札幌高等裁判所 平成15年(ネ)92号 判決 2005年3月25日
主文
1 控訴人Dの控訴のうち,原判決を取り消した上で,本件を東京地方裁判所に移送する旨の裁判を求める部分を棄却する。
2 原判決を次のとおり変更する。
(1) 控訴人A,控訴人E,控訴人B,控訴人F及び控訴人Gは,被控訴人に対し,連帯して20億円及びこれに対する控訴人A,控訴人B及び控訴人Gにつき平成10年12月30日から,控訴人E及び控訴人Fにつき同月31日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用の負担は,次のとおりとする。
(1) 控訴人C,控訴人D及び控訴人Hと被控訴人との間において生じた費用については,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(2) 控訴人A,控訴人E及び控訴人Bと被控訴人との間において生じた費用については,第1,2審を通じてこれを5分し,その3を被控訴人の負担とし,その余を控訴人A,控訴人E及び控訴人Bの負担とする。
(3) 控訴人Fと被控訴人との間において生じた費用については,第1,2審を通じてこれを2分し,その1を被控訴人の負担とし,その余を控訴人Fの負担とする。
(4) 控訴人Gと被控訴人との間において生じた費用については,第1,2審とも控訴人Gの負担とする。
4 この判決主文第2項(1)及び第3項は,仮に執行することができる。
事実
第1控訴の趣旨
1 控訴人D
(1) 原判決を取り消す。
(2) 本件を東京地方裁判所に移送する。
(3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 控訴人ら全員共通
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
本件は,被控訴人が,株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)の代表取締役又は取締役であった控訴人らに対し,控訴人らが拓銀の取締役在任中に実行されたカブトデコム株式会社(以下「カブトデコム」という。)に対する後記第1ないし第3融資の3つの機会にわたる総額1200億円余の融資の際における控訴人らには,それぞれ取締役としての善管注意義務違反等の法令定款違反があったとし,これによって拓銀が被った損害についての商法266条1項5号に基づく損害賠償請求権を拓銀から譲り受けたとして,上記各融資に対応する各損害金の一部(第1融資分につき10億円,第2及び第3融資分につき各20億円)について,各融資に関与した控訴人ら(第1融資関与取締役として,控訴人A,控訴人D,控訴人E,控訴人B及び控訴人C,第2融資関与取締役として,控訴人A,控訴人E,控訴人B,控訴人F及び控訴人G,第3融資関与取締役として,控訴人A,控訴人E,控訴人B,控訴人F及び控訴人H)の連帯による賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。
原審は,被控訴人の請求をすべて認容したので,控訴人らは,原判決を不服として,前記第1記載のとおりの裁判を求めて控訴した。
1 事実
本件の前提事実については,次に付加,訂正するほかは,原審が原判決書「事実及び理由」欄「第二 事案の概要」中の「二 前提事実」とおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決書4頁24行目から25行目の「東京証券取引所」を「日本証券業協会」に改める。
(2) 原判決書5頁6行目冒頭から同頁15行目末尾までを次のとおり改める。
「カブトデコムからの出資比率が50パーセント以上で,人的なつながりが強いいわゆる子会社には,兜ビル開発株式会社(以下「兜ビル開発」という。後に株式会社リッチフィールドに商号変更した。カブトデコムが所有するビルの管理会社である。),山王建設株式会社(以下「山王建設」という。)があり(なお,他に株式会社イプシロン(以下「イプシロン」という。)も子会社であったが,昭和62年4月でカブトデコムに吸収合併された。),カブトデコムからの出資比率が50パーセント未満ではあるが,人的なつながりが強いいわゆる関連会社には,総合リゾート「エイペックスリゾート洞爺」(以下「エイペックス」又は「エイペックス事業」という。)の事業主体となった甲観光株式会社(以下「甲観光」という。平成5年3月19日にエイペックス株式会社に商号変更した。)があった。
次に,カブトデコムからの出資はないものの,特に人的関係と取引で縁の深いいわゆる協力会社としては,轟建設株式会社(以下「轟建設」という。)及び不動産仲介等を目的とする未来都市開発株式会社(以下「未来都市開発」という。)があった。」
2 争点
争点については,原判決書「事実及び理由」欄「第二 事案の概要」中の「三 争点」及び「四 争点についての当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。ただし,控訴人Dは,当審において,本件訴訟の専属管轄が被控訴人の本店所在地を管轄する東京地方裁判所である旨及び被控訴人が商法266条に基づいて控訴人Dの役員責任を問うことはできない旨の新たな主張をした。控訴人らの原審及び当審における主張の要旨は次のとおりである(なお,控訴人A,控訴人B及び控訴人Cは,当審において,控訴人Dの当審における上記主張及び控訴人Dの信託法違反をいう主張を除く他の控訴人らの主張をすべて援用する旨陳述した。)。
(1) 本件訴訟の専属管轄について
〔控訴人Dの主張〕
本件は,被控訴人が請求の主体となって控訴人Dの取締役としての責任を追及している訴えであるから,その管轄は,商法268条1項により,被控訴人の本店所在地である東京地方裁判所に専属する。
したがって,専属管轄がない原審裁判所の判決を取り消した上で,本件を東京地方裁判所に移送すべきである。
〔被控訴人の主張〕
本件は,拓銀の取締役であった控訴人Dに対し,商法266条に基づいて拓銀が被った損害の賠償を求めるものであり,この場合における商法268条1項の本店は,控訴人Dが取締役に就任していた拓銀の本店でなければならない。
したがって,本件訴えの管轄は,拓銀の本店所在地の地方裁判所である札幌地方裁判所に専属し,原判決には,専属管轄違背はないのであるから,控訴人Dの上記主張は理由がない。
(2) 本件債権譲渡の存在及び有効性
ア 本件債権譲渡の対象債権の存在
〔控訴人Dの主張〕
本件において,被控訴人は,商法266条に基づいて,控訴人らの取締役としての損害賠償責任を問うているのであるが,控訴人らは,被控訴人の取締役であったことはないのであるから,被控訴人の本件請求は,本件債権譲渡の対象債権の存在を欠いており,主張自体失当である。
イ 本件債権譲渡の存在
〔控訴人Dの主張〕
拓銀は,平成10年11月13日,札幌地方裁判所に本件と同一の訴訟物に関する損害賠償請求訴訟を提起した。このような経過によれば,拓銀が前記資産買取契約に基づき控訴人らに対する損害賠償請求権を被控訴人に譲渡した事実はない。
〔被控訴人の主張〕
上記控訴人の主張は争う。
ウ 株式会社の取締役に対する損害賠償請求債権についての譲渡権限の帰属主体
〔控訴人A,控訴人B,控訴人C,控訴人E,控訴人F及び控訴人Gの主張〕
会社が取締役に対して訴えを提起する場合,監査役が会社を代表する(商法275条ノ4)。したがって,監査役が訴えを提起するかどうかを判断する権限を有する以上,会社の取締役に対する債権を処分する権限は監査役のみに帰属すると解すべきである。本件債権譲渡は,拓銀の監査役がしたものではないから,被控訴人は,いまだ損害賠償請求権を取得していない。
また,被控訴人は,拓銀の監査役らが,平成12年2月8日,本件債権譲渡を追認した旨主張するが,本件訴訟が提起されたのは平成10年12月15日であり,被控訴人が本件請求に係る債権を有しないままに提起した本件訴えの瑕疵が訴え提起時にまで遡って治癒されると解するのは,法的安定性を損なうものであって相当でない(控訴人A,控訴人B及び控訴人C)。
〔被控訴人の主張〕
商法275条ノ4の趣旨は,取締役と会社の利益の衝突及び馴合的訴訟追行の防止にある。したがって,会社の取締役に対する損害賠償請求権が第三者に譲渡された場合には,譲渡人と譲受人が別人格となるので,取締役と会社の間で利益の衝突や馴合的訴訟追行は起こらない。現に,被控訴人と控訴人らとの間で利益の衝突や馴合的訴訟追行が起こる余地は全くない。商法275条ノ4は,本件のような裁判外の債権譲渡について代表取締役の代表権を排除したものとは解されない。
また,仮に上記控訴人らの主張のとおり,取締役に対する債権の処分権限が監査役のみに帰属するとしても,拓銀の監査役らは,平成12年2月8日,本件債権譲渡を追認し,同月11日ないし同月12日にその旨を控訴人らに通知しているから,これによって本件債権譲渡は譲渡時に遡って有効となった。
エ 解散決議違反
〔控訴人Dの主張〕
拓銀は,平成10年6月開催の臨時株主総会の特別決議により,平成11年3月をもって解散し,清算手続に入る旨の決議をした。これにより,会社の存続の目的は,清算業務の遂行に限定された。ところが,拓銀は,平成10年9月の取締役会において,控訴人Dに対し損害賠償を請求をする旨の決議をした。このような取締役会決議は,会社の清算の範囲を超えるものであり,上記株主総会特別決議に違反し,無効である。
〔被控訴人の主張〕
会社の資産である債権を処分することは,当然に清算事務に含まれる。
オ 債権管理回収業務に関する特別措置法違反
〔控訴人Dの主張〕
金融機関が被控訴人に譲渡できる債権は金融債権に限られるところ(債権管理回収に関する特別措置法2条),控訴人Dに対する損害賠償請求権は金融債権ではないから,拓銀の被控訴人に対する本件債権譲渡は無効である。
〔被控訴人の主張〕
本件債権譲渡は,預金保険法に基づき,預金保険機構と整理回収業務に関する協定を締結した整理回収銀行が譲受人となり,破綻金融機関である拓銀から債権を譲り受けたものであるから,債権管理回収業に関する特別措置法は適用されない。
カ 信託法違反
〔控訴人Dの主張〕
本件債権譲渡は,拓銀が訴訟当事者になることを回避し,被控訴人に訴訟を行わせることを目的とするものであるから,訴訟信託に当たり,信託法11条に違反し,無効である。
〔被控訴人の主張〕
本件訴訟は,拓銀破綻という緊急事態に対して,金融システムを維持し預金者を保護するという国の施策に基づき,整理回収銀行が拓銀との資産買収契約により譲り受けた資産の中に控訴人らに対する損害賠償請求権が含まれることから,その公共的使命を達するために提起されたものであり,訴訟信託には当たらない。
キ 商法245条違反
〔控訴人Dの主張〕
重要な営業用財産を譲渡する場合,株主総会の決議が必要であり(商法245条1項),拓銀の定款には,巨額の譲渡損失が生じる貸出債権を譲渡する場合,株主総会の承認を要すると定められている。前記資産買取契約により拓銀が被控訴人に譲渡した貸出債権は,総資産の約50%に達する資産であるから,株主総会の決議が必要であるところ,本件ではその手続がなされていない。拓銀の被控訴人に対する貸出債権の譲渡は法令及び定款に違反し,無効であるから,同じ資産買取契約の中に含まれて行われた控訴人らに対する損害賠償請求権の譲渡も無効である。
〔被控訴人の主張〕
前記資産買収契約は,営業譲渡を目的とするものでないから,株主総会の決議を要しない。
ク 取締役に対する損害賠償請求権の譲渡性
〔控訴人Dの主張〕
商法266条は,取締役に対する責任追及の主体を,当該取締役の属する会社又は同会社の株主に限定しているから,同法に基づく損害賠償請求権は性質上譲渡できない。また,拓銀以外の会社は,その債権の内容が確定している場合を除き,商法266条1項5号に基づく損害賠償請求権を行使できない。
〔被控訴人の主張〕
上記控訴人の主張は争う。
ケ 債権譲渡通知の効力
〔控訴人Dの主張〕
拓銀の代表取締役による控訴人Dに対する債権譲渡通知は,債権の特定を欠くから無効である。この通知の後になされた拓銀の監査役による債権譲渡通知は,上記通知を有効とさせるものではない。
〔被控訴人の主張〕
拓銀の監査役は,平成12年2月8日,控訴人らに対する損害賠償請求権の譲渡及びこれに付随する一切の行為を追認し,同月12日までに,控訴人らにその旨を通知した。
コ 権利濫用
〔控訴人Dの主張〕
控訴人Dは,拓銀に対して主張できる抗弁を有するところ,本件債権譲渡により,控訴人Dの拓銀に対する抗弁が事実上切断され,控訴人Dの立場が著しく不利になる。したがって,本件債権譲渡は権利の濫用に当たり無効である。
〔被控訴人の主張〕
控訴人Dが抗弁を有するのであれば,民法468条2項に基づく判断がなされれば足りるのであって,本件債権譲渡によって控訴人Dの立場が著しく不利になるということはないから,権利濫用をいう控訴人Dの主張は失当である。
(3) 銀行の取締役の注意義務
ア 銀行の取締役の一般的注意義務
〔被控訴人の主張〕
取締役は,会社に対して,善管注意義務(商法254条3項,民法644条)及び忠実義務(商法254条ノ3)を負うほか,会社の業務決定ないし業務執行を実施する機関として,会社の業務決定ないし業務執行に際して会社を名宛人とする法令を遵守する義務を負うといえるから,商法266条1項5号の「法令」には,会社を名宛人とする法令も含まれる。また,取締役は,会社を名宛人とする法令の趣旨に沿った業務運営をすることを会社から委任されているものといえるから,これを遵守することは,会社に対する忠実義務,善管注意義務の内容をなしている。
これを銀行の取締役についていえば,銀行法が,銀行を名宛人として,銀行業務の公共性を実現するため,銀行業務の健全かつ適切な運営をすることを義務付けている(銀行法1条,3,4条,13条,25ないし27条)から,銀行の取締役は,業務執行において銀行法を遵守する義務を負っており,商法266条1項5号の「法令」には銀行法が含まれ,また,銀行法の趣旨に沿った業務決定・執行をしていたか否かが,銀行の取締役の忠実義務,善管注意義務の内容をなす。
したがって,銀行の取締役は,経営判断について裁量権を有しているものの,銀行法の趣旨に反してはならないという観点からその裁量に一定の制約がある。
〔控訴人らの主張〕
銀行の取締役が一般の株式会社の取締役に比べて重い注意義務を負担すると解すべき理由はない。
イ 融資判断における銀行の取締役の注意義務
〔被控訴人の主張〕
融資判断において,銀行の取締役に一定の裁量が認められるとしても,上記のような制約から,銀行の取締役は,公共性,安全性,収益性及び成長性といった観点に留意して融資すべきか否かを決定する注意義務を負う。
また,取締役の裁量判断が正当化されるためには,その前提として,判断に至る過程において当然尽くすべき情報収集,分析をしていなければならない。銀行の取締役が,本来重視すべき要素を軽視し,本来重視すべきでない要素を重視し,その結果,検討すべき事項について検討が不十分である場合には,融資判断における裁量を逸脱したものといわなければならない。
控訴人らは,長年にわたって銀行実務に携わってきた金融の専門家であり,かつ,いずれも投融資会議ないし経営会議の構成員として一定金額以上の融資決裁や拓銀の経営に重大な影響を及ぼす融資先に対する方針決定を委ねられた立場にあったから,会議に付議された案件の決裁においては,提出された資料の表面上の結論や外見的整合性にとらわれず,従前の取引経緯から当然に検討されるべき事項が検討されているか,資料作成の前提としていかなる情報が収集されているかを検討し,資料に不備がある場合には,さらなる調査を命じる注意義務があったというべきである。
また,控訴人らは,各取締役がすべての審議案件について詳細な調査・検討義務を負うのではなく,当該案件を担当する部署が作成・提出した資料を前提として審議すれば足りる旨主張するが,争う。担当取締役が提出した資料等を信頼すること自体の当否が問われるのであり,提出された資料が信頼に足りるものであったかどうかといった事情は,案件を審議する各取締役の注意義務を判断する上での一事情にすぎない。
〔控訴人A,控訴人B,控訴人C,控訴人E,控訴人F,控訴人H及び控訴人Gの主張〕
融資の決裁は,取締役の経営判断であるから,当該融資が結果として回収困難ないし不能となった場合であっても,これを行った取締役の判断をもって直ちに善管注意義務,忠実義務違反と断ずべきではなく,その判断に通常の企業人として看過しがたい過誤,欠落があるかどうかを,貸付の条件,内容,返済計画,担保の有無,内容,借主の財産及び経営状況等の諸般の事情に照らして判定すべきであるといういわゆる経営判断の原則が適用されるべきである。
具体的には,融資判断に一見して明白な誤りや不合理な判断がない限り(控訴人A,控訴人B,控訴人C及び控訴人H)又は意思決定の過程・内容につき通常の企業人として著しく不合理な点がない限り(控訴人E及び控訴人F),当該融資判断は取締役の裁量の範囲を逸脱するものではなく,融資を決裁した取締役に善管注意義務,忠実義務違反はないというべきである。
そして,銀行という巨大な組織の上部機関として融資決裁を行うのであるから,上記のような判断は,担当部署が提出した資料や説明に一見して明らかな不備がない限り,担当部署の提出した資料や説明を前提として行えば足りるのであって,銀行の取締役が自ら調査したり,担当部署の資料や説明に不備がないのにさらなる調査を指示すべき注意義務はない。
(4) 第1融資に関与した取締役の責任の有無
〔被控訴人の主張〕
ア 第1融資は,いずれもカブトデコムの子会社及び関連会社等に対して,各借主には融資を返済するだけの事業収益力がなかったにもかかわらず,各借主が取得するカブトデコム株式に担保を設定して,その売却代金により返済することを予定した融資であり,その回収を,カブトデコムという一企業の株式の価値に全面的に依存するという構造を持っていた(Iの保証予約もなされたが,同人の資産の大半はカブトデコム株式であったから,カブトデコム株式の価値に依存していたことに変わりはない。)。
本来,銀行の融資は,事業収益力のある企業に対して資金を提供するものであり,第1融資のように,事業収益力のない企業に対し,当初から担保の処分によって回収することを予定する融資は,担保品の価格変動が直接に回収可能性に大きな影響を与え,担保品の価格変動のリスクを銀行が負うことになるという危険を含んでおり,銀行実務において厳に戒められていた。
このことは,拓銀の内部規定で,第1融資直後の平成2年4月に明文化された,「貸出運営上の留意点」に,「企業内容・事業計画・資金使途・回収財源・商手の成因調査等に基づく判断を優先させ,『担保・保証』は補完的な判断材料とする」,「返済財源(運転資金の融資においては売上代金であり,設備投資資金の融資については,内部留保金(純利益+減価償却費等-配当・役員賞与等))の検討が不可欠である」,「財テク,為替投機等は,時として企業の死命を制するので,その規模が会社の体力を超えたものではないか,潜在的な損失を内包したものではないか等十分注意を払う。」等と規定していることからも明らかである。
にもかかわらず,第1融資に関与した控訴人らは,融資を返済するだけの事業収益力のない借主に対し,担保であるカブトデコム株式にのみ依存して第1融資を決裁した注意義務違反がある。
イ 控訴人らは,当時,第三者割当増資等のエクイティファイナンスが盛んに行われており,これに対して銀行が資金をバックファイナンスして当該株式を担保にとることも一般的に行われていた旨主張する。
しかし,エクイティファイナンス及びこれに対するバックファイナンスが一般的に行われていたとしても,第1融資のように,融資を返済する事業収益力のない借主に対する融資が,当時一般的であったとは到底いえない。
第1融資が銀行業務の本来の形式を逸脱した融資であったことは,旧大蔵省銀行局の担当官が,第1融資に関して,平成2年6月7日に,拓銀に対し,「売上高,経常利益に比べ引受高が大きすぎる,まともな返済財源のない企業に貸出しをするのは問題である。」と指摘したこと,当時,マスコミが「異例の第三者割当を後押し」「不透明感が漂う第三者割当増資」などと指摘していたこと,拓銀が,平成3年5月20日付けの文書において,第1融資について,「時代に流され,融資の基本がおろそかになった」旨の反省を記載していること,平成5年に作成されたカブト問題特別調査委員会の調査報告書において第1融資は組織的討議・検討が不十分であったと評価していることなどから明らかである。
ウ 第1融資におけるカブトデコムの実態に対する調査・検討は不十分であり,第1融資に関与した控訴人らには融資実行の判断をする上での注意義務違反が認められる。
(ア) すなわち,第1融資が,融資の基本を無視した担保依存型融資であった点をひとまずおくとしても,第1融資は,カブトデコムという一企業の株式の価値に依存した融資であり,前記のとおり,従来の銀行業務の在り方を大きく踏み越える異例の融資であった以上,カブトデコムについてあらゆる角度から綿密な分析と評価を行う必要があった。
(イ) 特に,カブトデコムについては,拓銀内部において,問題を指摘する意見があり(昭和62年3月の投融資会議の決裁書にL副頭取が慎重意見を記載したことなど。),そのような意見に応じてなされた昭和63年の事業調査室の調査では,「カブトデコムについては,子会社や関連会社との仕組み取引とみられるものが相当数あり,カブトグループ内の売掛金,買掛金が決済未了等のために異常にふくらんでおり,子会社やグループ内の取引では,売上高が計上されても実際の入金がずれこんでいる。また,借入金が過大になっており,カブトデコムから子会社への資金融通も行われている。」旨報告され,カブトデコムについては,表面上の売上高,利益をみるだけではその財務内容を把握できないこと,地価が上昇しているうちは,グループ内の取引によって利益が上乗せされるが,地価が下落に転じると多額の不良債権を抱えることになる構造であることなどが判明していた。
(ウ) そして,第1融資を決裁した平成2年2月13日開催の投融資会議資料には,カブトデコムの平成元年1月から同年12月までの工事受注額の75%が,カブトグループの自社開発プロジェクト又は関連先からの受注であること,同年3月以降,借入金が急増(146億円から386億円に増加)していること,札幌中心部及び東京を中心に積極的に土地を取得していることなどが記載されており,その記載からは,売上の二重計上,不動産市況の加熱に乗じて借入金で土地を取得していることなど,カブトデコムの業績について,昭和63年調査報告書に記載されたのと同様の問題があることが窺われた。
(エ) その他,上記投融資会議においては,今後金融環境の変化の中で不動産事業の冷え込みも予想されるから,カブトデコムの不動産投資の内容について十分に把握しておく必要があること,カブトデコムについては,人材不足が窺われることなどの問題点も指摘されていた。
(オ) 以上のような経緯に照らすと,第1融資を決裁する前提として,表面上の売上や利益に惑わされることなくカブトグループ間取引の実態を解明するため,カブトデコムについて昭和63年調査のような詳細な調査・分析をする必要があった。
(カ) 控訴人Dは,カブトデコムが,平成元年3月に店頭登録を果たしており,店頭登録のための厳しい審査を通っていたのであるから,第1融資当時,カブトデコムの業績について問題がないと判断することは合理的であったと主張する。しかし,そもそも,証券会社の審査を通っていれば,拓銀が独自の調査義務を免れるという関係にはない上,カブトデコムは店頭登録後1年足らずであったし,平成元年3月当時の店頭登録の審査基準は,上場する場合と異なり,明確化されておらず,証券会社とは別に日本証券業協会独自に審査するということもなく,店頭登録の審査は,各証券会社の証券審査部に任されている実情にあったから,店頭登録されたからといって,業績に問題がないということはできない。したがって,第1融資当時,カブトデコムが店頭登録企業であったということは,控訴人らが責任を免れる理由たり得ない。
(キ) 平成2年2月13日開催の投融資会議において,法人部は,カブトデコムの売上高,経常利益,純利益の推移及び見通し,受注実績の内訳の概要,主要勘定科目の推移,主な購入物件,株価動向等を記載した簡略な資料を提出したにとどまり,昭和63年調査のような詳細な企業調査を実施することなく,融資を付議した。
(ク) 控訴人らは,一定額以上の融資についての決定を委ねられた投融資会議の構成員たる取締役として,また,金融の専門家として,第1融資を決裁する前提として,法人部に対して,昭和63年調査のような詳細かつ綿密な企業調査を行ってカブトデコムの実態を明らかにするよう指示すべき注意義務があったにもかかわらず,平成2年2月13日開催の投融資会議において,そのような指示をすることなく,漫然と第1融資を決裁した注意義務違反がある。
(ケ) 控訴人Dを除く控訴人らは,平成3年12月に実施された日銀考査において,日銀が,第1融資の債権をS分類(日銀考査の査定区分のうちの一つで,おおむね旧大蔵省の第2分類に相当する。現在のところ最終的な回収に疑問はないが,現に延滞し又は今後延滞が見込まれるもの,赤字補填,滞貨,減産資金等の資金使途に問題があるもの,金利減免,棚上げ等貸出金条件に問題があるものなど,その資産評価に瑕疵を生じている貸出のこと。)としていないことを理由に,第1融資は合理的な融資であった旨主張するが,同考査結果は,カブトグループ全体の取引実態に踏み込むことなく出されたため,S分類とはされなかったものの,日銀担当者が,カブトデコムに対する債権についてS分類ではないかと指摘していることからすると,日銀考査によって第1融資が正当化されたということはできない。
エ 控訴人らは,上記投融資会議では,第1融資のマスタープランを決裁したのみで,個別借主に対する融資については,担当部が決裁したものであるから,投融資会議の構成員である控訴人らは,第1融資についての責任を負わない旨主張する。
しかし,平成2年2月13日開催の投融資会議資料の付議事項は,「第三者割当増資に係わる取得資金を貸し出すこと」であり,融資先,貸出額,実行日,貸出科目及び利率,期間,使途,返済財源,担保,保証等具体的な融資の条件や,融資先の名称,融資金額,事業内容,資本金,売上,経常利益,主要株主,設立年月日,カブトデコムとの関係など具体的な融資の条件を特定した上で審議・決裁されており,各諸貸出申請書には,「投融資会議にてご決裁済」「貸出条件はご決裁内容に同じ」「投融資会議にて包括承認決裁案件に基づくもの」と記載して融資を実行しているから,上記投融資会議において第1融資の包括的決裁を行ったというべきである。
オ 控訴人らが,第1融資を決裁したことにより,拓銀は,第1融資の回収不能額である192億1918万3951円相当の損害を被った。
控訴人らは,上記回収不能額は,第1融資決裁後,拓銀の担当部が回収できたにもかかわらずこれを怠ったために生じたものである旨主張する。
しかし,第1融資は,返済期限が3年で,2年分の利息をも融資していたことから,2年間は延滞が生じない構造になっており,借主である12法人は,平成4年2月までの期限の利益を主張できる立場にあったから,拓銀が担保権の実行として強制的に回収することはできなかった。無償増資分については,直ちに売却することが可能であったが,Iが株価の下落の懸念を表明していたため,借主らに任意の売却に応じてもらえず,回収することが困難であった。平成4年3月には,カブトデコムの株価は5100円と下落しており,さらに担保権を実行して大量の株式を市場に放出すれば一層の株価の下落が予想されたから,これ以降,拓銀は株式の売却が事実上不可能な状態となっていた。
カ 以上のことから,第1融資の回収不能は,返済能力のない借主に対し,カブトデコム株式のみに依存して,しかも,2年間の利息分も含めて融資したという第1融資の基本構造に由来するものであったというべきである。
〔控訴人A,控訴人B,控訴人C及び控訴人Eの主張〕
ア 第1融資は,カブトデコム株式の取得資金につき,取得した株式を担保として融資したものであり,当時,盛んに行われていたエクイティファイナンスに伴う引受株式を担保とするバックファイナンスである。
第1融資等の融資額は254億円であったのに対し,担保は,カブトデコム株式(平成2年2月当時時価2万0500円)を138万5000株(時価合計283億9250万円),I(資産約400億円(内訳は,カブトデコム株式が約378億6350万円,りんかい建設株式が約39億円,不動産約8億円であった。なお,Iの負債は30億円であった。)の個人保証予約であり,担保価値は合計約683億円であった。したがって,第1融資等は,カブトデコム株式の時価が7623円(2万0500円×(254億円÷683億円)=7623円)以下に下落して初めて時価ベースで担保割れとなる状態であった。
なお,融資を事業収入で返済しなければならないという規範は存在しない。融資の可否を決める重要な要素は,回収可能性であり,十分な担保があれば,返済原資が事業収益,投資資産の売却代金のいずれであってもよいというべきである。
イ カブトデコムの実態に対する調査・検討について控訴人らには注意義務違反はない。
(ア) 融資の適否の判断は,一般的に,回収可能性と受け取る利息の収支バランスから,通常の企業人として融資することが合理的か否かという基準でなされる。
