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札幌高等裁判所 平成15年(ネ)278号 判決 2004年2月26日

福岡市博多区博多駅東2丁目9番1号

控訴人

コスモフューチャーズ株式会社

同代表者代表取締役

●●●

同訴訟代理人弁護士

●●●

●●●

札幌市●●●

被控訴人

●●●

同訴訟代理人弁護士

荻野一郎

青野渉

中村歩

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文同旨

第2事案の概要

次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要など」及び「第3 争点及び当事者双方の主張」に記載されたとおりであるから,これを引用する。

1  原判決2頁5行目,3頁19行目から20行目,4頁7行目の「外国為替証拠金取引」をいずれも「「外国為替証拠金取引」」と改める。

2  同4頁20行目の「銀行が銀行との間で」から同頁22行目の末尾までを「銀行と一般企業,銀行と銀行,銀行と為替ブローカー,銀行と個人の間などで行われている。(乙25の26頁,30頁)」と改める。

3  同8頁4行目から19行目までを次のとおり改める。

「 控訴人の自認するところによれば,ワールド・ワイド・マージンFXは,顧客とサマセット社間の,インターバンク(銀行間)レートを基準とした証拠金による外国為替の直物の売り,買いの相対取引である。」

4  同10頁19行目の「ワールド・ワイド・マージンFX」から同頁20行目の末尾までを「ワールド・ワイド・マージンFXが外国為替取引を伴わない差金決済取引であり,私設賭博又はのみ行為であること」と改め,同頁21行目の冒頭に「Ⅰ」を加える。

5  同12頁5行目の次に改行して次のとおり加える。

「Ⅱ 控訴人は,平成10年の外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」という。)の改正により外国為替業務が誰でも可能になったこと(いわゆる為銀主義の撤廃)から,ワールド・ワイド・マージンFXのような取引が合法化された旨主張するが,上記の法改正と相場を指標として計算上の損益を差金決済するワールド・ワイド・マージンFXとは,何の関係もない。為銀以外が外国為替取引を行ってはならないという規制が撤廃されても,賭博をしてはならないという規制には何の改正も加えられていないのである。

そもそも,ワールド・ワイド・マージンFXのような差金取引を合法化するためには,当該取引を合法化する立法が必要である。

また,ワールド・ワイド・マージンFXはデリバティブ商品(金融派生商品)とされているが,デリバティブ商品といっても,市場における公正な価格形成やリスクヘッジという必然性の裏付けがなければならない。

しかるに,ワールド・ワイド・マージンFXは,純粋な人々の射幸心のみを煽るマネーゲームであり,経済的存在理由はなく,合法化の根拠もない。

Ⅲ 控訴人は,被控訴人に対して,ワールド・ワイド・マージンFXが顧客とサマセット社の間のインターバンクレートを基準とした証拠金による外国為替の売り,買いの取引であることを本件基本契約書添付の控訴人作成の説明書3頁以下により説明した旨主張する。

しかし,上記書面には,ワールド・ワイド・マージンFXが顧客とサマセット社との相対取引であることは一切記載されていない。

かえって,上記のとおり顧客に対してサマセット社をオーストラリア認可商業銀行であるなどと説明することと相まって,本件基本契約書全体を通じて読むと顧客の為替取引がインターバンク市場に繋がっているように読める。

控訴人は,本件基本契約書全部を総合的に理解すれば,本件取引が委託取引ではなく,インターバンクレートすなわちその時々の直物相場による通貨の売買であることは明らかである旨主張するが,本件基本契約書を読んでも,ワールド・ワイド・マージンFXの仕組みや追加証拠金,スワップ金利のことなどまったく分からない。

しかも,被控訴人を担当した控訴人従業員●●●は,本件基本契約書添付の控訴人作成の説明書3頁以下について被控訴人に説明した事項としては,ワールド・ワイド・マージンFXという商品名であること,期限がないということ,10万ドルが1つの最低単位でその権利を売ったり買ったりする商品であることなどごく大雑把なことしかなく,スワップ金利の仕組み,支払や追証拠金の支払など重要事項はまったく被控訴人には説明していない。

本件基本契約書のように大部でしかも内容が極めて複雑,一部は英語が混じっているものをほとんど内容を説明することなく渡しただけで,顧客に商品を説明したなどとは到底いえない。

しかも,控訴人は 本件取引はインターバンクレートの気配値を示すロイター通信社の示す数値を参考として,サマセット社が提示するツーウエイプライス(売値と買値を同時に示すこと)に基づいて顧客の注文がなされ,また,顧客もインターバンクレートの動きを参考として指値等を指示する取引であると説明されている旨主張するが,そのような説明は,本件基本契約書ではなされていない。

