札幌高等裁判所 平成15年(行コ)17号 判決 2004年3月25日
主文
1 原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
主文同旨
2 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第2事案の概要
次のとおり補正するほか,原判決の「事実」欄の「第2 事案の概要」に記載されたとおりであるから,これを引用する。
1 原判決3頁17行目の「宣言したものである。」の次に「すなわち,法58条1項は,衡平の原則及び道路という公共の施設の維持管理のための公益上の観点から,道路管理者に対して私人に対する強力かつ迅速な自力執行権を認めたにすぎず,私人が道路施設の現存価値以上の負担をすべきことを認めてはいないのである。しかるに,」を加える。
2 同5頁15行目の次に改行して次のとおり加える。
「仮に,法58条1項が私人に道路施設の現存価値以上の負担をさせることを容認していると解釈し得るならば,法58条1項が憲法29条の趣旨に反することは明らかである。」
3 同6頁7行目の次に改行して次のとおり加える。
「また,法58条1項の費用負担義務が機能回復費用を負担させるものと解しながら,衡平の理念により,道路管理者の損害額を基準として費用負担額の上限を画するかのような議論は,およそ法律論として容認し得ない。」
第3当裁判所の判断
1 前記前提となる事実に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,被控訴人が,本件道路において本件交通事故を起こし,本件装置を全損させたこと(乙8),本件装置の復旧のため351万7500円(見積り上の新たな装置本体及びセンサーの価格は296万円(乙5))を要し,これを控訴人が支出したこと,控訴人が,被控訴人に対し,法58条1項に基づき,本件工事の費用351万7500円を負担させる旨の本件処分をしたこと,本件装置は,平成11年1月29日に設置工事が完了し,同年2月9日に控訴人に引き渡されたものであること(乙1,9),本件装置の上記の設置当時における本件及びセンサーの価格は,269万4000円であったこと(乙9)がそれぞれ認められる。
2 法58条1項の法的性質について検討する。
法において,公共用物である道路の管理に関する費用は,原則として当該道路の道路管理者の負担とされている(法49条)。しかしながら,道路管理者は,道路に関する工事以外の工事(以下「他の工事」という。)により必要を生じた道路に関する工事又は道路を損傷し,若しくは汚損した行為若しくは道路の補強,拡幅その他道路の構造の現状を変更する必要を生じさせた行為(以下「他の行為」という。)により必要を生じた道路に関する工事又は道路の維持については,この原因を与えた当該工事の執行者又は行為者(原因者)に,衡平の観点から,上記道路に関する工事又は道路の維持をさせることができる(法22条1項)とされているとともに,他の工事又は他の行為により必要を生じた道路に関する工事又は道路の維持の費用については,衡平上,その必要を生じた限度において,他の工事又は他の行為につき費用を負担する者にその全部又は一部を負担させる(法58条1項)ものとされている。
そしてこの両規定は,いずれも原因者負担に関する規定,すなわち前者は「原因者工事」の施行命令に関する規定,後者は「原因者負担金」に関する規定とされている。なお法58条1項による原因者負担金については,国税滞納処分の例による徴収(法73条3項)が認められている。
すなわち,法58条1項の原因者負担金制度は,過失責任を前提として対等な立場にたつ二当事者間で損害を公平に分担しようとする民法上の不法行為の制度とは異なり,住民の生活上の利便に不可欠の重要性をもつ公共用物としての道路の迅速な機能回復という極めて公益性の高い法目的の実現を図るための手段として,行政庁である道路管理者に対して,その優越的地位に基づく行政上の裁量により道路に関する工事又は道路の維持のための費用を公用負担としてこれを原因者に課する命令権限と強制徴収権限を付与したものと解することができる。