そして,回収可能性については,担保にしたカブトデコムの株価の動向が重要であり,株価の動向は,経済情勢や当該企業の業績等から判断されるから,第1融資においては,経済情勢やカブトデコムの業績を調査・検討する必要があった(もっとも,株価の動向は,国内,国外の経済事情等,予測不可能な複合的要素によって形成されるのであるから,確実な予測は不可能である。)。
(イ) 前記のとおり,第1融資においては,十分に余力のある担保が徴求されていたため,当時2万円台であったカブトデコム株式が,7000円台に下落するおそれがあるか否かの予測をすれば足りる状況であったから,カブトデコムの売上高,経常利益の推移及び見通し,事業の状況,その他株価に関する諸要素の調査がなされていれば十分であり,第1融資の決裁時には,これらの点についての法人部の調査結果が報告されていた。
これに対し,被控訴人は,昭和63年調査報告書がカブトデコムについて消極的な評価をしていたこと,平成2年2月13日開催の投融資会議資料にカブトデコムの売上高の75%がグループ間取引である旨の記載やカブトデコムの借入金が増加している旨の記載があることから,昭和63年調査のような詳細な調査が必要であったと主張する。
しかし,昭和63年調査報告書は,当時カブトデコムの財務内容が悪いにもかかわらず,その点について質問してもIの了解がなくては教えられないという対応であったことと,要求した資料の提出に協力してもらえなかったことから消極的評価をしているのであって,カブトデコムの経営方法の問題性を指摘したものではない。そして,カブトデコムは,拓銀が主力銀行になって以後は,拓銀の調査に協力していたから,上記調査報告書に記載されていた問題点は解決済みであった(控訴人Eは,そもそも,上記調査報告書を見ていない。)。なお,特定の企業について積極意見と消極意見が併存することは通常あることであって,融資判断は,そのような状態を前提になされるものである。
また,グループ内取引は,通常のディベロッパーや建設業者において行われていることであって何ら特殊なことではないし,グループ内企業が土地を販売して土地販売の売上高を計上し,建設の仕事をして建設の売上を計上するのであるから,何ら問題ない。このような場合の事業リスクは,最終的にグループ外に販売できないという点であり,グループ内取引が75%というのは高い数字であったが,当時は,物件や会員権が売れなくなるということは予想されていなかったから,それが問題であるという認識は持ち得なかった。
カブトデコムの借入金については,事業が拡大すれば借入金が増加するのは当然であり,カブトデコムは,第三者割当増資によって540億円もの自己資本(自己資本比率45.61%)を取得する予定であったから,386億円程度の借入金は問題ではなかった。
(ウ) 第1融資当時,日本経済は力強く成長しているというのが周知の事実であり,バブル経済の崩壊などは予測できない状態であった。
また,カブトデコムの業績について,法人部は,平成2年3月期,平成3年3月期,平成4年3月期の各売上高(420億円,700億円,1000億円と推移する見込み),各経常利益(60億円,85億円,110億円と推移する見込み)を調査検討し,その結果,カブトデコムは,今後も高成長を継続すると考えられた(建設業の売上見通しは受注高によって2,3年後まで見通せるから,上記見通しは信頼性が高かった。)。また,カブトデコムは,①不動産ブーム,建設業界の活況を背景に順調に業績拡大しており,②市内商業地の手持物件が多く,開発による進展が期待でき,③市内中心部の物件が多く,値下がりは考えられず,④店頭登録により信頼度向上が予想されていた。さらに,カブトデコム株の高値の理由として,①経営指標(EPS,PER,PBR)が優れていること,②安定化比率が高いこと,③エイペックス等のプロジェクトに対する期待が大きいこと,④野村証券グループ挙げての支援があることが報告された。
以上のとおり,カブトデコムの資産価値や収益を基準とした株式の理論価値の観点から,今後,収益の増加に伴い自己資本が拡大すると考えられたから,1株当たりの資産価値が増大し,今後の収益拡大によって1株当たりの収益還元価値も増大することが予想され,カブトデコムの株式が暴落することはまず考えられなかった。
さらに,第1融資は,拓銀に,ユーロ市場での調達コスト+0.5%以上の利息収入をもたらすものであった。
このように,第1融資は,リスクが小さく,収益が大きい融資であった。
(エ) 以上のとおり,平成2年2月13日開催の投融資会議に法人部が提出した資料や報告は,当時2万円台であったカブトデコム株式が,7000円台に下落するおそれがあるか否かの予測をするに十分なものであった。
そして,前記のとおり,拓銀という巨大組織の中の上部機関である投融資会議においては,その構成員は,担当部署の提出した資料・報告に一見して不合理な点がない限り,担当部署にさらに調査するよう指示すべき注意義務はなく,担当部署が提出した資料・報告を前提として判断すれば足りる(特に,控訴人Eは,東京駐在の国際部門担当の代表取締役副頭取であり,カブトデコムとの取引を担当したことがなかったから,担当部署の資料・報告に一見して不合理な点がない限り,さらなる調査を指示することは不可能であった。)。
したがって,控訴人らには,法人部に対してさらに調査するよう指示すべき注意義務はなかった。
ウ なお,旧大蔵省銀行局の担当者は,平成2年6月,第1融資の借主に返済能力がないこと等の問題点を指摘していたが,返済能力がなくとも,担保によって回収可能であれば問題がないことは前記のとおりである。
また,カブト問題調査報告書は,第1融資が,当初,Iと控訴人Gのトップ同士の話合いから始まったことを指摘しているにすぎず,第1融資が不合理な融資であったという趣旨ではない。
さらに,平成3年12月の日銀考査において,第1融資によって生じた債権はS分類とされず正常債権とされていることからも,第1融資の決裁が合理的であったことは明らかである。
エ 平成2年2月13日開催の投融資会議は,第1融資全体のマスタープランを検討しただけで,個別の融資の決裁はそれぞれの担当部が行っているから,控訴人らは,第1融資の決裁を行っていない。上記投融資会議には,個別の借主の貸借対照表,金融機関取引状況表,その他融資決裁に必要な資料が添付されていなかったことからも明らかである。
オ 第1融資の一部が回収不可能となったのは,第1融資後に拓銀の回収担当者が,債権回収を怠ったことによるものであって,第1融資の決裁とは相当因果関係がない。
(ア) 第1融資において,担保を設定した株式は,2年間売却できないことになっていたが(なお,2年間の売却制限については,カブトデコムと借主との取決めであって,拓銀に対する制約ではない上,借主も,やむを得ない事由があるときは売却することができたから,2年内に売却することも不可能ではなかった。),無償増資によって新たに担保となった株式については,いつでも売却可能であった。
(イ) 平成2年5月,84%の無償増資が実施され,これによって,担保にとった12法人の株式は,91万9800株増加して合計201万4800株(109万5000株×1.84)となった。当時の株価が1株4万1400円であったから,このうち,4分の1以下の47万2705株を売却すれば,第1融資の195億7000万円を回収できたことになる。
(ウ) カブトデコム株式の平成元年から平成4年までの年間出来高は,309万株,229万株,195万株,275万株と推移しており,少な目ではあるが,これは,株主安定化比率が高く,値上がり期待や無償増資の期待から,保有者が手放さないことによるものであった。無償増資後も株価が値上がりしていることや,上記投融資会議資料に割当希望者が百十数件あった旨記載されていることからも窺えるように,潜在的買需要は大きかった。したがって,担保にとった株式は,売却しようと思えばいつでも売却できる状態であった。
なお,単一銘柄の株式を担保にとることは銀行実務においてしばしばみられることであった。
〔控訴人Dの主張〕
ア 被控訴人は,第1融資が借主の返済能力を無視した融資であった旨主張するが,借主の返済能力については,個々の融資申請の際に所定の決裁権者が検討すべきことであったから,これに関与していない控訴人らに責任はない。
イ 第1融資について,控訴人Dに被控訴人が主張するような注意義務違反はなかった。
(ア) 第1融資を決裁するに当たって,被控訴人の主張するように,カブトデコムの実態について,昭和63年調査のような詳細な調査をすべきであったとはいえない。
被控訴人は,平成2年2月13日開催の投融資会議資料には,カブトデコムの売上高の75%がグループ間取引である旨の記載やカブトデコムの借入金が増加している旨の記載があったこと,従前から拓銀内部にカブトデコムとの取引についての消極意見があったことから,第1融資の決裁に当たって,カブトデコムの実態について詳細な調査が必要であったと主張する。
しかし,グループ内取引自体はどこでもなされていることであるし,カブトデコムにおいては,資金が滞ることなく,売上高及び利益が伸び続けていたことから,グループ外にも物件の販売ができていたと考えられた。また,借入金の増加は,業績の拡大にはつきものであり,さらに,カブトデコムは,借入金とともに預金が増加していた(平成2年3月期は584億円で,前年比522億円増)。
特に,控訴人Dは,当時,東京に駐在して業務に専念しており,道内のカブトデコムの企業内容や動向とは無縁であった。
昭和63年調査報告書は,昭和62年3月期決算を基に作成されたもので,その後3年が経過しており,その間,カブトデコムの経営規模・財務構成は格段に拡大是正され,平成元年3月に,主幹事証券会社である国際証券の審査部の厳しい審査を通り,店頭登録を果たしていたことから,関係会社取引等整理させるものは整理され,改善整備されたはずであった(店頭登録には実質基準があり,取引関係に不健全なものはないか,関係会社に対する債権保全が十分か調査することになっている。内容そのものは上場の場合と同じである。)。さらに,カブトデコムは,今後,第1融資に係る第三者割当増資により,低金利の資金542億円を入手して,資本金が626億円(昭和62年3月期は8億5300万円であったから,その73.3倍)になるなど,財務構成が拡大される予定であった(実際,平成2年11月13日,平成3年7月13日開催の各経営会議において,第三者割当増資の経営改善効果が現れていたことが報告されている。)。また,今後,拓銀から人材派遣が予定されており,カブトデコムの経営については,拓銀の指導性が確保される見込みであった。
以上のような事情から,カブトデコムは,昭和62年に事業調査室が調査したころとは別の企業といってもいいほど様変わりしており,昭和63年調査報告書において指摘された問題点は解決済みと考えられた。
したがって,第1融資の決裁に当たり,控訴人らに,昭和63年調査のような詳細な調査・検討を行うように指示する注意義務はなかった。
(イ) 第1融資等は,12法人及び6個人が,カブトデコム株式138万5000株を取得するのに対し,上限254億円を融資するというものであり,カブトデコム株式1株に対する融資額は約1万8000円(254億円÷138万5000株)であった。これに対し,保全は,12法人及び6個人から担保に徴求したカブトデコム株式1株の時価が2万5000円,実効担保価格(掛目70%)1万4000円であり,実効担保価格ベースで35億4000万円{(1万8000円-1万4000円)×138万5000株)}の保全不足があったが,当該不足分は,I(資産407億円)の保証予約で確保することができた。上記投融資会議における法人部の報告によれば,カブトデコムは,順調に成長拡大しており,株価も上昇中で,今後も業績拡大,株価上昇が見込まれ,経営に不安点はないというものであったから,安全性の高いものであった。
第三者割当増資で取得した株式は2年間売却できないことになっていたが,無償増資で引き受けた株式については,いつでも売却可能であり,第1融資の決裁の際に,無償増資によって取得した株式を売却した場合には売却代金を全額弁済に充ててほしいという趣旨を,各取扱店及び借主に徹底する旨の報告がなされた。また,第1融資の構造上,12法人は,2年目以降の利息を支払うのが困難であったから,12法人は2年以内にカブトデコム株式を売却して返済するであろうと考えられた。
カブトデコム株式の出来高実績はかなり高いもので,上記投融資会議において,たくぎん抵当証券及びたくぎんファイナンスサービスが,平成2年1月にカブトデコム株式5万株を売却した事実が報告された。株価2万円として1か月17万株を売却すれば6か月で回収可能であるところ,1か月17万株を売却することは十分可能であった。
その他,第1融資は,拓銀に大きな利益をもたらすものであった上,拓銀が支援してきていたカブトデコムの社業発展に資するという意義を有していた。
このように,第1融資は,安全で利益の大きい融資であったから,第1融資を決裁したことに注意義務違反はない。
ウ 平成2年2月13日開催の投融資会議は,カブトデコムが当初一般公募による増資を予定していたが,株価が高騰したため,一般公募することができず,第三者割当増資による増資に変更したことから,こうした一連の手続に拓銀が協力することについての賛同を求められたものであって,第1融資の個別の融資についての検討や決裁はしていない。
また,副頭取は,投融資会議の構成員として協議に参加するが,最終的な決裁は頭取が行うものであって,副頭取は決裁権限を有していないから,控訴人Dは,第1融資を決裁していない。
エ 第1融資の一部が回収不能となったのは,第1融資後に,拓銀の回収担当者が債権回収を怠ったことによるものであって,第1融資の決裁とは相当因果関係がない。
(ア) 第1融資決裁当時,第1融資の回収に不安がなかったことは,前記のとおりであり,平成2年5月に84%の無償増資が実施され,これによって,担保にとった12法人の株式は,91万9800株増加して合計201万4800株(109万5000株×1.84)となった。この約91万9000株の時価は,平成2年5月末で244億円(1株2万6600円),同年12月末で220億円(1株2万4000円),平成3年12月末で203億円(1株9590円)であったから,これらのどの時点で売却しても第1融資額合計を回収することは可能であった。
また,平成3年5月に60%の無償増資が実施され,これによって,担保にとった12法人の株式は,さらに120万8800株増加して合計322万3680株(201万4800株×1.6)となった。
以上の無償増資によって,直ちに売却可能な合計212万8600株が発行されたことになる。
(イ) ところが,第1融資実行後,拓銀の回収担当であった総合開発部は,株価が低下して担保割れの状態になっても,Iが株価下落に懸念を示したことなどを理由に,担保権実行や追加担保の徴求などすることなく,第1融資の回収を怠った。このような拓銀の回収懈怠は,第1融資決裁後の平成2年10月に拓銀が採用したインキュベーター路線の現れであると考えられるが,それは,第1融資の決裁後に拓銀が選択した方針であり,第1融資の決裁とは無関係である。
(ウ) 被控訴人は,3年間は期限の利益があったから,拓銀は強制的に回収することはできなかった旨主張するが,銀行取引約款5条2項には,債務者が取引約定に違反したとき,保証人が取引約定に違反したとき,その他債権保全を必要とする相当の事由が生じたときには,銀行側の請求によって期限の利益を喪失させることができると定めている。そして,12法人は,平成3年5月から平成4年11月までの間に合計43万2000株を処分していながら,その売却代金を返済に充てておらず,Iは,個人保証を予約していたにもかかわらず,平成4年3月31日までに1375億円の保証債務を負っており,これらは約定違反であるから,拓銀の請求により期限の利益を喪失させることは可能であったはずである。
(エ) したがって,第1融資の一部について未回収になっているのは,総合開発部の債権回収義務懈怠によるもので,第1融資を決裁したこととは相当因果関係がない。
オ ところで,第1融資は,ユーロ円貸付で行われた。ユーロ円は,借主が拓銀を通じて直接ロンドンの銀行から借り入れるものであり,拓銀は,その返済を保証する立場にあった。第1融資については,12法人は,いずれも拓銀の仲介で外国の他の銀行から同額の借入をして,第1融資を当該期限に弁済した。第1融資とこれを弁済するための融資は独立しているから,最初のユーロ円債権の弁済がなされた時点で,投融資会議が決裁した第1融資は,弁済により消滅した。
カ 仮に,控訴人Dに第1融資の決裁について注意義務違反があり,これと拓銀の被った損害との間に相当因果関係があったとしても,拓銀には,第1融資による損害の発生について,前記のように回収を怠った過失があったから,過失相殺がなされるべきである。
(5) 第2融資に関与した取締役の責任の有無
〔被控訴人の主張〕
ア 第2融資は,資金繰りに行き詰まったカブトデコムに対し,その資金需要に応じて融資し,延命を図るというもので,救済融資の類型に該当する。
(ア) 救済融資は,そもそも経営状態が苦況にある企業に対してなされるもので,回収可能性が低い融資であるが,再建の見通しのある企業について,倒産させるよりも再建させる方がより多くの貸付金を回収できることもあるから,救済融資をすることが合理的な場合もあり得る。
そして,救済融資が適法であるというためには,第1に,融資先の実態を把握し,第2に,再建策の実現可能性について検討し,第3に,当該融資を行うことにより新たな損害の拡大とならないように十分な追加担保を徴求する必要があるといえる。
なお,第2融資は,カブトデコムに対して500億円を融資する内容であったが,第2融資決裁前の平成4年2月ころ,拓銀からカブトデコムに対する融資残高は711億円(平成4年8月5日には総授信額1003億円)に達しており,銀行法上の大口融資規制(普通銀行の場合,貸出金の自己資本中に占める割合が20%以内まで)によれば,当時の拓銀の同一企業に対する融資の上限は905億円であったから,第2融資は,銀行法上の大口融資規制に反するものであった。また,当時,拓銀の年間業務純益が300億円程度であったから,第2融資は,拓銀の経営に重要な影響を与えるものであり,なおさら慎重な判断をする必要があった。
(イ) カブトデコムについては,平成3年7月23日開催の経営会議において,自社開発プロジェクトの特性から,その実態を把握するためにはカブトグループであるカブトデコム,山王建設,兜ビル開発,甲観光,山三西武地産及び丸三昭和通商の6社について調査する必要があることが報告され,同年12月の日銀考査において,カブトデコムに対する債権の一部がS分類ではないかとの指摘を受けたことにより,控訴人らは,カブトグループ全体の実態を把握する必要を痛感し,平成4年1月28日開催の経営会議において,総合開発部に対し,「カブトグループ全体のバランスが今後どのようになるか分かるようにする」という指示をしていた。
また,第2融資が付議された同年3月23日開催の経営会議における総合開発部からの報告によって,カブトグループ間で取引が決済できず,資金繰りが行き詰まり,カブトデコムが資金調達せざるを得ない状態になっていることが窺われた(カブトデコムが実質的に大幅な減収減益になっており,短期借入金,長期借入金,販売用不動産,短期貸付金,長期貸付がいずれも増大していた。)。したがって,拓銀は,カブトデコムの実態を把握するために,カブトグループ内での資金及び物の流れを連結ベースで把握する必要があった。
イ 総合開発部は,第2融資決裁のための資料として,上記カブトグループ6社の連結財務諸表及び連結損益計算書を作成せず,カブトグループの資金及び物の流れを連結ベースで把握するために必要な調査をしなかった。
また,平成4年4月3日開催の経営会議に提出されたカブトデコム,兜ビル開発,甲観光及び山三西武地産のカブトグループ4社についての連結財務諸表は,カブトグループ全体に及ぶものではなく,簡便法(通常,100%子会社で,規模が小さく,子会社の損益額が親会社を含めたグループ全体の損益額に大きな影響を与えない程度であることが明らかな場合の企業集団を対象としてなされる連結計算の方法)によってなされたものであり,時間的にも,平成4年3月23日開催の経営会議後わずか10日の間になされた調査であったという点で不十分なものであった。
第2融資の決裁の際に,総合開発部が報告したカブトデコムの再建策は,カブトデコムがカブトグループ全体で,貸付金に見合う資産があることを前提に,バーター取引を織り交ぜながら,580億円の物件を売却し,山三西武地産への貸付金については,同社保有のプロジェクト物件(いわゆる8.6プロジェクト物件及び5.4プロジェクト物件)の価値増加分から回収するほか,甲観光及び兜ビル開発へ物件を売却し,カブトグループ会社との取引の際,他行借入金を返済しないで承継するなどというものであったが,以下のとおり,いずれも実現可能性ないし実効性に欠けるものであった。その上,総合開発部は,カブトデコムが再建する上で重要なエイペックスの事業採算性について検討しなかった。
(ア) 平成4年3月23日開催の経営会議において,総合開発部は,カブトグループの保有不動産について簿価合計と時価合計を算出し,トータルで支出済み額を回収できる見込みであると報告した。
しかし,この報告における時価評価は,カブトデコムが平成3年12月時点の国土法価格を基準に算出したものであるが,平成3年は,地価が東京圏では住宅地で10%下落し,札幌においても下落に転じた状況であったから,国土法価格は実際の地価を大幅に上回っていたと考えられる。
また,上記報告は,山三西武地産が保有する物件について,容積率アップ及び特定街区指定を見込んで,8.6プロジェクト物件の時価を447億6500万円,5.4プロジェクト物件の時価を172億1200万円と評価して成り立っているが,当該物件はいずれも上記経営会議の時点で凍結プロジェクト物件と報告されており,8.6プロジェクト物件に関しては,ダイエーをキーテナントにすることも実現困難となっており,平成4年3月末の時点で容積率変更がなされる見込みがあったのか疑問を感じる記載であった。同年9月の経営会議資料では,8.6プロジェクト物件が時価265億2300万円,5.4プロジェクト物件は時価83億円とされており,同年3月23日開催の経営会議における総合開発部の報告どおりの資産価値があったとは考えられない。
以上のように,総合開発部のカブトグループ保有資産の価値についての報告には明らかな不備があった。
(イ) なお,平成3年7月23日開催の経営会議では,カブトデコムは,平成4年3月までに12物件を売却するとして具体的な物件名を挙げていたにもかかわらず,その後,このうちの2件しか売却できていないことが明らかになっており,当該2件もカブトグループ内での売却にすぎなかった。同年3月23日開催の経営会議では,M総合開発部長から,Iが(時価より高額な)不動産の取得簿価での売買に固執しているため,売却が進まない旨の報告がなされていたのであるから,たとえ拓銀がカブトデコムに不動産の売却を促しても,売却が進む状況にはなかったのであり,第2融資を決裁するに当たっては,具体的な不動産売却促進方法を検討する必要があった。
(ウ) また,平成5年1月27日開催の経営会議において,カブトデコムのカブトグループ外への売上高は,平成元年3月期以降38億円のみであったという実態が明らかにされており,カブトデコムの実態を把握していれば,カブトデコムの再建が不可能であることは明らかであったし,山三西武地産への貸付金の回収財源とされた8.6プロジェクト物件及び5.4プロジェクト物件については,前記のとおり,いずれも凍結プロジェクトであると説明されていたから,当該プロジェクトの資産価値増加を当て込んで山三西武地産に対する債権を回収可能債権と評価することは不合理であった。
(エ) さらに,他行借入金の引継については,プロジェクト物件の売主はカブトグループの会社であるから,結局カブトグループ全体の収支改善にはつながらず,わずかにプロジェクト物件の仕入れの際に行われた他行,ノンバンクからの借入を拓銀が肩代りすることを防ぐという意味しかない。甲観光等への物件売却は,カブトデコム単体の収支改善,借入金の圧縮につながるとしても,カブトグループ全体の収支改善,借入金の圧縮にはつながらず,上記資金需要圧縮策は,カブトグループ全体をみれば,何ら改善をもたらすものではなかった。
(オ) エイペックスについては,当時,カブトデコムが手がけていた最大の事業であり,カブトデコムの今後を見通す上で重要で,控訴人らもそのように認識していた(平成4年3月23日開催の経営会議において「優先事業はエイペックス」,同年4月3日開催の経営会議においても「優先事業はエイペックス,状況によっては事業計画の再検討」と指摘している。)。
ところが,エイペックスは,会員権販売代金によって事業費をまかなう計画であったが,平成3年10月には,すでに会員権の販売は断念せざるを得ない状況で,会員権販売収入がない場合の代替計画を検討する必要があった(会員権が販売できるまでのつなぎとして,拓銀から207億円,拓銀以外から414億円の借入金があったから,会員権が販売できない場合,資金が入ってこないというだけでなく,開業後,少なく見積もっても年間20億円の利息債務が発生するということになる。)。その他,エイペックスについては,投資額の安易な増額,それに伴う安易な会員権販売計画の変更がなされており,さらにカブトデコムによるグループ会社からの会員権一括買上げ,カブトデコムとグループ会社間の売買代金の相殺処理とその過程での不明朗な反対債権の計上,カブトデコムから関連会社への会員権転売等,カブトデコム内での経理上の操作による売上金の不透明さ等の問題があった。
したがって,カブトデコムの今後を見通す上で,エイペックスの採算性は検討しなければならない事項であり,第2融資の決裁に際して,この点について調査,検討をしていない総合開発部の調査には不備があった。
ウ 第2融資の際に設定された担保は,いずれも実効担保価格ベースで保全不足であった。第2融資を決裁した控訴人A,控訴人E,控訴人B,控訴人F及び控訴人Gは,時価ベースでは保全不足はなかった旨主張するが,時価を基準に担保評価することは銀行実務一般では行われていない上,そもそも,控訴人らのいう時価評価は,カブトグループ会社間で設定された買取価格(平成4年4月3日,同月27日開催の各経営会議における報告),国土法価格,平成2年7月の鑑定評価額,平成3年9月の簿価(平成4年5月28日開催の経営会議における報告)となっており,時価評価としても適切なものではなかった。
また,上記のような時価ベース評価では保全不足は生じないという主張は,山三西武地産が保有する8.6プロジェクト物件の時価を447億6500万円,5.4プロジェクト物件の時価を172億1200万円と評価して成り立っているが,これらの時価評価に不備があったことは前記のとおりであった(平成4年9月開催の経営会議資料では,8.6プロジェクト物件が時価265億2300万円,5.4プロジェクト物件は時価83億円とされており,仮にこの数字を前提にすると,時価ベースでも第2融資によって82億8400万円の保全不足拡大になる。)。
エ 第2融資について,平成4年3月23日開催の経営会議における総合開発部の調査・検討は,前記のとおり,不十分なものであったから,控訴人らは,拓銀の経営の重要事項の決定を委ねられた経営会議の構成員たる取締役として,また,金融の専門家として,総合開発部に対し,カブトデコムの実態,再建計画の見込み,担保等について,さらなる調査・検討を指示すべきであった。
にもかかわらず,控訴人らは,そのような指示をすることなく,総合開発部の不十分な調査・報告に基づいて第2融資を決裁した注意義務違反がある。
なお,第2融資の決裁時期については,上記経営会議で「需資が500億円であることは了承,当社に需資500億円に対する融資というのは緊急融資であることを認識させる」という結果となっているが,上記記載の仕方,控訴人Gないし控訴人Bが,平成4年3月中に,Iに対して「今回貸すのがもう最後で,これ以上はだめだぞ」という趣旨のことを述べていたこと,同年4月3日開催の経営会議で早速500億円のうち160億円の融資決裁がなされ,その後同年8月までの間に継続的に540億円の融資がなされていることから,平成4年3月23日開催の経営会議において第2融資の決裁があったものというべきである。
また,第2融資には,権限規程による投融資会議の省略,大口融資自主規制の潜脱といった行内の規程違反があった。
オ 第2融資によって,拓銀は,第2融資の回収不能額である308億9450万円相当の損害を被った。
〔控訴人らの主張〕
ア カブトデコムは,不動産がその取得簿価以上で販売できれば当然利益が生じる構造であったから,第2融資の回収可能性は,プロジェクトごとの資産価値と取得簿価をみれば把握することができ,第2融資の決裁において必要な情報は,第1に,カブトデコム全体の資産評価であった。さらに,カブトデコムがプロジェクトの凍結等によって資金需要を圧縮した場合に,カブトグループ,特に山三西武地産の財務状況が影響を受ける(財務状況が変化すると,第2融資後のカブトグループの資金調達の可能性に変化が生じ得る。)と思われることから,第2に,資金需要を圧縮した場合のカブトデコム及び山三西武地産を含めたカブトグループの平成5年3月期の財務状況であった。
