札幌高等裁判所 平成15年(ネ)307号 判決 2004年2月27日
福岡市博多区博多駅東2丁目9番1号
控訴人
コスモフューチャーズ株式会社
同代表者代表取締役
●●●
同訴訟代理人弁護士
●●●
札幌市●●●
被控訴人
●●●
同訴訟代理人弁護士
荻野一郎
同
青野渉
同
中村歩
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
本件は,被控訴人が,控訴人に対し,控訴人の仲介によって外国法人との間で外国為替に関連する金融派生商品に関する取引を開始したものの,控訴人が同取引の実態を秘し,あるいは,被控訴人に対する適切な説明をしないまま被控訴人を取引に勧誘するなどしたことによって,被控訴人に総額1876万0616円の損害を被らせたとして,選択的に不法行為(民法709条,715条),金融商品の販売等に関する法律(以下「金融商品販売法」という。)4条又は不当利得(民法703条,704条)に基づいて,1876万0616円(金融商品販売法4条に基づく請求額は1669万7725円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年5月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
1 争いのない事実及び各項掲記の証拠から容易に認められる事実
(1) 当事者等について
ア 被控訴人は昭和22年生まれの無職の女性で,平成14年1月から同年4月当時,肩書住所地に母及び高校生の娘と同居して生活していたが,母は同年6月に死亡した。被控訴人は,平成14年1月当時,銀行預金及び郵便貯金のほか生命保険契約上の債権を有していた。また,被控訴人は,平成元年4月から平成10年12月まで,●●●証券札幌支店との間で株式(●●●株)・公社債等の取引経験があったが,外国為替関連金融商品の取引経験はなかった。
(甲31の1,乙9の1から7,原審における被控訴人)
イ 控訴人は,昭和27年に設立された株式会社で,平成14年当時は,商品取引所を通じての先物取引の仲介業並びに国内の証券取引所に上場,取引されている有価証券の売買及び売買の媒介・取次ぎ・代理等のほか外国為替取引に係る売買及び売買の媒介・取次ぎ・代理を業とし,大阪市,東京都及び札幌市に支店を設置していた。小●●●(以下「小●●●」という。)は,平成14年当時,控訴人札幌支店国際金融部の課長として,田●●●(以下「田●●●」という。)は,同国際金融部の副部長として営業を担当していた。
(甲1,2,原審における証人小●●●,弁論の全趣旨)
ウ サマセットアンドモーガン社(現地現商号 SOMERSET & MORGAN LTD.)は,1998年(平成10年)7月24日,オーストラリア国内の金融法人法(Financial Corporations Act1974)に準拠して設立され,登録された(registered)金融市場会社(Money Market Corporations)である(以下,同社を「サマセット社」という。)。サマセット社は,設立当初は閉鎖会社(proprietary company)であったため,設立当初の商号はSOMERSET & MORGAN PTY. LTD.であったが,1999年(平成11年)8月6日,公開会社(public company)に転換して現商号に商号を変更しものの,2002年(平成14年)4月現在の同社の発行済み株式255万8163株(払込金255万8163オーストラリアドル)は,●●●(登録役員名は●●●)が全株式を保有していた。サマセット社は,1999年(平成11年)1月19日,オーストラリア証券・投資委員会(Australian Securities and Investment Cmmission)から証券取引業の免許(Dealers Licence)を与えられ,オーストラリア内国法上,同委員会による監督・規制を受けるが,顧客からの預金受入れを業とする銀行業の認可を受けた機関ではない。そのため,オーストラリアの銀行及び保険会社等の経営健全性維持規制を担当する機関(APRA: the Australian Prudential Regulation Authority)の監督・規制対象会社ではない。すなわち,サマセット社はオーストラリア国内法上,預金受け入れを業とする銀行として認定又は認可(Authorised)を受けてはいないし,預金受け入れ業の有免許者(licencee)でもない。
なお,オーストラリア内国法上,顧客からの預金受入れを業としない金融市場会社(Money Market Corporations)であっても邦訳の「商人銀行(あるいは商業銀行)」に相当し得るMerchant Bank又は「投資銀行」に相当し得るInvestment Bankの呼称を使用することは差し支えないものとされているが,同呼称は,当該会社が我が国における銀行と同様に顧客からの預金を受け入れることを業とすることを認定又は認可され,かつ,預金者保護等の業務の安全性・健全性について,中央銀行(オーストラリア準備銀行:the Reserve Bank of Australia)又は公的な銀行業務監視機関(上記APRA)からの監督・規制を受けるものであることを意味せず,英国法系では,投資銀行業務や買収仲介業務等を業とする会社の名称として使用されるのが一般である。
また,サマセット社の平成14年4月現在の役員登録には,取締役(Director)及び秘書役(Secretary)が登録されてはいるものの,我が国の監査役に相当する会計監査役(Auditor)は登録されておらず,取締役としては前記●●●のほか2名が登録されているが,サマセット社のパンフレット(乙11)に最高経営責任者(CEO)として掲載されいている●●●(●●●)は取締役として登録されておらず,同社の役員登録欄には代表取締役に相当する英文CEO(chief executive officer),あるいは,それに類似する役職欄及び役職者の記載は存しない。(甲12の2,20,乙10の1・2,11,18,20の1から4,21の1・2)
(2) 本件において係争の対象となっている取引及びその経緯等
ア 控訴人は,1999年(平成11年)10月,サマセット社との間で,控訴人がサマセット社との関係において通貨関連取引の顧客を周旋し,又は取次ぎを行うイントロデューシング・ブローカー(IB: introducing broker)となる旨の基本契約を締結した(ただし,同契約の内容の詳細を認め得る証拠はない。)。
(乙19の1・2)
イ 控訴人の札幌支店は,平成12年4月から,サマセット社に顧客を周旋し,又は取り次ぐことを主な内容とする外国為替証拠金関連取引業務を開始し,前記田●●●,小●●●ほかの控訴人札幌支店国際金融部の従業員が同業務を担当した。
(原審における証人小●●●)
ウ 控訴人の札幌支店が顧客勧誘用に使用した商品名「ワールド・ワイド・マージンFX」のパンフレット(甲4)における商品説明の概要は次のとおりであった。
(ア) 「外国為替直物取引について」と題する項では,「ワールド・ワイド・マージンFX」が外国為替取引に関連する金融派生商品である旨の記載があるが,商品概念の具体的な説明は何ら記載されていなかった。
(イ) 「外国為替ダイレクトの特徴と仕組み」と題する項では,「1円の値動きから100,000円の差金が生じます。」として,米ドルが上がるとの見込みで(円安と判断して)20単位のドル買い・円売りを実行した場合に,予想どおりドル高となったときと予想に反してドル安となったときの粗利益又は粗損失が各600万円となる計算例を表記していた。
(ウ) 「ワールド・ワイド・マージンFXの特徴」と題する図示部分では,原文で次のとおり記載されていた。