また,控訴人が引用する本件基本契約書の契約条項4のC,4のE,4のFなども,控訴人が主張するような免責条項であるとか,インターバンクレートという基準値があることが取引の本質であるとか,リスクヘッジの不可能性を回避するために注文を受けることができない場合があるなどという内容であると理解するのは非常に困難である。

契約条項7のB,Cについても,インターバンク市場に直接参加することだけがヘッジの方法に限られないとか,インターバンクレートそのものの取引ではないことを確認するものであるなどとは,一般人に到底理解できるものではない。

むしろ,このような理解困難な条項が契約内容に含まれていること自体がワールド・ワイド・マージンFXが一般人に勧誘することが不適当であることを控訴人が自白しているようなものである。」

6  同14頁20行目の次に改行して次のとおり加える。

「 なお,控訴人は,本件取引が顧客とサマセット社間のインターバンクレートを基準として証拠金による外国為替の売り買いの取引であることなどは,本件基本契約書及び添付の控訴人作成の説明書に記載されており,被控訴人に対する説明がなされている旨主張するが,本件基本契約書等にそのような趣旨の記載がなく,被控訴人に対する説明もなされていないことは,上記(ア)Ⅲで述べたとおりである。」

7  同17頁12行目から15行目までを次のとおり改める。

「Ⅰ 本件取引の仕組みとその正当性,合法性は,平成10年の外為法の改正に由来する。すなわち,平成10年の改正前の外為法は,外国為替業務についていわゆる為銀主義,つまり,公認された銀行のみが外国為替を取り扱うことができる主義を採用していたが,改正法はこれを完全自由化し,誰もが自由に外国為替業務を行うことができるようになった。したがって,外国為替取引において,銀行であるとか公認であるとかはそれほど大きな意味を持つものではない。また,外国為替市場というのも,現在では誰もが自由に取引をすることが可能なのであり,市場への参入資格や参入要件が法定されているわけではない。

後述するとおり,外国為替市場は,いわゆる銀行間のインターバンク市場(卸市場)と小売市場に分けられるが,現在では制度上はこの区別もなく,一般個人も卸市場に参加することに制度上の障害はない。

本件外国為替証拠金取引は,為銀主義の撤廃により誰もが自由に外国為替取引を行うことができるようになったことを契機として制度上可能となった取引である。

外国為替市場といっても,証券や先物商品のような取引所があるわけではなく,市場というのも個別取引の集合にすぎなく,個別取引はすべてが特定の者と特定の者との間の相対取引である。つまり,すべての当事者が市場価格として通信社やマスコミによって発表される価格を参考として,自らの思惑と将来予測に基づいて売り買いを実行するのが外国為替取引である。したがって,本件取引も広い意味ではインターバンク市場内の取引である。

本件取引において,サマセット社は結論的には,インターバンク市場で取引リスクをヘッジさせることができ,実際にもヘッジさせているが,サマセット社が,個別取引ごとに注文をインターバンク市場に取り次いでいるかどうか,インターバンク市場に直接参加しているかどうかは取引の有効性,合法性とは全く関係がない。また,サマセット社は,被控訴人のみと取引しているわけではなく,被控訴人以外の多数の顧客がそれぞれの相場判断に基づいて取引しているのであり,そのこと自体がサマセット社にとってのリスクヘッジであるといえるのであるが,サマセット社は,インターバンク市場で取引可能な銀行,ブローカーとも取引可能であり,いつでもヘッジすることができ,ヘッジの必要なときは実行している。また,十分なヘッジの可能性のないときは顧客との取引ができないこともあり,後に述べるとおり,契約にあたってその旨の説明もなされている。

外国為替証拠金取引の持つ意味のひとつは,インターバンクレートに準じたレートで取引できることにある。外国為替取引の自由化により,誰でも市場に参加できることになったとしても普通一般の個人が外国為替取引市場に参加するには,銀行,証券会社,先物取引会社等の金融関係会社を通じてするしかない。しかし,これは,制度上の問題ではなく,信用力,資金力という事実上の問題である。一般に外国為替市場は,卸売市場であるインターバンク市場と小売市場である顧客市場に分けられるが,インターバンク市場という卸売市場であっても取引所や取引参加資格があるわけではない。また,これらの市場につながっている者とのルートがあれば,いつでもインターバンクレートないしそれに準じたレートで取引することが可能なのである。

本件取引もサマセット社がインターバンク市場で直接又は間接的に取引することを前提として,顧客との間でインターバンクレートに準じたレートで取引を行うものであるが,前述したとおり,サマセット社がインターバンク市場に直接的に参加するかどうか,どういう方法でリスクをインターバンク市場へつなげているかどうかは,サマセット社の裁量により決定されることであり,取引の有効性とは無関係である。