イ 被控訴人は,カブトデコムが資金繰りに行き詰まった原因は,カブトグループ間の決済が滞るなど,カブトグループ間の取引に問題があったためであるとした上で,第2融資を決裁するにあたって,前記カブトグループ6社の連結財務諸表及び連結損益状況を調査する必要があったと主張する。
しかし,カブトデコムの資金繰りが行き詰まったのは,地価の下落により不動産市況が低迷し不動産が一時的に売れなくなったためであって,カブトグループ間の取引に問題があったためではないから(グループ間での取引は,建設業,ディベロッパーの間では一般的に行われていることであり,そのような取引をしていることは特に問題とはならない。たしかに,グループ間の取引を行っている場合には,グループ外に売却できないリスクが伴うが,第2融資決裁当時は,景気が調整過程に入っているものの,間もなく回復するという見方が一般的であったから,グループ外に売却できないリスクは,当時,問題にならなかった。),第2融資の決裁に当たって,カブトグループ6社の連結財務諸表及び連結損益状況を調査する必要はなかった。
また,平成4年1月27日開催の経営会議において,カブトグループ全体のバランスがどのようになるか把握できるように調査するよう指示しているが,これは,上記経営会議において,「カブトデコムが平成4年中に1000億円の資金需要があるが,自社開発プロジェクトを再度見直して凍結して,資金需要を圧縮する。」旨の報告があり,カブトデコムの資金需要を圧縮することによって山三西武地産の資金繰りが困難になるおそれがあったことから,山三西武地産を含むカブトグループの連結ベースで貸借対照表を調査する必要があったからにすぎない。
なお,平成3年12月の日銀考査において,当初,日銀から,カブトデコムの同年9月末と同年12月末を比較すると借入金が増加していること,不稼働資産が多いことなどの指摘を受けたが,総合開発部が,日銀に対し,カブトデコムは,同年3月末後の回収金が大きかったため,たまたま同年9月末の借入金が少なくなっていただけであることを説明し,また,カブトデコムの資産を一つ一つチェックすることで不稼働資産は,総資産2799億円のうち286億円にすぎないことを理解してもらったから,上記日銀考査の結果は,特にカブトデコムの実態について疑問を抱かせるものではなかった。
ウ 被控訴人は,平成4年3月期の決算で,短期借入金,長期借入金,販売用不動産,短期貸付金,固定資産等が増加していることを指摘して,前記カブトグループ6社連結損益状況等の調査の必要性があった旨主張するが,事業規模の拡大に応じて上記のような各勘定科目の金額が増加するのは当然のことであって,カブトグループの業績悪化を示すものではないから,上記のような報告を受けてカブトグループの連結損益状況等を調査すべきであったとはいえない。
第2融資の決裁に当たり,総合開発部は,カブトデコムの資産価値について,融資判断に必要な調査をしていたのであって,これに不備はなかった。
エ 被控訴人は,資産価値の評価について不備があったと主張する。しかし,国土法価格を基準として資産価値の評価をしていたことについては,国土法価格は,高騰する地価を人為的に抑えようとして設けられたものであって,本質的に流通価格より低く設定されており,流通価格がピークから5%程度(平成4年3月に発表された公示価格の札幌商業地の下落率は5%程度であった。)下落したあたりで,国土法価格と流通価格が合致したと考えられるから,平成4年3月当時のカブトデコムの不動産を国土法価格で評価したことは適切であった。そもそも,国土法価格は,国が適切な価格として設定しているものであるから,それが妥当でないということはできない。
8.6プロジェクト物件及び5.4プロジェクト物件が特定街区に指定されることを見込んで評価していたことについては,特定街区の指定には特別な要件があるわけではなく,四囲を道路で囲まれた街区であること,設計上有効空き地を設けることなどの客観的な要件を満たせばそれで指定を受けることは可能であり,特定街区の指定がされる可能性は存在していたから,その評価に誤りはない。また,特定街区に指定されるまでのことはなくても,容積率アップによって723億円の資産価値増加になると評価されていたが,容積率アップの可能性が強く存在しており,723億円の資産価値増額が見込まれた。実際には,容積率の見直しは平成4年10月16日に実施され,上記各プロジェクト物件の容積率はアップしなかったが,同時点までは,容積率がアップする可能性が高いと報告されていたのである。そして,容積率アップを前提としなくても,凍結プロジェクト物件全体の含み益は62億円であったから,やはり借入に見合う資産があったことに変わりはない。また,上記各プロジェクト物件は凍結プロジェクトとされていたが,これは,カブトデコムが資金を投入しないという意味であって,パートナーであるダイエーが資金を出して開発を続けることは可能であった。
平成3年12月の日銀考査において,日銀は,カブトデコムの資産を一つ一つチェックして調査した結果,カブトデコムに対する債権を正常債権と認定しており,この時点におけるカブトデコムの資産価値に問題がなかったことを示している。なお,総合開発部は,カブトデコム,兜ビル開発,甲観光及び山三西武地産のカブトグループ4社の連結財務状況を調査し,カブトデコムの資金需要を圧縮しても,山三西武地産の資金繰りに問題はないことを,平成4年4月3日開催の経営会議において報告した。
オ さらに,被控訴人は,カブトグループの実態,物件売却の可能性,山三西武地産に対する債権の回収可能性について検討が不十分であり,エイペックスの採算性について調査がなされておらず,その他の資金圧縮も無意味であり,担保徴求も不十分であったとして総合開発部の調査・検討が不十分であったと主張する。
これらの事項が,第2融資決裁の上で重要でなかったことは前記のとおりであるが,さらに被控訴人の主張について反論する。
(ア) 総合開発部は,平成4年3月23日開催の経営会議で,物件売却のスケジュールを具体的に記載したリストを示した上,このとおり売却する旨報告した。当時は,一般的には,平成4年の後半には景気が回復すると予想されていたのであり,その後,不動産の価格が回復せず,物件が1件も売れないと予想することはできなかったのであるから,控訴人らが,上記報告どおりに物件が売れることを前提にして第2融資を決裁したことに注意義務違反はない。
仮に,物件の売却ができずに資金需要が発生したとしても,カブトデコムは,これに対応する資産を保有しており,平成5年3月期には自己資本1132億円を保有する見込みであったから,物件売却の実現可能性が低かったとしても,第2融資決裁の合理性に変わりはなかった。
(イ) 山三西武地産に対する貸付金の回収財源とされた8.6プロジェクト物件及び5.4プロジェクト物件の資産評価に不備がなかったことは前記のとおりである。
(ウ) エイペックスは,平成4年3月当時は,順調に工事が進んでおり,会員権も第1次賛助会員権,第2次賛助会員権を販売中(販売期間は平成4年3月まで)であった。当時,景気が調整過程に入っていたことから,会員権の販売がやや落ちていたが,平成4年後半には景気の回復とともに再び会員権販売が伸びると予想されていた(経営会議資料も,平成4年7月以降,会員権販売が再び軌道に乗る見込みで作成されている。)から,採算性がないとは考えられなかった。
平成3年12月に行われた日銀考査において,日銀の担当者は,会員権購入者に対するエイペックスローン債権,たくぎん保証の甲観光に対する求償債権(会員権預託金返還債務の保証)のいずれも正常債権としており,当時,エイペックスの採算性に疑問がなかったことが明らかである。また,平成4年9月以降に,悪化する経済状況の中でなされたエイペックスの採算性シミュレーションにおいてさえ,会員権が全く売れないと仮定してもキャッシュフローは10年間収支がプラスマイナス0,ベストケースやミドルケースであれば十分に採算性があると報告されている(なお,上記シミュレーションは,稼働率48%で予測されており,平成5年6月のホテルオープン時には実際42.6%の稼働率であったことから,その予測は非常に優れたものであったといえる。)のであるから,平成4年3月の時点で,エイペックスについて,いかに詳細に検討していたとしても,第2融資の決裁の上で問題となるものではなかった。
(エ) その他の資金圧縮策のうち,カブトグループ間の取引で他行借入を引き継ぐこととし,甲観光や兜ビル開発に資産を取得させることについては,他行借入の引継が拓銀に対する資金需要の圧縮になることは問題がない。
甲観光,兜ビル開発に物件を保有させることが資金需要の圧縮につながらないことはそのとおりであるが,これによって,拓銀グループのリスクの分散が可能であったから,当該資金圧縮策に不備があったとはいえない。なお,第2融資の500億円という融資額は,カブトデコムのみならず,甲観光,兜ビル開発に対する合計融資額である。
(オ) 担保については,総合開発部が第2融資において設定した担保物件は,時価ベースではフルカバーであった。
たしかに,実効担保価格ベースではフルカバーではなかったが,金融機関が店頭登録会社に対して授信する際,物的担保でフルカバーすることは求められておらず,実際,平成3年12月に行われた日銀考査において,拓銀グループのカブトデコムに対する総授信額は557億円(支払承認を含む),これに対する実効担保不足が261億円であったが,カブトデコムの企業としての信用力,支払能力を総合的に勘案して,正常債権に分類されている。また,第2融資の担保は,すべて根抵当権又は将来の根抵当権設定を前提とするものであり,現実の融資と抵当権が1対1で対応する必要は全くなかった。したがって,総合開発部の調査は,担保の点においても,特に不備はなかったといえる。
カ 以上のように,第2融資決裁に際して,総合開発部は,融資判断に必要な調査を行い,その結果を資料として提出していた。
そして,投融資会議や経営会議において融資を決裁する場合,会議に提出された資料に外形的に問題点があったという特段の事情がない限り,決裁権者は,提出された資料を信頼してそれを基に意思決定をすれば足りる(物件の評価は,路線価,公示価格,国土法価格,実際の取引事例等を基に担当部が行う作業であって,経営会議の場で取締役が行うものではなく,特に本件の対象物件は合計103件に及んでいるから,控訴人ら取締役は,担当部である総合開発部の提出した資料を信頼して意思決定すべきものであり,仮に,カブトデコムの物件評価に何らかの問題があったとしても,取締役の注意義務違反とはなり得ない。)ところ,本件で総合開発部が提出した資料には,前記のとおり,外形的な問題点はなかったから,控訴人らがさらなる調査を指示すべき義務はなかった。
特に控訴人E及び控訴人Fは,東京駐在で,国際部門を担当するなどしており,カブトデコムとの取引は一度も担当したことがなかったから,担当部の提出した資料や報告に外形的に問題がない限り,さらなる調査を指示する注意義務はない。
仮に,控訴人らが,被控訴人の主張するとおり,総合開発部に連結損益計算書等を作成させ提出させていたとしても,平成4年3月当時の連結損益状況(営業利益63億円,経常利益12億円,法人税48億円を支払った後の税引き後損益48億円の赤字)には何ら問題がなかった(48億円という赤字は,自己資本1073億円であることを考えれば,第2融資を否定するような要素ではなかった。)。
キ 被控訴人が主張する手続的問題のうち,投融資会議を経ていないことについては,経営会議は,投融資会議よりも上位の機関であり,経営会議で十分協議の上決定された融資を実行する場合には,経営会議の決議事項には投融資会議の決議も含まれるとの解釈で運用されていたのであり,投融資会議を経ていないことは,何ら手続的な瑕疵というにはあたらない。
拓銀の大口融資自主規制は,拓銀で作成したガイドラインであり,規制金額に近い場合,又は規制金額を超える場合には,経営会議においてその方針を決定することとされていた。本件は,重要案件であるので,このガイドラインに定めるとおり,経営会議で審議決定されたから,何らガイドラインに反しない。
また,銀行法上の大口融資規制は,行政指導により定められた指標であり,諸般の事情でこれを超えるときには,当局に事情を説明し,了承を得ていた。
〔控訴人Gの主張〕
ア 因果関係について
本件において被控訴人が第2融資の損害として主張するのは,第2融資の未回収額であるが,未回収の経緯・理由は千差万別であり,全てを融資決裁者の責任とすることはできないはずである。ところが,被控訴人は,個々の融資が未回収になった経緯について何ら明らかにしておらず,第2融資の未回収と控訴人らの責任との因果関係は主張立証を欠く。
イ 商事消滅時効について
拓銀と控訴人Gとの間の取締役委任契約は付属的商行為である。したがって,仮に,拓銀の控訴人Gに対する損害賠償請求が認められたとしても,当該請求権は,付属的商行為によるものであり,控訴人Gの最終決裁日である平成4年6月22日ないしその融資実行日である同年7月6日から5年で商事消滅時効が完成するので,遅くとも平成9年7月6日の経過により時効消滅した。控訴人Gは,平成14年7月15日の口頭弁論期日において,被控訴人に対し,上記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
(6) 第3融資に関与した取締役の責任の有無
〔被控訴人の主張〕
ア 第3融資は,カブトデコムが存続不可能であるとの共通認識の下にあえてなされた追加融資である。
イ 存続不可能な企業に対する追加融資は,救済融資と異なり,回収不能となることが確実であるにもかかわらずなされるものであるから,特段の事情がない限りその目的の正当性を欠き違法である。
存続不可能な企業への追加融資が違法の評価を受けないためには,前提として,当該企業を直ちに倒産させた場合と融資を継続した場合の得失の正確な予測と比較,具体的にはそれぞれの場合の保全状況の増減の対比,時間的余裕を得ることにより貸付金の回収を図る具体策の実現可能性,融資を継続することにより受けるメリットの具体的内容等について合理的な調査及び検討を行うことが不可欠である。
そして,存続不可能な企業に対する追加融資が例外的に許される場合であっても,当該融資は回収不可能になることが予想されるのであるから,保全について万全を期し,損害のさらなる拡大を防止する措置を講じる必要がある。
ウ 第3融資を決裁した控訴人A,控訴人E,控訴人B,控訴人F及び控訴人Hは,存続不可能なカブトデコムに対して第3融資を行った理由として,第1に,拓銀のカブトデコムの破綻によるリスクウェイトを軽減すること(未登記扱い・登記留保扱いの担保権についての登記具備及び未入担保物件に対する担保設定,エイペックスを存続させること,カブトデコム保有物件に対する支配獲得(物件シフト)),第2に,カブトデコムに対する融資を直ちに打ち切ることにより発生すると考えられる道内経済の混乱を回避することを挙げているが,次のとおりこれらについて考慮しても,カブトデコムを延命させることによる利益がそのコストを上回るとはいえないから,第3融資は違法な融資であった。
(ア) 第3融資を実施することによって,たしかに,未登記扱い・登記留保扱いになっている担保物件について登記を具備し,未入担保物件に担保設定する時間的余裕が生まれるものの,第3融資として新たな融資がなされ,これについて保全不足がさらに拡大する危険があったから,上記措置が保全強化になるか否かについては,具体的・数値的にどれだけの保全不足が減少ないし拡大するかを検討しなければ分からない状態であった。
ところが,控訴人らは,これを検討することなく,平成4年10月26日開催の経営会議において第3融資を決裁した。
同年11月17日開催の経営会議において,ようやく保全不足の拡大,縮小について具体的な数値を検討したが,その結果は,平成5年3月までに209億円の保全不足拡大につながるというものであった。実際,第3融資として,409億円が融資されたが,これに対して担保設定された物件の実効担保価格は合計127億円であり(エイペックス全域の土地建物の評価を100億円とした場合),第3融資のみで考えると281億7400万円もの保全不足拡大となった。
控訴人らは,上記経営会議における209億円の保全不足という検討結果は,国内に限定した検討結果であって,海外には未入担保物件や担保余力のあるカブトグループ保有の物件が多く存在していたことから,海外物件を計算にいれると保全強化になる見込みであった旨主張する。たしかに,同年9月14日の時点で,カブトグループの海外物件については243億円の担保余力があることが報告され,同年11月17日に,香港ウェリントンビルとアメリカの5物件を具体的に挙げて,200億円の国内環流が可能であることが報告されており,平成5年3月15日には,カブトデコムのカブト・インターナショナルに対する債権の譲渡担保やカブト・インターナショナルがタイに保有する物件の売却の話が報告されているが,いずれも,カブトデコムからの説明を経営会議で報告したもの,ないし,抽象的な方針にすぎず,実現可能性や回収手続について裏付けがない。また,同年9月14日の報告以外は,第3融資決裁後に報告されたものである。したがって,海外保有物件の売却による借入金の圧縮は,平成5年10月までになされた第3融資を正当化する理由とはなり得ない。
そもそも,未登記扱い・登記留保扱いになっている担保物件について登記を具備するのは,手続的作業の問題であるから,平成4年度中には完了可能であったし,未入担保物件への担保設定は,平成5年1月中には完了する見込みであったから,これらは同年3月まで融資を継続することの根拠たり得ない。
(イ) 次に,控訴人らは,エイペックスのホテルが完成すれば,エイペックス施設の価値が590億円となり,その価値相当額について,拓銀の保全が強化される旨主張する。
しかし,平成4年11月30日開催の経営会議の報告では,エイペックスとロイヤルクラッシックを合わせて実効担保価格413億円とされており,ロイヤルクラッシックには,すでに46億円の優先担保が設定されていたから,当該報告を前提にした場合,エイペックスの実効担保価値は385億円である。また,エイペックスは,事業採算性に問題があり,事業採算性のないリゾート施設がそのような価値を有することはあり得ない(したがって,エイペックスの物的価値を把握するためには,エイペックスの事業採算性の検討が必要であったが,平成4年10月26日の時点ではなされていない。)。実際,拓銀及びエイペックスが破綻した後,エイペックスは60億円で売却されており,平成4年10月ないし同年11月当時,400億円以上の価値があったとは考えられない。
控訴人らは,エイペックスのシミュレーション資料(平成4年11月30日経営会議資料)及び収益還元法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー方式)によれば,エイペックスの事業価値は400億円であり,エイペックスを存続させることにより,利払可能債権が増加する旨主張する。
しかし,エイペックスは,会員権販売を断念し,当初の資金計画では成り立たなくなっていたから,新たな資金計画を策定した上で,事業採算性について検討しなければ,将来の利払可能性があるか否か分からない状態であったのに,控訴人らは,平成4年10月26日までに,そのような検討をしていない。同年11月30日開催の経営会議において,この点がようやく検討されたが,そこでは,1口4800万円の会員権を527口販売するか,これに相当する額(252億円)を増資によって調達するかしなければエイペックスの事業は成り立たないとされており,当時,そのような高額な会員権を572口も販売することは困難であったから,エイペックスは成り立たない事業であったといえる。また,上記検討結果は,ホテルの改装費用等の必要なランニングコストを度外視したもので,正確な稼動収益のシミュレーション資料とはいえない。したがって,エイペックスの事業価値が400億円ということはあり得ない。
むしろ,エイペックスを存続させることにより,甲観光に対し,平成5年5月までに311億円,同年6月以降120億円を新たに融資しなければならないというコストが生じることになった。
そのほか,エイペックス事業は,第1次会員権の販売については,カブトデコムが総販売代理店として一括買上処理し,これを関連会社や下請会社に半ば強引に売り付ける方法をとった結果,多数の買戻請求がある等の問題があり,会員権の販売を促進するため,たくぎん保証が預託金返還請求権を保証していたが,償還期限が到来した際に大きな問題となることが予想されるなど,問題を抱えており,拓銀の支配下において存続させることにはむしろ問題があった。拓銀は,平成5年4月5日,旧大蔵省銀行局N課長補佐から,「エイペックスについては,先行き問題が多い。当行がこれを完成させ運営していくことについては,問題が多く逆に拓銀の足を引っ張ることにならないか。途中でとりこわしても良いくらいではないか。」との指摘すら受けていた。
(ウ) カブトデコム保有物件に対する支配獲得(物件シフト)については,物件シフトによって,シフト物件を拓銀関連会社の支配下におくことができるとしても,シフト物件は,いずれも含み損を抱えており,また,拓銀が拓銀関連会社にシフト物件購入のための売買代金相当額を融資しなければならないから,拓銀が回収困難な貸付債権を増加させ,さらに受け皿会社の利払支援の必要を生じさせることになるのであるから,物件シフトによって,拓銀のカブトデコムに対する債権の保全が強化されるという関係にはなかった。
むしろ,物件シフトによって,カブトデコムは,拓銀関連会社から入手した売買代金で拓銀以外の金融機関の借入金を返済することになるから(このようにして平成4年11月から平成5年7月27日までの間にカブトデコムが他行に返済した資金は合計42億円,拓銀関連会社に返済した資金は360億円であった。),カブトデコム破綻のリスクが拓銀に集中する逆効果を生じさせるものであった。
(エ) 以上のような実情から,物件シフトが拓銀にとって利益であるということはできない。
物件シフトの真の目的は,拓銀の保全強化ではなく,控訴人Hが日銀札幌支店長との面談で述べているとおり,大口融資規制を回避してカブトデコムに対する融資枠をあけるための手段であったといえる。平成4年8月5日の融資実行後の総授信額は1003億円を超えており,第3融資を実施するためには,大口融資規制の問題をクリアする必要があった。大口融資規制は,銀行資産の危険分散を図り,銀行信用の広く適正な配分に資するための規制であり,これを潜脱するような物件シフトの手法を安易に認めることは許されない。
(オ) 道内経済の混乱回避という抽象的な目的は,それ自体では,存続不可能な企業に対する追加融資の正当化事由となり得るものではない。
道内経済の混乱回避という抽象的な目的が正当化事由として補完的に考慮され得るためには,追加融資による利害得失を慎重に検討し,追加融資が問題の先送りにすぎないものではないか,追加融資以外に経済の混乱回避の手段はないかなどの検討が不可欠である。
この点,控訴人らは,工事業者の連鎖倒産回避や共同信用組合の破綻による金融システムの崩壊の回避を主張するが,これらは,カブトデコムの破綻時期を延期したとしても避けられない問題であったから,第3融資は,これらの問題を先送りするにすぎない。
また,工事業者の連鎖倒産回避のためには,中小企業に対する公的な低利貸付や拓銀の支援融資など,ほかの手段も考えられた。
さらに,共同信用組合の問題については,第3融資決裁当時,共同信用組合の状況等については若干触れる程度で具体的な調査検討をしておらず,第3融資決裁を判断する際の根拠となっていたとは思われない。
むしろ,第3融資によって,カブトデコムを延命させるために,拓銀が,カブトデコムに対し,平成4年11月から平成5年3月までに365億円,同年5月31日までにさらに200億円を融資する必要があり,同年3月の段階で拓銀のカブトデコム単体への総授信額が1010億円に達し,拓銀グループ全体からカブトデコム単体への総授信額が1190億円に達し,このうち750億円が保全不足になると想定されていたから,拓銀自体を危機的状況に陥らせるなどして道内経済を混乱させる危険があった。
エ 第3融資を行った真の目的は,拓銀が,エイペックスの構想,着工段階から深く関与し,たくぎん保証がエイペックスの会員権者に対して預託金返還請求権を保証していることから,一応施設を完成させることによってエイペックス事業に関与したことが失敗であったことの表面化を避けて問題を先送りすること,平成2年2月の第1融資は仮装融資(迂回融資)と主張される可能性があるところ,法律上は問題はないが,道義上の問題は残るので慎重に対応する必要があることなどにあったのであり,存続不可能な企業に追加融資を行う合理的理由となり得ない。
オ まとめ
以上のように,第3融資は,回収不能になることが確実であり,拓銀がこれ以上カブトデコムに融資すると拓銀自体を危機的状況に陥らせる危険すらあった。そして,前記のとおり,第3融資により拓銀が被るコストを凌駕する正当事由も認められなかったのであるから,第3融資を決裁した控訴人らには銀行の取締役としての善管注意義務違反があった。
控訴人らは,追加融資することについて,旧大蔵省や日銀の了承を得ていたと主張するが,控訴人らは,カブトデコムに対する融資を平成5年3月ないし同年6月をタイムリミットとする方針であるという重要な前提情報を伝えていないのであるから,旧大蔵省や日銀と協議していたことは追加融資を決裁した控訴人らの責任を否定する根拠とはなり得ない。
そして,拓銀は,控訴人らが第3融資を決裁した結果,第3融資の回収不能額である374億9556万3900円相当の損害を被った。
〔控訴人E及び控訴人Fの主張〕
ア カブトデコムの破綻が避けられないことが判明したことから,控訴人らは,カブトデコムの破綻に備えて,拓銀のリスクウェイト軽減の措置をとるとともに,道内経済の混乱を回避するため,しばらくの間,相応の融資をしてカブトデコムを延命させなければならなかった。このような場合,カブトデコムを延命させるために必要なコストと,延命させることよって得る拓銀の利益を比較検討しなければならず,その結果,拓銀の利益がコストを上回る場合には,延命のための措置を実施することは合理的判断であるというべきである。
そして,第3融資は,以下のとおり,拓銀のリスクウェイト軽減措置と道内経済の混乱回避のために行われたものであり,これによる拓銀の利益はそれに必要なコストを上回るといえるから,第3融資を決裁したことには取締役の注意義務違反はないというべきである。
イ カブトデコムを一時延命させるために拓銀が負担するコストは,①カブトデコムの対する融資364億(平成4年11月17日の経営会議において算出された額である。同月5日にすでに55億円の融資を実施していることから,これを含めると419億円ということになる。なお,カブトデコムの必要資金は,同年10月26日の段階では,735億円ないし971億円と算定されていたが,これは暫定的なものであった。)のうち保全155億円でカバーされない209億円(又は264億円),②エイペックスの完成のための資金415億円(同月30日の経営会議において算定した。)の合計624億円(又は679億円)であった。
これに対し,拓銀が得られる利益は,①未登記扱い・登記留保扱いの担保物件についての登記手続経由によって115億1200万円,②未入担保物件に対する担保設定386億円(実際に,平成4年11月から平成5年1月27日までの間に,拓銀が新規に取得した担保は,カブト・インターナショナルないしマリーナビレッジに対する貸付金に対する担保取得125億円,物件シフト,他行肩代りによって追加された保全が183億円,余力のある物件に追加して取得した分が46億円,公開株式の担保差入れで10億円,完成物件への担保設定による22億円,以上合計386億円であった。),③エイペックスの完成及び甲観光の分離による保全強化836億円及び相当額(エイペックスの資産価値590億円及びたくぎん保証の損失回避246億円の合計836億円,原状回復費用の回避,拓銀の信用失墜の回避,甲観光の事業収益からの融資回収相当額),④海外物件からの回収可能性243億円(平成4年9月14日の投融資会議において算定され,同年11月17日の経営会議においては,香港ウェリントンビルとアメリカの5物件の売却代金から200億円を国内に環流できると算定されている。),⑤物件シフトによる保全強化相当額,⑥工事業者の倒産防止及び共同信用組合の破綻による金融システム崩壊のリスク回避相当額,以上合計1580億円及び相当額であった。
なお,被控訴人は,第3融資を決裁した日を平成4年10月26日であるとして,この時点においては,上記のようなコストと利益との検討が不十分であったと主張するが,控訴人らは,同年11月30日に第3融資を決裁したものであり,同日までには十分な具体的検討をしていたから,被控訴人の主張は当たらない。
ウ 以上によれば,上記延命措置を実行することによる利益は1580億円及び相当額であり,他方,これによるコストは627億円(又は679億円)であったから,カブトデコムに対し,延命のために必要最低限の融資を行い,延命措置をとることは合理的であり,第3融資を決裁したことに取締役の注意義務違反はない。