POINT 1少ない資金からお取引が可能に。
売買に必要な最低単位は100,000ドルですが,実際は3%相当の証拠金で開始できます。少ない資金で効率的な運用が可能です。
POINT 2決済(お取引期間)は自由です。
ロールオーバー(乗り替え)方式の直物取引を行いますので,決済期限がありません。お客様の意志で自由に決済できます。
POINT 3お電話一本でお気軽にお取り引きできます。
ご注文はお電話一本でOKです。秒単位で変化する売買のタイミングを,逃さずリアルタイムでお取り引きできます。
POINT 4スワップ金利が発生します。
円,ドルの金利差が生じるため相場の値動きとは関係なく口座に積み立てられるスワップ金利が生じます。
POINT 5リアルタイムでの為替レート取引が可能です。
ニューヨーク市場の引け値で毎日清算するマーク・ツー・マーケット方式を採用。リアルタイムの為替レートでお取り引きできます。
POINT 6低コストで運用できます。
100,000ドルの売買にかかる手数料は,往復わずか200ドル。1ドル110円とすると22銭の値動きで手数料が相殺され,わずかな値動きで利益を得ることが可能です。さらに一日でポジション建て,手仕舞いができます。
POINT 7円高,円安のどちらでも利益が得られます。
円売り(ドル買い),円買い(ドル売り)どちらのお取引もできますので,円高でも円安でも利益を得ることが可能です。
POINT 8お預かり資産を確実に保全します。
お預かりしたお客様の資産は,オーストラリア認可商業銀行「サマセットアンドモーガン」が保管します。完全分離保管制度が適用されますので,安心してお取引いただけます。
POINT 9最新情報を提出します。
お客様のお取引に有利な,為替相場や金融市場の最新情報をすばやく提供し,お取引を強力にバックアップします。
なお,上記各図示部分で使用されている「証拠金」の機能・性質,「ロールオーバー(乗り替え)方式の直物取引」,「スワップ金利」,「マーク・ツー・マーケット方式」といった各種取引用語についての説明は同パンフレット中に一切なく,また,「完全分離保管制度」の根拠法令・制度説明等も全く見当たらない。
(エ) 取引仕様記載欄の概要
商品名:ワールド・ワイド・マージンFX 外国為替取引
限月:直物取引なので限月はない。
売買単位:100,000米ドル(1枚)
呼値:1米ドルにつき0.01円
手数料:片道100米ドル
証拠金:3000ドル相当の円又は主要通貨
値幅制限:なし
取引時間:20時間
エ 控訴人の札幌支店は,平成13年12月ころ,被控訴人に商品名「ワールド・ワイド・マージンFX」の上記パンフレットを送付し,また,電話で勧誘するなどし,小●●●は,平成14年1月上旬ころ,被控訴人に電話して被控訴人宅を訪問することの承諾を得て,同月11日午前10時ころ,被控訴人宅を訪問し,応対した被控訴人に対し,上記パンフレットを示すなどして控訴人との取引を勧誘した。
被控訴人は,同日午後1時ころまでに小●●●の勧誘に従って取引を始めることにし,同日午後3時ころまでに小●●●から指示された所要資金400万円を預金から払い戻し,被控訴人宅で同金員を小●●●に交付した。
小●●●は,同日午後3時ころ,被控訴人宅で取引開始に必要な書類群を被控訴人に交付し,所要の用紙に被控訴人の署名・捺印を得て回収した(ただし,平成14年1月11日の被控訴人宅における小●●●の被控訴人に対する説明や被控訴人の応答の具体的な内容については後記のとおり争いがある。)。
小●●●が平成14年1月11日に被控訴人の署名・捺印を得て回収した用紙の記載概要は次のとおりである。
(ア) 仲裁同意書(乙1。以下「本件仲裁同意書」という。)
本文は以下のとおりである。
「外国為替取引(ワールド・ワイド・マージンFX)を開始するにあたり,契約書第14.Aの項に従い,万一,ディーラー並びにIB(イントロデューシングブローカー)と委託者との間で何らかの問題が生じた場合において,問題解決の場所として社団法人国際商事仲裁協会を解決の場所とし,同協会の裁定に対しては,双方従う事に同意致します。
以上」
(イ) 「NOW IT IS HEREBY AGREED AS FOLLOWS」と題する英文17頁,和文11頁からなる契約書(乙3,4の1。以下「本件基本契約書」という。)
本件基本契約書には定義条項(契約書2頁)中にディーラー(dealer)を定義又は特定する記載はなく,最終頁の契約当事者欄のサマセット社の印字部分にはサマセット社の契約上の地位を表す肩書等の記載はない。これに対し,被控訴人は,本件基本契約書の契約当事者欄に「Client(委託者名)」として肩書表記され,また,本件基本契約書の定義条項には「Client」の定義が記載されていた。控訴人名は,本件基本契約書の契約当事者欄に「Witnessed by(立会人)」の肩書を付して表記(印字)されていた。
(ウ) 「NOTICE OF APPOINTMENT(指名通知書)」と題する書面(乙4の3)
本書面には,被控訴人がディーラーとの関係について,小●●●を本件基本契約書所定の取引について被控訴人の責任と計算において行動できる認可代理人(Autholized Agent)に指名する旨記載されていた。
(エ) 「CLIENT ACKNOWLEDGMENT(確認書)」と題する書面(乙4の4)
本書面には,被控訴人が本件基本契約書の内容について小●●●から説明を受け十分に理解したこと,被控訴人には取引で預け入れた証拠金を超える損失が生じる危険があること,取引はすべて被控訴人自身の判断によるものであり,その危険もまた被控訴人自身が負担するものであることなどが記載されていた。
なお,本件基本契約書では,取引の内容について英文で「as the Client may decide from time to time for the sale or purchase of certain currencies at their spot rates」と表記し,和文で「委託者はディーラーに対し(中略)その時々の直物相場(「FXトレード」とする。)によって,特定の通貨を売買することを依頼することができる。」と表記していたが,ディーラーが委託者の注文を執行する具体的な方法,ディーラーが委託者から徴求する証拠金,金利,手数料等の具体的な算定方法についての記載は存しなかった。
(甲4,7,31の1・2,乙1,3,4の1・3・4,原審における証人小●●●,被控訴人)
オ 被控訴人は,控訴人に対し,次のとおりの金員を支払った。
(ア) 平成14年1月11日 400万円
(イ) 平成14年2月15日 400万円
(ウ) 平成14年3月12日 800万円
(エ) 平成14年3月27日 300万円
(オ) 平成14年3月29日 300万円
(甲2,6,7,31の1・2,35から41,原審における証人小●●●,被控訴人)
カ 荻野一郎弁護士は,平成14年4月8日,被控訴人の代理人として,控訴人(管理本部宛て)に対し,被控訴人の建玉の残があれば直ちに仕切ること及び預託金残金を返金することを求める通知書を送付し,控訴人は,同月15日,被控訴人に対し,530万2275円を送金した。
(甲8)
2 争点
(1) 本件訴えの適法性
(控訴人の主張)
被控訴人は,平成14年1月11日,控訴人及びサマセット社との間で本件基本契約書に基づく契約を締結するに際して,本件基本契約書とは別に本件仲裁同意書にも署名・捺印した。したがって,本件紛争は仲裁手続に則って解決されるべきであり,仲裁判断は確定判決と同一の効力を有するので,本件訴えは訴訟要件を欠いていて不適法である。
(被控訴人の主張)
ア 仲裁合意の不成立