Ⅱ 前述のとおり,本件取引は顧客とサマセット社間のインターバンクレートを基準とした証拠金による外国為替の売り買いの取引であって,その旨は,本件基本契約書添付の控訴人作成の説明書3頁以下にも記載されており,控訴人から被控訴人に対する説明がなされている。また本件取引は上記のとおりに実行されている。

なお,本件基本契約書の前文Ⅰには,「委託者は,ディーラーに対し,口座を開設することを依頼した場合,その時々の直物相場(以下,本件基本契約書においては,直物相場を「FXトレード」と表示している。)によって,特定の通貨を売買することを依頼することができる。」として,本件取引が委託取引であるかの誤解を招くような表現があるが,本件基本契約書全部を総合的に理解すれば,本件取引が委託取引ではなく,インターバンクレートすなわちその時々の直物相場による通貨の売買であることは明らかであるし,控訴人も被控訴人に対してその旨説明し,被控訴人も本件取引がサマセット社との間の,その時々の直物相場による通貨の売買であると思って取引を継続している。

すなわち,本件取引はインターバンクレートの気配値を示すロイター通信社の示す数値を参考として,サマセット社が提示するツーウエイプライス(売値と買値を同時に示すこと)に基づいて顧客の注文がなされ,また,顧客もインターバンクレートの動きを参考として指値等を指示する取引であると説明されている。

つまり,本件基本契約書の契約条項4のCにおいて,「委託者はFXトレードにともなうリスク,またその時々の状況によりディーラーに出した注文が履行できない場合があることに同意すること」とされ,4のEにおいても,「ディーラーは,委託者から受ける注文を履行するよう最善の努力を尽くすものとするが,その時々の市場の状況により注文の執行が不可能な場合がありうる。」とされ,4のFでも,「ディーラーはこれにより,委託者から受ける注文を履行するよう最善の努力を尽くす義務を負う。ただし,その時々の市場状況に従うものとする。」とされており,これらの条項は,本件はインターバンクレートに準じたレートでの取引ではあるが,またその故に,場合によっては注文を執行できない場合がありうることを説明しているのであり,その趣旨は顧客の注文内容をヘッジできる可能性がないときは取引が成立しない場合もあるという,ある意味ではサマセット社の免責条項であり,このような免責条項の存在が,本件取引が常にサマセット社にとって有利な取引でなければ存続し得ないような取引ではないことを物語っている。

サマセット社が自己に有利な価格を提示することに終始すれば,インターバンクレートをはずれたプライスの提示となり,そもそも顧客が受け入れるわけがなく本件取引自体の意味がなくなるのであり,インターバンクレートという基準値があることが本件取引の本質である。

また,サマセット社は原則として顧客の注文を承諾すべき義務があるが,顧客の注文の時期,注文量によってはリスクヘッジの可能性がない場合もあり,これを回避するために,注文を受けることができない場合があることも説明されているのである。

また,契約条項7のBでは「委託者が出すいかなる注文も,関係市場において,またはあらゆる人物および市場に対して直接または間接的に履行される。」とされており,これはサマセット社が顧客から受けた注文を直接,間接に外国為替市場においてヘッジしていることを意味している。いわゆる銀行間のインターバンクに直接参加して取引をすることのみがヘッジの方法ではない。

さらに,契約条項7のCでは,「委託者はFXトレードの取引時点価格は各機関によって異なり,また,刻一刻と変化するので,表示価格で取引を行うことが不可能になる場合があることを了知する。したがって,ディーラーがその時々に表示する価格が可能な最良価格であることに同意する。」とされており,これは,本件取引がインターバンクレートに近いレートでの取引であることが原則であり,サマセット社はそのために最善の努力はするが,インターバンクレートそのものの取引ではないことを確認するものである。

Ⅲ 本件取引におけるサマセット社の義務は,その時々の直物相場による注文を受託することであり,サマセット社はそれを実行している。サマセット社が顧客から受けた注文を自己のリスク負担において受けるか,第三者に取り次いでヘッジするかは,サマセット社の経営判断の問題である。サマセット社は,顧客との個別取引の都度第三者との間で同一取引をしているわけではなく,その必要もないが,リスクヘッジとしての外国為替取引は実行している。