エ これに対し,被控訴人は,エイペックスは事業として成り立たないから,資産価値はない旨主張する。しかし,エイペックスの事業収支は,最悪でも10年後にキャッシュフローがプラスになり,その後元金返済が可能になるのであるから,事業として成り立ち得るものであった。被控訴人は,物件シフトは拓銀に利益をもたらすものではなく,道内経済の混乱回避は抽象的であって,第3融資によって拓銀が負担するコストの対立利益になり得ないと主張する。しかし,物件シフトによって,物件を拓銀の支配下におくことにより,物件を任意売却することができ,当該物件について高順位の担保権や賃借権を設定されるリスクがなくなり,賃料収入を確保できるという利益がある。工事業者の倒産回避については,拓銀の取引先の救済になるという意味で拓銀の利益になるほか,共同信用組合の破綻回避は,北海道財務局や旧大蔵省も非常に懸念していたことであって,拓銀は,この点を考慮せずにカブトデコムに対する措置を決することはできない状況であった。被控訴人は,カブトデコムを一時的に延命させたとしても,工事業者の倒産防止にならない旨主張するが,平成5年3月末まで延命させることによって,支払手形金額が332億円,工事未払金が26億円,不動産事業未払金が51億円減少するから,工事業者の倒産は大分防止できることになる(特に支払手形は,工事業者の資金繰りに組み込まれているから,これが不渡りになると,直ちに連鎖倒産してしまうおそれが大きいが,第3融資実施によってこれを大分回避することができる。)。
オ 被控訴人は,カブトデコムに対する延命措置と共同信用組合の破綻回避とは無関係であると主張するが,控訴人らは,第3融資決裁の前に共同信用組合の貸出額の約半分がカブトデコムに対するものと推定し,数か月の猶予を与えることにより,共同信用組合や北海道及び北海道財務局が再建策等の対策を練ることによって共同信用組合の破綻を回避することができたのであるから,カブトデコムの一時的な延命と共同信用組合の破綻の回避とは大いに関係があった。また,日銀は,拓銀に対して,他行に対する金利債務やノンバンクに対する債務についても拓銀が資金を出すよう求めており,拓銀は,道内経済の混乱を回避する責任があった。
カ また,被控訴人は,控訴人らが第3融資を決裁した真の目的は,エイペックスの施設を一応完成させることによってエイペックス事業に関与したことが失敗であったことの表面化を避けて問題を先送りすることにあった旨主張するが,エイペックス事業に関与したことが失敗であったとはいえないから,被控訴人の主張は当たらない。すなわち,たくぎん保証による会員権預託金返還債務の保証を決定した当時は,拓銀のカブトグループに対する総授信は379億円,担保が327億円,カブトデコムの預金が363億円,拓銀の保有するカブトデコム株の含み益が466億円であり,カブトデコムは市場からの資金調達力もあった状態で,たくぎん保証の求償権の保全については,エイペックスの全ての物件に担保が設定されていたから,当時の経営判断は不合理なものではなかった。また,平成3年12月の日銀考査においても,たくぎん保証の求償権は正常債権と認定されている。
〔控訴人A,控訴人B及び控訴人Hの主張〕
ア 第3融資は,存続不可能な企業に対する追加融資であったが,当該融資の決裁は,取締役の経営判断であるから,その判断に通常の企業人として看過し難い過誤,欠落があるかどうかを,貸付の条件,内容,返済計画,担保の有無,内容,借主の財産及び経営状況等の諸般の事情に照らして判定すべきである。
イ カブトデコムを延命させることによる拓銀のコストは,第3融資の融資額であったが,控訴人らは,カブトデコムが要求する資金(平成5年3月までに651億円,平成6年3月までに1625億円の資金が必要で,圧縮したとしても,1100億円が必要であると述べていた。)を,カブトデコムと再三交渉して,平成5年3月までに合計409億円に減縮させた。
ウ これに対し,カブトデコムを延命させることによる利益は,以下のとおりであった。
(ア) 既存融資の保全強化(未登記扱い・登記留保扱いの担保権についての登記手続及び未入担保物件に対する担保設定)
第3融資決裁当時,カブトデコムを延命させて,折衝を続けることによって,カブトデコムからさらなる保全強化を図り得る状態であった。平成4年9月14日開催の投融資会議提出資料によると,カブトデコムの国内保有物件は総額1558億8800万円(販売用オフィスビル1112億9100万円,ホテル・リゾート325億9100万円,個人用分譲マンション120億0600万円)と評価されていた。カブトグループの海外保有物件は,上記資料で243億円の担保余力があることが報告され,同年11月17日には香港ウェリントンビルとアメリカの5物件を具体的に挙げて,200億円の国内環流が可能であることが報告されており,平成5年3月15日にもカブトデコムのカブト・インターナショナルに対する債権の譲渡担保やカブト・インターナショナルがタイに保有する物件の売却の話が報告されている。さらに,同年11月17日の経営会議で,カブトデコム保有物件の賃貸収入は月額11億円であることが報告された。
同月の経営会議においては,保全不足が209億円拡大する旨の報告があるが,これは,国内物件に限定した計算の報告であり,海外物件や賃料収入を考えると,保全強化を図り得る状況であった。
被控訴人は,第3融資決裁当時,控訴人らが海外物件からの回収について具体的検討をしていなかったと主張するが,前記のとおり,香港ウェリントンビルやアメリカの5物件等の物件を特定して数字を計算していたほか,拓銀からカブトデコムに派遣されていたP副社長を中心にアメリカにオーシャンフロント1という会社を設立して,カブト・インターナショナルの他行借入金を肩代り融資した上で海外物件に担保を設定し,海外物件を売却して,オーシャンフロント1を通じて売却代金を国内に環流することなどを具体的に検討していた。ただ,いずれの方法も,Iの協力が前提であった。
実際には,第3融資によってカブトデコムが延命している間に,拓銀は,不動産(時価671億8100万円,実効担保価格433億6600万円),有価証券(時価9億7474万1000円,担保掌握額6億6096万5000円),海外物件(実効担保価格200億円),以上実効担保価格合計640億2600万円について担保を取得している。海外物件については,香港ウェリントンビルの売却代金のうち11億円を回収したにとどまったが,これは,Iが,平成5年3月ころ,拓銀の支援打ち切り方針を察知したのか,拓銀に対して非協力的な態度を見せ始め,両者の信頼関係が薄れたため,海外物件について計画していた投資の回収ができなかったためである。
(イ) エイペックスの存続について
拓銀のこれまで行ってきた融資のロスを極小化するためには,まずエイペックスのホテルを完成させる必要があった。
エイペックスのホテルは,平成4年10月までに拓銀から約400億円の融資金を投入しており,すでに7割方完成していた。にもかかわらず,拓銀がカブトデコムに対する融資を打ち切ると,これまでの融資金400億円が無駄になり,かつ,完成により取得できる担保物件(完成時の時価590億円,担保価格413億円)を失うことになった。
また,会員権は平成4年8月末の時点で1口最高3500万円のものを1080口(326億4000万円)販売しており(うち,一般ユーザーに販売されたのは1054口316億6500万円であった。),その金額の80%に相当する預託金返還債務をたくぎん保証が保証していた。
さらに,エイペックスは,平成4年11月の時点で,すでに200人もの従業員を雇用していた。
したがって,仮に,拓銀がカブトデコムへの融資を直ちに打ち切ってエイペックスが破綻した場合には,会員権は紙切れ同然となり,たくぎん保証の預託金返還保証債務履行の問題が生じるとともに,これまでカブトデコムに対して支援を続け,エイペックスの会員権販売に関与してきた拓銀の信用にも悪影響を及ぼすおそれがあった(これがマスコミに取り上げられ,拓銀の不利益に作用することは明らかであった。)。また,エイペックスに雇われていた200人全員が失業することになり,この点でも大きな社会的影響が予想された。
このように,ホテル完成前におけるエイペックスの破綻は,拓銀に大きな不利益をもたらすものであったから,これは絶対に回避しなければならなかった。それと同時に,カブトデコムは,エイペックスのために集められた資金を他のプロジェクトに流用するなど,エイペックス事業の完遂に支障になる行動をとっていたため,カブトデコムからエイペックスの事業主体である甲観光を分離する必要があった。
他方,同ホテルが完成して運営収入が生じると,そこから,利息の支払を受けられる可能性があった。被控訴人は,エイペックスが事業として成り立たない旨主張するが,ホテル及びゴルフ場が完成すれば3%程度の利息支払は可能であり,控訴人らは,景気の回復を待って会員権の販売を再開し,状況によっては増資も検討する考えであった。
仮に,エイペックスがホテル完成後に倒産しても,ホテル完成により,エイペックスの資産価値は保全できるし,拓銀の責任は,ホテルの完成によって果たされていると考えられた。
被控訴人は,第3融資の決裁日を平成4年10月26日であるとした上で,控訴人らが,同日までにエイペックスの採算性等について十分な検討をしていなかったというが,平成4年11月30日の経営会議において会員権が全く売れない場合まで想定してシミュレーションを行っており,検討は十分であった。
(ウ) カブトデコム保有物件に対する支配獲得(物件シフト)
物件シフトは,カブトデコムの管理下にある物件を,拓銀の支配下におくことにより,任意売却を容易にし,債権処理スケジュールを立てやすくすることによって,拓銀の債権保全強化を目的とするものであった。
すなわち,カブトデコムは,拓銀が物件の売却を促しても簿価での売却にこだわるなどしていたため,物件の売却が進まず,賃貸物件においては,その収益をどのように利用しているのか不明瞭であったが,拓銀の支配下におくことで,拓銀の判断で物件を売却できるようになり,賃貸収入を拓銀が処分できるようになる。
また,拓銀の管理下におくことで,拓銀の名声,影響力を利用して,拓銀の取引会社をビルに入居させたり,各旅行代理店に営業したり,拓銀の会合や従業員の福利厚生にホテルを使用したりするなどして集客力を高めることができた。
さらに,不動産価格がいずれ上昇することが期待されていたので,拓銀関連会社に保有させることによって,将来,高い値段で売却できる可能性があり,仮に不動産価格が上昇しなかったとしても,いずれ破綻するカブトデコムの下においたまま,破産者の資産として価値を下げるより,拓銀関連会社の支配下においた方が,資産価値を維持することができた。
物件シフトによって,拓銀は受け皿会社に買取代金を融資する必要があったが,当該金額は,そのままカブトデコムに対する融資の返済に充てられたので,結局,融資の債務者がカブトデコムになるか受け皿会社になるかという違いにすぎず,拓銀の融資残高総額に変化はなかった。
(エ) 道内経済の混乱回避
カブトデコムは,平成4年10月時点において,同年11月から平成5年3月までの間に支払期日が到来する手形債務を389億7700万円負っており,エイペックス以外の発注元に対して113億9400万円の買掛金債務を負っていたから,カブトデコムの破綻は,関連先企業ばかりでなく工事業者の連鎖倒産を起こすことが予想された。また,工事業者には,拓銀の有力な融資先も含まれていたから,カブトデコムの支払が滞って,これらの企業の資金繰りが悪化した場合,拓銀がつなぎ融資をしなければならないことが予想された。さらに,カブトデコムが破綻すると,拓銀グループのカブトグループに対する貸出債権のうち2000億円程度の保全不足が表面化し,拓銀の信用に悪影響を与え,預金流出など拓銀の経営に悪影響を与えるおそれがあった。
また,カブトデコムが破綻した場合,同社に対して多額の融資をしていた共同信用組合が破綻するおそれがあり,同信用組合の破綻を回避することが拓銀自身の利益のためにも必要であった。被控訴人は,第3融資の決裁に当たって,控訴人らが共同信用組合の破綻の回避問題について検討していなかった旨主張するが,平成4年10月26日開催の経営会議資料に,共同信用組合が当時の総融資額約800億円のうち45.9%に及ぶ約368億円をカブトデコム及びその関連会社に融資していたことが記載されており,その後,同年12月から平成5年3月までの間に共同信用組合等からの事情聴取結果をまとめて作成した一覧表によると,共同信用組合からカブトグループに対する総融資額は約400億円で,保全不足が約250億円であることが判明した。
さらに,共同信用組合だけでなく,拓銀系のノンバンクもカブトグループに対して多額の融資をしており,カブトデコムが破綻した場合,拓銀系列のノンバンクに対する他行の資金引上げ,各ノンバンクの倒産を招来し,拓銀自身の資金繰りを一気に悪化させ,拓銀自身の信用不安につながることが大いに予想されたから,拓銀が突然この時期にカブトデコムに対する融資を中止して同社を破綻に追い込むという選択肢をとることは経営上不可能であった。
(オ) 第3融資の真の目的
仮に被控訴人が主張するような第1融資やエイペックス会員権の預託金返還債務保証についての失態の隠蔽のために融資を続けたのであれば,控訴人らは,カブトデコムに対し,相当長期にわたって融資を継続する必要があり,平成5年3月ないし同年6月までと期限を区切って融資をすることはなかったはずである。
エイペックスに関しては,たくぎん保証が会員権預託金返還債務を保証していたので,カブトデコムを破綻させてもエイペックスが破綻しないようにしたいと考えてはいたが,そのことがあるからといって,第3融資の目的が控訴人らに対する責任追及を回避するための自己保身であると直結するのは論理の飛躍である。
エ 以上のとおり,第3融資によって拓銀が得られる利益は,これによって負担するコストに比して大きいものであったから,控訴人らが,第3融資を決裁したことは合理的であり,取締役の注意義務に反するものではなかった。
控訴人らは,第3融資の実行に関して,旧大蔵省や日銀,北海道等に報告をし,これらの監督官庁等が,金融システムの崩壊を懸念し,第3融資に対する融資について異議を述べなかったことは,第3融資が,通常の企業人として看過し難い過誤,欠落がないことを裏付ける重要な事実であった。
被控訴人は,控訴人らが,日銀及び旧大蔵省に対して,カブトデコムに対する融資を打ち切るつもりであることを伝えていなかった旨主張するが,控訴人らは,日銀及び旧大蔵省に対し,「カブトデコム本体は裸の形で銀行の手を借りないで自力再建を果たす。」「カブトデコム本体は,後は自助努力で建設業として生きていく。」などと述べており,この説明が拓銀の融資打ち切りを意味していたことは,当時の旧大蔵省及び日銀双方とも了解していたことであった。
オ 控訴人らは,第3融資によってカブトデコムを延命させている間に,Iと交渉し,関連会社を分離させ,物件シフトを行うなどして,債権の保全を図っていた。現在なお未処分資産(特に海外物件)が存在しており,拓銀が第3融資によって被った損害の額は,未だ確定していないというべきである。
理由
1 本件における事実については,次に付加,訂正するほかは,原判決書「事実及び理由」欄「第三 当裁判所の判断」中の「一 認定事実」において摘示・認定した各事実のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決書79頁2行目の「平成2年」を「特に,平成2年3月2日付けたくぎん21世紀プロジェクト作成の第2回中間報告書において,中堅・中小インキュベート事業と題し,中堅・中小の成長企業を主体に,経営情報サービスの提供を通し,企業の成長と拓銀のリターンを拡大し,法人向けの中核事業として重点的に取り組むことで拓銀の顧客ポートフォリオの若返りを図ることを目標に掲げ,同年」に改める。
(2) 原判決書79頁5行目の「もたらしていた」の次に「(乙ロ53)」を加える。
(3) 原判決書88頁25行目から26行目の「東京証券取引所」を「日本証券業協会」に改める。
(4) 原判決書100頁13行目の「(合計で時価119億1400万円)」を削除する。
(5) 原判決書100頁15行目の「徴した」を「徴し,その結果,株式担保119億1400万円及び不動産・会員権担保2億6000万円を取得したものの,拓銀グループ融資残高279億4600万円に対し,取得担保121億7400万円と大幅な保全不足となった」に改める。
(6) 原判決書127頁8行目の「(合計で時価119億1400万円)」を削除する。
(7) 原判決書135頁3行目の「日銀の」の次に「支店長ないし」を加える。
2 前記引用に係る前提事実を含む事実を要約・整理した概要は,次のとおりである。
(1) 当事者等
ア 拓銀は,明治33年2月16日に北海道拓殖銀行法に基づき設立され,昭和25年に普通銀行に転換し,昭和30年に都市銀行に加入し,昭和50年代には,国内外に200を超える拠点網を有するようになったが,平成9年11月17日に経営破綻し,平成11年3月31日,株主総会の決議により解散した。
イ 各控訴人らの拓銀における役員歴の概要は以下のとおりである。
(ア) 控訴人Aは,昭和27年3月に拓銀に入行し,常務取締役,専務取締役,代表取締役副頭取(昭和61年7月から昭和63年3月まで東京駐在)を経て,平成元年4月に代表取締役頭取に就任し,平成6年6月28日に退任した。
(イ) 控訴人Dは,昭和27年4月に拓銀に入行し,常務取締役,専務取締役を経て,昭和63年4月に代表取締役副頭取(東京駐在)に就任し,平成2年6月27日に退任した。
(ウ) 控訴人Eは,昭和28年3月に拓銀に入行し,常務取締役,代表取締役専務を経て,平成元年4月に代表取締役副頭取(東京駐在)に就任し,平成5年6月に退任した。
(エ) 控訴人Bは,昭和28年3月に拓銀に入行し,常務取締役を経て,平成元年4月に代表取締役副頭取に就任し,平成5年6月に退任した。
(オ) 控訴人Fは,昭和31年4月に旧大蔵省に入省し,旧大蔵省退任後の平成元年6月,拓銀に入行し,専務取締役を経て,平成3年6月に代表取締役副頭取(東京駐在)に就任し,その後副会長を経て,平成9年11月に退任した。
(カ) 控訴人Cは,昭和32年4月に拓銀に入行し,平成元年4月1日から平成4年6月25日まで常務取締役,同月26日から平成5年6月28日まで専務取締役,同月29日から平成6年6月28日まで代表取締役副頭取,同月29日から平成9年11月20日まで代表取締役頭取の地位にあった。控訴人Cは,常務取締役であった平成元年4月1日から平成2年6月28日までの間は,業務本部長を兼任していた。
(キ) 控訴人Gは,昭和32年4月,拓銀に入行し,各地の支店長,法人部長,本店営業部本店長を経て,平成元年4月に常務取締役に就任し,平成2年10月1日から総合開発部を担当していたが,平成4年6月25日に退任した。
(ク) 控訴人Hは,昭和35年4月に拓銀に入行し,各地の支店長,法人部長,取締役旭川支店長を経て,平成4年6月27日に常務取締役に就任して平成6年3月31日まで総合開発部を担当した。
ウ カブトデコムは,その前身である兜建設が,業容を拡大する中で他社を吸収合併するなどした上で,昭和63年9月,現在の商号に商号変更し,平成元年3月,日本証券業協会に株式を店頭登録した。カブトデコムの資本金は,平成2年2月と平成3年6月の2回にわたる第三者割当増資を経て483億3600万円になった。
(2) 拓銀における融資の運用基準及び大口融資手続の概要
ア 拓銀においては,従前から,融資についての確実性(安全性)を維持し,収益性を高めるための準則として貸出業務取扱規程が定められていたほか,担保評価方法及び担保品カード作成要領によって債務者から徴求する担保の評価方法等が定められていた。
イ 拓銀においては,取引先企業が,担当店を通じて担当本部に融資を申請し,融資額が6億円以下であれば担当本部の審査役が,20億円以下であれば担当本部長が,30億円以下であれば担当本部長又は担当取締役が融資の是非を判断して決裁し,30億円超の場合は,担当本部長が,投融資会議に付議して,投融資会議において決裁するというシステムであった。また,融資が経営にかかわる重要事項と考えられる場合には,経営会議で決裁された。
上記のうち,投融資会議は,30億円を超える融資案件についての意思決定合議体であり,頭取,副頭取,担当本部長により構成され,昭和59年5月10日の常務会において,従前,常務会によっていた大口融資の決裁を,より迅速に,効率的に行うという趣旨で設置された機関であって,案件を担当本部長が付議し,構成員の協議を経て,頭取が決定することとされており,通常は,書類持回協議によって行われた。
これに対し,経営会議は,経営に関する重要事項を協議し,業務執行の方針を確立する意思決定機関であり,頭取,副頭取,専務取締役,常務取締役,総合企画部長により構成されていた。付議事項には,経営の基本方針に関すること,経営に重大な影響を及ぼす可能性のある事象への対応方針に関することなどが掲げられていた。
なお,本件におけるカブトデコムに対する融資の窓口は,当初の拓銀西野支店(昭和53年12月から昭和62年3月まで)から札幌西支店(昭和62年3月から昭和63年6月まで),本店営業部(昭和63年6月から平成2年10月まで)へと推移し,担当本部は,第1支店部(昭和53年12月から昭和63年12月まで)から法人部(昭和63年12月から平成2年10月まで)へと推移し,平成2年10月以降,総合開発部が窓口及び担当本部の役割を果たすことになった。
ウ 平成4年3月以降,カブトデコムとの取引が拓銀にとって重要な事項であるとの認識から,カブトデコムとの取引については,投融資会議の上部機関である経営会議において決裁されるようになった
(3) 拓銀とカブトデコムとの関係
ア 拓銀は,昭和60年ころから,金融自由化時代を乗り切るべく,事業収益を挙げるため,道内企業,若手経営者の育成に注力するようになり,特に,平成2年3月2日付けたくぎん21世紀プロジェクト作成の第2回中間報告書において,中堅・中小インキュベート事業と題し,中堅・中小の成長企業を主体に,経営情報サービスの提供を通し,企業の成長と拓銀のリターンを拡大し,法人向け中核事業として重点的に取り組むことで拓銀の顧客ポートフォリオの若返りを図ることを目標に掲げ,同年10月までは法人部を中心に,同月以降は育成企業担当部として新設された総合開発部において,道内の若手経営者を中心に企業育成を行った(いわゆる,インキュベーター路線)。インキュベーター路線の実行は,当初は,バブル経済を背景に,拓銀に一定の収益をもたらしていた(乙ロ53)。
イ 昭和59年末ころ,拓銀常務取締役業務本部長であった控訴人Bは,同常務取締役調査情報本部長Jから,Iを紹介され,昭和60年ころ,拓銀法人部長であった控訴人Gに対し,Iを紹介した。
その後,控訴人Gは,昭和63年6月から本店営業部本店長として,また,平成2年10月から平成4年6月ころまでは,総合開発部担当常務取締役としてカブトデコムを担当することになった。
ウ カブトデコム(兜建設)は,昭和60年ころ,拓銀に対し,主力銀行として株式及び転換社債5000万円の引受けを要請し,第1支店部は,これを受けて,カブトデコムの昭和56年から昭和60年の業績や財務状況等について調査し,その調査結果は,以下のとおりであった。
(ア) 業況
自社企画の宅地造成プロジェクトを契機として業績は急速に進展し,表面的には極めて順調であるが,カブトグループ内での受注が60%あり,関連子会社の業況は,資料不足で判然としない。
(イ) 財務内容
昭和59年の増資の際に資金使途として申し入れていた借入金の返済及び取引銀行の整理が実行された形跡はなく,増資で得た資金の使途は不明であるほか,関連会社との間で資金操作が行われている節もあり,財務内容は極めて不透明である。
(ウ) 総括的意見
カブトデコムの代表者であるIの手腕,既往の業績推移をみると,評価できる面がある。しかし,財務内容等に種々疑問点があり,また,依頼した資料の提出も拒否されている。したがって,主力銀行として永続的・友好的な取引関係を維持することは期待できない。企業実態が開示されることが先決であり,当面の授信対応は,従来どおり保全重視でプロジェクトごとの個別対応にすべきである。
エ カブトデコムは,拓銀に対し,昭和62年2月27日,札幌西支店を通じて,他行借入分の肩代資金28億円の融資を申し入れ,第1支店部は,上記融資案件を,昭和62年3月5日開催の投融資会議に付議したところ,同融資案件は了承され,拓銀は,昭和62年に,カブトデコムの他行借入分の肩代資金を融資した。
オ 第1支店部は,昭和62年9月30日,融資部事業調査室に対し,カブトデコムの実態等を調査するよう依頼し,同事業調査室は,カブトデコムほか関連4社に関して,昭和62年3月期決算を中心とする調査を行い,その調査結果は,昭和63年1月27日,当時の融資部担当の専務取締役であった控訴人Dに報告された。同調査結果に基づく同事業調査室の意見は,カブトデコムの財務内容は良好とはいえず,今後カブトデコムと取引する場合,各プロジェクトにつき子会社及び関連会社の参画状況と資金の流れを早期に把握すること,プロジェクトごとに貸付金の使途を管理すること,子会社及び関連会社を含むグループ全体の業況について定期的に調査し,担保の管理を行うこと,カブトデコムに関する情報を充実させることなどの点に留意する必要があるというものであった。
カ 昭和63年4月,控訴人Gが本店営業部本店長に就任し,同年6月,カブトデコムの取扱窓口が,札幌西支店から本店営業部に移った。
拓銀のカブトデコム担当部署が本店営業部第1支店部であった時代の融資状況は,おおむね以下のとおりであった。
(ア) カブトデコムは,昭和63年7月28日,拓銀に対し,プロジェクト物件(総合メディカルビル)の敷地購入代金の一部として6億円の融資を要請し,投融資会議は,これを了承した。
(イ) カブトデコムは,昭和63年10月17日,拓銀に対し,運転資金として10億円の融資を申請し,投融資会議は,これを了承した。
(ウ) カブトデコムは,昭和63年11月17日,拓銀に対し,長期運転資金10億円の融資を要請し,投融資会議は,これを了承した。
(エ) カブトデコムは,昭和63年12月2日,拓銀に対し,プロジェクト物件の敷地の取得資金の一部として5億6000万円の融資を要請し,投融資会議は,これを了承した。
(オ) 以上の融資により,拓銀のカブトデコムに対する総授信額は62億3800万円となったが,保全については,昭和63年12月に実施される先順位抵当権の抹消によって,余力が9億6700万円となる予定であった。
キ 昭和63年12月,カブトデコムについての所轄本部が,第1支店部から法人部に移され,このころから,札幌においてもバブル経済が始まり,地価の上昇が加速した。
ク カブトデコムは,昭和63年,洞爺湖近くの山上に総事業費515億円,通年営業の会員制リゾート施設であるエイペックスを建設・運営する構想を立て,拓銀は,エイペックス事業を支援した。その概要は次のとおりであった。
(ア) カブトデコムは,昭和63年12月,自らが元請として甲観光からエイペックスのコンドミニアム新築工事,スキーセンタービル新築工事,ロープウェイ駅舎新築工事を受注し,平成元年11月には,ホテル建設工事を受注し,これを鹿島建設株式会社ほか数社で構成する共同事業体に発注して,平成4年までに施設全体が完成する計画の下にその建設に着手した。
(イ) 拓銀は,平成元年5月に,法人部においてエイペックス事業について検討を行い,同年9月までに,法人部内にリゾート開発プロジェクトチームを組織した。
(ウ) エイペックスの総事業費は515億円(なお,平成2年12月には665億円,平成4年11月には730億円に増額された。)が予定され,全額を会員権販売収入から調達する予定で事業計画が進められた。また,会員権については,預託会員制が採用され,会員権販売代金の8割を将来返還され得るものとした。
(エ) カブトデコムは,エイペックス事業について,会員権の販売が終了するまでのつなぎ資金として,総額414億円の借入を予定し,拓銀に対し,このうち207億円を融資すること及び会員権の預託金返還債務合計412億円を保証することを要請した。
拓銀では,平成元年10月16日開催の投融資会議において,法人部から,「207億円の融資の返済財源は,エイペックスの会員権(2000万円の縁故会員権250口,2500万円の第1次会員権500口,3200万円の第2次会員権500口,4500万円の第3次会員権400口)の販売収入合計515億円で,すでに縁故会員権250口については,カブトデコムによって完売の見込みとされ,200口については,カード会社,エージェント等からすでに引合いがある。」「保全は,エイペックス建設予定地及び建設予定建物(担保価値は,施設を除いて450億円,施設込みでは1000億円)の根抵当権設定である。」旨の説明がなされ,投融資会議は,207億円を甲観光に融資することを内認し,預託金返還債務の保証については,銀行がリゾート会員権の支払承諾をすることに疑問があるとの意見があったことから,旧大蔵省の意見を確認した上で認めることを内認した。