本件仲裁同意書では,「契約書第1 4.Aの項に従い」仲裁の合意をする旨記載されているが,契約書第1 4.Aの項に記載された仲裁機関である「the Arbitration Panel of the International Chamber of Commerce」とは,国際商業会議所(the International Chamber of Commerce,通称ICC)の紛争仲裁機関(Coute of Arbitration)を指し,アジアではICCの支部は香港にしかない。他方,本件仲裁同意書記載の仲裁機関である社団法人国際商事仲裁協会(the Japan Commercial Arbitration Association,通称JCAA)は日本の機関であり,両者は別の機関である。
したがって,本件基本契約書の条項に従う旨の本件仲裁同意書の記載部分と仲裁機関として社団法人国際商事仲裁協会を指定する部分とは矛盾し,本件仲裁同意書では具体的な仲裁機関指定意思表示として成立し得ない。
イ 仲裁合意の公序良俗違反
本件基本契約書による取引は,顧客とサマセット社との通貨売買契約を本質とするものであり,いわゆる呑行為に該当する。そして,本件仲裁同意書は,このような呑行為の違法性の主張を被控訴人にさせないことを目的とするものであるから,公序良俗に違反し,無効である。
ウ 仲裁合意の錯誤無効ないし詐欺による取消し
仮に本件仲裁同意書によって仲裁契約が成立したとしても,被控訴人はIB(イントロデューシングブローカー)が控訴人であることの説明や本件仲裁同意書の意味の説明を受けていなかったし,本件仲裁同意書に署名捺印することにより被控訴人が裁判所で裁判を受ける権利がなくなるという説明を受けたこともなく,また,被控訴人はそうした知識や認識もなかった。
したがって,本件仲裁契約書による仲裁契約は錯誤により無効である。また,被控訴人は,本件第1審口頭弁論期日において,同契約を控訴人の詐欺を理由に取り消す旨の意思表示をした。
(2) 本件における控訴人の被控訴人に対する取引勧誘行為等は違法なものであったか
(被控訴人の主張)
ア 控訴人の違法行為
(ア) 控訴人の金融商品であるワールド・ワイド・マージンFXの取引(以下「本件FX取引」という。)が私設賭場取引であることの違法性
本件FX取引が金融商品取引として成立するためには,顧客の注文が間接的にせよ,インターバンク市場につながっていることが前提となる。そして,控訴人は,パンフレットや契約書で,サマセット社がインターバンク市場で取引していることを装っていたが,サマセット社は,そもそも銀行ではないし,インターバンク市場において何らの取引も行っていなかった。したがって,本件FX取引では,控訴人らと顧客の間の閉じられた範囲以外の外部と資金が出入りする余地がなく,取引の構造上,閉鎖された当事者間で金の取り合いをしていたにすぎない。サマセット社は,顧客から証拠金を受領して何らかの為替取引をしているように偽装していただけで,実際には,帳簿上だけで私設の賭博場を開設し,顧客との間で「机上の為替取引」を行っていただけである。顧客に報告書などを送付していたのは,詐欺を隠蔽するためだけにすぎない。すなわち,本件FX取引は,控訴人とサマセット社の共謀によって開帳された外国為替相場を賭けの対象とする私設の賭博場と言っても過言ではない。そして,胴元であるサマセット社が「手数料」及び「スワップ金利」と称して寺銭を取った上,顧客と常に相対で博打を行っているという仕組みであり,これは組織的な賭博開帳行為である。控訴人の外務員であった小●●●は,そのような実態を顧客である被控訴人に秘して勧誘しており,そのこと自体が,悪質な詐欺ともいうべき違法行為である。
(イ) スワップ金利の違法性
本件FX取引においては「スワップ金利」と称する金員のやり取りがある。ドル買いのポジション(建玉)の場合には顧客は年利3パーセントから0.25パーセント(時期によって異なる。被控訴人の取引時は0.25パーセント)の「スワップ金利」を取得することができ,他方,ドル売りのポジションでは,顧客は年利6パーセントから3.25パーセント(時期によって異なる。利率は,常に買の場合の利率に3パーセントを加算した率が設定されている。被控訴人の取引期間中は3.25パーセント)の「スワップ金利」をサマセット社に対して支払わなければならない。3.25パーセントの場合,証拠金を基準にすると,年利108.33パーセントの金利ということになる。
スワップ金利は,インターバンク市場で実際にドル・円の売買を行っていることを前提として,その調達金利,運用金利の差に着目した仕組みである。しかし,本件FX取引は単なる呑行為の集合であり,私設の賭博場にすぎないから,実際にインターバンク市場でドル・円の取引をしていたわけではなく,資金調達をする必要もないし,買ったドルを運用することもあり得なかった。したがって,このような「スワップ金利」を観念する余地はもとよりなく,顧客から預かった証拠金については,オーストラリアの中小企業であるサマセット社がオーストラリアアンドニュージーランド銀行に設けているサマセット社名義の銀行口座に預金していただけであり,実際に10万ドル単位の米ドル・円の為替取引をしていたわけではなかった。このように,実際に為替取引を行わないにもかかわらず,このようなスワップ金利が発生するとして資金集めをすることは出資法に違反する疑いが濃厚である。売ポジションの場合のスワップ金利については,米ドルと日本円の金利差と称してサマセット社が顧客から金員を徴収していたもので詐欺に等しい。
そして,顧客である被控訴人は,このようなスワップ金利について,一切の説明を受けていなかった。
本件FX取引におけるスワップ金利についての説明書(乙3の6頁)の記載は,わずかに「そのポジションによって「ドル」と「円」の金利差相当分を相場の値動きに関係なく口座に積み立てられる[ないしは口座から引き落とされる]こととなります,この金利のことを「スワップ金利」と呼びます。ただし,「スワップ金利」は,お取引いただいている売買総額に対して計算させていただきますのでご承知ください」というだけであった。また,パンフレット(甲4)には,「スワップ金利が派生します。円,ドルの金利差が生じるため相場の値動きとは関係なく口座に積み立てられるスワップ金利が生じます。」とだけ記載されていた。控訴人作成のチラシ(甲18の3)では,大きな文字で「なんと年率換算8.33パーセントという高金利で推移しています!!」などと強調されていた。
これらの記載からは「スワップ金利とは何か」,「どのような場合に積み立てられるのか(あるいは引き落とされるのか)」ということは認識しようがない。
しかも,本件基本契約書には,買ポジションを建てた場合に被控訴人が取得する「スワップ金利」よりも売ポジションを建てた場合に被控訴人が支払わされる「スワップ金利」のほうが年利で3パーセントも高いという極めて重要な事実が一言も触れられておらず,パンフレットやチラシの記載に至っては,顧客が「スワップ金利」を取得することだけが記載されていて,顧客がサマセット社にスワップ金利を支払う場合については一切記載されていなかった。
控訴人の外務員であった小●●●らは,取引勧誘時には必ず買建玉から勧誘することもあって,チラシなどを示して「サマセットアンドモーガン社という銀行に預けておけば利息がつく。現在は年利○○パーセントで回っている」などともっぱら金利が付くかのような説明しかせず,売建玉の場合において,買建玉の何倍ものレートで金利を徴収されることについては一切説明しなかった。これは,単なる説明義務違反ではなく,顧客をだますことを目的とする故意による欺罔行為である。
(ウ) 双方代理及び利益相反性の隠蔽の違法性
被控訴人は,サマセット社のみを相手にドル・円の相対取引を行っていた。