サマセット社送信のファックス(乙21の1,2)には,「本取引は,外国為替法(オーストラリア)に基づく外国通貨取引ではありません」と記載されているが,その趣旨は,本件取引は証拠金による取引で反対売買による差金決済も可能であることから取引ごとに現物の受渡しをしないので,オーストラリアの外国為替法に基づく外国通貨取引ではないというものにすぎず,サマセット社がリスクヘッジとしての外国為替取引を実行しているかどうかとは全く無関係な書面である。

また,上記書面(乙21の1,2)には,スワップ金利が無償の恩恵である旨の説明があるが,その意味は,顧客は現実に支出した証拠金ではなく,契約金額を基準として,通貨の売り買いのポジションを保有しているのみで金利の支払いを受けることができることを説明しているにすぎない。

サマセット社はリスクヘッジとしての外国為替取引を実行しており,常時金利の発生する外国通貨を保有しているのであるから,顧客との間で通貨間の金利差の支払を受けることも許容される。

なお,法律的には,スワップ金利は相対取引における付随特約であり,当事者間の約定に基づく金利の計算なのであり,サマセット社のリスクヘッジの有無とスワップ金利の有効性とは直接関係するものではない。

被控訴人口座の動きを示す元帳(乙38)には,スワップ金利の計算も表示され,この元帳を基にした報告書が被控訴人に送付されている。

Ⅳ 以上のとおり,外国為替取引はすべてが相対取引なのであり,個別取引のみを固定的に観察すればすべての取引が売り主と買い主との間の利益相反取引なのであり,また,不確実性,偶然性という意味では,賭博行為であるが,これは,法律上,外国為替取引が個人にも自由化されていることから違法性が阻却されているのであり,賭博かどうかを論じること自体意味がない。

さらに,上記のとおり,本件取引の本質は,インターバンクレートに準じたレートで取引するということであり,まず,サマセット社がインターバンクレートを参考として売値と買値を同時に示し,その範囲内で顧客は注文し,顧客の注文は原則としてすべて承諾され実行されることに意味があるのであり,サマセット社はこれを誠実に実行して手数料を得ているのである。」

8  同18頁24行目の次に改行して次のとおり改める。

「 なお,上記(ア)Ⅱで述べたとおり,本件取引が顧客とサマセット社間のインターバンクレートを基準とした証拠金による外国為替の売り買いの取引であることなどは,本件基本契約書及び添付の控訴人作成の説明書に記載されており,被控訴人に対する説明がなされている。」

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,被控訴人の請求を認容した原判決は相当であると判断する。その理由は,次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」の「第4 争点に対する判断」に説示のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決23頁24行目の「まず,」から同頁26行目の末尾までを「控訴人が作成したパンフレット,本件基本契約書添付の説明書及びチラシの各記載内容,本件基本契約締結に至る経緯並びに取引の経過等について検討する。」と改め,同24頁1行目から2行目を「甲第2号証,第3号証,第8ないし第10号証,第16号証の1ないし7,第22号証の1ないし3,第29号証,第37号証,第46号証,第47号証,乙第1号証,第3号証,第4号証の1ないし4,第7号証,第14号証,第17号証の1,第21号証の1,2,第29号証,第31号証,第32号証,証人●●●,同●●●,同●●●の各証言,被控訴人本人及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。」と改める。

(2)  同24頁2行目の次に改行して次のとおり加える。

「ア(ア) 控訴人は,ワールド・ワイド・マージンFX(本件取引)について,それは顧客とサマセット社間の,インターバンク(銀行間)レートを基準とした証拠金による外国為替の直物の売り,買いの相対取引であった旨主張する。すなわち,本件取引は,顧客がサマセット社に証拠金を預託した上,同社に依頼して,インターバンク市場でその証拠金の何倍もの額の外国為替取引を行う先物取引的な性質のものではなく,あくまでも顧客とサマセット社間の外国為替の直物の相対取引であった旨主張する。

(イ) しかるに,控訴人は,その作成のパンフレット及び基本契約書添付の説明書(甲第22号証の1ないし3,乙第3号証,第4号証の1ないし4,第7号証)において,ワールド・ワイド・マージンFXについて,「平成10年4月のいわゆる外為法の一部改正により,個人投資家の外国為替相場に対する関心が高まった状況下で,これまで機関投資家のみに開かれていた為替取引に個人投資家にも幅広く参加してもらうための,想定元本を10万ドルとし,証拠金をその3%とする,まったく新しい資産運用の手段としての金融派生商品である。」と紹介していた。それは,ワールド・ワイド・マージンFXは,個人投資家が機関投資家と並んで新たに外国為替市場に参加することを目的とするものであるかのような印象を与えるものであった。