3 上記のとおり,原因者負担金制度は道路の機能回復を図るための手段であり,原因者が負担する「道路に関する工事又は道路の維持の費用」とは,道路の機能回復(効用の原状回復)に要する費用と解すべきところ,原因者には「その必要を生じた限度において」上記費用の負担が課せられることになる。
しかして,本件においては,前記前提となる事実のとおり,被控訴人が本件交通事故により法2条の道路の附属物である本件装置を損壊したことから,本件装置の維持管理事務を所掌していた札幌土現は,本件装置を修理した場合よりも割安である,本件装置を撤去して新たに同程度の施設一式を設置するという本件工事を施行することにしたのであるから,控訴人が本件処分により被控訴人に負担を命じた本件工事に要する費用351万7500円は本件装置の機能回復に必要な限度内にあったものと認められる。
4 被控訴人は,法58条1項の「その必要を生じた限度において」とは,負担額について民法の原則あるいは衡平の原則に従うことを宣言したものであり,法58条1項は私人が道路施設の現存価値以上の負担をすべきことを認めてはいない旨,また,本件装置は平成10年12月に設置されたもので,予算編成上5年の減価償却を見込んでいたのに,仮に本件処分が許されるとすると,控訴人は,被控訴人の負担によって,平成13年11月の本件交通事故後5年後までは交換する必要がなくなり,3年分の減価償却費用相当額を利得することになる旨主張する。
しかしながら,法58条1項の趣旨は上記のとおりであって,機能回復に必要である限り,結果的に原因者に対して現存価値以上の負担を課することとなったとしても,それだけでは法58条1項に反するものではないというべきである。
また,本件装置の設置時(上記のとおり,本件装置は平成11年1月29日に設置工事が完了し,同年2月9日に控訴人に引き渡されたものと認められる。)にその償却ないしは更新に関する何らかの計画が立てられていたとしても,それが本件交通事故時までに具体化した形跡はなく,本件装置が本件交通事故時に経年劣化等により設置時の機能を保っていなかったとも認められないから,本件工事の施行によって控訴人に必要な機能回復以上の利得が生じたものともいえない。
本件において,本件工事以外に適切な工事があったとの主張,立証はない。
したがって,本件処分に法58条1項の「必要を生じた限度」違反があるとする被控訴人の主張は採用することができない。
5 被控訴人は,本件装置の現存価値を超えて本件工事に要した費用の全額負担を命じた本件処分は道路管理者に与えられた裁量権の範囲を著しく逸脱するものであり,法58条1項の「その全部又は一部」に違反する旨主張する。
しかしながら,道路管理者が行政上の裁量により原因者に対して「道路に関する工事又は道路の維持の費用」の全額負担を命じ得ることは法58条1項の規定上明らかであり,また,本件において,控訴人が被控訴人に対し,本件装置の機能回復のために必要であった本件工事費用の全額の負担を命じたことは以上の説示に照らせば正当な処分というべきであり,それが控訴人の裁量権を逸脱したものと評価すべき事情は何ら見当たらない。
6 被控訴人は,道路利用者が本件装置のような道路関係施設を損壊した場合,その者が負担すべき復旧工事の費用に係る法律関係は民法によって規律され,上記損壊と相当因果関係にない損害を賠償する義務はない旨主張するが,上記のとおり,法58条1項の原因者負担金制度は民法上の不法行為の制度とは異なるものである上,本件工事は本件交通事故により必要を生じたもので,本件交通事故との間に相当因果関係があるというべきであるから,被控訴人の上記主張は理由がない。
7 被控訴人は,本件処分ないし法58条1項は憲法29条の趣旨に違反する旨主張するが,上記のとおり,法58条1項の原因者負担金制度は,極めて公益性の高い法目的の実現を図るための手段であって,同制度及びこれに基づく本件処分には以上説示のとおりの合理性が認められるから,これが憲法29条の趣旨に違反するということはできない。
8 以上のとおり,本件処分が違法であるとする被控訴人の主張はいずれも採用することができない。
9 よって,本件処分のうち225万1200円を超える部分を取り消した原判決は相当でなく,本件控訴は理由があるからこれを認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂本慶一 裁判官 北澤晶 裁判官 石橋俊一)