したがって,為替の値動きによって被控訴人が利益を受けるときは被控訴人の利益と同額がサマセット社の損失になる。同様に,サマセット社の利益は被控訴人の損失となる。このように,サマセット社と被控訴人とは常に完全な利害対立関係にある。しかし,このことを被控訴人は全く知らされておらず,サマセット社という銀行を通じて公正な市場に参加しているかのように誤解させられていた。
しかも,控訴人は,サマセット社の代理人であるとともに(甲3),他方で被控訴人の代理人でもあり(甲11の35頁),被控訴人の注文をサマセット社に取り次ぎ,また,被控訴人の投資に対するアドバイスも行うが,被控訴人からは手数料を受領せず,控訴人の本件FX取引による収入は全てサマセット社からの手数料によっていた。
そうすると,控訴人の行為は双方代理である可能性が高く,そうでないとしても,サマセット社から手数料を得ているサマセット社の代理人たる控訴人が,サマセット社と利害対立関係にある被控訴人に助言をすることは正常な商行為とは到底いえない。
(エ) 勧誘の違法性(無差別電話勧誘,適合性原則違反)
金融商品を勧誘する場合において,当該商品にかかる取引を行うための知識,情報,経験,資力が不十分な者に対する勧誘は違法性を有する(適合性原則)。
外国為替証拠金取引は,元本割れの危険のみならず,証拠金による信用取引であるという点で,預けた資金以上の損失が極めて短期間に発生するおそれがある上,専門家であっても到底予測困難なドル・円相場を投資対象とするものであり,およそ現在販売されている投資商品の中においても最も危険性の高い商品の一つであるから,適合性のない者への勧誘は許されない。
控訴人は,本件FX取引を無差別電話勧誘によって,投資に関する知識のない一般消費者に多数販売していた。本件FX取引が仮に正常な「外国為替証拠金取引」であったとしても,このような勧誘は違法である。
また,被控訴人は,昭和22年生まれの無職の主婦であり,外国為替相場の変動に関する知識は皆無であった上,投資資金も余裕資金ではなく,高校生の娘の学費のために蓄えていた金員や借り入れた金員などであり,明らかに投機的取引の不適格者であるが,結局,控訴人の強引な勧誘によって,取引の仕組みも全く理解できないまま取引を開始させられ,小●●●らの言うがままに莫大な金を騙し取られた。
(オ) 説明内容の違法性
外国為替証拠金取引のような危険な取引を勧誘するのであれば,控訴人には,取引の仕組みや内容について明確かつ平易な説明をして必要な情報を提供すべき義務があった。
控訴人は,契約の根幹に関わる重要部分について一切説明していなかっただけでなく,次のような重要部分について虚偽の説明を行った。
① 「認可商業銀行」との表示と預金保険の適用に関する虚偽説明
サマセット社は銀行ではなく,預金保険制度の適用もなかった。ところが,パンフレット(甲4)には,サマセット社は「オーストラリア認可商業銀行」とされ,契約書には「国際金融機関の国際的な信用力の低下が社会問題となり,外貨預金などの外国為替取引は,国内においては預金保険の対象外となっておりますが,本取引を通じてサマセットアンドモーガン[オーストラリア政府認可商業銀行]がお預かり致しますお客様の資産につきましては,完全分離保管制度の適用対象となりますので安心してお取引いただけます。」と記載されていた(乙3の7頁)。
この記載は,明らかにサマセット社がオーストラリアの金融機関としてオーストラリアの預金保険の適用があり,国内の銀行よりも信用性が高いことを意味するが,これは全くの虚偽である。
被控訴人の訴訟代理人からの当事者照会による「サマセットアンドモーガン社が倒産しても,マージンFXの顧客の預けてある資産(預金)はオーストラリアの法律によって,100%保全されるという意味か。」との質問に対しても,控訴人は,「制度上は保全されている」と虚偽の説明を重ねた。
銀行法は,免許を受けた銀行以外の法人が「銀行」という表示をすることを禁止している(銀行法6条2項)にもかかわらず,控訴人は,一般消費者が「銀行」という言葉に対して持つ高度な信頼を巧みに利用して,取引への勧誘をした。
控訴人札幌支店の外務員であった小●●●は,被控訴人に対し,「お預かりする資産は,オーストラリア認可商業銀行であるサマセットアンドモーガン銀行で保管し,運用するから安心です」などと,サマセット社が安心な銀行であるかのように虚偽説明して勧誘し,被控訴人を信頼させて取引を始めさせた。
② 相対取引であることの隠蔽
本件FX取引は顧客とサマセット社との相対取引であった。ところが,契約書等では,サマセット社を「ディーラー」と称し,例えば,「委託者は,ディーラーに対し,口座を開設することを依頼した場合,その時々の直物相場によって,特定の通貨を売買することを依頼することができる。」(前文Ⅰ),「ディーラーは,委託者から受ける注文を履行するよう最善の努力を尽くすものとするが,その時々の市場の状況により注文の執行が不可能な場合もありうる。」(4E)などと記載されている。外国為替取引において,ディーラーとは,インターバンク市場でディーリングをする者のことであり,したがって,この記載からすると,通常,顧客は,サマセット社が顧客の注文をインターバンク市場に取り次いでいるものと理解するはずである。これらは,契約書の4C,4F,7Bなどの記載からも明らかである。
また,「手数料」をサマセット社に支払うという点からしても,通常の顧客には,サマセット社がインターバンク市場に取り次ぐための手数料と理解すると思われる。相対取引の相手方に手数料を支払うなどと理解する顧客など皆無であろう。
このように,相対取引であることを隠蔽し,あたかも,インターバンク市場につないで公正な取引が行われているかのような説明がなされていたが,これでは本件FX取引の仕組みの最も重要な危険性を全く説明していなかったことになる。
(カ) 一任取引の違法性
被控訴人は,外国為替取引に関する知識・経験はなく,商品についてまともな説明も受けていなかったから,どんな仕組みの商品に投資しているのかも全く分からず,全て控訴人の外務員であった小●●●の言うがままの一任取引を行った。その結果,サマセット社と控訴人は,被控訴人を操縦して,被控訴人から次々と莫大な金員を証拠金として吸い上げ,これを取引損,スワップ金利,手数料の名目でサマセット社の資産に転化させた。サマセット社は実際にインターバンク市場で取引をしていなかったから,被控訴人から吸い上げた金員は全てサマセット社の収入になった。
被控訴人は,当初10枚のドル買いから取引を開始した。小●●●は,置いておいても大丈夫などと執拗に勧誘し,被控訴人に800万円を支払わせた上,その後は「今持っているドルを押さえるために800万円と同じ金額で円を買う」などと言い,被控訴人に20枚のドル売りを建てさせた。これにより被控訴人は,日々サマセット社に対して金利を支払わされる状態となった。
(キ) 売・買のポジションを同時に建てさせる方法の違法性
控訴人は,被控訴人に買ポジションから取引を始めさせ,しばらくすると売ポジションを建てさせ,両方のポジションを同時に建てさせた(以下,このような建玉を「両建」ともいう。)。本来の外国為替証拠金取引は,先物取引ではなく,為替の直物取引であるから,同じ時点で買のポジションと売のポジションを持つ意味は皆無である。しかも,「スワップ金利」と称する多額の金員を支払っていたのであるから,取引の仕組みを被控訴人が理解していれば,このような取引をすることはあり得ない。小●●●が「(損が出ている建玉を)仕切ると損が確定してしまう」などと商品先物取引の両建と同様の勧誘文句で被控訴人に売・買のポジションを同時に建てるようにし向けたのである。しかし,直物取引の場合,日々取引は決済されるのであるから,清算するか否かにかかわらず,日々損は確定していたのであって,上記の勧誘文言は全く合理性のないものであった。そして,売・買のポジションを同時に建てる状態にすれば,サマセット社がスワップ金利の差額分だけ勝つことになるのであり,被控訴人の資金をサマセット社に転化させようとする極めて露骨な手法であり,公序良俗違反ないし違法というべきである。