(オ) カブトデコムは,平成元年10月21日,エイペックス事業について,記者会見を行い,その際,カブトデコム担当窓口であった本店営業部本店長の控訴人Gも同席し,拓銀支援の下にエイペックス事業が展開されることが地元新聞で大きく報道された。
(カ) 拓銀は,その後,旧大蔵省から,預託金返還債務の保証について,拓銀自身が保証することは適切でないと指摘されたことから,平成2年12月25日,投融資会議を開催し,拓銀の子会社であるたくぎん保証をして預託金返還債務合計532億円を保証させることを決定し,これを受けて平成3年1月4日に,甲観光とたくぎん保証との間で,保証極度額532億円で預託金返還債務の保証を委託する旨の契約が締結された。
ケ カブトデコムは,上記エイペックス事業の着手と並行して,昭和63年12月26日,拓銀に対し,社債引受会社に対して,20億5000万円の社債支払保証をするよう要請し,投融資会議は,これを了承した。
コ また,カブトデコムは,平成元年3月22日,拓銀に対し,つなぎ資金20億円の融資を要請し,投融資会議は,これを了承した。
上記融資によって,拓銀のカブトデコムに対する総授信額は97億9600万円となり,保全不足は実効担保価格で73億2100万円となった。
サ カブトデコムは,平成元年3月,国際証券を主幹事証券会社として日本証券業協会に店頭登録した。
(4) カブトデコムの第1回第三者割当増資と第1融資等の実行
カブトデコムは,平成2年2月,1株当たり1万5500円で350万株(合計542億5000万円)の第三者割当増資を行った。拓銀は,原判決書別紙1の会社名欄記載の12法人及び6個人に対し,株式取得資金及び2年分の利息を含む合計約254億円を融資した(第1融資等)。
第1融資等の概要は次のとおりであった。
ア Iは,当初,1000億円の増資を実施することを計画し,その旨控訴人Gと協議したところ,控訴人Gからの指導を受けて,1株当たり1万5500円で350万株の増資を行って合計542億5000万円の資金を取得することにし,増資の方法については,金融機関及びその関連会社のほか,カブトグループの子会社及び関連会社並びに個人に割り当てる第三者割当増資によることとした。割当の内訳は,金融機関及びその関連会社が78万5000株(22.4%),カブトグループ取引関連企業及び個人が271万5000株(77.6%)であった。
イ カブトデコムは,拓銀に対し,上記12法人及び個人6名(いずれもカブトデコムと関係のある企業又は個人である。)に対し,発行する350万株の約4割に相当する合計138万5000株の取得金合計214億6750万円(増資後の資本合計の約34%)及びこれに対する利息2年分を254億円以内で融資すること,拓銀自身が17万5000株の割当先になること(拓銀の株式保有割合は,当該割当によって4.99%になる。)を申請した。
ウ 拓銀の本店営業部・法人部は,上記融資について,弁済期を中期の3年とし,割当先の引受株式の売却代金をもって返済を受け,その保全として,上記引受株式(合計138万5000株,実効担保価格は,1株1万4000円で,合計193億9000万円)に担保を設定するほか,Iとの間で保証予約の合意をすることとした。
エ 平成2年2月13日開催の投融資会議
拓銀の法人部は,平成2年2月2日,第1融資等を検討の上,報告書を作成し,同月13日,投融資会議が開催され,第1融資等の案件が審議された。控訴人Aは頭取として,控訴人D,控訴人E及び控訴人Bはいずれも副頭取として,控訴人Cは常務取締役業務本部長として同会議に出席した(ただし,控訴人Dは,東京に駐在であったため,電話会議により参加した。)。同会議に提出された法人部作成資料の概要は次のとおりであった。
(ア) カブトデコムの第三者割当増資については,拓銀及び拓銀グループが発行株式を引き受けるほか,カブトグループの子会社及び関連会社並びに個人が引き受けるが,拓銀は,そのうちの12法人及び6個人に対し,取得する株式代金及びこれに対する利息2年分を融資する。
(イ) 第三者割当増資を選択したのは,カブトデコムの株価が急上昇し公募増資できなくなったためであり,カブトデコムが割当先を同社の子会社等に指定してきた理由としては,カブトデコムは,将来的に取引を継続できる取引銀行が少ない上,引受額が巨額であったこともあって,金融機関に引き受けてもらうことは難しく,株主安定化対策及びカブトデコム友好企業に体力をつけさせて自社開発プロジェクトを推進する必要があること,一般投資家については購入希望先を絞りきれなかったことなどが考えられる。
(ウ) 第1融資の返済財源は,取得株式の売却代金であり,保全は,取得株式に対する担保権設定及びIの保証予約である。なお,Iの資産の大半がカブトデコム株式であることから,第1融資等の保全は,全面的にカブトデコムの業績に依存することになる。
(エ) 第1融資等による拓銀のメリットとして0.5%以上のスプレッドが見込まれ,拓銀の収益に大きく寄与する(実際に,2.0%ないし0.8125%のスプレッドで貸し付けされ,順調に回収されれば,拓銀は,数億円の利益が挙げられる見込みであった。)。
(オ) カブトデコムの平成3年3月期の収支は,売上高700億円,経常利益85億円,純利益40億円で,平成4年3月期には,売上高1000億円,経常利益110億円,純利益50億円となる見込みであり,売上及び経常利益が急伸しており,現在の受注内訳は,実質的に自社開発プロジェクトが大半を占めているものの,東京方面を中心にその他の民間工事の受注も増加するなど受注のすそ野が強化されており,海外でのリゾート開発等の活動も行うなど,今後も業績が進展する十分な見込みがある。
(カ) カブトデコムの株価は,平成2年1月31日現在で2万0500円と店頭銘柄の中でも高値である。その理由は,カブトデコムの業績が好調であり,ESP(一株利益),PER(株価収益率),PBR(純資産倍率)の各株価指標が優れており,とりわけ,無償余力が143割であり,無償期待があること,株式安定化比率が約85%と高く,浮動株が少ないこと,エイペックス事業に対する拓銀全面支援の報道等大型プロジェクトへの期待があることなどが考えられる。
(キ) 法人部の意見として,カブトデコムについては,今後の金融環境の変化の中で,不動産事業の冷え込みも予想され不動産投資の内容を十分に検討する必要があり,ワンマン経営,高成長のために人材不足が窺えるなどの課題もあるものの,業績は,不動産ブーム,建設業界の活況を背景に順調に拡大していること,札幌市内中心部の土地を多く有しており,これらの活用により業績の一層の進展が見込め,また,保有土地の値下がりは考えられないこと,今回の第三者割当増資により,調達コストが大幅に引き下げられ,財務構成が是正されること,拓銀は,カブトデコムの圧倒的主力銀行として相談を受け,指導する立場にあることから,拓銀の指導性を保持すれば,カブトデコムの業績悪化を回避することができること,カブトデコム社長のIは,若手経営者の中でリーダーシップを発揮しており,同社を支援することで北海道内の若手経営者に対する拓銀のビジネスチャンスが拡大することなどの理由から,第1融資等を採用したい。
オ 投融資会議の結論
上記投融資会議において,第1融資のほか,個人6名にも株式取得資金を融資するとともに,これらに対する2年分の利息金相当額を融資することが了承された。
なお,カブトデコムの株価推移は,原判決書別紙6のとおりであり,平成元年3月の終値は3060円で,その後,同年9月ころまでは,ほぼ横ばいに推移し,同月以降上昇し,平成2年2月には終値2万9700円,出来高45万株となっていた。
カ 個別の融資の実行
平成2年2月9日ころから同月14日ころまでの間,上記各法人及び個人から融資の申請があり,同月20日から平成3年8月20日までの間に,それぞれに対する融資が実行された。
なお,第1融資等は,法人に対しては証書貸付(ユーロ円),個人に対してはローン貸付の形で行われ,ユーロ円貸付の形をとることによって,当該融資は日銀の貸出窓口規制の対象外となり,また,拓銀海外支店が手数料を得ることができるという利点があった。
キ カブトデコムによる無償増資等
カブトデコムは,平成2年5月に第1回無償増資(1.84倍)を行い,第1融資の担保となる株式は,201万4800株(時価535億9358万円)になった。
その後,カブトデコムの株価は,同年7月にピークを迎え,終値3万9000円であったが,翌月以降,下落に転じた。
また,カブトデコムは,平成3年5月に第2回無償増資(1.6倍)を行い,第1融資の担保となる株式は,322万3680株(時価676億9728万円)となった。
平成2年10月以降,第1融資の回収を担当した総合開発部は,前記12法人に対し,無償増資による株式を売却して第1融資の返済に充てることを要請したが,Iから,出来高が少ないのに,大量の株式を売りに出せば株価が下落するおそれがある旨の懸念が表明され,結局,上記株式の売却は実現されなかった。
(5) 総量規制の実施
旧大蔵省銀行局長は,地価上昇や投機的土地取引の抑制等を目的として,平成2年3月27日付けで「土地関連融資の抑制について」と題する通達を発し,同年4月からいわゆる総量規制が実施された。
(6) 第1融資後の旧大蔵省の反応
ア 平成2年6月7日,第1融資等に関して,旧大蔵省銀行局銀行課の担当者から第1融資等についての銀行としての基本的な取組姿勢を文書で示してほしい旨の指導があった。
イ 続いて,旧大蔵省銀行局は,拓銀に対する検査を実施し,平成3年1月9日現在の検査報告書を作成し,その中で,第1融資の融資先に対する債権の一部は第2分類(旧大蔵省の資産査定における確実性4段階のうち,2段階目に当たる分類で,債権保全上の諸条件が満足に満たされないため,あるいは,信用上疑義が存する等の理由によりその回収について通常の度合を超えた危険があると認められる債権,及び何らかの理由により金融機関の資産として好ましくないと判定されるその他の資産)と判定されたが,カブトデコムに対する債権については,海外不動産投資の動向に注意を要するものの,国内部門は増収増益であり,また,多額の増資により自己資本も厚いことを考慮して非分類とされた。
ウ 上記の検査結果に基づき,平成3年4月23日,旧大蔵省銀行局長から拓銀に対する示達がなされ,「融資の審査・管理については,債務者の実態把握,特に財務諸表や事業計画の分析検討が不十分であり,本部審査も形式的に流れている事例が多いので,本部における審査の充実を図る必要があり,また,不稼働資産が増加し,資産内容が悪化しているので,その改善に努める必要がある。」旨指摘され,速やかに適切な措置を講じることを求められた。
(7) 第1融資後の拓銀による融資の継続
ア カブトデコムの株価は,平成2年7月に3万9000円となり,ピークを迎えたが,翌8月には下落に転じ,以降平成3年1月まで下降し続け,同月の終値は2万2000円となった。
イ 一方,拓銀は,平成2年10月に,組織改編を行い,カブトデコムを含む育成対象企業に対する融資を担当する部門として,総合開発部を発足させた。控訴人Gは,同月,総合開発部担当常務取締役となった。
総合開発部内には,各取引先ごとに業務推進グループ及び審査グループが設けられた。総合開発部における融資の手続は,部内における融資申請,検討,稟議資料作成を経た上で控訴人Gが決裁して,経営会議又は投融資会議へ付議し,最終決裁に至るというものであった。
ウ 平成2年11月ころから,国内不動産市況が沈静化するようになり,総合開発部は,カブトデコム及び関連会社の保有する不動産が固定化することを懸念し,同月ころ,カブトデコムに対し,新規に土地を購入しないよう申し入れた。
エ 平成2年11月13日,拓銀の経営会議が開催され,カブトデコムとの取引について審議され,同会議において,総合開発部は,カブトデコムの希望に沿う形での支援を継続したい旨の意見を述べ,これに対し,経営会議は,カブトデコムと今後も同様の取引を行うことを了承した。
なお,このころ,旧大蔵省銀行局による拓銀の検査が実施され,前記のとおり,平成3年1月9日現在の検査報告書が作成され,また,同月から地価税が導入された。
オ 平成3年2月25日開催の投融資会議おいて,カブトデコムに対し,既貸付分46億円を回収して,プロジェクト資金等6件合計157億8000万円を融資することが決裁され,実行された。
しかし,エイペックス会員権の売れ行きは不振であり,会員権の販売を斡旋していた拓銀は,平成3年3月から3か月間,特販キャンペーンを実施したが,同年5月22日現在で,第1次正会員権の販売目標150口に対して55口(その他成約見込み39口)の成約にとどまっていたことから,特販キャンペーンを1か月間延長することとした。
このころ以降,拓銀は,カブトデコムに対する貸付について,各プロジェクト物件ごとに融資する形をとり,融資対象物件に担保を設定するようになった。
なお,平成3年の札幌市周辺の地価上昇率は,商業地で21.1%,住宅地で27.5%であったが,地価のピークは同年中ころであり,それ以降は沈静化し,さらに下落に転じていった。
カ カブトデコムは,不動産販売が不振であったことなどから,前記第三者割当増資をしたにもかかわらず,平成3年3月期には現預金が前期と比べて117億0300万円減少し,467億0900万円となった(平成4年3月期にはさらに267億8400万円減少し,199億2500万円となった。)。
キ カブトデコムは,平成3年6月,第2回第三者割当増資をし,202万1000株(1株1万8800円)を発行し,379億9400万円を調達した。拓銀グループは,合計35万1000株を引き受けるとともに,拓銀の子会社であったたくぎんファイナンスが,第2回第三者割当増資の株式を引き受けた共同信用組合の関連会社に対し資金20億円を融資した。
ク 拓銀では,平成3年7月23日開催の経営会議において,カブトデコムとの取引について検討が行われ,総合開発部は,経営課題の改善を指導しつつ,従来と同様の取引方針と授信シェアを維持したい旨の意見を述べ,経営会議は,カブトデコムに対して経営課題の改善を指導しつつ,従来と同様の取引方針と授信を維持することを了承した。
ケ 拓銀調査部による調査
拓銀調査部は,平成3年8月ころの不動産業界の経営環境について調査を行い,住宅地の地価は下がる気配がなく,商業地については値下がり気味で,一棟売りの貸家については,利回り,キャピタルゲインともにうま味を失った旨の調査結果をまとめた(この調査結果は,平成4年2月ころ,拓銀内部において公表された。)。
コ その後のカブトデコムに対する融資の推移等
(ア) カブトデコムの株価は,平成3年9月以降,大きく下降し始め,同年12月の終値は,1万円台を割り9590円となった。
拓銀は,平成3年中盤以降,不動産業の環境が明確に悪化の傾向を強めてきた上,エイペックス会員権(第1次正会員権)の販売も伸び悩んでいたことから,同年10月,カブトデコムに対し,自社開発プロジェクト物件の新規着工凍結を申し入れた。
(イ) カブトデコムは,前記第2回第三者割当増資の4か月後である平成3年10月末,拓銀に対し,支払手形決済資金として60億円の融資を申請した。拓銀は,投融資会議の承認を経て,これを賃貸用不動産プロジェクト4件及び販売用不動産プロジェクト1件の資金として処理し合計65億9000万円を融資した。各プロジェクト物件に根抵当権が設定されたが,時価ベースで65億7700万円,実効担保価格ベースで39億円であった。これにより,拓銀のカブトデコムに対する総授信額は,308億5100万円から,約2割増の370億4200万円になった。
(ウ) カブトデコムは,平成3年11月末,中間納税資金及び運転資金として144億4000円の融資を拓銀に申請した。拓銀は,投融資会議の承認を経て,賃貸用不動産プロジェクト6件及び販売用プロジェクト4件の資金139億5000万円並びに500万円未満の支払手形を現金払いに変更するための資金10億円として処理し合計149億5000万円を融資した。各プロジェクト物件に根抵当権が設定されたが,時価ベースで137億5900万円,実効担保価格ベースで88億9700万円であった。
(エ) 平成3年12月,日銀考査が実施され,担当係官から「拓銀のカブトグループに対する融資残高が1800億円になっている。カブトデコム単体に対する拓銀固有融資残高が,同年9月末には183億円であったのに,同年12月末には399億7200万円になる見込みであり,固有融資残高が大きく伸びるのは,カブトデコムの業績不振の現れであり,また,カブトデコムの資産には不稼働で不良化したものが多い。拓銀グループのカブトデコムグループに対する債権の一部117億7300万円はS分類の指摘を受けるに足る状況にある。」旨指摘された。日銀の査定区分のS分類は,おおむね旧大蔵省の検査区分の第2分類に相当するものであり,「現在のところ最終的な回収には疑問はないが,イ 現に延滞し,又は今後延滞が見込まれるもの,ロ 赤字補填,滞貨,減産資金等資金使途に問題があるもの,ハ 金利減免,棚上げ等貸出金条件に問題があるもの等,その資産価値に瑕疵を生じている貸出」を意味するものであった。
これに対し,総合開発部は,融資残高やカブトデコム資産の稼働性について説明し,S分類の指摘を免れた。
(オ) 総合開発部は,平成4年1月27日開催の経営会議において,上記日銀考査の結果について報告した。
また,総合開発部は,カブトデコムに対する今後の対応について,企業育成先として,今日に至った経緯を踏まえ,需資の圧縮を図りながら,今後とも支援していきたい旨の報告をした。
これに対し,経営会議は,カブトデコムグループの全体のバランスを解明して,2か月後を目途に再度経営会議に諮ることを指示した(しかし,総合開発部担当常務取締役であった控訴人Gは,カブトグループといっても,どこまでがグループなのか明確でないなどとして,総合開発部員に積極的にカブトグループの全体像を調査するよう指示しなかった。)。
(カ) カブトデコムは,平成4年1月,拓銀に対し,同年2月ないし3月に満期の到来する支払手形の決済資金として210億円の融資を申請した。拓銀は,同年2月上旬に開催された投融資会議の承認を経て,賃貸用不動産プロジェクト4件及び販売用プロジェクト10件の資金として処理し合計210億円を融資した。これにより,カブトデコムに対する総授信額は711億7700万円となった。各プロジェクト物件に根抵当権が設定されたが,時価ベースで202億3500万円,実効担保価格ベースで42億7700万円であった。
(キ) 平成4年3月27日に国土庁から発表された同年1月1日時点の平成4年地価公示及び同年6月15日発行の平成4年版土地白書によると,同年の公示価格は,平成3年公示価格と比べ,全国住宅地で5.6%,全国商業地で4.0%,東京住宅地で10.3%,東京商業地で8.0%,札幌住宅地で2.7%,札幌商業地で5.1%それぞれ下落したことが明らかとなった。
(ク) 第1融資において担保に差し入れられていた株式は,平成4年2月までは融資額相当価格を保持していたが,同月以降は,株式だけでは保全不足の状態になった。
(8) 第2融資の経緯
ア 総合開発部は,平成4年になって,カブトデコムとの間で将来の資金需要について協議を行い,カブトデコムが当初予定していた平成4年度中の資金需要額1300億円前後を1000億円にまで圧縮し,控訴人Gは,控訴人Bに対し,カブトデコムの同年度の資金需要が1000億円であることを報告したが,控訴人Bは,控訴人Gに対し,資金需要を500億円に圧縮すること及びカブトデコムに対する上記融資について経営会議に付議することを指示した。
以後,カブトデコムに関する案件は,主に経営会議に付議されるようになり,これらの経営会議には,控訴人Aが頭取として,控訴人E,控訴人B,控訴人Fが副頭取として,控訴人G(平成4年6月25日前)又は控訴人H(同日後)が総合開発部担当常務取締役として出席した。
イ 平成4年3月23日開催の経営会議における総合開発部の報告
総合開発部は,上記経営会議においては,カブトデコムが,平成4年3月期に初めて減収減益となり,同月末に予定されているカブトグループ会社とのバーター取引がなければ大幅な減収減益になるところであったことを述べた上,カブトデコムの現状,平成4年度の資金需要及び財務状況の見込み,その他のグループ会社の平成5年度の見込み状況について,次のとおり報告した。
なお,総合開発部は,カブトグループの保有する不動産の評価について,当時すでに地価は国土法価格の3割減にまで下落しているとの認識を有するに至っていたが,保有物件の洗出しが先決であるとして,カブトデコムの申出どおりの評価額を報告した。
(ア) 平成3年9月期の時点のカブトデコムの保有物件は19件で,簿価見込みが合計246億4900万円(平成4年3月期には29件に増加して簿価見込み合計414億5500万円となる見込みである。),カブトデコム自身の評価では時価(平成3年12月時点の国土法価格によるもの)が合計306億2600万円であり,含み益があり,投資利回が年5%前後で,カブトデコムの安定収益源に育ってきている。
推進プロジェクト物件は49件で,平成5年3月に完成すると仮定した場合の簿価が合計1544億9600万円となる。そして,カブトデコム自身の評価による時価が1674億5400万円になるから,推進プロジェクト物件の資産価値は,トータルでほぼ確保されている。
平成4年度以降,プロジェクトを凍結する物件は35件で,カブトデコム自身の評価による時価が合計2434億3000万円になる。カブトデコムは,この35件にこれまで合計316億6100万円を支出しているが,カブトデコムが事業主体から買い取った場合の価格は合計1299億5900万円であるから,支出済額を回収できる見込みである。
(イ) 平成4年度における資金需要の見込みとして,販売用不動産及び会員権がほとんど売れない場合,カブトデコムの平成4年度の借入純増額は1101億8200万円となり,他行がカブトデコムへの融資を渋っている状況であり,当該金額を拓銀が融資することになるため,総合開発部は,カブトデコムに対し,借入額の圧縮を求めた。カブトデコムは,18件582億5000万円の物件を売り切ること(もっとも,Iは,簿価での売却に固執しているため,カブトグループ外への売却は難航している状況であることも報告された。),自社開発プロジェクトにおける物件引取の際に,新たな借入をすることなく,物件譲渡先の借入を引き継ぐ形で決済を行うこと,推進プロジェクト物件のうち246億5500万円の物件を兜ビル開発及び甲観光に取得させることにより,平成4年度の借入額は,平成4年3月期と比べピーク時に427億8100万円の,平成5年3月期に391億4000万円の増加で済む見込みである。
(ウ) 平成4年度における財務状況の見込みとして,カブトデコムの上記借入金圧縮方針が実現した場合は,平成5年3月期のカブトデコムの財務状況は,資本・負債が合計3113億7200万円(自己資本1132億6300万円,長・短期借入金1280億8100万円),資産が合計3113億7200万円(販売用・賃貸用不動産659億9700万円,建設事業支出金276億1400万円,長・短期貸付金918億5800万円及び現預金等その他投資501億9800万円)となる見込みであり,資金運用面では,長・短期借入金391億4000万円が販売用不動産・短期貸付金(自社開発プロジェクトの用地取得をする山三西武地産の資金に充てられる。)の増加,支払手形の支払に使用される見込みである。
(エ) カブトグループ各社の平成4年度の見込み状況として,カブトデコム本体及び主要3社を対象とする単純合算法による損益計算書が作成され,これによると,平成5年3月期は,売上高1596億円,経常利益67億円,当期利益23億円であった。
(オ) 総合開発部の意見
カブトデコム並びに同社の子会社及び関連会社各社の平成5年3月期の想定資産・負債状況と収支をみると,借入金に見合う資産を有しており,借入利息を支払うことが可能であるから,カブトデコムを拓銀の企業育成先として今日に至った経緯を踏まえ,カブトデコムほか2社に対して500億円を限度として融資に応じたい旨の意見を具申した。
ウ 平成4年3月23日の経営会議の結論
同経営会議において,カブトデコムの平成4年度の資金需要が500億円であることについて了解されたが,貸出については未了承とされ,総合開発部に対し,カブトグループの連結バランス及び収支を把握し,全体像が分かるように報告し,カブトデコムに対し,500億円が緊急融資であることを認識させること,人材派遣,総合開発部の内部体制見直しなどカブトグループの管理体制を検討することを指示し,「カブトデコムは,一般的な企業(自社開発プロジェクトによるグループ会社間での創受活動ではなく,一般的な建築土木の仕事をする企業)を目指すこと,優先事業はエイペックスであること,状況によっては事業計画の再検討,第三者割当増資の現状と補強対策を検討すること,今後は,3か月ごとにグループ全体の状況を経営会議に報告すること。」が指摘された。
エ 平成4年4月3日開催の経営会議における総合開発部の報告
総合開発部は,カブトグループ4社(カブトデコム,兜ビル開発,甲観光及び山三西武地産)の平成3年3月期及び平成4年3月期(予想)の簡便法による連結貸借対照表,上記4社の平成3年3月期,平成4年3月期及び同年10月期の簡便法による損益状況表,平成4年度資金繰予定表を作成し,上記経営会議に提出し,これらによって平成4年3月23日開催の経営会議における説明を補充し,カブトデコムにおける平成4年度の資金需要が500億円であるとした。上記損益状況表によると,カブトグループ4社の損益は,平成4年3月期が売上高1341億円,経常利益114億円,当期利益52億円であり,平成5年3月期が売上高1596億円,経常利益96億円,当期利益45億円であった。
総合開発部は,カブトデコムに対し,プロジェクト7件の資金160億円を融資することを付議した。なお,各物件には根抵当権が設定される予定であったが,その合計は時価ベース283億4300万円,実効担保価格ベースで60億1200万円であった。
オ 平成4年4月3日の経営会議の結論
同経営会議は,「カブトグループの全体像について了解した。カブトデコムに対し,160億円を融資することについて了承する。」とし,総合開発部に対し,カブトデコムの海外子会社を含めた連結バランス及び収支を報告すること,山三西武地産の実態把握に努めること,カブトデコム及びIの保証状況を報告すること,トップを交えた業況報告の場を設けること,海外物件を含めて,保有物件の売却などによる借入圧縮に努めさせること,甲観光の株式公開の延期を検討すること」などを指示した。
カ 第2融資の実行
上記経営会議の決議に基づいて,平成4年4月6日から同月30日までの間に,合計160億円の融資が実行された。さらに,拓銀は,カブトデコムに対して平成4年度中に500億円を限度に融資を行うとの方針に基づき,平成4年4月27日,同年5月28日,同年6月22日,同年8月3日の各経営会議の決裁を経て,同年5月6日から同年8月25日まで,合計380億円をカブトデコムに融資した。
第2融資について,各プロジェクト物件について設定された根抵当権は,実効担保価格ベースで合計164億1200万円,時価ベースで合計775億7400万円であった。
(9) 第2融資の決裁と並行して始められた総合開発部による調査検討
ア 総合開発部は,上記経営会議の指示に基づいてカブトデコムに関する調査を実施したところ,平成4年6月末までに得られた調査結果は次のとおりであった。
(ア) カブトグループの平成4年3月期決算
カブトグループ(4社合計)の平成4年3月期決算状況は,売上高1343億7900万円,売上総利益250億5300万円,営業利益160億7800万円,経常利益118億9900万円,税引前利益107億5900万円,税支払後の当期利益は47億9200万円であった。
(イ) カブトデコム及びIの保証債務負担状況
カブトデコムの保証債務額は301億6700万円,Iの債務保証額は1374億5900万円である(大半が自社開発プロジェクトないしカブトデコム株式取得資金借入債務の保証である。)。
(ウ) カブトデコムの不動産販売状況等
カブトデコムの不動産販売は,平成4年3月末に予定されていたバーター取引が契約破棄となり,Iが東京で新たな売却先を探している状況である。カブトデコムは,利回り,資産価値の高い物件を売りに出したが,難航が予想される。
不動産事業の販売が予定どおり進んでいないため,同年4月ないし6月のカブトデコムの収入は,当初予定(同年4月3日の経営会議における報告)より177億2600万円少ない。I自ら東京で不動産の販売交渉を進めているところである。
他方,支出は,協力企業及び海外物件プロジェクト等への支援資金が増加したものの,自社開発プロジェクトによる支出を抑え,完成物件の買取りを延期したことから当初予定より131億7600万円少ない。
工事代金の回収遅滞は,同年5月31日現在で合計196億4800万円となるが,このうち完成物件の販売によって回収できないものが63億2100万円ある。
(エ) 拓銀とカブトデコムとの取引状況
拓銀のカブトデコムに対する平成4年6月30日の融資残高は,当初予定より113億2000万円又は36億6000万円の増加となる。カブトデコムに対する融資残高を減少させるためには,カブトグループが保有する不動産を売却する必要がある。