そして,外国為替取引の危険性について,「外国為替取引は,少ない証拠金で予め合意された倍数に相当する金額の取引が行われる。このために,多大な利益を得ることができると同時に,多大な損失が生じる危険性がある。」とし,「為替相場の変動に応じ,当初預託した取引証拠金では足りなくなり,取引を続けるには追加の証拠金を新たに預けなければならなくなることもある。また,一旦証拠金を追加した後に,さらに損失が増え,預託した証拠金が全部戻らなくなったり,それ以上の損失となることもある。」などと,ワールド・ワイド・マージンFXがあたかも外国為替市場における先物取引であるかのごとき印象を与える説明をしていた。

控訴人は,その一方で,ワールド・ワイド・マージンFXが1日単位で決済される直物為替取引であると説明しながらも,「取引契約を行った翌営業日にその契約を乗り換える(ロールオーバー)という行為を繰り返すことによって,決済期限を設けることなく,また受渡し決済を行わずいつでも反対売買によって差金決済を行うことができ」るという仕組みのあることを説明して,顧客をして,本来は為替取引の契約日の2日後に直物取引の決済をすべきところを,現実にはその日には円あるいはドルの受渡し等の決済をせずに,その後の反対売買によってその間の価格差を決済するにすぎない状況、すなわち直物の為替取引を先物取引と誤認せしめかねない状況を作出していた。

その上で,控訴人は,基本契約書添付の説明書の取引要項で,「限月」だとか,「呼値」だとか,「手数料」だとか,「証拠金」だとか,「値幅制限」だとかの先物取引にあたって使用する用語の説明を行い,また為替取引用語の解説だとして,同様に,「ストップ・ロス」だとか,「ヘッジ」だとか,「追加証拠金」だとかの先物取引にあたって使用する用語の解説を行い、本件取引の勧誘の文書において,本件取引があたかも先物取引であるかのごとく誤認しかねない文言を多用していた。

そして,これらのパンフレット,基本契約書添付の説明書等において,控訴人は,ワールド・ワイド・マージンFX(本件取引)が実は顧客とサマセット社間の1対1の相対取引であるとは,一言の説明もしていなかった。

その上で,控訴人は,「本件取引を通じてサマセット社(オーストラリア政府認可商業銀行)が預かる顧客の資産は,完全分離保管制度の適用対象となるので安心して取り引きできる」旨を謳っていたが,サマセット社はオーストラリアの登録された証券ディーラーであって,同政府認可商業銀行ではなく(甲第16号証の1ないし7),またサマセット社は,その自認するところによれば,顧客からの証拠金を会社の固有財産とは分離して保管していたにすぎないものであり,サマセット社の私的な取引にすぎない本件取引に,あたかも日本における預金保険制度を思わせるような,公的な顧客の資産保護のための「完全分離保管制度の適用」なるものは制度的に存在していなかった。したがって,この謳い文句は,顧客をして,本件取引が公的な資産保護の下にある安全なものであるかのごとく惑わしかねないものであった。

(ウ) サマセット社と顧客との基本契約書(乙第3号証)において,サマセット社は自らをディーラーと称し,顧客を委託者と称していた。

委託者はディーラーに対し,口座を開設することを依頼した場合,その時々の直物相場によって,特定の通貨を売買することを依頼することができ,委託者はディーラーが委託者の直物相場用に開設した口座を維持し,取引を受託することを依頼するものとされている(契約条項前文Ⅰ)。

委託者からの注文に関しては,委託者は直物相場に伴うリスク,またその時々の状況によりディーラーに出した注文が履行できない場会があることに同意し,ディーラーは,委託者から受ける注文を履行するよう最善の努力を尽すものとするが,その時々の市場の状況により注文の執行が不可能な場合もあり,その時々の市場状況に従うものとされている(契約条項4C,E,F)。

そして,委託者が出すいかなる注文も,関係市場において,または,あらゆる人物及び市場に対して直接又は間接的に履行されるとされている(契約条項7B)。

また,小口化と低廉な取引コスト[売買手数料・通貨交換手数料等],インターバンク市場において顧客が本当に有利に取引できるのがワールド・ワイド・マージンFXの最大の特徴であるとも説明されている(冒頭「直物為替取引とは」の部分)。

証拠金については,委託者は新口座を開設する前に最低預託金をディーラーに預託しなければならず,また,委託者は契約の内容に従った運用を確保するため,ディーラーが必要とする必要証拠金を維持し,必要証拠金の価値が減じた場合にはディーラーが指定する期日までに追証拠金を預託し,預託金を元の額の100パーセントに回復しなければならないものとされ(契約条項5B),ディーラーが単独の裁量によって必要と判断した場合,もしくは増額証拠金が必要であると決定した場合,委託者は必要とされた額に基づきディーラーに増額証拠金を預託することに同意するとされている(契約条項5C)。