(ク) 断定的判断の提供の違法性
本件FX取引は損失の危険性が極めて高いにもかかわらず,小●●●は「儲かりますから」とか「置いておいても大丈夫」などと断定的な判断の提供を伴う執拗な勧誘により被控訴人に金を支払わせていた。控訴人は,チラシ(甲18)を配り,顧客を勧誘する際には「年利8.33パーセントで回っています」などと述べて利益が得られる旨を断定的に述べる一方で,危険性については全く説明していなかった。
(ケ) 勝ち逃げ妨害の違法性
利益を出している顧客が取引をやめようとすれば,控訴人は,「サマセット社は商業銀行だから送金手続に1,2か月かかる」などと虚偽の事実を述べて手仕舞いを拒否することもあった。
本件でも,被控訴人は英語を理解せず,為替相場などにも全く知識がなかったため,多少の利益が出ても小●●●の言うまま金銭の返還を求めないで,相場状況が悪くなってドル売りを建てさせられた。
イ 使用者責任
控訴人外務員であった小●●●らの被控訴人に対する行為は,社会的相当性をはるかに超えた不法行為であり,控訴人は,控訴人外務員の小●●●らを雇用し,利益を得ていた者として使用者責任を負う。
ウ 被控訴人の損害
被控訴人が控訴人に対して支払った金員は2200万円であり,そこから返還された530万2275円を控除した1669万7725円は控訴人の不法行為と相当因果関係にある損害である。
また,被控訴人は,上記不法行為による損害賠償請求をするため,控訴人の不法行為の実態の調査をオーストラリア在住の弁護士に依頼することを余儀なくされ,その費用として合計36万2891円を出捐した。これも控訴人の上記不法行為と相当因果関係にある損害である。
さらに,本件請求のための弁護士費用170万円は控訴人の上記不法行為と相当因果関係のある損害である。
よって,以上合計1876万0616円が,控訴人の上記不法行為と相当因果関係のある被控訴人の損害であり,被控訴人は,控訴人に対し,不法行為(民法709条,715条)に基づいて,1876万0616円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成14年5月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
エ 金融商品販売法による損害賠償請求
本件FX取引は,「当事者間において,あらかじめ元本として定めた金額について,決済日を受渡日として行った先物外国為替取引を決済日における直物外国為替取引で反対売買した時の差金の授受を約する取引その他これに類似する取引」であり,金融商品の販売等に関する法律(金融商品販売法)2条1項12号,同法施行令4条に定める「直物為替先渡取引」に該当する。
本件で,控訴人外務員の小●●●は,被控訴人がドル売りを建てたときにスワップ金利を支払うことになり,これにより元本欠損のおそれがあることを説明していなかった。これは,金融商品販売法3条1号の説明義務に違反する。また,サマセット社の財産状態の変化による元本欠損のおそれについても説明すべきであるのに(同法3条2号),それをしていなかった。
被控訴人は,1669万7725円の元本欠損を生じた。
よって,被控訴人は,控訴人に対し,金融商品販売法4条に基づいて,元本欠損額1669万7725円の賠償を求める。
(控訴人の主張)
ア 本件FX取引は正当かつ合法である。
本件FX取引は外国為替関連の金融派生商品取引として合法性を有し,違法な賭博行為ではない。
なお,外国為替市場といっても,証券や先物取引のような取引所があるわけではなく,個別取引の集合にすぎない。個別取引は全て特定の者と特定の者との相対取引である。そして,相対取引において,取引相手が購入資金や売渡商品をどこから調達するか,調達の可能性があるかは,全て取引当事者のリスクに委ねられており,代金の支払の可能性,商品引渡しの可能性がなければ,取引を成立させなければよいのであり,また,約定した商品の引渡不能,代金支払不能は債務不履行の問題となるのであり,契約の有効性とは関係がない。
サマセット社が個別取引ごとに注文をインターバンク市場に取り次いでいたかどうか,インターバンク市場に直接参加していたかどうかは取引の有効性,合法性とは関係がない。また,サマセット社は,被控訴人以外の多数の顧客と取引をしており,そのこと自体がリスクヘッジであるといえるが,インターバンク市場で取引可能な銀行,ブローカーとも取引可能であり,いつでもヘッジすることができ,ヘッジの必要なときは実行している。また,十分なヘッジの可能性のないときは顧客との取引ができないこともあり,契約にあたりその旨の説明もされていた。
本件FX取引は,サマセット社がインターバンク市場で直接又は間接的に取引することを前提として,顧客との間でインターバンクレートに準じたレートで取引を行うものであるが,サマセット社がインターバンク市場に直接参加するかどうか,どういう方法でリスクをインターバンク市場へつなげるかはサマセット社の裁量により決定されることであり,取引の有効性とは無関係である。本件FX取引は相対取引ではあるが,インターバンクレートに準じたレートでの取引であるから,サマセット社が恣意的に価格設定できるものではなかった。すなわち,本件FX取引は,インターバンクレートの気配値を示すロイター通信社の示す数値を参考にして,サマセット社が提示するツーウエイプライス(売値と買値を同時に示すこと)に基づいて注文され,また,顧客もインターバンクレートの動きを参考として指値等を指示していた。また,本件FX取引開始前に控訴人が被控訴人に交付した契約冊子によって,サマセット社が顧客の注文を受けることができない場合があることも説明されていた。これは,サマセット社の判断により,リスクヘッジの可能性のない場合等に発生するのであり,この意味においても本件FX取引は一方的にサマセット社に有利でなければ成り立たないというものではない。サマセット社が常に顧客の注文を承諾すべき義務があるとすると,顧客の注文の時期,注文量によってはリスクヘッジの可能性のない場合もあり,これを回避するために,注文を受けることができない場合があることも説明されていたのである。
イ 控訴人は,被控訴人に対しスワップ金利について説明した。
ウ 双方代理及び利益相反の事実は否認する。
エ 被控訴人は,輸入家具販売等を10年間以上営んだ経験があり,本件FX取引を開始するにあたって控訴人担当者の小●●●に対して,●●●証券で社債,株式等の取引をしていること,被控訴人の夫も東京の●●●を通じて為替取引をしていると述べ,夫婦とも相場取引の知識,経験が豊富であった。さらに,被控訴人は,テレビ,新聞等で為替相場についての情報を入手し,新聞記事等をファイルして自らの相場観の判断材料としていたのであって,何度も小●●●に自らが入手した情報内容や自らの相場観のことを話題にしていた。また,被控訴人は,小●●●に対し,「自己責任」「ハイリスクハイリターン」等の言葉を自ら発していたのであり,本件FX取引も自己責任で行うことを十分自覚していた。
また,被控訴人は無職であったが,ローンのついていない不動産を所有し,相場取引可能な資金的,時間的余裕を十分に有する者であった。
オ(ア) サマセット社は,金融サービス一般を営むことができ,「マーチャント・バンク」と称することができる。「マーチャント・バンク」は英米法特有の言葉であるが,日本語では「商業銀行」と訳されている。契約書に「国際金融機関の国際的な信用力の低下が社会問題となり,外貨預金などの外国為替取引は,国内においては預金保険の対象外となっておりますが,本取引を通じてサマセットアンドモーガン[オーストラリア政府認可商業銀行]がお預かり致しますお客様の資産につきましては,完全分離保管制度の適用対象となりますので安心してお取引いただけます。」と記載していたのは,サマセット社がディーラーライセンスの認可を得ている商業銀行であって,証拠金の分離保管を実行していることを表示したのであって,事実そのままを表示していて問題はない。