カブトグループに対する総授信額は,カブトデコム又はIの保証に基づく授信,カブトデコムの手形割引及びたくぎん保証によるエイペックス会員権預託金返還債務保証を含めて合計2434億7000万円となる。その保全については,約200億円の不足があると推定される。保全不足額については,同年6月中旬に公開される同年度の路線価に基づいて再度調査する予定である。
拓銀以外の金融機関の借入シェアを高める必要があり,自社開発プロジェクト事業主体の借入の引継をする必要がある。
イ 控訴人Aは,平成4年6月25日,総合開発部の取引先の客観情勢が厳しくなっていること,日銀考査において要注意先として指摘されたものがあったことなどから,総合開発部の取引先について,新しい視点から実態を把握する必要があると考え,控訴人Gを更迭し,同月27日,控訴人Hを総合開発部担当常務取締役に選任し,控訴人Hに対し,控訴人Cと相談しながら,カブトデコムの実態について洗い直すよう指示した。
ウ 上記指示に基づいて総合開発部が平成4年9月までに行ったエイペックスの事業化についての検討結果は次のとおりであった。
(ア) エイペックス会員権は,販売が停滞し,キャンセルが相次ぐなど,カブトデコムの協力企業を対象とする販売には限界があること,会員権売上334億3500万円のうち153億6200万円についてカブトデコムが流用していたことなどが明らかになった。
(イ) 具体的な会員権の販売状況は,第1次賛助会員権が,募集240口中234口(46億8000万円),第2次賛助会員権が,募集180口中166口(41億5000万円),当時募集中であった第1次正会員権は,募集880口中すでに703口(その後681口に減少した。)が販売済みとされているが,このうち177口はカブトデコムが販売総代理店として抱えており,さらに売却する必要があるので,実質販売実績は526口(252億4800万円)であった。第1次正会員権の募集期間は平成4年10月までであるが,同月中の消化は不可能な状態である。販売先の倒産や,販売時の約束不履行などによってすでに64件(同年9月9日には90件に増加し,その後も増加傾向であった。)のキャンセルがあった。
(ウ) 会員権販売が計画どおりに進行しなかった場合の資金需要についてみると,第2次正会員権が全く売れない場合には,エイペックス完成に277億円(同金額は,カブトデコムが甲観光に対して流用資金を返還した場合のものであり,カブトデコムが流用資金を返還しない場合には403億6600万円になる。)が必要である。そして,第2次正会員権が全く販売できなくても,カブトデコムが流用資金を返還した場合には,エイペックスは4年ないし16年後にキャッシュフローが黒字転換し,第2次正会員権を5年内に販売できた場合には,カブトデコムが流用資金を返還するか否かにかかわらず,1年で黒字転換する見込みである。
エ さらに,総合開発部は,カブトグループの実態把握のための調査を実施し,控訴人Hは,平成4年9月14日開催の投融資会議(本来の投融資会議の構成員のほか,控訴人C及び当時東京在駐在中の常務取締役であったKが出席した。)において,おおむね次のとおり調査結果を報告した。
(ア) 平成4年3月期決算について
カブトグループ6社の平成4年3月期の連結決算書がはじめて作成された。
これに基づいて損益状況をみると,売上高は,カブトデコム単体では1002億円であるが,カブトグループ6社連結では695億円に減少し,経常利益は,カブトデコム単体では112億円であるが,6社連結では12億円に減少し,税引きの後の最終損益は49億円の赤字になる。
財務内容をみると,総資産は,カブトデコム単体では3100億円であるが,6社連結では4554億円に増加し,借入・割引残は,カブトデコム単体では836億円であるが,6社連結では2220億円に増加し,カブトデコムが資金支援を行わざるを得ないプロジェクト事業主体,カブトデコム株式及び会員権の保有者である26社2個人への資金支援対策となっている資産・負債を合算すると,借入・割引残高は3341億円(うち拓銀グループ1531億円)となる。自己資本比率は,カブトデコム単体では35.9%であるが,6社連結では23.9%に低下する。
(イ) 今後の借入需要
平成4年7月末までにカブトグループの総借入は3700億円に増加しているが,平成6年3月期までに1900億円の借入需要が発生し,カブトグループの借入返済資金を借入でまかなうとした場合には,総借入は5000億円に達する可能性がある。今後の借入需要を拓銀グループで支援した場合,カブトデコムに対する貸出は3700億円になる。
(ウ) 資産評価
不動産については,総借入が5000億円に達すると想定した平成6年3月の簿価合計は4818億円となるが,札幌地区でも国土法価格の6ないし7割という売買事例が出ているほど不動産市況は悪化しており,このような時価が平成6年3月まで続くと仮定すれば,同時期の時価は3607億円となり,1211億円の含み損が発生することになる。株式等のその他資産は,簿価合計1425億円に対し,平成6年3月の時価は604億円となり,821億円の含み損があることになる。したがって,平成6年3月期において,資産全体で2032億円の含み損が発生することになる。
(エ) 平成6年3月期予想貸借対照表
簿価ベースでは1382億円の実質資本があることになるが,時価ベースでは合計899億円の債務超過になる。
(オ) 収益力
カブトグループにおける不動産及び会員権の販売並びに自社開発プロジェクトの建設工事を除外した最低限の収益力は,年間49億円にとどまり,最低限の管販費が43億円であるから,余力はあまりない。
(カ) エイペックス事業の現状と見通し
総事業費は664億0800万円で,土地権利金,従業員宿舎に合計39億0500万円,リース代に12億円を別途要しているので,合計715億1300万円である。
これに対し,収入は,会員権販売によるものだけであり,平成4年8月末現在,募集予定口数1850口(第1次賛助会員,第2次賛助会員,第1次正会員,第2次正会員)のうち,1300口数(第1次正会員まで)の募集を行ったが,販売できたのは1080口,販売によって得られた金額は326億4000万円であり,現在,総募集口数の57.4%しか販売できていない状況である。第1次正会員3500万円の残り200口の販売は至難と思われ,第2次正会員権4800万円550口はまだ募集していない。
したがって,土地権利金,従業員宿舎費用等を含めた総事業費約703億円と第1次正会員権が完売できたと考えた場合の会員権販売収入396億円との差額である307億円が借入必要額となる。仮に第2次正会員権を販売せずに307億円を借入によってまかなったとしても,金利低減(5%適用),経費節減(10%適用)等の措置を用いれば,4年後にはキャッシュフローが黒字に転換し,10年後には単年度決算が黒字に転換するので,事業化が可能である(ただし,ホテルの稼働率,それを前提とした将来予測等については,具体的検討がなされていない。)。
(キ) 平成2年2月第三者割当増資(第1融資等)について
平成2年2月に行われた第三者割当増資の引受金及びこれに対する利息合計247億8800万円(拓銀グループでは282億9400万円)の融資は,取得株式の売却代金より回収する計画であったが,平成4年9月現在で3億4800万円しか回収できていない。株価の下落に伴い,担保株式の追加に加え,当初貸出条件にはなかった株式以外の不動産や会員権を追加担保にしたが,大幅な保全不足となっている。
利息の追加融資を止めてから,各借主が利息支払資金を調達してきているが,現在では,12法人のうち8法人はカブトデコムからの借入に頼らざるを得なくなってきており,個人についても6名のうち3名が平成4年6月30日の利息支払を一時延滞する(現在も1名延滞中)など,資金調達力が限界に来ている。保証人であるIにも資金的余裕はない。現在は,カブトデコムの株価は1株3200円と半減している。今後は,各借主のカブトデコムとの関係,資金事情,各借主ごとに個別に対応せざるを得ない。今後,延滞の発生などにより軋轢を生じるおそれがある。
オ 総合開発部は,平成4年9月28日開催の経営会議において,カブトデコムの現状と当面の方針について,同月14日開催の前記投融資会議において報告したのとほぼ同じ内容の報告をした上,拓銀のカブトデコムに対する対応方針を提案した。
提案の基本方針として,拓銀の社会的責任を果たすとともに,道内経済の混乱を回避し,拓銀のリスクウェイトを軽減し,カブトデコムを社会に受け入れられる一般的な会社にするという3点を掲げ,当面の具体的方針として,海外,国内を問わずカブトグループ保有物件の売却及び賃貸を促進し,借入金を回収し,エイペックスをカブトデコムから分離独立させるなど関係企業を整理し,カブトデコムに人材を派遣するなどして組織・体制を改革するというものであった。
また,総合開発部は,カブトデコムの業績急落は,拓銀にとっても,日銀及び旧大蔵省への対応を含めて影響が大きいとして,決算対策を行い,なだらかな業績低下にもっていく必要がある旨説明した。
これに対し,上記経営会議においては,カブトデコムに対する今後の具体的な方針は決定されなかったが,同年9月30日時点における拓銀グループのカブトグループに対する総授信額は2964億円に達し,時価ベースで1940億円の保全不足が生じること,カブトデコムの債務保証額が1096億円(うち426億円が対拓銀グループ)に達する現状であること,以後の見通しとして,平成6年3月までに,1100億円の資金需要が発生し,時価ベースでは899億円の債務超過に達するおそれがあることが判明したことから,後記平成4年10月26日開催の経営会議における判断は,カブトデコムの現状を前提とする限り存続不可能であるというものであった。
(10) 第3融資に至る経緯
ア 平成4年10月26日開催の経営会議において,控訴人H及び控訴人Hの相談役であった控訴人Cは,要旨次のとおり,調査結果を報告し,カブトデコムに対する今後の対応を提案した。
(ア) 報告
拓銀グループからカブトグループ(カブトグループのうち,カブトデコムの自社開発プロジェクトの事業主体,大株主,取引企業の中から明らかにカブトデコムの業績悪化による影響が少ないと判断される企業,個人を除いた59社16個人)への融資のうち,カブトデコムと何らかの関係がある貸出額は,平成4年9月30日現在で2597億円(エイペックス会員権の預託金保証債務等を加えた総授信額は2964億円)であり,また,同時点における拓銀からカブトデコム単体に対する総授信額は992億1000万円である。
拓銀グループからカブトグループに対する融資2597億円の保全は,時価ベース(カブトデコム株式の時価を0円,エイペックスの資産価値を既存ゴルフ場のみの40億円,未完成建物の地上建物部分の資産価値を0円とした場合)で1940億円の保全不足になっている。もっとも,この保全不足は,エイペックスを含む担保物件の完成によって417億円減少する(工事費用の貸出172億円,アメリカ物件への貸出95億円,エイペックス会員権預託金保証の求償債権150億円の保全が具備される。)。さらに,エイペックスが完成することによって,カブトデコム関連債権400億円の不良債権化が回避できる。
不動産の売却を全く見込まず,自社開発物件の買取りも行わないとの前提条件によるカブトデコムの資金需要は,平成5年3月までは651億円,平成6年3月までとすると1625億円となり,最大限の圧縮をしたとしても同月までで1100億円となる。
平成4年9月中間決算の予想貸借対照表をみると,1097億円の自己資本があることになっているが,資産項目の中の短期貸付金794億円及び受取手形・売掛金514億円は,回収が困難なものがほとんどであり,実質的には不良債権と考えざるを得ないから,これのみを考慮しても債務超過状態にあると認識できる。なお,平成4年4月27日開催の経営会議においては,カブトデコムの債務保証額は302億円であると報告されていたが,その後の調査の結果,債務保証額が1096億円(うち拓銀グループは426億円)に達していることが判明した。このうち,798億円は,平成4年3月以前に発生していたのに,平成4年3月の有価証券報告書には287億円しか記載されておらず,虚偽記載がされたおそれがある。
カブトデコムに対する今日までの拓銀の関わり具合及び不測の事態発生による道内経済の混乱を回避する上からも,何とかカブトデコムの存続を考慮すべきであるが,現状把握を前提とした場合,残念ながら,カブトデコムは存続不可能と判断せざるを得ないものと思われる。
拓銀は,エイペックス事業に深く関与しており,これを完成させる責任がある。また,第1回第三者割当増資について,迂回融資であったと主張される可能性があり,道義的責任の問題が残り,慎重に対処する必要がある。道内リーディングバンクとして,道内企業の連鎖倒産を避ける必要がある(カブトデコムの平成5年3月までの手形決済は,389億7700万円が予定されていた。)。
共同信用組合は,カブトグループに対し,総額368億円を貸し出しており,総貸出額の45.9%を占めている。共同信用組合の経営状況は,すでに危機的な状況にあると思われる。共同信用組合が破綻すれば,拓銀に対し支援要請が来ることが考えられる。
(イ) 提案の1 必要最低限の融資(第3融資)
道内経済混乱回避策及び拓銀のリスクウェイト軽減措置をとるためには数か月を要し,その間カブトデコムの倒産を回避する必要がある。そこで,カブトデコムに対し,平成5年3月(カブトデコムの手形決済が集中している)ないし同年6月(エイペックスホテルがオープンする)までの間,延命に最低限必要な資金を融資しながら,その間に,カブトデコムの破綻に備えた措置を実施することとする。
カブトデコムの資金需要を最小限に抑えるために,借入元利金の支払を停止させる。ただし,工事代金の支払については,工事中の物件が12件(エイペックスを除く)しかなく,大部分の物件が50%以上できあがっており,工事業者は拓銀の取引先が大部分であることから,支払を停止させないことにする。上記のような方針を採用し,平成4年11月以降の支払をすべて現金にした場合のカブトデコムの資金需要は,平成5年3月までで735億円,同年6月までで971億円に達する。
カブトグループの保有する物件(他行の担保になっているものを除く)を拓銀の関連会社に購入させ,拓銀が当該会社に購入資金を融資し(その際,金利は,当該会社の支払能力の範囲内とする。),カブトデコムが得た売却代金を拓銀に対する返済に充てさせる(物件シフト)。
(ウ) 提案の2 リスクウェイト軽減措置
拓銀のリスクウェイトを軽減させるための措置として,①未登記扱い(担保設定契約を締結したが,委任状,印鑑証明,権利証等,設定登記に必要な書類を入手していない状態)又は登記留保扱い(担保設定契約を締結し,設定登記に必要な書類を入手しているが,登記を具備していない状態)になっている担保権について正式に担保設定登記をし,②カブトグループ企業が保有している未入担保物件に追加担保を設定し,海外部門の物件を早期に売却し,売却益を,拓銀ロスアンゼルス支店のローン回収に充てるなどし,さらに,③エイペックス,兜ビル開発等,自立して収益可能な企業を分離独立させる。エイペックスは,完成すれば時価590億円,担保価値413億円となり,今後エイペックスが完成すれば利払可能債権は400億円増える。分離の方法としては,カブトデコムとの資金関係の切断,資本構成の是正,会員権発行の厳正管理等によることになる。
イ 経営会議の結論
経営会議は,総合開発部からの上記提案を了承し,第3融資を事実上決定した。
ウ 拓銀のカブトデコムに対する申入れとカブトデコムの対応
(ア) 拓銀は,平成4年10月28日,Iに対し,今後,資金援助するに際して,平成4年9月期の中間決算では実態を発表し,リストラ対策を実行すること(ただし,エイペックスは軌道に乗せること。),当面の対応として,同年11月以降は,手形決済等必要最低限の決済にのみ資金を使い,さらなる手形の振出しをしないこと,資金を支出する場合には拓銀に報告すること,未登記・登記留保扱いとなっているものについては,設定登記手続を行うことなどを申し入れた。
(イ) カブトデコムは,平成4年11月17日までに,拓銀に対し,再建計画案を提出したが,総合開発部は,国内保有物件売却案は実現可能性が低いものであり,海外物件売却案も検討すべき課題が多く,経費の削減案についても金額内容ともに甘いところが多く,抜本的な経営のリストラが望まれると判断し,同日の経営会議において,その旨報告した。
エ 平成4年10月26日に決裁された第3融資,リスクウェイト軽減措置等の実施状況は,おおむね次のとおりであった。
(ア) カブトデコム延命に必要な融資額の見積もり及び融資保全策
平成4年11月17日開催の経営会議において,総合開発部は,次のような報告をした。
同年11月20日から平成5年3月まで,カブトデコムを延命させるために必要な最低融資額が364億円(純増ベース361億円)である。これに対し,取得し得る保全は,今後の工事完成物件の建物部分に対する担保設定時価55億円,カブトグループ保有物件の担保余力部分に対する追加担保設定時価100億円の時価合計155億円であり(なお,このうち95億円は兜ビル開発への売却物件に対するものであるから,カブトデコムに対する保全は60億円にとどまる。),新規貸出により209億円の保全不足拡大になる。そして,同年4月から同年10月まで,カブトデコムを延命させた場合には,カブトデコムに対する融資は200億円増加する。
拓銀のカブトデコムに対する延命融資を,平成5年3月まで継続する場合は,簿価合計約524億円の物件につき物件シフトを行うことになる。この場合,拓銀は,関連会社に対して,物件購入資金合計約524億円を融資し,カブトデコムは,売却代金によって,他行に対する借入金106億円,拓銀グループ会社に対する借入金60億円,拓銀に対する借入金358億円をそれぞれ返済する。
Iのカブトグループ外への物件売却が成功して既貸出分が回収されればこれを根拠として上記資金需要に対して新規貸出をすることはできるが,仮に物件が売却できなかった場合は,上記のような物件シフトによって,カブトデコムに対する既貸出金を358億円回収し,これを根拠として新規貸出をする。
(イ) 第3融資の実行
平成4年10月26日の経営会議で決められた基本方針に基づき,平成4年11月2日から平成5年3月31日まで,カブトデコムに対し,合計409億円の融資がなされた。
(ウ) 第3融資についての回収財源,保全策等
第3融資については,会員権在庫や海外物件の売却代金(平成4年12月28日開催の経営会議において,カブトデコム算出の簿価が合計450億円であることが報告された。)から回収されることが予定された。
そして,第3融資については,不動産や株式に実効担保価格合計110億9500万円の担保が設定された。
また,平成4年11月2日以降の経営会議において,カブトデコムに対する融資に際し,カブトデコム保有の物件を関連会社に簿価どおりで購入させ,拓銀が,物件購入会社に対し,当該購入資金を融資するとともに,カブトデコムから同資金を回収するいわゆる物件シフトが了承され,拓銀は,平成5年6月までの間に,合計987億1100万円を融資し,実効担保価格336億0600万円の担保を得た。
なお,拓銀グループのカブトデコムに対する未登記扱い等担保権は,同年11月中に登記手続がなされたが,その合計額は時価90億9600万円,実効担保価格53億2300万円であった。
(11) その後の経緯等
ア Iは,平成5年5月28日,拓銀がカブトデコムから分離させ,事業を継続させることを予定している会社に,手形13枚(101億6000万円相当)を発行させて受け取り,うち67億5000万円分につき共同信用組合から割引を受け,I個人の債務保証の弁済に充てたことが判明した。
イ また,拓銀は,カブトデコムに対し,再構築案の検討を要請した上で,融資継続のための必要最小限の条件を提示したが,平成5年7月2日,カブトデコムは,拓銀の提示した条件を拒否する旨の回答をし,さらに,カブトデコムは,同年10月16日,エイペックス等に対して有する債権を,他の会社に譲渡するなどした。
ウ 拓銀は,平成5年7月ころ,カブトデコムが譲渡担保に差し入れていたエイペックスの株式30万1400株について譲渡担保の実行に着手し,これに対し,カブトデコムは,拓銀を相手取り,株主たる地位の保全を申し立て,株式所有権確認の訴えを提起した。
こうした状況の最中の平成5年6月,エイペックスホテルがオープンした。
エ 拓銀は,平成5年10月26日,取締役会を開催し,カブトデコムに対する支援を打ち切ることを決定し,同年11月1日付けの内容証明郵便で,カブトデコムに対し,その旨の通知をした。
オ カブトデコムは,現在も存続しているものの,平成10年3月期,資本金483億3600万円,売上高14億1400万円,経常損失68億0200万円,当期純損失515億1100万円,純資産額がマイナス2350億0900万円の状態であり,支払不能に陥っている。
エイペックス事業は,平成5年の定員稼働率42.6%,売上20億1700万円,償却前営業利益20億1400万円の赤字で,その後,定員稼働率及び売上は低下し,平成8年には,稼働率21.3%,売上13億3600万円となり,9億7200万円の赤字となった。エイペックスは,施設全体を,平成9年5月,株式会社カレントに賃貸し,同社は,ホテルの運営を株式会社ザ・ウインザー・ホテルズ・インターナショナルに委託し,ホテル名をザ・ウインザーホテル洞爺に変更して再スタートを図ったが,同年11月に拓銀が破綻したことにより,資金援助が断たれ,平成10年3月にエイペックスも破産した。この間,拓銀は,エイペックスに対する融資を続け,平成4年4月から平成9年3月までの間の融資合計額は400億円を超えた(それ以前の分を合わせると625億円となる。)。
なお,エイペックスの破産管財人は,平成12年10月,エイペックスの施設全体を60億円で売却した。
(12) 各融資の回収状況
第1融資は,平成11年3月10日の時点で,192億1798万3951円が回収されておらず,第2融資は,308億9450万円が未回収のままであり,第3融資額のうち,回収されたものは34億0443万6100円で,融資残高は,374億9555万7000円となっている。
(13) カブト問題調査委員会調査結果
拓銀は,平成5年2月ころ,控訴人Eを委員長,控訴人Cを副委員長として,カブト問題調査委員会を組織した。同委員会は,同年3月3日,「カブト問題特別調査委員会報告」を作成した。同報告の内容は,おおむね以下のとおりであった。
ア 本問題は,バブル経済最盛期に急拡大し,バブル経済崩壊を機に表面化した。この意味で,一般のバブル企業と同一とみなされる一面も否定できないが,当時の時代背景,運用強化・収益第一主義といった施策が招いた結果論だけでは済まされない要素も持っており,いわば特殊案件と位置付けるのが適当である。
イ 拓銀は,バブル経済を背景に,道内経済活性化のため,道内企業,若手経営者育成に注力するようになった(インキュベーター路線)。インキュベーター路線は,初期のころ,カウボーイ,ニトリ,はるやま,進学会等の道内新興企業育成において成果を挙げており,昭和61年から昭和63年前半までは特に問題なく推移してきた。業務本部内に設置された法人部において集中的にインキュベーター企業の業務推進,管理をするようになり,インキュベーター路線は,行内の新しい路線として定着しつつあった。
カブトデコムは,道内の若手・新興企業の一員であったが,昭和63年6月に,札幌西支店から本店営業部に移管され,その後,取引規模を急速に拡大していった。ここで問題となるのは,取引が急拡大したことよりも,仕事の進め方にある。ことカブトデコムに関しては,一部の者を中心に検討,推進され,組織的な案件の検討,討議等が十分に行われなかった。これは,顧客から商売人との評価が高く個性の強い役員(控訴人G)に情報が集中したために,トップ情報に依存した中抜けの業務運営となり,組織体としてのチェック機能が十分に働かなかったことによる。カブトデコムとの取引のターニングポイントとなった平成2年2月の第三者割当増資についても,国際証券主導ということも手伝って,十分な組織的討議・検討がないまま投融資会議に付議され,承認された。第三者割当増資以降は,カブトデコムが大量の無コスト資金を手に入れて,積極的な対内外投資を開始して急成長し,拓銀においても,カブトデコムとの取引メリットが増大したことから,カブトデコムは,拓銀のインキュベーター路線による成功例の代表格として行内外にPRされ,次第に,拓銀内部では,カブトデコム及び同社関連企業との取引については,同社の育成に資するという理由で個別案件の判断が甘くなる一方,カブトデコムに対するマイナス情報は育成に水を差すとして,次第に表立った議論を避けるようになった。
ウ また,平成2年まで,拓銀においては,拓銀グループ会社のリスクが拓銀本体のリスクであるという明確な認識がなく,拓銀グループ会社の融資案件について拓銀本体でチェックするということはなかった。そして,拓銀グループ会社には,融資の専門家がいるという認識と,リスクを分散すべきという認識に基づいて,拓銀からカブトグループに対して融資斡旋を行うことがあったが,拓銀グループ会社では,これを本社からの指示的取引と考えていた。特にカブトデコム関係の融資については,拓銀本体が支援していることから,拓銀グループ会社は,カブトグループへの融資は最終的に拓銀本体のリスクに基づくものと理解し,疑問を持つこともないまま授信を増加させていった。
エ このような状況の下,平成元年9月末には542億円であったカブトデコムとの取引は,平成2年9月末には1511億円と1年間で約1000億円も急増し,特に,カブトデコム本体に対する融資は,拓銀グループ全体で50億円の増加にとどまっていたにもかかわらず,拓銀本体からカブトグループに対する融資が470億円,拓銀グループ会社からカブトグループに対する融資が500億円と,水面下で,ほとんど注目されることもないまま,授信がふくれあがった。
この時点までの問題点は,業務推進に当たって組織的チェックが働かなかった点にあった。このような問題点が助長された環境としては,諸会議の場で,「カブトデコムの業況は大丈夫か?」という問題提起はあったものの,担当役員の個人的な能力を過信し,自分の担当以外の事柄については最終的な口出しはし難いという組織風土上の問題があった。
オ 平成2年10月に,21世紀プロジェクトを経て,拓銀内部では組織の大幅な見直しが行われ,従来の預貸一元体制から,業務推進と審査が分離されるようになった。しかし,道内のリーディングバンク戦略を実現し,道内企業を育成していくという目標のもと,インキュベーター路線を担当することになった総合開発部においてだけは,所轄先について事前事業調査を行うことを前提に,預貸一元体制を採用した。また,総合開発部において,所轄先のグループを一括して管理することとし,カブトデコムについては,カブトデコムの直系企業のみならず,協力企業,友好企業の大半を総合開発部で担当した。関連企業,友好企業も含めて育成することにより当行基盤の拡大をねらったものであり,このこと自体は何ら問題はないが,グループ間で複雑に絡み合って内在するリスクについての分析及び情報開示は不十分であった。
そして,平成3年に入り,バブルが急速に崩壊していく中で,総合開発部スタッフによるカブトデコム及び同社グループ企業の実体解明が次第に進み,同年5月から6月ころには次第に危機感を持つに至った。担当常務(控訴人G)がカブトデコムの資金繰りに問題を感じたのも同年に入ってからではないかと推測される。しかし,同年中のカブトデコムは,会員権販売による資金流入,第三者割当増資の実行によって破綻することなく推移しており,総合開発部内部において,詳細を衆議に委ねようという考えと,ここまできた以上育成すべきであるという考えとで,内部葛藤が1年以上にわたって続いた。
カ 平成2年9月から平成3年9月までの間に,拓銀グループからカブトグループに対する融資は合計650億円増加し,このうち拓銀本体又は拓銀関連会社からカブトデコム以外の同社グループ会社に対する融資が600億円を占め,また,平成3年末から平成4年3月にかけて,カブトデコムの資金繰りは完全に破綻し,この間,カブトデコムは,従来からの預金数百億円をとりくずしてしのいだが,同年4月以降は全く見通しがたたなくなり,同年上期業務計画策定時に表面化することになった。
担当常務(控訴人G)が,なぜに全容を明らかにすることを躊躇したのか,その真意は不明であるが,環境は悪化してきているが,ここまできた以上,カブトデコムの事業を完成させるべきであり,そうすることが道内の基盤拡充に資するとの判断ではなかったかと推測される。
また,カブトデコムが,会計上は認められているものの,実質的な粉飾決算ともいえる売上,利益の操作や債務保証額の有価証券報告書への虚偽記載を行っていたことが判明した。
キ まとめとしては,平成2年10月以前の段階では業務運営の不適切,それ以降は報告不十分が問題であったと判断される。このため,各種マイナス情報,疑問,不安があったにもかかわらず,投融資会議,経営会議において,的確な議論,チェックができなかった。また,同月の時点においては,カブトデコムについては,事前の業務調査が十分でなかったにもかかわらず,事前の業務調査を前提とする預貸一元体制を採用したという組織制度上の問題点もある。いわゆるバブル企業という側面も否定できないが,さらに,経営者の資質を見抜けなかった経営判断上のミス及び制度上組織風土上の弱点が加わった特殊案件であったと位置づけられる。