また,取引口座には必要な証拠金として最低3000ドル以上が残高としてなければならず,市場の値動きが顧客の建玉に対して,不利な方向に変動し,「値洗い」計算(毎日ニューヨーク市場現地時間午後3時の値段を以て行い,前日までの値洗い損益,スワップ金利,取引損益金の差引きを含む。)の合計が損計算となり,その合計額が建玉必要証拠金合計額の30パーセント以上となったときサマセット社は,IB(イントロデューシング・ブローカー)である控訴人を通じて,その連絡(「追証通知書」については必要が生じたその都度サマセット社より顧客宛に直接送る。)をするとも説明されている(冒頭「ワールド・ワイド・マージンFX商品説明」部分及び「為替取引用語の解説」部分)。

手数料については,ディーラーは委託者に対し,その取引についてディーラーが定める委託手数料を科すこととされている(契約条項12B)。また,手数料はドルで引き落とされ,1枚(10万ドル)あたり片道100ドルであるとも説明されている(冒頭「ワールド・ワイド・マージンFX取引要項」部分)。なお,委託手数料は,取引を委託した場合に発生するものである。

スワップ金利については,ディーラーは委託者に対し,その未決済建玉についてもその時々のレートに応じた比率でスワップ金利及び必要とあればその他の費用を科すことができ,委託者の口座の損金残高に対しては,単純日割りベースで北米の当時有効なプライムレートを年率3パーセント上回る利息で請求が行われるとされている(契約条項12B,C)。また,そのポジションによってドルと円の金利差相当分を相場の値動きに関係なく口座に積み立てられる[ないしは口座から引き落とされる]こととなるとも説明されている(冒頭「ワールド・ワイド・マージンFX商品説明」部分)。

清算については,委託者はその口座清算時にドル建てのすべての差引勘定の支払を受諾することが義務付けられており(契約条項5A),閉鎖時の委託者の口座に残った差引勘定は,委託者がその旨の通知を受け取ってから4営業日が経過するまでに,迅速に行わなければならないとされている(契約条項10A)。また,顧客がポジションを手仕舞った時には自動的にロールオーバーはストップされドルで差金決済が行われる,現受け[1枚につき10万ドル相当分の円をご用意ください]することもできるとも説明されている(冒頭「ワールド・ワイド・マージンFX商品説明」部分)。

リスク等については,外国為替取引は顧客の外貨建資産における外国為替相場の変動リスクを防ぐ手段として活用すれば非常に便利なものであるが,思惑により利益を追求するといった投機的な手段として利用した時,多大な利益を得る機会があると同時に,元本以上の損失が生じる危険性もある,外国為替取引は少ない証拠金で予め合意された倍数に相当する金額の取引を行うため,多大な利益を得ることができると同時に,多大な損失が生じる危険があるなどと説明されている(冒頭「外国為替取引の危険性について」の部分)。

また,サマセット社(オーストラリア政府認可商業銀行)が預かった顧客の資産については,完全分離保管制度の適用対象となるので安心して取引できると説明されている(冒頭「ワールド・ワイド・マージンFX商品説明」部分)。

以上のとおり,サマセット社と被控訴人との本件契約書においても,ワールド・ワイド・マージンFX(本件取引)が,サマセット社と被控訴人との相対取引であるとの説明は一切なく,逆にそれがインターバンク市場において,ディーラーであるサマセット社を通じて,顧客(被控訴人)が有利に取り引きできるためのものである旨の虚偽の説明がなされていた。

(エ) 顧客とサマセット社との取引は,顧客が控訴人の社員を通じてサマセット社にドルの売り買いの注文を出すというものであり(証人●●●,同●●●),その取引明細は,あたかもインターバンク市場での取引実績であるかのごとき外観で,1週間ごとに顧客に対し英文で報告されていたとはいうものの(乙第14号証。英文であるため顧客にとってその取引明細の内容を理解することは困難であった。),実はサマセット社は売買の仲介者(ディーラー)ではなく,売買の相手方当事者であったのであるから,サマセット社は顧客からのドルの売り買いの注文をインターバンク市場に取り次いではいなかった。したがって,サマセット社と顧客との取引明細なるものは,顧客の理解の不十分さと相俟って,サマセット社の手によっていかようにも操作されうるものであった。」

(3)  同24頁3行目冒頭の「ア」を「イ(ア)」と,同頁7行目冒頭の「イ」を「(イ)」と,同頁14行目冒頭の「ウ」を「(ウ)」と,同頁17行目冒頭の「エ」を「(エ)」と,同25頁3行目冒頭の「オ」を「(オ)」とそれぞれ改める。