控訴人は,被控訴人に対し,サマセット社が銀行であると説明したことはなく,あくまで「商業銀行」=「マーチャント・バンク」であると言ったにすぎない。また,銀行の倒産,再編,ペイオフ等が現実化している現況において,被控訴人が「銀行」ということにそれほど信用を置いて取引したとも思われない。
(イ) 控訴人は,顧客とサマセット社との間の相対取引の仲介人(イントロデューシングブローカー)である。本件FX取引が顧客とサマセット社との相対取引であることは乙第3,第4号証の1ないし4の書面から明らかであるし,小●●●は,被控訴人に対し,本件FX取引のリスクを十分に説明した。
カ 本件FX取引は全て被控訴人の指示によって実施していた。
キ 売り又は買いのポジションが相場の動きにより決済できず,損失を回避するために反対ポジションをもつことは必要な場合もあり,本件でも実行されていたが,何ら違法性はない。
ク 断定的判断の提供は否認する。
ケ 勝ち逃げ妨害の事実は否認する。
コ 被控訴人の主張にかかる損害のうち,オーストラリア在住の弁護士に調査依頼した費用については,被控訴人代理人らにおいて自ら調査しうることがらについてのもので,必要な費用とは認め難い。
サ 被控訴人は,本件FX契約前に控訴人のパンフレットによって,本件FX取引によって損失が発生し得ることを知り得たし,本件基本契約書にもその旨説明されていたところ,被控訴人がこれらの説明を事前に読んでいなかったとすれば,それは,顧客として重大な落ち度である。また,被控訴人は,これまでにも株式取引等の投資経験があり,本件FX契約締結後も追加証拠金を入金して取引を継続し,自ら売り・買いの指示を出していたもので,こうした事情を総合考慮すれば,本件FX取引によって生じた損失の大部分は被控訴人に帰せられるべきであり,過失相殺が適用されるべきである。
(3) 被控訴人は控訴人に対し,不当利得返還請求権を有するか。
(被控訴人の主張)
ア 被控訴人の損失
被控訴人は,控訴人に対し,2002年(平成14年)1月11日に400万円,同年2月15日に400万円,同年3月12日に800万円,同月27日に300万円,同月29日に300万円の合計2200万円を支払った。他方,被控訴人は,同年4月15日,控訴人から530万2275円の返還を受けた。
よって,被控訴人には,差引1669万7725円の損失が発生した。
イ 控訴人の利得
アの金員は,全て被控訴人が控訴人に支払ったものであり,控訴人は1669万7725円の利得を得た。
ウ 利得と損失の因果関係
被控訴人の支払った金員を控訴人が受領したのであるから,利得と損失との間には直接の因果関係がある。
エ 法律上の原因に基づかないこと
(ア) 公序良俗違反による無効
上記のとおり,本件FX取引は,過去に例を見ないほど巧妙な詐欺商品取引であり,公序良俗に反し無効である。
(イ) 詐欺による取消し
控訴人は,被控訴人に対し,サマセット社がオーストラリアの銀行であり,預金保険の適用があるかのような説明,顧客の注文が公正なインターバンク市場において執行されているかのような説明,スワップ金利により高利回りの利益が取得できるかのような説明をし,その旨被控訴人を誤信させた。また,控訴人は,控訴人がサマセット社から手数料をもらっているにもかかわらず,これを隠し,被控訴人に,控訴人らが顧客の注文をインターバンク市場に取り次ぐ中立公正な専門家であり,誠実にアドバイスをしてくれるものと誤信させた。さらに,スワップ金利については,スワップ金利が付くことのみを強調し,どのような仕組みでスワップ金利が付くのかを説明せず,被控訴人をして,高利回りで利益が取得できると誤信させた。
被控訴人は,以上のような誤信によって,控訴人及びサマセット社との間で本件基本契約書に基づく契約(以下「本件FX契約」という。)を締結した。
被控訴人は,本件第1審口頭弁論期日において,控訴人に対し,本件FX契約に係る意思表示を取り消す旨の意思表示をした(被控訴人とサマセット社との間の契約については,サマセット社の代理人である控訴人に対する取消しの意思表示である。)。
(ウ) 消費者契約法に基づく取消し
控訴人は,被控訴人に対し,サマセット社がオーストラリアの認可商業銀行である旨,及び,同社がインターバンク市場で取引を行っている旨の不実の告知をしたが,これは,消費者契約である本件FX契約の締結に際し,事業者である控訴人(サマセット社の代理人)が,消費者である被控訴人に対し,重要事項について不実の告知をしたものというべきである。この不実の告知により,被控訴人は,これらの告知内容が事実であると誤認し,本件FX契約を締結した。これらの事項は,消費者契約法4条4項2号の「その他の取引条件」であって,契約を締結するか否の判断について通常影響を及ぼすべき事項であるから,「重要事項」に該当する。
被控訴人は,本件第1審口頭弁論期日において,控訴人に対し,本件FX契約に係る意思表示を取り消す旨の意思表示をした(被控訴人とサマセット社との間の契約については,サマセット社の代理人である控訴人に対する取消しの意思表示である。)。
(控訴人の主張)
被控訴人の主張はいずれも争う。本件FX取引自体の正当性や本件FX契約締結に当たって,控訴人から被控訴人に対して十分な説明が尽くされ,被控訴人が本件FX取引を十分に理解して本件FX契約を締結したものであることは,既述のとおりである。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)について
私人間の紛争処理について,裁判による解決と並列して仲裁機関による解決方法を選択し得る旨の合意がなされた場合と異なり,裁判による解決方法を排斥してもっぱら仲裁機関のみによる解決方法を合意する場合には,紛争の性質や仲裁機関の組織等に照らし,仲裁機関のみにより解決することについて合理性があること,仲裁機関による解決方法が特定されるだけでなく,裁判による解決方法を排斥するということについて,当事者間に明示的な意思の合致が認められることを要すると解すべきところ,本件仲裁同意書には,裁判による解決方法を排斥する旨の記載が見当たらない。したがって,本件仲裁同意書に被控訴人が署名・捺印したことのみをもって,控訴人主張に係る仲裁合意が成立したと認めることはできない。
また,乙第1号証,第2号証の1ないし8及び第4号証の1によれば,本件仲裁同意書では,「契約書第1 4.Aの項に従い」仲裁の合意をする旨記載されているが,契約書第1 4.Aの項に記載された仲裁機関である「the Arbitration Panel of the International Chamber of Commerce」とは,国際商業会議所(the International Chamber of Commerce,通称ICC)の紛争仲裁機関(Coute of Arbitration)を指し,他方,本件仲裁同意書記載の仲裁機関である社団法人国際商事仲裁協会(the Japan Commercial Arbitration Association,通称JCAA)は日本の機関であり,両者は別の機関であることが認められ,本件基本契約書の条項に従う旨の本件仲裁同意書の記載部分と仲裁機関として社団法人国際商事仲裁協会を指定する部分とは整合しない。したがって,本件仲裁同意書による仲裁機関の指定は本件基本契約書の条項と矛盾する。