(14) 債権譲渡
拓銀は,破綻後に,預金保険法上の救済金融機関である株式会社北洋銀行及び中央信託銀行株式会社との間で,営業譲渡等の契約を締結し,被控訴人(合併前の商号は,株式会社整理回収銀行)との間で,平成10年11月11日,資産買取契約を締結し,貸付金及び拓銀が有する債務不履行に基づく損害賠償請求権を,同月16日をもって譲り渡し,控訴人らに対する損害賠償請求権の譲渡を同年12月3日ないし同月14日ころ,控訴人らに対し,通知した。
なお,拓銀の監査役らは,平成12年2月8日,本件債権譲渡を追認し,同月11日ないし同月12日に,その旨を控訴人らに通知した。
3 争点(1)(本件訴訟の専属管轄)について
控訴人Dは,本件訴訟について,被控訴人が請求の主体となって控訴人Dの取締役としての責任を追及している訴えであるから,その管轄は,商法268条1項により,被控訴人の本店所在地の裁判所である東京地方裁判所に専属する旨主張するが,同主張は,控訴人D限りの独自の主張であって,採用することはできない。
すなわち,商法268条1項にいう「会社」は,当該取締役が就任中の又は就任していた会社を指すことが明らかであるところ,本件は,拓銀の取締役であった控訴人Dに対し,商法266条に基づいて拓銀が被った損害の賠償を求めるものであるから,この場合における商法268条1項の本店は,控訴人Dが取締役に就任していた拓銀の本店でなければならない。
そして,本件記録によれば,本件訴えは,平成10年12月15日に原審裁判所に提起されたものであるところ,当裁判所の職権に基づく調査嘱託の結果によれば,拓銀の平成10年12月15日現在の本店は,札幌市a区bc丁目d番地であるから,本件の第1審の管轄は,原審である札幌地方裁判所に専属していたことが明らかである。
したがって,専属管轄違背をいう控訴人Dの主張は,理由がない。
4 争点(2)(本件債権譲渡の存在及び有効性)について
(1) 本件債権譲渡の存在等について
控訴人Dは,被控訴人の本件請求が商法266条に基づくものであるところ,控訴人らは,被控訴人の取締役であったことはないのでから,本件請求は,譲渡対象債権自体の存在を欠くため,主張自体失当である旨主張するけれども,被控訴人の本件請求は,拓銀が商法266条に基づいて控訴人らに対して有していた損害賠償請求権の譲受人としての請求であって,被控訴人の役員であった者に対する商法266条に基づく請求ではないことは明らかであるから,控訴人Dの上記主張は,採用しない。
また,控訴人Dは,平成10年11月13日に拓銀が本件と同一の損害賠償請求訴訟を提起したという経過に照らし,本件債権譲渡の事実はない旨主張するけれども,本件債権譲渡がなされたことは前記引用に係る原判決が認定するとおりである(なお,甲第2号証によれば,本件債権譲渡の対象とされた債権中には拓銀の有する債務不履行に基づく損害賠償請求権及び役職員に対し責任追及する一切の権利が含まれていたことが明らかに認められる。)から,控訴人Dの主張は採用することができない。
(2) 本件債権譲渡の有効性について
ア 本件債権譲渡は拓銀の監査役しかできない旨の主張について
控訴人A,控訴人B,控訴人C,控訴人E,控訴人F及び控訴人Gは,拓銀の控訴人らに対する損害賠償請求権を処分する権限は拓銀の監査役に属するのに,本件では監査役が譲渡した事実はないから,被控訴人は控訴人らに対する損害賠償請求権を取得していない旨主張する。しかしながら,商法266条1項5号に基づく損害賠償請求権は,取締役の法令定款違反行為を責任原因とするものであるが,その性質において,一般の債務不履行に基づく損害賠償請求権と異なるところはない。ただ,会社の取締役に対する責任追及が訴訟の場で行われる場合に,他の一般業務と同様に取締役会及び代表取締役に訴えの提起及び訴訟の進行を委ねると,いわゆる馴合いによる訴訟が懸念されることから,商法275条ノ4は,会社と取締役の馴合いを防止するために,会社が取締役に対して訴えを提起する場合については,監査役が会社を代表する旨を定めたものである。それは,会社と取締役との紛争を訴訟によって確定させる場合の規定であって,訴訟以外の方法による任意の賠償等についてまで必ず監査役が会社を代表すべきことを定めたものではない。また,会社の取締役に対する損害賠償請求権等が第三者に譲渡されることや譲渡後に第三者が当該取締役に対し,譲り受けた損害賠償請求権の履行を求めて訴えを提起することは,商法275条ノ4が目的とする,会社との馴合い訴訟の防止の趣旨に反するものでもない。もっとも,第三者への譲渡そのものが馴合いによる解決を目的として行われたというような特段の事情が認められる場合には,商法275条ノ4の潜脱行為と評価した上で,監査役による譲渡又は監査役の譲渡承認を要すると解する余地がある。
これを本件についてみるに,拓銀から整理回収銀行に対する売却資産中に控訴人らに対する損害賠償請求権を含めたことが商法275条ノ4の趣旨を潜脱する目的でなされたと認めるべき証拠もない。むしろ,馴れ合い訴訟を防止する観点からは,自行の取締役に対する損害賠償請求権については,破綻した金融機関の債権回収を主たる目的のひとつとする整理回収銀行へ譲渡することこそが,経営破綻した拓銀の選択として好ましものであったとすらいうべきである。
したがって,上記控訴人らの主張は採用することができない。
イ 控訴人Dが本件債権譲渡の有効性について主張するその余の部分についての当裁判所の判断は,いずれも,原判決中の判断のとおりであるから,これを引用する。
5 争点(3)(銀行の取締役の注意義務)について
(1) 取締役は,会社との関係については民法の委任の規定が適用されるから,会社に対して善管注意義務(商法254条3項,民法644条)を負い,また,商法254条ノ3の規定により忠実義務を負う。また,銀行は,銀行法その他関連法令の下に業務をすべきであるから,その取締役は,銀行法その他関連法令を順守する義務があり,これに反する業務執行は善管注意義務違反となり得る。
そして,銀行は,広く国民一般から預金を受け入れるとともに,企業・個人・公共部門等に対し必要な資金を供給することにより,経済活動の中枢を占める資金仲介機能を果たし,もって国民経済の健全な発展に資するべき使命を負っている(銀行法1条参照)。したがって,銀行は,私企業形態で経営され,創意工夫を発揮しつつ,自己責任の原則の下に,その営業展開をするものであるが,銀行の公共性に鑑みて,全国銀行協会金融調査部編「図説わが国の銀行」と題する図書(甲194)によれば,従来から,その重要業務の一つである融資(貸付)は,公共性の原則(利害関係に立脚した情実融資の禁止等),確実性(安全性)の原則(回収が確実な融資の実行),収益性の原則(銀行にとって収益のある融資の実行),流動性の原則(自行の特性,経済情勢に応じた融資の実行)等の下に行われるべきであるとされており,拓銀における貸出業務取扱規定等の内規も,以上の4原則に従った融資の励行がなされるように定められたものと解され,このことは,拓銀の投融資会議や経営会議のように取締役による審議により融資の可否・金額・融資条件等が判断される際にも妥当する。
もとより,取締役の経営上の判断には一定の裁量が認められるけれども,融資について確実性と収益性があるとした取締役の判断が,その過程,内容等の客観的諸事情からみて著しく合理性を欠くと認められる場合には,その判断は,裁量を逸脱したものとして善管注意義務違反になると解され,取締役は,商法266条1項5号に基づき,当該融資により銀行に被らせた損害を賠償する責任を負うというべきである。
(2) ただし,銀行における融資の場面や態様は多種多様であり,上記安全性や収益性等の要請がすべての融資の場面で等しく妥当するとまではいえない。すなわち,各銀行の性格や経営方針に始まって,個々の融資先との従来における取引関係の有無・濃淡や案件とされている融資の目的・性質等の要素が上記の安全性・収益性等の要素とともに考慮されなければならず,そうした諸要素(事情)を総合的に検討した上で,最終的に個々の融資の相当性が判断されることになる。個々の融資によっては,公共性が最優先とされ,経済的収益性が後退してもなお相当性を認めるべきものもあれば,安全性及び収益性以外の要素をほとんど考慮することなく融資の相当性が判断されるべきものもあり得るからである。
そして,銀行の融資は,多かれ少なかれ,融資先を含めた融資環境についての将来予測という不確実な要素を含むものであるから,個々の融資における関与取締役の判断の合理性を検討する場合に,融資後の諸事情をあたかも融資実行前の段階でも確実に予測し得た所与の事情であったかのようにして取り扱うことは相当でない。特に,本件のように,事後的には,いわゆるバブル経済の崩壊期におけるものと評価することができる融資にあっては,各融資時に不動産市況や株式市況等について客観的な事後検討に耐え得るような予測をすることが極めて困難であったのであるから,各融資実行時の関与取締役の注意義務を措定するに当たっては,当時の経済状況,金融環境や一般的な銀行の融資態度等時代的背景も加味するなど,より慎重な検討を要するというべきである。
また,銀行が行う融資の中には,短期的な1回限りの融資もあれば,長期にわたる継続的融資もあり,あるいは,融資先限りの需要に終始するものもあれば,当該銀行自身の経営方針に関わるものもあるのであって,後者における銀行の利害は,当該融資による単体の収支では計ることができない場合もあり得る。そして,銀行の経営方針又は経営戦略を選択し,実行する場面における取締役の判断は,個々の取締役の経験と知識に基づく予測的判断を多く含むもので,その際における取締役の予測や判断に対する責任を結果からのみ帰納的に判定するのは相当ではない。上記の場面における個々の取締役には,各取締役の経験と知識に基づく予測的判断こそがまず期待され,この場面における取締役の予測や判断をあらかじめ固定的に規制することは,取締役の本来の職務と抵触することになりかねないし,取締役の時々刻々における予測や判断について,事後の結果に基づく損害賠償責任を課すということになれば,個々の取締役に能力を超えた客観的結果責任を課すに等しく,それは取締役の職務遂行を萎縮させ,各取締役の経験と知識による経営という本来の株式会社の組織理念にも反することになるからである。
したがって,各取締役について,その予測や判断の基礎となった資料の収集・検討において杜撰であったとか,あるいは,当該案件について取締役が会社と利益相反する客観的事情があったというような著しく不合理なものが認められ,当該取締役の予測や判断そのものが不誠実であったと認められるような場合であれば格別,そうした不誠実性が認められない場合には,各取締役の予測や判断と結果との不一致を捉えて注意義務違反を認め,商法266条1項5号に基づく損害賠償責任を課すのは相当でない(なお,結果として予測や判断を誤ったと評価される取締役に対し,降格・減俸あるいは解任等の方法で問責することまでをも否定するものではない。)。
(3) 次に,個々の案件において,当該案件に関与した取締役が依拠し得る資料の信用性や合理性については,これを一律に論じることはできず,各会社組織における案件の決裁・実行要領の実態や資料収集・調査部門の成熟度及び各案件の性質(緊急性の有無や対象金額の多寡等)に従って個別に検討されるべきである。
なお,本件における第1ないし第3融資はいずれも,拓銀の取締役会によって決議されたものではなく,投融資会議又は経営会議によって協議され実施されたものであることは,前認定のとおりであり,被控訴人の本件請求は,いずれも,控訴人らが投融資会議又は経営会議に参加していたことを主要な責任原因として捉えており,以下における控訴人らの具体的注意義務違反の有無についての判断の前提に関わることであるので,控訴人らの具体的な注意義務違反を検討する前に,控訴人らが各投融資会議や経営会議に参加したことをもって,取締役としての注意義務の根拠とし得るか否かについて判断する。
まず,投融資会議や経営会議を拓銀の取締役会と同一に論じることはできないから,上記各会議に参加したというだけで,取締役会に出席した取締役と同様の責任を課すことは相当ではない。
しかし,投融資会議や経営会議は,拓銀の重要案件や融資案件等を審議するためのものであることは明らかであり,それに参加した役員の注意義務は,各会議に参加していない役員に比較してより具体的な注意義務を負うということができこそすれ,各会議に参加した役員の注意義務や責任を軽減するためのものであるとは到底解されないのであって,上記各会議に参加し,具体的融資案件の相当性を判断した役員が,その判断過程において,役員として要求される注意義務を欠いた場合に,注意義務違反の責めを免れると解するのは相当ではない。
また,本件における第1ないし第3融資は,いずれも投融資会議や経営会議においてその必要性や相当性について判断され,いずれも参加した各控訴人らが最終的には異議を留めることなくその実施を承認し,それに基づいて各融資窓口部門において実施されたものであると認められ,上記各会議における承認又は決定が拓銀内部における具体的な融資決済の実態を有していたと認めるのが相当である。
したがって,上記各会議における承認又は決定をもって,拓銀内部における具体的執行力を持たないマスタープランを決めたに過ぎないとか最終決裁権を頭取が有することから,単なる事前協議又は諮問のための決定に過ぎないと解するのは,第1ないし第3融資の実態に沿わないものである。また,上記各会議における判断に必要な事実の調査や資料の収集を統括することもまた上記各会議の責任と権限に属していたと解するのが相当であるから,それらの会議を構成した各控訴人らには,各付議案件について必要な事実の調査や資料の収集を含めて各融資の必要性及び相当性を適切に判断すべき注意義務があったというべきである。
(4) 以上の次第であるから,以下においては,第1ないし第3融資の各時期における拓銀の経営方針を基本としつつ,カブトデコムに対する拓銀の融資の目的及び性質を勘案しながら,控訴人らに課されていた注意義務について検討することする。
6 争点(4)(第1融資に関与した取締役の責任の有無)について
(1) 第1融資の性質
第1融資に至るまでにおける拓銀のカブトデコムに対する関わり方及びその後の経緯に照らすと,第1融資は,拓銀が当時の金融環境の中で推進していた企業育成路線(インキュベーター路線)の一環として実施されたものであること(なお,この点について,控訴人Dは,拓銀がインキュベーター路線を採用したのは,控訴人Dが拓銀の役員を退職した平成2年6月以後の同年10月からのことであった旨主張するが,前認定のとおり,拓銀は,昭和60年ころから,金融自由化時代を乗り切るべく,事業収益を挙げるため,道内企業,若手経営者の育成に注力するようになり,特に,平成2年3月2日付けたくぎん21世紀プロジェクト作成の第2回中間報告書において,中堅・中小インキュベート事業と題し,中堅・中小の成長企業を主体に,経営情報サービスの提供を通し,企業の育成と拓銀のリターンを拡大し,法人向けの中核事業として重点的に取り組むことで拓銀の顧客ポートフォリオの若返りを図ることを目標に掲げ,同年10月までは法人部を中心に,同月以降は育成企業担当部として新設された総合開発部において,道内の若手経営者を中心に企業育成を行ったのであるから,そうした路線又は方針の拓銀行内における正式名称が平成2年のどの時点で「インキュベーター路線」とされたかということによって,昭和60年ころから始まっていた企業育成の路線又は方針の存在が否定されることにはならないというべきである。)及び拓銀としては,カブトデコムの育成のための重要な事業としてエイペックス事業計画を全面的に支援することを対外的に公表していたことから,カブトデコムの資金状態を事業計画推進に見合ったものとするために実施されたものと認めるのが相当である。
すなわち,拓銀は,昭和60年ころから,金融自由化時代を乗り切り,事業収益を増大させる方策として,北海道内における企業の育成及び若い企業経営者の育成に力を注ぐようになり,そうした方針は,北海道におけるリーディングバンクとしての拓銀に対する社会的要請にも適合するものであった。そして,こうした方針に沿ってカウボーイ,ニトリ,はるやま,進学会等の道内の新興企業育成が進められ,そうした企業育成策は,昭和63年ころまでは特段の問題もなく推移し,相応の成果を上げていたため,拓銀行内においても,企業育成路線にそった経営が定着するようになった。具体的には,拓銀における融資決済の仕組みを従来のものよりも簡素・迅速にするため投融資会議を新設した(昭和59年)のをはじめとして,平成2年10月には,育成対象企業を担当する総合開発部を発足させるなどし,育成対象企業からの融資申請の受付,調査・検討,融資の実行,担保の徴求,融資の回収等について,通常の拓銀における貸付準則とは異なる取扱いが行われるようになっていた。こうした,企業育成方針の設定やそのための組織改編等は,昭和60年代から平成初頭にかけて推進されたものであるが,当時の金融環境に照らし,これが不当なものであったとか,以後の経緯・結果だけから遡って当時の拓銀の取締役に商法254条ノ3所定の忠実義務違反があったというのは相当ではない。
そして,拓銀にとっては,育成対象企業及び全面的支援事業として内外に公表したカブトデコム及びエイペックス事業計画を軌道に乗せることは,銀行としての信用に大きく関わるものであり,昭和63年ころから策定作業が始まったエイペックス事業計画については,拓銀自体が平成元年9月ころまでにその計画の策定に参画し,同年10月には,拓銀によるエイペックス事業計画の支援が報道され,エイペックスの会員募集についても,拓銀による会員預託金返還請求権に対する保証(実際には,拓銀の子会社であるたくぎん保証が上記預託金返還請求権を保証した。)や具体的な販売活動を分担協力するなど,まさに都市銀行としては異例ともいいうる全面的な支援を展開していた。
したがって,昭和63年から平成元年にかけて策定され,その後実行されたエイペックス事業計画は,拓銀の信用を基盤として推進されたものともいい得るもので,拓銀としては,エイペックス事業計画の事業主体であるカブトデコムに対する潤沢な資金供与によって,カブトデコムの存立及びエイペックス事業計画等の推進を全面的に支援する必要があった。
(2) 第1融資当時の具体的な金融環境及びカブトデコムの状況
ア 第1融資当時の具体的な金融環境の詳細を的確に認めるに足りる証拠はないが,甲第152号証,乙ロ第9号証及び弁論の全趣旨によれば,昭和60年代は,日本全国で,不動産取引が活発に行われ,地価は上昇の一途を辿り,そうした不動産市況を金融機関が旺盛な融資活動で支えていたこと,また,金融機関による企業への融資方法として,融資対象となる企業が現実に保有する不動産を担保の中心とするもののほかに,当該企業が保有する他社の株式等の有価証券の資産性や担保価値を積極的に評価して融資限度枠を設定するものや当該企業の将来における収益性に重点を置き,当該企業の事業資金を端的に増資に対する投資(融資)として捉えた上で,大口の増資引受先に対し,引受資金を融資し,その引受株式に担保を設定させて保全を図るものなど,種々の融資方法が活発に取り入れられていた。また,銀行が徴求する担保の評価方法についても,担保対象物件の清算価値を各時点の現実の時価を基準として厳格に推定するものののほかに,対象不動産による将来の賃料収入予測等の将来的要素を大幅に取り入れるなどして企業や資産の将来における継続的価値を推定した上で,現在及び将来の担保価値を措定する手法などが採用されることも多く見られるようになり,そうした手法についても一つの選択肢として承認されていた。
なお,弁論の全趣旨によれば,企業資産の算定方法や担保価値の把握の仕方については,多様な議論が見られるところ,第1融資当時における取引社会では,経済活動のさらなる進展に対する楽観的な予測が大勢を占めていたことから,企業価値を清算価値としてではなく,将来の事業における収益可能性に重点を置いたものとして捉える手法が多く見られ,また,企業の資金調達については,株式市場が極めて活況を呈していたことから,いわゆるエクイティファイナンス等の新株発行による資金調達が容易に行える環境にあり,当該新株の株式市場における価格については,当該企業の清算価値とは連動することなく形成される傾向が強かった。
イ 上記のような種々の態様の融資方法や担保評価方法について,それらを各特定の融資場面や特定の条件下に固定するまでの強固な会計上又は経済上の原則や規範はなく,いわゆるバブル期の金融市場は,上記の手法が混在し,あるいは同一時期に同一金融機関において併用されるなど,個々の金融機関が特定の融資先との間においてどのような融資方法を選択するかは,まさに各金融機関の当該融資の目的や融資の性質に対する認識にかかるものであって,例えば単発の融資であるか継続的融資であるか,融資先と各金融機関との既往の関係はどのようなものであったか,今後の関係をどのようなものとして想定するかといった要素又は事情に対応して様々な対応があり得た。
ウ ところで,第1融資当時のカブトデコムの状況については,昭和60年に拓銀の第1支店部が実施した調査及び昭和62年9月ころから行い,昭和63年1月に控訴人Dに報告されたカブトデコムの昭和62年3月期決算を中心とする調査の結果並びに平成2年2月13日開催の投融資会議に提出された法人部作成資料のほかには,当時としては見るべき資料はなく,上記各調査結果及び法人部作成資料によれば,カブトデコム本体及び子会社等の詳細な資産状況については精査未了であったが,カブトデコムの他行借入れについて肩代わり融資を実行した昭和60年以降のカブトデコムの売上及び経常利益の伸びは極めて好調で,売上(受注)額中に自社開発プロジェクトによるものが約75%を占めているものの,他社からの受注に増加傾向が認められ,海外でのリゾート開発等を併せて業績の進展は十分に見込める状況にあった。また,上記資料には,カブトデコムの平成2年3月期の売上高は418億円,経常利益は71億円,純利益は33億円であったところ,平成3年3月期の収支として,売上高700億円,経常利益85億円,純利益40億円を,平成4年3月期には,売上高1000億円,経常利益110億円,純利益50億円を見込むことができ,平成元年3月に日本証券業協会に店頭登録されたカブトデコムの当時の株価については,平成2年1月末日現在で2万0500円と店頭銘柄の中で高値の位置にあって,その理由としてカブトデコムの業績が好調であり,一株利益,株価収益率,純資産倍率といった株価指標が優れており,とりわけ,無償余力が143割であり,無償期待があることや株式安定化比率が約85%と高く,浮動株が少ない上にエイペックス事業に対する拓銀全面支援の報道等大型プロジェクトへの期待があるといった状況報告及び見通しが示されていた。
そして,拓銀の法人部としては,上記投融資会議に対し,カブトデコムについては,今後の金融環境の変化の中で,不動産事業の冷え込みも予想され,不動産投資の内容を十分に検討する必要があり,ワンマン経営,高成長のために人材不足が窺えるなどの課題もあるものの,業績は,不動産ブーム,建設業界の活況を背景に順調に拡大していること,札幌市内中心部の土地を多く有しており,これらの活用により業績の一層の進展が見込め,また,保有土地の値下がりは考えられないこと,新規増資により,調達コストが大幅に引き下げられ,財務構成が是正されること,拓銀は,カブトデコムの圧倒的主力銀行として相談を受け,指導する立場にあることから,拓銀の指導性を保持すれば,カブトデコムの業績悪化を回避することができること,カブトデコム社長(I)は,若手経営者の中でリーダーシップを発揮しており,同社を支援することで北海道内の若手経営者に対する拓銀のビジネスチャンスが拡大することなどの理由から,第1融資等を採用したいとする意見を上申した。
なお,拓銀は,カブトデコムに対する授信額を昭和63年以降大幅に増加させ,同年12月にはカブトデコムの社債引受先に対する20億5000万円の支払保証をしたほか,平成元年3月にはカブトデコムに対するつなぎ資金20億円の融資を決定するなどして資金援助を行っていたが,さらに,同年10月までに,エイペックス会員権販売が終了するまでのつなぎ資金207億円の融資及びエイペックス会員に対する預託金返還請求権の保証(同保証については,平成2年12月,たくぎん保証が保証の主体となることとされた。)を内定していた。
(3) 第1融資の骨子
第1融資は,前述のとおり,拓銀が当時の金融環境の中で推進していた企業育成路線(インキュベーター路線)の一環として実施されたもので,カブトデコムに十分な自己資金を形成させるためのものであり,ひいては,カブトデコムの育成のための重要な事業であって,拓銀が対外的に全面支援を公表し,具体的な計画にも参画していたエイペックス事業計画を推進することにも繋がるものであった。そして,その方法として増資による方法を選択したものと認められるところ,当時のカブトデコムの株価が急上昇中であったことやカブトデコムが従来からの取引金融機関であった共同信用組合のほかには見るべき協力金融機関を有していなかったことなどから第三者割当増資を選択し,割当先については,拓銀及び拓銀グループによる引受のほか,カブトグループの関連会社,協力会社及び個人が引き受けることとし,拓銀は,引受先に対して,各引受先が取得する株式代金及びこれに対する利息2年分を融資することとした。そして,第1融資の返済財源については,取得株式の売却代金をもって充てさせることとし,保全策としては,各引受先の取得株式に対する担保権設定及びIの保証予約によることとした。
したがって,第1融資の保全は,全面的にカブトデコムの業績及び株価動向に依存することになり(なお,Iの資産の大半がカブトデコムの株式であった。),カブトデコムの業績が悪化して株価が下落した場合には担保もまた必然的に減少するというリスクを抱えるものであった。なお,第1融資による拓銀のメリットとしては,企業育成及びエイペックス事業の完成ということのほかに,融資に伴ういわゆるスプレッド(口銭収入)が0.5%以上のものとして見込まれていた(実際の融資におけるスプレッドは2.0ないし0.8125%であった。)。また,第1融資及び第三者割当増資実行後の平成2年11月におけるカブトデコムの保有現預金のうち,定期預金残高は360億円余であった(甲82)。
(4) 第1融資に関与した控訴人らの判断の相当性
ア 以上の事実及び事情を前提として,第1融資の相当性について検討するに,第1融資は,総額250億円を超える規模のものであり,その融資額に注目する限りにおいては,融資の必要性についてはもとより,融資の対象となる事業の収益可能性や保全方法等について,周到な調査検討とそれを踏まえた保全対策等が講じられるべきであり,こうした観点から第1融資における事前の調査検討や保全方法を見るならば,第1融資は,安全性が懸念される融資であったから,控訴人らについては,第1融資についての調査検討を統括するべき責任役員として,一般の融資案件におけると同等の注意義務を十分に尽くしてはいなかったという余地がある。
イ しかし,上記のとおり,拓銀にとって第1融資の目的は,当時の金融環境の中で推進していた企業育成路線(インキュベーター路線)の一環としてカブトデコムを育成し,ひいては,カブトデコムにとって重要な事業であるだけでなく,拓銀自身が対外的に全面支援を公表し,具体的な計画にも参画していたエイペックス事業計画を成功させるというところにあったことに鑑みると,第1融資は,拓銀にとって単なる一取引先企業に対する当該企業限りの需要に基づく融資ではなく,自らが育成に着手した企業の資金の充実を図るとともに,自らも計画に参画した事業を成功させるための融資としての性格が強く認められる。
ウ そして,第1融資あるいはそれ以前の昭和60年ころから拓銀が選択した企業育成路線については,これを違法又は不当であったと断じることはできないのであり,それは当時の拓銀の経営を付託されていた取締役らの裁量的判断に属するものであって,これを修正し,あるいは解任等の手段で弾劾するのは,取締役会や株主総会及び各株主の権能ではあるものの,上記取締役らに対し,商法254条ノ3及び266条1項5号に基づく債務不履行責任としての損害賠償を求めるためには,上記路線の対象企業の選択や育成方法の選択・実行過程における取締役としての不誠実な職務執行又は注意義務違反が認められることを要するというべきである。
エ そこで,これまで認定した事実及び事情に基づいて,拓銀が育成対象企業としてカブトデコムをその一つに選択したこと及び第1融資を新株発行の引受先に対する融資という方法で実行し,その担保として各引受先の取得する株式を徴求するにとどまったことの相当性について判断するに,第1融資は,当該融資そのものによる金利等の収益を目的とする通常の銀行融資とはその性質を異にするもので,相当期間の長期にわたる融資先の育成及びエイペックス事業の成就を見据えた拓銀としての将来における長期的な営業戦略の一環としての性格が強く認められ,業務態様としては,拓銀にとっての単純な貸付(融資)ではなく,また,もっぱら融資先の需要に基づいて融資先の計算において実行された融資でもなく,拓銀にとっては,融資元本の回収及び利息による収益を超える利益を目指したもの,あるいは,当該融資先の営業拡大に伴うさらなる融資及び融資利益の拡大を目指した投資的性格が色濃く認められるものであった。こうした投資的性格に鑑みるならば,融資先に既存の物的かつ確実な担保提供を求めること自体が不可能を強いるものであり,発展途上の企業を育成するという目的にそぐわないものとして不相当というべきである。