(4)  同25頁23行目の次に改行して次のとおり加える。

「(カ) 被控訴人は,平成13年8月16日,控訴人に対し,本件基本契約に基づく証拠金として100万円を交付し,ワールド・ワイド・マージンFXの取引を開始した。

同年9月4日には,控訴人の担当者が●●●から畠●●●(以下「畠●●●」という。)に代わったが,被控訴人は,控訴人に対し,本件基本契約に基づく証拠金として,担当者交代前には,上記の同年8月16日の100万円を含めて合計900万円を,担当者交代後には,合計1800万円を交付している。

これらの証拠金合計2700万円のうち1600万円は,被控訴人が保険を担保に郵便局から借り入れた500万円と住友生命から借り入れた1100万円とが充てられた。

(キ) 控訴人のコンピュータ等に残された記録の上では,原判決別紙売買取引一覧表(数値)記載のとおり,控訴人を介して,被控訴人とサマセット社との間で,証拠金によるドルの外国為替取引が行われたことになっている。

ただし,サマセット社が被控訴人を含む顧客との間で外国通貨の現物取引をしたことは全くない。

(ク) 被控訴人は,ワールド・ワイド・マージンFXの取引を開始した後の平成13年9月15日に肺気腫のため●●●病院に入院し,その後躁うつ病の疑いが生じたことから同年10月20日に●●●病院で受診し,同月31日から躁うつ病(うつ状態)の治療のため同病院に入院した。

被控訴人が●●●病院で受診した同月20日ころ,被控訴人のワールド・ワイド・マージンFXの取引は,控訴人のコンピュータ等に残された記録の上では,原判決別紙売買取引一覧表(数値)の番号1ないし9の売買注文と反対売買による決済がなされた状態にあり,4万5757ドル91セント(当時のレートで約550万円)の益金を生じていた。

被控訴人は,そのころ,控訴人従業員の畠●●●に対し,証拠金のために借金をしているので,証拠金に益金をつけた3200万円を一旦返してほしい旨を話し,畠●●●はこれを了承した。

畠●●●は,被控訴人に対し,同年12月11日ころにはサマセット社から金員が支払われる旨のメモ(甲第2号証)を交付し,さらに同月25日,被控訴人の妻である●●●から電話で事情を尋ねられて,サマセット社からの振込が遅れているのは,同社がリテール銀行ではなく商業銀行であるためで,半年遅れた例もあるが,翌年1月10日には支払われる旨を述べた。

畠●●●は,●●●と電話で話した翌日の平成13年12月26日,被控訴人にドル買い注文を勧め,原判決別紙売買取引一覧表(数値)番号20の取引をさせ,その後,上記の3200万円の支払については言葉を濁すようになった。

被控訴人は,控訴人との交渉を本件訴訟代理人に委ね,同代理人は,平成14年3月8日付け通知書(甲第8号証)をもって,控訴人に対し,ワールド・ワイド・マージンFXの未決済の建玉は直ちに仕切るよう通知した。

控訴人は,同月11日付け内容証明郵便(甲第9号証)をもって,被控訴人に対し,ワールド・ワイド・マージンFXの取引により6103ドル35セントの不足金が発生しているとして,これを至急支払うよう求めるに至った。控訴人及びサマセット社から被控訴人に対して上記の3200万円は支払われていない。

以上のとおり認められる。」

(5)  同25頁24行目から同28頁6行目までを削除する。

(6)  同28頁7行目の冒頭から同34頁7行目の「認められる。」までを次のとおり改める。

「(2) 以上判示したところに基づき検討する。

ア ワールド・ワイド・マージンFX(本件取引)は,控訴人の自認するとおり,顧客とサマセット社間の,インターバンク(銀行間)レートを基準とした外国為替の直物の売り買いの相対取引であった。

しかるに,控訴人は,ワールド・ワイド・マージンFXのパンフレット及び本件基本契約書等の書面及び被控訴人に対する説明において,ワールド・ワイド・マージンFXが,顧客とサマセット社間の外国為替の直物の売買の相対取引であることは一言も説明せず,逆に個人投資家が機関投資家と並んで新たに外国為替市場に参加する先物取引であるかのような印象を与える説明をしていた。すなわち,ワールド・ワイド・マージンFXとは,「委託者」である顧客が,「ディーラー」であるサマセット社に証拠金を預け入れた上,サマセット社に対し,その時々の直物相場によるドルの売買を委託し,サマセット社はインターバンク市場において顧客の注文を履行し,その後の反対売買により顧客との差金決済をするという趣旨の説明であった。