そして,前記事案の概要摘示の事実並びに甲第31号証の1,原審における証人小●●●の証言及び被控訴人本人尋問の結果によれば,被控訴人は,平成14年1月11日の本件FX契約締結に際して,同日の午前10時ころから午後1時ころまでの3時間にわたって小●●●から本件FX取引の勧誘を受け,取引を始めることにしたものであるが,被控訴人には民事紛争における仲裁合意についての基礎的理解や知識はなかったこと,他方,小●●●にも本件仲裁同意書の具体的内容や法律的効果についての知識はなかったことが認められる。
以上によれば,本件仲裁同意書については,本件基本契約書との整合性を含めた説明が小●●●から被控訴人に対してなされたとは到底認められず,被控訴人が本件仲裁同意書の内容を具体的に認識した上で,かつ,裁判による解決方法が排斥されることまで理解して署名・捺印したものではないと認めるのが相当である。
したがって,本件仲裁同意書による合意に基づいて,被控訴人による本件訴訟提起の適法性を否定することはできない。
2 争点(2)について
(1) いわゆる外国為替証拠金取引及び本件FX取引について
甲第10号証,第11号証,第16号証,第21号証及び弁論の全趣旨によれば,外国通貨・為替に関連する金融商品としては,外国通貨・為替の現物売買・交換そのものを取引の直接の対象とするものや,外国通貨による預金の預入れ・貸出し等を対象とするもののほかに,外国通貨・為替取引そのものを直接の対象とするのではなく,日々の銀行間における為替取引上の為替相場(為替レート)や各国主要通貨毎に取り決められる銀行間の貸出金利及びその変動を取引の対象とするものも金融派生商品として取り引きされ,現物の授受・交換を最終的にも要しない取引については,為替レートや金利といった数値を基準とする売買又は売買類似取引を観念的に形成し得る自由度が大きく,これに現在の為替レートや金利と将来の予測為替レートや金利を組み合わせることによって,外国為替関連の金融派生商品は多様な形態を取ることが可能であるとされ,いわゆる外国為替証拠金取引では,一定の証拠金を預託することによって,証拠金の数十倍に相当する単位金額の外国為替を対象とすることが可能で,その損益は,各主要通貨の銀行間取引における為替レートを基準に設定される金利差に基づいて算出するのが一般であること,本件FX取引の商品としての仕組みについては,必ずしも明らかでない部分があるものの,取引対象は外国為替そのものではなく,銀行間の為替取引における日々刻々の為替レートを基準に設定される各国通貨間の金利差及び金利変動によって最終損益を決するもので,この点において上記外国為替証拠金取引に類する取引であると認められること,また,サマセット社は,委託者とされる顧客からの個別の注文に必ずしも拘束されず,為替レートを基準とする各通貨の金利の設定や追加証拠金の徴求等についてはサマセット社の裁量が認められ,しかも,顧客がサマセット社に預託する証拠金はサマセット社が顧客のために資金運用することを目的とした金員ではなく,あくまでも顧客とサマセット社との間における相対取引のための証拠金又は決済用資金であって我が国における銀行預金としての性質を全く有しないこと,したがって,顧客はサマセット社に対し,取引単位(枚数)に対応した証拠金のほかに手数料を支払うことを要し,控訴人は,顧客との間では上記取引の当事者の地位になく,サマセット社との間では顧客の代理人として取引契約成立後も行動し得る地位を有するとともに,控訴人に対する手数料は,控訴人とサマセット社との間の基本契約に基づいてサマセット社から支払われていたが,控訴人が顧客の代理人として行ったサマセット社との間の行為の責任は顧客が負担すべきものとされていたこと,控訴人は,サマセット社がどのような形態で現実の銀行間の外国為替取引に関与していたかについて関知していなかったことがそれぞれ認められる。
(2) 本件FX契約締結経緯について
前記事案の概要摘示の事実並びに甲第3号証から第5号証,第10号証,第11号証,第31号証の1,第50号証,第52号証,第62号証,第64号証,乙第3号証,第34号証,第35号証,原審における証人小●●●の証言及び被控訴人本に尋問の結果によれば,控訴人が日本国内における顧客勧誘のために配布したパンフレット類には,外国為替証拠金取引の有利性がまず唱われ,危険要素についての説示部分があるものの,相場と関わりなく発生する金利収入や預託金の外国銀行による保管の説示と相まって,全体として上記パンフレットを読む者に本件FX取引の安全性を印象づけていたこと,控訴人の外務担当営業員やテレホンアポインター(電話勧誘要員)は,顧客に対する勧誘に際して,「外貨建て預金」といった言葉を織り交ぜて勧誘行為をしていたこと,上記テレホンアポインターの電話勧誘用の要領と認められる「テレコール基本話法」(甲50)には「ワールド・ワイド・マージンFXという外貨建て預金は・・オーストラリアの商業銀行サマセット・アンド・モーガンが業務提携した外貨建て預金です。」といった内容の記載があったこと,各国の通貨取引において個々に設定される金利の変動及び金利間格差等についての具体的説明を記載した顧客用の書類は見当たらないこと,小●●●は,平成13年12月ころから被控訴人に電話で勧誘を始め,翌平成14年1月11日に,初めて被控訴人と面談し,同日中に取引開始についての承諾を被控訴人から得たものであるが,その際の説明時間は最大で約3時間(同日午前10時から午後1時ころまで)であったところ,その間に本件基本契約書の記載内容を始めとして本件FX取引の要点及び危険要素について説明を尽くした上で,被控訴人の十分な理解を得ることは到底困難であったと認められ,したがって,小●●●から本件基本契約書の読み聞けや説明を受けたことはなく,ただ小●●●にいわれるまま本件基本契約書並びに本件仲裁同意書及びその他の付属書類(乙3,4の1から4)に署名・捺印した旨の被控訴人の原審における供述部分は十分に信用することができること(これに対し,上記各書類には,被控訴人が小●●●から契約内容について説明を受けた上で十分に理解した旨の文言が記載され,また,原審における証人小●●●の証言中には,小●●●が被控訴人に対し商品説明を含めて十分に説明して理解を得た旨の供述があるが,同供述部分は,所要時間ひとつをとっても不自然であるのみならず,同証人自身がサマセット社についての正確な知識を持ち合わせていなかったことに照らし到底信用できない。),被控訴人は,小●●●との面談を一旦終えて直ちに銀行に赴いて400万円の預金を払い戻して証拠金を準備したものであるが,これまで認定の事実推移に鑑みるといかにも深慮に欠ける性急な行動であったことがそれぞれ認められる。
なお,控訴人は,平成14年1月当時の被控訴人には,それまでの株式取引経験や被控訴人の夫の商品取引実績等に照らし,既に外国為替関連金融商品取引について十分な知識と理解があった旨主張するが,被控訴人の過去における金融商品取引の内容は,前記事案の概要で摘示したとおり,優良銘柄に属する株式の現物取得を目的とした取引や公社債に関する取引にとどまっていたのであって,これをもって被控訴人に投機取引経験があったとか,投機的商品について知識・理解があったと認めることはできない。また,被控訴人には夫はおらず,婚外子である娘の父親との音信自体が数年来途絶えていた(原審における被控訴人)ことに照らすと,原審における証人小●●●の証言中の被控訴人の金融商品についての知識・経験に関する供述部分は信用できない。
