権を設定することについての承諾書の交付を求めたが,株式会社サンランドに断られた。
f J社長は,拓銀に対し,別紙乾繭融資一覧表の番号1及び2記載の融資の際には極度額2億5000万円,同表の番号3記載の融資の際には極度額3億5000万円,さらにこれらとは別口で極度額1億6000万円の極度額合計7億6000万円の根抵当権を本件文化ホールに設定する旨を約したが,その後も,当該根抵当権の設定登記手続はとられていない。
(イ) 上記認定のとおり,本件文化ホールの敷地利用権は使用貸借であるが,帯広市が使用する文化ホールとしての性格上,これが根抵当権の実行により他に売却された場合に,地主である株式会社サンランドが新所有者に対して本件文化ホールの収去を求めるとは直ちには考え難い。
(ウ) しかしながら,本件文化ホールについては,帯広市,株式会社サンランド,サンランド開発の権利が複雑に交錯しており,また帯広市としては本件文化ホールに担保権が設定されることに反対する意向を明らかにしていたところ,ここで拓銀が本件文化ホールについて根抵当権設定登記を経由し,その上で根抵当権に基づく競売や賃料に対する物上代位の手続を行った場合,本件文化ホールを巡る帯広市,株式会社サンランド,サンランド開発の権利関係は混乱し,この三者間で種々の紛争を招くだけでなく,担保権の設定に反対していた帯広市と根抵当権の実行手続を行った拓銀との関係も悪化しかねないことが容易に推察される。
(エ) 他方,本件文化ホールについての拓銀の根抵当権の極度額は合計7億6000万円であるから,根抵当権設定登記を経由した上,競売や賃料に対する物上代位の手続を行った場合に弁済を受けられるのは,7億6000万円の範囲に限られる。
したがって,仮に拓銀が本件文化ホールについて根抵当権設定登記を経由した上,競売や賃料に対する物上代位の手続を行ったとしても,最大でも7億6000万円の弁済を受けられるのみであり,また平成4年当時の賃料額(年額1億2118万円,甲85)を基準とすれば,賃料に対する物上代位により7億6000万円を回収するには約6年を要することとなる。
そして,拓銀は,このような長期間にわたる回収行為によって,ミヤシタに対する本件乾繭融資を含む融資に関連する損失の最小化を図ることができるにしても,帯広市との関係が悪化することも懸念されるのであるから,敢えてその回収行為をなすべきであったとまでは認め難い。
(オ) このようなことからすると,本件乾繭融資に係る各諸貸出申請書において本件文化ホールに実効担保価値がない旨が記載されているのは,必ずしも不合理なこととはいえない。
また1審被告B,同C,同D及び同Fは,上記の記載に基づき,本件文化ホールには担保価値がないことを前提として本件乾繭融資を承認したものと推認される上に,実際には物上代位の手続等を行うことによって損失の最小化を図ることができたとしても,拓銀のミヤシタに対する融資のすべてを回収することは到底不可能であったから,拓銀が本件文化ホールについての根抵当権の設定を受けたことによって,本件乾繭融資を承認した上記1審被告らの判断が合理的であったということはできない。
オ 以上によれば,1審被告B,同C,同D及び同Fにおいて,本件乾繭融資につき拓銀がミヤシタから利息収入を得る見込みがあり,少なくとも元本の回収が危ぶまれるようなことはないと合理的に判断し得るような状況にはなかったものと認められる。
そうすると,上記1審被告らは,本件乾繭融資により拓銀がミヤシタから利息収入を得る見込があり,少なくとも元本の回収が危ぶまれるような状況にはないと合理的に判断することはできず,他にこの融資を行うことが是認されるべきであるといえるような事情もなかったのに,この融資を承認したものとして,前記の銀行の取締役の善管注意義務等に違反したものといわなければならない。
したがって,上記1審被告らは,本件乾繭融資により拓銀が受けた損害について,商法266条1項5号に基づく損害賠償責任を負うものと認められる。