それは,ワールド・ワイド・マージンFXが,顧客とサマセット社間の直物の相対取引であるとすれば,本来は不要な,取引証拠金の制度の説明(これが相対売買当事者の一方である顧客からその他方のサマセット社に対してのみ預託が義務付けられる合理的な根拠は認め難い。),あるいは取引証拠金に基づく本件取引のハイリスクの説明(この説明は直物の相対取引にはそぐわない。),そのための顧客が直物の相対取引を先物取引と誤認しかねないロールオーバーという仕組みの作出,また上記ワールド・ワイド・マージンFXの勧誘文書にみられる先物取引用語の多用,そして何よりも本件基本契約書において,顧客を委託者と呼び,サマセット社は自らをディーラーと呼んでいること等に端的に現れていた。

そして,控訴人は,上記勧誘文書において,サマセット社はオーストラリアの登録された証券ディーラーにすぎないのに,同社を同政府認可商業銀行である旨の虚偽の記載をし,また,本件取引が「完全分離保管制度の適用対象」となるなどと,あたかも私的な取引である本件取引が公的な保護の対象となるかのような誤解を与えかねない記載をしていた。

以上のとおり,控訴人は,ワールド・ワイド・マージンFXの販売に当たって,最も基本的な部分について虚偽の情報を提供し,あるいは最も重要な情報を隠蔽していたものというべきである。

イ ところで,上記のとおり被控訴人とサマセット社との間では外国為替の委託取引が行われていないのに,本件基本契約書等控訴人作成の書面においては,サマセット社が委託手数料を徴求するものとされており,弁論の全趣旨によれば,上記(1)イ(ク)のとおり控訴人が被控訴人に対して平成14年3月11日付け内容証明郵便(甲第9号証)をもって支払を求めたワールド・ワイド・マージンFXの取引による不足金は,原判決別紙売買取引一覧表(グラフ)記載の委託手数料総合計6万1800ドルを徴求することを前提に算出されたものと認められる。

また,サマセット社は被控訴人の委託に基づく外国為替取引を行っておらず,上記第2の2(7)エのとおり外国為替取引において交換取引の対象となる通貨間に金利差があるというスワップ金利の発生根拠を欠くのに,本件基本契約書等控訴人作成の書面においては,取引に伴ってスワップ金利が発生する旨記載されている。なお,控訴人は,サマセット社はリスクヘッジとしての外国為替取引を実行しており,常時金利の発生する外国通貨を保有しているのであるから,顧客との間で通貨間の金利差の支払を受けることも許容される旨主張するが,本件において顧客との外国為替取引のための通貨の調達とそれに伴う2通貨間の金利差相当の負担または利得をおよそ観念し得ないのに,単にサマセット社が保有する通貨と顧客と取引した通貨との間に金利差があることによりスワップ金利が発生するとするのは合理性がなく,正当な取引とは認められない。

さらに,上記(1)イ(ク)のとおり,控訴人従業員の畠●●●は,被控訴人から証拠金と益金の合計3200万円の支払を求められて一旦はこれを承諾したのに,商業銀行であるサマセット社の振込手続が遅れているなどと弁明し,被控訴人に新たな取引を勧めて注文を取り付けた後は言葉を濁し,結局上記の3200万円は控訴人及びサマセット社から被控訴人に支払われていないものであるところ,弁論の全趣旨によれば,控訴人が被控訴人に対し本件訴訟で主張するとおりワールド・ワイド・マージンFXがサマセット社との相対取引である旨を告げていたならば,被控訴人は,控訴人に尋ねるなどしてサマセット社が通常の銀行ではないことを確認した上,自らと利益相反関係にあるサマセット社が容易に証拠金と被控訴人の益金を支払うことはなく,また,控訴人が被控訴人に有利な,したがってサマセット社に不利な取引を勧めるはずもないことに気づき,委託手数料の支払やスワップ金利の発生に根拠がないことと相俟って,そもそも本件のワールド・ワイド・マージンFXの取引を開始しなかったであろうと推認されるところである。

ウ 以上のとおり,控訴人は,被控訴人に対し,ワールド・ワイド・マージンFXの販売に当たって,顧客に対し,最も基本的な部分について虚偽の情報を提供し,あるいは最も重要な情報を隠蔽していたというべきであるから,本件取引について控訴人には被控訴人に対する不法行為が成立するものというべきである。

被控訴人は,上記の控訴人の不法行為によって,上記第2の2(5)の証拠金相当額合計2700万円の損害を被ったものと認めることができる。」

(7)  同34頁13行目冒頭の「(6)」を「(3)」と改める。

2  よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本慶一 裁判官 北澤晶 裁判官 石橋俊一)

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