もとより,何らの客観的な引当てや合理的な見込みもないままに多額の投資(融資)を実行することは,銀行融資の健全性に反し,許されないものというべきであるが,投資(融資)の引当てについて,必ず融資額に見合った強固な物的担保(不動産・拘束性の預金等)を求めることは,少なくとも本件における前記第1融資の性格に照らし,過大かつ不相当な要求であるというべきであるし,第1融資当時の金融取引の実情として,資金需要者企業の発行する新株を引当てとする融資の相当性も承認されていたと認められるのであるから,第1融資がカブトデコムの新株を引当てとしたことを捉えて,第1融資が不相当であったというべきではない。また,本件第1融資の相当性を審理した前記平成2年2月13日開催の投融資会議は,拓銀の法人部の報告で指摘されていた,カブトデコムの経営組織上の問題点やそれまでの業務概要に見られるグループ内取引の重畳的計上といった問題点を踏まえた上で,拓銀の指導による上記問題点の改善措置を伴わせるものとして第1融資を承認したものと認められるところ,そうした拓銀の指導による改善措置の実効性については,拓銀のカブトデコムに対する融資額やメイインバンクとしての影響力及び第1融資によって拓銀が取得する株式数(拓銀自身がカブトデコムの第1回第三者割当によって17万5000株の割当を受けることによって,発行済み株式総数の4.99パーセントを保有することとなっていた。)等に照らし,十分に期待できるものであったと認めることができる。そして,上記投融資会議当時における不動産市況及び株式市況はいずれも活況を呈しており,カブトデコムの平成2年1月31日当時の株価が2万0500円で(同年2月には2万9700円となり,出来高は45万株であった。),株価に関する各種の指標も優れていたことや当時のカブトデコムの主要事業であったエイペックス事業自体についての拓銀の参画状況等を併せ考慮するならば,上記投融資会議において,第1融資には企業育成投資に求められる客観的な引当てや合理的な見込みがあるものと判断したことについては,相応の相当性を認めることができるというべきである。
なお,前認定の事実によれば,上記投融資会議においては,主として拓銀の法人部が作成提出した資料に基づいて,第1融資の相当性が審議されたものと認められるところ,上記資料及び上記法人部の意見は,第1融資に先立つ昭和60年の融資時における拓銀の第1支店部の調査結果や拓銀の融資部事業調査室が昭和63年1月に報告した調査結果で指摘されていた問題点について,依然として同旨の指摘ができるものの,改善の見込みがあること及び育成の必要性があるというもので,同法人部の提出した資料そのものが上記第1支店部及び融資部事業調査室の資料と整合しないとか,連続性に欠けるものとは認められず,また,本件全証拠によっても,同法人部の提出資料に同法人部の作為又は捏造による事項が記載されていたとは認められない。そして,上記投融資会議までに実行されていたカブトデコムへの融資状況やエイペックス事業の進捗状況に鑑みると,上記投融資会議が,主として同法人部が提出した資料に基づいて,最終的に第1融資の相当性を判断したことをもって,なお,資料が不足していたとか,さらに客観的調査を指示する必要があったとまで断じることはできない。
オ 本件においては,以上の事実及び検討結果に加え,全証拠によっても,平成2年2月13日開催の上記投融資会議に参加した控訴人らによる第1融資を相当とした判断に,拓銀の取締役として尽くすべき注意義務違反があったとは認められない。もっとも,結果からすると,第1融資に関わるほとんどの債権が不良債権となり,拓銀がこの分の損害を受けたことは明らかであるが,これは,第1融資を了承した判断が誤っていたことによるものではなく,主として,その後のバブル崩壊による土地下落という,当時においては予測不可能な経済的要因に基づくものであり(当時予測不可能であったことは,公知の事実である。),また,その後のカブトデコムやそのグループ企業の業績を精査し,かつ,取得担保株の値動きを監視するなどして,第1融資の取得担保が実効担保額を割り込んだ時点において,速やかに追加担保を取得したり,債権回収を図るなどの対応を怠った当該担当役員の怠慢等に起因するものというべきである。しかしながら,被控訴人は,この点につき,何ら主張しない。
(5) したがって,平成2年2月13日開催の上記投融資会議に参加した控訴人らには,商法266条1項5号に基づく,第1融資による回収不能相当額についての損害賠償責任はない。
7 争点(5)(第2融資に関与した取締役の責任の有無)について
(1) 第2融資の性質
ア 第1融資から第2融資に至る経緯に照らすと,第2融資は,客観的には,既に資産状況が危殆に瀕したカブトデコムに対する融資であって,もはや投資的融資としての合理性を失っていたと認めるのが相当である。
イ すなわち,前認定の事実経過によれば,第1融資の実行を決定した前記平成2年2月13日開催の投融資会議後の同年4月からいわゆる総量規制が実施され,同年11月ころから不動産市況が沈静化するようになったが,拓銀は,平成2年10月に,組織改編を行い,カブトデコムを含む育成対象企業に対する融資を担当する部門として,総合開発部を発足させて,それまでの路線をさらに進め,カブトデコムに対する融資を継続したこと,それにもかかわらず,エイペックス会員権の売れ行きは不振のまま推移し,カブトデコムの不動産販売事業も不振で,平成3年3月期には現預金が前期と比べて117億0300万円減少し,467億0900万円となり,途中で第三者割当増資をしたものの,平成4年3月期にはさらに267億8400万円減少し,199億2500万円となるなど,資産状況は悪化の一途を辿っていたこと,カブトデコムの株価は,平成3年9月以降,大きく下降し始め,同年12月の終値は,1万円台を割り9590円となったほか,平成3年12月に実施された日銀考査では,拓銀のカブトグループに対する融資残高が1800億円と膨張していることやカブトデコムの業績不振及びカブトデコムの資産不良化についての懸念を指摘され,上記日銀考査の結果は,平成4年1月27日開催の経営会議に報告されたこと,第1融資において担保に差し入れられていた株式は,同年2月までは融資額相当価格を保持していたが,同月以降は,株式だけでは保全不足の状態に陥ったこと,同年3月23日開催の経営会議では,総合開発部からカブトデコムが平成4年3月期に減収減益となり,同月末に予定されているカブトグループ会社とのバーター取引がなければ大幅な減収減益になること並びにカブトデコムの現状,平成4年度の資金需要及び財務状況の見込み,その他のグループ会社の平成5年度の見込み状況等について報告され,同年9月末までに行われたカブトデコムに関する調査によって,エイペックス会員権は,販売不振が深刻なものであることや会員権売上334億3500万円のうち153億6200万円についてカブトデコムが流用していた事実が判明するとともに,この時期に及んではじめて作成されたカブトグループ6社の平成4年3月期の連結決算書によると,6社連結の税引後最終損益は49億円の赤字となり,自己資本比率は,カブトデコム単体では35.9%であるが,6社連結では23.9%に低下し,平成6年3月期予想貸借対照表上899億円の債務超過になる上,第1融資について大幅な保全不足となっている事態が明らかになったことがそれぞれ認められるところ,少なくとも第1融資を断行し,あるいは,総量規制が行われた以降において,カブトデコムやその関連会社,協力会社の財務内容の実態を明らかにすべきであるとの強固な指導方針が採られていれば,地道な調査を継続することにより,同年3月ころまでには,上記実態の一端はかいま見ることができたはずであり,ひいては,上記9月までに明らかになった実態に迫ることも容易であったと思われる。そして,少なくとも,第1融資の担保となる株式の価格が低迷を続け,その回復が容易でないことは,平成3年12月までの金融・株式・不動産の各市況から十分に予測しうることであったし,カブトデコムの資金繰りについては,同年6月の第2回第三者割当増資後も悪化の一途をたどり,同年10月末の手形決済資金65億円余の融資をはじめとして,同年11月における納税資金及び運転資金149億円余の融資を,さらには平成4年2,3月の手形決済資金210億円の融資を実施せざるをえないほどの事態に直面していた(平成3年3月期の現預金保有高は467億0900万円であったが,その後の同年6月における第2回第三者割当増資を実施し,379億9400万円を調達したにもかかわらず,平成4年3月期の現預金保有高は199億2500万円にまで落ち込んでいた。)のであるから,平成4年3月23日及び同年4月3日開催の上記各経営会議においては,カブトデコムの営業及び資産の状況について簡易な決算報告で済ますことなく,より正確な実態を把握できる資料及び報告を求めるべきであったし,同年9月における上記調査結果の概要が同年3月又は4月時点で明らかになっていたとすれば,その事態の深刻さに鑑み,拓銀としては,後記第3融資におけると同様の最終的決断又は選択をすべきであったというべきである。
(2) 第2融資に関与した控訴人らの判断の相当性
ア 以上によれば,上記各経営会議に参加した控訴人らにおいて,カブトデコムの不動産販売の深刻な低迷等による株価の下落やエイペックス事業の伸び悩み及び第1融資の担保割れの事態を認識し,あるいは,ことさらな調査を要することなく容易に認識することができたのであるから,カブトデコムが債務超過に陥ることが現実の問題となっていたことについても,これを認識し,あるいは,容易に認識できたはずである。それなのに,上記控訴人らは,上記株価の低迷や第1融資の担保割れといった上記兆候を的確に認識することなく,カブトデコムの営業継続を前提とした事業資金の融資を漫然と継続したものと認められる。それは,もはや投資的融資を実施すべき前提を欠く状況下におけるものであったから,事態の収拾を念頭に置きながら,以後の融資については,それまでの融資とは異なった観点から相当性や必要性が判断されるべきであったが,本件全証拠によっても,上記各経営会議に参加した控訴人らにおいて,前記総合開発部が平成4年4月までに提出した資料以外の客観的資料を徴求し,あるいは自ら収集して,以後の収拾策を検討していたと認めることはできない。
イ したがって,第2融資は,客観的には,既に資産状況が危殆に瀕したカブトデコムに対する融資であって,もはや投資的融資としての合理性を失っていたにもかかわらず,融資そのものの相当性や必要性について,カブトデコムの変調の上記兆候に基づいて改めて必要とされる客観的調査やそれに基づく検討を経ることなく,第2融資の実施を了承した上記各経営会議に参加した控訴人らには,取締役としての注意義務違反が認められる。
もっとも,前記認定の事実によれば,前記平成4年3月23日開催の経営会議においては,総合開発部に対するカブトグループの資産状況の把握やカブトグループに対する管理体制の見直しを行うべきことが指示されていたことが認められるのであるが,そうした指示の前提として当時懸念されていたカブトデコムの株価の低迷や第1融資の担保割れといった事情は,それらの原因及び解決方法についての客観的調査及びその結果についての検討を待たずに判断を保留しうるような事情とは到底解されず,同年9月までに行われたような調査を経ることなく,カブトデコムの事業継続を前提とした第2融資の相当性を判断し,実施させたことは,やはり,取締役としての注意義務に反するものであったし,こうした現実に危殆に瀕した企業に対して事業資金を融資する場面における担当取締役にとって,融資の安全性確保を措いても優先すべき裁量の領域を認めることは,後記第3融資について検討するような場合を除いて,困難である。
そうすると,この段階における拓銀のカブトデコムに対する融資は,従前の事業継続資金としてはもはや相当性が認められず,また,以後の個々の融資における安全性の確保という観点からは,カブトデコムの企業継続価値を全く捨象し,徴求する担保についても,実効担保価値の確保を厳格に審査すべきものであるところ,第2融資は,そもそも,カブトデコム及び関連会社の企業継続価値になおも依拠していた点で,判断の前提において相当性を欠いていたと認められるのみならず,実際に徴求された担保の実効担保価格は,第2融資の額である540億円を大幅に下回る164億1200万円にとどまるものであったから,第2融資を決定した上記各経営会議に参加した控訴人らには,取締役としての注意義務違反が認められる。
そして,第2融資によって,拓銀には300億円を超える回収不能債権が発生したのであるから,第2融資によって,拓銀は同回収不能額相当の損害を被ったものと認められる。
(3) 以上の検討結果によれば,上記各経営会議に参加した控訴人らには,取締役としての注意義務違反が認められるところ,第2融資によって,拓銀には300億円を超える回収不能債権額相当の損害が発生したものと認められ,上記控訴人らには,被控訴人に対し,上記損害の一部である20億円及びこれに対する各訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払べき義務がある。
なお,控訴人Gは,回収不能債権額相当の損害発生についての因果関係を争うとともに,損害賠償債務の時効消滅を主張するが,控訴人Gを含む上記各経営会議に参加した控訴人らには,取締役としての注意義務違反が認められること及び第2融資によって,拓銀に300億円を超える回収不能債権額相当の損害が発生したものと認められることは,前認定の事実から明らかであるし,商法266条1項5号に基づく損害賠償債務は,付属的商行為に基づく債務ではなく,通常の債務不履行に基づく損害賠償債務と性質を同じくするものであって,その消滅時効期間は10年と解するのが相当であるから,控訴人Gの上記主張は,いずれも採用しない。
8 争点(6)(第3融資に関与した取締役の責任の有無)について
(1) 第3融資の性質
ア 前記認定に係る第2融資以降の経緯に照らすと,第3融資は,客観的には,既に資産状況が危殆に瀕したカブトデコムに対する融資であったことが明らかであるが,それは,それまでの拓銀のカブトデコム及びエイペックス事業についての融資経過及び関与の深さに鑑みると,カブトデコムの即時の倒産を回避して,従前からの拓銀の取引先企業等を含む関連倒産を防止し,リーディングバンクを標榜する拓銀として北海道内の金融秩序を維持するほか,その他の経済的混乱を回避するとともに,拓銀が全面的に支援し,関与してきたエイペックス事業の独立と継続を図り,もって,拓銀の銀行としての対外的信用を維持するという目的のもとに実施された融資として,その相当性を肯定する余地があるというべきである。
イ すなわち,カブトデコムは,第2融資当時から既に倒産が危ぶまれる状況にあったものと認められることは上記のとおりであるところ,第2融資にもかかわらず,事態はさらに悪化し,前記平成4年9月までに実施された拓銀の内部調査の結果,拓銀グループからカブトグループへの融資のうち,カブトデコムと何らかの関係がある貸出額は,平成4年9月30日現在2597億円で,同時点における拓銀からカブトデコム単体に対する総授信額は992億1000万円となり,拓銀グループからカブトグループに対する融資2597億円の保全は,時価ベースでも1940億円の保全不足になっていることが明らかになり,カブトデコムの資金需要予測としては,平成5年3月までに651億円,平成6年3月までに1625億円であるところ,平成4年9月中間決算の予想貸借対照表を実査すると1300億円を優に超える不良債権が認められ,これのみを考慮しても債務超過状態にあると認識され,カブトデコムの株価についても1株2500円にまで落ち込んでいた。
ところで,このような事態に陥るまでの拓銀のカブトデコムに対する融資及び支援の関係は,まさに拓銀がカブトデコムの育成者として関与してきたものであったのであるから,拓銀としては,直ちに育成を一切放棄した上で一方的に自行債権の回収のみに徹すれば済むということはできず,また,エイペックス事業についても,対外的に全面的な支援を公表した銀行として,然るべき善後策を講じないままに支援を直ちに打ち切ることもためらわれるものであったということができる。さらに,拓銀のみならず,たくぎん保証等の拓銀の関連会社によるカブトデコム及びそのグループ各社に対する融資その他の授信状況もまた多額に及んでおり,カブトデコムと取引のある工事業者の中には拓銀の取引先が多く含まれていたため,カブトデコムの支払停止によって上記工事業者の連鎖倒産や拓銀の関連会社に深刻な影響を及ぼすことをできる限り回避する必要があった。
ウ したがって,こうした必要性について配慮することなく,一切の融資を中止し,自行債権の回収にのみ走ることは,北海道内に唯一の都市銀行として存在していた拓銀として採用することが困難であったというべきであり,カブトデコムの即時の倒産を回避して,従前からの拓銀の取引先企業等を含む関連倒産を防止し,北海道内における金融秩序を維持し,その他の経済的混乱を回避するとともに,拓銀が全面的に支援し,関与してきたエイペックス事業の独立と継続を図り,もって,拓銀の銀行としての対外的信用を維持することを目的として融資を追加継続したとしても,そうした融資継続の方策を選択したことをもって,不合理な選択判断であったというのは相当ではない。
(2) 第3融資に関与した控訴人らの判断の相当性
ア 上記のとおり,カブトデコムの存続は不可能と判断せざるを得ない状況であることは明らかであったが,拓銀としては,それまでにエイペックス事業に深く関与しており,これを完成させるべき社会的責任や道内リーディングバンクとして,道内企業の連鎖倒産を避ける必要性(カブトデコムの平成5年3月までの手形決済は,389億7700万円が予定されていた。)を無視することはできず,平成4年10月26日に開催された経営会議において,道内経済混乱回避策及び拓銀のリスクウェイト軽減措置をとるためには数か月を要するとの予測のもとに,その間におけるカブトデコムの倒産を回避するための延命に最低限必要な資金を融資しながら,エイペックス事業のカブトデコムからの分離方策及びカブトデコムの破綻に備えた拓銀の負担軽減措置をとることこととして,第3融資が決裁されたものと認められるところ,こうした選択は,拓銀とカブトデコム及びエイペックス事業とのそれまでの関わりに照らして,必ずしも不合理とはいえず,また,拓銀にとって,エイペックス事業をカブトデコムから分離させた上で完成させることにより,エイペックス事業についての社会的責任を果たせるだけでなく,エイペックスを含む担保物件の完成によってエイペックス関連融資の担保対象物件の価値が約417億円増加することが見込まれるなどエイペックス関連債権の不良債権化が大幅に回避できるメリットもあったことに鑑みると,第3融資については,その相当性を認めることができ,本件全証拠によっても,第3融資当時における事情として,第3融資以外の方法を必ず選択すべきであったとまで認める事情は見当たらない。
イ 被控訴人は,そもそも,第3融資は,存続が不可能な企業に対する回収見込みのない追加融資であったから,追加融資を実行することの具体的な利益等についての調査検討を尽くすべきであったし,第3融資によって拓銀が被る負担等を凌駕するメリットについての確実な予測なしに実行された第3融資には,合理性が認められないとか,第3融資の真の目的は,カブトデコムの倒産によって,第1融資の仮装(迂回)融資的性質や拓銀が深く関与したエイペックス事業の失敗といった事実が明るみに出ることを先延ばしにして回避することにあったのであり,連鎖倒産による道内経済の混乱を避けるという観点からすれば,拓銀自体がさらに多額の不良債権を抱えて経営に破綻を来すことをこそ防ぐべきで,第3融資を道内経済の混乱回避ということで正当化することはできない旨主張する。
しかし,前記第3融資に至る経緯や経営会議に提出された資料等に照らすと,第3融資が,拓銀の道義的責任や融資関連事業の失敗の露呈を先延ばしにする目的で実施されたとは認められず,拓銀としては,関連倒産の回避及びエイペックスの存続を真実の目的として第3融資を実施したと認めるのが相当である。また,被控訴人の主張のうち,道内経済の混乱回避等の観点からすれば,拓銀自体の破綻こそ回避されるべきであった旨の主張については,平成9年11月の拓銀破綻という事実に照らし,首肯しうるものがあるが,それは,第1融資以前からの拓銀の企業育成路線の採用や育成先企業としてカブトデコムを選択したこと並びに第1ないし第3融資の実行及び各融資の回収状況を事後的に評価した上でのものであって,第3融資当時の客観的予測として,拓銀の破綻を現実に想定すべきであったとか,そのためには,不良債権化したカブトデコムに対する債権の即時の回収のみが必須の選択であったとか,エイペックス事業の存続にはメリットがないことが明らかであったとまではいえない。そして,平成4年9月になってはじめて明らかになったそれまでの第1融資及び第2融資の経緯並びにカブトデコムの業績の推移等についての客観的事実に直面した当時の経営会議参加役員としては,カブトデコムの存続が不可能となったことの認識及び採りうる保全策についての検討を踏まえた上で,数か月のカブトデコムの延命とその間における保全措置の進行及びエイペックス事業の存続を選択したことはやむを得ないものであったというべきである。
もとより,危殆に瀕した企業に対する融資を実行するのであるから,採りうる保全策を講じるべきことはもちろんであるが,拓銀の他の取引先企業の関連倒産を防ぐことやエイペックス事業の存続を図ること及び拓銀としての信用を維持することのメリットやデメリットを第3融資の額を基準として単純にその回収額の有無や多寡によって評価するのは相当ではなく,第3融資によって拓銀が目指した信用維持を含む経済的効果は第3融資の額を超えるものがあったというべきである。このことは,エイペックス事業対象物件の完成によって,拓銀の関連融資の担保による保全額が約417億円増加することが見込まれていたことからも裏付けられ,こうした見込みの確実性を,平成4年10月当時より後に発生した結果から帰納的に検討して弾劾するのは相当ではない。
ウ なお,銀行の取締役としての判断要素を一律に決する客観的な基準はなく,特定の処理方策の安全性や相当性については,各取締役の知識や経験に基づく予測や判断の場面における裁量が認められるところ,その裁量は,あくまでも,銀行の利益(公共性や公益性も含む。)をよりどころとして行使されるべきものではあるが,対策を迫られている事項が,それまでに継続してきた融資の失敗に起因するものであったとしても,その一事によって,以後の対策における裁量の範囲が直ちに限定されるとまでいうことはできないのであり,あくまでも,損失の拡大防止並びに損失の回復及び保全を第1に検討すべきももあれば,臨時・暫定の次善の方策もまたやむを得ないというべき事案もありうる。
その際の各担当取締役の判断や予測について,その前提として常に精緻な資料を求めることは,不能を強いることとなって,相当でない場合があるというべきである。
これを本件についてみるに,前記平成4年10月の経営会議に参加した控訴人らとしては,カブトデコムの即時の倒産を回避しながら善後策をとることを選択し,また,エイペックス事業の存続を目指したのであるから,第3融資の融資額自体の回収を最優先とするような審議・調査を行わなかったとしても,そのことを捉えて,直ちに取締役としての注意義務違反があったというべきではない。また,上記経営会議に提出された資料は,正確な調査を目的として人選されたメンバーが,第2融資までの問題点やその後の経緯について,従前の資料とは異なる客観的相当性を認め得る調査を実施した調査結果であり,かつ,危殆に瀕していたカブトデコムの当時の実情を反映していたものと認められ,当時の段階で,上記資料を超える資料の追加や再調査を求めるべき特段の事情は見当たらない。
エ 以上の事実及び検討結果に加え,本件においては,全証拠によっても,平成4年10月26日開催の経営会議に参加した控訴人らによる第3融資を相当とした判断に,拓銀の取締役として尽くすべき注意義務違反があったとは認められない。もっとも,第3融資により,現在370億円余の債権が不良債権となり,回収不能の状態となっているが,これは,上記第3融資のメリットを取得する対価ともいうべきものであり,その損失はやむをえないものである。そして,本来の責任は,第2融資を含む,総量規制実施以降の融資を漫然と了承した担当役員や第1融資の回収を怠った担当役員に帰せられるべきものである。
(3) したがって,平成4年10月26日開催の上記経営会議に参加した控訴人らには,商法266条1項5号に基づく,第3融資による回収不能相当額についての損害賠償責任はない。
9 まとめ
(1) 本件において,被控訴人は,銀行における融資の安全性確保等の観点から,そもそも,カブトデコムについては,継続的かつ多額の融資を受ける適格がなく,したがって,第2融資に合理性が認められないことはもちろんのこと,第1融資自体が不相当であったとし,また,平成9年に拓銀が破綻したことに照らすと,第3融資の時点では,何よりも拓銀自体の破綻回避を最優先にすべきであった旨主張するが,昭和60年前後から平成4年ころまでにかけての期間における経済状況及び金融環境については,現在の視点から様々な客観的評価や分析が可能であるものの,当時の銀行実務において一般的に予測されていた不動産・株式及び金融の各市況の推移とその後の現実の事態の推移との間には乖離があったといわざるを得ず,また,個々の銀行実務担当者間における,金融環境に対する見通しや金融市場における戦略のあり方に対する見解の多様性についても,現在における許容度と当時における許容度とには相当の開きがあると認めるのが相当である。
上記のことは,客観的に危殆に瀕している企業に対して他に何らの手当て等を施すことなく事業資金を融資することまでも許容されていたというものではない。しかし,他方で,銀行は自行の営利のみを追求するべきでなく,例えば,継続的に支援してきた企業の倒産等に際しては,自行の有する債権の回収にのみ走ることなく,倒産企業の従業員の保護や取引先企業の連鎖倒産の防止及びその他の債権者との協調に必要な譲歩をすること等もまた社会的に期待されているのである。したがって,融資先の債権回収に懸念が生じた場合の対応として銀行が選択すべき方策としても,債権回収を何よりも優先すべきものからその他の社会的要請に重点を置いた上で,融資先の延命又はいわゆる軟着陸を図るための融資を継続するなどの方策を採るべきことが社会的にも求められ,かつ,相当性を認められるものがあることは否定できないところである。
(2) 第1融資については,当時の拓銀が,いわゆる企業育成路線を積極的に推進していたことやリゾート開発事業に積極的に参画していったこと及び北海道経済に占めていたリィーディングバングとして拓銀の役割や地位に鑑み,採りうる一つの選択肢として首肯し得るものであった。また,育成先企業の選定段階において,物的安定性ではなく将来性に重点を置いた選択をすることや融資保全策として必ずしも清算的担保価値に重点を置かずに担保を徴求する手法を採用したとしても,そのことを捉えて,拓銀の経営判断自体が誤っていたと断じるのは相当ではない。そして,本件における第1融資について,それが,安全性に大きな問題があったと事後的に評価されることはやむをえないとしても,当時の選択としてもなお許されないものであったというほどに相当性を欠いていたとまで判断するべき客観的事情は見当たらないというべきである。
(3) 第2融資については,当時のカブトデコムの状況及びエイペックス事業の進捗状況並びに不動産・株式及び金融の各市況に照らし,もはやカブトデコムに対する投資的融資を相当とするべき客観的事情は失われていたといわざるを得ないから,この段階に至ってもなお従前の融資目的を見直すことなく融資を継続したことの合理性を見出すことはできない。
(4) これに対し,第3融資は,それまでの拓銀のカブトデコム及びエイペックス事業についての融資経過及び関与の深さに鑑み,カブトデコムの即時の倒産を回避して,従前からの拓銀の取引先企業等を含む関連倒産を防止し,北海道内における金融秩序を維持し,その他の経済的混乱を回避するとともに,拓銀が全面的に支援し,関与してきたエイペックス事業の独立と継続を図り,もって,拓銀の銀行としての対外的信用を維持するという目的のもとに実施された融資として,その相当性を肯定することができるというべきである。
10 結論
よって,本件控訴中の控訴人Dの控訴のうち,原判決を取り消した上で本件を東京地方裁判所に移送する旨の裁判を求める部分は,理由がないから棄却することとし,同棄却部分を除く本件控訴に基づき,原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 末永進 裁判官 森邦明 裁判官 杉浦徳宏)