カ なお,本件乾繭融資は,いずれも事後決裁により処理されていたものであるところ,1審被告B,同C,同D及び同Fは,いずれも,これについて,何の異議も述べることなく決裁印を押捺しているのである。しかし,本件乾繭融資はいずれも行うことの許されないものであるから,別紙乾繭融資一覧表の番号1及び2の融資の追認を求められた上記1審被告らは,これを拒否し,代表取締役頭取であった1審被告Bにおいては,直ちにその早期回収を指示し,あるいはその弁済期には確実に回収をするよう指示するなどの措置を講じ,さらに,同種の融資申請については必ず事前の決裁を指示してこれを励行させ,もって,更なる不当な融資が事後決裁のもとに行われることのないようにすべきであり,1審被告C,同D及び同Fにおいては,頭取である1審被告Bに対して,そのような措置を講じることを求めるべきであった。しかるに,上記1審被告らは,そのような措置を講じることなく,漫然,融資を追認してこれらを放置したものであるから,本件乾繭融資の実施により拓銀が被った損害の賠償責任を免れるものではない。また,証拠(甲8の1の1・2,乙ニ10の1・2,乙ニ11,12の1・2,乙ニ13,1審被告F本人)によれば,1審被告Fが別紙乾繭融資一覧表の番号1及び2の融資に係る諸貸出申請書に押印を求められた時点では,既に頭取である1審被告Bの決裁が終わっていたことが認められるが,前同様の理由により,その責任を免れる理由とはならない。
6 争点(6)及び(7)(結果発生との因果関係等及び過失相殺)について
(1) 上記認定によれば,本件小豆融資及び本件乾繭融資は,いずれも,関係1審被告がその取締役として負う善管注意義務等に違反する行為の結果,貸付けが実行され,あるいは,これがそのまま放置されたものであるから,その義務違反行為によって貸付けが行われ,あるいは,これが放置された時点で,拓銀には同額の損害が発生したと認められる。したがって,その後,その融資に係る金員が現実に回収された場合に初めて,その損害が填補されたと解することができる。
ところで,本件小豆融資及び本件乾繭融資のうち別紙乾繭融資一覧表の番号3記載の融資を除くその余の融資は,その融資期間が経過する際に,新たに貸付手続が行われているから,形式的にはその融資金は回収されたことになるわけであるが,実質的には拓銀がその融資による損害の補填を受けていない以上は,その損害が弁済されたと認めることはできない。新たな貸付けの決裁が行われたことは,その決裁に関与した者に別途責任が生ずる余地はあるが,そうであるからといって,そのことのゆえに,実際に本件の各融資の決裁に関与して,拓銀から現実の融資を実行することを許容した1審被告らが免責されるいわれはない。
また,この新たな貸付けが1審被告A,同B及び同Cの主張するような更改として行われたといえるような事情を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。
(2)ア 1審被告A,同B,同C及び同Eは,本件小豆融資が回収不能になった原因は,担保倉荷証券の売却代金を従前から融資していた運転資金等の融資の弁済に充てたり,平成2年3月に小豆倉荷証券461枚を無償解除とした上,これをたくぎんファイナンスに差し換えるという違法処理を行ったことによるものである旨主張する。
しかし,銀行取引約定によれば,拓銀が担保として取得した倉荷証券は拓銀のミヤシタに対するすべての債権を担保する根担保としてその提供を受けたものというべきであるから,これを従前からの運転資金等の融資の回収に充てたとしても,それが違法な処理であるということはできない。
また,証拠(甲10,甲99の2)及び弁論の全趣旨によれば,拓銀は,たくぎんファイナンスがミヤシタとの間の小豆相場取引資金の融資に関してミヤシタから受領した小豆倉荷証券を,拓銀自らの本件小豆融資によりミヤシタから受領した小豆倉荷証券とともに一括管理していたところ,従前から,たくぎんファイナンスの倉荷証券の売却代金を拓銀の本件小豆融資の弁済に充当するという処理をしてきたことから,そのことによるたくぎんファイナンスの倉荷証券の減少分を取り戻すために,平成2年3月,拓銀の倉荷証券461枚を無償解除とした上,これをたくぎんファイナンスに差し換えたにすぎないものと認められる。少なくとも,このような処理によって,拓銀が本来小豆倉荷証券により得られたはずの利益を喪失したことを認めるのに的確な証拠は存在しない。
したがって,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
イ 1審被告A及び同Eは,拓銀が平成2年3月22日の時点で本件小豆融資の担保として合計6億0224万円の債権を保有していたかのように主張する。