また,控訴人は,被控訴人と小●●●及び田●●●との電話交渉の内容(乙34,35)から,被控訴人には本件FX取引について十分な理解があったと認められるべき旨主張するが,上記電話交渉は,被控訴人が本件FX取引を開始してから2か月余りを経た平成14年3月下旬以降の電話交渉を録音したものであって,同交渉における被控訴人の発言を捉えて,被控訴人が同年1月の時点で同様の理解を有していたとはいえないのみならず,被控訴人の録音中の発言内容からは,被控訴人がいまだにサマセット社について正確な理解を得るに至っておらず,また,被控訴人の発言中には商品取引専門用語が存するものの,全体としては損益の発生機序について十分理解していないことこそ認められ,さらに同電話交渉の具体的な推移・展開を見ると,被控訴人からの取引継続に対する不安を訴える発言に対し,小●●●や田●●●が取引を継続すべきことを説得することにもっぱら終始していたといわざるを得ない。
(3) 被控訴人の本件FX取引に対する認識等について
これまで摘示・認定した各事実並びに甲第31号証の1及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば,被控訴人は,母と娘の3人暮らしで,銀行預金や郵便貯金等の債権を有していたが,投機的取引を行うほどの資金余裕はなく,また,投機的取引を望んでもいなかったところ,小●●●の勧誘によって外貨建ての預金又は預金類似の金融取引を始めることとし,小●●●の説明からは本件FX取引の内容を正確に理解しないまま,漠然と外国籍の銀行に預金し,当該銀行の資金運用による有利な金利収入が得られるであろうとの認識で小●●●に400万円を交付したこと,小●●●は,そうした被控訴人の本件FX取引についての理解不全状態及びサマセット社を銀行と理解し,預託金を預金又は預金類似のものと理解していた被控訴人の主観状況を十分認識しながら,上記400万円を受領し,以後被控訴人の上記理解不全を解消させることなく,また,被控訴人に手仕舞いのための機会を与えないまま平成14年3月までの間被控訴人から金員を受領し続けたことが認められる。
なお,原審における証人小●●●の証言によれば,小●●●は,平成12年4月1日に控訴人に雇用され,約1か月間の教育を受けた後,控訴人札幌支店での外国為替関連商品の勧誘業務を担当してきた者であるが,平成8年4月から平成12年2月までは控訴人とは別会社で商品先物取引の外務員として勤務していた経験があること,したがって,外国為替証拠金取引や本件FX取引のもつ投機性や危険性については十分な認識を持っていたことが推認され,小●●●にとって,被控訴人の金融商品知識の程度を確認することは困難なことではなく,また,小●●●自身がサマセット社の業務実態について正確な知識がなかったとしても,本件FX取引の危険性について被控訴人に説明する能力と知識は十分にあったものと推認することができる。
(4) 控訴人の欺罔行為等について
これまでに認定した,控訴人が作成したパンフレット類の記載内容,本件FX取引の投機性や危険性,サマセット社の預金預け入れを業とする銀行としての不適格性,被控訴人の本件FX契約時の資産状況並びに被控訴人の本件FX取引及びサマセット社に対する理解状況と小●●●の被控訴人についての認識状況及びその能力等に照らすと,控訴人は,被控訴人を含む顧客に対し,本件FX取引があたかも外国銀行による資金運用を内容とする安全な金融商品であるかのように装って敢えてサマセット社の銀行業務資格を顧客に誤認させるとともに,いわゆる「スワップ金利」といった高度に変動性や投機性に富んだ金利間差損益についての十分な説明をしないまま外務員である小●●●に被控訴人を勧誘させ,あたかも外貨建ての銀行預金類似の金融商品であると誤信した被控訴人をして証拠金名下に400万円を支払わせた上,引き続いて手仕舞いの機会を与えないまま合計2200万円を支払わせたものと認めるのが相当であり,仮に,控訴人又は小●●●ら控訴人の外務員において,上記欺罔又は騙取の故意があったとまでは認められないとしても,控訴人には,本件FX契約に先立って,被控訴人に対し,サマセット社の実態を含む本件FX取引の重要事項について十分な説明を尽くして被控訴人の理解を得た上で本件FX契約を締結すべき義務があった(金融商品販売法3条参照)にもかかわらず,そうした説明を小●●●にさせることなく,被控訴人をして本件FX契約を締結するに至らせたことは不法行為(民法709条)に該当し(前掲甲50に関わる認定によれば,小●●●及び控訴人札幌支店の被控訴人に対する行為や関与は控訴人の具体的指図や業務命令等に基づくものではなかったとしても,控訴人の営業方針に則ったものと推認し得るほか,小●●●の不法行為は,控訴人の業務の執行についてなされたものと認められるから,控訴人は被控訴人の主張に範囲に属する民法715条の使用者責任を免れない。),控訴人は,本件FX契約によって被控訴人が被った損害を賠償する義務がある。
(5) 被控訴人の損害について
ア 1669万7725円
本件FX取引による総支払額2200万円から既返還金530万2275円を控除した金額
イ 36万2891円
証拠(甲12の1ないし7,甲25の1ないし3,甲26の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,本件における控訴人の不法行為を立証するため,サマセット社がどのような実態を有する会社であるかの調査をオーストラリア在住の弁護士に依頼し,その費用として上記金額を出捐したことが認められるところ,本件の内容や経過からして,これは,本件不法行為と相当因果関係にある損害であると認めるのが相当である。
ウ 170万円
被控訴人が控訴人に対して本件損害賠償請求するには,弁護士に委任することが必要であったと認められ,本件が相当専門性を要する事件であることなどを考慮するならば,控訴人の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として170万円を損害と認めるのが相当である。
(6) なお,控訴人は,被控訴人には,損害について過失相殺されるべき事情が認められる旨主張するので検討するに,控訴人は,被控訴人が本件FX取引の危険性を十分に認識し,あるいは認識すべきであったというが,むしろ,前記判示の事実経緯に照らすと,被控訴人は本件FX取引の危険性を十分に認識し,あるいは認識すべき機会が与えられないままに本件FX契約を締結させられた上,以後の取引を継続させられたというべきであり,控訴人のこの点についての上記主張は前提を欠く。また,被控訴人には,控訴人が指摘するNTT株式等の投資経験があったことを認めることができることは事案の概要において摘示したとおりであるが,こうした投資経験をもって,本件FX取引のような投機要素の強い取引の危険性を認識していたとか,あるいは当然に認識すべきであったという主張についてはにわかに首肯し得ない。そもそも,本件において,被控訴人は本件FX取引の実態を理解していなかったし,小●●●らによってそうした状態に置かれ続けていたと認められることは既に判示したところであり,そうした状況にあった被控訴人に対し,本件FX取引の最中にその危険性を的確に認識することを求めることは背理である。
以上要するに,被控訴人の本件FX契約に至る経緯やその後の事情に鑑みると,被控訴人は本件FX契約における一方的被害者であると認められ,これに過失相殺を適用することは相当でないし,他に被控訴人に対し過失相殺を適用すべき事情があったことを認めるに足りる証拠はない。
(7) よって,控訴人は,不法行為に基づいて,被控訴人に対し,1876万0616円及びこれに対する不法行為の日より後で,訴状送達の日の翌日である2002年(平成14年)5月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
2 以上によれば,被控訴人の請求は理由があり,これを認容した原判決は相当である。
第4結論
よって,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山﨑健二 裁判官 橋本昇二 裁判官 森邦明)