しかるところ,拓銀の平成2年3月22日の諸貸出申請書(甲99の1・2)に添付された資料であると推認される乙ロ17の3には,同日現在のミヤシタに対する融資の保全状況について,普通預金残高2億2849万4000円,4月入金予定2億3450万円,預り手形1億3925万9000円との記載が存在することが認められるが,普通預金あるいは入金予定などのその記載内容に照らし,これらの合計約6億0224万円の財産は,上記アのとおり拓銀が小豆倉荷証券をたくぎんファイナンスに差し換えてこれを売却する過程で一時的に生じたか,後記(3)のとおり拓銀自らが小豆倉荷証券を処理する過程で一時的に生じたか,あるいは結局拓銀が保有するには至らなかったものであるかのいずれかであると窺われる。少なくとも,上記諸貸出申請書(甲99の1ないし3)の保全状況の記載に照らすと,上記1審被告らが主張するように拓銀が合計6億0224万円の財産を本件小豆融資の担保として取得していたことは認めることはできず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。
したがって,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
ウ 1審被告A及び同Eは,拓銀とたくぎんファイナンスの貸出金額,保全各項目全額が混合計上された旨主張するが,その事実を認めるべき証拠は存在しないから,その主張は採用することができない。
エ 1審被告B,同C,同D及び同Fは,拓銀帯広支店及び札幌第2支店部は,別紙乾繭融資一覧表の番号3記載の融資の決裁条件とされている乾繭倉荷証券447枚を担保とすべきところ,うち422枚を担保としてとることなく貸出しを実行するという基本的ミスを犯した旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,当該融資はコウシン商事による先物決裁のための融資であり,その融資対象たる乾繭倉荷証券が融資の実行前に担保として提供されなかったのは当然のことであり,また融資の実行後にも殆どの乾繭倉荷証券が提供されなかったのは,一つには,いよいよミヤシタとの取引を終えるという段階で,ミヤシタが融資を受けた後に乾繭倉荷証券を任意に提供することに期待を寄せるのにはいささか無理があったこと,また一つには,そもそも合計6億円の本件乾繭融資によって時価合計約7億4880万円相当の乾繭倉荷証券を取得させその提供を受けようとすること自体明らかに不合理であったことによるものというべきである。
このように,拓銀が担保として予定していた乾繭倉荷証券の一部を担保として取得することができなかったのは,上記1審被告らが承認した本件乾繭融資それ自体に内在する原因によるものと認められるから,これが拓銀の他の職員の過誤によるものであるということはできない。
また,拓銀はこの取得できなかった422枚の倉荷証券に関して何らの利益を得ていないのであるから,倉荷証券442枚の価格を損害額から控除するのも相当でない。
したがって,上記1審被告らの上記主張はこれを採用することができない。
オ 1審被告B,同C,同D及び同Fは,本件文化ホールの担保価値を考慮すれば,本件乾繭融資は全額を優に回収できる状況であったとして,この点においても,拓銀の他の職員の過誤によって回収不能となったかのように主張する。
しかしながら,前記のとおり,拓銀が本件文化ホールについて根抵当権設定登記を経由した上,競売や賃料に対する物上代位の手続を行ったとしても,これにより回収し得る額はミヤシタに対する融資のすべてを回収するには至らないものであり,また帯広市との関係悪化が懸念される中で敢えてその回収行為をなすべきであったとまでは認め難く,担当職員が上記の諸手続をとらなかったことがその過誤であるとまではいい難い。
また,拓銀はこの本件文化ホールの根抵当権に関して何らの利益を得ていないのであるから,根抵当権による回収可能額を損害額から控除するのも相当でない。
したがって,上記1審被告らの上記主張は採用することができない。
カ その他,1審被告らは,拓銀に回収業務の懈怠があったことが,本件の各融資の回収不能を来した原因であり,1審被告らの義務違反と結果の発生との間には因果関係がない旨を縷々主張するが,上記のとおり,1審被告らの各義務違反により拓銀にその融資に係る金額相当の損害が発生したものであって,仮にその後の回収の過程で不手際があったとしても,既に発生した損害に消長を来すものではないといわなければならない。
(3) もっとも,証拠(甲23の6・7,114,115の1ないし3,116の1・2,117の1・2,118,119の1・2,120)及び弁論の全趣旨によれば,①本件小豆融資及び別紙小豆融資一覧表の番号9記載の融資の合計残高は,平成元年12月21日時点で10億6000万円であったのが,平成2年3月20日時点では8億4000万円となり,2億2000万円減額していること,②これは,その間に小豆倉荷証券が売却され,その売却代金の中から融資の弁済が行われたことによるものであること,③この小豆倉荷証券の売却代金は,本件小豆融資のうち2億2000万円の弁済に充当されただけでなく,5億3000万円が,運転資金の融資限度枠による7億7000万円(平成元年12月21日時点の残高)の融資の弁済にも充当されたこと,④なお,上記の運転資金の融資限度枠による7億7000万円の融資については,平成2年3月以降も2億4000万円が書換更新されており,小豆倉荷証券の売却代金によって融資限度枠による融資が完済となったわけではないことが認められる。
このように,拓銀が本件小豆融資の担保とした小豆倉荷証券の売却により,本件小豆融資以外の融資に関して5億3000万円の弁済を受けたということは,拓銀が本件小豆融資により得た利益と評価することができないではない。
1審被告A,同B,同C及び同Eの主張は,この趣旨における損益相殺の主張として,その限度では理由があるというべきである。
そして,弁論の全趣旨によれば,本件小豆融資及び別紙小豆融資一覧表の番号9記載の融資の合計残高は8億3960万円(ただし,同表の番号5記載の融資については完済となっている。)と認められるところ,上記弁済額控除後の融資合計残額3億0960万円について,このうち1審被告A,同B,同C及び同Eが責任を負うべき額を,別紙小豆融資一覧表の番号1ないし4記載の合計10億5000万円,同表の番号6ないし8記載の合計13億円及び同表の番号9記載の2億円の総合計25億5000万円中にそれぞれが関与した融資額の占める割合をもって按分して算出すれば,同表の番号1ないし4記載の融資については1億2748万2352円(1審被告Cが責任を負うべき額),同表の番号6ないし8記載の融資については1億5783万5294円(1審被告A,同B,同C及び同Eが連帯責任を負うべき額)となる。
(4) また,拓銀が本件乾繭融資に際して提供を受けた乾繭倉荷証券(別紙乾繭融資一覧表の番号1及び2記載の融資については333枚,同表の番号3記載の融資については25枚)については,平成5年3月10日までにすべて,払い出されて処分されていることは1審原告の自陳するところであり,それらについては,その処分価格について拓銀に弁済があったと推認されるので,小豆について説示したところと同様,損益相殺として1審被告B,同C,同D及び同Fが負担すべき損害額から控除することが相当と判断される。
そして,証拠(甲10)及び弁論の全趣旨によれば,平成5年3月当時,拓銀が保有していた乾繭倉荷証券合計2364枚の処分価格は合計11億8764万円であったと推認されるので,これから本件乾繭融資に係る乾繭倉荷証券の処分価格を計算すると,前者の333枚は1億6729万4467円,後者の25枚は1255万9644円の合計1億7985万4111円と算出される。
そして,弁論の全趣旨によれば,本件乾繭融資の最終合計残高は5億9880万円と認められるところ,これから上記の1億7985万4111円を控除すれば,本件乾繭融資に関して1審被告B,同C,同D及び同Fが連帯責任を負うべき額は,4億1894万5889円となる。
(5) なお,1審被告Eは,争点(7)において,1審被告Eが不在の間に1審被告Eの押印がないまま本件小豆融資を実行した拓銀の担当職員の過失及び債権の回収を怠った者に対する責任追及を怠った過失を考慮した過失相殺がなされるべきであると主張する。
しかしながら,1審被告Eが不在の間にはユーロ円の調達手続きが進行していたにすぎず,その調達を行った拓銀の担当職員に本件小豆融資に係る損害と相当因果関係のある過失があったことを認めるべき証拠は存在しないし,本件小豆融資の回収が十分にできなかったのは,そもそも担保が不十分であったのに本件小豆融資を承認した1審被告Eらの責めに帰すべきことであって,回収に当たった拓銀の担当職員に何らかの過失があったことを窺わせるような証拠は存在しないから,1審被告Eの上記主張は採用することができない。
7 争点(8)(時効)について
(1) 1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,それぞれの拓銀に対する損害賠償債務は商事消滅時効により消滅した旨主張するので,以下検討する。
株式会社の取締役は,会社に対し,会社との間の委任契約に基づく受任者としての善管注意義務(商法254条3項,民法644条)及び忠実義務(商法254条ノ3)を負う。
そして,商法266条1項5号は,取締役が「法令又ハ定款ニ違反スル行為ヲ為シタルトキ」に会社に対する賠償又は弁済の責めを負う旨を規定するものであるところ,上記の「法令」に商法254条3項,民法644条,商法254条ノ3が含まれることは明らかであるから,商法266条1項5号が定める取締役の責任は,取締役の委任契約に基づく受任者としての上記義務の不履行についての損害賠償責任を包含するものであるということができる。
しかしながら,商法266条1項5号の「法令」には,取締役を名あて人とし,取締役の委任契約に基づく受任者としての上記義務を定める商法254条3項,民法644条,商法254条ノ3の規定及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定のみならず,商法その他の法令中の,会社を名あて人とし,会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれるものと解される(最高裁判所平成12年7月7日第2小法廷判決・民集54巻6号1767頁)。
したがって,商法266条1項5号が規定する取締役の責任は,取締役の委任契約に基づく受任者としての義務の不履行についての損害賠償責任のみならず,委任契約とは直接の関係のない取締役の義務の不履行についての損害賠償又は弁済の責任をも包含するものといわなければならない。
すなわち,商法266条1項5号の規定は,会社との間の委任契約に基づく義務であるかどうかにかかわりなく,ひろく取締役としての義務を怠った者が会社に対する損害賠償又は弁済の責任を負う旨を定めたものであると解される。
そうすると,商法266条1項5号に基づいて会社が取締役に対して有する損害賠償等の債権は,仮に取締役との間の委任契約が商行為として締結されたものであるとしても,その商行為たる委任契約そのものによって生じたものとはいえないから,上記債権について,商事債権の消滅時効を定める商法522条の適用はないと解するのが相当である。
したがって,1審被告A,同B,同C,同D及び同Eの上記主張は採用することができない。
なお,付言するに,会社と取締役との間の委任契約は,会社がその機関を成立させることを直接の目的とするものであるから,商人が営業のためにする行為,すなわち附属的商行為には該当しないものと解される。1審被告A,同B,同C,同D及び同Eは,取締役の会社に対する報酬請求につき商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を認めた最高裁判所平成4年12月18日第2小法廷判決・民集46巻9号3006頁を引用して,委任契約が附属的商行為であることは明らかであると主張するが,上記最高裁判所判例は,訴求された報酬請求権が商事債権に該当することについて格別の争いがない事案についてのものであり,事案を異にするというべきである。
したがって,この点においても,1審被告A,同B,同C,同D及び同Eの上記主張は採用することができない。
(2) 1審被告A,同B,同C及び同Eは,それぞれの拓銀に対する損害賠償債務は民事消滅時効により消滅した旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,拓銀と1審原告との間の本件債権譲渡は本件追認なくしても有効と解すべきところ,1審原告が本件訴えを提起したのが平成10年12月15日であることは記録上明らかであり,他方,本件小豆融資及び本件乾繭融資が実行されたのは平成元年1月23日以降のことであるから,これらの融資に係る1審被告A,同B,同C及び同Eの商法266条1項5号に基づく拓銀に対する損害賠償債務の消滅時効期間の起算点を各融資の実行日(あるいはこれに前後する各融資の決裁日)とみたとしても,その後10年が経過する前に本件訴えが提起されたことにより,当該時効は中断したものといわなければならない。
したがって,1審被告A,同B,同C及び同Eの上記主張は採用することができない。
第4 結論
以上の次第で,1審原告の本訴請求(本件小豆融資については当審で減縮した請求)はすべて理由があるからこれを認容すべきであり,原判決の主文第1項ないし第3項はいずれも相当でないが,1審原告は原判決主文第3項(本件乾繭融資に関する損害賠償請求)に対する不服を申し立てていないから,1審原告の控訴に基づき,原判決主文第1項及び第2項を本判決主文第1項(1)及び(2)のとおり変更するに止めることとし,1審被告らの控訴はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤紘基 裁判官 北澤晶 裁判官 石橋俊一)
別紙
小豆融資一覧表<省略>
乾繭融資一覧表<省略>
小豆融資の推移表<省略>